役目を終えたサイレントウィスパーは弁天丸に格納され、クーリエも戻っている。
パク・リーは白鳥号に引き渡された。
その時ちょっとした騒ぎが起こった。スズカが彼を眼にした途端、リボルバーを抜いて撃とうとしたのだ。
「お前のせいで、どれだけの人が傷つき死んだと思うんだ!」
脅しや駆け引きで無く、本物の殺意をたたえて。
――海賊は丸腰の相手を殺さない――
茉莉香の言葉がなければ引き金を引いていただろう。
「海賊が手を下す価値もない人間よ。あなたに人殺しになって欲しくない」
帝国に戻れば確実に「処分」されるだろう。この世界に存在した痕跡すら残さずに。
スカルスターを後にした白鳳海賊団ことオデットⅡ世、弁天丸と、白鳥号以下海賊連合艦隊は、統合参謀本部のある核恒星系の第二星系まで跳び容疑者パク・リーを送り届けた。私掠船免状があるとはいえ銀河帝国の中枢部に海賊が現れたのは、実に一千年ぶりの事だという。
そして、ポルト・セルーナに跳んだ。
辺境を管轄する第七艦隊最大の軍港。
ここから先は帝国の領外。いやオリオンの腕が版図に入ったいま、拡がった帝国領の中継ジャンクション。そのうち帝国艦隊に再編があり担当宙域が変更されるだろう。
ポルト・セルーナではピエトロ・ホーガスと銀九龍が待っていた。
「今回は本当にありがとうございました。追っていたジャッキー・温を逮捕することが出来、宿敵だった辺境海賊ギルドも牽制することが出来ました」
銀九龍がスズカの手を取ってお礼を言う。
「でも、勝手に協定を結んできてしまいました。辺境海賊ギルドを潰すことが念願だったのでしょう」
「いえあれで良かったのです。今あるギルドを潰しても、似たような組織は生まれて来る。まさに鼬ごっこですよ。それならいまの組織を利用して新たな勢力が出て来る抑止にした方がいい。それに帝国内に海賊が居る、これが大きい。海賊はお互いのシマには手を付けないという不文律があるでしょう。勿論今後もギルドの動向については監視を緩めませんが」
銀九龍とスズカのやりとりに、茉莉香とジェニーは、一二〇年後まで私掠船免状が更新され続けて来た訳を見た気がした。
「ジェームズ・ナッシュフォールに代わって、私からも謝意を述べさせて下さい。」
ピエトロ・ホーガスが茉莉香とジェニーの前に進み出る。
「貴方たちのお陰で、帝国は大きな過ちを犯さずに済みました。しかも平和裏に版図を拡げることが出来たという栄誉でもって。今回の過ちを公けにすることは出来ませんが、帝国は百年先まで肝に銘じる筈です。これは私の気持でもあります」
確かに帝国は学んだ。だからファウンテンブロウの時もいち早く海賊に依頼が来、領外であっても艦隊が動いたのだ。しかし戦争をプロデュースするという思考の芽まで摘むことは出来なかった。一二〇年のスパンでは思考を変えることは出来ないのだろう。しかし過ちを繰り返しつつ人間は変わっていくと信じたい。現にグリューエルのセレニティー連合王国は変わったではないか。
「これを貴方に帰します。」
銀九龍がスズカに文書を手渡す。それはあの降伏文書だった。海明星中継ステーションの中華屋で見た時と同様に、降伏相手が記されていない。
「これは――?」
「今回の併合は、オリオンの腕文明圏として為されました。それには一方だけの降伏文書では都合が悪いと・・・。例の、ステラ・スレイヤーの件もありますし。色々と後世詮索されてはまずいという事だそうです。この期に及んでも帝国の大人の事情ですな。――いやはや、このように貴方の努力を顧みない帝国のやり方、今回の事で宮使いには愛想が尽きました。軍人は軍務の事だけ考えていればいいと思っていたのですが、政治的に動けと――軍人を辞めようと思っております。」
深々と頭を下げる銀九龍。
「・・・」
黙って受け取ったスズカだったが
「では、これは貴官が預かって頂けませんか。帝国と植民星政府がおかしなことをしないように見守ってください。」
そう言って返した。ただただ押し戴く銀九龍。
