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―優しい正義―
「時宮天使(ときのみやてんし)?そりゃ、知ってるかって聞かれれば知ってるさ。けど、どうして今更そんな名前がでてくるんだ。時宮天使。前風紀委員長はもういない。真庭と雲仙。お前たち二人が殺したはずだろ」
十三人の十三組統括、『黒い包帯』名瀬夭歌に抱き着きながらそういう生徒。
上着にファー(毛皮)のついた長袖を着ながら何故かその豊満な胸部を包む部分のみのボタンを外し下着(ブラジャー)を露出して、ズボンには足の付け根ギリギリまでしかないジーパンを履いているという。挑発的というよりもはや冒涜的な格好をした生徒。
『骨折り指切り(ベストペイン)』古賀いたみに対して真庭朱雀は頷くことで肯定した。
「確かにそれはすでに終わったことだ。いや、終わっていたと思っていたのだがな。どうもそうではないらしい。あの不忍の忍。かつての真庭忍軍にとっての旧敵が生きていないとするのなら。もはやそれは天使先輩殿以外の仕業ではあるまい」
時宮天使。
その存在は会話に出てきたとおり、前風紀委員長。つまり現在風紀委員を実質的に支配している二人、雲仙冥利と真庭朱雀を支配していた存在だ。
支配しながら放逐し。放逐しながら冒涜し。冒涜しながら抱擁し。抱擁しながら激高し。激高しながら慈愛した。
そして、結果的に殺害された。そういう女。
彼女は誰よりも優しくて。生まれながらの正直者で。だからこそ誰よりも非道(ひど)かった。
彼女は誰に対しても公平で何者にも優しかったから、何であろうと受け入れた。
学園始まって以来の問題児(モンスターチャイルド)も存在するはずもない誰か(サーティーン・オーバー)も、そしてたとえそれが最悪の屑であろうと分け隔てなく抱きしめた。
故に彼女がトップであった時代の風紀委員会はまさしく全盛期と呼んでいいほどの規模を誇っていた。その人員は現在の五倍以上であったと言えばいったいどれほどの勢力であったかは理解できよう。
箱庭学園の十三組全員が暴れだしたとしても風紀委員会なら止められるかもしれないなんて思わせることができた風紀委員長は今も昔も、あるいは未来にさえ、彼女以外にいないかもしれない。
そして、だからこそ、殺害された。殺されるに足りる理由があった。
『最後の血脈』真庭朱雀と同じく時宮天使が正義だった時代と『モンスターチャイルド』雲仙冥利が正義だった時代。
二つの時代を知る風紀副委員長呼子笛はあの頃をこう回想する。
「強大過ぎて」
「広大過ぎて」
「膨大過ぎて」
「いったい何が起きているのか」
「何が何だかわからなかったわ」
なんてことはない。
要は時宮天使が正義であった時代。
その頃の風紀委員会は大きくなり過ぎてしまったというだけだ。
組織としての体をなさないほどに。
時宮天使自身にさえ、いったい何人の風紀委員が居るのかわからないほどに。
それは別段時宮天使が無能な訳でも力不足だったわけでもなく、当たり前に残酷な許容量の問題だった。
受け入れて。受け入れて。受けて入れて。愛して。愛して。愛して。抱きしめて。抱きしめて。抱きしめている内に抱きしめきれなくなってしまったのだ。
まだまだ抱き入れたかったのに、時宮天使の体にはもう誰かを受け入れられる場所はなかった。
――ゆるしてください。
――もう、ゆるしてください。
――もう、ゆるしてください。
――もう、ゆるしてあげてください。
救うべき誰かを目の前に泣きながらそう言うことしかできなかった彼女を見たとき、雲仙冥利と真庭朱雀は時宮天使の殺害を決意した。
彼女の正義はもう限界だった。手放すということを捨てることだと解釈し、すでに救われたものさえも甘やかし続けた彼女の優しすぎる正義はこうして終焉を迎えることとなる。
モンスターと忍者の手によって。
この世界に、やさしい正義を掲げた聖女(おんな)はすでにいない。
「そう、そのはずだったのだがな。いったいなぜ、天使先輩殿が今になって息を吹き返したのか。我もそれが疑問でならん」
「まっ、その辺はおいおいわかってくるだろうから今は保留でもいいんじゃないか。それより問題なのは思い堕されて、産み堕されたのがお前の記憶だってことだろ。お前の過去には敵が多すぎる」
