「ジェニー先輩、うまく説得できるといいですね」
「ジェニーのことだ、きっと上手くやるよ」
翔子に言われて、リンが応える。
オデットⅡ世にジェニーの姿はなかった。
ジェニーは宇宙大学へ報告に戻るキュリオシティに残った。アテナのサポートを務める役目もあるが、ゼミで選択した独立戦争を、この時代で調べたいという個人的理由もあった。なにしろ歴史の流れをリアルタイムで観察できるのだ。それに未来のアテナ・サキュラーに、戦争の終らせ方について研究しなさいと言われた言葉が気になった。だから、アテナから「あなたも一緒に来る気ない?」と、突然言われた時はびっくりした。
「アテナ・サキュラーに言ったよね。私たちの文明は間を置かず宗主星植民星丸ごと銀河帝国に併合。これが私たちの知っている歴史の選択による結果。責任は受け入れた銀河帝国側にあるって。この世界の歴史はその流れから大きく逸脱している。だからこの時代の当事者たちに動いてもらわなくてはならない。でも思ったの。この歴史に連なる私たちも当事者なんだって。当事者としてどうすればいいのか。戦争の終らせ方について、その後の当事者として考え、行動したいの」
それを言った本人に付いて行き、一緒に考察することを選んだのだった。
「ジェニーが行くなら、あたしも一緒に行く。ジェニーを一人にはさせない」
リンがジェニーの身を案じたが、
「リン、ありがと。でもこれは自分の個人的な課題だから。リンはグリューエルや茉莉香たちをサポートしてあげて」
ジェニーは心配するリンの申し出を断り、キュリオシティに乗船し銀河帝国へと向かったのだった。
「で、茉莉香。調査船をやる気にさせたのはいいとして、実際問題どうするつもりよ」
チアキ・クリハラが茉莉香を睨む。
まずアテナ・サキュラー名義で、キュリオシティが観測した戦闘レポートを、宇宙大学と帝国政府に送ってもらった。もちろんステラ・スレイヤーの疑念を添えて。そして宇宙大学への事態説明のため、いったん帰路についた。この時空に居るはずのない一人の異邦人を乗せて。
「大学の調査船からの報告だけで、辺境星域に帝国が動くとは思えないわ。」
結局問題は振出しに戻ってしまう。かぶりを振るチアキに、
「帝国にすぐ動いてもらわなくても、何とかなるんじゃないかと」
「それって、どういう意味? 時間もない、信用もない。戦力もない。ないない尽くしの中で帝国軍に動いてもらう必要がないとは」
「私たちで帝国軍をやればいいのよ」
「な、なんだってえ――」
チアキは口をパクパクさせる。
「海賊は度胸とハッタリよ♡」
そう言って茉莉香は軽くウインクした。
茉莉香とジェニーが考えたプランはこうだった。
「私たちが直接ドンパチする訳ではありません。それこそ未来からの過去への干渉になっちゃう。あくまで帝国の影を演じます。グリューエルにはセレニティーの魔法を使って、ステラ・スレイヤーをリークしてもらう。帝国の表の顔は、宇宙大学のアテナ・サキュラーさんにやってもらいます。」
「簡単に言うけど、帝国の影って、実際問題どうするつもりだ?」
電子戦席からリンが声をかける。
「初めての練習航海でのこと、覚えてます?」
「ああ、存在しない戦艦をあるように見せかけた、あの戦法か」
リンは、ライトリング11のダミーを思い出した。それを応用した文身の術も。
「それを大がかりに仕掛けようと思っています。サイレントウィスパーと弁天丸を使って」
茉莉香は、ラキオン企業体が行った演習空域での艦隊でっち上げを考えていた。偽の帝国艦隊が現れ何かちょっかいを出していると知れば、帝国も乗り出してくるんじゃないか。あわよくばそのまま帝国を独立戦争に巻き込めれば。そんなことを考えていた。
