幽霊たちでリリカルマジカルゥ!   作:じーらい

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切りがいい所までです。誤字報告、感想ありがとうございます。クスっとさせて頂きました。


幽霊の脱走劇

「本来なら、アリシアの検査結果は明日以降になる予定だった。だが、既に彼女がジュエルシードだという確証が各方面から算出された。否定する要素も、これ以上精査する必要すらない確かなものだ。以上のことから、アリシアは管理局の規定に則り封印することになるだろう」

 

 アースラの一室。艦長執務官以下、主要クルーでの会議が開かれていた。

 議題はアリシア・テスタロッサ、暫定名称・生体ロストロギア『アリシア』 の処分について。各々に配布された書類を基に、クロノが執務官としての見解を述べた。

 議会の雰囲気は重い。クロノは優秀な執務管だ。最年少執務管として職務に当たる彼がどれだけ管理局法に精通しているかは、この場にいる全員が理解していることだった。そのクロノが、アリシアの封印は間違いなく行われると断言した。それは即ち、最早覆しようのない未来の出来事として完遂されることを意味している。

 

 この場に居る誰もが直ぐには口を開けなかった。リンディは勿論、直接の関わりがない者もアリシアの元気な様子や、年頃の子供らしい様子を人伝に聞いている。

 それだけに今回の検査結果は辛かった。本局でもう一度検査を、そう声を上げる者もいた。しかし、アリシアとジュエルシードの関係を否定するどころか、肯定する要素しか得られていない現状をクロノに説かれ、顔を伏せてしまった。

 

「皆、それぞれ思う所はあるでしょう。個々人が思うこと、感じることは自由です。それが人として当然の感情であり、権利です。私は一人の人間としてそれらを否定することはできません。

ですが、ここからは各々の感情を捨てなさい。職務……ええ、これから行うことは職務です。私は管理局の提督として、これからアリシアの封印処理を命じます。クロノ、指揮は執れるわね?」

 

「はい。それが、上に立つ者の義務ですから」

 

 リンディは『提督』として『部下』のクロノに『職務』を命じた。誰よりも先に、クロノが提督の意図に気付いた。だからこそ、クロノは執務管としての顔を上げた。

クロノが理解したと同時に、リンディは息子に辛い役目をさせることを悔やんだ。命令の意図を理解し、局員として正義を全うせんとする息子の姿がリンディに重くのしかかった。

 

 クロノ・ハラオウンは執務管として覚悟はできていた。職務に殉じた父と同じ道を選んだ時から、何時かは個より全を優先すべき事態が訪れると覚悟していた。ただ願わくば、本局に報告を入れずに匿ってあげたかった。フェイトと共に、自分の手の届くところで面倒を見る算段もあった。

 しかし、アリシアの中にあるジュエルシードがそれを許さない。起動しているジュエルシードは時として次元断層すら引き起こす。それはアースラ乗組員を始め、ひいては次元世界そのものを脅かす事態に成りかねない。それだけはできない。父の守った世界を、己の願い一つで無駄にすることだけは絶対に許されない。

 

 リンディは己を殺し、管理局提督としての判断を下した。だから自分はその命令を遂行すべきだ。クロノは己に言い聞かせた。

 

「なのはさん、ユーノさんがいなくて良かった。あの二人には、こういった事はまだ早すぎるもの」

「そうですね。あの二人なら、きっと僕らの邪魔をするでしょう」

「優し過ぎるんだよ。なのはちゃんも、ユーノ君も……あはは、私もって言いたいけど、流石に今は言えないや」

 

 民間協力者の関わる話ではない。

そう言い包めてこの場への参加を許さなかった二人を思い、リンディは溜息を吐いた。なのはやユーノは魔法が使えるだけの子供だ。今回の決定は非道に見えるだろう。仕方がないと割り切れるほど、あの二人は大人ではない。何時かは理解できるようになるだろうが、出来ることなら、人の命を終わらせる決断を下す自分たちを見て欲しくない。局員一致の見解だった。

 

 会議室に重い空気が充満する。誰も口を開かず、これから自分たちが行う行為にやりきれないでいるのだろう。そうやって己で何が正しいのかを考えてくれるクルーばかりなことが、今のリンディには救いに思えた。

 

 そんなクルー達に第98管理外世界で見つけたお茶でも振おうと思い立ったその瞬間、一人の男性局員が会議室に走り込んで来た。

 

