BEAST & GUNSLINGER -51番目の世界- 作:Colonel.大佐
#5 Doom And Gloom PART.1
オーディリア州の州都オルデンヒル。
その市街地の中枢とも言える官庁街――1番ストリートの外れの工事現場は、騒然とした雰囲気となっていた。
オルデンヒルでは初の大規模なショッピングモールとなる、ノースメガモールの建設予定地に現れた、大きな坑道。それはよくある、帝国時代の“遺物”のひとつだった、戦争後に山のように築き上げた残骸を埋め立て、新しい町並みを作り始めてから20年ほどの期間、こういった物は珍しくなかったと言えた。
だが、現場の作業員たち……下働きのオークやドワーフたちは、その穴から流れ出る異様な空気に畏怖し、入る事を躊躇ったのだ。現場の作業監督の1人が、意を決して踏み込んだが、中の暗さと、その闇の奥にある何かを見て、半狂乱になって戻ってきただけだった。
坑道が発見されて1時間後、得体の知れない坑道が現れたとの通報を受けて、オルデンヒル市警察のパトカーが現場へと急行した。
パトカーから降りたオルデンヒル市警察の巡査であるキースとランバートは、異様な光景を目にしていた。
何の変哲も無い工事現場ではあったが、ブルドーザー、ダンプカー、パワーショベルと言った重機が、地面にぽっかりと露出した坑道の入り口を取り囲むように配置され、作業着に身を包んだオークやドワーフたちが、ツルハシやスコップを構えながら、その坑道を見張っていた。
何をしているんだと呆れるキースだったが、ランバートの元に現場の作業監督と思しき男が急いで走ってきた。
「市警察の方ですか?」
息を切らしながら尋ねてくる男を前に、ランバートは「そうですが」と答えた。
「ああ、よかった。我々では対応できない問題が発生しまして」
「何があったんですか?」
ランバートの問いに、現場監督の男は説明を始めた。
「地面を掘っていたら坑道が出てきたんです、どうも、ドワーフやオークの連中が言うには、帝国時代に作られたようなもので……とにかく、何か危ない空気がするから、中に入りたくないと。連中は鼻が利きます、長いこと仕事をしているから解るのですが、この脅え方は尋常じゃないんです。何かあると大変なので、ひとまず先導をして欲しいのですが」
「それで代わりに我々が行けと?」
ランバートが呟くが、キースがランバートを軽く睨み付けると、会話に割って入った。
「判りました、我々が調査しましょう。ついて来いランバート」
腰から懐中電灯を取り出したキースを前に、ランバートは「了解です」と呟いてから、渋々了承した。
坑道に入った2人は、ライトを照らしながら先へ進んでいった。
「……ランバート、お前で勝手に話を進めるな。まだ新入りだろ」
「はあ」
不機嫌なキースの後を付いていきながら、ランバートは坑道を進んでいった。
長らく地面にあった事と帝国時代に作られたらしいそれは、最低でも20年ほど時間が立っているにもかかわらず、つい昨日に掘られたように新しかった。帝国土着の技術で作られているとは言え、このような物が残っていることに、ランバートは感嘆さえしていた。
「特にここから先、問題がなけりゃ引き上げだ。後は市の管理局の連中が調べに来るだろう」
キースは懐中電灯であたりを照らしながら呟いた。
「それにしても何ですかねここは……地下墓地か何かですか?」
「知るかよ……あぁ?」
キースの靴底が、地面の何かを踏む。懐中電灯を足下に向けたキースはぎょっとした、そこにあったのは粉々に砕けた人間の骨だった。
ごくりと生唾を飲み込むと、キースは腰のホルスターへ素早く手を伸ばした。市警察が採用している自動拳銃であるグロック17を引き抜いたキースは、素早くスライドを引いて初弾を薬室に装填した。ランバートも、地面に転がる骸に気がついたのか、反射的に腰からグロック17を引き抜いた。
「何だこりゃ……これ全部、死体なのか?」
懐中電灯の光を地面に走らせるが、そこに照らし出されるのは、地面に転がる無数の白骨死体と、その死体の人数分だけある甲冑や剣や斧などの錆びた残骸だった。
「おい、ランバート。報告しておけ」
「は、はい」
ランバートはキースに言われるがまま、肩に付けた無線機の通話スイッチを押した。
「S12から本部へ……本部応答願います」
ランバートは無線に呼びかけ続けるが、無線は通じない。
「無線が通じません」
ランバートの言葉を聞いたキースは、苛立たしげに「じゃあ外に出て報告しろ!」と声を荒げる。ランバートは了解と返事をしてから、踵を返して出口へと向かおうとした。
毎度の事、言葉にトゲがあるキースに内心に苛立ちを隠せないランバートだったが、この薄気味悪い場所から出れる事を考えれば役得かもしれないと思う事にした。キースはランバートが足早に出口へ向かっていくのを見てから、少しの間の後に自分も後に続こうとする。
