絶対悪・暴虐のアジ=ダカーハ   作:悪事

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幻想郷、創生秘話[其の壱]

Side百鬼空亡

 

 

 

『何故、このようなことになっているのか?』

 

 

『……まったく同感です、お兄さん。本当に、私は何故ここにいるのでしょう?』

 

 

怪異神仏に恐れられる悪神は岩に座りながら、口を開かず心の中で自問を行った。彼の心の内での問いを聞いたのは、長年の交流で、やっと空亡の表層心理を読めるようになった覚妖怪の少女のみ。そして、彼女もその問いに同調するように同じ問いを嘆息とともに心の内で静かに発した。

 

 

 

 

 

漆黒の暗闇が支配する丑三つ時、人が踏み込まぬ妖怪の山、中腹付近。普段は物音ひとつしない静寂に包まれた自然の中では、常とは異なる様相が広がっていた。夜闇を照らす明かりとなるのは無音の月光。月光に照らされた箇所には、かなりの酒が詰められし樽が幾つも転がり蒸せ返るほど酒の芳香が充満している。足元にはご馳走があったと思しき皿が放り出され、乱痴気騒ぎをやらかした宴会場に見間違うほど散らかされていた。そんな中で心底、愉快気に酒を飲んでいる悪神の新たな眷属たち、萃香、勇儀、華扇の三鬼。不機嫌そのもので三鬼を睨みながら酒を呷る華の眷属、風見幽香。雰囲気は最悪とも言える中で一人、我関せずを貫き酒を呑む悪神、百鬼空亡。周りの恐ろしすぎる者たちに、関心を抱かれないよう息を潜めて酒をチビチビと口にする古明地さとり。種族、生きた年月も違う、この場に集まりし者たちの共通点、それは人あらざる者しかいないというところか。

 

 

 

 

 

 

口を開かず無言でいる空亡を見かねて、鬼の中でも特に剛毅な星熊勇儀はいっぱいの酒が注がれている瓶を片手に空亡に近寄ろうとする。それを見た幽香は勇儀へ向けて殺意と憎怨の瞳で牽制、幽香の悪意に晒されて近くにいたさとりは息が止まりそうになり、精一杯気配を殺して空亡の背後に隠れようと音を立てないように動く。幽香に睨まれた勇儀は苦笑しながらも強気な目で幽香を見つめ返す。

 

 

「おいおい、ここは酒の席だよ。不景気そうな顔すんなって、せっかくの酒が不味くなっちゃ勿体無いだろう?そら、もっと楽しんで飲もうじゃないか」

 

 

「うふふ、ごめんなさい。あいにくと、貴女みたいな頭に何も詰まってない怪力馬鹿と違って、そうそう気安く騒げるほど私は愚かではないの。馬鹿騒ぎがしたいのなら、三途の川の向こうでどうぞ。逝くというならば、直ぐさま送って差し上げるわ」

 

 

 

「おぉ〜いいぞいいぞぉ。ご馳走と喧嘩は宴の良い肴だ。もっとやれ、もっとやれぇ〜!」

 

 

「萃香、煽るような言動は慎みなさい!せっかくの宴の席で何、火に油を注いでいるのですか!」

 

 

勇儀が精一杯、友好的に話しかけても、幽香の返事に親しみなど欠片とない。けんもほろろ、取り付く島もなく親交を深めるなど絶望的。さしもの勇儀も、これでは話をすることさえ叶わない。それどころか、外野にいた萃香が面白がって喧嘩を煽るような野次を飛ばす始末。苦労人気質な華扇は萃香の口を力ずくで塞ごうと奮闘している。困ったような顔で勇儀は、自身の主にして幽香の主である空亡に目線で『どうか、取り成してくれ』と語りかけるも、空亡は知らんといいたげに酒を呑む。

 

 

 

「心底くだらん。……華扇、このような些事に私を呼んで何のつもりだ?」

 

 

 

この人外たちの宴、それの発案者は鬼の四天王が一人、茨木童子こと茨木華扇であった。何故、華扇がこの宴を開いたのかというと話は、空亡が三鬼を殺し眷属にした所にまで遡る。空亡に立ち向かい撃退された三鬼たちは、死ぬことを許されず悪の覇道に墜とされた。結果、死ぬはずだった彼女らは悪神の眷属となり、現世に呼び戻される次第となった。しかし、空亡は眷属に求めるものはなく三鬼たちに

 

 