「かっ、艦長!」

 

 確か看守を命じた局員だったはず。それが何故ここに居て、何故そんなにも慌てているのか。

 まさか……そう思ったが、リンディは“それ”はあり得ないだろうと考えを止めた。それよりもこの局員にも辛い仕事を任せてしまった。ここは特性の砂糖茶で労わってあげるのが、下士官の思い描く理想的な上司だろうと腰を上げた。

 

「お疲れ様。今からお茶を汲もうと思ってるの。貴方も―――「にっ、逃げたんです!」

――え?」「「「「は?」」」」

 

 その時、アースラ会議室の時間が一瞬止まった。

 

「逃げられたんです! 小さい方に!!」

「「「「はあぁぁぁぁぁぁ!?」」」」

 

 思いもよらない一言に、会議室は混乱に陥った。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

(こちらゴンベエ、異常無し。オーバー)

(こちらアリシア。こちらも異常n……むむ! アホ毛レーダーに感あり!)

(了解。物影に隠れてやり過ごす)

 

 会議室が混乱の一途を辿っている中、渦中の二人はスニーキングミッションを敢行していた。通り掛かる局員の目から避け、目的のブツを探して艦内を散策しているのだ。

 既に何度か局員の目から逃れている二人は、新たな局員が通り過ぎると同時に廊下へと姿を現す。そんな二人の第一目標はデバイスマイスターの部屋に辿りつくことだ。そこでデバイスを奪い、脱出することが現段階での最終目標である。

 

(逃げだしてから結構経ったけど、なかなか部屋が見つからないね)

(下手に入ったところが局員の部屋とか最悪だからな。慎重に成らざるを得ない)

(そうだけど、あまり時間が経つと気付かれちゃうよ)

(フラグを立てるなよ)

(F_kizukareru=1? ゴンベエって変な知識ばっかり持ってるよね。フラグって言うのも―――)

 

『全クルーに伝える! 全クルーに伝える!! 現在、生体ロストロギア『アリシア』 が護送室より脱走。艦内に潜伏中だと思われる。非戦闘員は食堂に退避、武装隊は――――』

 

(こう言う意味だよ大バカ! 要らんフラグ立てやがって!)

(むぅ、ゴンベエがとろとろしてるからじゃないの?)

 

 傍から見れば呆然と立っているように見えるアリシアだが、中では壮絶な言い争いが繰り広げられていた。艦内放送が流れているにも拘らず、二人は廊下の真ん中で微動だにしない。

 

(ともかくだ。この狭い空間で見つかれば最後、二度と逃げられない。とりあえず動くぞ)

(はいはい、ゴンベエもフラグを立ててくれました)

(お前なぁ―――「いたぞ!」 早いな、オイ!」

(フラグ回収乙!)

(黙ってろ馬鹿幼女!!)

 

 集合場所から離れていたのか、廊下の先から走って来る一人の局員。手に持ったデバイスの先に淡い光が燈り始める。

 

(アリシア、防御!)

(っ! 駄目、避けて!)

 

 デバイスの先から放たれた光。狭い通路では逃げ場も少なく、身体を動かせる空間も限られている中での渾身の横っ飛び。

 

(うぉい!? 頭上掠めて行ったぞ!?)

(封印付加の魔法だよ! 普通は防げるけど、わたし達が防いだらどうなるか解らないの! 躱すしかないよ!)

(封印って誰でも使えるのか!? ゲームとかじゃ上位職しか使えない上位スキルじゃないのかよ!)

(暴走した相手に超有効な封印魔法が使えない武装局員がいるとでも?)

(一般局員が、オレたちにとっては一撃必殺を持ったボスになるのかよ!)

 

 ジュエルシードで動いている二人はほぼ無尽蔵な魔力を持っている。魔力を得るための食事は別として、死んでいる故に必要としない人間の生活習慣。死んでいるが故に感じない肉体的な痛み。

 これだけ挙げればただの無敵少女だが、決定的なウィークポイントが存在する。

 それが封印魔法。ロストロギアの封印処理に使われる、武装局員にとっては使えて当然の魔法だ。一般の魔導師でもデバイスの補助があれば誰でも使える魔法が、アリシアとゴンベエには最大の弱点になってしまっている。封印付加の魔法をシールド系魔法で防げないのかと問われれば、おそらく防げるだろう。だがその先の展開が二人には解らない。二人を繋ぎとめているジュエルシードがどう反応するか予測がつかないため、アリシアとゴンベエはただ避けることしか出来ない状態なのだ。

 

(次が来るよ!)

