絶対悪・暴虐のアジ=ダカーハ   作:悪事

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百鬼率いて空亡ぼす龍

名もなき山まさに秘境と語るに相応しい深山幽谷、人跡未踏、近場の集落の者ですら立ち入らぬ、その山は帰らずの山として知られ、人妖問わず立ち入る者はいなかった。だが、ある日、入らずの暗黙の了戒を破り、数百もの人影が山に侵入した。その人影ら、身なりは山伏か行者のような格好。背中には黒の翼、山を覆う霧を斬り裂き天を駆ける、異形の人影。

 

人や妖は彼、彼女らを゛天狗゛と呼んだ。

 

 

 

山の中腹あたり。巨大な滝の手前で彼らは動きを止める。目にも止まらぬ速度で飛んでいた彼らが停止したのは、水が飲みたかったからとか、飛ぶのに疲れたというような理由ではない。息が詰まるほどの濃密にして圧倒的な邪気。敵意、憎悪などの感情は微塵もない、完璧な無関心、それなのに恐ろしい、おぞましい、叩き潰されんばかりの荘厳で重厚なプレッシャー。それがこの者たちの動きを強制的に停止させたのだ。天を駆ける天狗たちは空中から地面へ降りて、滝のある一点を強く見つめた。

 

 

ザァァァァァァァ………………

 

流れ落ちる水音の響く滝、そこでは信じられない光景が展開されている。それは何かと言うと、滝の真下にいる青年を避けるように滝が割れているのだ。割れた滝の下で石に座するのは一人の青年。ただ泰然と座る青年は上半身に何も身に纏っておらず、下半身の方は白の袴らしきモノを着ている。褐色の屈強な裸身、血を結晶にしたような紅玉の眼、輝きすら見せる白銀の髪。人外の美貌を魅せる青年は、紅の視線を虚空へ向けている。青年の姿に魅せられた天狗たちは、皮肉なことに、こちらを見向きもしない青年の無関心すぎる態度で正気に戻った。

 

 

 

「……騒々しい弟子がいなくなって、やっと山が静かになるかと思えば……………゛また゛どこぞの妖怪か?群れをなして鬱陶しい。…………ふぅ……………言いたいことがあるなら、さっさと語れ。そして、失せろ」

 

 

剣呑かつ横暴な青年の発言に、数名の若い天狗がこめかみをヒクつかせる。しかし、天狗たちの中央に立つ年を食った天狗が彼らを視線で諫めた。ただの睨み、それだけのことが、この年老いた天狗の持つ威厳、貫禄を如実に感じさせる。若い天狗たちは長の視線に黙って頷き、一歩下がった。

 

 

「この山の主殿とお見受けいたす。このたびは、このような多数で来た無礼、実に申し訳ない。この山を支配されし主殿とお会い出来て、恐悦至極」

 

 

「……正確には、この山はただの寝床にすぎん。私は、この山を支配した覚えは一切ないぞ。それで、下らん挨拶をしにきただけなのか?」

 

 

傲岸不遜な青年の言い振りに、天狗の集団が敵意を発した。だが、中央にいる長は敵意を見せず、むしろ、青年を敬っているかのようにすらとれる。そして、青年が天狗の集団へ、苛立ちと殺意を込め゛見゛つめた。

 

 

次の瞬間、天狗たちは一斉に倒れる。別に衝撃波や魔術、光線といった分かりやすい脅威が飛んできた訳ではない。ただ、゛苛立ちと殺意゛の視線を向けられただけで天狗たちは地面に横たわっている。それほどの格、絶対的な強者と弱者の関係。青年の視線、意思だけで天狗たち全員は意識を反転させられた。

 

 

 

 

 

 

意識の混濁、不明瞭な思考、精神の不透明さ。妖怪として生きた生涯の中でも、一二を争う気分の悪さ、例えるなら、死ぬまで酒を飲み続けたような感覚。いや、もしかすると自分は死んでいるのか?生と死の感触が曖昧なまま、少女は意識を漂わせる。しかし、突然、朦朧とする意識の外から声が聞こえた。少女は、誰かの声を頼りに気分が優れない状態で目を覚ました。

 

 

「おっ、やっと起きた?いやー、あんた運がいいね。ものすごくツいてるよ。旦那に無礼な真似して五体満足で生きてるとは、天狗ってすごいな!」

 

 

