絶対悪・暴虐のアジ=ダカーハ   作:悪事

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非常に長々と書き上げてしまったので、この話は次話に続きます。
今回も独自解釈がありますが、暖かな目で読んでもらえれば幸いです。


幻想郷、創生秘話[其の惨]

月には古来より摩訶不思議な力があるとされてきた。人に神秘的な能力を授けるものから、人を狂気に堕とすというものまで。事実、地球上の潮の満ち引きには月の引力が大きく関係し、嫌が応にも月という巨大な存在のスケールを認識させる。そんな月に人が足を踏み込むのは、20世紀のこと。しかし、人類が月面着陸を果たす以前に、月へと移住したものたちがいる。その事実を知る者は少なく、人間よりも遥かに長寿な妖怪ですら月に暮らす者たちのことを知る者は少ない。数少ない真実を知る者たちは月人が住まう月の都について、人や妖怪たちに対し沈黙を守っていた。

そういった沈黙には、それぞれの損得勘定が関係している。神や妖怪、仙人たちは遥か彼方の宙へ旅だった者たちを人が知れば、畏れや信仰を奪われると恐怖し"月の都"に触れることを禁止する暗黙の了解を定めた。暗黙の了解を破りし者は例え神や仏、妖怪仙人であろうと全勢力の暴力を以って殲滅すると互いを牽制し、数千年にわたって月の都に関する話題や事件は封印されてきた。

 

 

ーーーーある者らが暗黙の禁忌を破るまではーーーー

 

 

 

 

 

 

 

Side八雲紫

 

 

幻想郷の外と内を区切る結界が起動してから早数年。人間からすれば長いと感じる期間も、人ならざる者たちにとっては年を数百回程度繰り返したに過ぎないといった感覚だ。スキマに潜む妖怪、八雲紫は己の住居である"マヨイガ"の縁側でお茶を口にする。妖怪と人間の共存、それを実現するという理想郷の創造は、出来る前よりも出来た後の仕事の方が困難だった。妖怪を過剰に恐れる人間たちが、温厚または無力な妖怪へ危害を加えたり、外から来た妖怪が人里に住まう人間を皆殺しにしかけたりと幻想郷は凄まじい混沌の(てい)を為していた。元々、幻想郷とは人が妖怪を畏れつつも妖怪と平穏に暮らすことを目的としている。妖怪は人の畏れがなければ、存在を保てない。しかし、過度な畏れは人と妖怪の関係に甚大な亀裂をつくる。

 

 

 

「というわけで何か妙案はございませんか」

 

 

「何が『というわけで』だ。バカモノ」

 

 

 

マヨイガの縁側、紫の横であぐらをかきながら、不愉快げに茶を飲む青年。彼こそ幻想郷の創設に貢献した者の一人、妖怪の山の真の支配者。悪名高き"天中殺・凶将百鬼陣"が主。人や妖怪は畏敬や恐怖、憧憬を籠め"百鬼空亡"の名を口にする。

 

 

"妖怪の賢者"と評される紫と、人妖問わず恐れられている百鬼空亡。この二人が縁側で並びお茶を飲んでいるなど、普通では考えられない光景。しかし、彼らは遥か昔に師弟だった過去があり、今も良好な関係を続けている。現在も紫は妖怪と人の現状についての相談を行っていた。外の時代に変化が起き、妖怪や神の畏れが緩やかではあるが徐々に減少傾向にある。そうした影響からか、幻想郷に元々住んでいた人間よりも外からやってくる妖怪の数が上回る事態に。ゆえに紫は増えすぎた妖怪たちとの均衡を保つべく、外の世界から人間を神隠しさせている。けれど、増えすぎた妖怪たちがいなくなるわけでもなく、根本的な解決には至っていないのだ。

 

 

「大変そうねぇ、紫。…………何か、ばーんって解決策はないの。空亡〜」

 

 

 

そして、紫と空亡の正面をふわふわと漂う美しくも儚い女性。彼女は冥界の管理を行っている亡霊姫、"西行寺幽々子"。幽々子は縁側の上を浮遊しており、空中でお茶と茶菓子を器用に口に運んでいる。よくもまぁ、浮かびながら飲食ができるものだ。

 

 

「面倒ごとの始末を私に押し付けるな。大体、妖怪どもが大量に幻想郷に流入してきたなら、多少間引いてしまえば良かろうが。くだらん雑事に私を煩わせるとは……よほど命が惜しくないと見える」

 

 

「間引くって過激ねぇ〜。でも、案外いい考えかも。フフフ、紫。いざという時は私を呼んでね。私の"死へ誘う程度の能力"なら手短に穏便に済むわよ〜」

 

 

「殺している時点で穏便に済んでいないだろうが。ーーーむっ、幽々子。それは私の茶菓子だ、勝手に食らうな。この暴食亡霊」

 

 

「ええ〜、だって空亡ったら、全然お茶菓子に手をつけないんだもの。だったら、私が食べてもいいでしょう?」

 

 

 

空亡と幽々子が、のほほんと妖怪たちを殺す前提で話を進めていることに紫は苦笑を零す。空亡も幽々子も紫の長年の付き合いだが、両者ともに思考の傾向で似通っている部分があるらしい。

 

 

ーーー主に天然の度合いがーーー

 

 

空亡が紫の考えていることを察知したのか、貫くような攻撃的視線が紫へ向けられた。普通の妖怪、もしくは大妖怪でも失神するほどの睨みつけ。けれど、空亡と長き付き合いの紫は、彼の不満げな目線を向けられても怪しげな笑みを崩さない。やがて、空亡はこれ以上は無駄と判断したのか、荒れきった態度を消し再び湯のみに口をつけた。

