めだかなボックス~風紀委員会活動記録~   作:白白明け

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クリスマスに自分はいったい何をしているんだと思い始めてしまった今日この頃・・・

そんなこんなで投稿をさせていただきます。読者の皆様の暇つぶしにでもなれば幸いです。
なお、この物語の主人公は決して主人公でもライバルでもはない彼らです。
ネタバレ等もありますので、原作未読の方はご覚悟の上、お読みください。


第序章-始まりのエピローグ編-その1

 

-0- すこし正義について語ろうか

 

 

箱庭学園風紀委員は学園の誰もが認める有能な集団である。

学園の治安維持を至上の目的とし、理事会・職員室からも独立した権限を持つことの許された、人呼んで学園警察。

学園でトラブルが起きれば一番始めに動くのは教師でも警備員でもなく、まずは彼ら。

北で喧嘩が起きれば仲裁をし、南に不審者がいれば粛清に走る。

学園で起きるトラブルの全ては彼ら風紀委員に任せてさえおけば、大概のことは解決してしまう。

 

そんな彼ら風紀委員であるが、しかし如何せん、生徒たちからの受けはよくなかった。

それは最初に語った通り、無力なわけでも、行燈なわけでも、ましてや怠惰なわけでもなく。

むしろその反対。

風紀委員には限度というものがなかった。

躊躇というものがなく。

手加減という言葉もなく。

情状酌量の余地も許さない。

一言で行ってしまえば、彼らは正しすぎた。

ルールを守る、という一点に絞ればやりすぎな位には、正しかった。

 

ただただ、学園の風紀を守るために行動し続ける、と言えば風紀委員の鏡ともいえる彼らであった。

だがしかし、だからと言って彼らを学園を守るヒーローのように言う者はいない。

学園からすれば正義の味方である筈の彼らを、笑顔で迎えてくれるような生徒はやはりこの学園にはいなかった。

それは何故か。

誰だって怖いからに他ならない。

彼ら風紀委員の掲げる正義が、何時自分に牙をむくか分からない状況ならば、たとえ彼らが自分の身を守る存在だとわかってはいても、人はその者を忌諱する生き物だ。

 

故に箱庭学園風紀委員は全校生徒に一目置かれながらも、恐がられ、嫌われていた。

 

「これでいい」

 

そんな状況を見たとある風紀委員長は、ある日同僚にこう漏らした。

 

「これでいいんだ。なあ、朱雀。テメーならわかってんだろ。正義は舐められたら終わりだ。恐がられ、嫌われて、距離を置かれて初めて正義は抑止力に変わる。優しいの正義?反吐が出るぜ。優しいだけじゃ誰も救えねえし、優しさで救われる奴なんていねー。だいたい人が人を救うって時点でそりゃ傲慢でしか成立しねえ。哀れで無様で可愛そうな負け犬君に、有能な俺様が手を貸してあげますってな。人の役に立ちたいなんて言ってる奴は、みんながみんな心の中ではそう思ってるに決まっているんだよ。勿論、オレもな」

 

まあ、こう言ったことをただの小学生が言ったのならそれはヒネた子供の1つの意見として流すことが出来たかもしれない。

だがそれが、箱庭学園の正義を代表する風紀委員長の言葉だとすれば、話は変わってきてしまう。

 

「だから、これでいいんだ。俺はこれからも人間を正義の名の元に独断と偏見と傲慢を持って裁き続ける。やりすぎなくちゃ、正義じゃねえからな」

 

 

 

-1- まにわに

 

 

雲仙冥利。

箱庭学園の関係者ならば、誰もがこの名を聞いたことがあるだろう。

若干9歳で箱庭学園13組――エリートの中のエリート―例外中の例外―登校すら免除されたやりすぎの特待クラス――に選抜された、学園始まって以来のモンスターチャイルド。

やりすぎの正義の体現者。人の全てを嫌う者。風紀委員会委員長。

彼の行う正義こそが、今代の風紀委員会の正義そのものと、そう言われる1人の少年。

 

その名を、箱庭学園の関係者ならば知らぬものはいなかった。

 

しかし、その少年のすぐ傍にいて。常に隣に立っていて。昔から共にいる。

そんな1人の生徒のことを知る者は意外と少ない。

それが目立つことを嫌い、忍ぶことを己の生き様と定めているその生徒の性格を加味しても、やはり同じ委員会の者にしかその名を知られていないというのは少しばかり可笑しかった。

 

否、可笑しかったのではない。もしかしたら少女は恐かったのかもしれない。

これほどの人間が名も知られずに、その存在も忘れられたように、ただそこにいることが、理由もわからず、恐かっただけなのかもしれない。

その恐怖を助長させるだけのものをその生徒は持っていた。

全身にくまなく施された呪術的な刺青もまた、そのひとつだろう。

 

そんな不安を口にした、後輩の少女に対してその生徒は笑いかけるようにこう言った。

 

「恐がらないでくれ、鬼瀬。後輩であるお前まで我を恐がったのなら、我に笑いかけてくれる物がまた一人減ってしまう。それを悲しいと感じられぬほどには、我にも人の心も残っている。それにな、この程度なら冥利のそれとさして変わらんぞ、お前も風紀委員ならば我程度の正義、笑って飲みほしてみせよ。お前の掲げる鉄拳制裁の正義が正義なら、我の掲げるこれもまた一つの正義の形なのだから」

 

普通とは言えない、どこか時代を感じさせるような喋り方ではあるがあくまでも此処までは、文字通り後輩に物ごとの順序を教える先輩のように。

しかし、ここから先は少しばかり声色を変え諭すように、真っ直ぐと相手の目を見据えながらその生徒は言う。

 