「否定は出来んか、耳が痛いな。しかし、我の記憶の中にある旧敵を産み堕としたところで脅威になるのはせいぜい2、3人程度だろう。その程度ならばかつて勝ったことのある敵だ。我一人でも対処は出来よう。だが、我のものではない記憶。否、我ら一族の記録といった方がいいか。それを産み堕されたなら相当に危うい。なにしろ勝ったことのない敵だ。大事には日之影空洞にも協力を仰いだ方がいいかもしれん」
「日之影、空洞?誰だったっけ、それ?」
「忘れているのならそれでもよい」
そういって最後の血統真庭朱雀は会話を切った。
丁度、黒い包帯名瀬夭歌も携帯電話から耳を話し通話を終えたところらしかった。
現在、最後の血統真庭朱雀と骨折り指切り古賀いたみと黒い包帯名瀬夭歌の三人がいる場所は『 』。
やれることはすべてやった。統括である黒い包帯名瀬夭歌を通し箱庭学園理事会に連絡を入れ、関係各所に非常事態宣言を出してももらった。
此処にはいない残りの11人の十三組の十三人(サーティーンパーティー)にも話はした。
いや、話だけしかしてはいないがそれでいいだろう。それで正解だ。
彼らにあれこれと指示を出すことほど愚かなことはない。
あの暴君が統括である名瀬夭歌に従うとも思えないし、裏の6人(プラスシックス)に関しては言わずもがなだ。
だから彼らには彼らなりに、好き勝手に動いてもらって、その異常性(アブノーマル)の異常(アブノーマル)たるところを全面に出してもらえば勝てないまでも負けることはないだろう。
もし負けるというのなら、それはもう地球という世界規模であきらめた方がいい。
箱庭学園内に流れる噂の一つに箱庭学園にあるすべての委員会の委員長。
彼らをそろえることが出来れば、世界の1つや2つ救うことは簡単だという伝説がある。
だとするならば、十三組の十三人も同じ。
彼らが動いて学園を危機から救えないというのなら、それは世界が救えないことと同意義だ。
少なくとも十三組の十三人が委員長連合と同格以下などということはないのだから。
もっとも、それは十三組の十三人が委員長連合のように何らかの世界的危機に対し奇跡的に協力し合うように、力を合わせることが出来るのならの話ではあったが。
「いや、まにわにん。それは無理でしょ」
「無理だと思うよ」
呆気なく、確信的にそういう二人に対し最後の血脈真庭朱雀もまた、ため息をつきながら言うのだった。
「無理、であろうな」
十三組の十三人。彼ら全員が力を合わせることがいまだかつて無かったように、これからも無いだろうと最後の血脈真庭朱雀はそう断言した。
たとえ、箱庭学園の学園長不知火袴総帥が運営し彼らが関わっている極秘プロジェクト。
人間を完成させるフラスコ計画が妨害されるようなことがあろうとも、十三組の十三人全員が手を取り合うことはありえない。
暴君然り、裏の六人(プラスシックス)然り、そして最後の血脈然り、彼らは総じて我がままに過ぎる。
―だから殺す―
この世が乱世。
この国が戦国と呼ばれた時代に存在し、個性という点においては決して他者の追随を許さず、個人主義の集大成とでもいうべき忍の集団。
真庭忍軍。
その真庭忍軍に勝るとも劣らぬ個人主義の組織。
十三組の十三人(サーティーンパーティー)。
その十三組の十三人の中でもまだ社交的な存在である殺人鬼。
『枯れた樹海(ラストカーペット)』宗像形(むなかたけい)は箱庭学園に聳え立つ時計塔の地下9階にある彼専用の実験施設『墓場』で立ち尽くしていた。
その『墓場』には墓場らしく数多くの墓石が置かれていて、その墓石には圧殺。撲殺。銃殺。刺殺。毒殺。絞殺。毒殺。格殺。斬殺。殴殺。扼殺。轢殺。抉殺。飢殺。などなど、考えうる全ての殺害方法が戒名の代わりに刻まれていた。
あらゆる殺しに見守られながら、宗像形は生きていた。
そして呆然と目の前にある死体を見ていた。
宗像形が見ているものは腹部に大穴を空けて倒れる女。
脈など測るまでもなく。瞳孔が開いているとかそういうことを素人目でもいいので確認しようとかそういうことを考えられなくなるような致命傷を負った、後輩である女生徒の変わり果てた姿。
