臨検は形だけのものだった。
「おかしいわね、初めて接触した生命体の臨検にしちゃ単純すぎるわ」
医師でもあるミーサが言った。乗船による臨検は積荷の確認のみ。あとは外部からの武装に関するサーチだけで、オデットⅡ世と弁天丸はポルト・セルーナへの入港を許された。しかも乗員の上陸もだ。本来ならより詳しく隔離検査される。もっとも時間のない白鳳海賊団にとっては願ったり叶ったりな訳だが。
「これでは、普通の輸送船と変わりがない。まるで俺たちを知っているようだ」
と、シュニッツア。
銀河帝国との交渉は、パレスホテルの貴賓室で行われた。立ち会ったのはグリューエルと茉莉香、そしてミーサ。帝国側からは銀九龍にナッシュフォール、コクレーンに代わって、これまたどこかで会ったことがあるような中年の男性が参加していた。
「ポルト・セルーナの治安を預かる、軍警察のピエトロ・ホーガスです」
ああやっぱり、軍警察巡視艇KP93号の艇長ピーター・ホーガスさんのご先祖様だ。と茉莉香は思った。しかしご先祖様は子孫と違い制服をきちんと着こなしている。
「あの、もしかして銀河帝国は聖王家だけでなく、役職も世襲なんですか」
一応茉莉香は聞いてみる。
「必ずしも世襲制ではありませんが、専門を必要とされる部門では、世代を超えた繋がりを必要とされます。結果、重要なポストには世襲が多くなりますね。あなたならお解りではありませんか」
ナッシュフォールがグリューエルを見詰めて言った。
「先日、帝国銀行の口座から小口の取引がありました。しかし引き落とした人物に該当者が存在しないのですよ。――あなたは何者なんですか」
「セレニティーにゆかりのある者、としておいて下さい」
「海賊を名乗る者が、いにしえの王家と血の繋がりが在られるのですか」
「ゆかりのある者としか言えません」
グリューエルは、すました笑顔で応える。
ナッシュフォールはそれ以上の追及はせず、銀九龍と代わった。
「ステラ・スレイヤーを、ご存知ですか」
その言葉に茉莉香たち三人は目を丸くした。
「帝国は、ステラ・スレイヤーを知っているのですか!」
「セレニティー連合王国のさる筋から、照会があったのですよ。私の個人的な情報で、銀河帝国の正式なものではありません。ただ・・・」
「ただ?」
「ステラ・スレイヤーに関する重要な部品を取り扱った業者が、海賊ギルドを名乗るならず者と繋がりがあったようなのです。そして部品を納入した文明圏から、海賊を名乗るあなたたちがやって来た。当然、興味を引かれます」
海賊ギルドと聞いて、茉莉香は嫌な予感がした。あの何でも見透かす眼を持った長命種の顔が浮かんだからだ。
「辺境海賊ギルドのミューラ・グラント。――ご存じありませんか」
三度やっぱりと茉莉香は思った。彼女とは一二〇年越しの関わり合いなのだ。
顔に出るのを必死でこらえる茉莉香を他所に、グリューエルは涼しい顔で知りませんと返している。
「ステラ・スレイヤーを御存知なら、話は早いですわ。私が軍事同盟を持ちかけたのも、それが理由だからです。私たち植民星の海賊たちが戦う理由はただ一つ。ステラ・スレイヤーという殲滅兵器を無くすため。戦争の趨勢に興味はありません。宗主星側の勝利に終わっても、実際そうなりそうですが、海賊という戦力は何かと利用価値がありますから、宗主星は海賊を見逃すでしょう。植民星の力を抑える勢力として使えますから」
何言ってるのよお、グリューエルぅ。と茉莉香は心の中で呟いた。
「しかしステラ・スレイヤーは許せません。あれは私たちの故郷を根絶やしにするもの。白鳳海賊団はこれからガーネットA星に戻ってステラ・スレイヤーを破壊するつもりですが、問題はそれでは終わりません。施設を破壊できても技術は残ります。宗主星はその気になれば再びステラ・スレイヤーを建設できます。その手段を奪う、それが海賊の目的です。――先程、セレニティーから問い合わせがあったと仰っていましたが、帝国としても看過できない事態ではありませんか?」
「それで、帝国の戦力を背景にした軍事同盟という訳ですか。では、海賊である必要はないではありませんか。植民星連合としてでも不都合はない」
「すでに私たちの生命体を知っているご様子。帝国は内政干渉が原則。看過できない殲滅兵器のことも知っている。しかし何の動きもなく見過ごそうとしている節さえある。これには帝国の内情が関係していると思いますが」
グリューエルはあえて帝国が文明もろとも滅ぼしてしまう可能性は伏せて、もう一つの可能性を示唆した。それは銀九龍が始めに言った海賊ギルドと業者の話。企業連合体ラキオンと同じ臭いがしたからだった。
「帝国の内情とは――。何をご存じなのです?」
「いえ、なにも。ただ同じような事例と遭遇したことがありましたから。――戦争を、プロデュースするような」
諜報部員のナッシュフォールは戦慄した。この少女は一体どこまで知っているのだ。海賊ギルドと闇商人を追い掛けていて、ステラ・スレイヤーを持ちかけて超新星爆弾の技術をリークした影の存在。謂わば星間戦争を演出している者がいることに諜報部が気付いたのは、やっと半年前のことだ。内偵を進めているが未だその正体は不明である。
「で、具体的にどうするつもりなのです」
歴戦の猛者である筈の自分が、冷汗をかき始めていることに驚きながら、銀九龍は続けた。