心底愉快そうな声が正面から聞こえて、少女はゆっくりと体を起こす。声のした方をいたのは、外に跳ねた青い髪のツインテールに蒼の瞳の童女。天狗の少女は、体を起こすと周りで倒れている同僚の天狗たちの無事を確認する。同僚らが一応無事なことがわかると、次に現状の把握に勤しむ。ほどほどに冷えた清涼な空気、柔らかく流れる水の音色、どうやらこの辺りは沢の近くらしい。

 

 

「おーい、まだ調子が悪いのかい?」

 

 

周辺の地形などを見終わると、天狗の少女は眼前の青い童女へ応対をする。

 

 

「ええまぁ、最高に最低な気分ですよ。ですが、それは置いておいて。まず、お聞きしたいことがあるのですが?」

 

 

「ん?ああ、こりゃ失敬。自己紹介がまだだったね。私は河童の河城にとり、この山の川で暮らしてる妖怪さ。それと、あんたら天狗たちを、ここまで運んできた恩人でもある。感謝してもいいんだぜ」

 

 

「………なんて恩着せがましい恩人でしょう、感謝を暗に要求してますね?」

 

 

「助けられたら、感謝する。至極真っ当なことだろう?まぁ、私があんたたち助けられたのは、旦那の機嫌が良かったからってのもあるんだけどね」

 

 

「旦那?………それです…………私がどうしても聞きたいこと。いったい゛あの男゛は何者なんですか?あんな膨大で恐ろしい気配を持つ者が山に隠れ住んでいるなど明らかにおかしい。もう一度、問います。何者なんですか、゛あの男゛は?」

 

 

「まぁまぁ、ここは一つ、落ち着いて。急がば回れ、焦っちゃ事を仕損じるぜ。まず、旦那のことについて語る前にやることがあるだろ?」

 

 

にとりは頭部の帽子の位置を少し直して天狗の少女へ語りかける。

 

 

「やること?」

 

 

「私は自己紹介したんだぜ、そっちも自己紹介を返してくんなきゃ…………でないと、あんたの名前がわからないんだ。教えてくんないかい?」

 

 

「……………はぁ、わかりました。助けられた上に自己紹介をされたんです。こちらも自己紹介をしなければ、礼儀知らずの謗りを受けてもおかしくないですからね。それでは、始めまして。私は天狗の射命丸、文。以後、お見知りおきを」

 

 

「あいよ、ところで、名前の呼び方なんだけど、文って呼んでいいかな?名字呼びは、どうにも慣れなくてさ」

 

 

「何でもいいので、早く教えてください。あの男の正体について………」

 

 

「………正体か?そう言われるとこっちとしても答えに困る。実のとこ、私ら河童だって旦那が何者なのかわかっちゃいない。おっと、何にも知らないって訳じゃないんだよ。例えば、旦那はこの山を寝床にしているんだが、この山、実は凄い土地でね。この土地に流れる霊脈は相当のモノらしい、それを狙って人間の祈祷師や陰陽師、妖怪、果ては神様がこの土地を奪いにくるんだが、旦那はそいつら全員を返り討ちにしたんだ」

 

 

「ちょ!ちょっと待った!人間、妖怪はわかるけど神様?!あの男って、神様を返り討ちにしたの!?」

 

 

文の慌てふためいた声が周囲に木霊する。そんな文とは対称的に、にとりは落ち着いた風情で近場の石に座ってゆっくりと話を進めていく。

 

 

 

「そうだよ。実は数年前くらいに、どっかの神様がやって来てね。『この土地は自分が管理するから、今すぐ出ていけ』なーんて言っちゃったわけ」

 

 

「その神はどうなったの?」

 

 

「欠片も遺さず消し飛ばされた、呆気なかったねぇ」

 

 

「実力のほどは十二分にわかりました、………そんな相手を敵に回そうとしていたなんて…………」

 

 

がっくりと肩を落とす文を、にとりは笑いながら気軽に慰める。

 

 

「過ぎたことはさっさと忘れなよ、それが楽に生きるコツなんだから」

 

 

「忘れろとは、また簡単に言ってくれますね。まぁ、善処しますが……………ところで河童は何でこの山に住んでいられるんですか?」

 

 

「そりゃあ、旦那と交渉したからだ。私らはこの山に住みたい、って言ったら、旦那はどうでもいい。ということで、なし崩しにこの山に住んでるのさ」

 

 

「それって、交渉じゃないですよね!あ~ぁ、私たちもそうしていれば、この山に住めたのに…………」

 

 

「なんだい、この山に住みたかったのか?」

 

 

「えぇ、この山は相当凄い霊地ですから。人に限らず妖怪、神様だって、この土地が欲しいに決まってるでしょう。……しかし、ようやく合点がいきました。こんな凄い霊地を仕切る神がいない訳が………」