「それが出来ぬというのなら、お前は正義を掲げるべきではない―――悪いわけでも、邪なわけでもないだろうが、おそらくお前と正義は相容れないのだろう。一度、冥利の語るやりすぎの正義、あれを見て見ると言い。あれほど正義を担う資格をわかりやすくあらわしたものはない。あれくらいやれなくてどうする、とまでは言わないが、あそこまでやってやっと正義なのだ、と我は思う。無論、お前の信じる正義を、もしくは先人たちが切り開いて来た正義を軽んじる気はないぞ」

 

しかし――と続ける言葉を聞く頃には、巨大な螺子を模様した髪留めで髪を束ね、大きな丸眼鏡をかけた風紀委員会所属の少女、鬼瀬針音の中の恐怖は消えていた。

その生徒はあくまで語ることしかしなかった。

語り、道を示し、その後にどうするかは全て相手に任せると、そう言いながら自分の考えを口にする。

 

「正義にも流行というものがある、と我は思う。見返りを求めぬ正義があった時代、エゴが正義と呼ばれた時代、優しい正義を求めた時代。次々に形を変えながら、正義は歴史と共に受け継がれてきた。そして今、今代の正義とは冥利の語るものである、と我は思うのだ。世界共通のルールが出来た今代で、それを守ること以外の何を正義と呼ぶべきか。我には分からぬ。ああ、無論だからと言ってその正義が絶対だとは言わんぞ。我もまた、冥利とは別の正義を、かつて聖者であり隠者と呼ばれた者が信じた正義を信じる者だからな」

 

―――すこし、長くなったか

その言葉を聞いた時、鬼瀬はようやく先輩の意図に気が付いた。

この人は私の不安を取り除く為に、話をしてくれたのだと。

そうでなければ風紀委員会の中でも相当の地位、実質第2位の権限を持つこの先輩がわざわざ昼休みの時間を割いてまで、足手まといになるであろう自分を呼び出して仕事場――活動場所――に連れてくる筈がない。

 

見透かされていた。鬼瀬の顔が思わず赤くなる。

不安を、あるいは先輩に対して抱いていた疑念の全てを悟られていた。

しかもその生徒は自分に対して含むものを持つ鬼瀬を知りながら、あくまで先輩として後輩に接し、少しでも自分を知ってもらおうと、あくまでも勘付かれないようなさりげない努力を惜しまなかった。

完璧と言っていいまでの大人の対応。

そんな態度をとらせた自分を、鬼瀬は目一杯恥じた。

 

「別にいい。誰もが一度は通る道だ。言わずもがなだが、身内贔屓なのだよ。我は」

 

「し、しかし、私はまにわに先輩のことをなにも知らないで、自分勝手な思い込みで、失礼なことを考えていました。ですからその、然るべき制裁があるべきだと思います」

 

「よい。我のことを知らなかった。ああ、それでよいのだ。逆に鬼瀬が我のことを知っていたとなれば、それは我にこそ問題があるというものよ。我は影の者。裏の者。悟られずに、粛々と、隠密に、冥利の影で正義を成す者でいるつもりだ。そんな自分を我は先人への敬意を表しあえてこう名乗っている、正義の忍者であると」

 

「正義の忍者、ですか?」

 

「そう、ぽかんとされてもな。今のは笑うところだったのだが」

 

「え、あっ、す、すいません!」

 

「いや、これも非は我にあろうよ。先人に習い洒落を解するようにとはしているのだが、如何せん粛清する相手に冥土の土産を贈るには、我もまた修行不足ということか」

 

「あ、あの、まにわに先輩。先ほどから言っている先人とは、一体誰のことなんですか?」

 

「ふむ、妙なところに興味を持つな、鬼瀬。なに、言葉通りの意味よ。我が人生の先達たち。この国が戦国であり、世が乱世出会った時代。いくさ場をかけた12人の忍者、否、12の名を持つ者たちと言った方が的を射ているか。我が目指すべき、者たちよ」

 

蝙蝠

川獺

狂犬

 

喰鮫

人鳥

海亀

 

蜜蜂

蝶々

蟷螂

 

白鷺

鴛鴦

そして

 

かつてこの国の闇に生き。影として生き。暗躍していた者たち。

人ならざる力を持ちながらも、その者達が歴史という霧の中に消えて行ってから既に数世紀。

とある人物によって完全に滅ぼされたとも思われていたその血脈は、か細くも奇跡的に繋がっていた。

たとえ1人しかいなくとも、流れる血は既に数十倍に薄まっていようとも、その名を語る忍者は機械が発達し、忍術が既に御伽噺と消えたこの時代に確かに生きていた。

戦国最強を謳われた1人の剣士が完了させた流派は既に絶え。

奇策師を名乗る女性が復讐しようとしていた家名も消え去り。

本名不詳の否定的な女性の容貌も既に珍しくはなくなった。

怨敵として存在していたもう1つの忍軍の血は完全に絶えて。

1人の刀鍛冶が変えようとした未来の瞬間は既に遠く昔に過ぎ去った。

 

そんな時代の、そんな瞬間。

この国が法治国家。この世が治世と呼ばれる時代。

 

生き残っていた最後の血統。

 

その生徒は自分という存在をこれ以上になく誇っている。

あの時代から数世紀、最後に生き残っていたのが自分たちならば、やはりあの時代の勝者もまた、彼らであったのだとそう信じて疑わない。

彼らは確かに生きていた。彼らは確かにすごかった。彼らは決して噛ませ犬の負け犬集団ではなかったことを、彼自身の存在が証明していた。

 

「ときに、鬼瀬。お前の我への呼び方なのだが、勘違いしているのではあるまいな。我の本名はまにわになどという若干萌えの入ったものではないぞ」

 

