絶対悪・暴虐のアジ=ダカーハ   作:悪事

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幻想郷、創生秘話[其の死]

『GEEEEEEEEYAAAAAAaaaaaaaEEEEYAAAAAAAAAA!!!!』

 

 

 

原初の恐怖を呼び覚ます怪物の咆哮が月の都に轟く。その咆哮は裏の月のみに留まらず表の月面にも伝導した。有り得ないことだが、空気すらない宇宙空間が掻き回されるように揺れたのだ。ウサギたちは恐怖ゆえに縮み上がって怯え混乱している。紫と幽々子は空亡の警告に従って既に退避済みだ。この魔震を起こした者が空亡だとわかったのは彼の眷属である四人のみ。眷属たちは主の応援に駆けつけようとは一切しない。彼女らは空亡の勝利を疑わないために、月面で恐怖に縛られたウサギたちの始末に終始する。仲間という繋がりではない徹底した支配者と従属者の関係性。彼女らは空亡の命じた言葉に従い、思う存分に血と肉が弾け飛ぶ戦場を駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、魔震の震源地でもある月の都。そこにいるのは、月の都のリーダー格である綿月依姫と綿月豊姫。彼女らは眼前の白き三頭龍と向かい合っていた。二人の脳裏に蘇るのは、千年前に刻まれた敗北の追憶。月へと旅立つ直前に現れた形を持つ災厄。自分たちはおろか、月人の中でも戦い慣れている兵たちに月の賢者と称される八意XX様を鎧袖一触に蹴散らした暴虐の化身。かつて、逃げ延びた最悪の試練。当時、数多の犠牲を以て、ようやく逃れた真性のバケモノ。依姫と豊姫は恐怖に染まりかけた精神を凍てつかせ、臨戦態勢へと移行する。幼き頃の自分たちや過去の師が越えられなかった壁、それは彼女たちの心に一点の曇りとして刻まれていた。これを取り払う方法はたった一つ、今この場で怪物退治を果たすこと。

 

 

 

「………ああ、千年ぶりですね」

 

 

「………過去の因縁ですか。かつて、未熟だったころの我々が討滅出来なかったバケモノ。これはある意味、天意なのかもしれませんね。………………千年前の屈辱と敗北を禊ぎ、師を越えたことを証明せよという!!!」

 

 

『………………………………』

 

 

「依姫、下手な攻撃が効く相手ではありません。殺傷する気でいかなくては」

 

 

「承知しています、姉さん。………それにしても、先ほどまでの人間を模した姿の時は喋っていたはずですが……怪物となり言葉を失ったか!!!!」

 

 

 

 

依姫が高らかに声を張り上げた時を合図にしたのか、白の三頭龍と化した空亡が背に展開した黒影の(つばさ)を綿月姉妹目がけて振り降ろす。常軌を逸した重低音と共に神速で怪物の一撃が振るわれる。空間へと作用する豊姫の能力なら無傷でどうにか出来るだろう。だが、能力の発動と攻撃の到達、後者の方が圧倒的に速いため間に合わない。不死とはいえ、体に甚大なダメージを喰らえば治癒までに時間がかかり戦闘で不利になる。空亡の放った攻撃に対し取った行動は迎撃、依姫が刀を抜き放って、黒影斬りかかった。依姫は攻撃に用いられた翼を切断して、カウンターを狙おうとする。

 

 

漆黒の羽と衝突する刃。月の都の最先端技術と材料、特殊加工が施された上に多くの神の加護が与えられた依姫の刀。あえて語るならば、その刀は最新最工の神造兵器。おそらく、森羅万象に存在する万物を切り裂く刃と断言出来る。…………ある例外を除いて。空亡の黒翼に刀が接触した瞬間、儚い氷の結晶のごとく刃と依姫の腕が粉砕された。

 

 

 

 

鈴を鳴らしたかのような澄んだ音が聞こえたかと思えば、月の都が最高の武器と幾星霜の年月によって磨かれた剣技を扱う依姫の右腕は無惨な姿になっていた。刀は柄だけの棒切れとなり、右腕は辛うじて胴体に張り付いているだけの肉片という始末。もし、刀という緩衝材になり得るものがなければ、依姫の肉体は影翼の衝撃で"消し"飛ばされていただろう。凄まじい爆音を鳴らし、依姫は水切りで投じられた石ころのごとく、地面を跳ね飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