 

 

「何時からか、はっきりとはわかんないけど。旦那はかなり昔からここにいるっぽいよ。それもそこらの神様なんか目じゃないくらいにさ」

 

 

にとりの話が一段落すると、文はいったん情報を脳内で整理する。あの男の強さ、この山が彼の縄張りであるという事。混乱しかけてはいるが、混乱をどうにか押し殺し彼女は次の質問を投げ掛ける。

 

 

 

「………では、次の質問です。あの方の名前は?」

 

 

「あぁ、そりゃ、わかんない。知らないじゃなくて゛わかんない゛のさ」

 

 

「…………わからないですか、それは残念っと。………あれ?……話は変わりますが、私たちの長は何処に?」

 

 

「長?あの髭を生やした天狗のことかな?それなら、文が起きる少し前に起きて旦那のいる洞窟にいったよ」

 

 

にとりの話を聞いた文は、死にそうなくらい真っ青な顔で天を仰ぐ。そして、自棄っぱちな声で゛なんてこった゛と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………それで?……いつまでそうしているつもりだ」

 

 

暗い洞窟の壁に、青年の気怠げな声が通り響く。横になった彼の正面にいたのは、頭を地に押し付け跪く白い髭を蓄えた天狗の長だった。身じろぎ一つ、見せない不動の姿勢。それを四時間くらい続いているのだ、青年の声に反応し天狗の長、天魔はようやく顔を表に上げる。

 

 

「申し訳ございません…………このたびの無礼な行い、どうかご容赦いただきたく。誠に申し訳ありません!」

 

 

「やかましい、別に貴様らの行為の一つ、一つに文句を言うほど私も狭量ではない。わかったら下がれ」

 

 

青年はとことん無関心な面持ちで天狗を突き放す。だが、年老いた天狗はその言葉に従わない。それどころか、ここから動くまいと全身に力を入れているのが伝わってくる。いっこうに去ろうとしない天狗に青年は呆れすら覚え始めた。天魔は青年が不機嫌に成りかけているのを察し、ここに来た理由を慌て気味に喋りだす。その内容は要約すると、青年を褒め称えて、その後に何でもするからこの山に住ませてほしい、ということだった。

 

 

天魔は告げること全てを言い切ると、頭を下げ直し土下座の体勢のまま停止する。それに対し、青年は寝転んだまま、どうでもよさげな態度で天魔の懇願をあっさりと受諾した。

 

 

「好きにしろ、どうでもいいんだよ。………だがな、目障りになるようなら速やかに始末する。私は寛大でも寛容でもない、これだけは覚えておけ」

 

 

あまりにもあっさりと山に住まうことを認められた天狗の長は、感謝の言葉を青年へ言おうとする、が瞬時に感謝の台詞を呑み込んで全速力で洞窟から抜け出す。天魔はそれが無礼にあたると十分に理解した上で、逃げの一手を選んだ。そう、これ以上話を続けていたら、天魔は殺されていただろう。これは予想ではなく確信だ。何故、このような確信を得たのか、話は簡単、先ほど感謝を口に出しかけた天魔が、ふと青年の背後を見た、見てしまった。青年の背後に浮かび上がった影が人のモノから、゛三つの首を持つ龍゛に変化しているところを。恐怖に呑まれた天魔は口を開けば゛殺される゛と思考ではなく本能で理解し、なりふり構わない逃亡を選択する。

 

 

結果、洞窟からの脱出は無事成功。この事件を経て天狗たちは山で暮らし始め、その後に多少の紆余曲折の末、天狗は河童を自分たちの配下にして山の管理者を名乗るようになった。けれど、そんな天狗たちは一月に一度、山の誰も近寄らぬ洞窟に大量の酒や食料を置いていくようになったそうな。

 

 

 

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暗く昏い山の獣道、人間は通らぬような山の中を幼げな二人の少女たちが進んでいく。彼女たちが進んでいる山は天狗が縄張りとする怪異の山。迂闊に侵入すれば、たちまち哨戒をしている白狼天狗に排除されるはずだ。なのに、この二人は天狗たちに発見されていない。すなわち、彼女ら自身も天狗と同等の怪異であるということだ。彼女たちが人あらざる者だということは、その容姿から判別できる。一人は桃色、いや薄紫のボブカットに赤の眼。もう一人は黄緑がかったくせっ毛のセミロング、翡翠の瞳。人外の少女二人組は手を固く繋ぎながら疾走する。だが、彼女らの侵入にとうとう天狗たちも気付いてしまった。

