絶対悪・暴虐のアジ=ダカーハ   作:悪事

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幻想郷、創生秘話[其の釟]

ーーーー第弐幕・(めし)いる屋台ーーーー

 

 

異変解決のために私こと稗田阿夢と空亡様が帝都を訪れてはや数日が経過した。日付でいえば二週間やそこら。しかし、その二週間に体験した悉くは名状しがたいものであった。例えば、映画や劇、安価で求めやすい書。街灯に関してもそうだが、帝都の街は未だに広がりを見せている。街の外縁部まで立ち寄ってみたところこの街は一層の広がりを見せており、建造途中の建物や看板がこれからの繁栄を予感させた。

 

 

 

幻想郷の外ということもあり、帝都に悪し樣な印象を持っていた私だが今では帝都の街並みをそれなりに気に入っている。歩みとともに軽妙な音を鳴らす赤煉瓦の道。和と洋が混在した設計の建物群。滞在して七日も経てば既に違和感の払拭は済んでいた。住めば都とはよく言ったものだ。慣れてしまえばどうという事もないのか、帝都の散策も日課になりつつある。まあ、散策といっても宿泊先付近をうろうろしている程度だが。

 

朝の散策を終え宿に帰ってきたが早朝ゆえか人を見かけない。人とすれ違う事もなく私は大広間を目指す。玄関の右奥にある食堂としての役目を持つ大広間には、一人を除いて誰もいなかった。いや、正確に言うならば一人という表現は当てはまらないのだろうが。

 

 

「ただいま、戻りました。空亡様」

 

 

「……今日は散策が長引いたようだが、何か興味を惹くものでも見つけたか?」

 

 

「いえ、そう言うわけではないですが、この街にも慣れて散策に余裕が出来たのやもしれません。いつも通り、宿の近辺を歩いても初日とは街の見え方が変わってきたような気がします」

 

 

幻想郷の住民がいたら、驚愕するであろう光景だ。古き時代を生きた者や、その後継、師事を受けた者たちにとって百鬼空亡という存在が如何に危険なのかは人妖神魔まで語られている。そんな魔神が元服したばかりの人間の小娘と談笑するなど到底信じられる話ではあるまい。

 

 

「見え方が変わってきた……か。物事は一つの面から見たものが全てという事はありえん。あらゆる角度から多角的に事象を観測せよ。主観から客観、客観から主観と言うようにな」

 

 

「……見え方を変えるということの意味、確かに拝聴しました。ですが、珍しいですね。空亡様がこの手の含蓄深い話をしようとは」

 

 

「今の話は帝都異変の解決に必要なものであるからだ。先の異変では黒幕が二人、しかも共犯者ではなく実行者と妨害者という具合の状況だった。事象の裏の裏まで読み解くことが帝都異変の解決に繋がると思え。阿夢、帝都異変の解決者として一層の精進を期待するぞ」

 

 

私は、そんなまさかと自分の耳を疑いかけた。かの魔神が、幻想郷における絶対の魔が自分のような只の人間に期待すると仰ったのだ。私は只の人間であり、空亡様や幻想郷に住まう者たちよりも惰弱な存在でしかない。稗田家の六代目転生者という肩書きは有れど、妖怪と正面から激突できるような力はなく、むしろ衝突したなら粉微塵に粉砕される始末だ。私は自分の身体強度は障子紙と同等かそれ以下と認識している。人間の中でも特別に尖った何かを持っているわけではないというのに……

 

 

空亡様は、私に何を御期待しているというのか?という疑問と、彼に期待されたということに舞い上がりそうになる自分がいて混ざり過ぎた絵の具のような心境に陥っていた。

 

 

 

「阿夢、朝食を済ませてこい。朝食を終えたら香霖堂に向かう」

 

 

 

香霖堂に向かうということ、つまり帝都を騒がす怪異の情報集めと怪異の解決に動き始めることを指す。他人事で有れば気楽にいられるわけだが、当事者からすると気が重くなるどころの話ではないのである。蛇足に香霖堂に行く前に食べた洋風の朝食、ぱん、とやらが口に合わず素直に白米を食べていればよかったと後悔したのは私の胸に秘めておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、斯くして君たちは僕の店を訪れたということかい?」

 

 

「はい、最近では帝都の開発中の区画で奇妙なことが起きているという噂を耳にしました。この情報について調査していただきたいのですが」

 

 

あいも変わらず、閑古鳥も寄り付きそうにない香霖堂。はっきりとは分からないが、以前来た時よりも何か物が増えたような気がする。それも役に立たない、使い道がないような物ばかりが。何処から仕入れ、いや拾ってきたのか。正直なところ、ゴミと商品の区別がつかない有様である。もしかすると、香霖堂に置いている物全て商品なのかもしれないと思ってしまった。

 

 

「開発中の?……参ったなぁ、あそこは作っている最中の場所であるから僕としても全容を把握している訳ではないのだよ。陸軍の高官か将校なら開発予定の草案を持っているかもしれないが、作業の進行具合が分からずお手上げなのさ」

 

 

「いえ、そういった地理的な話ではなく怪異の有無についてです」

 

 

「怪異?ないない、あそこは帝都で最も未完成の場所であると同時に最新の場所と呼べるだろう。従って、いわゆる迷信的な妖怪や神様がらみの話なんて帝都で一番無縁な区域だよ」

 

 

「そうでしたか、それでは開発途上の区域には妖怪は……」

 

 

「一概にそうとも言えんだろう。先の異変では病気と刃傷沙汰が妖怪の仕業だったのだ。奇妙なこと、不可解なことが異変に繋がるやもしれん」

 

 

 

確かに一理ある。今、この帝都には幻想郷より来訪した人外が存在している。ならば、如何な異常でも見逃すべきではない。開発途上の区域に起きる不可解な出来事、妖怪の仕業で有る、無しを決めつけるは性急過ぎる。