残酷非道な攻撃によって妹を傷つけられた豊姫は、怒りの炎が引火するイメージを感じた。地上の穢れが月の民である自分たちを攻撃する?認めてなるものか、そんな不条理。豊姫は己の身に宿る能力と手にしている武器を十全に使ったとっておきの切り札を切る。

 

 

 

「よくも、よくも依姫を傷つけたわね。……もう容赦は無いわよ。貴様は後悔する間も無く消滅させてあげる!!」

 

 

『………………………………』

 

 

 

 

 

豊姫の勝利の確信に満ちた叫び、それを眺める無感情な三対の双眸。どこまでも無感情なそれは豊姫が、これより放つ必勝の一手を取るに足りないと確定しているのだ。耐え難い侮辱、堪えきれない辱め。しかし、相手の油断は戦闘において、最も役に立つもの。怒りと屈辱を噛み殺し、豊姫は己の"山と海を繋ぐ能力"を発動した。空間に歪みが生じ、そこから数え切れないほどの隕石が空亡へと落ちてくる。宇宙を漂う小惑星の数々が、豊姫の力によって空亡の真上に転移されたのだ。異常なスケールで襲いかかる宇宙の星々。それを鬱陶しいと感じた空亡は、右腕を掲げて"裂け"と念じた。

 

 

 

 

 

空亡の背に広げられた影の翼が、念じた意思に呼応して堕ちてくる隕石群を一蹴する。切り裂かれたのは隕石だけではなく、月の都が横に切断された。そびえ立つ建造物の悉くが横一文字に両断された。平和な楽園そのものだった月の都は、真逆の地獄に変わってしまった。変わり果てた都、その有り様に滂沱の涙を流すが、豊姫は甚大な被害に報いるため、正真正銘の最後の一手を悪神へ叩き込む。

 

 

 

「とっておきの奥の手、これが貴様の終焉(幕引き)だっぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

手に持つ扇子を全力で振る。物体を素粒子まで分解する浄化の旋風が月に吹いた。効果範囲が紫たちに見せた時よりも遥かに広いが、空亡の肉体に浄化の風は効かない。これは千年も昔に行い失敗した行為、いくら範囲が広かろうと出力が上がろうと無意味だ。豊姫にとっても既にわかりきったこと、ゆえに彼女が目論む真の目的は別にあった。物体を分解する風が空亡へ吹き付けるが、背中の赤い旗を揺らすだけで何の痛痒も感じてはいない。しかし、空亡の真上から堕ちてくる隕石群は総じて分解され尽くす。

 

 

 

 

 

 

三頭龍は敵が何をしたのか、何が起こるのかを正確に看破した。そう、隕石という巨大質量が分解される、今まで行ってきた素粒子への分解ではない"純粋なエネルギー"へと。隕石は直接エネルギーに分解されたために、エネルギーの変換時に生じるニュートリノ発生による熱量の転換ロスは全くない。

 

 

エネルギー(E)質量(m)×光速度(c)の二乗』

 

 

 

後の世で語られる無と有、そして宇宙の神秘を紐解く鍵の数式。アインシュタインの公式に沿って、大重量の隕石は全て膨大な熱量の塊として空亡どころか周囲の全てを蒸発させた。焦熱地獄が顕現する、地獄は白龍を燃やし尽くし、消滅させようと煌めいた。遠い未来、広島と呼ばれる都市で核分裂反応を用いた爆弾が利用されたが、その時ですら実際に分解された質量は僅か1グラムにも満たない。今回は数キロの巨大さを持つ質量を多数、分解してエネルギーに変えたのだ。その破壊力は如何なる兵器をも凌ぎ、必殺の技となるだろう。

 

 

 

 

轟々と、業々と燃え盛る。草木は影も形すら残していない、大地は溶解しマグマを形成している。後に残っているのは、炎と焼け朽ちたモノの匂いだけ。並みの生物なら、呼吸するだけで死に至る世界。そこに依姫と豊姫は互いを支えて立ち上がっていた。

 

 

「私たち勝ったのね……………」

 

 

「そうです、勝ちました。ですが、姉さん。もう少しやりようはなかったのですか。こんなに盛大にというか豪快に壊してしまうとは。月の都の幹部たちはどうにでもなるとして、ツクヨミ様がなんとおっしゃるか」

