絶対悪・暴虐のアジ=ダカーハ   作:悪事

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投稿が大きく遅れ申し訳ありません。
そして、今回の話の注意として独自設定のオンパレードですので
その点を留意の上で読み進められますようお願いする所存です。


幻想郷、創生秘話[其の拾]

ーーーー喰らう暗闇(くらやみ)[其の二]ーーーー

 

 

人間とは共感する生物であると誰かが言った。実際、人間の感情の形成と情動の大部分には共感というものが関連している。他者の感情を自分のものとして認識することで人は感情の共有を図る。傷心した者がいれば、その傷みを自らの立場で想像し、歓喜に震える者があらば、自らならどうするかと思考を巡らせる。他者及び自己の相互共感、其れがひいては社会秩序の地盤にすら発展してきた。

 

 

この共感という概念の本質、それは自己と他者の境界線を重ねることに帰結する。他者との境目、そこに自己の境界線を重ねることは生物が行っている生命活動の中でも特に重要性の高い項目に入るだろう。しかし、逆説的に言えば他者との共感を図らない生物がいるとするなら、その生物こそが秩序に対する天敵に成り得る。

 

 

 

故に此処で定義しよう。"怪物"とは秩序の天敵に成らざるを得ない、と。

 

 

 

 

 

 

 

稗田阿夢は困窮していた。空亡に取り次いでもらった八雲紫との怪物の定義に関する問答、自分の考える怪物に関連づいた解を粗方、並べてみたがどの解も正解成らず。気を取り直して再び解答をしようと考えるが、此れまでと同じように、"下手な鉄砲も"戦略では八雲紫の求める答えを出せない。発想の転換が必要だ。此れまでの解答は奇しくも正解成らずではあったが、不正解ではなかった。曰く、何かが欠けているという。全ての解答で同一の欠けた部分。

 

 

一体、それは何なのか。それがこの問答を終わらせる重要な鍵だろう。

 

 

 

 

眦を顰め、問答の解を探索する阿夢を三体の人外たちは三者三様に捉えていた。香霖堂の店主、森近霖之助は真剣に考え込む阿夢を糸目のまま注意深く観察し、魔方陣で此より遠きから阿夢を見つめる八雲紫は彼女の真価を推し量るような視線を送る。そして魔神、百鬼空亡は帝都異変の解決者となる稗田阿夢の出す解とそれを求めた彼女が何処へ至るのかを見極めるため、紅玉を尖らせて状況を見定める。三者三様に、人外としては高い格を持つ彼らに視線を向けられても、稗田阿夢は一向に動じない。それどころか、意図して今の自分の思考以外の情報を遮断、削ぎ落とし最適化を図っている。

 

 

 

 

考えろ考えろ、考えろ。八雲紫さんが出す怪物の定義、此れまで出してきた解答に共通する命題。もう、思いつく解を無数に出す必要はない。此れまでの解から怪物として扱われる条件を探し出せ。私の忘却に沈まぬ記憶を想起し、整理し、纏め上げ、解答に帰結するだけでいい。

 

 

遥かな過去、転生という特性を持たない頃から稗田家の根底にあったのは情報の編纂。つまり、情報を纏めて答えを提示するのは我ら一族の十八番。

 

 

 

ならば、御阿礼の子であり稗田家の血族である稗田阿夢なら出来て当然なのだから。

 

 

これは傲慢な考えだろう、実に傲った考え方。けれど、この傲慢を自負と呼べるような怪異と私はこの帝都で対峙してきたのだ。部品は既に揃っている。あとは回答を辿っていくだけ。

 

 

 

言語の有る無し・不死身・力の強弱・規模もしくは大きさ、この中より自分は八雲紫の求む解を辿っていく。この中にある共通点、共通項とは?……いや、そういえば大きいか如何かについて、紫さんは『いいえ、大きいことと怪物か否かは、関係が無い』と言っていた。他の解の返答時では末語に『成り得ない』という言葉を使っていたというのに。関係がない、つまり共通するものがないということか?紫さんの言葉を鵜呑みにするのも含むところがあるが、此処でこちらを騙しても彼女に得るものは無いだろう。

 

 

 

大きさは一度、選択肢から排除し再考を行う。言語の有る無し・不死身・力の強弱、これらに共通するのは……隔絶性か?他者と隔絶し断絶したもの、他者との精神距離が絶たれていることが共通点なのか?

