ヒュー社の社長が示した座標は、海賊ギルドが跋扈する帝国領外の辺境宇宙域。一二〇年後でもこの領域はまだ帝国の埒外。そうあのスカルスターがある宙域だった。
「すみませんでした。茉莉香さんを差し置いて差し出がましい真似をして」
グリューエルが申し訳なさそうに謝っている。
「ううん、そんなことないよ。私ってさ能天気な方だから、帝国艦隊が乗り出せば一気に解決って思っていて、帝国が動けない場合の選択肢を失念してた。」
「じゃあ白鳥号の指名手配はどうするつもりだったの」
しおしおと頭を掻く茉莉香を横目に、チアキが問いかける。
「帝国艦隊と同行して、共同作戦って事で既成事実化しちゃえば、後は有耶無耶に・・・」
「有耶無耶にって、・・呆れた」
「――海賊らしいですわ。」
クスクスと笑うグリューエル。
「帝国が動けない場合、一番リスクの少ない方法は、全ての罪をオリオンの腕側に被せてしまう事。植民星で実験しようとした宗主星は、ステラ・スレイヤーを使って帝国に進出を目論んでいたことは事実なんだし、辺境海賊ギルドと通商を行っていた。敵対に対する防衛は立派な軍事行動で大義名分は立つ。危険な文明と勢力って事で証拠もろとも抹消すれば万事解決、帝国は安泰。」
椅子に深く腰掛けながら、茉莉香はもう一つの選択肢を思い返す。
「なんの解決にもならないじゃない。船長失格だわ」
はぁと溜息をつく茉莉香。
「帝国がそこまで愚かだとは思いたくないですが、戦争で儲けようという考えを持つ者がまだ一掃されたわけではありません。政治は時に偏狭で冷酷な判断をするものです。私達のセレニティー連合王国もそうでした。保守派と改革派に別れて内戦の一歩手前まで行ったのです。そして私は安易に弟の命もろとも破壊を選ぼうとしました――。それを救ってくださったのは茉莉香さんです」
「いやあ、たまたまだって。あの時だってそんなに深く考えて行動した訳じゃないもの。解り合えないんだったら目で見て判断してもらった方がいいって思っただけ」
それにしても御先祖の船を見て解り合えたセレニティーの人たちは凄いと思った。そして説得したグリューエルとグリュンヒルデも。
「でもグリューエル、敵の本拠地へ乗り込むのにオデットⅡ世もって危険すぎるわ。弁天丸で十分よ。ヨット部員を危険に晒すわけにはいかない。これは弁天丸クルーの一致した意見よ」
「私も止めたのですが・・・」
辺境海賊ギルドの本拠地に海賊しに行くと決まった時、ヨット部員たちはオデットⅡ世で行くと言い出したのだ。オデットⅡ世のお尋ね者の汚名返上に『白鳥号』が居なくては意味がないというのが理由だった。
「そりゃそうでしょうけど、だからって無茶よ。武器もなんにも無い女子高の練習帆船なのよ!」
「だけど、以前も辺境海賊ギルドとやり合ったぜ、あんときゃラキオンや七つ星連邦の艦隊も一緒だったか」
部長のリンが顎をさすりながら不敵な笑いを浮かべる。仕草はもう立派な海賊だ。――白鳳ヨット部のパーカーを着ているが。
「だからあ、あの時は梨理香さんが指揮執ってくれたからでしょうがあ」
「それにいくら弁天丸でも、一隻じゃ電子戦で力負けするんじゃない」
ハラマキが後に続く。
「サイレントウィスパーは連れて行きます。だから十分ですっ」
「茉莉香が弁天丸で行っちゃっても、あたしらは後を追い掛けていくからね~、座標もクルーも揃ってるから~」
レーダー席で先輩のリリィが手を振る。
「操舵なら任せてください。ケイン先生のようにはいかないかも知れませんけど、グリューエルやチアキ先輩のサポートがあれば、立派にやりとげてみせますっ」
「そんな、アイちゃんまで・・・」
「仕方ないんじゃない。みんなやる気満々よ。止めるんならオデットⅡ世ぶっ壊すしかないわ――帰れなくなるけど。」
つんと澄ました顔でチアキが締める。
「チアキちゃあああんん」
「だからあ、ちゃんじゃないってえ!」
結局チアキ・クリハラは、盛り上がるヨット部員を止めなかった。
かくして、白鳳海賊団は辺境海賊ギルドの本拠地に乗り込むことになった。
「やる気満々だぜアイツ等、顧問はどんな教育してたんだ」
「三代目、オレが女子高の先生なんて、こりごりだって言ってた訳が解っただろ。今度からはお前がやれ」
メインモニターに映るオデットⅡ世を見ながら、弁天丸を操舵するケインが愚痴る。
