ガーネットAで繰り広げられた一回目の戦闘のレポートを宇宙大学に送信した後、キュリオシティは大学のあるユニバ星系への長距離超光速ドライブに入っていた。レポートには一人の異邦人も乗船していることを書き添えて。
超高速跳躍の亜空間の中で、飛び荒ぶ光の流れを見ながら、アテナは言った。
「あなた、ステラ・スレイヤーのことを帝国に知らせて欲しいって言ったわね」
「はい」
「もう知らせてあるわ。独立戦争の推移についてレポートするのに、まず両者の戦力を比較しなくてはならないもの。でも何の反応もないみたいね」
「それって、どういう意味ですか」
「帝国は、とっくに知っているって事よ。私が植民星独立戦争のフィールドワークの定時レポートで、宗主星側の動き、植民星連合の動きと合わせて、大学に報告してたから」
大学に報告してもらえば、いくら独立自治が建前の宇宙大学といえど、あれだけ周辺宙域に影響する殲滅兵器の情報が帝国政府に行かない訳がない。ジェニーが知っている大学も、帝国政府をはじめ他勢力からの干渉は排除するが、不利益と判断されない限りは技術革新を始め様々な情報は共有し合っている。ジェニーはそれを期待していた。
アテナは、そこまで言って自分の言葉に違和感を覚えた。
自分のレポートは大学宛てのものだが、銀河帝国の脅威となるものの情報を帝国情報部が見逃すわけがない。
しかし、今に至るまで何の動きも見られていない。これまで辺境比較民俗学の研究のことばかりで、レポートの中の政治的内容については無頓着だったが、振り返ってみると余りにも不自然だ。まるで見て見ぬふりを決めているようだ。
「帝国か、あるいは宇宙大学が、知りながらあえて無視しているということ?」
長命種の歴史学者として、戦争のはじまりについては、相手に無関心を装い、あるいは過度に追い詰め、隙を見せて開戦に追い込む。そんな手口で滅んでいった文明はいくつも心当たりがあった。
「誰かが意図的に状況の変革を意図している? ああっ人間が政治的生物であることを失念していたわ。歴史や比較民俗学をフィールドする時、必ず考察しなくちゃいけないことなのに!」
アテナは頭を掻きむしりながら独り言ちた。
「そう! これは帝国も当事者の問題なのよ!」
そう言うと、アテナはジェニーの方に向き直って尋ねた。
「あなたの後輩さん、セレニティーのプリンセスなのよね」
「グリューエルのことですか」
頷きアテナは続ける。
「セレニティーのことだから血の魔法は通じる筈よ。あのお嬢さん、見かけの割に私よりも政治に長けていそうだったから、きっとそれを使うでしょうね。なら、セレニティーを動かす方が効果的」
「いったい、なにをするんです」
何か裏がありそうだという事は判るが、何をするかが判らないジェニー。
「メトセラにはメトセラのコネクションがあるのよ」
「・・・・・・」
ヨートフ・シフ・シドーは、すぐ王室専用のネット回線に異常が起きたことに気付いた。
王室専用の受信箱に届けられた一通のメール封書。宛先はシムシエル・セレニティー。差出人は「王家ゆかりの者より。」とだけ。
明らかに怪しいこのメールは、正規の手続きを経て届けられたものではない。そのような場合、直ちにアクセスは遮断され、情報部が回線履歴をハックし発信元が特定される。
だのにこのメールは王室回線に直接送られてきており、アクセスの遮断も回線履歴の逆探知もすり抜けている。こちらのハッキングは一切受け付けないということだ。そのような通信は、正統王家の直系の者だけに限られる。さらにメールには、追伸としてヨートフ・シフ・シドー宛のものも同封されていた。
このメールが強制送信されてくるのとほぼ同時に、帝国貴族でもある宇宙大学の長命種からもメールが届いていた。そのメールはヨートフ宛で正規の手続きによるものだった。
「象牙の塔のメトセラ、宛てヨートフ・シフ・シドー様。」
ヨートフは、まず自分あてに送られてきたメールを開いた。
『帝国は、知っている』
文面は、それだけだった。
そのメールを閉じると、ヨートフは正体不明のメールが入ったメモリーチップを王室御用達のクラッチバックに納め、若い自分の主のところに赴いた。