(撃たせなきゃいいだろ! 接近して叩く!)

「この狭い廊下で狙いが定まらないほどの俊敏さ!? 執務管の言っていた通りだ、既にこの子は!?」

 

 狭い廊下とはいえ、1対1で距離を取ればそうそう当たるものではない。しかもゴンベエの走る早さはプレシアの雷を躱すほど。ファランクスシフトのようにスフィアを大量に並べた射撃なら兎も角、せいぜい数個規模の封印付加魔法程度、豊富な魔力で身体能力をゴリゴリにしたゴンベエは余裕で回避してみせた。そしてその勢いのまま局員に肉薄し、引き絞った拳を堅く握りしめる。

 

「速い! シールドを!」

(右腕部魔力充填!)

「ブチ抜けェッ!」

 

 目を見張る早さのまま肉薄するゴンベエに対応するため、局員はデバイスを突き出すようにして盾にした。伊達にエリート揃いと言われる海に配属されるたわけではない。デバイスからは淡い色の防御陣(シールド)がしっかりと張られ、更にデバイス本体がシールドを破られた際の物理的な障壁としても構えられた。

 

 局員に一つ誤算があったとすれば、それはお互いの魔力量の差を考慮できなかった点だ。ジュエルシード一つ分の魔力に耐えられるほど、彼の魔力は多くない。文字通り、ロストロギアと一個人では桁が違うのだから。

突き出されたゴンベエの拳は、ガラスが砕けるような音を残して局員のシールドを破った。細腕から繰り出されたとは思えない拳が、防御陣を破った勢いそのままデバイスを跳ね除けて腹部に突き刺さる。バリアジャケット越しでも届く威力に顔を歪める局員だったが、痛みに耐えかねたのかそのまま意識を失って倒れ込んだ。

 

「はぁ……」

(大丈夫?)

「大丈夫だ、問題ない」

(強がり。怖かったって言えば良いのに)

 

 そんなこと言えないだろうと、ゴンベエは思った。言葉では飄々としているが、ゴンベエはアリシアも自分と同じく怖がっていることを感じている。そんな状況で先に根を上げては男が廃ると息を整え、前を向く。

 一人では怖くて動けないかもしれない。しかしゴンベエにはアリシアが、アリシアにはゴンベエがいる。だから二人は何処までも強がっていられる。ただの意地の張り合いだが、それでも二人でいることは何より心の支えになっている。

 

(デバイスマイスターの部屋に忍び込まなくてよくなったね)

(ああ。この局員には気の毒だが、拝借させて貰おう)

 

 倒れた局員が所持していたデバイスをこれ幸いと奪う。

 二人にとってはプレシア以外で初の実戦。出来ればどこかに身を潜めて一息吐きたい二人だったが、先程の戦闘音を聞きつけたのだろう、近づいて来る足音が聞こえる。

 

(ちっ、少しくらい休ませろよ。どうする? 今すぐ転移出来るか?)

(ちょっとだけ時間稼いで。転移魔法の発動には時間がいるから)

(じゃあ闘うのか? 出来れば避けたいが)

 

 更に近づいて来る足音。

 ゴンベエは聞こえてくる方向に拾ったデバイスを向けた。

 

(来るなら来い。アリシアが準備できるまで相手になってやる)

 

 こうなってはもうやるしかない。アリシアの手前かっこつけるが、デバイスを構える手は若干震えていた。

 

「こっち!」

「?」

「こっちに来て。早く!」

 

(なんか聞いたことのある声だな……どうする?)

(むぅぅ……ええい! もう行っちゃえ!)

 

 なるようになれ。どうせこのまま闘ったところで追い詰められるのは見えている。なら、少しの可能性でも信じてみるべきだと言うアリシアを信じ、ゴンベエは走った。

 声のする方向へただ走る。曲がり角を曲がると見える栗毛を目印に走り続けると、ある部屋の扉が開いていた。その扉から小さな手が二人を招き入れるように出されている。

 

「アリシアちゃん、大丈夫だった?」

 

 その扉を警戒しながら潜ったゴンベエとアリシアの目の前には、満面の笑みを浮かべているなのはがいた。そして何故か、諦めたように溜息を吐いているユーノも。

 

