「私は最初からこの計画には反対だった......」小さくそう呟く一人の男性、龍崎玄史。彼が目を向けているガラス越しの部屋には、四人の赤子が寝かされており、「A」「B」「C」「D」と書かれた札がそれぞれのベットにつけられている。この子達はとある魔導師の複製として作られた子供、その魔導師とは――
「デイヴィット・マーカス......」
デイヴィット・マーカス、この世界で最も人間を殺した個人であり、この世界で最も人間を救った個人でもある。彼の人生は壮絶という言葉を使うことが許されるくらい、激動であり、多くの人間を殺し、そして、多くの人間を守ったことでも有名だ。
彼はとある管理外世界の小さな集落で生まれ、一つ下の弟のソリチュードと共にすくすくと成長していく。彼は元々から高い魔力資質を持ち合わせており、その世界でよく使われていた古代魔術を学び、弟のソリチュードとともに実力を伸ばしていく。彼が十五になった時、彼の世界に他の世界からの侵略者が現れ、多くの町や村が占領された。デイヴィットはレジスタンスとして侵略者と戦い、多くの功績をあげた。
だが、デイヴィットは突如として狂ってしまう。
デイヴィットが当時婚約していたミリア・ヘイレーンが侵略者の軍団にレイプされ、首を切られ、肉として食べられる。そんな姿を目撃した彼は精神が崩壊し、人間という悪を殺す兵器と化した。それ以来、彼は侵略者、同族を無差別に殺害し、約一億人の人間を殺した。この世界で最も人間を殺した人間。そして、デイヴィットは弟のソリチュードに倒され、狂ってしまった心を元に戻した。
――これで終われば、ハッピーエンドだったのだろうが......
デイヴィットが正気に戻った後、国は彼を処刑する判断を下した。多くの人間を助けたことは確かだが、多くの同族を殺したことも確か、国は彼を罰すること当初より予定していた。だが、国の政治家の中には、彼ほどの優秀な魔導師を処刑するのは惜しい。どうにか生かし、国の為に戦ってもらうことはできないかと考える者もいた。そして、一人の男の人生を狂わせた。
デイヴィットの処刑日、デイヴィットは国の首都の大広場に足を運んでいた。中央に設置されている大きなギロチンに目を向ける。そして、そのギロチンへと足を運ぶ自分の弟、ソリチュードの姿へも目を向ける。ソリチュードは「俺はデイヴィットじゃない! 弟のソリチュードだ!!」何度も声を荒げるが、飛んでくるのは石と罵声だけ、彼はぞっとした。もし、国の偉い人間が自分を生かそうとしなければ、今、自分が歩いているのはソリチュードの歩いている道なのかもしれないと。
デイヴィットはそれ以来、国のために戦い、多くの人間を守り、五人の妻を迎え入れ、幸せに暮らしたらしい。
「虐殺王の複製......気色が悪い......」
玄史は吐き捨てるようにそう言い、四人の子供の一人一人に目を向ける。
【個体:A】
この実験の中で最も成功した個体。魔力量も高く、魔力の色も虐殺王のものとほぼ一致、姿も話に出てくる虐殺王と酷似しており、将来的な面でも最も期待できる個体である。
【個体:B】
【個体:A】に多少劣るが、この個体も成功の部類に入る。レアスキルに「魔力変換:火炎」をもっていることも確認できている。
【個体:C】
卵子の提供者の女性の遺伝子が強くなってしまった個体。魔力量が高く、治療魔法に適した緑色の魔力光を持ち合わせているため、管理局への機嫌取りには都合のいい個体だ。
【個体:D】
三人の個体に優良な遺伝子を行き渡させるために作られた個体。魔力量こそ高いが、それ以外に目立った特徴はなく、魔力の色も一般的なオレンジ色、隠ぺいのために殺処分が計画されている。
玄史は生気のない瞳で、四人の個体を眺める。すると一人の個体が突然泣き始めるのだ。玄史は慌てて部屋の中に入り、異常がないかを確認する。――何も異常がない。それなのに泣き止まない。慌てて玄史は泣いている個体を抱き上げ、あやす。すると個体はにこやかに笑い、小さな手の平で無精髭が生い茂る顎を触るのだ。玄史は言葉が出なかった。
「......生きたいのか?」
個体は笑いながら、髭を触る。玄史はその姿がとても愛しかった。
「あら、龍崎博士。貴方が個体を抱き上げるなんて珍しいわね」
「......近藤博士」
玄史は慌てて個体をベットに戻し、同僚の近藤由紀子博士の方に顔を向ける。
彼女は妖艶な表情を見せながら、【個体:A】を抱き上げる。そして、愛しそうな表情で見つめるのである。玄史は背中に冷たい何かを感じた。
「この子以外は全員出来損ない、そうとは思わない?」
「それは君の個人的な意見だろう、私はそうは思わない」
彼女は額に人差し指と中指を当て、何故わからないのかしらと苛立ちを露わにする。
「貴方は何もわかっていないのね......この子は最も義王に近く、義王すら超える資質を持っているのよ」
「義王? 虐殺王の間違えじゃないのか......」
「貴方ねぇ!!」
彼女がそう叫んだ瞬間に泣き止んでいた筈の個体がもう一度泣き出してしまう。玄史は慌てて個体を抱き上げ、怖くない、怖くない、大丈夫だからな、と、優しい声色で告げる。すると個体はキッパリとなくことをやめた。
「殺処分を計画している個体じゃない......なに、犬猫みたいな愛着でも出てきたの?」
「君は人間としての感性が欠落しているようだ......この個体は私が引き取り、その見た目だけが成功している個体は君にくれてやる」
彼女は眉間に皺をよせ、玄史を睨み付ける。自分の作り出した最高の芸術品を見た目だけが成功しているだと? この場にデバイスがあれば、彼女は玄史を殺しているだろう。だが、この場は侵入者が来た場合に備え、魔力を吸収、放出できないようにする特殊な装置が作動しており、デバイスを起動させることは出来ない。
「この子は、その個体を越える。デイヴィット・マーカスの弟、ソリチュードのように......」
玄史は両腕でしっかりと個体を抱え、部屋を出る。
玄史は数分後に個体の名前を考えた――一人、龍崎一人。
ソリチュードは日本語に直訳すると一人ぼっち。
スランプが抜けられねぇ......