 

『好きにしろ』

 

 

と面倒そうに言い放った。その言葉を聞いて勇儀たちはこれからどうするか迷いに迷ったが、結局、空亡に従うことを決意し妖怪の山に住まうことになったのだ。だが、新参者である鬼たちと、前々から山に住んでいた天狗を筆頭とした妖怪たちとの抗争が勃発。山の勢力争いにまで発展した戦いは血で血を洗う凄まじいものになったとされる。空亡は退屈しのぎくらいにしか感じなかったが、一妖怪であるさとりが言うには『山の形が大きく変わってしまうほどの大規模な戦闘が一月絶え間なく続いた』と語っている。そうして妖怪の山の勢力争いの顛末は鬼たちの勝利で終わり、妖怪の山の頂点に君臨する種族は天狗から鬼へと交代された。これまで幅を効かせていた天狗たちの地位は鬼たちに取って代わられ、天狗たちは鬼たちの部下のようなモノになったという。

 

そして、妖怪の山を牛耳った鬼たちが次に行った事は、人妖に大きな衝撃を与えた。

強者、高位の妖怪たちが集まる妖怪の山に現れ、全ての敵を屈服させた鬼たちは、自分たちを空亡の配下、"天中殺・凶将百鬼陣"と名乗り始めたのである。

空亡は、知らぬ間に鬼どもが自分の配下であると言い出したことに対し、特に反応を示さなかった。しばらくして、鬼の四天王が一人、茨木華扇が空亡へ酒宴の誘いをしたのである。行く理由もないが断る理由もない空亡は、華扇の誘いに乗り、風見幽香や古明地さとりを連れて宴に参加したのだった。

 

 

 

「……ご慧眼、流石ですね」

 

 

「眷属の精神は私と繋がっている、貴様らの感情や思考が伝わるのも当然であろう。この宴に招待した理由が私に分からないとでも思ったか」

 

 

 

空亡の灼けつくような紅玉が華扇を映す。叡智と強大な力を秘めた瞳に見つめられ、華扇は無意識にゴクリと喉を鳴らした。相対するは、自分たち妖怪という"悪"程度では到底叶わない悪の極致。我こそは、この世全ての悪であると言わんばかりの不遜さと傲慢、それに見合う力を持つ絶対悪。空亡の凄まじいまでの覇気と偉大さに魅せられた華扇含む三鬼たちはあることを考え、この宴の席を用意したのだ。最初は空亡に言わず不意を突こうと思っていたが、最初から露見しているならば、是非も無し。

 

 

「重要な話は勿体つけて口にする方が重みを感じさせるものですが、空亡様はお好みにならないようですね。致し方ありません、それでは率直に本題を申し上げましょう。……百鬼空亡様、我ら鬼の一族に貴方と盃を交わすことをお許しくださりませんか!」

 

 

力のこもった華扇の話に同調するように、萃香、勇儀たちは真面目そうな顔をしたまま頭を下げた。メンツと誇り、力に全てを賭ける鬼の首魁級たちが頭を下げたのだ。この行為に裏付けられた意味は、額面上のそれとは比べようがないほどに重い。鬼の強い思いを含んだ懇願は……

 

 

 

「断る」

 

 

あっけなく、否定された。

 

 

 

 

空亡の否定の言葉を聞いて勇儀たちが最初に感じたことは、この方なら当然のことだろうという奇妙な理解だった。この世の悪は余すことなく我である、そう唱えた彼に配下は要らず仲間は創らず。味方を必要としない万夫不当の魔神。どれだけ頭を下げようと、勇儀たちには空亡が首を縦に振る想像が出来ない。それどころか、これ以上話を引きずれば再び空亡に殺し直されると確信を持って言える。しかし、死ぬとわかっていても大人しく引き下がるわけにはいかない。鬼たちが次に取る、あまりに脳筋な解決方法を誰よりも速く読み取った読心の玄人である古明地さとりは、逃げる算段を放り投げ何故自分はこんな目に遭うのかと頭を抱えた。

 

 

 

 

「……ならば、力ずくでも認めさせていただく」

 

 

さとりの読心した通りの宣言と共に鬼気迫る一声を響かせ、たった一人の百鬼夜行と呼ばれた鬼の四天王、伊吹萃香が戦いの構えを取る。勇儀、華扇もそれに倣うようにそれぞれ構え、空亡に対峙した。風向きが変わる、宴会場だった場は弛んだ空気を覇気と殺気によって引き締められる。ビリビリと振動するように震える大気、交わる視線と重なる殺気。ジリジリと互いを見つめあったまま、動きを止めていると