 

 

「霖之助さん、事の大小を問わずに質問をします。何か、開発途中の区画で奇妙な事は起きていませんか?どんなことでも構いません」

 

 

「……どんなことでもか、有るには有るんだが……」

 

 

「歯切れがよろしくありませんが、何か不都合な事でも?」

 

 

「話の内容がね。開発途中の区域で最近、夜中になると前後不覚になる者が続出するという話さ。なんでも、暗くなった所為でよろけたというらしいが」

 

 

「……あのそれは、単に酒に酔っていたというオチでは?」

 

 

「そんな落ちないオチを僕が披露する訳ないだろ。いや、これはこれでオチている、のか?」

 

 

「「落ちてない(ません)」」

 

 

どうやら、今回は前回の異変に比べて情報が足りないようだ。開発途中の区域、あやふやな証言、少ない目撃者と目撃例。これでは、妖怪が関わっている異変かどうかすら、まともに判別がつかない。何か、取っ掛かりとなるモノがあれば……

 

 

「霖之助、開発区域で最近、注目されているモノや人はあるか?」

 

 

「そう言われましても……開発区域なんて僕には縁遠いところですし。う〜む、開発中の区域で新しく屋台が開いたとか、なんとか……すみません今のは忘れてください」

 

 

 

万事休するとは、こういうことか……まさか香霖堂ですら今回の異変らしきモノの情報が手に入らないなんて。だが、これは有る意味では妥当な事なのかもしれない。夜間に前後不覚になる者が出ても死傷者がいない、大きな破壊の痕跡も無し。事態が軽いが故に情報が集まりにくいのか。

 

 

「夜間の前後不覚、屋台。……今晩にでも開発区域に踏み入るぞ」

 

 

「はい……そうするより他は無いようです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時はしばらく、陽が落ち街燈(がいとう)が夜闇を照らす時間帯。そこには暗闇に同化するような黒いインバネスコートを纏う百鬼空亡と黒の外套を羽織った着物姿の稗田阿夢が開発区域に踏み込んでいた。開発途中というだけあり、帝都の道々に設置された街燈の類いが此処には疎らに設置され、よその区域よりも暗く見える。しかし、空亡も阿夢も元は街燈などという便利な照明の無い幻想郷で生活してきた身。暗闇に対しての抵抗の如何は帝都で暮らす人々よりも高かった。

 

 

 

 

空亡様と開発区域を訪れたはいいが、どうにも指標となる物・事が欠けている。私は小脇に抱えた幻想郷縁起の表紙を軽く撫で付けた。大丈夫、私の唯一とも言える武器は此処に有るのだ。それに幻想郷に於ける最恐の存在が側にいる状況、人外を力づくで撃退するのは余裕があるくらいだ。問題として、幻想郷に送還する交渉を私がきちんとしなくてはならないが、其処はそれ本番で結果を出してみせる。

 

 

「空亡様、私たちは一体、どこへ向かい歩いているのでしょう?」

 

 

「行き先はない。只々、無計画なまま辺りを歩いているだけに過ぎん。(くだん)の前後不覚に陥る者の大半が開発区域をうろついていた者なのだ。変に目的があるように行動するのは良策とは言えん。それに、帝都に起きる異変の解決者は稗田阿夢……貴様だ。私はあくまで協力者としてのみ行動する」

 

 

「……空亡様が協力者というのは、凄まじい贅沢のような気がします」

 

 

幻想郷で最も強い人外、百鬼空亡。それが協力者という形であれ、味方の姿勢をとっているのだ。幻想郷にいる者からすれば、なんという贅沢だと冀望される陣営であろう。外敵との戦闘で彼の防御を破る者がいない限り、稗田阿夢(わたし)の身の安全は確実なものとなっている。ならば、自分が為べきことは人外との交渉、弁術のみに絞られる。前回の嫉妬と(やまい)の異変時は(くみ)(やす)い者が異変首謀者であったが故、どうにか事を納める事が出来た。()りとて前回のように単純な行動原理の人外が相手とは限らない。

 

 

 

 

今の自分では限界が見えている。現状の己では届かぬ領域が存在する。此処に居る私では(とざ)された場所がある。そうだ、自分は未熟なのだ。其れが分かったいるのなら、簡単な話。今の自分を超える自分に成長すれば良いだけの事。この異変を発条(バネ)にして、更なる高みへと至るのだ。

 

 

 

 

そして、いつか私は空亡様に………… って、私は何を…………ッッ!?

 

 

 

顔が朱に染まる。隣を歩いている筈の空亡様に顔が見られていないか不安になる。落ち着け、わたし。まだまだ慌てるような時間じゃない。今夜、こうして二人きりで帝都の夜を並んで歩んでいられることが、どれだけ幸せな事か。今はまだ、この距離で良い。でも、いつかきっと。

 

 

 

心の(うち)に誓いを込め、頬を赤らめていた時だった。目の前が暗転し、視界が闇に落ちた。これは暗闇に入ったというよりも、視界を誰かに奪われたような気がした。

 

確証はない、しかし要らないとも感じる。視野が黒くなり転びそうになるが、空亡が肩を手に取ったおかげで地面との激突を防いだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

阿夢は急に見えなくなった目に手を当てる。触覚はどうやら機能しているようで触った感触は手に返ってきた。もし帝都にきた頃の自分なら、仰天しまともに行動できなかったかもと自己を査定する。しかし今の自分はもう違う。

わたしは幻想郷から異変を解決するために訪れた稗田阿夢だ。何より肩に乗せられた手が自分に勇気をくれる。乗せられただけの手、そこにあるのは優しさではないのかもしれない。厳しいと思った、けど其れで良い。空亡様()の前で情けない格好を見せられるものか。

 

 

「空亡様、お手間を取らせてしまったことご容赦を……」

 

 

「気に病むことではない。其れで今の状態が異変のそれか?」

 

 

「今の状態?空亡様、一つ尋ねますが辺りは一歩先も見えない暗闇ですか?」

 

 

「いや、薄暗いのことには違いないが、一歩先までというほどではない。それと貴様からは見えんが、眼球の白目の部分が黒く染まっている。これがいわゆる立ち眩みというやつの正体だ」

 

 

眼球の白目部分が黒く?これが立ち眩みの正体?目の前が暗く染まった状況、まるで(めくら)だ。もしも、このまま目が光を失ったらと考えると恐ろしいが、これはあくまで立ち眩みということになっている。それなら、時間を於けば視力は回復するのだろうか?

