アテナ・サキュラーとの会談を終えて、茉莉香たちはオデットⅡ世に戻った。
「あれほど冷血だとは思わなかったわ。何十億人死のうが、星が滅びようが関係ないって顔よ」
我が担当教官ながら、あまりに淡々とした話し振りにジェニーが叫んだ。
「長命種というものは、案外そうなのかも知れません。いくつもの文明が滅んでいった様をその目で見て来たのでしょうから。自分の母星が消滅してしまっている方もいるのでしょう?」
「ええ、確かうちのバルバルーサのノーラも、もう母星がないって言ってたわ」
チアキがいつも物静かな副長を思い出して言った。彼女もこの時代のバルバルーサに乗り込んでいる筈である。
「決して感情に乏しいわけではなく、自分の前を過ぎていく時間の流れにどこか達観したところがあって、私たちよりも長く広いスパンで物事を捉えているんだと思います」
「そうよねえ。あのミューラが感情に乏しいとは到底思えないしね」
グリューエルの話に、茉莉香はあの辺境海賊ギルドの長命種を思い出した。
キュリオシティからオデットⅡ世に戻った茉莉香たちは、再び弁天丸、サイレントウィスパー、キュリオシティと共にガーネットAの星域に戻ってきた。プレドライブによる時空震がこの時代の海賊船や宗主星軍に探知されないよう、彼らとは恒星を挟んでの空域に超光速跳躍する。
戦況は終盤に差し掛かっていた。白鳥号は仲間の撤退を援護するため電子戦を実行。そのため相手の格好の目標となり、九本あるマストのうち直撃弾を受けて三本が大破。ほかの海賊船もしたたかにやられている。この時代の弁天丸も無傷ではいられなかった。
戦域の観測にはアクティブステルスをかけ、あくまで受動に徹する。
「あ、またやられた」
オデットⅡ世と弁天丸のブリッジに、クルーの誰かの呟きが流れた。
パッと宇宙空間に閃光が走り、レーダーのディスプレイに被害を受けた海賊船が点滅する。
茉莉香はギュッと拳を握って、ただ成り行きを見守り続けていた。
あの光が点滅するごとに誰かが傷ついていく。もしかしたら命を落としたかもしれない。でも今は、ただ観ているしかない。この時代の弁天丸にビーム砲が掠めた時は、思わず声を上げた。戦闘記録に弁天丸は人的被害がなかったと分かっていても。だから白鳥号が被害を受けた時は、いたたまれない気持ちになった。でも、黙って耐えるしかなかった。
「茉莉香さん・・・」
グリューエルにはそんな茉莉香が痛々しかった。
戦場の推移を観測しつつ、オデットⅡ世から送られてきた戦闘記録と突き合わせて、アテナ・サキュラーは回線の向こうから呻いた。各船のとった航跡、行動、結果が、記録の時系列通りに展開している。
「本当に記録通りなのね。あなたたちが未来から来たというのも、あながち嘘ではないようだわ」
アテナ・サキュラーは正直驚いたという顔をした。
3時間ほどで、あらかたの戦闘は終了した。海賊側の大敗という結果でもって。
海賊側はどの船も何がしかの損傷を受け、撤退を開始している。ステラ・スレイヤー護衛艦隊は、逃げる海賊に深追いはせず、その場に止まりプラント防衛のため陣形を整えるべく編隊を整えようと動いていた。
「茉莉香、ちょっと!」
レーダー管制をしていたウルスラが呼んだ。
「どうしたの」
「戦闘空域なんだけど、なんか、ちょっとおかしい・・・」
ブリッジのみんなが中央に拡大された全天レーダーに注目する。
「これ、」
ウルスラが、散開していく船影の一つを指差した。
四方に散開し空域から消えていく船もある中で、一隻だけ動こうとせず、止まり続けている。
「これって、白鳥号?」
「エンジン無くても動ける太陽帆船じゃないの」
このオデットⅡ世と同じ帆船。マストを三本やられたが、動けない訳じゃない。
「攻撃を受けた衝撃で、航法系その他に損傷を受けたのかもしれない」
航法担当のリリィが言う。
「なんで、他の海賊船が助けに行かないのよ」
「弁天丸、迦陵頻伽、気付いた。――この時代の弁天丸ね。反転してる。でも宗主星側も追撃に入った。宗主星艦隊の方が早い。辿り着く前に追いつかれちゃう」
「茉莉香!」
リンが叫ぶ。
茉莉香はモニターに映るアテナ・サキュラーに質問した。
「サキュラーさん、お渡しした戦闘記録に白鳥号が拿捕されたという記録はありますか」
「無いわ。白鳥号は電子妨害に徹しながら戦線離脱している」
「宗主星艦隊が掃討戦をしたという記録は」
「それもない。」
未来の担当教授と後輩のやり取りを見ながら、ジェニーは改めて気付かされた。自分たちの歴史が変わってしまう。だから何とかしなくてはいけない。それにはこの時代の当事者たちに動いてもらう必要があるが、自分たちも、この時代から繋がっている当事者として動かなければならないこということに。