 

 

 

「……妖怪たちが増加傾向にあるのは、外の世界で人々に忘れ去られたからか。神や妖怪などが人に畏れ崇められることも無くなり、人が人の世を動かす時代が始まる。すべからく、自然の成り行き。こればかりは神や仏がひっくり返ってもどうにもならん。ーーー人外が幅を効かせてきた神代の時代も幕を閉じる、あっけないものだ」

 

 

「他人事のように…………と言っても事実、他人事ゆえに空亡様は気楽ですわね。私なんて、忘れ去られ幻想郷に流れてきた妖怪たちを、どうするかで頭を悩ませているというのに」

 

 

「本当に大変そうねぇ。紫、最近は私のところに、ちっともこないんだもの。退屈だわぁ〜」

 

 

「あの庭師はどうなのだ。話相手くらいにはなるだろうに」

 

 

「妖忌は真面目すぎるのよ。私がうっかり冗談をいえば本気にしちゃうから。この間も夜雀の八目鰻が食べたいって言ったら、本当に夜雀を捕まえてきちゃったんだから」

 

 

 

ウフフ〜と幽々子は笑っているが、唐突に半人半霊に捕獲されて冥界へ連れていかれた夜雀"ミスティア・ローレライ"のその時の錯乱ぶりは幽々子が語るような、のほほんとした状況ではなかった。されど、ミスティアが冥界の西行寺邸で八目鰻の蒲焼きをしっかりと作った辺りは肝が座っていると感心したものだ。ちなみに、その時は紫も西行寺邸におり八目鰻の蒲焼きを堪能した。

 

 

「夜雀の八目鰻?妖怪どもが美味いとか噂していたな、ふむ気が向けば足を運んでみるか」

 

 

「その夜雀、仰天して八目鰻どころではなくなるのでは?」

 

 

 

紫の正論な発言に空亡は黙してマヨイガの庭に視線を向ける。実際、空亡の噂は凄まじい悪評となっており目が合えば命を奪われ、遭遇すれば殺される、という世紀末覇者並みの悪評が立っているのだ。畏れさせる側の妖怪たちですら、尋常ではないほどに空亡を畏れ崇めている。空亡本人は悪評に対して、特に目立った反応や対応をしていないので、雪だるまのように着々と悪評が誇張されつつ広まっている始末。

 

 

「……仕方ないか。夜雀のことはさておき、増え過ぎた妖怪どもの話に戻ろう」

 

 

「はい、幻想郷は人外と人間の共存を謳っています。よって、人にも妖怪にも等しい待遇にしなくてなりません。幻想郷の管理者である者が露骨に妖怪を冷遇すれば、幻想郷は破綻するでしょう」

 

 

「妖怪と人はその構造や強度が異なる。脆弱な人ならばいざ知らず、妖怪どもなら少しばかり手荒く扱っても問題なかろう」

 

 

「問題があるから困っているんです」

 

 

「このお菓子、美味しいわぁ〜」

 

 

真面目な話をしている横で幽々子は、のうのうと菓子に舌鼓を打っている。おかげで緊張感が薄れ、どうにも議論に熱が籠もらない。……もしかすると熱が入るうちに空亡と口論になるおそれを幽々子は肌で感じ、その事態を避けるために暢気な態度でいてくれるのかもしれない。ちょうどいい具合に頭が冷え、紫は空亡と談論を続ける。

 

 

「私は貴様に手を下せと言っているわけではない。ことは幻想郷内だけでどうこうしようという前提に間違いがある」

 

 

「外様の者に事態の収拾を任せると?……まさか、幻想郷の外にいる神や妖怪たちへけしかけるおつもりですか。そんなことすれば、日本全国が敵にまわり幻想郷は」

 

 

「早まるな、最後まで話を聞け。日本中が敵に回ろうなど、どうでもいいが。しかし、もっと具合のいい敵手がいる。もう既に何千年も我らの頭上にいる者たちがな」

 

 

「「頭上?」」

 

 

紫と幽々子の疑問の声が重なる。空亡が語りし頭上にいる者、しかして神に非ず。遥か太古の時代より生きる悪神をして昔と表現するほど過去に宇宙へ昇った者たち。月に都を建てた不死なる月人。神や妖怪たちが触れることを禁じてきた領域。悪神がかつて滅ぼしかけた者どもの都。幻想郷の民は天高き月へと手を伸ばす。

 

 

 

ーーー斯くして"第一次月面戦争"の開戦は厳かに定められたーーー

 

 

 

 

 

 

Side西行寺幽々子

 

 

幽々子は、百鬼空亡のことを良き友人と捉えている。あまり昔のことは記憶になく、唯一記憶に残っていた紫も良き友人と思っているが、幽々子の頭の中にある紫と空亡へ対しての友人関係は奇妙なものだ。幽々子いわく紫は何でも話せる親友で、空亡は何を語らずとも良い親友。だが、紫は幽々子が空亡のことを呼び捨てにした時は必死で空亡に謝罪をしたり、妖忌は空亡に会うたびに刀へ手を伸ばしている。幽々子からすれば、そこまで過剰に恐れるべきなのかとさえ考えてしまう。

 

 

