モーレツ併合海賊   作:ノナノナ

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第25話

 第四星系第五惑星メルクリウス。

 帝国経済の中枢部というのに高層ビルはない。

 銀河一の商都と言えば、天を衝く摩天楼や、その間を縫うように走るチューブウェイという姿を想像するが、実際は宗主星の旧市街でも見かけるような街並みである。しかし、どの建物もどっしりとして時代と風格を感じさせるものばかりだ。個々の建物の意匠は異なるが、高さは揃っており受ける印象も重厚で統一されている。ここは、実務よりもカンパニーの威厳と品位を示すショーウィンドーなのだ。

 そんな一角にあるヒュー星間運輸の本社前にやって来たジェニーとアテナ。

 重厚感に溢れたエントランスをくぐり広大なロビーを進んで受付に立つ。

 仕立てのいいスーツを着た美人の受付嬢が応対する。

 「社長さんに会いたいんですけど、名前はジェニー・ジェーンと申します」

 「お約束は」

 「ありません。」

 「どうやっていらっしゃったか存じませんが、お約束の無い方に取り次ぐことは出来ません。――え、あれ?」

 セキュリティーに引っかからず社屋内に入って来れたことに訝しがりながら、受付嬢は指先のコンソールをチェックしていて戸惑った。アポイント無しでの立ち入りは生体認証で弾かれる筈だからだ。が、相手の認証はSクラスのグリーンを示している。という事はヒュー家の親族という意味だ。ヒュー&ドリトルの一族であるジェニーにもヒュー家のDNAが受け継がれている。セレニティーほどではないが、百二十年前でも血の魔法が通じたという訳だ。

 「し、失礼いたしました。社長とはどういったご用件でしょうか」

 いきなりお辞儀をしてあらたまった。

 にっこり微笑みながら恐縮する受付嬢に要件を告げる。

 「社長さんに取り次いで貰えますか。サーティナイン、ドリトル、ステラ・スレイヤー。これだけで通じると思います」

 なんのことか判らないまま言われたことを取り次ぐと、一寸の間を置いて社長に通じた。

 「只今ご案内致します。少々お待ちいただけないでしょうか」

 「それには及ばないわ。よく知っている建物ですから。」

 深々と頭を下げて見送る案内嬢を残してジェニーは歩いていく。それに付いていくアテナ。

 「この建物はヒュー&ドリトル財団の記念館になっているんですよ。私も幼い頃よく遊びに来ました。でも百二十年後とほんと変わってませんね」

 専用エレベーターに乗り、最上階の社長室フロアに着く。

 社長室前の受付に秘書がいない。ここに来るまで、エレベーターにもフロアにも人の姿が無かった。厳重に人払いがされている様子だった。

 コンコンと、重い扉をノックする。

 扉の向こうから「どうぞ」の声。ジェニーは扉を開けて中に入る。

 空間バリアの窓を背にして、社長席に座った五十代の男が二人を迎える。窓は開放型宇宙ステーションに使われているものと同じだ。ビーム砲を撃たれてもびくともしないだろう。

 五十代の男は皺が多い。年齢よりずっと老けて見える。苦渋に満ちた顔で用件を尋ねる。

 「・・・一体、何の御用ですか」

 「先程お伝えしました内容で会って下さったのですから、もうお解りだと思うのですが」

 自分の父と同じ年くらいの男をジェニーは見据える。その視線に男の苦渋が増す。

 「解りかねますな」

 絞り出すような声で答える男。

 「こちらは帝国貴族で宇宙大学職員のアテナ・サキュラーさんです」

 「帝国貴族。宇宙大学。」

 その言葉を鸚鵡返しに繰り返す。つまり相手は治外法権という訳だ。

 「私はジェニー・ジェーン。宇宙大学の学生ですが、先生とは利害の一致という事でお宅に伺いました。私、旅行会社を運営しているのですが、貴社が進めておられる事業、大変な営業妨害なんですよね。」