 

 

「こちらにおられますか、空亡様!!」

 

 

 

上空から急降下してきた乱入者の声で、殺伐としていた空気が霧散した。

 

 

 

 

突然現れた天狗の慌てようを見て三鬼たちは頭が冷え、空亡は直前までの闘争の空気が霧散したことで戦意を急速に萎えさせた。それを見ていた風見幽香は不機嫌そうにそっぽを向き、危うく巻き込まれる寸前だったさとりは命拾いしたことに対する安堵の息を吐く。さて、この場に乱入した天狗の少女、射命丸文。以前、空亡と多少、関わった彼女が何故にこの場に来たのか。

 

 

「……おい、天狗の娘。ここは悩みを聞かせるような場所ではないし、私も黙って悩みを聞いてやる趣味はない。……私を坊主か神主とでも思っているのか?悩みを押し付けたいならば神社でも寺でも行ってこい、面倒ごとを持ってくるな。戯け者」

 

 

「……いえ、それが今回は我々の問題に関する相談ではないんです。その、空亡様に会うと言って聞かない来訪者がいまして。どう対処すれば良いのかも分からず、長から空亡様へ直接お話を聞こうとした次第です」

 

 

「外から来た者?……私に意見を求めるということは、その来訪者とは天狗たちでは追いかえせない者。……いや、"追いかえし難い者"なのか」

 

 

 

「まさしく。……力ずくで追いかえせるのですが、その、下手に扱って良い者かと混迷しているんですよ。あの方をぞんざいに扱うというのは、いろいろと問題があるのでは、と」

 

 

 

誇り高い天狗たちが、扱いに困ると言うほどの存在。いったい、何者なのだろうかと空亡が興味を持ち始めたところで、凛とした雰囲気を漂わせ空亡に会うことを所望していた来訪者が登場した。

 

 

「失礼、話が纏まるような気配の見えぬため、不躾ながらも、ここで顔を出させてもらいます」

 

 

「ちょっと!私が話をつけてから出てきてくださいと申し上げたはずですが!」

 

 

 

慌て、焦りを混ぜた表情で射命丸文は、"緑髪"の少女を止めようとする。しかし、文の"待った"を意にも解さず少女はキビキビとキレの良い速度で空亡の元へ歩いていく。空亡に不用意に接近する未確認の者に警戒と敵意を持って三鬼と幽香が動こうとするが、空亡が目線だけでそれを制する。

 

 

「人ではないな。死後の世界の住人の気配だ。されとて、ただの亡者というわけでも無し。貴様、死神か?」

 

 

「いいえ、私はその死神を統率する者。死を裁く者。まぁ、死神であろうとなかろうと、どちらにしろ死後の世界の住人であるということには違いませんが。初めまして、妖怪の山の真なる支配者、百鬼空亡。私の名は"四季映姫・ヤマザナドゥ"。地獄にて死者を裁くお役目を務める者です」

 

 

「ヤマザナドゥ?……夜摩に、ザナドゥ(楽園)か?……はっ、地獄の管理をする閻魔の名に楽園とは。下手な冗談のつもりか?……何でもいいが、ここは死後の世界ではない。生者の生きる現世だ、領分を弁えてお引き取り願おう」

 

 

「……領分なら弁えているつもりです。本来であれば、私が現世に降り立つこともなかったでしょう。百鬼空亡、何故、私がこの場に現れたのか、そのわけがお分かりですか?」

 

 

「さてな。あいにく、咎められそうな事しかしていない」

 

 

「私が言っているのは、貴方の犯した悪行についてではありません。貴方が侵した理についてです。以前、貴方はある少女の魂に術をかけましたね。……それも、かなり強力で難解なものを」

 

 

 

四季映姫は、その身の丈に合わない大きく清廉な圧力を見に纏い空亡を睨みつける。

 

 

 

「……稗田の小娘のことか?」

 

 

「その通りです。もっとも、この件に関しては一概に貴方だけを責めるわけにはいきませんが、追及すべきところは追及させていただきます。……百鬼空亡、貴方の侵した領域は死と生の禁忌。生まれる者は産まれるところを定めてはならず、前世のあらゆるモノを欠片たりとも転生後に残してはならない。これは生命を持つ者たち全てが守ってきた掟。それを貴方と彼女は自らの都合だけで破ったのです!」