 

 

違う……まだだ。

 

 

まだ、何かが抜け落ちている。他者との精神性が断絶ではまだ何かが足りていない。なのに何故か、これも間違いでは無いとさえ思ってしまう。おそらく、この解を紫さんに提示しても彼女は先と同じく『成り得ない』と末語に付け加え、間違いと言いわたすだろう。

 

 

多くの怪物と遭遇し脈々と御阿礼の記憶を伝承してきた阿礼乙女がなんたる無様か。身近に最上級とも言える怪物、百鬼空亡様がいるというのに、怪物の定義がわからないとは。あっ……そうだ、怪物という存在を考える上で最も適切な化け物は直近にいたのである。

 

 

百鬼空亡という規格外の怪物を元に怪物の定義を構築していく。空亡様の特徴、圧倒的なまでの力、予測不能な智謀、想像を越える恐怖。しかし、そうすると先の解と食い違うものが出てくる。空亡様は言語を有しているため、言語も怪物の定義に関係ないと言えるはずだ。それなのに紫さんは『成り得ない』と告げた。百鬼空亡に近しい妖怪である彼女が、そんな間違いを起こすとは考えにくい。

 

 

 

空亡様に合致しない、言語の有る無しも怪物性に関係していると?

 

 

……言語の有無、怪物の条件、生物から物体にまで適用する定義。

 

 

思考を転換しよう、此れまで着目していた言語の有無にではなく言語が(もたら)す産物について。言語が与える恩恵……情報交換……意思疎通、そして……相互理解。

 

 

 

此処に真実に手を届かせるための欠片は全て、揃った。

 

 

 

 

 

…………解に繋がる断片の整理、思考の転換、そこから至った謎の解答。そう、稗田阿夢はこの瞬間に幻想郷の人外たちが求める怪物の定義が如何なるものかに到達した。

 

 

 

 

 

 

 

「紫さん、ようやく分かりました。怪物というものが如何なる定義で解釈できるのか。怪物とは何なのか。そして、怪物が何故、怖れられるのか。……その謎が」

 

 

 

『……でしたら、その解を提示なさい。"人間"』

 

 

八雲紫は稗田阿夢を人間と呼び、解答を待つ。スキマを支配する怪物を前に、しかし稗田阿夢の目に怖れは映っていない。その目は生命そのものを輝かせるかのように力強い光を魅せている。怪物が求める、怪物性の定義の問答。三体の怪物と一人の人間を交えた問答の解決の刻が遂に訪れた。

 

 

 

 

「ーーーー怪物が怪物足り得る定義、怪物が怪物として見られる定義……それは、理解されぬ事。人間も動物も植物も、全てがそれぞれに秩序を持ちます。秩序があるからこそ、万物はそれぞれが存在を許されている。秩序なき存在の末路など、破滅の一択しかないでしょう。……その秩序の外にあるもの、その秩序から理解されぬもの。それが怪物に値する存在。其れこそが、怪物の正体です」

 

 

 

朗々と定義の概要を一人の人間は、怪物と恐れられる者たちに言い切った。スキマより這い寄る人外は、褒め讃えるように拍手を贈る。それは幻想郷を生み出した妖怪からの確かな祝福だった。隣に控える八雲藍も主に続くように拍手する。

 

 

 

「稗田阿夢、よもやその若き身にて辿り着いたか」

 

 

「若かりし、からこそではないですかな?……いやぁ、人の成長する速度は我らからすると驚嘆するほどだ。若いというのは、こういう自由さと方向の転換性があるゆえ。うん、天晴れだ」

 

 

噛みしめるような面持ちで空亡様は紅い瞳を私に向け、やはり平時と変わらない何処か他人事のような軽い声音で霖之助さんは賞賛を口にする。しかし、稗田家が今代の阿礼乙女である私こと稗田阿夢にとっては、この問答に此処まで梃子摺(てこず)るという事実に忸怩(じくじ)たるものがあった。

 

 

「転生を行うこと幾星霜、幻想郷にて妖魔悪鬼神霊聖仙の編纂を行ってきた記憶を継いだ身でありながら、よもや怪物がなぜ怪物たるのかという基礎の命題に頭を悩ませるなど、未熟の極み。恥以外の何者でもありません」

 

 

 

その言葉を聞いていた空亡様はじめとした方々は目を瞬き、納得するかのように頷いた。その何らかの納得を私は察することが出来ず、肩を小さくする。どうやら、悪感情に基づいたものではないにしろ、自分だけが察せていない疎外感のため、どうも気まずくて仕方ない。

 

 

そんな私を見かねたか、空亡様は案ずるなと手を振る。

 