幽々子とてバカではない。百鬼空亡が放つ覇気と重圧には気がついているし、彼の冷たい眼の光は重々承知している。だが、幽々子は百鬼空亡のことを恐れることはなかった。単純に亡霊であるから、という理由が一因であることは否めない。しかし、言葉には出来ないが空亡を信じるに足る要因があるような気がするのだ。それが何かはわからない、けれど幽々子はそれで良いとも思っている。

 

 

 

 

さて、話を変えるが。空亡と紫の談合が終わってはや数日。ひと月の半ばに差し掛かる辺り、雲ひとつない月夜の晩。西行寺幽々子および八雲紫と、その背後に控える多数の妖怪たちは大きな湖畔の淵に集まっていた。そう、月がもっとも満ちる夜、湖畔に映る月を利用することで空に浮かぶ月へと私たちは向かう………らしい。紫が出来ると言っているのだから、出来るとは思っている。月は風流に楽しみ酒の肴にするもの、少なからず月を戦場にするという空亡の案には物申したいところもある。だが、紫の苦労がこれで無くなるというなら是非もない。それに月という場所がどのようなところなのか、幽々子は興味があった。

 

 

 

 

 

「それでは、皆々様方。ーーー参りましょう、あの彼方に浮かぶ月の都へ」

 

 

紫の一言で騒いでいた妖怪たちが湖を囲む。どの妖怪たちも角や牙、多頭に他腕、果てには尻尾のあるものまで。ここには人に仇を成し畏れを得てきた悪党しかいない。幻想郷の統治において不要とも呼べる者たち。今回の月面戦争における敵とは遥かな過去の時代に月へ昇った超科学を用いる月人。空亡いわく『過去ですら月への永住を叶えた文明だ、今ではどんな馬鹿げた科学に至っているか』という高評価。褒めるということの少ない空亡が高い評価を出したのだ。今回の月面戦争はこちらが不利であることに疑念はない、だが妖怪たちを間引きするという目的の上でこれほどに好都合なことはない。

 

 

「まだか、まだか、まだか。おいおい、せっかくの出入りだ。ここはひとつ、ド派手に行こうじゃないか!!」

 

 

「そうだな〜、こんな月が綺麗な夜に月へ喧嘩しに行くんだ。最高に楽しみだなぁ〜」

 

 

「……二人とも。楽しむのは結構ですが、空亡様の命じたことを忘れないよう」

 

 

 

妖怪たちの中で一際に目を引く存在、そこには三体の鬼がいた。それぞれが凄まじい圧力と気配を纏い、瞳を煌々と輝かせ悪神が眷属である鬼神たちは今か今かと開戦を待ち望む。喧しいぐらいに騒ぎ、戦前というに彼女らからは何の気負いも恐怖もない。そこにあるのは戦場を存分に"楽しむ"という気狂いの思考回路。それが馬鹿騒ぎをしているにも関わらず、彼女らの求心力が損なわれない理由だろう。

 

 

悪の覇道に集いし三体の鬼神。茨木華扇、星熊勇儀、伊吹萃香。各々が一騎当千いや万にも億にも匹敵する怪物たち。されど、反対側の湖畔には沈黙を以て強者の風格を表す怪物がいた。灼光を放つ瞳に翡翠のごとき艶やかな髪。そして、手には日傘を持って嗜虐的な笑う絶世の美女。その美貌に反する悼ましいほどの殺気。周囲にはそこにだけ妖怪たちが踏み込まない危険地帯が出来ている。

 

 

「………………全く騒々しいことこの上ないわね。我が主が始末を命じてくだされば、今すぐにでも殺せるのに。いっそ、月で偶然ということにして殺しましょうか」

 

 

無言でいたのに、口を開けば物騒な台詞を吐き捨てる。この姿を見れば百年の恋も冷めて薄れるに違いない。悪神が覇道に見出されし華の眷属、風見幽香に恐れなし。

 

 

 

 

有象無象の中に紛れて立つ怪物そのものとしか形容出来ないものども。これらを纏めて月へ進軍する紫の苦労にも察しがつく。西行寺邸の留守は妖忌がいてくれているが、空亡がついてこないことには不安が残る。彼は何故月へ同行しないのか。幽々子が、あーでもないこーでもないと考えているうち、紫が湖面に能力を使用する。虚と実の境界に干渉し湖畔に映る偽りの月は今宵限りではあるが、真の月に繋がったのだ。

 

 

ーーー今宵始まる月と妖たちの一晩戦争、開戦の号砲はなく宣戦布告もないーーー

 

 

ーーーただ静かに戦の幕は切って落とされるーーー

 

 

「さぁ、紫。一緒に行きましょう。あの月へと」

 

 

 

 

 

 

 

 

Side風見幽香

 

 

風見幽香は悪神が眷属である。脆弱なる身に彼の血脈を賜り華の眷属として新生を果たした。彼女にとって空亡の言葉は絶対だ。それは眷属と主人という主従関係のみに根ざしたものではなく、百鬼空亡が幽香にとっての理想であるがゆえ。孤高の強さ、悪の覇道に魅せられた風見幽香には百鬼空亡こそが最強の存在なのだ。

 

 

その絶対主が月へ行くことを命じた。久方ぶりの騒乱、ああ何と喜ばしいことか。………そこで馬鹿騒ぎをしている鬼がいなければ。幽香にとって鬼とは空亡の絶対性を曇らせる不純物という印象だ。空亡の強さは孤高であるがこそ。徒党を組み己らを"天中殺凶将百鬼陣"などと吠え、空亡に群がろうとする。それは許し難いものだ。

 

 

かといって、鬼どもを仕留めるには大義名分がない。主もそれは所望でない。

 

