セナートに降り立った二人は、銀河元老院近くにあるサロンへと向かった。
相手はバンクを弄ることが出来、帝国中枢部に居る人物となれば、まず恐らく元老院議員。
しかし銀河元老院に直接乗り込む訳にはいかない。神々の集いとまで喩えられる元老院だ。貴族であるアテナでも立ち入りは許されない。それどころか、元老院議員以外で入れるのは聖王家の人間か帝国内でもよほど有力な王族の者だけだ。
そこで、元老院内での様々な噂や情報が飛び交う社交界に狙いをつけた。サロンに集う人々もそうそうたる者。帝国を代表する企業家や政治家、そして元老院議員。一介の市民が出入りできる場所ではない。そもそも惑星セナートに立ち入れない。貴族であるアテナ・サキュラーには資格があったが、サロンに入るのは初めてだった。
もともと研究者で社交界には縁も興味もない。
さすがにTシャツにパンツ姿というラフな格好ではまずいので、ドレスをしつらえる。一介の研究者には痛い出費だが、それをジェニーが用意した。帝国銀行の口座からだが、まあ出所は言わないでおこう。
ポンと大金をしかも帝国銀行と聞いて驚くアテナ。
「――それ、百年後には凄い金額になってるんじゃなくて?」
「そこが心配なんですけどね。まあ私の会社と共同事業してるんで、何とかなるのではないかと」
サロンとはいいながら、銀河帝国元老院のお膝元にあるクラブ。王宮の大広間を思わせる華やかさだった。絢爛たるシャンデリア、重厚な調度品の数々、集う人々の優雅ないで立ち。
アテナは濃紺の髪が引き立つ深いパープルのタイトドレス、背中の露出が大きい。ジェニーはブロンドに合う淡い水色のワンピースドレスだった。
丈の短い裾口を引っ張りながらアテナがぼやく。
「何、このドレス。丈が短すぎるんじゃない? それにタイト過ぎて体のラインがそのまま出ちゃう!」
「とってもお似合いですわ。先生って普段男っぽい恰好ばかりなさってますけど、すごく魅力的ですよ」
「年上をからかわないで頂戴。でも貴方ってどうしてこんなに慣れているの。着こなしから振る舞いから」
「流石にセルーナのサロンは初めてですが、こうした場は幼少のころから経験がありましたので」
ぎこちないアテナと対照的に、場慣れたジェニー・ドリトル。でもさしもの彼女も銀河帝国の大立者が揃うサロンは初めてだ。内心グリューエルならもっと上手く振る舞うだろうにと思った。それこそ学校と変わらず意識しないほどに。
「気に呑まれないで下さい。相手は海千山千の権力の亡者なんです。格好は立派でも中身とは決してイコールしません。ジャガイモかイタチ程度に思っていて丁度です。」
権力者が放つオーラに、ジェニーは自分に言って聞かすように言う。
「私を誰だと思ってるの。歴史学者だものそれ位解ってるわ。それに長命種にしてみれば、みんな子供よ。さあ聞き込みを始めましょう」
「はい!」
サロンに集う人々の間で話題になっていたことは、帝国議会の趨勢、最近頭打ちになりつつある経済指標、帝国の運営に関わる人たちのゴシップ話などなど・・・。話される内容はジェニーが知る社交パーティーで交わされるものとさして変わらなかった。規模や時代が違っても人間にそれ程変化はない。それが判ると肩の力が抜ける。
それにしても話されている内容がひどかった。
○○星系のテラフォーミングが不良で飢饉が起きているから、今年は○○の値が上がり買い時だ。なんてのはいい方で、都合のいい時にテラフォーミングが不調になってくれましたなあ。とか、このために不調をプログラミングしたんじゃないか。とか談笑している。
中には経済指標が伸び悩んでいる事から、ここで一発戦争でも起きないもんだろうかと真面目な顔で話している者もいる。
父と叔父との確執からジュナイ・クールフと無理矢理結婚させられそうになり、弁天丸に宇宙大学までの護送を依頼してヒュー&ドリトルの会社艦隊とやり合った際、結婚話を破談にさせる方策を探っていた時に言ったグリューエルの言葉が浮かんだ。