「え、ええー!そうなんですか!?でも、だって、呼子先輩がそう呼んでいるからてっきりそうなのだとばかり」

 

「呼子のあれは、あくまで呼子が勝手に呼び始めただけのものにすぎん。まさか本当に勘違いをしていたとはな、流石の我もびっくりだ」

 

「あう、重ね重ねすいマセン」

 

「まあよい、いままで名乗らずにいた我にも非があろう。謝らずともよいぞ、風紀委員ともあろうものが何時までも頭を下げてはいるな」

 

「はい。えっと、それでそのまにわに―じゃなくて、先輩の本名ってなんて言うんですか?」

 

「知りたいか?ふむ、どうしようかな。我は忍ぶ者として、不用意に名乗らぬと決めているのだが・・・」

 

「えー、そんな、別に無理やり聞きだそうって訳じゃないですけど、教えてくれないんですか?」

 

「そう、本気で涙目になられてもな・・・これも洒落のつもりだったんだが」

 

「ぐっ、先輩の冗談とか洒落はわかり難くすぎるんです!」

 

「まあ、許せ。さっきも言ったが我もまだ修行中の身だ。して、我の名だったな。名乗らぬというのは冗談にしても、忍ぶ者としては余り名を吹聴したくないというのは本心だ。一度しか名乗らんから聞き逃すなよ」

 

 

「我の名は、真庭朱雀だ」

 

 

真庭忍軍最後の生き残り、真庭鳳凰――ではなく朱雀。

豪華絢爛合戦絵巻、空前絶後の時代劇を飛び出して、笑いあり涙ありの痛快学園ラブコメミステリバトルありありの世界に、只今参上!

 

 

 

-2- 苦悶と苦闘と献身を

 

 

学業。青春。そして人間性の成長といういわゆるふつうの学校が担う機能以外に、人間の進化という目的を掲げる箱庭学園には、その目的を目指すに当たり多種多様な部活動が存在する。その中の一つ、箱庭学園競泳部が使用する屋内プールに全身に入れ墨をさした一人の生徒の姿があった。制服の袖には風紀委員の腕章。

そして、もう一人。

 

「ヒャハ、でだ」

 

綺麗に焼けた肌と、金色に染め抜かれた金髪。そして着ている水着からわかる通り競泳部に所属する生徒の姿。

2人が向かい合い、どれほど過ぎたか。流石に焦れた競泳部員は全身刺青の風紀委員に声をかけた。

 

「いつまでそこでそうしてんだよ。お忙しいはずの風紀委員さんがよお、随分と今日は暇してるみたいだなあ」

 

「・・・暇か。確かに、お前が2人を逃がすまでこうして待っていられる程度には暇だったよ。まあ、暇というより我の心の隙間だが。それで、もう話を再開してもよいのか。種子島」

 

「待ってたか、なんだ気づいてやがったのか。その上で見逃したと、ヒャ、そりゃ風紀委員に似合わねー優しさなんじゃねえのか?まにわに」

 

「まがりなりにも我とお前はかつて机を並べた仲であろう。かつてのクラスメイトが必死になって逃がそうとしているものを有無を言わさず追おうとするほど、我も鬼ではないつもりだ」

 

「へえ、じゃあなにか。喜界島の奴は逃がしてくれるって訳か?」

 

「ふむ、喜界島。それがお前の守ろうとしていたもの名か。逃げたのは2人のようだったが、お前が守りたいものはその内の一人だけというわけか」

 

「いや、違げーよ。屋久島さんは俺がなにかするまでもねえ。しっかりした先輩だからなあ。それより、まにわに。答えちゃくれねえか?喜界島の奴を、逃がしちゃくんねえか?」

 

種子島。そう呼ばれた競泳部員は全身刺青の風紀委員に頭を下げた。いや、実際に下げてはいないが彼としてはいつも浮かべている凶悪な笑みを消した時点で頭を下げていることと同じだった。

 

「うむ、種子島よ。我はお前と喜界島とやらがどういう関係なのかは知らん。喜界島というやつがどのような人間かも知らん。ただな、そやつもお前と同じ競泳部員なのであろう?ならば、そやつも粛清の対象だ。逃がしてやることはできても、追わぬと約束してやることは出来んよ」

 

「そうかよ。ヒャハハ、まっ、そうだろうな。アンタは優しいだけで、甘いわけじゃあねえもんなあ。なら、やっぱり俺は戦わなきゃならねえわけだ」

 

「戦う、か。やめておけ。こうして床に立っている以上、我とお前とでは勝負にもならん。いや、たとえ水の中であろうともお前が我に勝てるというわけでもないのだがな」

 

箱庭学園競泳部員。先日第98代生徒会主催で行われた部活動対抗水中運動会において水の中でなら、地球が滅びても彼女だけは生き残っていると一部の生徒の間では噂のあの生徒会長と互角に戦った箱庭学園競泳部員の1人である種子島競泳部員に対し、全身刺青の風紀委員はことなし気にそういった。

 

「やってみなくちゃ、わかんねえもんもあんだろうが」

 

「わかるさ。なぜならば、良し悪しきに関わらず正義は必ず勝つのだからな」

 

話し合いはそうして終わった。言葉はそれ以上続かなかった。事実上日本最速のスイマー、種子島競泳部委員がその驚異的な脚力で襲い掛かるなか、全身刺青の風紀委員は静かな声でつぶやいた。

 

「真庭忍法――巻菱指弾(まきびししだん)」

 

ガクンと、種子島競泳部員の膝が崩れた。一瞬、何が起こったのか混乱する中、見れば種子島競泳部員の腹部に何かが張り付いていた。金色の丸い金属片が張り付いて、否、突き刺さっていた。

 