 

 

「これは間違いなく異変です。周囲の明暗を変化せずに人の視界のみ変化させる異変……」

 

 

人外が関係しているのなら、これは自分たちが対処すべき問題。目に異常を起こさせる人外、そういう種族をわたしは知っている。その正体を知っている……

 

 

「夜の〜暗闇〜困ったなぁ〜♪こうっも暗くちゃ夜道も歩けない〜♪」

 

 

すると、何処からか調子外れの唄が聞こえてきた。鼻歌混じりのその唄は適当なものだと、わかっていても引き込まれる"何か"があった。

 

 

「夜盲〜鳥目に困ったらぁ〜♪試してごらんよ、八目うなぎ〜♪」

 

 

「……空亡様、近くに屋台はありますか。あったなら、きっと其処に異変の犯人が居るはずです」

 

 

「……存外、手早く見つかるものだ」

 

 

わたしは彼に手を引かれて行く。そして、屋台と思わしき暖簾(のれん)をくゞった。

 

 

「いらっしゃ〜いっ!?」

 

 

「……驚いている暇があるなら、こいつの視力を戻せ。今すぐに、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ、どうしてこんなことに」

 

 

「夜雀、串焼きを追加。それと酒もだ」

 

 

……これはどういう状況だろう。異変の解決者が異変の元凶に食事を作ってもらっているというのは。結果からして、わたしの視力は元に戻った。空亡様に言い含められた彼女が己の能力を解除してくれたのだ。そう、夜雀の妖怪である"ミスティア・ローレライ"が。

 

 

「まさか、あの百鬼空亡がこの街に来てるなんてぇ」

 

 

「そも、妖怪が屋台を開くとは一体どういう事情があったのですか」

 

 

「貴様は知らんようだが、こいつは焼き鳥を撲滅するだので以前から幻想郷で八目うなぎの屋台を引いていたのだ。夜雀の能力である人間を鳥目にするという能力でな。鳥目に効く八目うなぎを鳥目にした妖怪が食わせるという手間の込んだ店。妖怪たちの間ではそれなりに有名だったのだぞ。私も兼ねてより一度は来たいと考えていた」

 

 

 

まさか、これが異変の正体だったとは。鳥目にする妖怪が人を鳥目にして自分の屋台に唄で引き込む。人が大して怪我をしなかったのも、次の客を呼び寄せるための布石とでも捉えていたのだろうか。今回の異変もまた大分つまらないオチがついてしまった。

 

 

「ミスティアさん、わたしもお酒おかわりです」

 

 

妖怪がやっている店という先入観を抜かせば、この店の酒、八目ウナギの串焼きも絶品だ。なるほど、妖怪たちが気にいるのも頷ける。下手をすれば、香霖堂よりも繁盛しているのではないか?

 

 

「あ〜い、それにしても稗田ノ……阿夢だっけ?貴女、随分と肝が据わってるね」

 

 

「空亡様がいるからです。彼がいなかったら、わたしみたいなただの人間が妖怪の屋台で食事をしていられるはずもありませんから。それよりミスティアさん、一つお願いがあって参りました。実は……幻想郷に戻って頂きたいのです」

 

 

わざわざ、帝都まで訪れた妖怪が素直に頷くとは思っていない。だが迂遠に話をするよりも直球真正面が効果的、どのようにして幻想郷へと帰る気にさせるか。ひとまず彼女がどのような対応をするかを見極め……

 

 

「うん、いいよ〜」

 

 

「……えっ……なん、いや帰ってもらえるのは嬉しいのですが、どうして幻想郷を出てまでやって来た帝都から帰ろうという気に?」

 

 

「そう言われるとなぁ〜。そんな大した理由はないよ、偶には幻想郷の外で羽を伸ばしたいっていうのもあったんだけど。想定外だったな、外がこんなに暮らしにくいとは。言葉にしようとすれば、いくらでも理由が出るかもだけど、結局は水が合わなかっただけの話だよ。うん……そういう意味じゃ幻想郷っていう機構は妖怪のために機能しているんだよね」

 

 

「はぁ、なるほど。水が合わないとは、帝都の神秘が薄いことと関係があるのですか?」

 

 

「いや、神秘が薄いっていうけど、普通の妖怪が残留するくらいの神秘なら帝都にだって残っているよ。わたしが言ってるのは、単純に妖怪が"求められなくなった"ことだよ。神秘が薄れるのは時代の流れだ。仕方がないって諦められる。だけどね、この街で妖怪の事を考える人間は(ほとん)どいない。"いない"って存在を否定されるんじゃなく、存在を気に求めてもらえないんだ。この街には、妖怪も神も必要ない。そういう事だから水が合わないって言う事」

 

 

 

言葉にならなかった。妖怪が目にも止まらなくなるような世界。不要と断じられるのではなく、意識すらされなくなる時代。ゾッとした。上手く言い表せないが、自分は怖がっているのだ。恐怖の源泉が何かも分からないままに、自分は恐怖している。何か"取り返し"のつかない事が進んでしまっているような……