「あなたたち、何をしよっていうの」
アテナ・サキュラーに、茉莉香とジェニーはにっこりと微笑む。
二人は黙って頷き合うと、それぞれが言葉を飛ばす。ジェニーはキュリオシティに。茉莉香はヨット部員たちに。
「なら、歴史が改変されることがないようにしなければりません。オデットⅡ世は白鳥号の救出に向かいます!」
「私たちの弁天丸とサイレントウィスパーに連絡、電子妨害を目いっぱいかけてもらって」
「進路設定。目標、白鳥号」
「メインエンジン、出力上昇」
「電子戦、アクティブステルス。おっけー」
「空域、問題あるも行けます!」
事態の急変に驚くアテナ・サキュラーを尻目に、ヨット部員たちは一斉に持ち場に就くと、てきぱきと役目をこなしていく。
「弁天丸から通信!」
「出ます」
船長席に回された回線に、ミーサの怒った顔が出た。
「茉莉香、どういうつもり。戦闘に介入するつもりなの? だいいち武装のないオデットⅡ世で戦場に突っ込むなんて無謀だわ」
「戦闘に参加はしません。でも戦闘記録と違った結果を生じさせるわけにはいかないの。白鳥号が捕まることも、追撃戦が起こることも」
「だからって、なんでオデットⅡ世で突っ込むのよ。弁天丸でいいじゃない」
「弁天丸をこの時代に二隻存在させる訳にはいかないわ。この時代の白鳥号は電子戦巡洋艦よ。白鳥号なら二隻現れても、敵も海賊も欺瞞攻撃だと思ってくれるわ。だから行けるのはこのオデットⅡ世だけ。サポートお願い!」
「わかったわ。ステルス掛けながらオデットⅡ世を援護する。無理しちゃ駄目よ」
「ええ、みんなで帰らなくちゃいけませんからね」
困った子ねという顔で、ミーサが交信を終える。
「さあ、オデットⅡ世。行きましょう!」
「で、茉莉香お嬢様は思わず出てしまいました。ってか」
操舵を操りながらケインが喋る。
「おいおい俺達ゃ黒子に徹するんじゃなかったのかよ」
心配性の三代目。
「いついかなる事態にも対処できなければ海賊とは言えない」
ぶっきらぼうに答えるシュニッツァー。
「でもまあ、実際船長の言う通り弁天丸が出ていくわけにもいかないからなあ。この時代の弁天丸の目の前に。今ごろ敵さん、白鳥号がいきなり二隻になったもんで、驚いてるんじゃないか。白鳥号もだろうけど」
「電子妨害、アクティブステルス、順調に実行中!」
百眼クーリエふたりのウィザードは、モニターにニヤつきながら効果を確認する。
弁天丸はオデットⅡ世のただでさえ細い船体の影に寄り添いながら、ステルスをかけつつ随走する。ほっそりした船体にずんぐりした弁天丸が隠れるというのは本来無理な話なのだが、そこは歴戦の技でカバーしている。
相手にはオデットⅡ世しか見えない。強く走査を掛ければ、スマートな船体の下に僅かな空間の歪が確認できただろう。しかし、突然現れた新たな白鳥号に気を取られ、そこまで気付く者は海賊側にも宗主星側にもいなかった。
事実確認に疑心暗鬼している宗主艦隊に、現れた白鳥号(オデットⅡ世)が発砲する。実は隠れていた弁天丸からなのだが。
空間を切り裂き、二線のエネルギー・ビームが護衛艦隊に向かって走る。
「まあ、きれい」
オデットⅡ世の船体を震わせて走り抜ける光跡に、グリューエルは歓声を上げた。
「な、なにやってるのよー、シュニッツァー」
茉莉香が慌てて弁天丸を呼ぶ。
「問題ない、只の威嚇だ。それにこの時代の白鳥号も武装ぐらいしているのだろう」
シュニッツァーの言う通り、追撃に走り出していた相手艦隊の動きが止まる。当てこそしなかったが、正確に艦隊同士の間を切り裂くように放たれた艦砲射撃は、それ以上の追撃を躊躇わせるには十分だった。その間に二隻は白鳥号に接舷し、弁天丸とオデットⅡ世に係留する。そして通信ポッドを放出。ポッドにはオデットⅡ世(白鳥号)の船体データ。いきなり空間には、白鳥号が放たれたポッドの数だけ現れる。ライトニング11の再現という訳だ。
再び弁天丸の威嚇射撃。今度は相手の装甲を掠めて。宗主艦隊も電子妨害を仕掛けているのだろうが、そんなものを歯牙にもかけない正確な砲撃。
どれが本物かわからない中で、いつあの砲撃が飛んで来るか知れない恐怖に右往左往する宗主艦隊を尻目に、現れた時と同様、数隻の白鳥号は相手の目の前からこつ然と消えた。
「見えない」
水晶玉ディスプレイを片手に、航法席のルカがニンマリと笑う。
サイレントウィスパーから放たれた強力なステルスによって、茉莉香たちは悠々とこの空域を離れていったのだった。