元踏み台ですが?   作:偶数

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 僕が主人公なら......フェイトを傷つけている......


フェイト

 雨が降っている。まだ、梅雨入りしていないのに、ここ三日連続で雨が降り続けている。雨というものは、人によって捉え方が違うが、俺は雨というものがどうにも好きになれない。雨が好きな人間は、雨は天からの恵みだとか、雨粒が落ちる独特の音が好きだという。そして、雨が嫌いな俺は、雨が好きな奴らとは違い、物凄く単純な理由で雨が嫌いだ。――だって、濡れるし、体が冷える。

 

「なあ、濡れるぞ?」

 

 俺はこの雨のように冷たく、一人の少女に声を掛けた。その少女は深い金髪で、瞳はルビーのように赤く、顔は西洋人形のように美しい。彼女の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン、昔、ちょっとだけ友情を育んだ少女だ。

 フェイトはとても悲しげな表情で一軒家の前、厳密には俺の家の前に立ち尽くしている。

 

「かずと......」

 

 フェイトは今にも消えてしまいそうなか細い声で俺の名を呼び、充血した瞳から雨粒と同じくらいの大きさの涙を流した。多分、頼れる存在が俺しかいなかったのだろう。確かに、俺は彼女と一緒にジュエルシードを集めた仲であり、元を正せば友人だったのだ。だから、フェイトは俺に縋ろうとしているのだろう。助けてもらおうとしているのだろう。

 

「中に入ろう、体、冷えてるだろ?」

「......うん」

 

 フェイトは聞き分けの良い子供のように首を縦に振り、家の中へ入った。確か、フェイトを家に招き入れるのは、何年ぶりだろうか? ジュエルシードを集めた時が小学三年生だったから、三、四年ぶりだということは確かだ。

 

「少し待っててくれ、タオルをもってくる」

「うん、ありがと......」

 

 俺は風呂場からバスタオルを持ち出し、フェイトに手渡す。フェイトは濡れた髪を丁寧に拭き、その後に濡れている各所を拭きはじめる。

 

「勝手に上がっててくれ、着替えを探してくる」

 

 フェイトはコクリと首を動かし、靴を脱いでリビングの方へ向かう。俺は自室のクローゼットを開け、滅多に着ることのないパジャマと新品のTシャツとトランクスパンツを手に持ち、フェイトが待っているであろうリビングに向かう。

 リビングに到着するとフェイトは雨に打たれていた時と同じような表情で、俯いていた。

 

「着替え、持ってきたぞ。シャワーを浴びた後に着替えてくれ」

「うん、ありがと」

 

 フェイトは必至に笑顔を作り、俺を心配させないようにする。が、その笑顔がどうしようもなく俺を心配させるのだ。多分、俺がフェイトの友人だから、フェイトが俺の友人だからだろう。仲の良い友人程、互いの気持ちをよく理解し、喜び、悲しみ、痛み、苦しみ、そういった感情に敏感になれるのだ。

 自分以外が自分の家にいる。これはとても久しいことだった。ジュエルシードを集めていた頃は、ほぼ毎日の頻度でこの家に集まって、フェイト、アルフと共にどうしたらジュエルシードを効率よく集められるだとか、高町と近藤をどう対処しようだとかを話し合ってたな......

 走馬灯のように駆け巡る幼少期の記憶。楽しく食卓を囲んだり、作戦を考えたり、アルフと喧嘩して、フェイトが仲裁してくれたりして......

 こみ上げてくる涙を袖で拭き取り、深呼吸をする。

 

「何で、フェイトと関わらなくなったのかな......」

 

 フェイトは俺の友人だ。だけど、フェイトは高町の友人でもある。それに、フェイトは管理局で働いているし、共に管理局で働く高町や近藤と必然的に繋がりが強くなる。そして、俺はあの勝負に敗れて、聖祥大付属小学校から近所の市立小学校に転校したし、関わりが薄くなるのは当然なのだ......