 

 

「勝ち方を選べるような相手ではなかったでしょう。不浄の地から訪れた者とはいえ、力だけは私たちに匹敵していました。それほどの相手だったんだから、多少は多めに見てもらえるんじゃない?」

 

 

豊姫は先に吹き飛ばされた依姫を支え、焦土となった都に立っていた。正直なところ横になりたいのは山々だが、地面が溶岩になっていることと敵を倒したことの喜びで大人しく眠っていられないのだ。

 

 

「地上の者を呼び出すゆえ、周囲の者たちを避難させておいて正解でしたね。もし、この付近に誰かがいれば、先ほどの一撃の巻き添えを食っていましたから」

 

 

「……すごい疲れちゃったわ。でも、いい感じね。千年に渡る屈辱は清算されたのだから、当時は永琳様と私たちや月の兵たちが総出で相手して、ようやく撤退できたバケモノ。それを今度は私たちだけでやっつけられたのよ。これって師匠を越えたって証明にならない?」

 

 

「行き過ぎた自負は毒ですよ。今回は運が良かっただけ、そう捉えるくらいではないと足を掬われかねません」

 

 

「む〜、依姫ちゃんは最初の一撃で吹き飛ばされたくせに〜」

 

 

「なっ!?それは、最初の一撃があそこまで強いなんて想像してなくて。というか、姉さんが"とっておき"を使えたのは、私が時間を稼いだからでしょう!!」

 

 

「でも、最後の一撃を使ったのは私でしょう!」

 

 

 

豊姫と依姫は頭を突き合わせて、互いに自分が如何程に貢献したのかを口論する。やがて、互いを褒め抱きしめ、笑い出す。今回はどちらか、一人がいなくてはここまで出来なかった。そういう方向で話は纏まる………このまま何事も無ければ。

 

 

 

 

豊姫と依姫が背を向け立ち去ろうとした時、一陣の風が吹いた。物体を素粒子や純粋なエネルギーに分解するという特別なものではない。空気の流動、ただの風に過ぎない。力強い風が万象を全て彼方へと飛ばす。燃え朽ち瓦解した建造物や残焦している炎が掻き消された。

 

 

ーーーたった一度の羽ばたきでーーー

 

 

「姉さん!!」

 

 

「依姫!!」

 

 

 

綿月姉妹は互いを強く抱きしめて凄まじい豪風に耐え凌ぐ。地を流れる溶岩は圧倒的な暴風で冷えて固まる。都の残骸が存在した場所には栄華、繁栄、楽園の痕跡は何も残らず、ただの荒野だけが其処には取り残されていた。豊姫たちは歯をカチカチと鳴らし、血管が凍りつくような錯覚を体感する。先のエネルギーの爆心、爆発の中央部。そこにヤツがいた。六つの紅い眼を爛々と輝かせ、白の鱗を纏いし三頭龍は其処にいた。

 

 

底にいた。まさしく地獄の釜の最奥に……

 

 

「……馬鹿な、姉さんの切り札を受けたはずなのに…………」

 

 

「嘘…………これでもダメですって…………なんなのよ、何なのよぉぉぉ!!!???」

 

 

 

 

『GYEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaYAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaYAaaaaAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』

 

 

 

 

 

 

三頭龍の咆哮は抗おうとする精神を根刮ぎ刈りとって、魂を恐怖で染め上げた。いや、豊姫たちは恐怖に身が竦みはすれど、まだ諦めに屈してはいない。地に座り込んだ二人は瞳に涙を溜めながらも、足を震えさせながらも立ち上がる。それが、空亡にとってはあまりにも不愉快だった。

 

 

 

「……姉さん、ごめんなさい。私も使います、とっておきの切り札を」

 

 

依姫がポツリと口にした言葉は、恐怖していた豊姫の恐怖を一時的に上書きするほどの信じられないものだった。

 

 

 

「ダメよ、依姫!!神を複数同時に降ろすなんて!……一体だけでも相当の霊力と負担がかかるのに、複数なんて………それに奴に敵う神格なんて、主神級くらいしか存在しないわ。そんな神を複数同時に降ろせば、いくら不死の体であろうと、心が保たない。お願い、そんな危険なことは」

 

 