 

 

四季映姫は、死後を裁く者。死者を裁き正しく魂を生まれ変わらせることに尽力していた彼女からすれば、百鬼空亡が使った術と、その術をかけられることを望んだ稗田阿礼の両方は許し難い存在だ。だが、タチの悪いことに

 

 

「そうか。しかし、それは何という罪になるのだ?」

 

 

百鬼空亡が心底愉快そうに映姫に向かって笑いながら、問いかける。そう、現状の地獄の規律では魂の改竄に関する罪状が存在しないのである。仙人のように死神から逃げているわけでも無し。寿命に従って生を終え、地獄にて生前に犯した多少の悪行に対する償いを済ませてから転生を行う。ここまでで問題はない。あるのは、転生先が固定されていることに、前世の能力や仕草、嗜好などが多少、受け継がれることなど。反則ギリギリの行為には違いない。だが、最低限の掟は守られている上に、これらを裁く法が存在しないため映姫は手を出す事が出来ないのだ。

 

 

「……確かに、現状では貴方の施した術に対する処遇は制定されておりません。しかし、命の理を改竄したことは確固たる事実!今回は稗田家や貴方に対し手も足も出ませんが、これからは二度と稗田阿礼のような特例を認めませんから!!!」

 

 

 

凜然としていた映姫が徐々に怒りを抑えきれなくなったのか、少し声が大きくなり始めた。その後、大声を出したことを恥じるように顔をほんのりと赤くする。羞恥が薄れ、顔の朱が引いてきた辺りで映姫はコホンと軽く咳払いをして、場の空気を変えようとした。

 

 

 

「ふむ、私としては稗田阿礼に術を施したのは特例中の特例。絶対とは言い切れんが、今後は稗田のように魂に細工をすることは控えよう。……それで、今日、この場に現れたのは釘を刺すためだけか?」

 

 

「いいえ、ここまでの話は閻魔としての業務によるモノ。これから先は四季映姫個人としての警告です。百鬼空亡、貴方が稗田阿礼に施した術は地獄、天界、現世の誰にも解けず調べることが叶いませんでした。その類稀なる術を使えるだけではなく、貴方には神仏を物ともしない剛力を保持しています」

 

 

「……だから、どうした?」

 

 

「それだけの力を持っていながら、貴方はこの山から出ようとしない。いや、興味を示さない。貴方は気まぐれで人や妖怪に干渉して、それで終わりにしてしまう。自身の干渉した者にすら興味が薄いのです。貴方は関わりというモノを軽視し過ぎている。他にも自らが殺した神仏のことや、貴方を取り囲む全てに対し関心が向けられてない。きっと、この私のことも眼中にないのでしょうね」

 

 

「…………………」

 

 

「そう、百鬼空亡。貴方は少し無関心が過ぎる」

 

 

「無関心か…………」

 

 

空亡は映姫の話を聞いたが、想定していたよりショックが少ない。それも当然のことだろう、映姫の話した内容は漠然とだが常に百鬼空亡が感じていたことだったのだから。人類最終試練(ラスト・エンブリオ)としての生き方を放棄し、惰性で続けてきた生。興味、関心が無くなり、何の意味もないまま価値なき日々を過ごしてきた。

 

ーーー嗚呼、なんて無様ーーー

 

空亡は愚かな自身に向けて淡々と自嘲を行う。

 

 

 

「確かに貴様の言っていることは的を射ている。大した観察眼だ。流石、冥府の最高裁判官と言ったところか。しかし、無関心、興味が無いとは我ながら何と滑稽な話」

 

 

「貴方が何故、全てのものに興味を示さなくなったのかは知りません。だが、このままで良いとはいかないでしょう。貴方は関わりと絆に、もっと触れるべきです。……貴方には未知の魔術の知識がある。他にも貴方が持つ強力な力。それらを使わずに腐らせているのは、非常に惜しい。命の理に干渉し、神仏を蹴散らすほどの力。……そういった大いなる力には、それと見合う理由と意味があるはず。それは貴方の力にだって同じこと。為すべきことがあるゆえに、その力は貴方に宿ったのです。力の意味を理解し、為すべきことを為しなさい。それが貴方に積める善行よ」

 

 

「……覚えておこう。……しかし、貴様は警告と言ったが、これでは単なる説教だろう?まったく、要らぬ世話を焼く。いや、説法を説くのはお手の物か、"閻魔大王殿"?」

 