「確かに第七艦隊や核恒星系の中でも、あの子たち私達(プロ)と阿吽の呼吸で対応しちゃってたわ。でも今度の相手は本物の海賊よ。しかも明確に敵意を持ったね」
「実戦経験でいえば、オデットⅡ世は練習船にはあり得ない回数だ。恐らく星系軍より多い。」
ミーサの不安を受けてシュニッツアが言う。
「演習より実戦経験ってか。帝国の第七艦隊だってあんなに頻繁にはガチンコしてねえぜ。まさに海賊船並みだ。・・・ってオイ、俺達より多くないか?!」
指折り数えていた百目が驚く。それに三代目が反論する。
「セレニティーの星系軍やら海賊狩りとかオデットⅡ世が絡んでない戦闘も結構あるんじゃないか。それに帝国じゅうに賞金首掛けられたこともあるぜ」
「ありゃ帝国情報部の出来レース。一発も撃たれなかっただろ、ノーカンだノーカン」
「でも、全部に船長は関わってる」
怪しげな水晶玉型宙間ディスプレイを手にしてルカが一言。
「あの子も戦闘経験豊富って事ね」
母親のような眼差しでミーサが呟く。
「ホント、大きくなっちゃって」
「またここに来るとはね。しかもヨット部のみんなと一緒に」
感慨深げな茉莉香。クーリエの幼馴染だった帝国の情報部員と前に訪れたことがある。今回はそのご先祖様と一緒。
「この時系列では初めてですね」
あの時は再訪だったんですねと、茉莉香と行動を共にしたグリューエルが訂正する。
一二〇年後では黄金の幽霊船のように亜空間を移動するスカルスターだったが、この時代では通常空間にいる固定港のようだった。見た目は髑髏の姿だが、ひとまわり小さい。
武装を持つ弁天丸を先頭にオデットⅡ世、その北天にサイレントウィスパーという隊列でスカルスターへ侵入航路を取る。
「まだ電子戦は仕掛けないように。先手は取れないけど相手に付け入る隙を与えたくないもの。相手の電子攻撃に対してはきっちり応対お願い。――相手の射程ぎりぎりまで近付いて」
茉莉香がオデットⅡ世と弁天丸に下命する。
接近すると、スカルスターから停船命令が入った。
茉莉香が海賊服で応答に出る。とびっきりの営業スマイルで!
「こちらはくじら座宮からやって来た白鳳海賊団、船長の加藤茉莉香です。当方に攻撃の意志はありません。そちらにいらっしゃる帝国貴族さんに用があります。引き渡していただけませんか」
しかし相手は何の返事も寄こさない。しかしこちらを探る電子攻撃はビンビン来ている。
「茉莉香、スカルスターにエネルギー反応増大。砲門が一斉に照準をこちらに向けてる」
「こちらはいつでも撃てる。しかし装甲から効果は期待できない」
弁天丸から報告が入る。
「こちらからは撃たないわ。あくまで交渉に来ただけ。喧嘩しにきたんじゃないから。でも対抗処置は執っといてね」
「了解」
少しの間ののち映像が切り替わった。
モニターに出たのは、凄艶な美女。
「白鳳海賊団? 聞かない名だねぇ。元老院議員に用って事は帝国の犬かい」
見透かすような瞳と流れる蒼い髪を持つミューラ・グラントだった。
「辺境海賊ギルドの代表をやっているミューラだ。」
モニターに映る彼女は、茉莉香が知っているミューラよりも若く、自分たちとさほど変わらなく見えた。しかしあの眼光は変わらない。茉莉香は思わず海賊帽を深めに被り視線を逸らす。思考を読まれることを警戒してだが、あの長命種に顔を覚えられたくないせいもあった。
「お宅さんとこに御厄介になっているもと元老院議員ですが、ウチのシマにちょっかいを出しましてねえ。こちとら大迷惑だったんですよ。きっちりオトシマエを取らないと締まる所も締まらないんで。」
「おや、お嬢ちゃん。顔は見せてくれないのかい。それじゃあ話が出来ないぜ」
冷徹な目が細められ、茉莉香を見つめる。モニター越しでも刺すような視線を感じる。
「あなたは、相手の心を読むそうですから」
フンと鼻を鳴らし、茉莉香を見下す。
「帝国の使い走りに『差し出せ』と言われて、海賊ミューラ様ともあろうものが『はいそうですか』と言うと思うのかい。」
「帝国は関係ありません。くじら座宮の海賊に喧嘩を吹っかけて来た相手がたまたま帝国の人間だったってだけです。身柄は帝国に引き渡しますが、勿論帝国にも落し前は着けてもらいます」
「言うねえ船長。」