「誰かが、そう誰かが行わなくてならないのです。だから、応援してください。待っていてください。私は月の賢者の弟子で貴女の妹ですよ」

 

 

「っ!!」

 

 

「……いと高き神々よ、災厄を払いて福寿を遣わす神々よ。今ここに奉る。今ここに奉る。残虐非道、凄惨無情の徒が襲来せり。我ら月の民を守護せよ、勝利を与え給えや!!……世から闇を夜を、その光で打ち払え。天照大御神!!月にて万象を読み解き明かす安寧よ、今それを脅かすものを滅したまえ、月夜見尊!!」

 

 

 

日本神話における主柱とも言える神、天照大御神。月を守護し夜を統べる神格、月夜見尊。どちらも、日本神話においては最高神と呼べる神に違いない。そう、あらゆる不浄を清める天照大御神、夜を統べ妖や人外に対し圧倒的な効力を発揮する月夜見尊。そう、例え地獄を統括する鬼や百鬼夜行を統べる妖怪だろうと、光と闇の両方の性質で撃破できる最高の選択。

 

 

 

 

 

もっとも、それが人類最終試練(ラスト・エンブリオ)でさえ無ければ。

 

 

 

 

人類が討ち果たすことを運命づけられ、神魔を蹂躙することを必定とした魔王たち。如何な神であろうと純粋な人ではない限り、倒すことのできない究極の試練。それこそ、ラスト・エンブリオ。絶対悪、人類がいずれ手にするであろう発明を悪に用いた人間の終着点である怪物。それを具現化し、試練として形にした魔王。百鬼空亡はその魔王の力を持っているのだ。それを神格、人外の能力で倒そうと考えたことは下策の下策だった。

 

 

 

『"アヴェスター"起動ーーーー相克(そうこく)して(まわ)れ、"疑似創星図"(アナザー・コスモロジー)……………!!!』

 

 

 

化外の者を滅殺する神の閃光、それと対為(ついな)す相克の煌めき。空亡の両掌に圧縮された光は、依姫が体を削ってまで発動した攻撃(イノリ)と交差し跳ね返した。跳ね返された光線は、裏の月を越えて表の月面に貫通する。月が裏側から破壊され、月という衛生の軌道に歪みが生じる。光撃は依姫と豊姫には命中しなかった、それは幸運か、はたまた空亡が直撃させる価値も無いと判断したのか。真相は不明だが、何にせよ攻撃は命中しなかった。だが、依姫の降ろした天照大御神、月夜見尊の神威に空亡の剛力が加算された攻撃の余波は依姫と側にいた豊姫を襲撃する。

砕、不死の体でなければ一片の塵すら残らない破壊力が二人の少女を圧砕する。破壊された肉体は、人として最低限の形すらしてはいない。これでも、まだ意識があるという不死性は空亡と同じバケモノと評して差し支えないだろう。だが、肉体、精神ともに磨耗していた二人は、遂に空亡という絶望に膝を折った。

 

 

 

 

 

 

依姫と豊姫の体は急速に回復する。原型さえ保っていない肉体が、元の形に治癒、いや"修復"されていく様子は、不気味で悍ましいとさえ言えた。敵の回復に対し、空亡は黙して観察している。そして、肉体は人の形へ戻る。だが、依姫たちが立ち上がろうとする気配はない。

 

 

最後に立っていたのは怪物のみ。月の守護者である綿月姉妹は膝を折り、化け物の前で互いの肩を支えている。全身は大小の傷で覆われ無傷な箇所を探す方が難しいくらいだ。無言の敗者を前に圧倒的な勝利を成した勝者は三頭の首をコキリと鳴らし、勝者として君臨する。その立ち姿は化け物という暴虐を成しながらも、人や獣を従える王としての覇気を(あら)わしてさえいた。そして、空亡が綿月姉妹を見つめる紅の虹彩には憐れみにも似た何かが混在している。

 

 

『これで終わりか。存外、持ちこたえたものよ』

 

 

「「………………………なっ!?……喋ることが可能だったのか(んですか)!?」」

 

 

(しか)り。元より舌剣唇槍は好かん上に、貴様らに言葉を交わす価値は無いと捉えていた。その考えは今でも変わらんが、黄泉路の土産程度には十分だろう?』

 

 

 