 

 

「待て!侵入者!」

 

 

白い髪に犬の耳を持つ白狼天狗たちが集団となって、侵入者を追跡する。追いかける白狼天狗たち、その追跡網をまるで゛心でも読んでいる゛かのような先読みで、すり抜ける二人。やがて、白狼天狗たちは追跡をやめて戻っていく。少女たちは天狗たちが追いかけてこないとわかると足を止めて深呼吸。逃げ延びた安堵に従い、二人はその場で座り込み互いの背中にもたれかかる。

 

 

「大丈夫?おねぇちゃん」

 

 

「あなたこそ、大丈夫なの?走り疲れていない?」

 

 

「大丈夫だよ、それくらい゛視れば゛わかるでしょ。おねぇちゃん」

 

 

「ええ、それならよかった。……………追っ手たちの心を゛視゛た時に見えた洞窟に住む男、天狗たちはその男を恐れていたわ。この山を支配する天狗が怖れるほどの相手なんて…………どうしましょう」

 

 

「どうするって、行くしかないでしょ。このまま戻れば天狗たちともう一度追いかけっこしなきゃいけないし。その洞窟に行ってみるだけ行ってみよう」

 

 

洞窟方面へ進路をとることを結論づけ、休息を終えた二人は先へ歩む。追っ手がいなくなったことで山を進む速度は遅くなったが、二人は一時間弱で目的地に設定した洞窟に着く。洞窟に入ってすぐのところで少女たちは歩みを止め微動だにしない、精神へ干渉するという稀有な能力を持つ彼女らだからこそわかる異常。その異常とは、洞窟から思念を感じない、というモノ。思念とは人、妖怪、神など種族を問わず、意思を持つ存在全てが発している精神から漏れた余剰物質。その思念を胸元にある第三の目で目視することで、彼女らは思考を読み取れるのだ。しかし、ここにはそれがない、あるのは凶悪なほどに重々しい覇気。二人はその覇気に圧倒され、洞窟に入ってすぐのところで止まってしまった。しばらくして、覇気に体が順応してきたのか、ゆっくりと息を吐くことが可能なくらいには体を動かせるようになった。

 

 

「おねぇちゃん。この先に誰かいるのか分かる?」

 

 

「その調子なら、あなたも分からないのね。たぶん、洞窟内に充満している重圧が、感知を妨害しているのね」

 

 

「…………うーん?じゃあ、どうしようか………ん?」

 

 

突然の疑問の声、姉と呼ばれている少女が妹の方に振り向く。振り向いた先で見つけたのは、大量の果実、酒、魚に餅。飲食物の数々。二人はごくりと生唾を飲む、妖怪は食事をしなくとも生きていけるが腹は減る。つまり飢えがあるということ。二人の少女は山に入ると飲まず食わずで追いかけられてきた、要するに腹が空いているのだ。

 

 

彼女らがポンと置いてあった食料をどうするかなど、説明する事も記述する必要もないだろう。食料は多少減ってしまったと言っても、元の量が量だ、減ったといってもパッと見では判別できん程度だが。少女たちは精神的な疲労と空腹を満たした満足感が影響し深く眠りに着いた。

 

 

しばらくして、泥のように眠る二人の元に白い髪の青年が近づく。

 

 

 

「…………おい、そこの二人組。起きろ」

 

 

「むにゃむにゃ、もう食べられない…………」

 

 

「……………あと、五分………スゥ……」

 

 

「…………………こうも、典型的な寝言を返されると逆に怒りも何も感じないな。いっそ、清々しいくらいに愉快だぞ。…………しかし、ここは俺の寝床だ。託児所ではない、とっとと帰っ…………」

 

 

青年が少女たちを洞窟から放り出そうとした時、二人の手が伸ばした手を握ってしまった。寝相が悪いのか、何かを掴んでいないと眠れないのか、理由は定かではないが、とにかく腕をホールドされた青年は握られた手を振りほどこうと試みる。だが、小さな子供相手にムキになることが馬鹿らしくなり、仕方なく彼女らが目覚めるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

「んん?あれ、ここは…………」

 

 

朝日が射し込み、眠っていた少女たちはようやく目を覚ます。ゴツゴツとした岩場の感触でここが洞窟内部だと思い出した二人は゛握っている手゛を握り直す………゛握っている手゛?

 

 

おかしい、ここで眠ってしまったのは、なんとなく記憶している。だが、その時は二人だけだったはず、ならばこの大きな手は誰の………?

