元踏み台ですが?   作:偶数

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分岐点4

 俺は彼女、さっき出会った少女に空の飛び方を教わり、静かに浮遊する。浮遊することに違和感があるか、と、思っていたが、違和感など存在せず、当たり前のように繰り返していた慣れのようなものすら感じられた。つまり、何度か空を飛んだ経験がある。そして、彼女が言った、魔導師としての戦闘を行った経験がある。それが、確実に感じられた。

 だが、記憶が戻らない。これだけ自分の素性が顕になってきた今になっても記憶が戻ってこない。鍵になる情報はある程度は入手できたはずなのに、まだ、自分という人間が誰だか理解できない。名前すら、いや、名前は――デイヴィッド・マーカスなのかもしれない。だが、俺は日本人で、日本語を話している。デイヴィッドという名前は不釣り合いでしかならない。なら、俺は――誰なのだろうか?

 鍵穴に似合った鍵は入手した筈なのに、何も感じられない。思い出せない。不可思議でしかない。

 

「あの、貴方のお名前は? あ、その前にわたしのお名前を、わたしは高町なのはと言います」

「......現状はデイヴィッド・マーカスが有力だ。本名かどうかは知らないが、記憶喪失という身の上、告げられたこの名前が最有力としか言いようがない」

「すいません......」

「いや、記憶喪失という身の上の俺がいけないんだ。謝ることはないよ」

 

 現状は彼女に保護してもらうことが最優先だ。大きな組織なら、金髪の彼女、彼女の素性を暴いてくれる可能性もある。彼女の言っていた一億人殺しの真相と自分の正体、名前、素性もすべて手に入る可能性がある。待つことによって、状況が変化するのは世の中の常だ。流動していく世界に変化のないものは少ない。可能性は高いし、身の安全も保証される。安全で、確か、ノーリスク・ハイリターンだ。

 ビル群の遙か上空を飛行し、下で生きている人々を眺めていると、少し新鮮な気持ちになる。多分、こんな風に景色を見ながら行動することはなかったのだろう。だから、俺は感心している。鮮やかに目に写っている。新鮮な体験だからこそ、感心し、共感する。多分、記憶を失う前の俺は、こんな風に景色を見るために空をとぶことは無いか、少なかったのだろう。

 

「あっ!?」

「どうしたんだい、高町さん......が、二人?」

 

 俺と高町さんの前に現れた高町さんにそっくりな少女、髪型と瞳の色が若干違うから、ある程度は区別できるが、髪型が一緒なら、区別がつかない。そんな少女が俺達と同じ高さを飛行している。状況が正しく理解できていないが、彼女の表情を見る限り、戦意はあるが、殺意は感じられない。好戦的ではあるが、殺害したいとは思っていない。彼女からは、武道家が漂わせるオーラのようなものが感じられる。

 高町さんは彼女と知り合いらしく、挨拶を交わし、現状の事態が理解できていないから、同行して現状の説明をお願いするが、彼女は静かに左右に振り、情報提供を拒否する。なら、実力行使しかないと思ったのだろう。高町さんは杖を構える。流石に第三者の俺が戦闘に介入するのは、無粋で、柄じゃないので、近くにあったビルの屋上に降りて彼女達の戦闘を観戦する。

 

「波乱万丈の人生だったんだな、俺」

 

 厄介事を抱え込む属性が俺に備わっていることをしみじみと思い知る。それに付け加えて、その厄介事から逃げ出す程度の逃走能力か、回避能力が備わっていると思うと、なんだろうか、自分は思っている以上に常人離れしているのだろう。いや、魔法を使いこなしている時点で常人離れしていて、人外の類にカウントされてもおかしくない。

 実力は拮抗している。両者共に一歩も譲らない攻防、イン・ミドル・アウトで最善の選択をとり、相手の苦手な距離を探っている。だが、両者ともにすべてにオールラウンダーで適応できるらしく、五分、十分と時間が経過するが、何かしらの決定打は未だに見られない。ただ、互いに精密に、繊細に、戦闘を繰り広げている。この勝負、最終的に決着をつけるのは――スタミナ、消耗戦で分があるのは、確実にエネルギーが満タンの状態で戦闘に入った髪が短い方の彼女。空を飛んでいてしみじみと感じられたのは、疲労、俺がこれだけ疲労しているのだ、高町さんも、慣れているとは言っても、どこかしら、いや、精神、気力という部分である程度の疲労を持ち合わせていると考えるに、この勝負、高町さんが負ける方が可能性が高い。コンマ何秒の判断の遅れが、敗北を呼ぶ。勝負の女神様は、万全の状態に座しているものに勝利を与える。

 ――だから、彼女は攻撃を回避することができなかった。

 まるで、レザービームのように発射される魔法、高町さんは回避することができなかった。いや、掠っただけ、だが、掠るだけでも精神疲労を爆発させるのには小さくない。今、あの攻撃によって、高町さんに蓄積された疲労が爆発した。もし、立て直したとしても、彼女は負ける。勝つ可能性は存在するが、それは、僅かに残されたもの、期待するには、あまりにも小さなものだ。

 俺はすぐに空を飛び、落ちていく高町さんを抱きかかえて、溜息を吐き出す。

 

