元踏み台ですが?   作:偶数

11 / 21
ドキドキ! すずかとデート? 上

 とある日曜日の昼下がり、俺は中学の数学の宿題を近所の市立図書館で解いていた。昔、父さんがこんなことを言っていた、勉強は一人でやるとゲームになるが、二人でやると勉強になる。つまりは、勉強をはかどらせたいなら一人で黙々とハイになるまでやり続けるのが重要なんだ。と、当時、小学一年生だった俺に教えている。なんというか、今更だけど幼年の子供に教える言葉じゃないよね、遠回しに自分に友達が居ないことを告げているよね、葬式は親族しか集まらなかったし。

 背伸びをして欠伸を一つ。最近の中学生はここまで踏み込んだ勉強をするのね。ゆとりだの、週休二日だの、欧米風の教育だの、ごたごたごたくを並べているが、結局は古来からあるスパルタ式が染みついてる、欧米風の勉強なんて国民の性質を考えると日本国が滅びるまで無理だな。

 

「あ、龍崎くん」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。後ろを振り向くと紫色の髪をした天使、いや、女神が手を振っていた。なんというか、フェイトと同じくらいこの子も育ったものだ、目の保養になると同時に目のやり場に困る。これも時代の流れ、天使が女神に進化なされた。

 なんというか、はやての家に行ってから性格が物凄く軽くなったような気がする。それと同じくらい心も軽くなった。自分を認めてくれている人は必ずいる、そして、自分の進んできた道は正義そのものだと認めてくれる人も居る。俺は自分の道が正義じゃなく、無駄なお節介だと思ってたんだ。だから、後ろめる必要はないのに後ろめて、殻に閉じこもって、他人を避けるようにしていた。これもすべてヴィータのおかげだな......そのうち、アイスを大量に買って行ってやろう。

 

「久しぶりだね」

 

 すずかは俺の隣の席に座る。手には最近発売された恋愛小説が握られており、桜の花の押し花が見え隠れするしおりが挟まれている。なんというか、女子力が高いな。甘い女の子の香りが漂う。

 ......この子の困った表情が見たい。そんな小学校低学年くらいのクソガキが考えるようなことが頭の中を巡った。なんというか、俺もまだまだお子様ということだ。

 すずかは何かを話そうと口を開くが、俺が首を横に振り、人差し指と人差し指を重ねて×をつくる。そして、数式が書かれているノートに

 

『ここは図書館だ、おしゃべり禁止だぜ』

 

 と、書き記し、すずかにシャープペンと消しゴム、そしてノートを渡す。すずかはこの三つの使い方を理解し、女の子らしい柔らかく丁寧な文字で、

 

『そ、そうだよね、ごめんなさい』

 

 苦笑いを見せてノートを此方に返す。筆箱の中から鉛筆を一本取り出して、返事に『わかればよろしい。図書館は公共の場所だからな』と、出来る限り綺麗な字で書く。すずかはコクリと頷いて『そうだね』と優しい筆圧で記した。二人は同時に笑みになる。

 何というか、昔は嫌われていたのに今はある一定の信頼を得ているのだなと実感する。やっぱり、昔の俺とはだいぶ変わってしまったのだろうか? いやいや、性格が軽くなったんだから昔の俺に戻りはじめていると表現した方がいいのか? まあ、どちらにしても、嫌われていないということは良いこと、いや、とても良いことだ。

 しばらくすずかの顔を眺めていると、彼女は顔を真っ赤にして頭から湯気のようなものを出す。流石に男から顔をマジマジと見られると恥ずかしいものがあるのだろう、俺が女でも超絶ハンサムな男の子(自意識過剰)に見つめられるとこうなる自信がある。

 

『どうした、顔が赤いぞ......熱でもあるのか? (ライトノベルの朴念仁主人公風)』

『な、何でもないよ! (ライトノベルのヒロイン風)』

 

 互いに記されたセリフより()の中に入っているギャグの方に目が行ってしまいクスクスと笑い声が出てしまう。流石は文学少女、ライトな小説まで範囲が及んでいるのか、この子と付き合う男はそれ相応の文学知識が必要だろう。そう考えると村上●樹程度しか小難しい文学が読めない俺は選択肢にも及んでいないな。