「殿下宛てのメールで御座います」
恭しく差し出す。
自分が幼少の頃より仕えてくれている彼の表情がいつもと様子が違うのを見て、青年のシムシエル・セレニティーは、壮年の侍従が差し出すものを緊張の面持ちで受け取った。
御用達のクラッチバックに入っているという事は、その中身が尋常なものでないことを物語っている。それこそ王室もセレニティー連合王国も揺るがしかねないほどの物という訳だ。
クラッチバックを正規の手続きを経て開く。
中には一本のメモリーチップ。
「ご覧の通り、差出人の名前は記されておりません。本来ならこのようなものは殿下の前にお出しするべきではないのですが、貴き血で封印されておりましたので、まずはこれに納め献上した次第でございます」
「ヨートフ宛のも入っているようだが、中は確認したのか」
「いえ、メールの宛先は殿下で御座いますので、貴き血の封印を破ることは出来ません。一応物理的安全性についてはスキャンいたしましたが、差出人も中身も不明の物であることをご承知置き下さい」
シムシエルは、正体不明のメモリーチップを手に取り、しばらくそれを見詰めていた。が、やがて意を決して自分のコンソール端末に入れた。
しかし何も起きない。メールは本人確認の生体認証要求している。
シムシエルはメールが要求するまま、自分の生体認証を入力する。
軽い音と共に、メモリーチップ、コンソール端末それぞれがお互いの生体認証の符牒を確認しあい、メールが開いた。
コンソールのモニターに、王家の紋章と名前が映される。
しかし名前もセレニティーの姓のみが記され、名は表記されていない。名の方は「******」で表記され認識できないようだった。
『このような無礼をお許しください。私は王家の血に連なりを持つ者ですが、とある事情で名乗るわけにいきません。たとえ名乗ったところで、血統の認証では表記がされなかったと思います。
このメールを殿下にお送りしましたのは、セレニティー星系に危機が迫っていることをお知らせしたかったからです。
いま銀河帝国を含め、この銀河系宇宙は岐路に立っています。その中心にあるのは、銀河の辺境であるオリオン腕。そこでは植民星たちが独立を求めて宗主星と紛争を起こしていますが、宗主星側がガーネットA星系において、きわめて危険な兵器を実戦に使用しようとしています。
使用されれば紛争は一瞬で宗主星の勝利で終わりますが、問題はそこではありません。それが使用されれば自らの星系だけでなく、周辺の星系にも影響が及ぶものです。紛争が終結した後、その兵器の矛先を次にどこへ向けるのか。その存在を銀河帝国は知りません。が、相手は銀河帝国を知っています。次々と周辺の星系を併呑している銀河帝国。その影に怯える彼らが、危険な兵器を何処に向けるかはおのずと明らかです。銀河帝国自体に向けなくとも、同盟関係ないしは従属関係にある星々に使用し、銀河帝国への牽制の手段とするでしょう。我らセレニティー星系は銀河帝国の傘下に入ってまだ日も浅く、彼らと同じ辺境に位置するセレニティー星系は格好の対象となり得ます。
繰り返します。その危険な存在を、セレニティーを始め銀河帝国側はまだ把握していません。
セレニティーは、すぐ行動を起こすべきです。帝国の平穏と、銀河宇宙の安寧と、何よりもセレニティーの民の安全のために。
セレニティーの栄光が、民と共にあらんことを。』
文面と共に、ステラ・スレイヤーの内容とそれを破壊せんと奮闘する海賊船団の情報が添付されていた。
読み終えて沈黙のまま文書を置くと、レポートと共に添付されたヨートフ宛の封書を自分の侍従に手渡す。
ヨートフは恭しく受け取ると、自分宛ての私信を開いた。
『ヨートフ、貴方にこの書面を託したのは、貴方がこの危機を正確に理解し、的確な行動を取り得る唯一の者と信じるからです。
どうか、行動を起こして下さい。私の素性は二の次でよい。まずはセレニティーのために何をすべきかを考えなさい。セレニティーとは王宮も含めたこの星系全てのこと。王室より民をお願いします。おじいさまの思いも同じであるはずです。』