「貴方は核恒星系まで乗り込んだ伝説の海賊として語り継げられるでしょう。その方からの餞としてお預かりいたします!」
今も黒く煤けた額縁が油煙に塗れて掛かっている由来だった。
ポルト・セルーナで、旧植民星連合の海賊たちは白鳥号と別れて、それぞれの星系へと帰路に就いた。
白鳥号がオデットⅡ世と並んで飛ぶ。同型の(同一だから当然だが)優美なシルエットが双子のように宇宙空間に映えている。
「――なあミーサ、俺達浮いてないか」
「そりゃあ機能性を追求した伝説の海賊船だもの。浮いてて当然」
随伴する寸胴な弁天丸。
三隻が飛ぶのは、あのガーネットA星域。
赤色巨星の軌道上には廃墟となったプラントと黒鳥号の残骸が浮かんでいる。
「茉莉香、前に言ったわよね。『決断は、自分が選んだベスト』って」
白鳥号のシラトリ・スズカからオデットⅡ世に通信が入る。
それは、スズカを励ますためにヨット部員たちと歓迎会を開いた時、何でそんなに即決できるのと聞かれて言った言葉だ。
「あの時は、なに後先考えないご都合主義な子なのって思った」
「いつもご都合主義でスミマセン」
茉莉香が頭を掻きつつ謝る。
自分より彼女の方が場数を踏んでいる。回数がどうのじゃなく、彼女の場合は、どんな小さなことでも人の生き死にが掛かっている。それに比べれば、自分は保険会社に保障され、そりゃあ危ないお仕事も多いけど予定調和のお遊びみたいなものだ。
「ううん、違うの。あの言葉は、自分が決断したことをベストと信じるんじゃなく、選択した結果をベストにするということなのよね。茉莉香を見て解ったわ」
小さい頃から母親に言われて来て、そんな意味には感じていたけれど、いつも心掛けていたわけではなかった。茉莉香の方こそ今回強くそれを意識させられた。特にばらばらな海賊たちを纏め上げ、ステラ・スレイヤーの破壊と戦争終結に動いたスズカを見ていて。
「前にも言ったけど、お父さんが倒れて本当に心細かった。そんなとき茉莉香やヨット部員たちに囲まれて嬉しかった。けど羨ましいとも思った。なんでそんなにのびのびとしていられるんだ」
「そりゃあ背負っているものが違うもの。クルーだけじゃない、星の運命まで」
「それは茉莉香たちだって同じじゃない。時空は違っても自分の未来を背負っていた。でもその時判ったの。自分が海賊でいる理由は自由でいるためなんだって。」
二人が会話する中に、百目からの報告が入った。
「船長、空間に変化が生まれている。あの時の揺らぎと一緒のものだ」
空域に停泊した二隻の太陽帆船と弁天丸の正面には、青白い光を放ち空間を歪める時空の亀裂が生じつつあった。
それを見てスズカがお別れを言う。
「もう会えないわね。」
「ええ、多分・・・。」
茉莉香も今生の別れを返す。が、素っ頓狂な声が続いた。
「ああっ忘れるところだった!」
慌てて一二〇年後に向けた通信筒を宇宙空間に放つ。
相変わらずの様子にスズカの苦笑が聞こえて来る。
「これでし忘れたことはないわよね?」
すぐさま見えなくなって行った通信筒を見送って、茉莉香はスズカに通信を送る。
「いろいろ有難う。この時代の海賊さんたちのおかげで、私達の世界は守られたわ」
「こちらこそ礼を言うわ。貴方たちのお蔭で、私の故郷と未来が約束されたんですもの」
スズカの答礼を合図に弁天丸から通信が入った。
「船長、亀裂に変化が生じてる。さっきの通信筒で時空のエントロピーが解消されたんだ。時間は余りない」
別れの刻が近づいていた。
「じゃあ、お別れね」
「ええ、さようなら。お元気で」
最期の挨拶を終え、二隻は白鳥号を残して亀裂の中に飛び込んで行った。
その時空に飛び込んで行きたい衝動を、スズカはぐっと堪える。――あの向こうは茉莉香の世界。自分たちの領分ではない。
時空の歪とともに消えていくオデットⅡ世と弁天丸。
見送りつつ、スズカは呟いた。
「本当の海賊になれたのは、茉莉香。あなたのおかげよ。時間は、私達の味方――」