 「何のことか・・」

 「戦争が起きては困るって事です。観光業は安全な航路と快適な航海が大前提ですからね。ほかの業界も大迷惑じゃないかしら」

 「武器の取り扱いの事なら、合法的に認められている事業です。――そりゃあ多少ダークな部分もありますが、どの会社もやっている事ですよ。」

 「敵対し合う勢力に武器を渡して紛争を煽る。帝国内では禁止されてる事です。それが帝国領外であっても倫理的にはどうなんでしょう、ダークの範中を超えていますね。しかも目的が紛争を帝国内に拡大させること。その取引相手が海賊とあっては、立派な国家内乱陰謀罪に帝国反逆罪ですよ!」

 男の言葉に堪らずアテナが言った。

 「一体何を言ってるんだ! 内乱とか海賊とか一切関わりの無い事だ! 何を証拠に」

 ブルブルと震えながら男は机を両拳で叩く

 「証拠、有るんですよ。金品の流れやら取引の音声ファイルやら、先程送らせてもらいました。――あなたの元にもその情報くらいは届いているんじゃありません?」

 「じ、じゃあ、あなたが・・・」

 「はい。事は露見しています。」

 男にとってそれは死刑宣告と同じだった。いくら帝国を代表する大企業の頭領と言っても所詮は民間人。贈収賄のスキャンダルならともかく内政不干渉を国是とする帝国のシステムに関わる犯罪に逃れる術はない。

 「・・終わりだ・・もう終わりだ・・終わりだ・・」

 力なく俯いて呟くばかりの男にアテナは続ける。

 「あなたも、いいように利用されたんでしょうね。目先の利益に囚われて、気が付けば抜き差しならない陰謀に加担させられてしまった。歴史の中ではよくある事です。でも、まだ陰謀は発動していません。証拠のオリジナルを持って当局に出頭されることをお勧めします。今なら情状酌量の余地があるかも」

 「自首だけでは足りません。海賊とも黒幕ともはっきり袂を分かった証が必要です!」

 ジェーンの言葉に男はゆっくりと頭をもたげる。その目は縋る気持ちで一杯だった。

 「私は、何をすればいい。君たちに何が出来る」

 「司法取引――というより恐喝です。私達は当局ではありませんので司法取引が認められるかどうかは解りませんが、先程の情報はさる連合王国の外交ルートにも乗っています。謂わば当事者であるあなた方と帝国の両方に脅しをかけている訳です。場合によってはお口添えが出来るかと。」

 「恐喝って、いったい・・」

 「いえ、金品では御座いません。パク・リーは自分に火がついて当然逃亡を図る筈です。だが帝国内には居場所が無い、そうなれば向かう先は一つですわ。教えて頂きたいのはその辺境海賊ギルドの本拠地の座標。密輸業者を使ってらしたんですから当然ご存じでしょう。 当局に拘束されてからより、前もって白状しといた方が、心証もよくなるんじゃありませんこと?」

 男は椅子に崩れ落ちるしかなかった。

 