三つの頭が同時に語るため、重複し共振を起こしながら聞こえてくる異常な声色。ただ語りかけてきただけなのに、交渉、説得などの意思疎通が通じる相手では無いと嫌でもわかる。これは月の民、いや普通の生物とは全く異なる法則で動く怪物だと否が応にも理解させられた。

 

 

 

 

『……ふん、万策尽き蛮勇も枯れ果てたか。まったく心底くだらん、死者でも生者でもない半端者には似合いの結末だ。不死を誇り栄誉とする限り、貴様らの勝利は永遠に無いと知れ。…………総じて無価値な(ゴミ)でしか無い者、見るに堪えん。なぜ、貴様らは其のような有り様で存在している?そんな無様な姿で、恥じることなく存在できるのだ?』

 

 

「……何を、何を言っている!……穢れが満ち、定命の生に縛られた地上の者が月の民を愚弄するか!!!私たちの永遠を、わずかな生涯で死にゆく地上の穢れが侮辱するなぁ!!」

 

 

 

依姫の信念が木霊する、その言葉に秘められた意思の強度は神であろうと羅刹であろうと、変えることの出来ない不変の"覚悟"があった。その言葉は、隣にいた豊姫の芯を揺さぶり、最後の抵抗を行わせた。

 

 

 

「…………そうね、依姫。…………力で負けても心は、信念だけは負けたりしない。ねぇ、三頭龍。死者でも生者でも無い?半端者?笑わせないでよ。死が、滅ぶことが尊いとでも言うつもり?死ぬことは怖い、恐ろしい。誰だってそう思ってる、私だってそう思ってる。だから、命という縛鎖を私たちは破り、命という存在を越えた。滅ぶことなき永遠へと進化したのよ。私たちは永遠の存在となり、永遠に進み続ける。技術も、思想も、強さも。先へ先へ、依姫も私も止まらない。貴方のような繁栄と進歩の素晴らしさを理解せず、壊すことしか出来ないケダモノが邪魔をしていいものじゃないのよ!!!!!」

 

 

『ならば、その繁栄とは誰に繋ぎ託すものであるか?』

 

 

「「………は?」」

 

 

依姫に勇気づけられた豊姫の生涯全てを賭けた覚悟の叫び、平穏を奪われた者が最後に行う抵抗。自分たちを力で屈服させたとしても、意思は侵せないと弾劾する慟哭。それに対して、即座に疑問が叩きつけられた。

 

 

『繁栄、進歩、先へ前へ進む。その気高さは尊いものである。私は繁栄と進歩に対する障害だ。しかして、その尊さを理解できぬ愚物に堕ちたつもりはない。……確かに貴様らの文明、文化の進歩は凄まじい。今、地球上に住まう人類が到達するには後、千年かけても足りぬやもしれん。だがな、貴様らの未来は誰に繋ぐものなのだ?永遠(えいえん)に生きる、永遠(とわ)に進む、結構なことだが、その繁栄を繋ぎ託す者は何処にいる。次代の可能性が無い進化など、無用の長物にさえ劣るわ!』

 

 

「それは貴様の論理だろう、それを私たちに押し付けるな!!……次世代が繋ぐ、未来に託す?そんなことだから、そんな有り様だから、限られた命の者は愚かで罪深い!次世代のために同族を、他者を喰らい、先へ進む。星や自然に大きな犠牲を払って進み、更に大きな犠牲を払う。犠牲なくして進歩出来ない大罪者。それが地上の者の在り方。そんな者たちの何処に、私たちより優れたモノがあるのだ!!!」

 

 

『……その生涯に対する誠実な在り方。それこそ、貴様らが永劫、手を伸ばそうと届かぬ"生"という概念だ。…………人類はあらゆるモノを犠牲に先へ行く。それでも足りんと貪欲に世界を貪り前に進む。まだ見ぬ最果(さいは)てへ到達するために。次世代へと進歩を託すために。その罪深くもなんと、生きるということに対し真摯なことか』

 

 

「…………貴様が語る生の在り方。それは死にゆく不完全な生命よ。私たちは息をし、食を行い、心を輝かせる。これが生きているということではないなら、何を生きていると定義するつもり!!」

 

 