『特権階級の方々というのは、多かれ少なかれ何かしら弱みを持っているものです。叩けば何か出ます。道徳心や充足なんて言葉、ありませんしね。』
確かに戦争をプロデュースするなんて事を考えるんだから、道徳心や充足など欠片もないだろう。ここに居る人たちも、自分は絶対安全な場所に居て、自分の利益のために動いてそのために傷つく人がいることに思いが及ぶ人たちではない。それらはリスクという数値に置き換えられて生身の人間はかき消される。
「戦争は外交です。起きるのでなく起こすもの。帝国がリスクとメリットを天秤に計った時、メリットが上回れば当然検討されるでしょう。特に経済に閉塞感が感じられる現在に在っては」
戦争が話題になっているグループの輪で、痩せた長身の男が言った。四人ほどがその男を囲んで話をしている。グループの面々は中年を過ぎた男女だったが、男は三十代前半と言った所か。
「元老院ではそのような議論が? 漏れ聞くところでもそんな声は聞かないですが」
「いやいや、あくまで可能性の話ですよ。議題にも上がってません」
元老院内の事を知る様子から、男は元老院議員か。にしては若い。
「すみません。先程からのお話ですけど、戦争ってそんなに儲かるものなのですか」
ジェニーが声を掛ける。
「貴方は?」
「ジェニー・ジェーンと申します。フェアリー・ジェーンという旅行会社を経営しておりまして、このたび核恒星系への新規航路開発にあたって、こちらの帝国貴族院議員であられるアテナ・サキュラー様に御同行させていただきました。」
後ろに立っていたアテナをさりげなく前面に押し出す。
「アテナ・サキュラー。ああ宇宙大学の。辺境文明圏における比較発達学を研究しておられる方ですね。――はじめまして、元老院議員のパク・リーです。」
「アテナ・サキュラーです。よくご存じですわね、まだ研究員で論文もそれほど多くないのですが。」
元老院議員に端正に挨拶を返すアテナ。
「貴方の興味深い辺境宙域の風俗、社会レポートは宇宙大学のホームページ・コラムで拝見させて頂いています。最近はオリオンの腕宙域でフィールドワークをなさっているとか」
「丁度、初期超光速跳躍文明での星間戦争がありまして、統合文明圏成立の研究をしています。勿論、非接触非干渉ですわ。――でも、オリオンの腕の事は大学のブログにはまだ載っていない筈ですが、何故ご存じで?」
「あ、いや、宇宙大学に知り合いが居るものですから」
「そうですか・・・」
ジェニーが話を続ける。
「先程のお話ですけれど、戦争って、一部の業界しか活性化しないのではないでしょうか。兵器産業とか製造業などは好況となるでしょうけど、運送業やサービス業など市民生活に関わる産業は大幅に低下します。私の旅行会社など観光業界は大打撃をこうむりますわ」
「そうですね、戦時下となれば様々な制約を受けて成長率は下がるでしょう。しかしそれは一時的なこと。戦争の結果開かれるマーケットを考えてごらんなさい、新しい販路や需要の誕生それに技術革新による成長は、戦後経済に大きなインパクトを与えます。これは戦争に勝利した側負けた側両方に言えるでしょう。それに帝国ほどの経済力ともなれば、戦争が影響するマイナス要因は小さく、むしろ国民総生産は大幅に上がります。何より、いまの経済界に漂っている閉塞感に風穴を開けるという市場に与える印象の方が大きいでしょうね。」
「うんうん、市場は新しい風を求めている。見た目に解りやすいサプライズとか、イベントとか!」
「また海賊でも暴れ出してくれないものかねえ」
「海賊掃討戦争からこっち、よほどの辺境にでも行かないと居ないって話だからねえ。」
「近頃、辺境海賊ギルドとかいう組織が立ち上げられたと聞くが・・・」
辺境海賊ギルドという言葉が出た時、アテナは、男の眉が僅かだがピクリと動いたような気がした。が男の顔は平静のまま。気のせいか・・。