 

 

「……すごいね。貴女、今、この街の事を怖がったでしょう?」

 

 

「ーーーーどうして、そう思ったんですか」

 

 

「勘、かな。うん、やっぱり凄いや。さすが、斯の魔神が連れ立った人間なだけはある」

 

 

わたしはミスティア・ローレライの一言に赤面すると共に過分な評価だと感じた。

 

 

 

「賞賛の言葉は嬉しいのですが、わたしはそう大した人じゃありませんよ?何処にでもいる(ただ)の人間です。妖怪のように強靭(きょうじん)な肉体も神のように絶大な神通力もない人間でしかありません。何も持たない人間の小娘で……」

 

 

「だからだよ、はっきりと失礼な事を言うけど。……わたしは貴女がどうして今、此処で息をして生きているのか分からない。そんな(もろ)(からだ)で、(やわ)な魂で、短すぎる命で、どうして今まで生きてこられたのか?特別な異能がある訳でもなく、ほんの少しの間違いで死んでしまう人間が生きていられるのか?」

 

 

ミスティアは過剰に大袈裟な事を真剣な声音で語り上げた。

 

 

「あの、そんな大した事じゃ」

 

 

「大した事なんだよ、人間が何の恐怖もなく生きていられるって事が。だってそうだろ、少し頭を打てば死んでしまう、少し躰が切れて血が流れれば死んでしまう、ちょっとした病で死んでしまう、些細(ささい)な心の揺れで死んでしまう。そんないつ死ぬかも分からないような世界で正気のまま笑って、泣いて、生きていることが私たちのような人外からすれば……"おっかない"」

 

 

随分と大仰な言い方だ。揶揄(からか)っているのか、とほろ酔い気分で歓談しようとすると空亡様が席を立ってしまった。

 

 

「幻想郷に戻ると言うなら、此方(こちら)としても言うことは無い。幻想郷に戻るなら、此方側の博麗神社から幻想郷に戻るがいい。馳走(ちそう)になった」

 

 

席を立った空亡様は屋台の卓に、明らかに多めな金銭を置いて屋台を後にしようとする。わたしも呑気にせず、ミスティアさんにお辞儀(じぎ)して彼を追おうと足を前に進めた。

 

 

「ちょっと、待ってよ。阿夢さん」

 

 

後ろからミスティアさんがわたしを呼び止めた。もしや代金のことで、何か言われるのかと戦々恐々とする。しかし、彼女の瞳は違う事を言いたがっていた。

 

 

「貴女が帝都の異変を解決しようって言うなら、一番近くにいる、()の魔神に気をつけなよ。どうやら、彼は貴女の味方で護衛役なんだろう。彼が味方として協力してくれるってんなら、異変は間違いなく解決するね。けど、これだけは忘れないで。百鬼空亡(なきりくうぼう)は恐れと畏れを以って対峙すべき存在であり。彼が……幻想郷で最も怖ろしい怪物だと言う事を……」

 

 

 

ミスティアさんの言葉は忠告の形をした宣告だったのかもしれない。でも、わたしの心に恐怖は湧いてこなかった。空亡様を恐怖し畏怖する感情はある。ミスティアさんの忠告は的を射ているはずだ。でも、わたしはきっと忠告を守れないのかもしれない。先の出た空亡様に追いつき、後ろを振り向くと屋台は影も形も無くなっていた。

 

 

こうして帝都での二つ目の異変は解決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー第参幕・迷道(めいどう)の怠業ーーーー

 

 

上野、帝都において上野は歴史と文化が発展している地域として知られている。徳川の治世に上野は江戸城の東北、鬼門に位置し、それを鎮護すべく寛永寺が建立(こんりゅう)された。かの名高き比叡山も、京都御所の鬼門に建立されたもので、そのことから寛永寺は東の比叡山と謳われた。まぁ、その寛永寺も戊辰の折に戦争の被害を晒され、焼け落ちの憂き目に。明治に復興されるとは言え気の毒な話だ。また、同様の明治に上野は国立の図書館が建ち、良家や華族の子弟に対する教育を主眼に置かれた帝国学士院をはじめとする音楽、美術関連の様々な学舎が建てられた。

 

 

 

上野の街は歴史と文化の交錯する土地である。良家の子女や子弟ら、奉公しにきた書生たちが神社仏閣の人々とすれ違うなど茶飯事。そんな異変とは無縁らしい街を私たちは訪れた。

 

 

「空亡様、これが外の世界の風土記ですね」

 

 

「ああ、近年は民俗学者が増えたこともあり、日本各地の伝承や風習の調査が進んでいる。海外列強の脅威を受けて、自国の事を正確に(しら)べ始めた。地方の(ふる)き伝承の中には、既に忘れ去られた妖怪がいる。中には幻想郷に()く事を拒否し、消えた者もいるだろう」

 

 

()うですね。然う考えると何だか感慨深いモノがあります。ええ、消え去った伝承を後世に残す偉業の一端を(にな)えるというのは、光栄なことですね」

 

 

「地域の伝承、信仰や文化の編纂は元々、貴様にとっては本業のようなもの。というより民俗学の大元に近しい働きを稗田家は務めていたな」

 

 

「古事記の編纂は私一人で行ったものではありません。私はあくまで編纂者の一人ですよ」

 

 

「一度でも見聞きしたものを忘れない人間が、各地方の伝承や文化の編纂にどれほど貢献できるか。古事記の"編纂"を見たわけではないが、稗田阿礼が古事記の一編纂者というのは謙遜が過ぎる」

 

 

どうしよう……体が熱く火を放っているみたいだ。自分が此処まで彼に高く買われているという事実が無性に誇らしい。嬉しいという陳腐な言葉では言い表せない衝撃。ああ、今日という日はなんと恵まれているのか。