「ここに降伏文書があります。これに相手無記名のまま植民星連合政府の署名付きで銀河帝国にお渡ししましょう。そうすれば植民星連合は銀河帝国の一員。宗主星への抑止力になります。宗主星は自分が威嚇するつもりより前に銀河帝国に乗り出されられれば、超新星爆弾の事実を有耶無耶のうちに揉み消すでしょうね。圧倒的戦力の前に降伏です。出来れば、双方ともにしこりを残さないよう、降伏は両者同時に行われることが望ましいのですが」
「あなたは、自分が属する星系の政府を脅迫するのですか」
「戦争終結にはそれしか方法がありません。それが出来るのは、自由な戦力である海賊です。第一、勝てる見込みのない戦争を始めた時点で、政府としては失格です」
ですよね~、と独立戦争史を学んだ時から感じていた茉莉香は思った。
時の勢いで戦争をおっ始め、終結の着地点も見出せないまま泥縄式に私掠船免状を発行し、ステラ・スレイヤーという最悪の兵器まで引っ張り出した責任の一端は、植民星連合にもある。もし資金が潤沢で、超兵器の話が植民星側にあれば、植民星政府もためらわず乗っただろう。辿り着く結末はどちらも一緒だ。
「帝国は領域を拡げられ、無血裏にそれを成し遂げた名誉が得られます。それに、この戦争をプロデュースしている影を出し抜くことにもなります。影をあぶり出すよい機会になるのでは」
グリューエルからの提案に、三人の男たちは唸るしかなかった。
「帝国と軍事同盟が結べた場合、帝国はいつ動けますか」
「事実関係の確認。なによりあなたたちの戦力も含め不明な点が多すぎます。先遣隊の調査などを経て、帝国政府の承認が要りますから、早く見積もっても一ヶ月」
ナッシュフォールが淡々と述べる。
「一ヶ月、ですか・・・。三日後には乗り出して来てもらいたいのですが」
「それこそ、無理というものです」
二人のやり取りを聞いていた茉莉香が、なかに割って宣言した。
「じゃあ銀河帝国に宣戦布告しちゃいましょうか」
茉莉香の突然の言葉に、グリューエルは目を丸くする。
「私たちは、一刻も早く帝国に乗り出して来てもらいたい。そこで銀河帝国との軍事同盟は交渉決裂という事で、白鳳海賊団は海賊らしく帝国艦隊の士官さん三人を拉致誘拐。当然帝国は動かざる負えない。あなたたちも私たちと一緒に来ることで、内偵を進めている影の動きを直接追うことが出来る。いかがですか」
「まあ、あの時のやり方ですね」
グリューエルは、ぱあっと明るい顔になって、以前弁天丸が、銀河帝国のお尋ね者になった時のことを思い出した。あの時は、セレニティーも少なからず弁天丸に係わったのだった。
「ご先祖様を前にして心苦しいんだけど…」
茉莉香はピエトロ・ホーガスの顔をチロリと見ながら頭を掻いた。
パレスホテルで秘密交渉を行っていた異星人の姿が、交渉に立ち会っていた三人の帝国士官と共に忽然と消えた。
そして白鳳海賊団と名乗る異星人の船が、抜錨の許可も得ず、いきなりポルト・セルーナを出航していった。
――そこで奇妙なことが起きた。ポルト・セルーナと展開している第七艦隊は、脱走を阻止しようと試みたが、生命維持に関するものを除いてすべての電子機器が機能停止し、追うことが出来なかったのだ。
「いったい何をしたのです」
事態をオデットのブリッジで見ていた帝国士官が尋ねた。
「ちょろーっと、対抗措置を取らせていただきました。十字砲火の中じゃ太陽帆船はひとたまりもないですからね」
茉莉香がコンソールを操作しながら答える。
白鳳海賊団は、数多の軍艦がただ黙って見守る中を、悠々と進んでいく。
「あっそうそう、挨拶しとかなくちゃ。クーリエ、回線繋がった?」
「いつでもいいわよー」
クーリエの緊張感のない声が返って来る。
「じゃ部長、お願いします」
「おう。『銀河帝国艦隊殿。本文、ばかめ』」
「ぶちょー、違うでしょー」
「わりいわりい、一度やってみたかったんだがなー」
リンがぺろっと舌を出して文章を打ち直す。
宛て、銀河帝国艦隊殿。『白鳳海賊団は貴殿との同盟交渉が決裂したと判断し、宣戦を布告します。なお同席された帝国士官にはこのまま同行をお願いしましたので、悪しからず』くじら座宮たう星系海の明け星、白鳳海賊団オデット船長キャプテン・茉莉香。
「いっくよー」
打ち終わったと同時に、クーリエが電子戦のトリガーを引く。
白鳳海賊団から発信されたメールが、いきなりポルト・セルーナの第七艦隊司令部のメインディスプレイに映し出された。と、一呼吸遅れて空域に展開している艦船すべてのブリッジのメインモニターに同じ文面が現れた。
この事態は、じつは第七艦隊だけではなかった。銀河帝国に展開している、一から七まであるナンバーズ・フリートの艦隊司令部と全艦船のメインディスプレイに強制表示されたのである。その数、ゆうに数千万隻。帝国統合総司令部は今頃大騒ぎだろう。
帝国統合総司令部が後で足跡を辿ったところ、まずポルト・セルーナの第七艦隊司令部がハッキングされ、そこから帝国統合総司令部のメインコンピューターに接触。最優先軍用回線にクラッキングを掛けられ全艦隊に拡散された、という事が判った。問題はこれが全く気付かぬうちに、瞬時に行われたという事実。しかも足跡は故意に残された節があった。つまり完璧に決められてしまったという事だ。
「あなたたちは、いったい何者なんです」
銀九龍ら三人は、口の中が乾くのを感じつつ心から思った。
帝国艦隊が度肝を抜かされている間に、三隻の海賊船は超光速跳躍に入り、ポルト・セルーナの宙域から姿を消した。