 俺は鉛筆を握り締め、彼女に質問をしてみる。

 

『その本はどんな内容なんだ? お兄さん少し気になるな~』

 

 すずかは、うん、と首を縦に振り、すらすらと本内容をノートに書き写していく。

 

『この小説は元々は携帯小説なんだけど、物凄く文章が上手くてね、出版社の人が何回も何回もオファーを出してようやく書籍した作品なんだ。内容はヒロインとその幼馴染のすれ違いの話で三人称だから両方の揺れ動く心がよく表現されていて面白いよ。龍崎くんも読んでみたら?』

 

 すずかは机に置かれた小説を左手で拾い上げ、右の人差指で小説をさす。顔はとても満面の笑みだ。

 

『本の虫の月村がそこまで絶賛するんだ、相当面白いんだな、帰りに本屋を覗いてみるよ』

 

 すずかは少し拗ねたような顔になり、ノートに『本の虫は余計だよ』と書いて頬っぺたを膨らませた。まるで餌を大量に抱え込んだハムスターのようで愛らしい。

 

『でも、本が好きなのは事実だろ? それに、虫のすべてが悪い表現じゃない。そうだな、月村は派手じゃなく、そして、地味でもない、蝶、モンシロチョウって感じだな。俺は好きだぜ、花に舞い降りて優雅に可愛らしく蜜を吸うモンシロチョウ』

 

 すずかは途端に顔を真っ赤にして下を向いてしまう。俺は思わずその姿を見てハハハっと笑ってしまう。そんな俺をいわえるジト目で彼女は見つめる。少し乙女心を弄びすぎたか。反省しよう。後悔はしないが。

 

『じゃあ、龍崎くんは虫に例えると蟻だね』

 

 すずかは俺のことをそう表現する。俺は少し疑問に思ったが、よくよく考えると自分自身を虫に例えると蟻が一番似合っているような気がする。極端に特色を持っているわけではなく、地味にコツコツと何かを進める。時に大胆に食料を運び、ゆっくりと探索するように食料を探し、女王の為に縁の下の力持ちとして一生を過ごす。今の俺を表現するに一番似合っている虫の一つだろう。

 

『女王様、子供、仲間の為に餌を運んで、巣を広げて、人や動物に踏まれても根性で立ち上がる。そんなハングリー精神が龍崎くんと似てるよ』

『褒め過ぎだ。褒められるのは慣れていないんだ』

 

 俺は目を反らして頬っぺたを人差し指で数回掻く。その姿に彼女はしてやったりと満面の笑みを浮かべた。これは彼女なりの仕返しなのだろう。少しムスッとした顔になってしまう。

 

『でも、龍崎くんに相談してよかったよ』

 

 すずかが少し暗い表情になりながらそう書いた。彼女の表情をみて少し不安になった。『どうしたんだ、藪から棒に』と返事を書いてみる。すると『多分、龍崎くんにあの夜、あの砂浜で出会わなかったら一生一歩も踏み出せなかった。ずっとひかるくんのことを見つめ続けていたはず。告白もしないで悩み続けた筈だよ......』と少し筆圧が強い文字でそう書かれていた。俺は苦笑いを見せて『そう言ってくれると嬉しい。俺はあの日の夜、月村に嘘をついたんだ。近藤がすべての愛を受け入れる小説の主人公のような奴だと思い込んでた。だから、月村を騙そうとしていないのに騙してしまったんだ』と書いて、大きく息を吸い。

 

「ごめん、俺、嘘吐きだから」

 

 すずかは少し驚いた表情になるも、クスリと笑い、ノートに短く、そして的確なことを書く。

 

『図書館は公共の場所だから、おしゃべりは禁止だよ』

 

 俺はそんなすずかの分を見て、小さく、彼女だけに聞こえるようにこう呟いた。

 

「こりゃ、一本取られたね......」




 多分、一人とすずかは年の離れた兄弟みたいな感じだね。互いに信頼関係を結んでいるし、嫌いな部分が殆どない。もし、曲り間違って肉体関係を結んだら死ぬまで連れ添う感じだ。
 よく考えると久々にこういう胸の締め付けられる話を書いたような気がする......

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。