 

「奴らの納得は理解する必要のない類いのものだ。理解しようとしたいなら止めはしないが、少なくとも諒解は得られど理解することは出来ないものと知れ」

 

 

「そういうものなんで……すよね。分かりはする、確証はなく曖昧でも片鱗程度ならば触れられますが、"理解"だけはできない。それが怪物という存在なんですから」

 

 

阿夢の首肯に沿って、ようやく話は元に戻る。

 

 

『御見事、怪物のなんたるかを人の身でありながら解明するとは。その智に応え、今回の異変に助力を致しましょう』

 

 

「助力……ですか?……ですが、助力と言っても」

 

 

『はい、帝都側には既に空亡様がいるため"力"については事欠かないのは重々、承知しています。それに助力というのも応援を送るということでもありません。博麗の巫女はじめ私や藍には結界の修復の役目があり、幻想郷を離れられません』

 

 

つまり、何の助力できないということでは?

 

 

そんな不満げな意思が表に出てしまったのか、不服そうに紫さんは扇子を置いて居住まいを正す。

 

 

早合点(はやがてん)は御よしなさい。何も頭数を増やすだけが助力ではありません。単純な話、其方で起こっている異変は神隠しなのでしょう?』

 

 

「?ええ、まぁ。人が夜半に影も形も残さず失踪するのだから神隠しというものだと」

 

 

ーーーーそう、だからこそ私は空亡様に頼み込むことで紫さんと談合をすることに。

 

 

 

『……ええ、でも話し合いだけでお別れというのも面白くないですわ。ですから些細ではありますが、神隠しの専門家が行う助言。これも立派な助力ならないかしら?』

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

紫さんの助力という名の助言を得たことで、だいたいの検討はついた。それに彼女が齎した意見には、こちらが目をつけていなかった点に触れることもできた。いくつかの意見と問題の解決案、対策を立てて数刻の時を過ぎた頃、ようやく談合の終わりが近づいてきた。

 

 

『ーーーーお役に立てたかしら?』

 

 

「はい、神隠しの主犯の見地からの意見。実に参考になりました」

 

 

『そう、ならば。私としても今回の話し合いは有意義なものだったわ。』

 

 

人間、妖怪と種族の異なる存在が協力し異変の解決に携わるという前代未聞の事態。稗田家が永い年月をかけて記してきた幻想郷縁起でも過去例を見ないほど。このような例外的な事案、これから先で二度と存在しないだろう。そう思うと、この妖怪と協力して行う帝都異変も感慨深く感じる。

 

 

「……それで、帝都に頻出する神隠しの怪異は如何に解決する?」

 

 

「まぁ、そこは僕としても同感ですね。こうして話し合いが終わった以上、残すは異変の解決のみ」

 

 

帝都側の二人は、私の次の行動に注視している。こう、あからさまに見られると恥ずかしいやら気まずいというものが心胆に込み上がる。

 

 

「わかっています。解決に必要なものは既に出揃って、後は相手との対峙と撃退のみ。であるならば、行動は迅に解決は速やかに。今夜、神隠しの怪異を解決しましょう!」

 

 

六代目の阿礼乙女、稗田阿夢は幻想郷縁起を掲げて異変解決に乗り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神隠しというのは、この日の本においては実に分かりやすい部類の怪異だ。起こった内容は人の消失、それが何某の手によるものかわからない時代においては人が行方をくらます全てを神隠しと呼称した。時には妖怪ではなく神が人をさらう場合、人が人を拐かす場合と妖怪が関わらないこともしばしば。神隠しの専門家にして神隠しの主犯と謳われる八雲紫は神隠しの要訣を二つ提示した。

 

 

一つ、神隠しにおいて失踪した者の所在が不明であること。

 

 

これは当然、消えた人間の所在がわかっているのであれば、神"隠し"などは呼ばれるはずもない。何せ、隠れていないのだから。

 

 

一つ、失踪した者を失踪せしめた手段、事由が不明であること。

 

 

消えた人間はどのような方法で消えたのか。移動手段、動機が不明という正体不明の恐怖。それは人がいなくなるという事態にこそ不安と恐怖を与える神隠しの本分と言える。だが、神隠しには種族ごとの特有の常道があると八雲紫は提言した。人が原因する神隠しの場合、単純に損得か感情が絡む。神隠しの被害者が消えることで自分の益となる、そうすることで己の何らかの感情が満たされる。人の場合、単純な動機を起点に複雑な目的に向かって神隠しは成り立つ。