「海賊ギルドって、海賊掃討戦争の時の反政府連合じゃあありませんか!」
「その残党かどうかは知りませんが、しょせん『辺境』ですよ。自分で場末ですって名乗ってるんじゃ大したことありませんな」
「海賊って言えば、最近現れた海賊の噂!」
「なんでも帝国艦隊を手玉に取って、艦隊統合総司令部では一時大混乱になったとか」
――げっ、ウチの事だ。
「真偽のほどは解りませんが、全国指名手配になったそうですよ。白鳳だか白鳥だか言う海賊団!」
「その海賊、久々に帝国相手に暴れてくれませんかねえ」
「どんな勢力なんでしょうねえ」
「帝国総司令部を混乱させるんでしょうから、そりゃもう大勢力でしょう。ナンバーズ・フリートの第五・第七艦隊を合わせたくらいの規模でなくっちゃ、そんな芸当出来ませんからね。案外、その海賊団のエージェントがこのセナートに潜り込んで来ているかもしれませんよ」
「おお怖い!帝国の内情を探るスパイですか!」
「破壊工作かも・・・」
早々に、先日のハッキング騒動に盛り上がる場から離れるアテナとジェニー。
アテナがジェニーの脇を小突く。
「ねえ、私達凶悪なテロリストにされてるわよ。第五・第七艦隊を凌ぐ大勢力ですって」
「そんな戦力があれば、こんな苦労しません」
そのほか幾つかのグループを回ったが、辺境海賊ギルドの話は出てもステラ・スレイヤーに繋がるような情報は聞かれなかった。二人はサロンを後にする。
オリオンの腕での出来事など誰も興味が無い、というか知らない。むしろ先程の男からオリオンの腕という単語が出たのがサロンの中では例外だった。それだって星間戦争には触れてなく、アテナの最近の活動を知るなかでという話題に過ぎない。名前は、元老院議員パク・リーだったか。
「あの元老院議員、どうして私を知っていたのかしら。」
「それは、宇宙大学のコラムを読んでと言ってましたわ。面識はないのでしょう?」
「ええ、でもあのコラムはとても目立たないの。どちらかというと、仲間内での近況報告のようなもので、一般の人が見て興味を引かれるようなものじゃないわ。それに、研究者だけで億という人数の大学よ、学生はその数十倍。惑星規模の人口の全員がアカウントを持ってるコミュニティ・サイトのコラムで見知ったってどれだけ? 私は書き込みも滅多にしない方なのよ」
「つまり、目的を持って閲覧しないと、大海の中で砂粒を探すようなもの・・・」
ジェニーは宇宙大学の規模を思い返していた。学部だけでも一生かかっても訪ね回れない数。その中にある夥しいゼミや研究課の講座。自分に合った部門を見つけようなんて思っていたら何も学ばずに四年間が終わってしまう。宇宙大学の入学に学部や学科の選択肢は無く自分のやりたいことに合わせて教室を選択するシステムになっている。例えば経済学を学んでいて理論物理学の課題が出てきたら、その学科を尋ねることは自由。学生は自分の目的に合わせて講座を道具のように使う。その講義内容についていけるかどうかは別問題だが、理系であれ文系であれどの教室でもついていけるだけの総合学力が宇宙大学では要求される。宇宙一のエリートの集まりと言われるゆえんである。
そんなゼミを回るのと同じで目的が無ければアテナ・サキュラーという名前を知りようがない。
「彼が興味を持っている所に私が関わっていた。たまたま居たと言った方がいいかしら。しかも興味の核心に触れる事をフィールドワークしていた。あの星間戦争をフィールドワークをしていたのは宇宙大学では私一人。ということは、銀河帝国で目撃者は調査船キュリオシティのクルーと私だけって事。順番が逆なのよ。目撃者の存在に気付いて宇宙大学を調べ、私の名前に行きつきコラムを見たって訳。私が何をしている人間か知るためにね。でも彼はボロを出した」
「オリオンの腕。」
うんとアテナは頷く。
「コラムにも載せてない情報を彼は口走ったわ。大学の知り合いに聞いたなんて言ってたけどね」