 

 

「……しかし、此度の怪異は随分と場違いな場に現れたな」

 

 

意識が有耶無耶の中で空亡様の呟きが朧げに意識を掠めた時、その呟きに引きづられる形で私はこの街を訪れた経緯を想起した。

 

 

ーーー

 

 

『ーーーー新しい怪異、ですか?』

 

 

帝都を騒がせる第三の怪異は、わたしの疑問に傾げた声とともに始まった。

 

 

(しか)り、というより此処最近の若者たちが噂している、いわゆる流行(はやり)だ。いけないなぁ、この手の流行は若者ならきっちりと押さえとかないと』

 

 

『わたし、精神の年齢だけなら霖之助さんより年上ですが……それに貴方だって、自分の事を"若者"と臆面なく言えるほど大して若くもないでしょう』

 

 

実年齢で言えば、帝都に住む者の軽く倍は越えるであろう霖之助と、転生により精神年齢で言えば幻想郷の最古参にも匹敵する阿夢。どちらも若者の流行が如何と言える人材でないのは確かだ。まぁ、御阿礼の子は精神年齢より肉体年齢に引っ張られるため、実年齢の精神を保つことが出来ることを明記しておこう。

 

 

 

『幻想郷に住まう者の生活は外の世界と隔絶している。外の世界の流行に一喜一憂することには、何ら意味がない。肝要なのは、その情報が異変に関連するかの成否である』

 

 

『此処は幻想郷ではなく、帝都ですよ。流行に必ず乗らねばならないという必要はありませんが、現在の帝都で何が注目されているのか知ることは決して無意味とは言えないのでは?年齢の事を言えば、人外は総じて老境。ならば、せめて心は若々しくなければ。人の一生も妖怪、人外の一生も楽しみ尽くしてこそ価値が有るというモノです』

 

 

『詭弁を……貴様の語る価値は、不要なモノまで数えているから当てにならんのだ。猛省せよ』

 

 

空亡様の下らないというような叱責を受けて、霖之助さんは"お後がよろしい"とばかりに頭に手を当てていた。基本的に森近霖之助は揺るがない。魔神を相手に詭弁や冗談を言う精神の図太さだけは勉強になるモノだ。思えば、霖之助さんには様々な事を教えて貰っている気がする。大半が反面教師としてだが。

 

 

『さて、空亡様に叱られたところで本命の話をしよう。…………今回の異変、それはこれまでの異変よりも遥かに異変らしい怪異だ』

 

 

少し、言葉を溜めて霖之助さんは、今回の異変を"そう"評した。

 

 

『異変らしい?それは、妖怪が出たという噂が立っているんですか?』

 

 

『いや、そうではないよ。そうだな、これまでの異変はなんだかんだと帝都の住民たちが説明出来るような異変だった。しかし、今回のは誰にも説明出来ない代物だったのさ』

 

 

本題を中々、切り出さず相貌を崩す霖之助さん。彼の悪癖だろうか、こういう状況になると会話を出し惜しみするようになるのだ。

 

 

『霖之助さん、早く本題に移ってください』

 

 

『あいや、失敬失敬……さて、これ以上余計な話は君たちの望むべくないところだろう。であるなら、本題に入り給ふか。上野、最近は色々な学舎が立ち並ぶ区域があるだろう?そこで、ある奇怪な事が起きているんだ。それは、"不通(とおれず)の橋"と言ってね。正午の頭から三時まで橋が通れなくなるんだ。橋の向こうは見えているのに、橋を渡ろうとすると何処まで行ってもいくら歩いても向かい岸に辿り着かなくなる。まぁ、三時以降は普通に渡れるんだがね。最近じゃ、狐や狸が化かしているとか、お化け橋とか言われてて。憲兵が橋を調べているようだが、結果は芳しくないようだ。さて、この怪異。幻想郷より来訪した君らは如何にして解決するのかな?』

 

 

芝居がかった言い回しと身振りで話し切った霖之助さんは、椅子に背を預け腰を下ろした。

 

 

『……不通(とおれず)の橋、これはまた、如何にもな怪異ですね』

 

 

『ああ、いわゆる理解の範疇(はんちゅう)にない事柄を怪異というなら、これは立派な怪異さ』

 

 

底の知れぬ笑顔を浮かべる彼は、愉快そうにこちらを見物していた。(くつろ)いでいる彼を見ていると、これから異変の現場に連れて行きたい衝動に駆られるが、情報提供という意味では立派な異変解決の貢献者。無碍(むげ)にはしたくないし、此処は立派に異変の解決をしなくては。

 

 

『それにしても、こんな話を何時も何処から仕入れているんですか?』

 

 

しまった、と思った。これは彼の事情に踏み込み過ぎたか。

 

 

『何、それなりに長生きしていれば、お偉いさん方との面識も深まるもの。そのツテがあればこそで、僕自身は平々凡々な半妖だよ』

 

 

わたしの不意の問いに対し霖之助さんは、店内に置いてある彼曰く商品と思わしき物品を布で磨きながら、焦らすことなく返答してしまった。しかも、返答しているのに具体的な事は話していないのだから、実にひねくれている。

 

 

『ーーーー霖之助さん、さっき異変を如何に解決するのか、と言っていましたね。霖之助さんは今まで異変が解決する事に対しては具体的な事を言わなかったのに、今回は異変をどう解決するかと言った。もしかして、そのお偉いさん方とやらに霖之助さんが調査、解決を請われたのでは?』

 

 

霖之助さんのあまりにも馬耳東風といった態度に、自分でも思う所があったのかもう一歩彼の行動の真意に踏み込んでしまった。別に返答がどのようなものでも構わない。単純に霖之助さんのうすら笑みを崩せれば、わたしとしては満足な次第だが。

 

 