 

 

 

妖怪の場合、神隠しとは畏れ、もしくは恐れられることのみが理由となる。暇だから、退屈している、何となく、そういった突発的な動機によって単純な目的を遂行するために妖怪の神隠しは行われる。そのためか、神隠しにあっても被害を受けた人間は存外、あっさりと解放されることが多々あるようだ。無論だが、食用とされ食われるなどと言うのも良くある話だ。

 

 

 

そして、神による神隠しが行われる場合について。神による神隠しは、十中八九が神の主観に沿って行われる罰と捉えるのが正しい。神への不敬、または怒りを買ってしまうことが神隠しの異変に繋がる。神の意は森羅の総意。あらゆる国、時代、文化においても神とは絶対の存在である。そのために、神が人に対して行う行為は害ではなく、罰と認識されるのだ。

 

 

 

妖怪の神隠しと神の神隠し、前者も後者も人に害を加えているのには違いない。それなのに妖怪の場合には退治が検討、実行され、神の場合は罰であると粛々と受け止め、献上品、祈り等を捧げる。どちらも人ならざるものであり、人にとっては有害であることに違いない。それにも関わらず神が主犯であるなら人は、同じ人を拐かす神隠しでも、赦しを請うことに思考が固定される。

 

 

 

神隠しという怪異は、種族ごとの特性が大きく反映される怪異。種族の特定さえ可能であるなら、幻想郷に永く関わってきた阿礼乙女にとって首謀者を特定するなど赤子の手を捻るよりも手早く済ませられる。神隠しの状況や被害者、時間帯、その現場の立地。異変のあらゆる物証を纏め繋ぎ想像の元に私は推察していく。

 

 

 

「ようやくです。長々と遠回りに時間をかけてしまいましたが、ようやく此度(こたび)の異変の真相を掴みました」

 

 

「……それで、真相を得たとしてどう動く?異変の全貌がわかったならば、稗田阿夢は何を以って異変に終止符を打つか」

 

 

悪神、百鬼空亡は何もかもを映す夕暮れの湖面のような瞳で問いかける。……無論、その答えを自分は既手中にしている以上、自分の覚悟も解答も既に決まっていた。

 

 

「……言うに不及(およばず)。帝都の夜に潜む神隠しの怪異、今夜中に解決します!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文明開化により発展し続けてきた大正、日本が首都たる帝都。地は石畳に整地され、かつての無秩序な自然は繁栄の秩序に呑まれた。同じく夜は神のモノであったはずの神鳴りすら、行灯のように人を照らす道具に成り果てた。その帝都の夜を幻想郷が語り手、稗田阿夢が徒歩(かち)で進む。

 

 

 

神隠しの異変が跋扈する夜間の帝都、怪異が隠れ棲む闇で傍付きもなく歩くなど命知らずにも程がある。護衛を務めているのが、いくら幻想郷が最強の悪神とは言え無茶としか言えない。しかし、彼女はあえて、この策を選択した。愚策中の愚策であれ、幻想郷に住まう純粋な只人(ただびと)(おとり)となるのだ。神秘を忘却した、帝都の住民よりも"喰らい甲斐(がい)が"あるというもの。

 

 

 

相手が襲ってこない場合の空振りに終わってしまう可能性も考えたが、異能を持つわけでもないありふれた人の罠を恐れて襲っても来ないような人外であれば異変を起こす気概(きがい)も、警戒する価値も無かろう。

 

 

 

帝都の各所に隣接された街灯が照らす夜道、一歩一歩を緩慢に探るように足を動かす。さながら、愚直に踏み込めば起爆するであろう地雷原を進行するがごとく。帝都の外れ付近、街の随所に設置された街灯の間隔が大きくなり始めた辺りで、ようやく今回の主目標が現れた。先ほどまで私が歩いていた場所の光源が不意に消える。それに合わせるかのようにして、背後から血の匂いが漂ってきた。迫る血の匂い、急いで私は次の明かりが照らす街灯の下に入る。

 

 

 

 

 

さて、標的は現れた。此処から一番の難題は自分の気力と体力にかかっている。覚悟を込めた一息を吐いた所で明かりが私を急かすように明滅した。間髪入れず、次の明かりが灯っている場所へ駆け出す。背後から殺意と血の匂いも追跡してくる。たかが知れる人間の疾走に距離を詰めず、こちらが折れるのを待つ様子からして恐らく今回の異変の主犯は"予想通り"だろう。

だとすればーーーー

 

 