それは全身刺青の風紀委員の親指から弾かれた画鋲だった。

真庭忍法巻菱指弾。かつて『棘々の蜜蜂』と呼ばれた真庭虫組最年少の忍が体得した忍術であり、今となっては受け継ぐ者が一人しかいないとはいえ、現存する貴重な忍術の一つだった。

 

本来逃走の際に使用する道具である巻菱を鉄砲の弾丸のように飛ばし飛び道具として使うこの技を現代に合ったもので再現するというのは、今を生きる忍真庭朱雀らしい発想の転換といえた。

巻菱と画鋲。聞こえとしては前者の方がおどろおどろしいが、凶悪さはさして変わらない。どちらとも敵を昏倒させてしまう程度の毒が塗られている以上、生身の人間に対抗するすべはない。

20畳先から精密射撃できるほどの速度で飛ぶそれを、さして離れた位置から食らっていないのなら尚更だ。

外傷は肉体に画鋲が食い込む程度で済んでいるものの、それは種子島競泳部員の類稀なる肉体があってこそのこと。本来なら腹に風穴があいていてもおかしくはなかった。

そしてたとえ外傷を軽度で防いだとしても、塗られた神経毒が猛威を振るう。

 

毒に侵されもがき苦しむ種子島競泳部員を前に、全身刺青の風紀委員は言った。

 

「安心するといい。死ぬほどの毒ではない。少しの間お前の動きを封じさせてもらうだけのことだ。我の聞きたいことに素直に答えてくれたのなら、すぐさま解毒剤をくれてやってもよい」

 

およそ口の開ける状態ではない種子島競泳部員に向けて、全身刺青の風紀委員は問いかけた。

 

「お前たち、風紀を乱すような真似をしてはいないか?裁かれるに値する罪科を抱えてはいまいか?我達風紀委員に情報が入いっていてな。お前たち競泳部員は試合での八百長や独自で運営している賭けレースをやっていて、果ては金で雇われ他校の選手として公式戦に出場しているというではないか。これはすべて事実か?」

 

事実だった。種子島競泳部員が思わず顔をそらす。

 

「いやまあ、別にこれらのことに関して我は責めようという気はない。お前の異様なまでの金への執着を責めようという気はないし、学園の外でお前たちがなにをしようがお前たちの勝手だ。あくまで学園を守ることを生業とする風紀委員は生徒のプライベートにまで干渉しようとは思わんよ。ただ、な。もう一つの噂の方はいささか問題があるのだ」

 

全身刺青の風紀委員は言いにくそうに、言いずらそうに、それでも言った。

 

「お前たち、同じ競泳部員にいかがわしい真似をさせて金銭を稼いでいるという噂は本当か?本当だとするなら、それはこれ以上なく学園の風紀を乱していることになるのだが」

 

無実だった。種子島競泳部員としては、吐き気をも要したくなるほどの冤罪だ。

金より大好きな彼女のことを、彼らがそんな風に扱うはずがない。

動かぬ体で、種子島競泳部員は怒りをもって全身刺青の風紀委員を睨めつけた。

 

「うむ、その目からすると事実ではなかったようだな。大方、貴様らに妬みでももつものが流した虚言か。しかし、火のない所に煙は立たん。自身の日ごろの行いを悔いるといい」

 

そう言って、立ち去ろうとする全身刺青の風紀委員を種子島競泳部員は息も絶え絶えに呼び止めた。

 

「どこ、へ」

 

「どこへ行くのかと?決まっておるであろう、お前が逃がした2人を追うのだよ」

 

「な、ぜ」

 

「何故とな?おいおい、勘違いしてもらっては困るぞ。たとえ流れている噂が虚言であったとしても、お前たちが風紀を乱したことに違いはない。ならば粛清はせねばなるまい。疑わしきは罰せよ。とは言わんが、風紀委員としては高々三人程度を粛正することで例の生徒会長が就任して以来、些か緩んだ風紀を引き締められるというのならそれでよいのだ」

 

「な、に、を」

 

「何を言っているのかわからんか?なに、我はお前たちに人身御供になれと言っておるのだよ」

 

箱庭学園風紀委員会。全身のくまなくに施された呪術的な刺青が特徴的な生徒。2年13組、最後の血統真庭朱雀はさらりとしながらそういって、種子島競泳部員に問いかけた。

 

「お前には我がどう見える?」

 

いや、毒に侵され、呂律も回らなくなっている種子島競泳部員の今の体の状態を思えばそれは問いかけですらなかったのかもしれない。だから、真庭朱雀は返事を待たずに言葉をつづけた。

 

「悪魔か、鬼か、悪鬼羅刹か。まあ、どうせ悪意に満ちた化生の類なのであろうな。しかしな、種子島よ。それはお前の見方にすぎん。我はお前たちの行っている八百長やらなんやらを裁かんと言ったが、やはりそれは間違っていることなのではないかとは思う。そうであろう?やってはいけないといわれることを、やることが正しいはずがない。ルールは守るためにこそあるのだからな」

 

真庭朱雀の言葉をここまで聞いてしまえば、確かにそうだ。やっていることはどうであれ、真庭朱雀の言っていることは正しかった。

風紀委員として、生徒のプライベートまでには干渉しないと真庭朱雀は言った。

しかし、一人の人間として、お前たちのやっていることは許せないと真庭朱雀は言った。

だからこそ、真庭朱雀はここにいる。

部下の一人の連れずにこうしてここに立っている。

 

「種子島よ。実を言えばこれは風紀委員の正義ではない。我が持ち得る我自身の正義にすぎん。故に安心するがいい。我はお前の苦悶を、苦闘を、献身を、何より身を挺して仲間を逃がした心意気を決して忘れはせん。だからこそ、やはりお前の守りたかった人は決して追わぬと約束しよう。冥利のやりすぎの正義に則るのなら、度し難い甘さではあるが。なに、これは我個人の戦いに過ぎぬからな。今後、このような虚言が流されぬよう。身の在り方を改めよ」