 

「......後悔、してるのか?」

 

 後悔している。俺はフェイトという友人との関係を薄くしたことを、溝を作り出したことを後悔している。でも、後悔先に立たず。一度出来てしまった溝はそうそう埋めることが出来ない。それに、フェイトは俺なんかよりも、高町や近藤の方を信頼している筈だ。俺の家を訪れたのも、一種の気の迷いの類いだろう。

 

「何で俺は......友人を否定しているんだ......」

 

 我に返った、俺は自分のことを頼ってくれているフェイトを一種の気の迷いと斬り捨てた。フェイトがどんな理由で俺に縋ったにしろ、俺はフェイトに手を差し出してやらないといけないんだ。それが友人として、共に戦った戦友としての礼儀なのではないだろうか? 途端に自分の考えが恥ずかしくなった。そうだ、フェイトは友人なんだ、どんなに溝があろうが、俺のことを嫌っている奴と友人であろうが、フェイトは俺の友人、友達、友なんだ。

 

「俺って、ダメだな......」

「上がったよ......」

 

 リビングの中に入ってくるフェイトは、俺に渡されたパジャマを着ている。何というか、ここ数年で出るところが出たもんだな、なんて思っている煩悩を必至に押さえつけ、平常心を保つ。

 

「まあ、座れよ。話したいことがあるからここに来たんだろ?」

「うん」

 

 フェイトは俺の座っているソファーの隣に座る。えっ? 俺は取り乱してしまう。なんで真正面にあるソファーではなく、俺の隣に座っているのだろう? もしかして、隣で話を聞いてほしいのだろうか? 色々と頭を回してみるが、今一理由が思い浮かばない。まあ、彼女がこの位置で話がしたいと思っているのなら、それを受け入れるのが一番という結論が出された。

 

「ねえ、かずと......わたしはどうしたらいいのかな......」

「何をどうするんだ? まあ、大体の内容は理解している。近藤のことだろ?」

「そうだね、それもある」

 

 フェイトは表情を硬くした。そして、深く深呼吸し、話す内容を頭の中で確認する。

 

「なのはやはやて、アリサやすずかがひかるの話をしていると胸が締め付けられるように痛くなる。アリサが言うには、これは恋心なんだって......」

 

 俺は黙ってフェイトの話に耳を傾ける。普段は寡黙なフェイトがこんなに喋るなんて珍しいな、なんて思いながら。

 

「でもね、かずとのことを聞いても胸が痛くなる......」

「はっ?」

「最近、アリサとすずかが、かずとのことをよく話してる。それも、同じくらい胸が締め付けられる......」

「フェイト?」

 

 フェイトは俺に抱き付いた。俺は理解出来なかった。フェイトは俺じゃなく、近藤のことを好いている筈なのに、近藤に抱き付くはずなのに、俺に抱き付いている。そして、涙を流している。理解出来ない、なんでなのか、なんで......

 俺は優しくフェイトの頭を撫でた。昔、戦いで傷付いたフェイトをこんな風に撫でたことがある。フェイトは両親の優しさを感じることの出来なかった人間、だから、こんな風に頭を撫でられることはまずなかった。だから、フェイトは俺に頭を撫でられることが好きだったし、俺もフェイトのサラサラの髪を撫でるのが好きだった。

 

「フェイト、おまえは俺のことが好きなのか?」

「うん、多分......」

 

 フェイトは俺に強く抱き着く、そして、顔を赤らめるのだ。

 

「......フェイト、おまえにとって、俺は一番か?」

「えっ?」

 

 俺もフェイトを抱き寄せる。そして、ゆっくりと自分の考えをまとめる。

 

「フェイト、おまえの一番はまだ近藤だ。俺は多分、二番か三番」

「......」

「二番と三番に価値なんてない。本当に価値があるのは一番だけ、一番がどんなものよりも価値があるんだ」

 

 フェイトを強く、優しく抱きしめる。

 

「すまないな、俺は好かれるなら一番になりたい。そして、一番愛してもらいたい」

「かずと......」

「ごめんな、フェイト......俺は我儘なんだ......」

 

 ごめんな、フェイト......俺は嘘吐きなんだ......

 三番でも二番でも構わない、フェイトを自分の物にしたかった。でも、それはフェイトが傷付く。所詮、俺に対する恋心なんて一種の気の迷い。実際、フェイトと一緒に戦った期間は一ヶ月と少し、近藤はもう数年だ。越えられない差、それが俺と近藤にはある。そして、その差が、フェイトを傷付けるのだ。

 

「ごめん、かずと......ありがとう......」

「いいさ、俺とお前は友達だろ?」

「うん」

「服が乾いたら帰れよ、俺だって男だからな」

 

 精一杯のやせ我慢。

 

「また、来て良い?」

「ああ、俺とフェイトは友達、だからな......」

 

 踏み出せなかった、踏み出したくなかった。

 やっぱり俺は――踏み台だな。




 小説はテストの点数より表現だぜ兄貴!

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