『余分な遊びは、そこまでにしておけ』

 

 

空亡様の鶴の一声で、霖之助さんとのじゃれあいはお流れとなった。いや、このままでは引っ込みがつかなくなりそうだったので、丁度いい機会で止めてもらえたと思うべきか。でも、このまま撤退するのも勿体無(もったいな)いと、最後に最高の笑顔で捨て台詞(ゼリフ)を口にした。

 

 

『…………食えないお人ですね』

 

 

 

『そりゃ、僕は食用じゃないからね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香霖堂での少し疲れるやりとりを済ませ、私たちは上野で噂になっている、不通の橋の現場を訪れていた。そこは、憲兵や警官の方々が橋の周辺に立ち、人々を中に入れないように陣取っていた。学生と思わしき人々が野次馬として集っている。

 

 

 

 

空亡様の認識阻害と思しき魔術のおかげで現場に立ち入れたわけだ。しかし、こうして冷静な立ち位置から見ると、今回の異変は些か奇妙な事態を引き起こしている。正午から三時までという昼間のみ限定されて起こる怪異。橋が通れなくなるという極めて基本的な怪異にも関わらず、多くの人々が恐れる事なく調査を敢行している事。上野という学舎や神社仏閣が混在する街での異変発生。

 

 

「深く考えるな」

 

 

うんうんと頭をひねっていたわたしを空亡様が嗜めた。その短すぎる言葉は、気の所為か教え導く教師のような意味合いが含まれていたようにも感じた。

 

 

「妖怪や人外の起こす異変は、人外の尺度と思い付きが十割を占める。深く考えても答えは出ない、事実と異変の内容を無機的に処理し纏め上げろ。それこそが、人間の人外に対する最適解だ。そういう観点から為れば幻想郷縁起はよく出来ている」

 

 

「……光栄ですっ。まさか、空亡様からそのようなお褒めの言葉をかけて貰えるとは……」

 

 

声が震える。歴代の御阿礼の記憶の残響が歓喜に号泣する。そうか、自分たちの転生して残し続け繋げ続けてきた記録は意味あるものだったのだ。それが、此処で何よりも確実な証明が成された。ああ、此れは堪らない、異変解決を控えていなければ酒に酔いつぶれたい気分だが、今はそれどころではない。

 

 

「阿夢、会話に花を咲かせるのは此処までだ。橋を渡るぞ、神秘の深き幻想郷から来た我らなら、恐らく異変の大元に辿り着くだろう。分かっていると思うが、私は護身役でしかない。異変を解決するのは、稗田ノ阿夢だと心身に刻め」

 

 

「ーーはいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

空亡様と並び、橋を封鎖する憲兵たちの真横を素通りしていく。橋に一歩踏み込んだ刹那、先ほどまでいた岸とまったく別物の空気に変わり果てた。岸と向かい岸を繋ぐ橋、普通、橋とは道の延長という認識でいたが、この橋は他の橋とは隔絶した何かがある。言葉で表すなら、この場は今までいた"世界"とは恐ろしいまでの"別物"だ。本来なら、この場にいること自体がおかしいと感じる。そう、言ってしまえば"まだ"早い。

 

 

「この場は……」

 

 

「いくら、察しが悪くとも流石に気づくか。だが、結論を出すのは暫し待て」

 

 

空亡様の言う所に寄ると、わたしの考えは十二分に正解に近しいと言う事だ。でも、結論を出すのを待て、とは一体如何したことか。橋の上を歩いて、かれこれ十分はしたか。周囲は昼間であるにも関わらず、靄が立ち込め辺りの様子を覆い隠していた。暫く、歩いてもう十分はした頃、ふと前を見ると視界の先に人影が確認できた。空亡様は、何も気にしていない風情で歩き続ける。如何すべきか迷ったが、この不通の橋で一人きりになるのは得策では無し。空亡様の隣に並びて歩みを進める。

 

 

近づいたことで靄が薄れ、先ほどまで人影としか分からなかった人の姿を目視できるようになった。その人、暗藍の外套を身につけ、煙管(キセル)を咥えて橋の欄干に身を預けていた。歳は四十の中頃か、その眼光は鈍く髪は雑多に伸びたものを括っているだけ。表情からは何も察することができず、主観から物を言わせてもらうなら、とても社交的とは思えない風体(ふうてい)だった。

 

 

「あゝ、もし其処の誰方か」

 

 

おや、社交的らしからぬと思っていたが、それが会話をしない事に繋がるとは限らなかったようだ。輝いているとは口が裂けても言えない眼光は、自分たちを真っ直ぐに()していた。

 

 

「此処が何処か、ご存知ないだろうか。お恥ずかしい話だが、前後不覚のまま無意識に放浪していたもので此処が何処なのかが皆目検討も付かず」

 

 

「……此処は、上野の学舎区付近の橋の上なのですけれど、その……」

 

 

阿夢は言葉に詰まってしまった。彼女の予想が当たっていれば、彼に現在地を教えることも、彼に干渉することも、彼と関わることも意味を残すことは無いだろう。幻想郷の編纂者は隣の魔神と顔を見合わせる。空亡様は関与の兆しを見せず、自分の選択に合わせると視線は告げていた。

 

 

「橋の上?僕は如何して橋の上に……なんで、なぜ?……いや、僕は橋でやることがあった。あったはずなんだ。何だったか、何だ、何がだ。如何した、如何する、如何すべきだ……僕は何で此処にいる、此処で何がある、此処は橋の上だ。そうだ、そうだ、為べきことがあるんだ」

 

 

目の前にいる男の虚な眼光は、いきなり始まった自問自答と共に透明さを増す。わたしは、その姿に恐怖を感じなかった。ただ、その姿を(いた)ましいと断じた。

 

 

「そうだそうだそうだそうだ、そうかそうかそうかそうか。僕は此処でーーー」

 