 

 

 

「ようやく、起きたか」

 

 

頭上から聞こえた声、誰が言ったのかなど確認するまでもない。冷や汗を垂らす少女たちは横になった状態で褐色の肌を持つ男性を見上げる。見上げた先に青年がいるのを確認すると、今まで握っていた手を二人は急いで離し、立ち上がる。

 

 

立ち上がった二人はある違和感に気づく。それは洞窟内に入ってから、ずっと感じていた覇気が確認できない。……………よくよく神経を張ってみると、覇気が消えたのではなく、至近距離過ぎて認識が出来なくなったことがわかった。少女たちは眼前の青年を黙って見ている。彼の心を゛視゛ようとしたが、まったく読めない。胸の第三の目はしっかり開かれているはずだ、それなのに彼の表層意識にすら届かない。

 

 

 

「あぁ、お前ら覚妖怪なのか?」

 

 

青年は自分を凝視する二人の少女たちの正体を一瞬で見抜く。一方、心を読もうとしていたのがバレてしまい、少女らは死を覚悟する。固く手を繋ぎ、最期の瞬間を粛々と待つ。

 

……待つ……………待つ………待つ………されど、刑は執行されない。

 

 

「何を身構えている、別に貴様らは俺に敵意があるのではなかろう。ならば、俺も同じだ。敵意もない力もない小娘に攻撃などするものか」

 

 

「信じていいんですね………」

 

 

「騙す必要がない、偽る意味がない。これでは不十分か?」

 

 

「嘘じゃない?」

 

 

「……くどい」

 

 

青年は少女たちを放置して、置いてあった酒の瓶を掴む。キュポン、瓶を閉じていた栓を外し、青年は酒を飲む。盃に入れず瓶から直接飲み干す野蛮な飲み方、しかし、この青年が行うと、どこか優美で風情ある飲み方のようだ。

 

 

「覚妖怪か、それも二人………この山には何をしに来た?」

 

 

「………………ここ最近では、大陸から新たな学問や仏と呼ばれる神を信仰する宗教がやってくるようになりました。私たちの元いた土地には仏の寺が立ち、土着の神、妖怪、精霊は放逐の憂き目に。あちらこちらの土地神、妖怪が零落する中、私たちはこの妖怪の山に住もうとやって来ました。ですが、私たちが覚妖怪だってわかると、私たちを『山から追い出す』という話になってしまい……………………」

 

 

「そうなの!天狗たちったら私たちを厄介払いしようって、追い出そうとしに来たんだよ!信じられない!」

 

 

「こら、こいし。大きな声を出さないの」

 

 

「だって~、おねぇちゃん」

 

 

青年はじゃれあう二人の喧騒を酒の肴に一献やる。瓶の中身が無くなる頃には、二人も冷静さを取り戻していた。

 

 

「お騒がせしてすいません。ほら、こいし」

 

 

「は~い、ごめんなさい」

 

 

「かまわん、むしろ久方ぶりに愉快であった………」

 

 

今まで仏頂面だった青年の顔が純粋な笑みに変わった。姉妹たちも彼の笑みにつられて静かに笑い出す。こうして姉妹は心を許したのか、青年に友好的な眼差しを向ける。

 

 

「名乗り遅れましたね、私は覚妖怪、古明地さとり。こっちが」

 

 

「妹の古明地こいしだよ、よろしくね………えーと?」

 

 

「ああ、私が名乗る名前は存在しない。好きに呼べ」

 

 

かつて、絶対悪を名乗っていた青年は、自分を名前のない存在として自己紹介をする。姉妹たちは名前がないということに首をかしげていたが、

 

 

「じゃあ、おにぃちゃんって呼んでいい?」

 

 

こいしの無邪気な爆弾発言で呼び方が決定してしまった。予想してもいなかった呼び方に眼を見開いて、呆然とする青年。さとりはミステリアスで強大な威圧感を発していた人物と今の青年の表情が結び付かず、クスクスと玉を転がすように笑った。

 

 

「あら、それはいいわね。おにぃさんもそうは思わない?」

 

 

「はぁ、好きに呼べと言ったのは失言だったか。ならば、こちらも、さとり、こいしと呼ぶが?」

 

 

「「えぇ(うん)、喜んで」」

 

 

さとりとこいしは目の前の恐ろしげな青年をからかうことが出来て、ご満悦らしい。実際、さとりたちは、これをとるに足らない会話だと思っているが、青年が何者なのかを知れば、これはどれほどに奇跡的なモノかを理解するだろう。それはともかく、