 

ならば、今は生かしておく。だが、いずれ必ずや命を貰い受ける。そして、最初の戦闘で味わった屈辱を倍にして返上する。それが悪神の眷属としての誓い。

 

 

 

 

八雲紫が用いた能力で湖畔がまばゆい光を放つ。水に映った虚栄の月は真の月として顕彰した。鬼どもや有象無象の妖怪たちが品なく我先にと湖へ飛び込む。あらかたの妖怪たちが湖へ潜ったところで、幽香は静かに湖面へ足を乗せ"月"へと旅立った。

 

 

 

 

 

辿り着いた先は不毛の荒野。虚無に包まれた空っぽの世界。地に足をつけている感覚がなく心なしか浮いているようにさえ感じる。妖怪たちは呼吸によって生命活動を維持しているわけではないため、空気がなくとも問題はない。それとどうでもいいが我々をこの場に連れてきた八雲紫と亡霊の姿が見えない。あと他に、この場において重要なのは、宣戦布告なしの言わば奇襲で月にやってきたというのに妖怪の軍勢の目前には月の軍が対していたことだ。

 

 

その軍勢たち全てに共通するのは頭頂部付近にウサギの耳のようなものが生えている点。総じて統一された武装を身につけ、耳が飛び出る形の防具として意味を為していないヘルメットを被り、月のウサギたちは戦意を滾らせて妖怪たちと対峙した。

 

 

「(はぁ、これが月かよ。全くもって殺風景なこって……ん、声が出てない?)」

 

 

「(声が聞こえない、いや音が存在しないということですか)」

 

 

「(声が出せない、困ったな。これじゃ口上の一つもあげられないじゃないか)」

 

 

 

妖怪たちも地上とは異なる月の環境に慌てふためている。鬼の三体も同様に訳がわからないという表情だ。無様な、音がない、不毛の荒野?それがどうした。こちらはそんな無駄なことに煩う暇はない。ただ、主より頂きし"存分に暴れてこい"という命令を忠実に遂行するだけなのだから。

 

 

 

混乱する妖怪たちを後方より蹴散らし、幽香は月の軍勢へと突撃した。月の軍勢たちは一人で無謀に突進する愚かな地上の穢れを処分すべく手に持つライフルや弓を幽香目がけて掃射する。それも点ではなく面に。隙間を徹底的に無くす訓練によって培われた制圧射撃。普通の妖怪なら一片すら残さぬ銃撃。だが、相手は訓練や修行で力を身につけるのではなくスペックで敵を蹂躙する怪物。進んだ技術によって平和ボケした月人たちからすれば相手が悪かった。

 

 

 

風見幽香は空亡より直接、血を授かった第一世代の眷属。その霊格は凡百の神格に勝るとも劣らない。言わんや神格を持たぬウサギの群れごときに遅れを取るはずがない。遙かに進んだ技術?絶えず進歩し続ける文明?知らぬ存ぜぬ、かの悪神が"そんなもの"に劣るはずがないだろうが。

 

 

 

 

 

銃撃の弾幕をすり抜け、月人の軍勢のど真ん中へと降り立つ。足が月面に触れた瞬間、大気すら存在しない宇宙空間に死の華が咲く。周辺にいるウサギどもの肉を捕食する凶悪な食肉植物。幽香の咲かせた花は月人の肉を喰らい禍々しく咲き誇る。その姿に興奮したのか、有象無象の妖怪たちも月の軍勢へと立ち向かう。三体の鬼神も雄叫びをあげ月人たちを我先にと千切り砕き引き裂いた。肉体の基礎性能が根本から異なる怪物たち、月のウサギたちは悲鳴と慟哭をあげて肉片へと変えられていく。血飛沫が舞う、砕けた骨の残骸が粉雪のように宇宙空間に散りゆく。

 

 

「(アッハハハッハーー!!!!脆い脆い!!そらそら、月人どもが気合い入れろよ!!)」

 

 

勇儀の剛腕が月面にクレーターを刻む。クレーター発生の衝撃で数人の月人たちの四肢が持っていかれた。勇儀の剛腕を直接受けた者に関しては原型どころか影も形もない始末。怪力乱神の剛力から繰り出される拳は、何の異能も付与されていないシンプルな力。しかし、シンプルすぎるがゆえ攻略方法は、それ以上の腕力しか存在しない。

 

 

「(こんなもんかよぉー!!こんなんじゃ、酒のつまみにもなんねぇぞ!!数があればいいってもんじゃねぇぇんだよ。もっと強い奴をよこしやがれぇぇぇ!!!)」

 

 

数百いやそれ以上の分体をもって多数で挑む月人を逆に数で圧倒する萃香。その分体の一体一体が一騎当千を誇るバケモノ。疎と密を操る能力によって生み出された分身はウサギたちの反撃をモノともしない。そう、単騎で百鬼夜行に匹敵する鬼神が戦場を席巻する。

 

 

「(雑兵には用はなし!!!大将首を持ってきなさい!!!!)」

 

 

普段は冷静さをもって鬼たちの留め具役を果たしている華扇も戦場の狂気に当てられたか、笑いながらウサギたちを弑逆する。右はかつて人に奪われ、左の隻腕しか残されていない。されど、そのたった一本の隻腕が恐ろしいほどの速度と質量によって、断頭台の刃へと変化する。

 

 

 

 

 