 

壊れた蓄音機を彷彿とさせる声の繰り返しは、あっけなく理不尽とさえ言えるような断絶によって遮られた。何も映していなかった眼を限界まで見開き、何らかの答えに辿り着いた彼は背後からの鎌により首と胴体が(わか)たれたのだ。

 

 

 

「ーーーーそうだ、そうかと思い出しても……そんなの想起する価値なんか無いだろう?どんな答えに行き着こうが、それは今更遅いってもんだ。後悔は先に立たず、後の祭りに意味は無し。だって、あんたは死んでいるんだから。人生という幕は落ちたんだ、未練がましく現世に(すが)り付くより地獄でとっとと罪業の清算をして転生した方が生産的だと思うがね」

 

 

赤い髪をかきあげ、長身の女性は鎌を肩に乗せて述懐していた。その女性が誰なのか、"わたし"ではない"わたし"は覚えていた。

 

 

「……お久しぶりです、小町さん」

 

 

自分の小さな声を聞きつけた()の女性は、驚いた拍子(ひょうし)に飛び上がった。

 

 

「……まさか、あんた当代の御阿礼の子かい?どうして、こんなとこに!?って、隣にいる奴は」

 

 

「はい、当代阿礼乙女、稗田ノ阿夢です。そして、こちらが百鬼空亡様であらせられます。長らくお会いしていませんでしたが、お元気そうで何よりです。小町さん」

 

 

「むっ、こいつが怠惰な船頭の……」

 

 

「……えらく、不名誉な噂されてんねぇ。まぁほぼ本当のことだから、とやかくは言えなんだけど。いや、そうじゃない。なんだってあんたみたいな大物がこんなとこにいんのさ。幻想郷で隠居してたんじゃないの?」

 

 

正体を看破した一瞬は、愕然としていたがすぐに気を取り直す辺り小町さんの図太さは賞賛すべきものだろう。頰に冷や汗が垂れているが、その視線には僅かな揺らぎもない。そう、彼女こそ地獄で閻魔様のお叱りにも、公正しない不良死神。転生する際の条件として行っていた地獄でのお手伝いの折に友誼を結んだ三途の川の船頭、小野塚小町との眩しいまでに代わり映えのない再会だった。

 

 

 

 

 

 

「考えてみれば、簡単なことだったんです。橋というのは異なる場所と異なる箇所の繋がる接点という象徴的意味を持つモノ、今回の異変はそれが真相だったんですね?……今回の異変の肝と言える橋を渡ろうとすると向かい岸まで幾ら歩いても到着しないという奇怪な現象。それは生きている者と神秘から遠ざかっている者にとって、我らの領域(神秘という概念)に文字通り天と地ほど差があったから、無限の距離として具現化した。距離を操る三途の渡し守りである小町さんであれば、此れくらいのことは余裕の些事(さじ)でしょう」

 

 

わたしは自分の推論の序論を語ってから一息を入れた。空亡様、小町さんの異議が無いを見るに此処までで自分の推測に誤りはないだろう。

 

 

「気になるところがあるとすれば、正午の頭から三時という時間の限定性ですが、これは仕事の休憩……というよりサボっていてもバレない時間帯ではありませんか?現世で、かつ神秘が薄れた場である帝都なら、閻魔を務めあげる映姫様にも、容易に気づかれることがないでしょう。冒頭で言った橋が異変の真相であるということを細かく言い表すなら、死神である小町さんがこの場にいたことで、この橋は帝都と冥府と重なりかけた空間になった。決め手は、先ほどの男性……あの方はおそらく死んでいた亡霊では?死神が明確に関与するのは、仙人か彷徨っている亡霊のどちらか。そして、転生を繰り返したおかげで、冥界に空気を知っているわたしの感覚です。何か、間違っている推測はあるでしょうか?」

 

 

間違っているかと問いかけたが、正直なところ間違っているような気はしてない。これまでの異変を通じて理解したことだが、妖怪や人外の起こす怪異や騒動は特別な怨讐や信念を必要としない傾向を持つ。要するに、割と勢いだけで行動するのだろう。

 

 

「過不足なし、まんまそっちの考察どおりさ。真逆(まさか)、今代の御阿礼の子が此処までの傑物だとは。映姫様が見たら、口に出さないけど相当喜ぶんじゃないかな」

 

 

「此処までは、ただの確認作業ですよ。それで、本題のお願いですが小町さん。サボるなとまでは言いませんが、せめて帝都以外の場所にサボり場を移していただきたいです。そうすれば、異変は解決。そちらも映姫様に怠業を見破られずに済みます。どちらも幸せ、大団円です」

 

 

「おや、真面目っ子な阿礼がそんなこと言うとは、こっちの身としては助かるけど。どういった風の吹きまわしかな」

 

 

「冥府の規約より、現世の異変解決を優先させただけですよ。それにしても、さっきのは何ですか。あの男性の亡霊を鎌の餌食にとか、お迎えの死神みたいな事を。あなたは三途の川の船頭だったはずでは?」

 

 

そう、小町さんの怠業は地獄、幻想郷を問わず噂に上っている。けど、そんな彼女が自分の管轄ではない業務をこなすのが、想像外で驚いていたのだ。

 

 

「ああ、(やっこ)さんね。最近、この橋をサボり場にしてたんだけどさ。そしたら、景気の悪い顔で奴さんが此処に来るんだわ。何処で死んだかわからん亡霊がうろちょろしてて、最初は放置してたんだが、どうも自殺したみたいでさ。冥府にも現世にも居られなくなってんのが、見てらんなくて節介を焼いちまったってだけだよ」

 

 

小町さんは大した事じゃないと謙遜しているかのように鎌を担いで言葉を紡ぐ。

 

 