最後の一語に片眉を上げたヨートフだったが、その表情もすぐ元の平静に戻った。
「なんとあった、ヨートフ」
ヨートフの顔に浮かんだ、一瞬の変化を見逃さなかった若い主は、静かに声をかける。
「別段、なにも」
メールを閉じ、目を伏せてヨートフは答える。
「――どう思う」
「王国には何事も御座いません。つとめて平穏で御座います。御心安んじられませ」
「・・・・・・」
若君と侍従が見詰め合う中、ヨートフは厳しい眼差しのまま、はっきりと言った。
「王国に、何事も御座いません――」
第七艦隊第58突撃機動艦隊は、辺境宙域にあって帝国に敵対する勢力の掃討作戦を行っている。
辺境海賊ギルドを名乗る新興の不逞の輩が、何やら用途不明の品物を何処かに売り渡したという情報を得て、その行方を追っていた。
帝国はかつて、跳梁跋扈する宇宙海賊相手に大戦争を行い、その版図から海賊たちを駆逐した。それ以来公式には海賊は存在しないことになっている。しかし完全に根絶やしに出来た訳ではなく。その残党たちは帝国の埒外にある辺境に逃れ、辺境海賊ギルドなるものを立ち上げた。帝国外でゴソゴソやっている分にはいいが、失地回復を目指して何かを企んでいるとなれば話は別だ。
突撃機動艦隊の使命は、帝国の危害となるものを排除すること。ナンバーズ・フリートは基本内政不干渉から、外交手段無しで帝国外に軍事行動を行うことは無い。辺境を担当する第七艦隊でも攻撃を受けない限りはそうだ。しかし突撃遊撃艦隊には広い裁量権が与えられており、帝国に危害が及ぶと判断した場合、自由に行動を起こすことが認められている。その名の通り、過去に帝国が版図を広げる先駆けとなったのもこの艦隊だった。
何の目的なのかは判らないが、相手は帝国版図外の文明圏。ただ、これまた素性の怪しいヤークブ商会公司という商社が、その取引に介在した痕跡があった。
ヤークブ商会公司といえば、何でもありの法律スレスレの商売をしていることで知られている。恐らく非合法にも手を出しているだろう。碌でもない目的のために使用されるに決まっている。これまでダークなラインすれすれの所をウナギのように擦り抜けて来たが、今回はアウトだ。
その品物は、単結晶物質。
単結晶物質は、それ自体禁忌という訳ではないが、製造には高い技術が必要であり銀河帝国でも限られた企業でしか作ることが出来ず、その製造売買には軍備に準じた高い規制が掛かっている。一介の仲介業者が取引できる代物ではない。辺境海賊ギルドにも作る能力は無く出所は帝国内部という事になる。そこら辺は統合参謀司令部の情報部の仕事だろう。
いま重要なのは、ずっと追って来た辺境海賊ギルドが、帝国のやくざな業者と一つのラインで結びついて来たということ。
第七艦隊第58突撃機動艦隊司令、銀九龍は、かつての海賊どもの残党である辺境海賊ギルドの動きを注視して来た。規模まだ小さく帝国に直接手を出して来ていないが、潜在的敵対勢力だと認識している。海賊は居ないことになっていることので表沙汰にはなっていないが、辺境周辺で抜け荷(密貿易)なども相当やっているらしい。そんな相手の一つとして捜査上に浮かんできたのがヤークブ商会公司。これを、もろとも一網打尽に出来る機会と捉えた。
しかし、なかなか相手は尻尾を摑ませなかった。不意打ちでヤークブ商会にガサ入れを掛けたが、当然単結晶物質などという品目は出て来ない。取引があったと思われる日付のデータを見ても、別段怪しい所は見られない――ように見える。物的証拠がない以上、それ以上の突っ込みは出来ない。
やはり、物的証拠を上げるか現行犯逮捕しか手が無い。が、相手はそんなドジは踏まない。
何よりその単結晶物質が何の目的で使われるかが判っていない。帝国外の文明圏の何処かというだけで、その行先もだ。
手詰まり状態で打つ手が見付からず、銀九龍は焦っていた。
そんなところ、銀九龍の元に一本のメールが届いた。差出人は「王国の役立たず」。
文面は、ただ『帝国は知っている。動け』とだけ。
それとステラ・スレイヤーについての情報だった。