 

 

「それで、これからどうするつもりだ?さとり、こいし」

 

 

「出来れば、この山に留まっていたいのですが……どうにも天狗たちとの仲が拗れてしまい、どうすることも…………………」

 

 

「おねぇちゃん、おねぇちゃん。いっそ、この洞窟でおにぃちゃんと一緒に住むっていうのは?!」

 

 

「却下だ、たまになら騒々しいモノも愉快だが、常にそうでは鬱陶しい。天狗たちがどうにかなればいいのだろう。それなら、私がなんとかする。奴らには多少顔が利くからな」

 

 

「おにぃさんは天狗たちと何かあったのですか?」

 

 

「昔の話だ。それより天狗たちと話をつけるのだろう?そら、行くぞ」

 

 

「えっ?もしかして、おにぃちゃん。行くって、天狗たちの棲家に?」

 

 

さとり、こいしは青年の発言に気をとられて意識を反らしてしまう、更に問いかけを重ねる前に洞窟の地面から魔法陣が発光しながら現出。突如、眩しいまでの光が三人を包みこんでいく。光が消えた時、そこは誰もいない無人状態となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

妖怪の山、ここがそう呼ばれる様になってはや数年、天狗たちは山の頂上付近に棲家を創っていた。棲家と言っても木の上に建てたツリーハウスなどはなく、ごくごく普通の家が並ぶ集落のようなモノ。そこには黒い翼を持つ妖たちが暮らしていた。集落の中には天狗しかおらず、他の妖怪たちは別の場所でそれぞれのコミュニティを形成している。この山では野生動物くらいしか妖怪以外の存在を見かけない。人間がこの山の麓に村をつくっているものの、飢饉などでやむを得ない場合を除き山に人間が入ることは原則ないと考えて構わない。

 

 

「しかし、随分とこの山に暮らす妖怪たちが増えてきましたねー。まったく山の外では何が起こっているのやら。哨戒をしている白狼天狗たちがボヤいてましたよ、最近は侵入者が多すぎる!……って」

 

 

「それ、私に話してどうしたいのさ」

 

 

「あぁ、そこでにとり。なんか、勝手に侵入者を撃退するようなカラクリって作れません?天魔様が聞いてこいってんで質問しに来たんですが」

 

 

「相変わらず、上下関係が徹底してるね。天狗って。………それで侵入者を撃退するカラクリかぁ。そういうのは無理があるかな。敵と仲間の区別をつけたり、攻撃の狙いを定めたりと思考関係はカラクリじゃできない。まぁ、モノを考えるカラクリがあれば話は別だけど。…………あと数百年くらいは手動で頑張るしかないと思うよ~」

 

 

「数百年、そこまでかかるんですか?」

 

 

「ああ、こればっかりは時間をかけないとね。ここ最近、大陸から入ってきた技術があるけど、カラクリがらみの゛それ゛はなかったし。どう見積もっても数百年はかかるさ」

 

 

河童の童女と天狗の少女は川のほとりで雑談を交わす。河童はとあるいざこざの末に天狗の配下らしき立ち位置になっている。しかし、ここにいる両者は上下関係を感じさせない。気風が合うのか二人はにこやかに会話の華を咲かす。

 

 

「そういえば、椛が武器を壊したんで修理ほしいといってましたねぇ。そのうち大剣を持ってここに来ると思いますよ」

 

 

「またぁ~、椛ってばいったい幾つの武器をおじゃんにする気さ。太刀、薙刀、手斧、槍。どれも見事にぶっ壊すから、切れ味とかじゃなくて頑丈さ優先の大剣を作ったのに~………壊すなら武器じゃなくて敵にしてくれないかな」

 

 

「まぁ、武器ってのは乱暴に使ってこそでしょう」

 

 

「だからって、パキパキポキポキ消耗品みたいに扱うのは勘弁してくれないかな。見てて忍びなくなるよ」

 

 

「ご愁傷さまです、さて、そろそろ戻るとしますか。それじゃ」

 

 

 

ズガーン!!!!