 

その言葉を聞いて、種子島競泳部員は笑った。全身に回った毒によって動かなくなった体を無理やりに動かして、いつものように獰猛な笑顔を作った。

 

「ヒャハ」

 

笑わずにはいられなかった。彼は守り切ったのだから、彼のいちばん守りたかったものを。

 

「屋久島さん。喜界島のこと、あとは、頼みますわ」

 

そういって種子島競泳部員はゆっくりとまぶたを閉じるのだった。

 

 

 

「いや、そんな散り際の一言のようなことを言われても。別に殺しまではせんのだが」

 

 

 

-3-正義と正論は違う

 

 

それから数日後の事。

 

「はあ。風紀委員長はどんな人ですかって?」

 

箱庭学園風紀委員、鬼瀬針音は隣を歩く箱庭学園生徒会庶務、人吉善吉の質問に首をかしげていた。

隣を歩く。といえば何やら仲睦ましいように聞こえはするが、実際はそうではない。

実情、とある事情(校則違反という風紀委員会としては見逃せない事情)により箱庭学園生徒会と箱庭学園風紀委員会は現在進行形で敵対関係にあった。

そんな2人がどうして仲良さげに並んで廊下を歩いているのはといえば、手をつながれているからに他ならなかった。

つないでいるのではなく、つながれていた。武骨な鉄製の手錠によって。

どうしてこんな情けない状態になっているのかは、深くは語らない。

まさか2人が見た目だけは純粋無垢な少女の他愛もない悪戯のような出来心で行われた些細な悪意によって16歳にもなって深くはない関係の男女が手をつなぐという恥ずかしい結果になってしまっているなんてことは彼らの自尊心を傷つけないためにも決して語りはしない。

 

「ああ、そうだよ」

 

ともかくとして、生徒会庶務人吉善吉はもう一度、鬼瀬風紀委員に問いかけた。

 

「俺が聞いたことが、そんなに首をかしげるほどのことか?めだかちゃんに敵対しようっていう風紀委員のボスのことを知りたいって思うのは、当然のことだろ」

 

「いえ、いえ、私が疑問に思ったのはどうしてそれを私に聞くのかってことですよ。私は風紀委員側の人間ですよ?敵対関係にある生徒会に情報を漏らすような真似を私がすると思いますか?」

 

「言われてみりゃ、そりゃ、そうか」

 

納得せざる負えない正論だった。

 

「それに私とあなたは別に友達というわけでも、仲がいいというわけでもないんですよ。なのによくもまあ、気軽にそんなことを聞けたものです。気安く喋りかけないでくださいよ。私はあなたのそういうところが嫌いです」

 

胸に突き刺さるくらいに正論だった。いや、たとえ正論だったとしてもそこまで言われる筋合いはないのだが、生徒会庶務人吉善吉、同い年の女の子に嫌いと言われて一発KO。真っ白に燃え尽きる。

 

「しかし、まあ教えたところで減るようなものではないですし、答えてあげるのもやぶさかではありません。雲仙風紀委員長がどんな人なのかということでしたね」

 

「あ、ああ」

 

答えてくれるなら素直に答えればいいのに、どうして俺はあそこまで言われたのだと、生徒会庶務人吉善吉は心の底からそう思った。

 

「一言でいうなら、いえ、私よりもずっと雲仙風紀委員長のことを理解している人が言うにはあの人は現代の正義そのものだそうです」

 

「正義そのもの、か。で、その冗談はどこまでが本気なんだ?」

 

「冗談じゃありません。世界共通のルールができた今代で、雲仙委員長の掲げるポリシーを正義と呼ぶ以外の呼び方がわからない。確かに言われてみればその通りなんですよ。みんなで決めたルールを破った人間に罰があるのは言うまでもなく当然のことなんですから」

 

正論だ。風紀委員の職務に忠実な鬼瀬風紀委員は基本的に、正しいことしか言わない。

 

「ですから、言うまでもないことですが、間違っているのはあなたたちです。今はしっかりと制服を着ているようなのでうるさいことは言いませんが、先日の件にしたってそうです。制服を改造して校則違反を犯したのはあなたたちなのですから、たとえ黒神さんがどれほど生徒たちの役に立っていようとも、それで校則を破っていいということにはなりません。その件に関してはいずれ、決着をつけさせていただきます」

 

「たしかに、めだかちゃんの服装に関しては俺も何も言えないが、けどさあ、鬼瀬。聞いた話じゃその風紀委員長、随分と悪いうわさも聞こえてくるんだが、そこん所は実際どうなんだよ」

 

悪い噂。確かに、それはある。鬼瀬風紀委員が風紀委員に所属して以来、委員会関係以外の友達が1人もいなくなってしまったのもそれが原因だ。

箱庭学園の誰もが言う。風紀委員会は正しいが、やり過ぎだと。

 

「やり過ぎなくちゃ正義じゃない。確かにそれが雲仙風紀委員長の口癖ですし、今の風紀委員会の基本方針です。でも、それのどこがいけないというのですか。取り締まられたくないのなら、ルールを破らなきゃいいだけじゃないですか」

 

「ルールに校則か。まっ、確かに鬼瀬の言っていることもわかるぜ。けどさ、そんなに縛られるみたいに雁字搦めにされたんじゃ、一生に一度の高校生活を楽しめないっていうのも学園の生徒たちの本音だと思うぜ。なにもルールを守ることが全てじゃないだろ」

 