固唾を飲んで見守る弁天丸のクルー達が口笛を吹く。
「あれで視線を逸らしてなかったら、なんだけどね」
「帝国の威光も届かない辺境までのこのこやって来たんだ。それなりの覚悟は出来ているんだろうねえ」
ミューラの目が細くなる。
「辺境海賊ギルドともあろうものが、何時から駆け込み寺を営業するようになったのですか。」
「窮鳥懐に入らずんば、猟師もこれを撃たずってねえ」
「武士の情けが聞いて呆れます。ミューラさん、ご自分のことを海賊って名乗られましたけど、地位を悪用して一儲け企むようなスカンク野郎のお零れにあずかろうとされているだけではないですか」
「挑発かい? だがここでお前らを消してしまえば、後腐れなく闇に葬れるとは考えないのかい」
「でもまだ攻撃されてません。貴方にとっても、事が露見した黒幕はお荷物なのではありませんか」
「匿うと決めちまったんでね。契約は守らないと、この業界やって行けないんだよ」
目を落とし、はあと息を吐くミューラ。
「あくまで保護すると?」
「海賊なら力ずくで奪うんだな」
そう言ってミューラは通信を切った。
双方睨み合いが続くなかで茉莉香が決断する。
「行きましょう。このまま睨み合ってても状況は動かない。なら前進して相手に口火を切らせる。火力は向こうが圧倒的。でも電子戦ならこちらが有利。出来るわよねアイちゃん!」
「はい! 全部躱して見せますっ!」
コマンド入力でなく手動に切り替えたオデットⅡ世の舵輪を構えてアイ・ホシミヤが即答する。
「ビーム攻撃は躱せても、いざ白兵戦になったらどうするんだ? そっちは女の子ばかりだろ、弁天丸にしたって要塞相手じゃ人数が足りない」
戦闘担当のシュニッツアが言う。
「その前に決着を着ける。電子戦で相手の動力を奪取する。それが出来なかったら大人しく白旗を上げましょう。でも帝国が乗り出せる理由にはなるわ。相手が撃てば、黒幕との関係をおおやけに認めたことになる!」
「自衛のためでなく攻撃したってことか」
そこまで行きたくないんだけど・・・と茉莉香は思った。出来れば抗争関係にはなりたくなかったし一二〇年後まで遺恨を残したくない。敵の動力を切るという事は明らかな敵対であり相手にとって屈辱も大きい。
「前進!」
細身のオデットⅡ世が帆を一杯に広げて進みだし、武骨なシルエットの弁天丸が続く。
有効射程を切り、そろそろ有効弾を心配しなければならなくなって来たところでスカルスターが火を噴いた。
「あちゃー撃って来たか。電子妨害最大出力!」
照準を電子妨害でずらされたビームがオデットⅡ世を掠めていく。
「電子妨害はうまくいってる!」
電子戦コンソールで部長のリンが敵のレーダー波を攪乱する。
エネルギー波の線条が幾本も飛び交う中を、縫うように二隻は進んでいく。
「十一時方向実効弾、距離一七〇万、二時方向からも距離一五〇万、挟差時間一,三秒。一七四度仰角一二、第五宇宙速度で!」
グリューエルのサポートに小柄な一生懸命にアイが舵を切る。
閃光とミサイル弾が間一髪のタイミングでオデットのマストを擦り抜けていく。
「回避成功!」
「まだまだ来るわよ! アイ気抜かないで」
「はい!」
戦況をモニターしているチアキが檄を飛ばす。
「いい腕だ。操舵も電子妨害も」
玄人はだしの腕前に弁天丸のブリッジから讃嘆の声が上がる。
「海千山千の海賊でも、なかなかこうは行かないわ。電子戦の手際なんか見てて複雑な気分。」
サイレントウィスパーのクーリエがぼやく。
小型艇ながら戦略戦艦以上の処理能力を持つサイレントウィスパーである。空間への電子妨害にサポートを行っているが、にしてもである。
「レーダー波から敵の回線は確保したわ。ほとんどオデットⅡ世からの情報だけど」
「オデットⅡ世、お前さんとこの格納領域とレーダー借りるぜ。コマンドはこちらに任せてくれ。サポートをよろしく頼む」
「よろこんで!」
クーリエからの報告に、百目がラインを確認しオデットⅡ世に伝える。オデットⅡ世をアンテナに使い、その巨大な電子領域をサイレントウィスパーのバックアップにして攻撃を仕掛けるのだ。勿論受ける側との呼吸が合わないと出来る事ではない。それだけ相手の腕を信頼しているという事だった。
「よし、電子攻撃開始!」
茉莉香(せんちょう)の一声と共に、白鳳海賊団は反撃を開始した。