だが、その瞬間にキースの耳に微かな異音が入ってきた。
カタカタと、乾いた硬い物が触れ合うような音が坑道の向こうから響く。キースはグロック17を構えると、懐中電灯でその音が鳴る方向を照らした。
「……誰だ、誰かいるのか!」
大声を上げるが、反応は返ってこない。念の為に、うろ覚えの帝国語でも誰何するが、同じく反応は無かった。
「ランバート!こっちへ来い!何かが……」
振り返り、ランバートを呼ぼうとした瞬間に、音が止まった。
「ひっ」
恐る恐る正面を向いたキースは、言葉を失った。
そこに立っていたのは、骸骨だった。いや、骸骨ではあるが、その手には剣が握られ、もう片手には盾が握られている。灰色の頭蓋骨には、帝国語と思しき文字が彫られていた。そして、その骸骨は、彼の目の前で動き始めた。
心臓が止まりそうになったキースは、反射的にグロック17の引き金を引いた。乾いた破裂音が坑道内に響き渡り、発射された銃弾が目の前の骸骨兵に叩き込まれた。
だが、9mm弾は骨と骨の隙間を通り抜け、地面に命中しただけだった。骸骨兵は、剣を振り上げてキースへと切りかかった。その一振りを、何とかよけたキースは足元の骨に足をとられ、無様にも尻餅をついた。懐中電灯が転がり落ち、剣を振り上げる骸骨が一瞬だけ照らされた瞬間、キースは絶叫しながらグロック17の引き金を立て続けに引き絞った。
「キースさん!」
ランバートが銃声を聞いて駆けつけた瞬間、銃声とキースの悲鳴が止まった。
懐中電灯の灯かりをキースの方向へ向けた瞬間、ランバートは思わず足を止めた。骸骨兵が、血のついた剣を何度もキースの体に突き刺している光景を目の当たりにし、ランバートは腰を抜かしそうになるが、その骸骨兵の背後から、さらに色々な「音」が聞こえている事に気がついた。
獣の低い唸り声、無数の足音、そして骸骨兵の動く音――
ランバートは、もうキースのことなど考えず、出口へ向かって走っていった。
午後の昼下がり、ヘックスとガスが乗った車は7番ストリートの裏道を走っていた。
帝国時代から続く住宅地であるこのストリートは、敗戦後に瓦礫の山と化していたが、すぐに再編されて元通りの住宅街になった場所であり、エルフやドワーフや獣人などの姿も多いが、町行く種族は人間が多い。露店も多く、道端は活気で溢れており、他のストリートに比べれば治安は遥かに安全、という場所だった。
ぼんやりと窓の外に広がるストリートの景色を眺めていたガスは普段通りの私服だったが、運転席に座るヘックスはいつも通りの強化外骨格と防弾ヘルメットを付け、前を眺め続けていた。
「なあ、ここで合っているのか?」
ガスは、ポケットから住所が走り書きされたメモ書きを見て呟いた。
ハンドルを握るヘックスは『これで合っている』と答えると、ハンドルを切り、あるアパートの前に車を停めた。
『着いたぞ』
「ここか……」
ガスは助手席から降りると、アパートの前の歩道に立った。
『私は目立つからここで待ってるよ』
「ああ、わかってるよ」
どうせなら意地でも脱がない強化外骨格でも脱げばいいんじゃないか、とガスは思ったが、もう何度言った事か解らないので黙った。
ガスは助手席のドアを閉め、車の後ろへ回ってトランクを開けて中から大きな黒いボストンバックを取り出すと、アパートの中へと入っていった。
二階へ上がり、目当ての部屋番号を見つけたガスは、呼び鈴を押した。
どたどたと扉の向こうから足音が聞こえ、鍵がはずされてドアが開いた。
「ガスさん……!」
「よう、久しぶり」
ガスはニッ、と笑った。
彼を出迎えたのは、ライファだった。
つい先月に、ガスとヘックスが叩き潰した麻薬組織から救出し、麻薬の製造者として働かされていた少女だった。助け出されてから、身寄りがない事と恩義を感じてか、裏社会の人材派遣会社であるトライデントへの身を寄せた彼女は、晴れてボスであるレインのお墨付きを貰い、ガスらと一緒に働く事になっていた。
救い出した直後は虐待の痣だらけで薄汚れていた彼女だったが、治療が快方へ向かい同世代の少女と変わりない、活発で快活な姿の彼女を見てガスはほっとした。このアパートや中に入っている家財道具から衣類にいたるまでレインが用意したらしく、買ったばかりのシャツとジーパンを見せびらかした彼女は、ガスの訪問を笑顔で迎え入れた。
ライファの自室へ案内されたガスは、部屋の中に入るとその異質ぶりに驚かされた。
本棚に並んでいる専門書――帝国語と英語の両方でそろった魔術や錬金術の専門書、それらの研究道具が入った棚、さらに机の上にはさまざまな実験器具が置かれており、今まさに何かの実験をしている最中だった。
「凄いな……こりゃ」
「魔術関係の仕事をするとなると、つい張り切っちゃって……」
少し照れながら答えるライファだったが、ガスは改めて近況を聞いた。
「どうだ調子は」
「もう大丈夫です。傷も治しましたし、新しい家や新しい環境も慣れました」