 

 

 

文がにとりへ別れの挨拶を言おうとした瞬間、山の頂上近く天狗の集落辺りに轟音が響く。普通なら起こり得ぬ緊急事態、別れの挨拶を省略し文は川辺から集落へ飛び立つ。天狗の飛行速度は空を飛ぶ妖怪の中でトップクラス、凄まじい速度で流れゆく景色を無視し、文は背の黒翼を最大限に羽ばたかせ集落に到着した。そこで文は轟音の訳と集落の現状を目撃した。

 

壊れた家々。逃げる天狗たち。血を滲ませながら立つ天魔、それを空中から見下ろす大男。大男は異国の衣を纏い、数多にある手すべてに武器を持っている。そして、何より敵から感じる神々しく神聖な気配。男の正体など問うまでもない、妖に対する脅威、人々へ福と禍を与える者。そう、あれはまさしく神仏の類い。

 

 

 

「化外の者らよ、早急に出ていけ。この山は我が管理する。これほど膨大な地脈、たかが妖には過ぎた宝、分際を知って速やかに立ち去れ。さすれば貴様らの命程度は見逃そう」

 

 

どこまでも傲岸で不遜な言葉、妖怪を無条件で下に見ている思想。されど、口だけの愚物ではなく相応の実力を備えている。その証明となる強者が醸し出す重々しい雰囲気。確かにこの男は強いだろう、幾つも生えた手は飾りではない鍛えられた暴力の結晶。己を強者と誇る厳しい戦いを越えた者に宿る貫禄と自負。強い、一目見ただけでわかる強さ。だが、それだけだ。正面から対峙する天魔も、退いている何人かの天狗たちも、遅れてやって来た文も男が恐ろしくはなかった。何故なら彼らは以前これより恐ろしい存在と対峙したことがある。何をされたのかすら理解できない圧倒的な゛強さ゛。理を超越した説明のできないナニカ。そう理解出来る程度の力では恐れる意味が見つからない。底がわかる程度の強者に、意味のわかるレベルの強さに臆するなどあり得ない。

 

 

 

大男は天狗たちの諦めていない眼光に、苛立ちを覚えていた。神である自身を前にして、妖たちはいっこうに退こうとしない。嗚呼、なんたる傲慢、天に等しき仏の一人を敬おうとしない無礼な態度、大男は僅かな苛立ちを静かな怒りに変え、人外らに天罰を下さんと武器を構える。

 

 

「警告はした、退かぬのなら己らの愚かさを悔いて消えろ」

 

 

男は神気の充填された武器を天狗たちに振りかぶった、天狗たちは大男に一矢報いようと翼を大きく開いて攻撃されるより疾く先手を取って初撃決殺を狙う。しかし、天狗と大男の間に不思議な紋様の陣が現れた。瞬間、辺り一面の空気が一変する、空がのし掛かるような重圧、凶器じみた覇気。これを知っている経験している天狗たちでさえ息を呑む。これを知らぬ大男は本能のまま思わず陣から距離を取った。

 

 

陣をくぐりぬけて三人の人影が出現する。二人は幼き少女の妖怪、そして威風堂々と王者の風格を見せつけ立つ白い髪の青年。周囲の視線が彼ら一点に殺到する。そして、覚妖怪姉妹は周囲の者たちの心を読んで現状がどういうことなのかを理解した。

 

 

「おにぃちゃん、何だか凄く厄介な時に来ちゃったと思うんだけど!」

 

 

「せめて、もう少し穏便な時間を見計らえなかったんですか!」

 

 

「現れる機会が悪かったようだな。次は別の魔術を使うとするか。それで?………そこまで慌てるような事態なのか?」

 

 

「慌てますよ!だって、この山を異国の神が奪いに来ているところに出くわしたんです…………せっかく、この山に住めるかなと思ったのに……………」

 

 

「異国の神?……………ふむ、さとり。あれは神ではなく仏の一種だ。神道と仏教は明確に異なる概念だぞ?………しかし、他国の文化、宗教の伝来は人間だけではなく妖怪にも影響を与えていたようだな。実に興味深い」

 

 

 

青年は暢気に現状を見世物よろしく観察する。そのあまりにも隙だらけな姿は、この場に警戒するほどの敵がいないと暗に告げているようなモノだ。大男は自分を前に傍若無人な態度をとる青年を憎々しげに凝視した。だが、その視線を どうでもいい(無価値)と言うように青年はスルーし、天魔に歩み寄る。

 

 

「随分と無様な格好になったな、天魔。いや、山の管理者殿?」

 

 

「………返す言葉もございません……」

 

 

ふざけ半分の言葉に天魔は恐縮して口をつぐむ。

 

 

「憎まれ口の一つも返さぬと言うなら、率直に本題に入ろう。この覚妖怪の姉妹だが、この山に住ませてやれ。追い出すと言うなら、貴様らもこの山から叩き出すぞ」

 

 

「畏まりました……………あの、申し上げにくいのですが……」

 

 