「なのは、やっぱり止めた方がいいよ。流石に言い訳ができないって」

「もう! ユーノ君だって納得してくれたじゃない! それにすごく今更だと思うの」

 

 助けた後に揉め始めたなのはとユーノを、二人はぽかんと口を開けて不思議そうに見ていた。

 ゴンベエとアリシアは不思議だった。既に艦内放送で逃げ出したことが知れ渡っていると言うのに、何故自分たちの味方をしてくれるのか。しかもジュエルシードの恐ろしさを一番知っているであろう二人だ。

 

「なんで助けたんだ? 正直、お前たちには何の利益もないはずだが」

「あ、今のアリシアちゃんは熱血モードなんだね。うんうん、やっぱりぽかぽかするよ」

「僕には解らないけど?」

 

(なのはちゃんって不思議ちゃん?)

(助けてくれたなのは様を異常だと言うか。後で極太ビーム貰っとけ)

(妹の追体験をしろと申すか、この外道―!)

 

「クロノ君は放送でああ言ってたけど……でも、私はアリシアちゃんを信じることにしたの。アリシアちゃんはアリシアちゃんだってこと、私は信じてるから。アリシアちゃんが封印されるなんて、私は嫌なの」

 

「お前が食堂で話したアリシアと俺は違うぞ? そこのところ、分かって言ってるんだろうな?」

 

「うん、分かるよ。でも後になって騙されたなんて言うつもりないし、自分の選択に後悔はないよ」

 

「……お前本当に9歳の小学生か? 実は18歳とか言わない?」

「普通の小学3年生です! それを言うなら、アリシアちゃんはわたしの4つ下には見えないよ?」

「こう見えてアリシア(31)だからな」

 

(なあアリシア)

(んー?)

(前にこの船の食堂でさ、俺たちのことを信じるのはとんでもないバカか、疑うことを知らない素直な奴だって言ったよな)

(言ってたねぇ。で、ゴンベエはなのはちゃんをどう評価するのかな?)

(知らねぇ、わかんねぇよ。こんな裏表のない小学生のことなんて何も分かんねえ)

 

「高町なのは、お前は何だ?」

「にゃはは。なのは、高町なのはだよ。出来れば“キミ”とも友達になりたいって思う、ただの小学三年生なのです」

「OK、変な奴ってことは分かった。けどなんだ、そんなお前でもアリシアとは仲良くしてやってくれ。コイツ寂しがり屋なんだよ」

「キミもそう見えるんだけどなぁ」

「それは眼科に行こうな? なんなら脳も調査した方がいい」

「辛辣!?」

「まあそれは置いておいて、友達って具体的に何するんだ? 俺としては逃走金貸して欲しいんだが」

「友達になった最初にお金をせびるのってどうかと思うの……」

「じゃあどうすればいいんだ? 具体案をくれない奴とは友達にならぬ!」

「そこまで言い切るの!? でも、それなら簡単だよ?」

「その答えは?」

 

「名前を呼べばいいの。それでもう、私たちは友達だよ」

 

 ゴンベエは久方ぶりに、つまりは庭園で意識が復活してから一番の衝撃を受けた。

 

「それは……少し馴れ馴れしいと思うのだが!」

「本当に辛辣だねキミ!? でも諦めないよ! ほら、なのはって呼んで?」

「なのは」

「あ、素直……じゃあ代わりに、私にもキミの名前を教えてほしいな?」

 

(なのは様は話が通じる上にイイ子過ぎる!)

(そだねー! この子なら、きっとフェイトも守ってくれるって信じてる)

(惚れてまうやろー!)

 

 アリシアもゴンベエも、なのはがフェイトの為に頑張ってくれていたことを知っている。それだけでも凄い子だと思っていたが、まさか自分達まで助けてくれるとは思ってもいなかった。それも、ジュエルシードに侵されているとリンディ達が判断を下した中で。

 

「話は終わったかい? じゃあこれから君を転移させるけど、ミッドへの道はまだ安定してないんだ。だから行き先は地球上に限られてくるけど、何処か希望はある?」

 

(地球の何処がいいかな?)

