呑み込まれそうな蒼が広がる空、周囲360度を青だけが包囲している。この蒼の世界がどこにあるのかというと、高度50キロメートル。そんな蒼の世界で唯一異端と呼べるモノ、それは成層圏と中間圏の間に存在する巨大な建造物、その建造物を取り巻く環境は人間、生物に対して生きることを許さぬと言わんばかりな純粋にして、至高の聖域。ここには雲すら存在を許されない、いや雲を構成する不純物、水分すらこの世界には無いのだ。何の不純物も認めることのない地上から遠く離れた空に、正義の味方が探し続ける悪の組織の本拠地があった。いや、この表現は正しくない。悪の組織、秘密結社はそれぞれの本拠地を持っている。ならばここはいったい何なのか、ここは悪の集会、いわゆる組織の力を見せたり、互いに力を見せる会場として悪の技術、力の全てを結集させて作られた巨大要塞なのだ。
元々この世界の悪は国家や企業などの管理を拒み、悪と呼ばれて、正義の味方と日夜争い続けている。この世界では悪も正義も、明確にどちらが悪いとは言い切れない。そしてアジ=ダカーハが悪の組織の集まる総会の会場に来たのには、悪の組織の者の中で自分を倒せる者がいるのかどうか、確かめてみるためである。
「どうですか、これこそ悪の技術の結晶にして集大成。そして、これには我々の組織も作成に絡んでいるんですよ」
「ええ、そして私の組織もですわ。この空中要塞ユートピアは多くの組織、怪人の協力から奇跡の完成をしたんですのよ」
何だかんだと、この二人は息がピッタリで片方が喋り終わると同時に話を始めるという息のよさを見せてくれた。まぁ当人たちは互いを睨み、気にくわなそうだが。そんなことより今さっきの彼女の言に反応する男がいた、その男の外見は褐色の肌に美しい白の髪を持っている二十代前半の青年。その正体とは人類の不倶戴天の敵、最悪の悪神アジ=ダカーハの人間形態、ザッハークである。そんな彼が反応したのは、この空中要塞の名前だった。
「?……ユートピアだと?」
「はい、この空中要塞は悪の理想郷となるように、そういった意図を込めてユートピアと呼ばれています」
「それがどうかしたんですの?」
「いや、ユートピアと聞いて私の同類を思い出しただけだ」
ここで二人はザッハークの同類、つまり彼に近い実力を持つやもしれない者がいることに対して好奇心がつつかれた。だが、以前軽い気持ちで質問したら、結果として殺されかけるということになったので、二人は口に封をした。もっともハーミットはポーカーフェイスで誤魔化していたが、サーシャは顔に出ていた。ザッハークはため息を一つ吐いて、今回の質問だけは許すことにした。というより今回の質問は彼の怒りの琴線に触れないので許したのだが。
「はぁ、…いいだろう。ユートピアと聞いて反応したのは、理想郷、誰もが幸せであれというユートピアのためにディストピアを作ろうとした男を思い出した。それだけだ、気にするな」
「あ、はい……」 「…………その男性はあなたの友人ですの?」
「…………………同類だ……」
そう呟いたザッハークはどこか、憂鬱そうな声色をしていた。彼が憂鬱になるという予想だにしない光景に二人は呆然とザッハークの赤の瞳を覗いた。
「それでこれからどこに向かう?」
「はい、実は総会は既に始まっています。その会議場までは私がお送りしたいと思っていますが?」
「総会の会場なんて、真っ直ぐにいけばすぐ到着するじゃない」
「構わん、別段急ぎというわけでもない」
そう言ってザッハークは横幅の広い道を歩く。ユートピアと名付けられた゛ここ゛で自身は何を得るのか、真の勇気を持っている者がいるのか、らしくないが例えるとするならこう言う他ないだろう。今、自分はワクワクしていると。そう例え悪と呼ばれる者であろうとそんなくだらないことは自分にとって関係ないのだ。必要なものは自分を倒しうる英傑、真の勇気を持っている者だ。
そうアジ=ダカーハと戦う者には、すべからく正義を保証される。この不確かで不誠実な世界で絶対に保証される、その理由は語るに及ばず。アジ=ダカーハが絶対悪であるがゆえ。この神託は悪神がしたものだが、そこには虚偽も保身も憎悪も怯えも負を現す全てが何もなかった。ただそこには事実があった、己が世界の怨敵だと吠えて、その果てに人類の救いを願いだけ己の救いには目もくれない。この願いからは己の命をもって救いをもたらす聖人の輝きが見てとれた。
三人は会話もなく、ただ道を歩いていく。
すると彼らの先に行くことを阻むように数人の異形たちが現れた。
リーダー格の怪人が威嚇の意を込めて怒鳴った。