「馬鹿なことを言わないでください。全てですよ。楽しむためにルールを破るなんて、まんま快楽犯罪者の思考じゃないですか。ルールは守るためにあるんです。そしてルールは平和のためにあるんです。それを破るというのなら、何をされたって文句は言えないはずですよ」

 

まっすぐとそれこそ体が触れ合うほどに近くで下から見上げるよう見つめられながら言われた言葉に、生徒会庶務人吉善吉は頷かずにはいられなかった。

というのも、彼は別に最初から鬼瀬風紀委員の言葉を間違っているとは思ってはいない。

 

「確かにだ。正直に言えば俺は鬼瀬が信じる、風紀委員の考え方がそれほど間違っているとは思っちゃいない。やり過ぎの正義ってやつもまた、めだかちゃんの他人のために生まれてきたっていう考え方と同じくらいに正しすぎると思ってる。それは鬼瀬も同じなんだろ。だからこの間の件であんな真似をしたんじゃないのか?」

 

あんな真似。それは鬼瀬風紀委員が制服改造の校則違反を犯した生徒会会長黒神めだかを見逃し、自分を濡れ鼠にした件を指していた。

 

「どっちだって正しい。ならあとは好みの問題だろう。俺はめだかちゃんの方が好きだ。そして鬼瀬は風紀委員長の方が好きだ。ただ、それだけのことなんだと俺は思うぜ」

 

生徒会庶務人吉善吉の口から出たその言葉に、正しさを信条とする鬼瀬風紀委員は頷かないわけにはいかなかった。

そうですねと、小さくそう呟いてから、何故だか負けたような空気を変えるために話題を変えた。

 

「しかし、あなたは雲仙風紀委員長のことは聞いてももう一人のことは何も気にならないのですね」

 

少しだけ棘のある言い方をしたと、鬼瀬風紀委員には自覚があった。

生徒会庶務人吉善吉はわずかに首をかしげて問い返す。

 

「もう一人?副委員長の呼子笛先輩のことか?でも、あの人にしたって噂じゃ風紀委員長に心酔してるって聞いたぜ。あの人のことを気にするのは、というより風紀委員長を気にしてさえいれば風紀委員会全員を気にしているのと同じことだろ」

 

「確かに、そうかもしれませんね。でもですね、人吉善吉くん。風紀委員会は生徒会と違ってトップが絶対的なリーダーシップをとっている組織。というわけじゃあ、実はないんです。雲仙委員長が風紀委員会の表の顔なら、裏の顔として一人。雲仙委員長のやり過ぎの正義を認めていながらも、もう一つ自分の正義を信じている人がいるんです。知っていましたか?」

 

知らなかった。

そのことを責めるような鬼瀬風紀委員の言い様に、生徒会庶務人吉善吉はわずかにたじろぐ。

ごくりとつばを飲み込んでから、鬼瀬風紀委員の言葉の続きを聞いた。

 

「やっぱり、知らなかったんですね。私はね、信じられないです。この学園の生徒の大半が、あの人の存在を知らないままに日々学園生活を送っているなんて。まあ、知らずに暮らしていけるのならそれはそれで幸せなのかもしれませんが。しかし、生徒会が風紀委員会と敵対する気なら流石に知っておいた方がいいですよ。裏方に徹することが好きなあの人も、生徒会と戦うとなれば表舞台に出てくるでしょうから」

 

「で、誰なんだよ。もったいぶらずに教えてくれ、その人の名前は?」

 

「本名は教えられません。無暗に人に名前を明かしたくない性格の人ですから。だから私達風紀委員はあの人のことを通称、まにわに先輩と呼んでいます」

 

「まにわにって、なんだが若干可愛らしい愛称だな」

 

「名前だけですよ。本人はどちらかといえばカッコいい系です。風紀委員会では可愛い系の雲仙風紀委員長を愛でる会とカッコいい系のまにわに先輩に苛められ隊が水面下で激しい攻防を繰り広げています。ちなみに私は雲仙冥利を愛でる会の会員です」

 

「いや、そんな委員会の性癖とお前の好みを聞かされたところで何とも言えないんだが・・・というか風紀委員会って意外と楽しそうなんだな」

 

 

 

 

-4- ペルソナなくして生きれない

 

 

と、このように現在進行形で敵対関係にある風紀委員会と生徒会にそれぞれ所属する鬼瀬風紀委員と生徒会庶務人吉善吉が親交を深めている中、一方では全身に呪術的な刺青を施した噂のカッコいい系風紀委員、真庭朱雀が見た目だけは純粋無垢な少女、不知火半袖と久しぶりの再会を果たしていた。

 

 

「ありゃ、偶然ですね。まにわに先輩」

 

「ふむ、箱庭学園理事長室や時計塔ではない場所で、こうしたこのような場で、教室の前の廊下でばったり会うなどというあたかも日常風景の如く我とお前が出会うとは、何かしらの意図があるとしか思えんな」

 

「あひゃひゃ☆やだなー、偶然に決まっているじゃないですか、まにわに先輩。偶然ですよ。ぐ・う・ぜ・ん。私はそこの廊下の角を曲がったところで親友に面倒くさい風紀委員を押し付けて逃げてきて、ばったりとまにわに先輩に会ったに過ぎないんですから。ねぇ」

 

箱庭学園理事長の孫不知火半袖は、にやりんと無邪気からは程遠い笑みを浮かべた。

それを見抜けない最後の血統真庭朱雀ではない。

 

「そうか。それならそれで我としてはかまわない」

 

しかし、ここはスルーした。

 

「だがなあ、不知火よ。これ見よがしに廊下で物を喰うのをやめてはくれぬか。我は風紀委員として、校則を破るお前を取り締まらなければならなくなるのだが。廊下での飲食は厳禁だぞ」

 