 

 

空亡は嘲笑うように映姫を大仰な名前で呼んだ。大王などという大げさな呼称を使われた映姫は苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。その後、映姫は空亡に対し更に説教を重ねようとするが、『自身の言うべきことは全て言い切った。これ以上は何を言っても蛇足にしかならない』と考え、黙って空亡の前から去っていった。こうして、四季映姫の説法は空亡の思考に僅かな変化を作ることとなったのだ。それが、この先どのような影響を与えるのか、今はまだ誰も知らぬこと。

 

 

だが、何処かの魔女が言ったように

 

 

『この世に偶然は無く、あるのは必然だけ』

 

 

 

この言葉をそのまま吞み込むならば、四季映姫と百鬼空亡の出会いは必然。この出会いより派生する事象もまた、必ず起こるべくして起こる事象なのやもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

四季映姫が去った後、人外たちの宴会は自然にお流れとなり、集まった者たちは帰っていく。鬼たちが開いた宴会は終わり、凍るほどの沈黙に世界が染まる。死んだように音の無い場で空亡は悠然と酒を口にした。顔をしかめ不機嫌そうに酒を飲んで、己の思考に没頭したまま無言で盃を傾ける。空亡が考えていることは、かつて諦めた絶対悪を掲げることについて。自身は人類の未来を諦め、絶対悪を掲げることから逃れた未熟者。そう言って目を背けるのは容易だ。背負うべき宿業に目を向けず、無為に生を貪る。ああ、なんてくだらないことか。四季映姫は力の責任を果たせ、と説いた。再び、己が絶対悪旗を背負うことはあるのか。もしも、背負うことを決めた自身は重なる罪業の重圧、望まぬ勝利、見果てぬ最期の戦いまでの幾星霜の時間に耐え切れるのか。

 

 

 

 

 

 

人知神智を凌駕した頭脳を持つ百鬼空亡ですら、こういった疑問に答えを出せない。纏まらない思考を洗い流そうと空亡は空になった盃に酒を注ごうとするが、酒瓶を取る寸前に空間の波紋を感じた。何も無い虚空に切れ目が入る、いいや切れ目というより亀裂、より正確に呼ぶならば……"隙間"。空間にスキマを生じさせ、そこから出ずる者を空亡は知っていた。いや、覚えていた。空間に空いたスキマから、金糸のような髪を持つ女が現れる。その女こそ、悪神の一番弟子にしてスキマに潜む神出鬼没。姓は八雲、名は紫。彼女は妖怪にとっても長いと感じるほどの年月を経て、再び己が師匠と敬う悪神の元に参上した。数百年ぶりに現れた紫は洒落た帽子を頭にのせ、月夜に日傘を開き悠悠とスキマをくぐってきた。スキマから出てきた紫は、心象の読み辛い笑顔を浮かべ空亡へ再会の礼を行った。

 

 

 

「……お久しぶりと存じます。我が師よ。一番弟子、八雲紫。まかりこしてございます」

 

 

「ふん、貴様か。もう生涯、会うことは無かろうと思っていたが、こうして再びその顔を見ることになろうとは。この縁……複雑怪奇と言うべきか」

 

 

「ふふふっ、それを言うなら合縁奇縁と呼ぶべきでしょう?」

 

 

「その減らず口。確かに紫のようだな」

 

 

「ええ、私は貴方の可愛い一番弟子、八雲紫でございますよ」

 

 

「可愛いだと?その物言いはよせ、気色悪い。しばらく会わぬうちに脳髄を腐らせたか?本気で言っているのなら、今すぐにでも頭蓋を叩き割って中身を替えてこい」

 

 

空亡のいっそ、冷淡との見える発言を聞いた紫は扇子を広げて楽しそうに笑う。

 

 

「その辛辣さ、変わらずのようで懐かしいですわ。貴方は変わりませんね、"師匠"。いえ、今はこう呼ぶべきでしょうか。"百鬼空亡"様?」

 

 

「昔も言ったが好きに呼べ、その名は便宜上名乗っているにすぎん」

 

 

「あら、そうだったのですか。てっきり、本当の名前かと思ったのですが」

 

 

「………………世間話に興じるほど、私は付き合いが良くは無い。本題に移れ。まさか、このような世間話をするためだけに、私の元を訪れたわけでは無かろう?」

 

 