音は聴こえないものの、あの三馬鹿鬼は相当に狂喜しているようだ。ウサギたち一人一人は弱兵。しかし、幻想郷勢の戦況は劣勢、優勢を誇っているのは百鬼空亡の眷属のみのようだ。大半の妖怪どもは月人たちの息が合った連携で少しずつ処理されていく。おそらく月人も相当数倒した、けれど月人たちは倒しても倒しても一向に数の減ることがない。苛立った幽香は敵を圧倒すべく、己の最強の技をもって月人たちへ己が誰の眷属かを知らしめる。

 

 

 

 

「(……マスター・スパーク)」

 

 

 

死の輝閃が月に満ち、不毛の月面が焦土へと変貌した。見よ、これこそ悪神が眷属の力。烏合の衆の妖怪たちが斃されていく中、悪神の眷属たちは逆に月人どもを蹴散らし屠る。両陣営、被害は今の所は同数程度。月のウサギと地上の軍勢はどちらも共に一歩として譲らず、第一次月面戦争の天秤はどちらにも傾かないまま均等に揺れ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

Side八雲紫

 

 

湖に映る月影を用いて月の都への侵攻を行った幻想郷勢。この第一次月面戦争において月の都に対する企みは微塵もなく、真の目的は幻想郷で増えすぎた妖怪たちを減少させることにあった。その企みの首謀者、八雲紫は親友である西行寺幽々子と共に月へと向かう。だが、彼女たちが出現した地点は月面という表側ではなく、月の内側にある月の都へと直接転移していたのだ。

 

 

 

 

ーーー降り立った場所、そこは楽園だったーーー

 

 

 

どの四季にも当てはまらないような快適な気候。空は宇宙空間の闇が広がるが、人工的に作られた暖かな光が優しく草原を照らす。その草原のあちらこちらには瑞々しい桃が実った木々が。大気は清涼さを如実に感じさせた。総じて評するなら素晴らしい光景だ。一度でも見れば、永劫に忘れることの出来ぬ美しさ。紫と幽々子は唐突に現れた場の雰囲気に圧倒される。そんな彼女たちの背後より近づく二つの人影があった。

 

 

 

不意に接近する気配に紫たちは振り向く。振り向いた紫と幽々子の前に立っていたのは二人の美しき女性。その美貌は異なる種類であれど、あらゆる者が見惚れる段階に達している。

 

 

 

「初めまして、地上からの侵略者。いつの日か、あなた方のような者が訪れることは想像していましたが、あれほどの武力の持ち主たちがいるとは。所詮、想定は想定ということですか。……何にせよ、お引き取り願いましょう。ここは月の都、浄土なり。穢れに満ちた地上の者が訪れて良い場所ではない」

 

 

「浄土?ならば、ここは死後の世界か何かかしら?」

 

 

「愚かな、死に囚われるのは地上の者だけ。地上の死に穢れた貴様らと、穢れの浄化された月に住む我々を一緒にするな。大人しく地上に戻らぬというなら、強制的に地上へ堕としてくれる」

 

 

 

月の都へと無許可で侵入したことで心証は悪くなっていると考えていたが、想定を越えていた。月の住民は最初から地上の住民を嫌っている。………交渉の余地はないか。なるべく穏便にしたかったがしょうがない。とにかく、この二人を迅速に倒して幻想郷へ帰還する。おそらく、他の妖怪たちは異なる場所にいるだろうから、そちらの回収もしなくては。敵もおそらく手練れ。普通なら一筋縄でいかない存在だろうが、こちらには幽々子がいる。こと"殺戮"という限定をするならば、悪神より最も優れた異能であると太鼓判を受けた幽々子の"死に誘う程度の能力"。更に自身の援護があれば、"百鬼空亡"クラスの敵でない限り必ず仕留められる。

 

この二人、自分たちよりも強いとわかるが、その程度では不足だ。真の強者は底知れない、理解が出来ない、届かない。それが八雲紫の定義付ける本当の強さというもの。この二人には"底の見えない深淵"のごとき強さが欠けている。

 

 

「私は綿月豊姫、そして、こちらが」

 

 

「綿月依姫、私たちの名だ。名乗りを返すがいい、地上の者は最低限の礼すら持ちあわせていないのか?」

 

 

 

「……これは失礼、月の進んでいる文明にも礼儀は存在したのですね。私は幻想郷に住まうスキマ妖怪、八雲紫。そして、私の最高の友人である」

 

 

「冥界の管理を預かりし亡霊、西行寺幽々子よ」

 

 

 

幽々子の返答が引き金となって戦闘は始まる。最初、紫たちへ突っ込んでくる依姫、背後では扇を広げ佇む豊姫。たった一人で二人を相手取ろうとする絶大な自信、やはり一筋縄ではいかない相手か。紫は懐より多数の呪符を投擲、投げられた呪符は全てが直線軌道で依姫へ迫る。依姫は刀を抜刀し居合切りを行う。紫の攻撃は依姫の一刀に斬り祓われた、だが呪符が地に接触した瞬間にサイレンのごとく明滅する。依姫はしまったという顔で退避しようとするが、一歩遅い。

 

轟く爆音。

 

 

呪符の悉くが起爆、依姫は爆風に飲まれ粉塵が舞う。背後にいた豊姫は依姫の安否について心配する素振りすら見せない。絶対的な信頼、無条件の信用。事実として煙が晴れた先には無傷同然の依姫がいた。無傷というのは驚きだが、本命は幽々子の能力による攻撃。桜色の蝶が飛ぶ、この蝶こそ西行寺幽々子の異能の結晶。形為す死の具現に他ならない。この蝶が触れれば、生物に類する者や獣の命を、摘み取るように奪えるのだ。爆発に気をとられたのか、接近する蝶に気づかず、依姫の体に蝶が触れた。一匹、二匹と蝶が依姫にとまり続けていく。全ての生物を死に至らしめる幽々子の能力、だが依姫はとまった蝶の異能に対し何の反応もしない。幽々子の能力が効いていないのか!?