「固いこと言わないで下さいよ。風紀委員会でただ一人、雲仙冥利の正義を認めながらも迎合しない男。風紀委員会裏番、真庭朱雀先輩」

 

「・・・公衆の面前でむやみやたらに我の名を呼ぶな」

 

「だいじょーぶですって、この場にいる誰一人として私たちの話を聞いている人なんていませんから。人間は自分の興味のあるもの以外には、本当に無関心な生き物ですし。誰も私たちに、興味なんて持っていませんよ」

 

全身に入れ墨を刺した最後の血統真庭朱雀。そして高校生でありながらまるで小学生のような体格をした理事長の孫不知火半袖。群衆に放り込めば、否応なしに目立つであろう2人の組み合わせでありながら、廊下を歩く生徒たちは気にもしないで歩き去っていく。

まるでそこには誰もいないとでも言いたげに。

 

「まにわに忍法でしたっけ?相変わらず意味わかんなくてすごいですねー」

 

「真庭忍法だ。真庭忍法―その蜩(ひぐらし)。我の扱う13の忍術の内、唯一我が創り出した忍術だが、こんなものがすごいはずがなかろう。先人たちが遺した12の真庭忍法に比べれば、こんなもの――」

 

「あひゃ☆あひゃ☆先人、先人って相変わらず自己否定が大好きですねー。そんな大昔に死んじゃった人のことを称えて何が楽しいんだか、私にはちぃーともわかりませんよー」

 

最後の血統真庭朱雀は、自身の言葉を途中で遮って大爆笑する理事長の孫不知火半袖にため息をついてから、小さな声でつぶやいた。

――(お前などにわかってもらおうなどとは、思わんよ)。

 

「それでだ、不知火よ。これ以上に話を続けるというのであれば、場所を移そう。我の真庭忍法その蜩は日之影空洞の持つ性質のように永遠と作用し続ける類の忍術ではない。お前が我に話しかけてきた時からわかっていたことだが、積もる話があるのであろう」

 

「あひゃひゃ☆気づいてたんですか?そうなんですよねー。実はお爺ちゃんから頼まれてるまにわに先輩への伝言があるんですよ」

 

「で、あろうな。そうでなければたとえ偶然に我と鉢合わせたとしてもお前の方から話しかけてくる理由がない」

 

「いやだなー、私は別に用事がなきゃ知り合いに挨拶もしないほど薄情な女の子じゃありませんよー」

 

「そうなのか」

 

「そうですとも。じゃ、行きましょうかまにわに先輩」

 

理事長の孫不知火半袖はそういって最後の血統真庭朱雀の脇を抜けて、きゅぽきゅぽと可愛らしい足取りで歩きだす。

 

「箱庭学園理事長不知火袴総帥の孫、不知火半纏から箱庭学園の裏側で秘密裏に行われている実験、フラスコ計画の中核を担う『十三組の十四人目(サーティーン・オバー)』。真庭忍軍最後の生き残り。戦国最後の血統。真庭朱雀にとーっても重要で伏線はりまくりなお話がありますからついて着てください」

 

何故だかはわからないが、説明口調の長台詞をどこかに向けて喋った後で歩き出す。

 

「うむ、いいぞ。聞こうか」

 

そのあとを最後の血統真庭朱雀はゆっくりとした足取りで追いかけた。

 

 

 

 

 

「ところで不知火よ。いい加減に食べ物をしまえ。校則云々の前に歩きながらものを食べるなど、行儀が悪いぞ」

 

「はいはい。しまいますよ。お口の中に。あーん、ぱっくんちょ☆」

 

「・・・」

 

 

 

 

-5- 空気を読んで

 

 

最後の血族真庭朱雀が理事長の孫不知火半袖に連れられ時計塔へと向かい、そこでフラスコ計画に関わる重要な秘密を聞いていたまさにその頃、箱庭学園風紀委員会室ではちょっとした諍いが起きていた。

 

「でだ、生徒会長さんの言いたいことは大体わかったぜ。たださ、残念ながら問題はそこじゃねえんだよなあ。悲しいが、いやマジで」

 

革張りのいすに腰掛けている箱庭学園風紀副委員長2年10組呼子笛。に腰掛けている10歳の少年。誰もが口をそろえて彼のポリシーこそが風紀委員会の正義だとそういう、やりすぎの正義の体現者。人の全てを嫌う者。箱庭学園風紀委員長、雲仙冥利は年不相応の悪戯じみた笑みを浮かべそういった。

 

「ほう、どうやら言葉が通じなかったようだな。ではもう一度言おうか。つい先日、私の友達の友達が何者かの手によって不幸にも毒殺されてしまってな。いや、別に本当に死んだわけじゃないが、現在入院中だ。そのおかげでせっかく先日生徒会に入ったばかりの会計職の喜界島一年生が毎日のようにお見舞いに行かねばならず生徒会活動に参加できていない状態だ。これでは喜界島会計が入る前の状態と何ら変わりはしない。これはまずいと私は考え、犯人探しを始めたわけなのだ。生徒会としても生徒に毒を盛るような者を野放しておくわけにはいかない。そこで我々生徒会と学園の風紀を守る役割を持つ貴様たち風紀委員会とか手を組み犯人を検挙しようという話を持ちかけに来たのだが、一体どこに不満があるというのだ。答えてもらおうか雲仙二年生」

 

と、常人ならば息継ぎなしでは喋れないセリフを息継ぎせずに喋り終えた黒髪の美女こそが、1年生でありながら生徒会選挙において常識では考えられない前人未到の支持率98%という偉業で第98代箱庭座学園生徒会長に当選した、一部の生徒の間では地球が滅びても彼女だけは生き残るともっぱらの噂の、黒神めだか当人だった。

 

