モニターの向こうでは若い歴史学者が苦々しい顔でこちらを見ている。茉莉香は白鳥号の救助に行っているので、彼女の相手をしているのは、ジェニー・ドリトルとグリューエル。
ガーネットA星域での第一次海戦の一部始終を見て、アテナ・サキュラーは頭を抱えた。
「あなたたち、いったい自分が何をしたのかわかっているの? 未来の人間が歴史に介入してしまったのよ。これによる異差がどういう歪をもたらすか、まったく判らないわ。」
「未来を改変しようというのではありません。本来の姿に補正しようとしただけです。歴史では海賊勢力への掃討戦も白鳥号の拿捕も起こっていません。あのままの推移だと、むしろそれによる歪の方が、事態がより深刻でした」
涼しい顔で答えるジェニー。
「それは、そうだけど。歴史に本来の姿というものはないわ。それは独善的でとても危険な考え方よ。歴史を実験の場とする訳にはいかないわ」
「決まってしまった歴史を改変しようとするならば、です」
「いま、海賊たちは、殲滅兵器を阻止しようと必死で頑張っています」
慣れない艦隊戦で右往左往していた、この時代の海賊船たちを思いながらグリューエルは言った。
「私たちはその結果を知っています。初めての艦隊戦で、慣れない海賊たちは手痛い敗北を喫しました。植民星連合の勝敗に関係なくあの殲滅兵器は破壊されなければなりません」
ジェニーが続ける。アテナ・サキュラーを見詰めたまま。
「艦隊戦は二度行われます。一度目が海賊の敗北、二度目が、何故か記録が少ないのですが、海賊の勝利で終わっています。ステラ・スレイヤーは破壊。植民星連合は、間を置かず宗主星ごと銀河帝国に併合。これが私たちの知っている選択による歴史の結果です。責任は事実の受け入れ方による銀河帝国側にあります」
「私の大学での担当教授が、それは歴史学の教授なのですが、戦争のはじまりと終わりについては、時代ごとの変遷も当事者同士の都合も密接にかかわって、終わらせ方は当事者の能力、意思により結果が千変万化するとおっしゃっていました。」
つい数日前に、目の前の歴史学者から言われた言葉だった。
「そうよ。だから歴史の在り方はさまざまに変化する。過去の記録を探り調査分析することで過去を学び、いまの在り方と付き合わせることによって今を知ることが出来る」
「過去を学び今を知ることは、未来を類推することに繋がりますよね。でも未来はとどまってはいない。この一瞬一瞬のいまが過去になり未来を形作っている。未来も千変万化するものです。いま、このままの未来では、帝国はこの星系と殲滅兵器については事後責任です。夥しい悲劇とそれに付随していく千変万化な未来の在り方と共に。私たちの知っている未来では、いまこの現在、帝国も当事者です。接触と介入への権利も義務もある。夥しい悲劇を防止し千変万化する事態を調整するために。そしてあなた方は知ってしまった。軍でも政府でもありませんが、貴方は帝国の知性を体現するお方です。その貴方が、これから引き起こされるであろう悲劇と混乱に対して、どう責任の結果を選択されるのですか」
ジェニーの言葉に長命種の歴史学者は、ただ黙ったままだった。
「今すぐ答えを出していただかなくても結構です。まず、私たちの考えを、貴方の目で確認してください」
「でも歴史は、今の段階ではとても流動的で、この先どう変化していくかわからない。それこそ当事者の能力と意思にかかっている。ならば、この時代人である貴方が当事者の一人になる事に何の支障もありません」
「当事者って・・・、あなたたち、私に何をさせようっていうの」
「この戦闘の事実を、帝国側に知らせて欲しいいんです」
「大学の一研究員の言葉なんかで、帝国は動かないわ」
「出来る、出来ないは別にして、初めの一歩を踏み出さなくっちゃ何も始まりません。そしてそれは、この時代の当事者であるべきです」
「それは、そうだけど。歴史を実験の場とする訳にはいかないわ」
「勿論です。でも、こう考えることもできるのではありませんか。歴史と異なった推移が起ころうとするとき、それにどう補正をかけていくか。その過程を観察することで歴史パターンについての比較考察ができる。それこそ実体験によって」
ジェニーが未来の担当教授に向かって提案する。
ジェニーの提案に、アテナは惹かれた。
「その前提が未来から来た記録というのは、どう考えてもズルだわ。あなたに歴史に介在しようなんて発想させる、あなたの担当教授の顔が見たいわ。本当に歴史学者なの? もっとも一二〇年前じゃ、まだ生まれてもいないでしょうけど」
こめかみを抑えるアテナの言葉に、ジェニーとグリューエルは声を合わせる。
「海賊稼業は、結果オーライなんです!」