ニッコリと年相応の笑みを見せて笑うライファを見て、ガスは一安心すると本題へ入った。
「今日はボスから装備の支給でやって来た、ほら」
ガスは片手に下げたボストンバッグを手近な机の上へ置いた。
ジッパーを下げて、中身を取り出して、それを机の上に置いて見せた。ライファは、思わずその物体を見て息を呑んだ。
「……これ、ですか」
「ああ。自分の身を守る時に必要だ」
それは、口径9mmの、角ばったスライドとポリマーフレームの自動拳銃だった。グロック17の小型モデルであるグロック26で、ガスはバッグの中から紙箱に入った9mm弾や予備弾倉、メンテナンスキットを取り出して机の上に広げた。
「銃の使い方はレインから教わったと聞いてるが、使い方は大丈夫か?」
「はい。まだあんまり得意じゃないですけど……」
「これからもっと勉強しとけ、これを使う機会が多い仕事場だからな」
ガスはそう言ってから、さらにバッグから防弾ベストや、女性用の黒いBDU、ホルスターなどを取り出してライファへ渡して言った。
「とりあえずこれを一通り持っておけ、仕事で必要になったら、これを使うといい」
少し不安な顔になり始めたライファだったが、ガスはそれを察してか、ライファの頭をわしわしと撫でた。
「安心しろ。どうせこれが必要になる仕事の時は俺とヘックスがいる。何かあれば俺たちを頼れ」
「……はい!お願いします」
ガスは返事を聞いてから、一通り仕事に必要な品物の説明を行った。
荷物を渡してから、ガスは壁時計に目をやる。そろそろ時間が来たようだった。
「よし、じゃあそろそろ時間だ、事務所まで一緒に行くぞ」
「はっ、初仕事ですか!?」
ライファの期待の入り混じる視線に、ガスは答える。
「多分、またボスの悪巧みのお供だ」
トライデントの事務所へやって来たガスとヘックスとライファは、入るなり満面の笑みを浮かべたレインの歓迎を受けた。
「3人ともよく来たわ!」
その顔を見たガスは、げっ、と嫌な予感の的中に気を落とした。
大抵、レインが凄い笑みを浮かべている時は危険な儲け話が転がってきた時に限っていた。とりあえず、3人は椅子を広げてレインの席の前へ座った。
『やけに嬉しそうですね』
ヘックスは恐る恐る会話を始めた。
「そりゃそうよ、これを見て欲しいの」
レインはテレビのリモコンを手に取ると、そのまま、隣の壁にかけたテレビの電源を付けた。
内臓のレコーダーが録画していたニュース番組が再生され、ニュースキャスターが放送原稿を読み上げる映像が流れる。
『市警察の情報によりますと、この地下構造体は帝国時代に作られた物と見られ、魔術・物理の両方による障害が設けられており、進入が極めて困難で、捜索は難航しております。また、エドワード州知事は今日の会見でこの地下構造体に対する調査を行うと発表し……』
「何だこれ」
ガスの言葉に、レインはふふんと笑う。
「ついに見つかったのよ、隠された伝説の入り口が」
『何ですか?こいつの先に失われたアークでもあるんですか』
ヘックスは懐疑的だが、ガスは不意にある事を思い出した。
「そういえば昔聞いた事があるな……帝国時代に首都の地下に巨大なダンジョンを作ったとかいう……」
「まさにそれよ」
レインは懐かしげに話を続ける。
「私が70の時だったから100年近く前の話になるけれど、帝国の皇室の財産と議会の機密と財力を守るために、地下に巨大なダンジョンを作って、その中心に数え切れないほどの財宝を埋めた、という噂話があったの。秘密とされていたけれど、入り口は挑発するように常に開いていて、多くの盗賊ギルドの連中や無軌道な騎士たちの探検隊が入っていって二度と帰らなかった。やがて皇室が入り口を閉じて、それからは場所も完全に解らなくなって今に至るのよ」
ほう、とガスは興味心身に話を聞く。
『要するに、危険だけど征服すればすごい金が手に入るダンジョンですか』
「そういうこと」
ヘックスの言葉に、レインは頷いた。
勘が鋭くなっていたガスは、不意にそこから先のレインの言葉が何であるかを察知した。
「まさか俺たちでダンジョンにアタックしろとか……」
「その通りよ。盗賊ギルドの連中はすでにもう動いているらしいわ、他にもいろいろな犯罪組織がこぞってダンジョンへのアタックを掛けているわ」
レインは興奮さめやらぬと言った表情を浮かべている。ヘックスは、すでに目の前のボスが悪巧みをしている事に気がつき、危険手当と財宝を見つけた時の差し引き分を考えていくら手間賃が出るか頭の中で計算をしている有様だった。
「で、でも……そのダンジョンって難攻不落でしょう?大丈夫なんすか」
「最高の装備と最高の面子でアタックを決めるわ、何せ私たちには、アメリカがくれた銃という偉大な装備があるし」
『もっとも、今朝入った市警察の警官が1人死んだそうですけどね』
ヘックスが水を差すが、いまさらレインの考えを捻じ曲げるには至らないようだった。