唐突に空亡は紫に向けて、ここに来た目的を話せと命じる。いとも容易く自分がここに訪れた真意を暴かれた紫は開いた扇子で口を隠しながら、崩れそうになる落ち着いた表情をどうにか保つ。そして、自分のペースに乗せようと冗談交じりのセリフを口に出すも

 

 

「師匠思いな弟子が、師匠の顔を見に来たとは思いませんか?」

 

 

「貴様がそんな殊勝な態度を取るとは考えにくいが?」

 

 

 

あっさりと流されてしまった。空亡の傍若無人とさえ言えるような不遜の態度。八雲紫にとって、己が師は唯我独尊を体現した男だった。何者にも負けず、退かず、媚びない。加えて如何なる者でも太刀打ち出来ない知識の深さ。圧倒的な強さと叡智から来る自信。周囲に迎合するのではなく、周囲が彼に合わせざるを得ない覇気。幼き頃、気まぐれで鍛えられた紫にとって師匠、百鬼空亡は絶対的、捕食者であった。彼の気まぐれで自分は生かされている、という生殺与奪を握られた被食者の自分。この関係は師弟というより弱肉強食のヒエラルキーに基づいたものだ。いつ、殺されてもおかしく無い状況。死と隣あわせな環境で紫が、空亡に対して抱いていた感情は何か。それは、純粋な憧れであった。妖怪という者はどうしようもないくらいに強者に惹かれる存在。自身の上に圧倒的強者として君臨する百鬼空亡に対し、恐怖よりも強く抱いた感情は自分も師と同じ領域に立ちたいという透き通るほどに真っ直ぐな強さの渇望。八雲紫にとって、理想の強者は己が師以外に存在しないと断言出来る。話が長くなってしまった。つまり、何が言いたいのかというと、百鬼空亡を相手に本心や真意を隠せるという考えは間違いだったということだ。

 

 

 

力にしても、智謀にしても紫を圧倒的に上回る怪物。加えて"天中殺・凶将百鬼陣"と呼ばれる鬼や天狗といった妖怪たちの軍勢を下僕とするカリスマ。恐ろしいという表現ですら、彼の本質を言い表すには不足している。いくら、彼の弟子とはいえ、まだまだ自分は未熟な半人前。そんな自身が行う偽りや欺きは通用するはずもない。紫は空亡を見据えて、自分がここへ来た真実を今こそ告げる。

 

 

 

「師匠、私は山の外へと旅をしました。山の外では知っていても初めて見るモノばかり。この旅で得たモノは、私の血肉となり力へと変わったのです。……でも、旅先で私は数える程度ですが、見てきました」

 

 

「……………………」

 

 

 

紫の独白に対し、無言で話を続けるよう促す。

 

 

「人ならざる者が人を友とし、ただの人間が人外を愛する。そんなモノを見てきました」

 

 

「……人と妖の絆か、愚かな。人と妖は絶対に交わらない、人は妖を恐れる他なく、妖は人に恐れられねば存在すら確立しない。この原則が崩れることは、すなわち人か妖、どちらかの絶滅を意味する。何だ、そんな当たり前なことに心を動かされてきたのか?」

 

 

 

 

「はい、その通りです」

 

 

空亡の問いかけに、紫は疚しさを見せない毅然とした回答を返す。

迷いなき解答、芯のある意思、変わらぬ理想。

 

 

「紫、貴様は夢を見ているのか……」

 

 

「はい。……しかし、この夢を微睡みの幻で終わらせる気はございません。夢を夢のまま消しはしない、この夢は必ず真にしてみせます」

 

 

 

 

「そうか……では、聞こう。我が弟子にして、スキマに潜む境界の妖怪、八雲紫。貴様が真にすると吠えた夢(理想)とは何ぞや?」

 

 

 

最凶災厄を体現する悪神の問い、発せられた言葉からは圧砕されると錯覚しかねない覇気が感じられる。もしも、紫が応える問いかけの解答が悪神の期待はずれなら、その場で命を奪われてもおかしくない。……決して短くない沈黙、逡巡の時を終えた紫は覚悟を決め、空亡に対し己が理想を口に出す。それは叶うことなき理想、届くはずなき夢。

 

 

 

 

 

「…………妖怪、精霊、神。ありとあらゆる人外が人と共存する理想郷を創ることです」

 

 

 

 

たった一人の愚か者が、果てなき夢へ手を伸ばした。

 

 

 

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