『産まれ、生きて、次代へ繋ぎ、そして死ぬ。この全てこそが"生"である。このうちのいずれかが欠ければ、"生"は"生"として破綻するのだ。死にゆく命は不完全だと?……(おご)るなよ、ただの不死者風情(ふぜい)が。…………不死?不浄?……笑わせるな、貴様らは臆病風に吹かれ逃げ出しただけのムシケラに過ぎん』

 

 

「……ムシケラだと?……地上を這う穢れが誰に向かって!!??」

 

 

『ならば、貴様らは何なのだ!死が怖くて逃げ出しただけの下郎(げろう)の分際で。………敗北したならば、敗北者とも負け犬とも言えよう。だが、戦うこともせずに(おく)して逃走した貴様らが、今も懸命に地上で死を恐れながらも生きる地上の者たちの命を不完全だと言うのか!!』

 

 

 

空亡の一喝は焼け尽くした大気を爆破させたかのように揺るがす。依姫たちは捕食者の怒気に触れ、互いの温もりを確かめるように震えながらも抱きしめ合う。気圧(けお)されてはいるが、まだ信念は枯渇していない。豊姫と依姫は舌鋒鋭く相手の言い分を否定しようとかかる。

 

 

 

「つまり、死も生の一部。死なない私たちは生きていないと言うのね。……薄っぺらいのよ。死は恐ろしい。けれど、これも生の一部だから甘んじて受けいれろ。それこそ、諦観に満ちた敗北者の台詞だとわからない?」

 

 

「姉さんの言う通りです。私たちは死から、穢れから逃げたのではない。それらを超越して永遠の生を手に入れたのだ!これこそ私の生の在り方、貴様の語る幼稚な生命の概念を私たちに当てはめるなど、千年遅い!!!」

 

 

 

 

『………………それが貴様らの根幹を為す信念か。……………………………………くだらん。(くだ)らん、下らん下らん下らん下らん下らん下らん下らん下らん下らん!!!!!!!!』

 

 

 

突如、我を失ったかのように狂った勢いで喋りだした空亡。依姫たちに向けた紅玉が怒りの感情によって燃え盛っている。だが、激情に身を任せるといった軽挙は行わず、凍りついた理性も両立させていた。

 

 

 

『……貴様らは死を越えて永久に生きるから不死(しなず)なのでは無い。死を失くし生きてもいないから不死(しなず)なのだ!!!!……生きておらず死んでさえいない。そんな半端な生き物モドキが"生"を語るなど虫唾が走る。何より不快なのは、貴様の信念が借り物であることだ』

 

 

「……借り……物?」

 

 

『貴様らの発言は月の都の思想のみで構成されている。そこに貴様ら個人の思想は混在していない。………………これを借り物と言わずして何と評するのだ!!!』

 

 

 

「…………ちっ、違う!?私たちの信念は、思想は……………………………………………」

 

 

「あっ、あぁぁ。姉さん、私たちは、私たちは………………………………………………………」

 

 

 

空亡が口にした言葉が二人を構成してきた中枢を揺るがした。これまで培ってきた全ての事象や記憶が、風化して消えていくのを感じる。目から涙がとめどなく溢れ、瞳の奥に秘められていた信念は意思は見事なまでに叩き折られた。既にそこに座り込んでいたのは、泣き続けることしかできない少女だった。それを見た空亡は、操作しようとした龍影を停止させ、背中の定位置へと配置し直した。

 

 

『……もはや、私が手を下すまでもない。ーーーーー生きることも死ぬこともないまま、貴様らは永遠に(ここ)で朽ちてゆけ』

 

 

 

空亡の怒りの業火は綿月姉妹の心が砕けたことで鎮火し、溶岩のごとき戦意を鎮静させた。鎮静されたのは怒りだけではなく、失望や他の悪感情の全てが消えてしまった。もはや、空亡にとって彼女らは敵でも容認できない存在でもない。路傍の石にすら劣る無価値なものと認識された。ある意味では、これ以上ないほど幸運なのかもしれない。何故なら、必ずや殺すと決めた空亡から無事に生き残ることが出来たのだから。しかし、同時に彼女らの心にあった自尊心(プライド)は、完膚なきまでに壊された。達成感も栄光も手に入らなかった勝者は無言で去り、惨めな敗北と屈辱を与えられた敗者はその場で泣き崩れる。月を揺るがす最大規模の戦闘は怪物の勝利で終結する。また、時同じくして月面での戦闘も終わり、空亡は眷属を連れて地上へと帰還していった。