「みなまで言うな、おおかた、そこの仏を追い返して欲しいというところだろう?」

 

 

「はい、貴方様のおっしゃる通りです………」

 

 

「断る、そこの仏も、そこまで格の高い神格と言うわけではない。貴様らなら決死で挑めば四、五人の犠牲で勝てるだろう。雑魚を構うほど私は酔狂ではない」

 

 

天魔の懇願を慈悲なく切り捨て、さらには大男を『雑魚』と扱き下ろす。青年の暴言に大男は顔を真っ赤に染めて激怒。会話する間すら与えず、神威を込めた武器を青年へ投擲。投げられた武器はさとり、こいしを巻き込む形で青年の元へ。避ければさとり、こいしに命中。されど、避けねば青年自身に武器が命中する。大男は勝利を確信し、仏らしからぬ残酷な笑いを見せた。

 

 

 

これぞ、まさしく神技による必殺の投擲だろう。……相手が彼でなければ。投擲された武器は青年の肉体に触れた瞬間、強度、もしくは硬度で完敗したのか、当たった側の武器が無惨に粉砕される。鎧どころか鉄の一つ纏っていない肌に神の武装が負けてしまった。天狗たちはこの光景を『やっぱり』とわかりきっていた顔で佇み、青年の背後にいる覚姉妹は、目を見開き仰天している。最後に大男は、仏たる自身に歯向かった愚か者を葬る一撃が、防御すらされずあっさりと完敗したという現実を認識できていない。

 

 

「…………なん……………だと…?」

 

 

「驚くことはない、確かに貴様の攻撃は命中している。これは単に貴様の攻撃が私の肌すら裂けなかった、それだけの話だ」

 

 

「そんな、馬鹿なことが………………」

 

 

屈辱と怒りに震えた大男は感情の赴くまま、歯を剥いて青年に飛びかかった。後先を考えない向こう見ずな突進。決死の特攻による加速は天から墜ちる流星を超越し、青年どころか山ごと怨敵を撃滅せんと墜落する。

 

 

「天に仇為す化外よ。貴様のような衆生に害を及ぼす者など、存在すら許されん!!この一撃を以て消え失せろーーーー!!!」

 

 

山に木霊する悲痛な絶叫。それを冷たく下らないと言わんばかりに見つめるは、褐色の青年。彼の足下に映っていた人型の影は何の前触れもなくあっという間に膨れあがり三つの首を持つ龍の形を為した影に変容した。変容した影は鋭く尖り回転しながら流星を迎撃する。流星は、回転する影の槍に深々と貫かれる。影の槍の先端には、徳の深い高僧らしき服装の大男が、百舌の早贄よろしく串刺しになっていた。これを行った青年は大男に目線すら合わせていない。仏の一人を名乗った大男は、青年の眼中にすら映らず、簡潔に敗北した。

 

 

「ごふっ」

 

 

どうやら、大男はまだ息があるらしい。もっとも、血反吐を吐いて、目の焦点が合っていないところを見ると既に死に体のようだが。

 

 

「………貴様は…己が何を為したか、わかっているのか。俺が死んだことが知れれば、この国に渡った仏、その信者たち全てが貴様らを殺しに来るだろう。貴様は天を敵に回したんだぞ!!!!」

 

 

「それがどうした」

 

 

大男の最期の慟哭、それを青年は最後まで無関心に聞き流す。これにて、勝者敗者は確定した。いや、勝者の態度を見るに、これを勝負と認識しているかさえ怪しい。

 

 

「………天を、仏を敵と為すか。ならばよかろう、貴様に仏を滅ぼしうる者として相応しい名を……″百の妖魔悪鬼を率いて天を亡ぼす者″…………″百鬼空亡″と……」

 

 

消え逝く大男はそれだけを口にして消滅した。百鬼空亡、周囲の天狗たちはその名を畏怖と敬意を持って恐る恐る口にする。さとり、こいしたちは青年、いや百鬼空亡と成った男を見つめ立ち尽くす。

 

 

「百鬼空亡か………いつまでも名無しでは困るからな。名乗る際にはこの名を使おう」

 

 

 

こうして、天狗の里を襲った脅威は滅され、事態は華麗に収拾した。これがのちに妖怪の山の支配者"百鬼空亡"と呼ばれる魔王の最初の御話である。

 

 

ちなみに余談ではあるが、さとりとこいしは空亡を兄と呼んだことから、山でも一目置かれる存在になり空亡の元に供物を運ぶ役目を押し付けられる羽目になるのであった。

 

 

 

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