「おいおい、てめーらこの先に何の用だ」
「私たちは総会の参加者です、そこを退きなさい」
「そうですわ、命が大事ならさっさと逃げなさい」
「………………………」
ここで総会の会場の警備をしている怪人は、当然のこととして生半可な実力ではない。世界でもトップを争うほどの実力者だ。そんな彼を軽んじるような言葉を、力が全てにして、誇りである悪党の怪人たちが反応しないわけがない。
「舐めんのも大概にしろぉぉぉぉぉ!!」
「……………………くだらん」
地面に写った影が命を吹き込まれたように隆起する。
ザッハークに襲いかかろうとした彼らが最期に見たのは、いや見たのではない。もはやザッハークの龍影はよっぽどの実力者ではない限り視認は不可能、彼らが感じたのは鋭い棘が自分たちの体を貫いたということだけだろう。既にザッハークの龍影のコントロール精度は本物に匹敵するほどになっている。何の封印、制限もない力を本気で振るえば、大陸を揺るがし、海を枯渇させるほどになるだろう。
「……………ハーミット、あれって私たちにした攻撃よね?あんなに早かったかしら、それにもしもあなた一人だけだったら、彼らを倒せたかしら?」
「おそらく同一の攻撃なんでしょうけど、速度に精度が段違い。はっきり言ってもうまったく別次元の攻撃です、それに彼らは決して弱くない怪人だ、それを一瞬で蹴散らすとは、…………ザッハークさまはどれ程の力を…………というか私たちは手加減されてたんですね」
二人は底知れぬザッハークの力を恐れ、手加減されていたと勘違いすることにより自尊心を粉々にしながらも、同時にこの災害のような力をどうやって利用するか思考を巡らせていた。そんな二人の考えに薄々感づきながらもザッハークはどうでもいいかと、思考を絶ち総会の会場に進んでいった。
巨大な正方形としか言えない建造物の前に到着するとサーシャが立ち止まり、建造物の壁に手を当てる。するとそこから扉が出現した。扉の先は照明がないのかとても暗い、まるで深海に潜った印象を思わせ長い廊下の上の方に申し訳程度に蝋燭があるが常人では左右上下もわからなくなりそうだ。もっともこの場所にいる者にとって視界が黒一色ということは何の影響も与えない。暗闇の中を数分ほど歩き続け、広く明るい場所に到着する。そこには円形のテーブルが据え付けられており、気取った言い回しをするのなら、ここはさしずめ円卓の間とでも言うべきか。その円卓に座した者たちがこちらを品定めでもするかのように観察する。その中の一人がザッハークに話しかけた。
「ええっと、じゃあ初めまして噂のルーキーくん。君がやらかしたことはこちらの耳にも入ってきているよ。今、正義の連中は三頭龍を討伐せよって血眼で君を大捜索中だ。そんな状況でこの空中要塞《ユートピア》に来たということはそういうことだと捉えていいんだよね」
円卓に座った男の言葉に対して妙なニュアンスがあったことに小さく呟いたザッハーク。そうこの僅かな齟齬が後に甚大で膨大な悲劇のトリガーになってしまうことを彼らは気づかない。
「……………そういうことだと?」
「おい、ちょっと待てや。こいつの実力も見ねぇで保護するとか、こっちに利益がねぇんだよ。一先ずなんかの課題ということで正義の味方を十人ヤッたら、認めようじゃねぇか。兎に角、何もなしとかは無しだ。おれたちは慈善事業で悪党やってんじゃねーんだ。文句はねぇよな」
「…文句は無し、でもこの龍くんはどこの組織で面倒見るのさ」
「それを決めるために課題とやらをヤらせるんでしょ、正義の味方たちが警戒してるんだし、まったくの無能ってことはないでしょ」
「まぁ、想定外の事態でこいつが使い物にならなかったら始末すればいいだけだ、それではルーキーくん、頑張ってねぇ~」
「…………………………………………………………」
「…………おい、新入り。てめぇは世話になるかもしれねぇヤツに返事も返さねぇのかよ。………………どうなんだ、あ、答えねぇのかよ」
円卓に座る面々がザッハークの返事を返さない態度に苛立ちを感じる。そこで彼らを止めようとするのは、ザッハークの実力を身を以て知ったハーミットとサーシャの二人。相手はそれぞれが一国の総戦力に勝るとも劣らぬ怪物たち。それでもザッハークはその実力も能力も恐ろしすぎるものだった。警告しなければと二人は同じ結論に到達する。
「お待ちください!ザッハークさまはこの場の皆様に比肩しうる力をお持ちです!…………どうかザッハークさまのことは同格の客人と見ていただきたい!」
「そうですわ!この男は首領級の力を持っていると断言できます、侮らないようにしていだきますわ!」