 

 

 

 

あの場で月の都を落とせたはずの幻想郷の妖怪たちは、それ以上の戦闘を中断し地上へと戻る。月の都の上層部は妖怪たちにも甚大な被害が出たため、地上へと撤退したのだと楽観視する声が多数を占めた。実際は空亡の鶴の一声に従って戦闘を止めたのだが、月の民で真相を知る者は誰もいない。こうして第一次月面戦争は勝敗の曖昧なまま幕を引くのだった。

 

 

 

 

 

 

ーー閑話休題ーー

 

 

 

 

月面戦争が終結し、空亡たちは幻想郷へと帰ってきた。空亡の思惑通りに妖怪たちの数は減少、人妖の諍いごとや殺傷沙汰も収まってきていた。さて、空亡が居を構える洞窟では百鬼空亡を含め、八雲紫、西行寺幽々子の三人が集って酒盛りをしていた。幸いなことに空亡の元には天狗や鬼、山の妖怪たちが食料や酒などを捧げていくため、酒を持ち寄る必要がなかった。しかし、何処からどう見ても恐ろしい黒幕たちが、何らかの悪巧みをしているようにしか見えないのは如何なものか。この三人が酒盛りをしているのは先の月面戦争後の幻想郷の様子や、この先の幻想郷をどうするかという相談会でもある。

 

 

 

 

 

「しかし、始めた原因も下らなければ、その終わりも下らんものだった。全く、二度とこのような無意味なことをしてたまるか」

 

 

「まぁまぁ、一件落着ということで月との戦いは終わったんだから、お酒は楽しく飲まなきゃ〜。もう、空亡ったら、どうしてそんなに不機嫌なの〜?」

 

 

 

「……やかましい。単なる見込み違いだっただけの話だ」

 

 

「……?」

 

 

空亡の独白らしき言葉が何か引っかかったのか、幽々子は首を傾げて空亡を真っ直ぐに見つめる。空亡は疑問を訴えている目線を無視して酒を嚥下(えんげ)する。幽々子は空亡が答えるまで目線を反らす気は無いようで、ゆっくりと近づきながら空亡の目の深奥を覗き込もうとする。だが、空亡へ近づく幽々子に紫は扇子で軽く頭部を叩いた。気の抜けた音が鳴るが、どうやら以外と痛かったらしく幽々子は頭を抱えて(うずくま)った。

 

 

「いた〜い……紫ったら、どうしたの〜」

 

 

「そんなに迫らずとも良いでしょう?今回の件は空亡様ご自身では説明できないモノでしょうし。あまり、問い詰めると、お気の毒よ」

 

 

うふふ、と軽い笑みを浮かべた紫の言いように空亡は少し柳眉を上げるが、すぐに酒を飲み始めた。そのことに幽々子は驚き、口元を自分の扇子で隠した。紫の言い方は慇懃無礼なモノで普段の空亡なら、無理やりにでも黙らせるだろうに。

 

 

 

「あら、その言い方からすると紫は空亡が喋らない理由、わかるの?」

 

 

「ええ、全てでは無いけれど多少なら。ーーーおそらく、かつて月へと向かった者たちが、どのような文明を文化を作っているかと期待すれば、文明や文化は繁栄すれど月人は不死の人外に。人間としての進化を期待していただけに、その失望は大きいはずですわ。自分が期待していたことの検討が外れて、気分が悪いのね。でも、それを口に出すのも仕方ない……だから、沈黙に徹しているのでしょう」

 

紫の推論に対し空亡は舌打ちをするだけで特に反論しない。幽々子は空亡が言い籠められているという珍しい場面を見たことで愉快気に微笑んだ。紫も珍しく師を言い籠めることが出来たために満足そうに酒を飲み、ささやかな勝利に酔う。空亡は小娘どもの態度にいちいち腹を立ててたまるかと、酒と共に溜飲も下す。

 

 

「…………それで私を小馬鹿にするためだけに訪れたのか?ーーー平時の私なら、自殺は他所でやれと言うだろうが。……今日は特別、気分が悪い。何なら私が自ら始末をつけてくれよう」

 

 

「腹の虫が収まらないようですね。弟子のお茶目な冗談ですよ……」

 