 

 

 

「…………なるほど、穢れを用いて命を奪う算段でしたか。ーーーーこの程度で私を、姉を斃す気だったとは。ーーーー甘い!!!」

 

 

依姫の一喝と同時に彼女が持っていた剣が大地へ突き立てられる。その動作を呼び水として、地より数多の剣群が飛び出る。幽々子と紫は負傷覚悟で剣の檻から脱出しようと試みるが。

 

 

「……なっ!?幽々子、待って!」

 

 

「ふぇ?!……どうしたの、紫。貴方がそんなに慌てるなんて?」

 

 

「この剣群、何らかの神気を帯びている。触れてしまえば妖怪や亡霊の私たちに、どんな影響を及ぼすか」

 

 

「その判断は的を射ているわ。この剣こそは女神を封じる祇園様の力、動いても構わないよ、その代わり祇園様のお怒りに触れることになるだろうけど」

 

 

 

祇園様とは神須佐能袁命(スサノオノミコト)のことを指す。しかし、それが剣群の召喚と何の関係を持つのか。それはスサノオが日本で最初に詠んだ和歌に大きく起因する。

 

 

"八雲立つ、出雲八重垣、妻ごみに、八重垣作る その八重垣を"

 

 

妻がため創りだした八重垣の逸話を剣で以って再現したのだ。剣で出来た八重垣、このツルギ恐るるならば、その先を越すべからず。剣の牢獄に閉じ込められ、身動きの取れない状況。そこでようやく背後にいた豊姫に動きがあった。手にしている扇を一振り、すると清らかな風が吹き荒れる、直接風を受けていない余波にも関わらず、何という強風。凄まじい強風、その風を直接受けた箇所を見た紫たちは驚愕する。

 

 

「風を受けたところが消滅……した?」

 

 

「いいえ、これは消滅ではありません。穢れを取り祓ったのです。地上の者には意味がわからないでしょう?穢れに満ちた地上に平気で住んでいるんだもの。色々と危機意識や危険に対する直感が退化してるんじゃなくて?」

 

 

豊姫の言っていることには一も二も反論したいが、あの扇は一体何を行っているというのか?穢れを祓う、それが何故に消滅という結果をもたらす?……待て、待て待て待て。あの扇が生じさせた結果を消滅と考えているが、起こった結果を私が勘違いしていたとすれば?消滅に等しい結果を生じさせるには………

 

 

 

悩み惑うが答えは出ない、そうこうしていると頭の中で幾星霜も昔、空亡を師と崇め学んでいた時の記憶が不意に蘇った。

 

 

『あらゆる事象には、それに至るための過程と至った結果が存在する。これらは二つで一つ、一対の存在。もし、結果がわからず過程にも見当がつかない場合、自身の前提や見ているものを疑え。どのような結果であれ、結果は過程の先にしかない。過程を見破れば、理解できなかった結果をも看破できる』

 

 

 

……消滅と似た結果を生む過程…………縮小、転移、分解。わかった、あの扇が行っていることの正体が。

 

 

 

「わかりましたわ、その扇が行っていることの正体……」

 

 

「あら、ならば語ってみなさい。貴女の推測、採点してあげましょう」

 

 

 

「その扇が生じさせたもの、それは分解!物体を目には見えない素粒子くらいにまで分解した、それが消滅と勘違いした理由ね」

 

 

「……ほう、地上の民がこの扇の真相に辿り着くとは。ええ、貴女の推測の通り、この扇こそはかつて月の都が誇る賢人が創りだした万物を浄化する扇。試作段階だった"それ"に私が改造、改良を加えたのです」

 

 

「紫、よく短時間でそこまで見抜けたわねぇ。私なんか、死に誘う程度の能力が効かなくて動揺してたのよぉ。本当にすごい」

 

 

「死に誘う程度の能力、不死なる月の住民へ、そんなものを使うとは…………。だが、不甲斐ないとは言わんさ。そちらが如何なる能力を使おうが何をしようが、厳然な実力差とはこういうことです。奇策、相性などで逆転できる力の強弱など結局はある程度拮抗した状況であることが前提。最初から絶望的に開いている差を、それらで埋めることなどできません」

 

 

 

ーーなるほど、月の都の技術。百鬼空亡の賞賛の声は確かだったということか。……潮時だろう。そろそろ、あらかた妖怪たちは減った頃合いだ。今すぐ、幽々子や生き残った妖怪と共に幻想郷へ戻り、月面戦争にカタをつけるべきかもしれない。紫は自分と幽々子の剣の檻の中でスキマを創り出す。ここは撤退という一手に移る時だと、直感したのだ。

 

 

「それでは、綿月豊姫さん、依姫さん。ご機嫌よう」

 

 

だが、その目論見は綿月豊姫という一因でご破算となる。紫が生み出し"入り口"としたスキマが"出口"として繋がっているではないか。

 

 

「また、お会いしましたね。八雲紫」

 

 

「ッ?!……そんな、どうして」

 

 

「ふっ、簡単なことよ。依姫が神霊を降ろせるように私には海と山を繋ぐことができる。神隠しとしては、こちらが格上だったようね」

 