(とりあえずは日本の東京か? 俺の知っている地球じゃない可能性もあるから、此処と言う場所がないのが痛いな)

 

 ゴンベエは地球の知識は持っているが、話している言葉はミッド語というアンバランスな存在。純粋な地球人かどうかも判断がつかない中では、知識上の地球を信用していいかどうかも覚束ない。アリシアに至っては管理世界はともかく、辺境と言っていい地球の知識など一つも持っていない。故に行き先に悩んでいたが…

 

「なのは! それにユーノも! アリシアを匿ったのは君たちだな!?」

「うわぁバレてる。クロノ君怒ってるかな?」

「え!? なのは怒られないって思ってたの!?」

「もしかしたら怒られるかなーってくらいには、その、はい」

「もしもも何も、最悪僕たちごと逮捕されるかもね……」

「ええ!? それは嫌だよ!」

「もしかして、なのははその可能性を考えてなかった?」

「うん」

 

 さあどうしようかと悩んでいる暇もなく、クロノの怒声が扉の向こう側から聞こえてきた。部屋に入った後でユーノが扉にロックを掛けていたからか、今しばらく部屋に突入することは出来ないようだが、扉の向こう側では今にも開けようとしている最中だろう。

 

(なのは様は微笑ましいなぁ)

(なのはちゃんって、凄いのか凄くないのか解らないね)

(なのは様は凄いだろオォン!?)

(はいそうだねそうですね、ナノ様は凄いですねー。そんな子に、犯罪者の片棒を担がせるなんて、出来るわけないよね)

(ああ、まったくだ。まったくもってその通りだ)

 

 締め切られた扉の向こうには、既に大量の局員が待ち伏せているのだろう。クロノの怒鳴り声に加え、局員たちの緊張がドア越しにも伝わってきている。すぐにでも扉を破ってきそうな雰囲気だ。

 最早一刻の猶予も許されない。ゴンベエはなのはに近づき、後から首に腕を回す。そしてデバイスをなのはの頭に突き立てた。

 

「なっ!?」

「にゃ?」

「ユーノ・スクライア、扉を開けろ」

 

(アリシア、転移準備)

(とっくに準備中!)

 

「わ、わかった。わかったからそのデバイスを「早くしろ」 ああもう! だから僕は反対だったんだ! クロノ、なのはが!」

「なのはがどうした、なに!?」

「止まれ、近づくな。動くとコイツの頭を撃つ」

「クッ……」

 

 扉が開かれると同時に突入するクロノ達。その中には看守だった局員も混じっていた。

 それを見たゴンベエはアリシアのやった行いを思い出して苦笑いし、アリシアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。するとどうしたことか、器のアリシアがここにきて初めて薄い笑みを浮かべた。

 

 それは自分達に向けられた嘲笑だとクロノは憤った。目の前のアリシアが、アリシアを模したジュエルシードなのだと確信も抱いた。故に、この場で直ちに封印処理を施さなければ危険。なのはを人質に取ることから人間と同じか、それ以上の判断力と知性を持つと推測。保有魔力は単体で次元震を起こせるほど。何を仕出かすか解らない。

 だが、人質が居る限り動くに動けない。考えられる最悪の状況だが、逃亡を許した時点で予想できる範囲内ではあった。それを防げず、あまつさえ民間人を危険に晒してしまったことにクロノは己の失態だと唇を強く咬み、ミシミシと音が鳴る程に自身の持つデバイスを握りしめた。

 

「なのはを離せ! 君は完全に包囲されているんだぞ!」

「それがどうした? 優位性を保っているつもりなら、そこまで吠えないでいいじゃないか。驚いて引き金を引きそうになるぞ」

 

 デバイスを構えるクロノ。局員もそれに倣い、各々のデバイスを器のアリシアへと向ける。しかし下手な真似は出来ない。時間を掛けて説得するしかない。いや、そもそもロストロギア相手に話など通用するのか? 大多数の局員が最悪の事態、つまりは次元震の発生を恐怖した。

 

 その最中、件の人質となっているなのはだけは、ゴンベエとアリシアの意図が解っていた。

 

(アリシアちゃんとこの子は、逮捕されるかもしれない私達を助けるためにワザと悪役になってるんだ)

 

 逃走幇助は一般的に罪だ。

 管理外世界の住人とはいえ、既に魔法に関わり一度は現地魔導師として自分から協力を申し出た身。協力者であり、アースラに乗艦している以上は管理局の法に従わなければならない。管理局にも逃走幇助に関する法は当たり前のように存在し、事を犯せば罪に問われるだろう。それがロストロギア関連になれば尚の事。

 

