「出ろ、6029!」
凛と響く声。
ガシャンと耳障りな金属音とともに、暗く狭い部屋へと光が指す。
伸びきった髪の毛の隙間から入り口の方を伺うと、そこには女が立っていた。金髪に高い背、そして大きな胸。甘ったるい香水の匂いを振りまきながら、そいつは美貌を俺の顔の真ん前へと寄せる。
その顔は綺麗だ。顔立ちは良いし鼻も高いし。美しさというだけならば俺も認めよう。
しかし表情がいただけない。俺のこの惨状を間近にしてニヤニヤと笑っている。下品さを隠そうともしないその表情は女性として―――いや、人間としてどうかと思った。
「どうした。出ろと言ったのが聞こえないのか6029?」
「……」
「無様だな、6029……。おい、口の布を解いてやれ」
「サー、イエッサー!」
上下関係をハッキリとさせる軍属の挨拶。ザッザッと小気味良い音を立てて入ってくる、大柄な男2人。
太い鍵が、俺を拘束していた黒く堅い布の錠前に差し込まれる。ギャリギャリッと歪な音を立てて鍵は回された。バタリと口を覆う布が床に落ちる。久しぶりに密度の濃い空気に触れ、口内が震えた。
長らく動かしていなかったせいで錆びついていた喉が湿っていく。
「あー……あーあー……」
「どうだ6029、少しは反省したか? どうだ、何とか言ってみろ」
「……元気そうで何よりだ、アリアテーゼ」
「……反省が足らんようだな」
俺に名前を呼ばれ、愉快に笑っていたその顔が歪む。その苛立った表情は、あの悍(おぞ)ましい笑顔に比べれば、俺の好みのものだった。
彼女は腰のホルスターから黒い棒を取り出した。カシュンカシュンと手首のスナップだけで伸びるそれは携帯スタンバトンだ。しかし市販されているようなものではない。電流も電圧も、インド象を一瞬で気絶させるほどに高く設定されている恐ろしい凶器だ。
バチバチィッ! と音を立てながら電気が可視化される。
目の前へと突き出されるスタンバトン。
「やっと良い表情になったなアリアテーゼ。怒ってるあんたは最高にクールだ」
「呼び方を間違えるなよクズ。もう1度こいつを食らいたいのか?」
「俺の呼び方も間違ってるぞ、アリアテーゼ」
「何度言っても聞かないクズなど、クズで充分だ」
スタンバトンが首を突く。顎の真下、喉の中央。手も足も壁に繋がれている俺には防ぎようが無かった。気道を突かれた嘔吐感。そして皮膚を焼く電撃が全身を襲う。筋肉という筋肉に電流が走り、身体がビクビクと震える。
けどこのスタンバトンには欠点がある。それは電池消費が激しいこと。5分で切れるその凶器は、恐喝用としてはあまりにお粗末と言えよう。
制限時間を過ぎ、やがてスタンバトンの
「酷いじゃないかアリアテーゼ。久しぶりの再会だってのに」
「……化け物が。おい、手と足も解いてやれ。移動する」
「サー、イエッサー!」
俺の両脇に立っていた男たちが再び動き出す。再びギャリギャリと耳障りな音とともに俺の高速が解かれていく。
手、足、腹、太もも、二の腕―――。何十時間も圧迫されていたせいで、どれもこれも感覚がない。案の定足に力が入らず、頭から地面に崩れ落ちる。
おい、拘束解くなら支えとけよ。
「連れていけ」
「サー、イエッサー!」
「ちょっと待ってくれアリアテーゼ。首のやつがまだ残ってる」
俺を持ち上げようとする大柄の男2人を押しのけながら、カツンカツンと首を叩く。
それは唯一残った俺の『枷』。何の変哲も無い、銀色の首輪だ。
しかしこの首輪、先ほどの俺を拘束していた黒い布よりもタチの悪い代物だ。
俺たち囚人は監獄に入れられる際、必ず外科手術を施され、首の中に細い
この窮屈な首輪を外そうすればすぐさまバスリ。何とも簡単な仕掛けだ。
もちろん身動きしたりだとか、ズラした程度では実害は無い。着けた当初こそ首元の異物感と、何かのはずみで糸が動脈を切り裂いて死んでしまうんじゃないかという恐怖を感じていた。が、数日もすれば忘れてしまうぐらいに、その首輪と
もっとも、一たびそれを思い出しさえすれば寝るまで気になるものだったのだが。
この首輪は囚人の証だ。世界中どこにも逃げ場はない。見られれば問答無用で通報され、情状酌量の余地無くしてもう一度檻に入れられる。それどころか、刑が数十倍に重くなる。
だからこそこの首輪は外れない。それこそ死ぬまで、俺たちと生涯を共にする相棒だ。外してもらえるわけが無かった。
「あぁ、それは
「……は?」
だからこそ、アリアテーゼの言った言葉が信じられなかった。
後で? 後で、これは外されるのか? この首輪が?
「な、なぁ。アリアテーゼ……」
「ははは……何を驚いている6029。お前のそういう顔が見られただけで私は嬉しいぞ?」
「……所長殿! 質問をよろしいでしょうか!」
「許す」
「……自分はこれから死刑なのでありましょうか?」
「馬鹿を言え。お前みたいなクズは無期懲役―――死ぬまで一生タダ働きだ!」
「なら―――」
「ほら、着いたぞ」
質問を遮り、彼女は目の前を顎で指す。
職員専用の灰色の回廊を抜け、たどり着いた先は扉。
ご丁寧にガッチガチの防衛がされている。閂が4つに、行く手を阻むかのような太いボルトが何本も生えてやがる。その厳重さは他の出入り口とは一線を画するものだ。
あぁ知っている。噂で少しは耳にしていた。ここは特別面会室。通称『ロクでもない出口』と名高い部屋だ。
この監獄から出る方法は3つある。
1つ、脱獄。一番簡単に思いつけて、一番成功率が低い道だ。
2つ、軍属。戦時中の兵隊としてや、人格が認められ本人が自ら軍の狗となることを誓えば出してもらえる。
そして3つ―――買収。この先この監獄で果たすはずの囚人の罪を、金で買い取る狂気の沙汰。
その買収が行われるのが、ここ特別面会室だ。
もちろん買い取り手の心当たりはない。俺には家族などもういないし、恩師も既に他界した。知り合いといえば、この監獄に一緒にぶち込まれたクソ野郎どもと、この監獄にぶち込んだクソ野郎ども。後は弾丸をぶち込んでやった奴らの遺族というところか。
あぁロクでもない。ロクな人の繋がりが無いから、ここは『ロクでもない出口』なのだ。
俺の罪は無期懲役。それも特大のを貰っちまっている。買い取り金額だけで言うならどっかの国の国宝を売りさばくのと同じだけの数字が、今の俺には付いている。
こんな俺を大金はたいてまで買うような大馬鹿者が、この先にいる。
嫌な予感しかしない。
「―――はい。はい、分かりました。―――お相手はもう席に着いている。くれぐれも軽はずみな行動は取るなよ」
「……」
「第四監獄所長、マルト=ハイン=アリアテーゼ、入ります!」
ガシャンと閂《かんぬき》が落とされ、太いボルトが解除される。
アリアテーゼは手にしていた連絡用の端末を仕舞い、敬礼のポーズを取った。俺の両脇の男たちも同じく敬礼。俺は関節をキめられているためだらりとしたまま、扉が開くのを待つ。
そして―――
「やぁ、6029」
扉が開き、向こう側にいる面会者の顔が露《あら》わになる。
そこで俺は、その少女と出会った。