 

 

まずい、倒すことは難しくとも撤退はできると考えていたが、自分より格上かつ同系統の能力者が存在するとは。だが、しきりに帰還することを要求していたはずだと言うのに、何故ここに呼び戻したのか…………

 

 

 

「そちらの撤退することに対し、文句はありません。貴女を月で殺傷することはないでしょうし。けれど、そちらは敗者です、ならば勝者に対し行った無礼を詫びてから、戻るのが筋でしょう」

 

 

「ああ、それに貴女が謝罪をしたことがわかれば、地上の者たちも大人しく帰るでしょうからね」

 

 

 

豊姫、依姫は静かに頷き、紫へ謝罪を要求する。この二人には八雲紫へ屈辱を与える、という魂胆はまったくない。単に月へ侵攻したことに対しての謝罪を要求しているのだ。だが、紫とて謝罪をするころはメンツに関わる問題。迂闊に頷けるはずもないが、謝罪をしないままというわけにもいかない。

 

 

「どうしよう〜。紫、どうしよう〜」

 

 

「もし、謝罪を断るといえば、どうしますか?」

 

 

「この扇は森を一瞬で素粒子レベルに浄化する風を起こす。そんな月の最新兵器を前に貴女は何ができるというの?……それに清廉なる月の民は殺生はしませんが、既に死んでいる亡霊を消すことには躊躇いはありませんよ」

 

 

 

……ダメか、技術という力は幻想郷の力を超えていた。それに自分が無事でも幽々子の身に何かあれば、自分は自分を許せないだろう。頭を下げるという屈辱だが、幾ら耐えがたかろうが友のため。友の命がかかっているならば、如何なる代償だろうと…………………安いものだ。

 

 

「……全ては愚かな一妖怪の所業。地上に住む全ての生き物に罪はない。どうか、その扇子で無に帰すのだけは勘弁願えないだろうか」

 

 

「地上に住む者に罪はない?いいえ、地上に住む、生きる、死ぬ、それだけで罪なのです。地上の生き物への罰は一生地上に這い蹲って生き、そして死になさい」

 

 

 

膝をつき、紫は謝罪を口にする。だが、豊姫はその謝罪に訂正を加えた、それは地上の全てを罪悪と断じる言の葉。紫は確信した、月と地上の価値観は異常すぎる。妖怪とも神とも違う理に則って月人は動いている。それは生物の価値観というより植物や鉱物などの無機物に近しい何かだった。ーー紫は膝をついたまま、深く頭を下げようとする。それはすなわち、土下座をするということ。幽々子は友が土下座をする要因となっている自身の情けなさ、不甲斐なさに歯を噛み締める。このまま、紫は土下座をすることになるのか。

 

バキィ、ゴキン。バリバリ。

 

 

 

 

紫が頭を下げようとしていたところ、何らかの破砕音が木霊する。紫、幽々子と綿月姉妹の間の場所。そこに罅が入り空間が砕けていく。砕けた空間の先から現れたのは褐色の腕。その腕がヒビ割れた空間を広げようとする。その腕によって広げられた空間の亀裂を踏み砕いて、新たな闖入者が出現した。現れ出でるは腕と同様の褐色の肌持つ男性。その整った外見なら、世の女性を魅了するのは容易だと考えさせるほど。その男こそ、幻想郷が真の支配者。まさしく、幻想郷が総首領。

 

 

ーーーー悪神、百鬼空亡が戦場に現れたーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

Side百鬼空亡

 

 

月の都へ行かせた面々、空亡は彼らに対し監視の術式を仕込んでいた。その仕込んだ理由は、ピンチになったら救助しにいくという甘い考えではなく、月の都の技術がいかほどに進歩したのか興味があったためだ。月へ永住を果たした者たち。果たして、数千年の月日はかの者たちを如何なる領域へ至らせたのか。自分の眷属たちはどうやら、外れを引いたらしい。荒涼とした月面を舞台に眷属たちはウサギの雑兵どもを駆逐している。そこでバカ弟子もとい紫の方の術式を起動させると、そちらが当たりだった。なるほど、月の裏側の異空間に都市を建てているとは。凄まじい進歩、これほどの技術の革新があるというのは、ひいては人類の未来についての進化にも関係する。次世代技術の用いられた都市の外観や風景を見ていると、紫たちの前に月人の二人が出現した。何やら、どこかで見たような既知感を感じないでもないが、自身の頭脳が記憶していないということなら不要な記憶なのだろう。

 

 

ーー話を戻してーー

 

 

 

しばらく、紫と幽々子の足掻く様を傍観していたのだが、月人との対話を聞いているうちに空亡は段々と苛立ち始めた。不死を誇り、地上の人々を蔑む思想形態。人類の未来と可能性を望む空亡、依姫と豊姫は知らず知らずのうちに彼の逆鱗に触れてしまった。死ぬことは命の摂理、それを覆す不老不死など最も唾棄する醜悪。死なないということを誇り、死にゆく者を無様と嗤う在り方……そんなもの、存在すら赦してたまるものか。

 

 

 

空間を引き裂き、次元を越えて空亡は幻想郷から月の都へと入り込んだ。あらゆる侵入者を防いできた月の防衛網に触れることなく、ただ到着したという結果を刻んだ空亡。彼の登場は今までの状況と空気を一瞬で変え尽くした。美しい草原に火の手があがり、桃の木々が枯れ清浄な空気が死滅する。ここに最悪最凶の災厄は具象化された。

 

 

「…………下らん戯れはここまでだ」

 