 

「虫の知らせという言葉がある、今の貴様はそれを感じないか?ーーー迂闊なことを口にすれば首と胴体を断ち切るぞ」

 

 

 

途中までの和やかな雰囲気は一触触発の空気へと変わった。この周辺の空間一帯に電気が流れているとさえ、感じてしまう。しかし、幽々子はそんな危険な状態を意にも介していない。一度、死を味わった亡霊であるためか、死線に近しい状況でも恐れ、怯えを感じず通常時と何ら変わらない態度で食事を酒を飲み続けている。

 

 

 

「あらあら、空亡のお腹。お茶でも沸かせそうね〜」

 

 

 

「「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」

 

 

 

ピリピリとした空気が弛緩する、幽々子はおそらく(はらわた)が煮え繰り返るというニュアンスで言ったつもりなのだろう。しかし、幽々子の言ったのはヘソが茶を沸かすという言葉の言い間違い。しかも前者が怒りを示すのに対し後者は馬鹿馬鹿しいという意味である。幽々子の天然が入った雰囲気と言動が、危険な空気の流れを一瞬で変えた。狙ったのか、狙ってないのか不明なとこだが、敢えて掘り下げる必要もないだろう。空亡と紫は静かに酒を飲み直す。

 

 

「先ほどは申し訳ありません、空亡様。お言葉が過ぎたようです」

 

 

「良い、頭は冷えた。それで何の用があって、私の元を訪れたのだ。先の詫びとして話を聞こう」

 

 

紫は思わぬ提案に喜んだ。空亡に相談をしに来たのだが、肝心の空亡の助力をどのようにして得るかで困っていた。それが空亡自身から助力を得られるのだ。紫はこの場に誰もいなかったら、両手を上げて万歳でもしていたことだろう。

 

 

「そのように(おっしゃ)っていただき、ありがとうございます。ーーーーそれではお言葉に甘え、空亡様にはこの度お力添えが頂きたく」

 

 

「何だ、妖怪たちの間引きは既に済んだ。それに、この間は貴様が結界の管理が出来る人間を見つけたと、報告しに来たろう。人間たちの文明段階は完全に操作できるため、私の出る必要は無い。私に何をさせる算段だ」

 

 

「はい、結界を管理する人間側の調整役の少女、博麗の巫女は無事に見つかり、妖怪を退治する役目を果たしてくれています。ですが、一戦一戦が綱渡りのモノ、そう何度も成功する類いの戦闘ではありません。常々考えてきましたが、妖怪と人間の力関係に偏りが見えるのです。どうにか、この関係に多少の変化を加えることは出来ないものかと……」

 

 

「妖怪とは人間に畏れられてこそ存在できるものだ。下手にバランスが取れるようになれば、畏れられることがなくなるやもしれんぞ」

 

 

「はい、私としては妖怪と人間の戦いを血なまぐさいものから、一定の規則をつけた遊戯のようなものに出来れば良いのですが、どのように浸透させるか、どのように遊戯をさせるかで困窮しておりまして。そうしたことで空亡様のお力添えが頂ければ……」

 

 

「妖怪どもが馬鹿正直に規則なぞ守るものか。そんな遊戯をさせることなど…………神魔が戯れる遊戯、出来るな………」

 

 

「……本当ですか、割と冗談半分に言ったのですが」

 

 

「半分は本気なのだろう。いや、私としても驚きだ。私に契約書類(ギアスロール)の創造が出来るとは。試したことも無かったので、我ながら驚いている」

 

 

「ねえ、空亡?その契約書類(ギアスロール)って何なの?」

 

 

 

幽々子の疑問に追随して紫も空亡に向き直った。自身を見つめる二人へ空亡は笑いかける。猛々しくも愉快そうに笑う悪神。彼は勢いよく両手を合掌する。両手から黒い靄が発生し、それは一枚の紙へと変わった。合わせた手を離し、出現した紙を空亡は持って二人へ告げた。

 

 

 

「これこそ、異能を用いて主催者の定めた規律の元に勝敗を決める神魔の遊戯。その主催者が規律を書き込むことの出来る契約書類(ギアスロール)だ。さて、これが吉と出るか、凶と出るか。ーーー愉快痛快な遊戯(ゲーム)を始めるぞ」

 

 

 

 

 

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