「……これで決まりです」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー今夜もまた現れた。本来であれば恐怖に(おのの)き震えて崇拝すべき"夜"を光で(けが)す不遜な輩が。太古の旧き時代から人は闇を畏れ、平伏(ひれふ)してきた。それが人が育ち成長するに従い、人は多くの神の領域を侵し始めた。初めは()、次いで森、次に水、多くの神域を人はその手に掴み続けてきた。夜闇の領域は永らく不完全にしか人は踏み込まなかったが、人は遂に斯の雷光を簒奪した。その奪い去った光はいずれ、"私"の領土たる闇夜を侵すことだろうーーーー

 

 

 

 

神秘は朽ち果て、神代の時代は終わった。これから先には人が人を支配する時代が到来する。それは、それだけは、それのみは断じて許容できない。その時代を私は認めない、赦さない。何故なら、その時代の果てに人が求める(さいわ)いは皆無なのだから。

 

 

 

 

 

 

光の照らす夜道を人間の少女は駆け抜ける。この逃走劇に意味はない。諦めろ、と宣告しようとするが目を閉じて己を戒めた。これは罪業の清算である、人が犯した赦しがたい罪を闇夜の下に断ずるものだ。この少女が罪を犯したわけではない。けれど、群として生き群として成り立つ人類である以上、人類という種であり闇夜を闊歩するのであれば老いも幼きも無垢も悪しきも(すべか)らく私が裁くべき罪人である。

 

 

 

少女は私から見れば緩慢な走りで逃げ続ける。だが、そろそろお終い。これ以上の時間に意味はない、彼女を喰らい今晩は終わりとする。本来であれば、捕食などという野蛮極まる行為は否定すべきことだ。しかし、此の身の中核に"そうあれかし"と刻み込まれている以上、そうするしかない。一歩、少女の背後に一瞬で距離を詰めようと脚に力を載せようとしたところ……前方の少女が歩みを止めた。

 

 

 

諦めたか……少しの哀切と失望を振り払い、私は少女の生を閉ざそうと顎門(あぎと)を開く。()れにて終幕と少女の下へ近づき……(せま)って、私は目も眩むほどの閃光を総身に浴びせられた。声無き苦悶《くもん》が我が身を(さいな)む。是れは、そう"光"だ!其れも森羅の内の光ではなく、人が創り出した最も新しい雷を用いた光。

 

 

この身が自然以外の光に対して、此処まで霊核に損害を追うことを知っている人間?馬鹿な、その人間はとうの昔に()()き者になっているはず……いや、違う、違う違う違う違う違う!!愚かな、何故に今の今まで気がつかなかった。あの身に漂う今代の世に消え去っているはずの神秘の気配、この濃密な幻想を宿す人類が、この街(帝都)にいるはずがない。

 

 

であれば、この少女は幻想郷の住人。そして、妖怪でも仙人でもましてや神でもない。唯の人類種の気配しか見せていないのであれば、この少女が何者であるかなど明白であろう。

 

 

「やはり、人の意思を以って灯した人工の光には甚大(じんだい)な不可が生じるのですね。もしも、記憶違いをしていたならば、今此の場で倒れていたのは私の方だったでしょう。闇夜を()べる太古の化身も、寄る年波……いえ時代の流れには逆らえなかったと見えます。此処は(かつ)ての古き名である『ーー』とでも、いえ三代前の博麗の巫女に討伐された際に刻まれた羅典(ラテン)語の名、"lumen(ルーミア)"の名を出すべきか、悩みどころです」

 

 

忘却の彼方に棄てられた過去の名を唱えられ、遅ばせながら此の少女の正体に気が付いた。

 

 

「貴……様。まさか今代の阿礼乙女、稗田ノ阿夢か!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚愕した表情を押し隠しもせず、嘗て『ーー』いやルーミアと呼ばれる人外は立ち竦む。この神秘が廃れた帝都に幻想郷の重大な役目を持つ人類側の重要人物が現れ目の前にいるのだ。どうにも幻想郷の中核を担う者たちは帝都の事態を重く受けているらしい。

……だが、それでも慢心を承知で考えさせて貰えば、この少女は此処に立たせるべき"駒"ではなかろうて。いくら、幻想郷に住まう者とはいえ"所詮"は唯の人間でしかない。此の身が幾ら零落した身といっても、無力な人類の少女に遅れを取るほど堕ちるものか。

 

 