 

 

「「空亡(様)!!!」」

 

 

 

 

想像すらしなかった助け船の到来に紫と幽々子は、歓喜を含んだ声で悪神の名を呼ぶ。空亡は紫と幽々子を一瞥して、右腕を軽く横に薙いだ。すると、紫たちを拘束していた剣の監獄は全て砕け散り、散り散りとなって空中に流れていく。祇園様の力によって創りだした檻を破ったはずなのに、新たな闖入者、"空亡"という男には何も起きていない。依姫は異常すぎる状況を事実のまま飲み込み、冷静なまま空亡を迅速に倒す選択をとった。

 

 

「火雷神よ。七柱の兄弟を従え、この者に月を訪れたことを後悔させよ!」

 

 

依姫の呼び声により火雷神と七体の兄弟が召喚される。まず、雨が降り草原の火を消火、次に雷光が轟いた。周辺から神気が充満していくのが紫や幽々子にもわかる。雷は八つの神威となりて空亡を囲む。次いで紅蓮の竜巻が空亡に襲いかかった。焦熱地獄の具現、空亡は竜巻に呑まれたまま、身動きをとらない。すわ、仕留めたかと考えるのは綿月姉妹、片や空亡が仕留められたなど欠片も信じていない紫と幽々子。紫と幽々子は確信していた、百鬼空亡を殺せる者は三千世界に一人としていないと。

 

 

「邪魔だ」

 

 

 

空亡の凍りついた怒りの声で、炎熱を操る神の暴威を封殺した。一言、ただ一言で世界は黒く染まった。言葉には力が宿ると考えられているが、それを考慮しても尋常ではないほどのドス黒い暴威が発言をした空亡を中心に吹き荒れる。火雷神を中心とする八柱の神威は、自身たちより上位に君臨する怪物の発声に恐れをなす。神という絶対者をして声だけで相手を恐慌に陥らせる百鬼空亡。そのあまりの暴虐に依姫と豊姫は驚嘆し打ち震えた。

 

 

「なん……だと……」

 

 

「そんな、依姫の降ろした神威が通じていない……」

 

 

「すごい。…………ねぇ、紫?……空亡ってあんなに強かったの?」

 

 

「…………そうよ、あれだけの力を魅せつけても未だに底を明かさない。だからこそ、あの方は不敗なの。ーーーもし、この程度で空亡様がやられていたら、幻想郷は存在しなかったでしょうね」

 

 

 

紫と幽々子は想像だにしない助っ人に安堵し、一歩離れた地点からことの趨勢を見守る。紫は安心すると同時に恐ろしいほどの怖気と悪寒を感じとっていた。加速度的に冷却されていく場の空気、何かが百鬼空亡の逆鱗に触れて怒りを触発させたのだ。

 

ーーこのままではーー

 

 

「おい、そこのスキマ妖怪と亡霊姫……」

 

 

「はっ、なんでしょうか。空亡様」

 

 

「どうかしたの〜、空亡」

 

 

 

紫たちは空亡の呼びかけを聞いて問い返す。絶対零度の覇気を放つ空亡は紫たちには目もくれず、依姫と豊姫に狙いを定めたまま、忠告を置いていった。その忠告とは……

 

 

 

 

「巻き込まれて死にたくなければ、疾く失せろ」

 

 

ーーーーここに居たら"死ぬ"ということだーーーー

 

 

 

空亡は、久方ぶりに本腰を入れて敵を蹂躙することに決めた。月の文明や技術には多少の評価もあるが、それを全て覆すほどに月人たちの有り様が空亡にとっては受け入れられない。この世界を訪れ最初に遭遇した者がどれほどの進歩をしているかと思っていたが、まさかこれほど無様なことになっているとは。もしも、未来の人類がこんな繁栄を果たしたらと考えるだけで反吐がでる。かつて、アジ=ダカーハという悪の御旗を下ろした己が言えたことではないのかもしれない。それでも、それでも、こんなものが未来の可能性だとは認められない。

 

 

「覚悟は出来たか、この破綻しきった繁栄、栄華の全て……一片も残さず灰にしてやろう」

 

 

「ほざけ!貴様が破ったのは八百万の神格の一角にすぎん!一体や二体の神霊を退けて勝ったつもりか。その認識の甘さの代償、高くつくぞ!!」

 

 

「それに依姫の神霊だけではないわ。私が持つ扇子の絶大な力もある。地上の穢れし者風情に易々と乗り越えられるほど月の都の繁栄と進歩を軽くない!!」

 

 

 

月の都が誇る不死の特性。それは空亡が最も嫌悪するモノだ。存在すら許すことは出来ず、この世にあったという痕跡を残すことすら許容出来ない。

 

 

ゆえに見せてやろう、かの悪神が宿す怪物の本性を……

 

 

空間が震える。これより出現する存在の規模(スケール)に耐え切れず、世界が悲鳴をあげるように空間が(きし)み揺れ出した。

 

 

 

それを引き金としたか、空亡の肉体は3メートルは優に超える巨体へと変貌を遂げる。肌は白の鱗に侵食され両肩からは恐怖を掻き立てる龍頭が生え出す。背中には漆黒の影が翼として大きく広げられた。そして、最後に悪の原語(Aksara)が刻まれた紅の旗を(ひるがえ)し白き三頭龍は千年の時を越えて、依姫たちの前へと現出した。

 

 

『GEEEEEEEEYAAAAAAaaaaaaaEEEEYAAAAAAAAAA!!!!』

 

 

 

 

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