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静寂、広い室内が無音に支配される。…無音すぎたことで耳の奥からキーンという音がしてくる感じがする。そんな静寂は思わぬモノによって壊された。
「……………プッ、フフフ」 「クヒッ、ヒヒヒ」
「ギ、ギギギギ」 「アハっ、ハハハ」
「ワァハハハじゃジャジャハジャッハッハ!!!!」
「「「「「「ハハハハハハハハハハハハ!!!」」」」」」
広い室内で笑い声の嵐が吹き荒れる。そう彼女たちは優秀な幹部だ、それでも首領級とは単純に地力が異なる。彼女たちも自分の組織の首領の戦闘、能力は見てきただろうが、それはあくまでも幹部級の視点からに他ならない。要するに単なる過大評価に過ぎないという確信。ザッハークは笑う者たちを見て結論を出した、こいつらまとめて蹴散らそうと。
「……消えろ」
「「「「「ギャァァァァァーーーーー」」」」」
目視不可能の領域で振るわれた龍影が部屋を吹き飛ばした。いや吹き飛ばしたのは部屋ではなくこの空中要塞の土台となる基盤すらも吹き飛ばしていく。ザッハークの背後にいたハーミットとサーシャの二人が首領級の怪人たちをも為すすべもなく蹴散らした攻撃で無事だったのは、ぶっちゃければただの幸運だ。しかしザッハークがこの程度で済ませるはずもない。ザッハークは世界の万物を敵としている。それは彼が悪の御旗を掲げると決めた時にそうであれと考えている。罵られるのは当然だろうと考えている、それでも侮られることだけは許さない。かのアジ=ダカーハが自分を、絶対悪を軽んじられることを許すはずがない。するとザッハークの体が変貌していく、褐色の肌には白い鱗が、背中には悪の原語であるAksaraと刻まれた真紅の旗が翻り、双肩からは龍の頭蓋が生えてくる。そして傍目から見ても理解できるほどに膨大な力が三頭龍に満ちていくのがわかる。そう、ここに人類悪を標榜する悪神、アジ=ダカーハが出現した。
『悪を名乗っているのだろう。まさかと思うがこの程度、ごときで終わりなのかよ。譲れないものがあるだろう、誇りとするものがあるだろう。そら、抗ってみせろ』
「ちょっとザッハーク様!お待ちください!マジでお待ちを!せめてここではなく別のところで!」
「そうですわ!ここは悪の組織、結社の総力によって完成した悪の重要建築なのです。ここを破壊したということは世界中の悪を敵に回すことなのですよ!」
『……………………………………ほう?』
三頭龍の口が裂けるように三日月を描き、龍の相貌が笑顔になる。しかしそれは喜びを表現した笑顔ではなく、残酷さを全面に出した笑みだ。アジ=ダカーハの体が起点にぐるりと一回転した、腕を伸ばして体を独楽(コマ)のように回転する。その結果、空中要塞を局地的な嵐が襲いかかった。先の一撃で空中要塞の基盤を吹き飛ばしたに対して、今度の一撃は残っていた空中要塞の大半を粉砕した。
「「きゃぁぁぁぁぁぁ!!うそぉぉぉぉぉぉぉ」」
空中要塞が消し飛ばされ、空中要塞にいた者たちは雲すら存在しない蒼穹に放り出された。高度50キロメートルの世界に何の準備もなしに入った者たちが次々と息絶える。高度50キロは生物の存在できない蒼き死の世界。悪の怪人であろうと特殊な能力を持ち得ない者たちから問答無用で命を奪う。アジ=ダカーハは背中の龍影を翼のように上手く用いることで、この蒼の世界に滞空する。空中要塞の残骸があらゆる場所に吹き飛ばされ、世界は大混乱の渦に落とされた。
『さて、正義も悪もこれで私を血眼で討滅しようとするだろう、………さぁ、見せろよ、世界。正義が真実であることを私を討って証明してみろ。魅せろよ、英傑。人類の滅びの運命を覆す輝きを………』
アジ=ダカーハは人類に期待を込めて世界に宣戦布告を叩きつけた。それはどこか願うように、請うように言の葉を紡いだ。その言葉の裏でアジ=ダカーハとなった男は頭に不安をよぎらせる。゛果たして俺はアジ=ダカーハのように戦い続けられるのか……゛と。アジ=ダカーハは幾星霜と人類のために戦い続けてきた。罵声も呪いの言葉も憎しみも恨みも背負い、その果ての英雄を待ち続けた。元々がただの人で元のアジ=ダカーハの精神に共感しただけ、始まりはその姿をかっこいいと思った。その信念に憧れた。三頭龍の能力を手に入れても、心は
『っ!……………………何だと?』