「今回の異変は完全に此方(こちら)の手落ちです。最初から異変の特徴、実体を冷静に見ていれば早期の解決も望めたやもしれないのに。……何の前触れもなく忽然と人が消息を絶つ事から、思案することもなく事態を神隠しと断定。それが先入観となり、人は何処かに(かどわ)かされた、(さら)われたなどと安穏とした考えで異変に望んでしまった。人外という存在の危険性を見誤っていたのです」

 

 

阿夢は悔しそうに歯噛みしてルーミアを真っ直ぐに覗き込む。だが、彼女の先入観も見方を変えれば、無理からぬことと思われる。何せ、この帝都を訪れて彼女が関わってきた怪異には人に其れなりの害を与えはしたものの殺人という生命活動に関する害にまでは関わってこなかったのだから。そのため、行方の絶たれた人は何処で生きていて唐突に帰ってくるものなどと穏当な事態と捉えていた。それが、人外が人間にとって不倶戴天、危うきモノだという認識を薄れてさせていたというのは皮肉が効いている。

 

 

「何故、今になって人を喰らうのですか。……今回、異変の正体が掴めても其処だけがはっきりとしなかった。確かにこの帝都の街灯なるものは夜闇を奪う貴女にとっては忌むべきもの。しかし、夜という領域は人が火を手にした段階で既に崩れていた。この先の時代、多くの神秘が有り触れたモノとなるでしょう。それが分かっていながら、何故今になってこのような……」

 

 

阿夢の質問の最中、ルーミアの発する暗黒の闇が狂と凶を孕み膨れ上がった。

 

 

「……愚かだと、馬鹿らしいと嗤う?けれど、其れでも私はその在り方を抑えられなかった。夜と闇を侮る輩を罰する宿業(しゅくごう)、それら罪人を喰らい畏れと信仰を(あつ)める私の矜持(きょうじ)。其の総てが私をこの街に向かわせた。この感情と魂の衝動が貴女に理解できる?」

 

 

「……遥か、神代の刻。日ノ本の彼方(かなた)の土地で、夜の暗闇を信仰の対象として女性の神格を崇める地方の伝承。その女神は人を罰するために人を喰らい夜が如何に恐ろしく危険なものかを教授するものだったとか。其れも時が流れてしまい、人々は信仰とその女神の名前を忘れ去り名前を(うしな)った女神は幻想郷に流れ着いた。其の名を喪った女神を鎮めるために、かつての博麗の巫女がその女神に羅典の文字で新たな名を刻んだ」

 

 

「流石、幻想郷に住まう神仏人妖の概要を編纂する稗田の阿礼乙女。私が何者かを少ない痕跡から見つけるなんて。そう、過去に土着の神格が一柱として『ーー』と呼ばれたこともあったけど、其れも昔のこと。名を喪ってからは女神どころか偶に人を襲う程度しか出来ない一山幾らかの低級の妖怪に堕していた。けど、何の偶然か、この帝都を訪れ私の神格は一時的にある程度は復元された。これは消える前の篝火のようなものか知らないけど、其れでも私は私として夜への畏れを取り戻すために邪神として動いた。いや、動かなければならないんだ」

 

 

ルーミアの言葉の終盤では、強迫観念らしきものを見せた。いや、強迫観念とは違う、これは使命感とでもいうべきか。自身の正しさがために動かなければという意思の強さ。其れをルーミアは言葉の端々から発している。

 

 

「まだ……そう、まだだ。まだ、私は為すべきことを為していない。其方の事情も重大だろうと、此方も譲る気はないよ。其れに、唯の人間が正面を切って私と会するのは愚策だ!」

 

 

人を喰らう邪神の一端を見せたルーミアが捕食のために動いた。元より会話が成立する程度の距離、こんな距離で肉体的には"唯の人間"である阿夢に為す術はない。しかし、其れは彼女が一人きりであった場合に限られる。ルーミアが飛び込む先に鋭利な槍影が浮かび上がる。実体を持った影という物理的に異常な物質が飛び出し、捕食者は本能のままに後方に退がった。

 

 

闇を司る神格を持つルーミアが退かされるほどの禍々しい影、その影の棘からは神代ですら考えられないほどの権能を宿していることを(うかが)わせた。

 

 

「断罪を振るう神としての再臨は愉快であったか?……されど、其れも終りだ。旧き闇の神格よ」

 

 

天が墜落してきたと思い違えるほどの圧がルーミアに掛けられる。ルーミアは其の威圧の元凶と影の操主をここに至って察した。

 

 