 「証言と証拠は押さえたけれど、これからどうするの?」

 「当然当局に知らせますけど、弁天丸にも座標を送ります。恐らくここから先は――」

 二人がヒュー星間運輸本社ビルを後にして、コミューターに乗り込もうとした時だった。

 二人の背後に、忍び寄る影。

 気配にはっと振り向き、身構えるジェニー。不意なジェニーの動きにアテナは何事と驚く。

 次の動作を取らせる隙を与えす、背後に立った男は、ジェニーのすぐ眼前に迫っていた。徒手空拳だが、相手に動きを許さない迫力があった。

 「ジェニー・ドリトルさんですね」

 自分の本名を知る者は、ここではアテナしか居ないはずだ。ジェニーに緊張が走る。

 「帝国情報部のジェームズ・ナッシュフォールです。白鳥号、いやオデットⅡ世から飛んできました」

 「ああ、あなたがオデットⅡ世に誘拐、いやご同行された帝国士官さんですのね」

 オデットⅡ世と聞いて警戒を解いた。この時代の人でオデットⅡ世号の名を知る人は、その船に乗り込んでいる者以外はない。

 「いえ、まだ誘拐されたままですよ。お互いの利益の一致という事で、此処に来ることを茉莉香船長から許可されただけです。」

 ナッシュフォールも笑顔で返す。

 「サイレントウィスパーでたう星系から跳んでみえたのですか」

 「いえ、惑星軌道から降りるのに連絡艇で。軍警察のピエトロ・ホーガスさんと一緒です。ホーガスは、これから近衛軍警察とヒュー星間運輸へ事情聴取の予定です。情報部は元老院議員パク・リーに逮捕状を取りました。銀九龍は温大夫を連行して、いったんポルト・セルーナの第七艦隊司令部に戻りました。あなた方のお蔭です。やっと追いかけている人物を特定することが出来ました」

 「あなたは何でこちらに? 向かわれるなら第三星系の統合参謀本部では」

 「貴方を迎えに来たのですよ。帝国が取り返しのつかない過ちを未然に防いでくれた方に会っておきたかった。それで迎えに来ました。みなさん上で待っています」

 「上?」

 「ええ、白鳳海賊団がこの惑星軌道上で待機しています」

 アテナが寂しげに言った。

 「お別れね。民間人である私が出来るのはここまで。あとは当局に任せるわ」

 「アテナ・サキュラーさんですか。この度は多大なご協力、有難うございました。」

 ジェームズ・ナッシュフォールが深々と頭を下げる。

 「本来なら帝国情報部がしなければならない仕事でした。それを民間人の貴方に危険な真似をさせてしまった事をお詫びします。ですが情報部だけでは今回の事件を解決に導くことは、少なくとも事態が起こってからでなくては出来なかったでしょう。それには、貴方がメトセラ・ネットワークで流して下さったことが決定的でした。一気に事件を露見させてしまう、そんな選択は組織に属している我々には選べません。随分思い切ったことをされる方だ」

 「さあ。元々そんな考えをする方じゃなかったんだけど、『未来における選択肢の影響』ってことに気付かせて貰った私の先生からの影響かしら」

 そう言ってジェニーにウインクする。思わず赤くなるジェニー。

 「まだ終わってはいませんが、併合時期に多少の差はあれ、私たちの歴史の流れと同様になりつつあります。程度の差は時間流の収斂で補正されるのではと。でアテナさん。当事者としての道義的責任は果たされたわけですが、研究者としてはどうだったですか」

 「もう刺激的だったわ。私は人間が選択する生き物であることを失念していた。歴史を起こった事実の積み重ねとしか見ていなかったけれど、人間が選択して来た足跡だということに気付かせてくれたのは、あなたよ」

 「私もです。大学で担当教官から独立戦争を研究するように課題を受けたのですが、図らずも実地で体験することが出来、独立に関わった沢山の人の足跡をこの目で見ることが出来ました。とても勉強になりました。先生からの助言、本当にありがとうございました。」

 深々とお辞儀をするジェニー。

 「また会えるかしら。あなたとはもう一度、一緒に研究がしてみたいわ」

 「恐らく。ちょっと時間がかかるかも知れませんけど」

 「じゃあ、それまで。また今度ね」

 「はい!」

 もう一度お辞儀をして、ジェニーはアテナと別れた。

 

 

 「ジェニー♡」

 「リン!」

 お互いに駆け寄り、次には熱い接吻が! とみんなが期待したが、今回も手を握り合うだけだった。

 「帝国のお尋ね者がどうしてこんな所まで来ているのよ。中央も中央、核恒星系の主星系連合の中なのよ」

 「まあ、ライブラリーにこの時代のレーダー波は全部載ってるからな。無いと誤認させる波長を流してやれば認識できない。光学観測だって電子補正を掛けてない大昔の望遠鏡か余程の至近距離じゃないと見えやしない。こちらの装備はいろいろ充実してるんで、恐らくわたしらがここに居るって事に気付いてないと思うぜ」