そんな思考の檻に囚われていたアジ=ダカーハは突如として自身の鋭敏な感覚に引っ掛かったモノに驚きを示す。絶対悪のラストエンブリオが驚きを隠そうともせずに、それを表すのは一体何なのか、アジ=ダカーハが存在を感じただけで驚きを示すモノとは、そう……………それは自らと゛同じ存在゛のみ。つまり
『…………
世界が滅ぶかもしれない一大事をさらっと流して、アジ=ダカーハは地上へと影の翼を羽ばたかせた。目的はただひとつ、己を討つ英雄を求めて三頭龍は動き出した。…………………………その心の内に僅かな曇りを残して。
ーーーー何処か遠い遠い世界ーーーー
「ああ、なるほど。絶対悪が出現したことで自分も存在が再構成されたのか。何て星の巡り合わせ、奇運が自分を味方したのか?………………………細かいことはどうでもいいか、あの終焉ではこちらも消化不良だったところだ。再構成されたのなら、今度こそ今度こそ、自分の求める理想に届くことを願おう」
世界を呑み込んでいる暗闇の中、一人の男が目覚めた。男は中肉中背、黒髪黒目、顔立ちは悪くはないがかっこいいというほどではなく地味という言葉を顔にすれば、こんな顔になるだろう。服装は特に派手さもなくダサい訳でもない個性というものを根こそぎ削ったような白のシャツにズボン。突出した何か、つまり個性というモノがない、街角で通りすぎれば十人が十人、百人が百人、千人が千人忘れるだろうという規格外の地味さ。しかし、この地味極まりない男は異様な雰囲気を纏っている。徹底された個性のなさ、いや生まれながらこうだったのではなく、生まれた人間から個性を剥奪すれば、こんな男が出来上がるだろうと直観で理解できる。………そう、彼こそが昔箱庭の世界を震撼させ、呑み込みかけた魔王にして人類が目指す終末論。人類が理想郷に至るために踏破しなければならないラストエンブリオ。その名を
競争の何たるかを知らぬことで人は疑いを失った。
人類の理想のため人類の未来を閉ざすことを魔王ディストピアは選択したが、ディストピアは己とは違う理想郷を掲げた者たち゛アルカディア゛によって討ち滅ぼされた。…………
斯くして魔王ディストピアは倒され、ハッピーエンド。めでたし、めでたし。……………………………………………………………………………何だ、それは?ディストピアを乗り越えず消去する?ふざけるな、冗談もほどほどにしろ。それは魔王と戦う戦法ではない、貴様らは勝利したのではない、みっともなくディストピアの前から逃げ出したのだ。自分は認めない、許さない、自分は断じて敗北したのではない。そんな後悔に苛まれながら消滅したと思えば、こうして再び現れることができるとは、……さぁ人類よ。このディストピアの力、思う存分に見せてやろう。そして、この閉鎖世界に風穴をあけ、踏破して、新たな時代への道を切り開いて見せろ。
ーーーどこかの古い朽ち果てた倉庫ーーー
壊れ寂れた倉庫の中、奥の奥で美しい少女の形をした人形が置いてあった。金髪碧眼、その美しさは筆舌しがたく、名状できない。そんな人形が突如、指先がピクリと僅かに動く。それは一回では目の錯覚と思ってしまうだろう。しかし、今度は指先どころか腕が動いた。その人形は動き出して倉庫の出口へと向かっていった。自身のボディに光を纏わせ、その人形は静かに笑った。
「………アハっ………………」
絶対悪、閉鎖世界、永久機関、その他にも天動説、重力の存在、人類が既存の知識、能力、可能性では到達できない世界の論理たちの具現、ラストエンブリオ。そんな者たちがあらゆる世界で動き出せばどういった事態になるのか?それはどのような修羅神仏であろうと判るはずもない。さて人類はラストエンブリオをどうするのか?
人類最終試練・ラストエンブリオで、魔王ディストピアも中々面白い設定なので、出したいと思っていて結果、出してしまいました。ちなみにアジ=ダカーハのいる世界はこの小説のプロローグに当たります。それとディストピアや永久機関の人形ことコッペリアちゃんが出ましたが、引き続き今作品の主人公?はアジ=ダカーハです。そして次の話で正義と悪の能力者たちの世界の話は終わらせようと思います。その後、次の舞台を妖怪に神仏の登場する東方project世界に移したいと思います。それでは引き続きこの作品をお願いします。
ちなみに、ディストピアの魔王の外見イメージは、魔法使いの夜の静希 草十郎を想像してください。永久機関のコッペリアちゃんは、皆様ご存知のDies iraeよりマルグリット ブルイユを想像してください。
PS
これよりも、もっと似合うキャラがいるようであれば、感想でお知らせください。その内容如何によっては、採用させてもらうかもしれません。ふるって感想をお願いします。