「そうか、唯人をただ送り込むなんてありえないもの。其れでも貴方ほどの者が人の護身役になろうとは。かつての暴虐の姿からは想像も出来ない。そうでしょう?魔神、百鬼空亡………」

 

 

「然もありなん。よもや、此の身が人を守るが為に動こうなど、本来であれば有り得んだろうな」

 

 

いつに間にか街灯の下に立っていた空亡は投げやりに事態を傍観していた。

 

 

「太古より名すら()かさず隠者の如く隠れていた貴方がどうして今頃になって動き出したの!?」

 

 

「……何のことはない。此れは総て私にとっては余興である。怠慢と停滞の澱みに沈むのにも、退屈していたところ。そして訪れた先に貴様がいた、話は其れだけに過ぎん」

 

 

不運、ルーミアの思考を染め上げた言葉はその一言だった。ああ、此れにて私は終わりかと諦観がその身を包む。しかし、絶望を与えた空亡は、其れを(くつがえ)すような希望を与えてきた。

 

 

「私が行うのは稗田阿夢の護衛、異変の解決自体に興味は無い。後は其方の領分だ」

 

 

「なっ、つまり人間の娘に一任しているってこと?」

 

 

「釈然としない物言いですけど、確かにお言葉通りです。この帝都に纏わる怪異、総じて帝都異変の解決を私が行なっているところです」

 

 

 

成る程、武力の面を百鬼空亡が論議については稗田阿夢が。そのような棲み分けを為しているということは理解した。つまり、此方(こちら)彼方(あちら)を害す事は出来ず、彼方は此方に力を以って対処しないと。堂々巡りだ、両者ともに決定打となるものがない状況、此処は一旦退いて……

 

 

「まさか、此処で退(しりぞ)こうと?」

 

 

……そう、私はなんと馬鹿げた事を考えていた?

 

 

今、この場で退いてしまう事はどういうことか。人間に対して強者たる矜持が故に此の異変を起こし捕食という過去の邪神としての神格(誇り)を振るってきたのだ。此処で退こうものなら、己は神でも妖怪でもなく一匹の獣にまで下がってしまう。此の身の行いが獣畜生の其れに成り果てるなど看過出来ようものか。

 

 

 

「ああ、その無礼な口の聞き方。此の怯懦を晴らした事で見逃すとしましょう。此の私が行いに臆する事なく挑む少女よ。異変を解決せんと望むならば、私を止めてみせなさい」

 

 

 

「……言われるまでもなく、そのつもりですので」

 

 

 

 

 

 

 

「今回の異変、貴方は何故に再び人を喰らう事を選んだのですか。闇の畏れを取り戻すならば、殺人にまで行く必要はなかった。人を生かしたままでも暗闇の恐怖を拡げることは可能だったはず。其れなのに敢えて喰らうという畏れを抱く人間の消える手段を……」

 

 

「私が(邪神)足り得るが(ため)に。人を喰らう事で人に闇夜の恐ろしさを、危険を知らしめる神であった以上、此の方法しか私には無かった」

 

 

人を喰らう事でしか人を導けない神格であるルーミアは、その方法しか己の中に残されていなかった。その事実を阿夢は実直に受け止めた。元より夜という存在は人にしても獣にしても有益なモノが朝や昼などの陽の上る時に比べ微々たるものだ。夜を住処とする生き物も全体から見れば少数。故に夜の化身たるルーミアには、人に何かを与える神格は無く、崇め祀られることで害を加えない程度しか出来ない。

 

 

人を恐怖と危険から遠ざける為に出来たことが、人を喰らう事だけ。そんな矛盾の中にも彼女の神格は確かに人の幸い(幸福)を願っていた。人が夜を、己の住処を侵した事は激怒に値する。けれど、それだけしか無かった訳では無いのだ。

 

 

「稗田阿夢、この帝都の繁栄は地獄へ続く道のりよ。この発展の先に希望はない」

 

 

「……確かに、この帝都の繁栄、発展には何処か(おぞ)ましいモノを感じています。人が日々の暮らしをより豊かにする為に、人は大事なモノを喪っていくのかもしれない。其れでも、神代は終わり人は神の揺りかごを脱しました。神が人類の進歩を導く時代は過ぎ、人が人と共に進んでいく時代に至ったのです。だから、もう神の加護と行いは不要です」

 

 

「其れがどういう事か理解しているの!?神が人類を(しいた)げる時代の終焉は、即ち人が人を虐げる時代の到来。明確な未来は分からない、けれど確実にこの発展により人が人にとっての悪となる。かつての怪異であり人ならざるモノの領分だった悪の行為は凡て人の手によって行われる!その罪業に人は耐え切れるの!?」