箱庭学園風紀委員長 モンスターチャイルド雲仙冥利

         と

箱庭学園生徒会会長 超人黒神めだか

 

現在進行形で対立する2つの勢力。箱庭学園風紀委員会と箱庭学園生徒会。その2つの組織のトップである2人の初めての出会いは、物語の主要人物がそれぞれ動き回る中であまりにもあっさりと果たされてしまっていた。

 

「いや、だからさ。お前の言っていることくれーは理解できてんだ。俺が問題だつってんのは、どうしてお前がここにいるのかってことなんだよ。ここは風紀委員会室で、言うなりゃお前にとっての敵地のど真ん中なんだぜ?そんなところにどうしてお前は、お供も連れずに堂々と正面から一人で入り込んできてんだよ」

 

「敵地だと?面白いことを言うな、雲仙二年生。私にとっての敵が、一体どこにいるというのだ」

 

生徒会長黒神めだかはモンスターチャイルド雲仙冥利を眼前に、心底不思議そうに首をかしげながらそう言った。

生徒会長黒神めだかのとったその態度に対して現在モンスターチャイルド雲仙冥利の椅子の役割に準じている風紀副委員長呼子笛は僅かに冷や汗をかいた。

感じ取ったのだろう。体を密着させている子供の感情の激情的な変化を。

 

「おいおい。ウソだろ。まさかそりゃ、俺程度じゃ敵にもならねぇつう、とてつもなく高度な冗談とかじゃあねえよな?」

 

青筋を立て、眉を八の字にまげ、顔に影を作り、もはや怒っているのかどうかすらも判断できないような表情をしながら敵意をむき出しにするモンスターチャイルド雲仙冥利を前に、それでも生徒会長黒神めだかはあくまで冷静な態度を崩すことはなく、その言葉を否定した。

 

「違うな。そんなはずがないだろう。私は貴様がどういうものなのか、どの程度のものなのかをこうして会って見ることでしっかりと理解した。まさかこれほどとはな、噂以上だ。間違っても私は貴様とここで戦いたくはないよ。校舎が全壊しかねない」

 

「そうかよ。そりゃ、正当な評価ってやつをもらえて何よりなんだかよお。じゃ、さっきの言葉はどういうことだ?俺がプリティで可愛らしいお子様だからなめてるってわけじゃなねえってんならよぉ」

 

「そのままの意味だ。ここに私の敵はいない。私は別に貴様のことが嫌いじゃない。ゆえに敵対する理由がない。違うか、雲仙二年生」

 

そういって、手に持った扇子を広げ慈愛に満ちた聖母のような笑顔を浮かべる生徒会長黒神めだか。広げられた扇子には、何故だか『自重』の二文字が描かれていた。

そんな態度、そんな好意を受けてのモンスターチャイルド雲仙冥利の対応は

 

「はんっ」

 

と、言葉を鼻で笑うことだった。

 

「ちげえな。間違ってやがるぜ、黒神めだか。テメーは俺が嫌いじゃねぇのかもしんねぇが、俺はテメーが大嫌いだ。だから敵対する理由は大いにある」

 

そういうと、モンスターチャイルド雲仙冥利は風紀副委員長呼子笛の上から立ち上がり、前にある机の上に乗る。そしてモンスターチャイルド雲仙冥利は胸元が開き露出が多くなるよう改造された生徒会長黒神めだかの制服を指さして

 

「大体よぉ、風紀委員会室で、風紀委員長であるこの俺の前で堂々と校則違反をしてんじゃねぇよ。どれだけ大迫力のいいオッパイしてようが、取り締まらねえ理由にはならねえぞ」

 

とてつもない正論を吐きながら、生徒会長黒神めだかを見下ろした。

 

「待て、制服改造の件。それに関しては私にも言い分がある」

 

「けっ、いいぜ。聴いてやらねえが聞いてはやる。言ってみな」

 

「貴様らだって規定のものとは違うカッコいい制服を着ているじゃないかずるいぞ。私だってカッコいいのがいいのだ」

 

「正義と聖者は相容れねえ。制服改造の件がなかったとしても、俺とテメーが仲良くお手手つないで協力するなんて真似が、出来る筈がねぇんだよ」

 

モンスターチャイルド雲仙冥利は生徒会長黒神めだかの言い分を全力で無視した。

それを受け取ってかどうかは変わらないが、生徒会長黒神めだかもまた自分の言った言葉に触れることなく話を続ける。放りっぱなしの女である。

 

「箱庭学園の平和を守るためだといってもか」

 

「学園の平和は俺らが守る。テメーは生徒会室に引きこもって生徒のお悩み相談室でもなんでも開いてやがれ」

 

「どうしてもか」

 

「くどい。俺とテメーが。正義と聖者が。人間大嫌いな雲仙冥利と人間大好きな黒神めだかが。風紀委員会と生徒会が。仲良くて手ぇつなぐことなんざ、絶対にあるわけがねぇんだよ!!」

 

と、モンスターチャイルド雲仙冥利が生徒会長黒神めだかに人差し指を向けながら、そう高らかと宣言したまさにその時だった。風紀委員会室の扉が開き、そこから仲良く手をつないで(つながれて)鬼瀬風紀委員と生徒会庶務人吉善吉が登場した。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

2人の登場に、風紀委員会室の空気が死んだ。

モンスターチャイルド雲仙冥利があえて触れなかった生徒会長黒神めだかのセリフですでに壊れかけていた空気が、完全に死んだ。

 

そんな場の雰囲気を受けて生徒会庶務人吉善吉は

 

「お、俺達、結婚します!!」

 

と、三秒後に生徒会長黒神めだかと鬼瀬風紀委員からフルボッコにされること確実な精一杯のギャクを、空気を読んで繰り出したのだった。

 

 

 

 

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