「そして、いまこの時代にセレニティー星王家は帝国とパイプを持っています。グリューエル、この時代のセレニティーの防衛軍ネットにアクセスできる?」
「ええ、私の生体認識コードは時空の違いに関係なく通ると思います。セレニティーに超新星爆弾の存在をリークするのですね。殲滅兵器のウラを帝国側に取らせるために」
「さすがお姫様。説明しなくても判っちゃうのね」
セレニティーの諜報能力は、帝国情報部を凌ぐとも言われている。外交は、小国が生き残っていくうえで必要な戦略だった。
「出来れば、宗主星政府、植民星連合両方に圧力を掛けられればいいのだけれど」
茉莉香が手を合わせてお願いするように言う。グリューエルは少し考えてから答えた。
「交渉にはヨートフを通しましょう。この時代のヨートフに私を信用させられるかは解りませんが、この戦争の趨勢がセレニティーにどんな脅威になるか。ヨートフなら理解するはずです」
ヨートフ・シフ・シドー。未来ではセレニティー星王家枢密院侍従長の長命種。一人で戦争を始めたり終わらせることができるといわれる彼は、この時代にも存在する。
「随分、物騒な話してるわね。とても女子高の練習帆船での会話とは思えないわ」
「海賊営業だけでなく、実際の戦闘経験まで持つクルーなんて、星系軍の防衛艦隊にもそうはいませんよ」
ブリッジに現れた二人の姿を見て、黄色い歓声が巻き起こった。
「ミーサ先生、お久しぶりです!」
「ケイン先生、また顧問してくれるんですか!」
ミーサは、ハーイと軽く手を振ってヨット部員たちに応えるが、隣りのケインは微妙な顔をしていた。
キュリオシティと別れ、白鳥号の救助もひと段落したところで、弁天丸とオデットⅡ世は合同の作戦会議を開いた。傷ついた白鳥号のこともあり、今後についてどうこの時代と関わっていくかについて話し合うためだ。場所はオデットⅡ世で行われ、弁天丸からはヨット部員たちと面識のあるミーサとケインが参加した。
「白鳥号は、この時代の海賊船に座標を送って救助してもらえば」
サーシャが白鳥号について言った。救援に向かおうとしたこの時代の弁天丸と迦陵頻伽なら、まだ連絡が取れる可能性が高い。
「同じように宗主星側も聞き耳を立てている。SOSを発信した途端に、奴さんたちまたこちらに向かってくるぜ。海賊たちと鉢合わせになったら、歴史改変の出来上がりだ。それにこれ以上私たちがこの時代の人間と接触するのはまずい」
腕を組んだリンが反対する。
「じゃあ、白鳥号はこちらで修理するしかないわね。でも時間があるかしら」
チアキがあと四日しかないタイムスケジュールを思った。時間がないのに、やらなくてはならない問題は山のようにある。
「白鳥号は二回目の艦隊戦の時の旗艦、何とかするわ。でもバウ・スプリットはどうしようもないわね。まあ船首衝角がなくても戦闘は出来るけど」
きっと百目は悲鳴を上げるな、と思いながらミーサが答えた。
そんな中、
「彼女、落ち込んでたな。」
茉莉香がぽつんと言った。
「不安で、心配でいっぱいになってて、お父さんが助かったって解ったときは、本当にほっとしてた。でもお父さんの意識が戻ったわけじゃない」
「当面の命の危険が去っただけで、状態としては小康を保っているだけ。重体であることには変わらないわ」
医師としてのミーサが茉莉香に返す。
「とっても心細いんじゃないかと思う」
ケインは茉莉香が何を言いたいのかに気付いて、ヨット部員たちに尋ねた。
「みなさん歴史の時間です。第二次ガーネットA海戦で海賊艦隊の指揮を執ったのは誰だったでしょう」
リンをはじめヨット部員たちは、歴史の教科書に出てくる名前を思い出しはっとした。
「キャプテン・スズカ!」
「そう、彼女がキャプテン・スズカです」
荒くれ共を率い勝利に導いた、伝説の女海賊。独立戦争の歴史には必ず出てくる名前だ。