「あっちは万全の状態で戦っていて、高町さんは空を飛び回って疲労してるんだ、無理する必要はないよ」

「あはは、すいまんせん......」

「俺が話を通すから、ビルで安静にしていて、僕を保護してくれるのは、君だけなんだから」

「は、はい......」

 

 高町さんをビルの屋上におろして、高町さんに似た彼女の方へ向かう。彼女は、息切れ一つなく、静かに俺のことを見ていた。そして、互いに礼儀正しくお辞儀をして、交渉を開始する。

 

「なのはは、落ちましたか......」

「高町さんは一日中飛び回って疲れてたんだろう。だから、ここは引いてもらえないか? 俺は彼女に保護される予定の人間で、君が彼女を完全に倒したら保護してくれる存在が居なくなってしまう。これは切実なお願いだ。この場を丸く収めてくれないか?」

「確かに、万全の状態ではないのであれば、勝負は面白くありませんね......ですが、貴方は戦える」

「何を言っているんだ?」

 

 彼女はニヤリと笑い、そして、杖を構える。

 交戦の意、彼女は笑っている。

 理解できないでいた。俺は何処にでも居るような一般市民、記憶を失っていて、出来る限り戦うことは避けたいと思っている弱い存在。それと戦おうとする彼女は狂っているように感じられた。だが、不思議と安心していた。なんだろうか、自分を強者だと理解してくれている彼女が......いや、俺は弱者、弱い者、それなのに、俺は――何も言わないでナイフを二本生み出して、両手で握っている。そして、構えている。オート戦闘、そうだ、これはオート戦闘、それなのに、体は勝ってに動き出さない。まるで、俺の命令を待っているように。

 

「貴方からは並々ならぬ覇気のようなものを感じます。何かしらの王の末裔か何かでしょうか?」

「俺が王様なら、この世界は王様だらけだ......」

「そうですか、いえ、そうですね、では、手合わせを」

 

 一瞬で間合いを詰め、杖を振りかざす。俺は左手に握られたナイフで杖の機動をずらし、威力が落ちた瞬間にナイフを消滅させ、杖を左手で掴む。そして、右手のナイフは捨て、杖を軸に彼女をぐるりと一回転させて叩きつけようとするが、生憎、この場は上空、人々が生活する地表とは違う場所、地面に叩きつけることは出来ない。左足を蹴り拘束を外して、静かに距離を離す。彼女はやはり、と、そんな風に笑い、ミドルレンジの距離から魔法を絶え間なく放射してくる。

 ――体が自由に動く、だが、彼女の炎を纏うレーザーを見切ることは出来ても、彼女に直接的なダメージを与えるに至らない。接近して、技をかけるしかない。流石に乙女の柔肌に傷をつけることは出来ない。だから、ナイフは盾として、武器は体、関節技か寝技、出来れば、マウントポジションをとることが重要だ。

 遠距離主体の彼女から、笑みは消えていた。絶え間なく発射しているレーザーを掻い潜り、着実に距離を詰めている。最初の近接戦は多分、俺の実力を測る行為、どんな風に対処するか、その対処のしかたに応じて、俺が猫かライオンかを確かめていたのだろう。そして、彼女は痛感したのだろう。俺がライオン足り得ると。

 懐に入ることに成功、彼女は杖で振り払おうとするが、ナイフで防御される。掴まれることを恐れてか、距離を取ろうとする。が、彼女の顔を右手で掴み、握力三割程度で握りしめる。

 

「割れます、割れます、私の負けです......」

「女の子にアイアンクローをかける日が来るとは思わなかったよ」

「でも、貴方の実力を理解することが出来ました。あの、早く手を放してもらいたいのですが......」

「いや、君の対処は高町さんに聞かないと......ッ!?」

 

 掴んだ顔を放して、即座に左に飛ぶ。飛んだ直後に極太のレーザーが直線的に放射される。あと一秒でも避けるタイミングが遅れたら、確実に被弾していた。危ない危ない、冷や汗を袖で拭う。彼女の表情は柔らかかった。

 

「自己紹介がまだでしたね、私の名前はシュテル・ザ・デストラクター、貴方は?」

「シュテル・ザ・デストラクター、直訳すると星光の殲滅者か、女の子の名前じゃないな、いや、そんなの関係ないか、俺の名前は――デイヴィッド・マーカス、らしい」

「デイヴィッド、デイヴという愛称がある名前ですね、では、親しみを込めてデイヴと呼ばせてもらいます」

「じゃあ、俺もシュテルと名前で呼ばせてもらう」

 

 シュテル、彼女は満足した表情でその場を去っていく。俺は、少しだけ脱力感を感じながら、高町さんが待つビルの屋上に降りた。そして、苦笑いを見せて、取り逃がしたよ、と、情けなく告げるのである。だが、高町さんは攻めることはせず、ただただ、礼の言葉を何度も告げるだけだ。

 確かに感じた。自分が魔法を使いこなした感覚、魔導師としての戦闘の方法、酷く馴染み、自分らしさを感じることが出来た。俺は、やはり、魔導師だったらしい。それも、近接戦特化の魔導師。敵を倒すために体術も織り交ぜる。そんな、戦い方を思い出した。




 少しずつ物語にお肉を付けていきたいです。
 今後の方針は活動報告でこまめに。

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