 

 

此処まで冷静だったルーミアが、その冷静さを捨ててまで神の論理を開示する。人たる稗田阿夢には、いや人であるからこそ彼女にはこの論理を突破する義務がある。

 

 

「耐えられるか、其れこそ神ですら分からない未来の話など私にわかるはずもない。………………けど、でも、其れでも人は決して自分たち()可能性(未来)を諦めたりしない!人が神に縋る時代は越えた、人が人を傷つけることがあっても人はより良い未来を進もうとする意志がある!……だから!神さまに甘える時間はお終い、人が神から自立する時なんです」

 

 

阿夢はルーミアに挑むように認められるように言葉を編んでいく。阿夢()の言葉を受けてルーミア()は彼女に理解されるよう未来に待ち受ける絶望について再び論理を出す。

 

 

「その自立に救いは無い。人にとっての外敵となるモノが無くなれば、次はどうなるか理解しなさい。人の最大の敵は人に成る。人が人を喰らうモノになってしまう未来だってあるかもしれない」

 

 

「けど、未来に人がいる限り人はもっと素晴らしい未来を目指す。人がいくら間違えても間違え続ける人が無くならないとしても、その間違いを越えていく人たちだっているはずです。私は人の可能性を諦めたりしない、だから信じてください。私たち(人類)可能性(未来)を」

 

 

「根拠がない、そんな可能性を信じろと?」

 

 

「はい、根拠がなくても信じてください。きっと、未来は……見たこともないくらい明るいはずだから。人はもう夜を怪物としない。其れくらいには成長しました……だから、きっともっとより良い形に成長できるはずです」

 

 

言葉は尽くした、根拠を明示する事はできず何処までも未確定な話でしかない。其れでも願いと意思は全霊を尽くした。この問答で出た解答こそ、人と神の関係を決定づける最後の試練。

 

 

「……人が自立する時……か。どうしてだろう、根拠がない論理のはずなのに不思議とその未来を期待してみたくなる」

 

 

「はい、期待していてください」

 

 

「そうか、其れなら………………」

 

 

「…………はい、此れが神さまの黒星(人の白星)です」

 

 

阿夢の言葉を皮切りに、『ーー』という名で呼ばれた神は、一回り小柄になっていく。小さく成りつつ霞んでいくルーミアの姿は何処か寂しそうに、でも安心したように少しだけ笑っていた。

 

 

「……そーなのかー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー閑話休題ーー

 

 

 

「よって、異変は解決され過去の神威を振るった旧神は去っていった。……しかし、彼女の成長は目覚しいですな。これほどまで急な進歩を目の当たりにすると、貴方が色々と肩入れしていることにも納得するしかない。六代目は、恐らく歴代阿礼乙女の中で最も優れている者。いや、その記憶が引き継がれるのだから、この先の次代にも更なる成長が望めるとすれば?いや、下手な妖怪崩れよりもよほど恐ろしい方になりそうだ」

 

 

異変の解決後、其々が帰路に着いた所で帝都の高台から二つの影が静かに動く。

 

 

「ならば貴様は如何する?私はこの異変をあくまで忌憚なき位置より眺望するのみ。貴様が如何に動こうとも稗田阿夢は其れを阻まんとする」

 

 

黒のインバネスコートを纏う影は、なんて事のないような言い草で帝都を見下ろす。そしてもう一方は、その白い髪に手を当て薄ら笑いを零す。

 

 

「おやおや?まるでその言い方では、私の異変は彼女が必ず解決すると言わんばかりではないですか。……まぁ、私は今回ほど派手な怪異を起こす気はありませんが、其れでも容易に解決するような甘い異変ではないですよ」

 

 

「真意を易々と明かす気はないか。よかろう、好きに動くがいい。そして、貴様は為すべきを貴様の思うがままに為せ」

 

 

「……ええ、万事お任せを。阿礼乙女、稗田阿夢への刺客役。楽しんでお引き受け致しましょう」

 

 

暗躍する二体の人外はその会話が途切れた瞬間、その場から消え去っていた。夜の闇を相手取った今宵が舞台は此れで決着。帝都に起こる数々の異変も、いよいよ佳境へ。夜闇の異変の解決された夜空は人の目には見えない程度に暗さを失っていく。その喪失が果たして良いモノなのか、人々は其れを知らぬまま死の眠りにつくかの如く夜は()けていくのであった。

 

 

 

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