「しかし本当にそうなのか。見たとこそんな勇ましい女傑には見えないけど」
リンがコンソールを操作しながら、モニターに映るシラトリ・スズカのデータを見て言った。
アスタ・アルハンコやハラマキらヨット部員たちも感想を口にする。
「あたしたちと変わらない年恰好だね」
「茉莉香にちょっと似てるかも――」
「でも、茉莉香よかしっかりしてそうだね、なんか楚々として」
ヨット部員たちのそれぞれの感想に、茉莉香が白鳥号でクルーにスズカと間違えられたことを思い出したミーサは苦笑した。
「彼女はいま、とても船を指揮できるような状態ではない。そんな彼女が問題だという訳ですね」
「彼女がキャプテン・スズカとして海賊艦隊を率いてもらわないと、次の海戦には勝てません。あの海賊たちの戦い方を見れば、確かに海賊たちもさっきの戦いで色々学んで次の海戦に臨むでしょうが、海賊に艦隊戦は組めません。どんなに能力が高くてもそれぞれが勝手気儘なのが海賊です。彼らを束ねる要がいる。確かにいま彼女に艦隊指揮を任せることは無理です。で、船長はどうやって現状を変えるおつもりですか」
「ううん、そんなんじゃないけど、ただ彼女を励ましたいの。お父さんと一緒に船に乗って副長までやってて。船長が不在の時、船やクルーのことを考えなければいけない立場だけれど、お父さんは意識不明の重体。しかも戦争の真っ只中。わたしだったら、もうどうしていいかきっと判らないと思う」
「いっそ、茉莉香かチアキちゃんが代わりに指揮を執っちゃったら。ばーんて」
ハラマキの言葉にチアキがむくれる。
「ちゃんじゃない!」
「ばーんて何よ、ばーんって」
「そうそう、実際海賊船長やってるんだし」
ヨット部員たちの勝手気ままな発言に、ミーサが手を叩いて納める。
「はいはい、冗談はそれぐらいにして。でも海賊艦隊の指揮を彼女が執らなければならない理由は何。黒鳥号でも加藤ちるそにあん文左衛門でもいいじゃない」
加藤ちるそにあん文左衛門は、先の通信でスズカに扮した茉莉香を「ちゃん」呼ばわりした曽祖父だ。
「私たちの知っている歴史では白鳥号のキャプテン・スズカが指揮を執った。どうして彼女だったのかは知らないけど、出来る限り歴史の流れを変えたくないの。どう影響が出るか判らないし」
「それに、この戦いは彼らの戦い。彼らが解決しなくちゃいけない。サポートはするけど手出しは御法度だと思う」
「どうして駄目なんだい。結果オーライなんだろ」
「海賊の海賊としての矜持、かな」
ふーんという面持ちで、ブリッジ一同、茉莉香を見詰める。
「で、茉莉香はどうしたいんだい」
リンが茉莉香に尋ねる。
「わたし、彼女をオデットⅡ世に招こうと思います」
「白鳥号はオデットⅡ世のことを、この時代の海賊仲間だと思っているんでしょ。そんな彼らに女子高の練習船を見せちゃうわけ?」
ミーサが驚く。
「面白そうじゃない。女子高の女の子なんて、海賊業界にはそうそう居ないんだろ。同じような年頃のみんなに囲まれれば、気も紛れるって」
「あなたさっきこれ以上接触するのはまずいって話したばかりじゃない」
ミーサの突っ込みにリンは、え、そうだっけという顔でとぼける。
「いいね、スズカちゃんの激励会だあ」
おーという掛け声とともに、一斉に拳を上げるヨット部員たち。たちまちパーティーについて相談を始める。
「海賊ご招待するんだから、白鳳海賊団の格好がいいと思います」
「アイちゃんの妖精、可愛かったもんね」
「パーティーには絶対カレーよね」
「リリィのカレーは絶品です」
「ランプ館のスィーツ無いのが残念だよお」
「でもお菓子なら沢山持ってきたよ」
そんな彼女らを見て、ミーサとケインは思い出した。基本、この年頃の女の子は「楽しければ万事オッケー」なのだ。