「仕方ない。良いサボり場を見つけたと思ったんだが。映姫様に報告されても困るわけだし、わたしは此処を離れることにすんよ。……これで良いんだろ?」

 

 

「ーーーはい……ありがとうございます。小町さん」

 

 

 

「…………なるほどね。だから、あんたは魔神に一目置かれてんのか……」

 

 

小町さんの呟きは小さなものだったが、確かにわたしの耳に届いた。死神という人外の種別でも、殊更に異常性を持つ死神に、こうも評されるとは。

 

 

「あの、小町さん……だから、とは?」

 

 

「ーーーーあたしら、死神ってのは人間の生き死にに一番関わりが強い存在だって自負してる。そこは反論できないだろ、魔神殿?」

 

 

「冥府の住民に勝るほどの、生命に関わる存在がいてたまるか。だから、貴様らは死神などという大仰な名称を自称しているのだろうが……」

 

 

空亡様は、小町さんの言葉に同意する形の発言をとった。なるほど、だから死神は人外でありながら神という名称を持つことが許されているのか。

 

 

「話を戻して、さっきの"だから"は感心した意味で、変な意味じゃないのさ。うん、死神の立場から言わせてもらうと……人間って奴の一生は奇跡の塊だよ。死ぬ人間をごまんと見た死神でも、人間って奴の死因は時に予想もつかないものがある。つまり、どんなことででも人間は死ぬんだ。人間の一生は、何か一つでも掛け違えば死ぬ可能性がある。生まれた時も、若かりし時も、老いた時も。どんな状況でも人間は死ぬ可能性を持ち、そんな一生の中で"生きる"なんて奇跡を積み上げ続ける人間は、すごい」

 

 

 

「さっきの男、世を悲観してばっかりの、えん、えせ……う〜んと」

 

 

厭世家(えんせいか)、だな」

 

 

「そう、それ!厭世家みたいに、自分から死ぬような奴は気に入らないさ。けど、そういう人間の方が人外にとっては納得がいくんだ。だって、それは楽だろ?奇跡のような、綱渡りみたいな張り詰めた一生を生きていくより、死を選ぶ方がずっと容易で救いがある。……間違ってるんだろうね、でも間違っているてのは楽なんだよ。無理に正しくあり続けるのより、間違えてしまう方が……人外ってのは、そういうもんだ。けど、人間は違う。苦しくても、怖くても無様でも正しく生きて生きて果てていく」

 

 

この言葉は燃えるような熱を秘めていた。小町さんの意思が、焼けるように発露する。

 

 

「きっと、日々をより良く生きるということが、どれだけ正しいことなのかを理解してないんだろう。生きるということが、どれだけの数の奇跡の上に成り立ってるのか。人外の立場からすれば、それは憧憬に値する。誇りなよ、稗田ノ阿夢……あんたたち人の生命(いのち)は奇跡に()()ちている」

 

 

「……そこまで賞賛されてしまうと、気恥ずかしいですね」

 

 

本音だった、死神という冥府の命に携わる人外がそこまで褒め上げるなど、一人間である稗田ノ阿夢は想像すらしていなかったのだ。

 

 

「まだ、足りないくらいさ。これには魔神殿だって同意見じゃないかい?」

 

 

「ーーーー知らん」

 

 

「ツレないねぇ……あぁ、一つだけ……帝都を離れるわたしには関係ない余計なことだろうけど言っとくことがある。この先の異変には気をつけた方がいい」

 

 

「……気をつけた方が?それなら心配はないかと、あいにく人外の起こす異変を軽視したり、侮ったりする余裕がないものですから。警戒は怠っていませんよ」

 

 

帝都を去ろうとする死神は、こちらを振り返ってまで警告してくれたが、自分のような人間に異変を軽く見るような余裕があるわけないのだから。

 

 

「いや、そういう話じゃないさ。御阿礼の子がそんなヘマをするとは、あたいだって考えちゃいない。でもさ、こないだからここいらから不穏極まりない気配が漂ってくるんだ。最近、話題になっていた怪異や噂をあんたらは解決したんだろうが、この先はそれとは異なる怪異が待ち受けるだろうね。これから起こる異変は、人を喰らい、傷つけ、殺す怪異の類い……稗田ノ阿夢、死神が言うのも変な話だが、命を大事にするんだよ」

 

 

 

そう、言い残し靄の中に赤髪の死神は消えていった。彼女の退去と共に靄は晴れ、橋の向こう岸までの視界が取り戻された。だが、晴れた靄と相反(あいはん)するようにわたしの心境は混沌の霧中に入っていく。

 

 

 

「ーーーーまさか、これまで以上の騒動が起こると言うのですか?」

 

 

「さて、先の死神の言が嘘であれ真であれ。人に仇をなす怪異との対決は避けられんものだ。むしろ、これまで遭遇しなかったこと自体が幸運だったのだ……どのような異変であれ、異変は解決する」

 

 

わたしは空亡様の言葉を聞き背筋を伸ばすが、これまで以上の怪異、異変の襲来を諸手を挙げて喜ぶ気にもなれない。とにかく、今日はもう疲れた。まだ昼の半ばであるが、帰ったらすぐ休息を取ろうと心に誓い空亡様と共に封鎖されていた橋を後にするのだった。

 

 

 

 

この異変の後日談というか、オチという話でもないが、死神である小野塚小町は結局、今回のサボりを上司である四季映姫様に看破され半日がかりの説教を食らったらしい。

 

あと、森近霖之助さんは今回の異変の解決を依頼したお偉いさんから褒賞金を頂いたそうな。そのことを聞き、わたしは霖之助さんの評価を一段階落とす運びとなった。ちなみにその褒賞金で、また新たなガラクタを買ったことで空亡様も同様に霖之助さんの評価を下げることとなった。

 

 

 

 

 

 

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