 しかし、ゴンベエとアリシアがそれを良しとしない。

 自分たちはいい。こんな身体になった以上、管理局から封印対象になることも、追われる身になることも全て承知の上で行っている。だが、なのはとユーノはそうではない。

だからこれは、自分達が脅してやらせたことにすると決めた。二人を守るために、ゴンベエとアリシアは悪役を貫く。もっとも、二人にしてみれば封印以上に怖いものなどない以上、悪役程度今更でしかない。

 

 そんな二人の心中を察してか、なのはは最後まで助けられなかった申し訳なさと、自身への気遣いに感謝した。この小さな友達が自分を心配してくれていることが嬉しく感じ、やはりアリシアを助けようとした自分は間違っていなかったのだと確信することが出来た。そして誰にもバレないように、場違いを承知で小さく微笑んだ。

 

(助けるつもりだったのに、助けられちゃったね)

(なんのことだ?)

(もう、素直じゃないなぁ)

(……じゃあ素直じゃないついでに一つ、伝言を頼む。プレシア宛だ)

 

 いらないお世話だと念話に混ざろうとするアリシアを押しのけ、ゴンベエはなのはに伝言を託した。

 

「アリシアさん、もう止めにしましょう」

「リンディ艦長」

 

 クロノの後からリンディが現れる。その表情は悲痛なものに包まれていた。信じていたアリシアに裏切られたからか、それとも自身の下した結論を引き摺っているのか。

 リンディ自身、胸の中で渦巻く感情を持て余しながらアリシアを見つめている。

 

(ゴンベエ、準備完了だよ)

(よし、じゃあ逃げるぞ)

 

 そして、時間を稼いだ結果としてアリシアの準備が整った。

 

 ゴンベエはトン、となのはの背中を押した。

 それを機に、状況が一気に動き出す。

 なのはを受け止めるため駆けだすユーノ。なのはが解放されたことを確認し、デバイスに込めた魔力を解放するクロノ。一瞬の出来事に動けない局員たち。目を見張るも、ただ黙って見つめ続けるリンディ。そして、押し出された衝撃で倒れ込みながらも振り返るなのは。

 

 その顔には後悔など微塵も感じさせない満面の笑みが浮かんでいた。

 

「またね!」

 

 クロノの封印魔法が当たる前に、アリシアはアースラからその姿を消した。

 

 

   ◇   ◆   ◇

 

 

 某所、某廃ビル

 

 そこには一人の少女がいた。時折外を見つめては、その綺麗な唇から吐き出されるとは思わないほど重い溜息が吐かれる。綺麗な髪を流し、歳相応の可愛らしい服装からは何故こんな場所に一人でいるのか不思議に思う者も多いだろう。

 だが少女を見た者は顔を真っ青にして揃ってこう言う。

 

――――お化けが出た! と。

 

「何か面白いことないかなー」

 

 幽鬱な表情を浮かべる少女の名前はアリサ・ローウェル。数年もの間、こうして暇な時間を過ごしてきた少女の幽霊だった。

 幽霊、それも自縛霊でもある彼女はビル以外に行ける場所がない。かといって、やりたいことは多々あれどそれも叶わず、やれたことは何一つない。唯一の暇つぶしは幽霊が出ると噂の此処へ肝試しに訪れる若者を脅かすことだが、最近の若者はガッツが足りないのかあまり訪れない。つまり、カモがいないのだ。

 そして今日も一日中溜息を吐くばかり。

 

「つまんないつまんなーい、人生にも幽生にも刺激って言うモノが――「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!?」 ――なっ、なに!? なんなの!?」

 

 そんな退屈な日々を吹き飛ばすように、アリサの目の前に金髪の少女が降って来た。それも何枚もある天井を綺麗にブチ抜いて。

 

「あ、アリシア……心が、痛いぞ…」

 

 痛いのは身体じゃなくて心なの!? っとツッコミを入れたいアリサだったが、それよりも目の前にいきなり現れた少女に驚いて口をパクパクさせることしか出来なかった。

 

「クッソ……ん?」

「ぉ……ぁ…!」

 

 顔を見上げる金髪の少女と目が合う。その時アリサに電流走る。そして確信した。この少女こそ、退屈な日々から自分を抜けださせてくれる天からの贈り物だと。

 

「でっ、出たーーーー!? …うっ……」

「親方ー!? 空から女の子がー!?」

 

 とりあえず、親しみやすい幽霊だと思われるために叫んでおいたアリサだった。

 


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