 そんな二人のやり取りを見つつナッシュフォールは鼻白む。

 「先日のクラッキングの件といい幻影艦隊といい、その気になれば帝国中枢部を奇襲し放題なわけですな」

 「私達にそんなつもりはありませんわ」

 「諜報部の人間としては、この事態を見て見ぬふりをするのが結構苦しいんですよ。まあ事態を知っても帝国は大恐慌をきたすだけでしょうが――」

 鼻白んだ表情から真顔になり、ジェニーや茉莉香らと向き合う。

 「ここらで、この件は帝国に預けてもらえないでしょうか。植民星連合併合のことは、非公式ながら宗主星側に知らせてあります。帝国政府の正式な手続きには時間がかかるでしょうが、今回の件の重大さから承認は確実かと」

 確かに銀河帝国併合で戦争を終結させるという目的は達した。宗主星では相手が銀河帝国になったという事で、大慌てで戦争終結に動き出している事だろう。恐らく植民星連合と同様に併合を願い出るだろう。自分たちの、この時空での役割は終わったのだ。

 でも――。

 「一寸よろしいでしょうか。」

 会話の合間にグリューエルが確認を求めた。

 「今回の黒幕、元老院議員パク・リーの所在は確保されましたか」

 「いえ、情報部からの話では既に逃亡した後だったそうです。ヒュー社に捜査が入る前に高跳びしたと。恐らくアテナ女史による公開と同時です」

 「そうですか――」

 「行き先は、辺境海賊ギルド」

 茉莉香はまだ片が付いていないと思った。

 「そうですね、帝国のことは帝国にお任せするのが一番だと思います。でもこれは元々私たちの文明圏が引き起こした戦争で、最後まで付き合うのが筋だと思うんです。それに白鳳海賊団は銀河帝国に宣戦布告したままです。このまま手終いすれば、白鳥号は銀河のお尋ね者で終わっちゃう」

 「白鳥号は独立戦争末期に二隻いたという事では駄目なのですか」

 「電子記録では二隻が同一であることまで誤魔化し切れません。それに、引っ掻き回しただけで後は知らんぷりっての嫌なんですよ。海賊として」

 かぶりを振りながら茉莉香は言う。

 「では、どうあっても同行すると」

 「あら、私たちに誘拐されたのですから、あなた方が私達に付き合ってもらうんです」

 ニコリと営業用の笑みを浮かべる茉莉香をよそに、グリューエルが外交の表情でナッシュフォールに向かった。

 「白鳳海賊団提督としてお尋ねします。帝国は本当に事態を終わらせることが出来るとお思いか」

 「どういう意味でしょう」

 ナッシュフォールも諜報員の顔に戻っている。

 「そのままの意味です。帝国は内政不干渉が原則。今回の事件はそれに抵触する犯罪でした。しかし犯人は逃亡して帝国の版図外に居る。この意味はお判りでしょう。外交ルートで犯人の引き渡しを求めようにも相手は海賊。そのまま乗り込めば一方的な侵略行為であり内政干渉になります。謂わば犯罪を犯罪で解決しようとするようなもので、帝国内の各星系政府はその矛盾に疑問を感じるでしょう」

 「帝国で活動する海賊は、それを撃滅する。海賊掃討戦争時の海賊法はまだ生きています」

 ナッシュフォールは反論した。だがグリューエルは構わず指摘する。

 「帝国内の海賊に対してでしょう。辺境海賊ギルドは帝国の範囲外です。それに領内で活動する海賊は全て居なくなったことが銀河帝国公式見解のはず。帝国艦隊が乗り出すとは、たかが掃討戦争の残党風情にしては規模が大きい。いったいその海賊はどうやって力を得たのか。――ここでも疑念が出てきます。つまり、領内で波紋を立てずに帝国が動くことは難しい」

 「グリューエル・・・」

 茉莉香もナッシュフォールも、グリューエルの指摘に沈黙した。

 「さて、ここからが本題です」

 一呼吸おいてグリューエルが続けた。

 「帝国が動くことが出来ないならば、帝国以外の勢力が動けばいい。これは、海賊の領分です。」

 

 

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