彼女と自分との関係を宗像形は語ることは出来ない。語る言葉もない。仲が良かったわけでもなく。特に敵対をしていたわけでもない。ただ、同じ十三組の十三人としてたまに見かける後輩だった。そういえば彼女はよくガムを噛んでいたなと、そんなことを思い出す。
(確か、名前は湯前音目(ゆのまえおとめ))
ガム好きの彼女の名前は、湯前音目。
変わり果てた姿の死体を見て、宗像形はそんなことしか思い出せなかった。
こんな風に彼女の死を看取ることになるのならば、もう少し興味を持っておけば良かったと一瞬後悔したが、すぐに思い直す。
(いや、そんなことをしたところで彼女の死期が早まっただけだろう)
人を見れば殺すことしか考えられない虫も殺さないような殺人鬼。
その一文が宗像形の異常性を最も的確に単純に表している。
彼にとっては、人を殺さない方が難しい。殺人衝動という名の異常(アブノーマル)。
驚くなかれ、彼の口から語られた衝撃の事実。
初めての殺人は5才の時。
犯行動機は『殺したら死ぬか試してみたかった』から。
以来彼は世界各国で数えきれないほどの人数を殺してきた。
『殺人鬼。』
この使い古された三文字が、彼に与えられた二つ名だった。
(そういえば)
と、殺人鬼宗像形は目の前で殺されている女生徒のクラスメイト。
後輩の生徒から聞いた言葉を、ふと思い出した。
(少し前までは僕のような存在が多くはなくとも、世界に20人ほどいたそうだ)
自分よりも年下の筈なのになぜかとても物知りで、我知り顔で色々なことを教えてくる。
時々まるで何百年も生きているかのような妖怪じみた老獪さを披露する。
そんな後輩が言っていた。
ある殺人鬼達の物語。
(息をするように人を殺すという、その殺人鬼の一賊ならこんな殺し過ぎの殺人もするのかもしれないな)
殺すだけなら心臓に穴を空けるだけでいいだろうに、心臓どころか大腸が収まっていたはずの腹部まで到達している穴を見ながら殺人鬼宗像形はそんなことをしみじみと思った。
(もうすでに滅んでしまったという話だけれど、もし彼らが生きていたなら。僕と友達に・・・いや、止そう。これはくだらない妄想だ。今はもっと考えないといけないことがあるだろう。そう、いったい誰が彼女を殺したかということを僕は考えなくちゃいけない)
いったい誰が湯前音目を殺したのか。
やはり、一番怪しいのは宗像形自身だろう。なにしろ彼は殺人鬼だ。これ以上の犯行動機はない。
しかし、それは違う。彼にはアリバイがある。彼が日課である地下2階の日本庭園の水撒きへと向かう前にはこの場所に湯前音目の死体などなかったし、水撒きを終えて帰ってきたらこの場所で殺されていたのだ。この場所で殺されたことは周りの状況から見ても間違いはない。
実は宗像形が水撒きの最中に湯前音目を殺害し、何食わぬ顔をしながら死体を引き摺り、地下9階まで下りてきたということはありえない。
彼女は間違いなく宗像形が『墓地』から離れている間に、この場所で殺害されたのだ。
殺人鬼宗像形以外の何者かの手によって。
(しかし、2年生とはいえ『裏の六人(プラスシックス)』であるこの子を殺すなんて真似ができる人間は学園内に20人もいないはずだ)
と、そこまで考えて宗像形は考えるのをやめた。13組に所属する彼の頭脳をもってすれば、解ったかもしれない犯人のことを考えることを止めた。
いたってシンプルな理由で。
(僕は殺す人間だ。殺された理由を考える人間じゃあ、ない。考えてみたところで意味がない。殺す以外のことを僕がやる意味はない。だから、今の僕にできることはせめて彼女を殺した相手を殺してあげることくらいだろう)
別に彼女を殺した奴が憎いわけじゃない。だから殺す。
正直どうでもいい。だから殺す。
面倒くさい。だから殺す。
殺された彼女の名前は湯前音目。だから殺す。
僕はガムを噛まない主義だ。だから殺す。
そろそろ『墓場』の模様替えでもしようか。だから殺す。
彼女を殺すのは僕だと思っていた。だから殺す。
特に何もない。だから殺す。
「友達でもなんでもない彼女だったけど、一応設定上は仲間だった。だから、殺す」
復讐殺人。
使い古されたそんな理由で犯人を殺すことにした殺人鬼宗像形は、自分と同じ匂い、人殺しの匂いを追い歩いていくのだった。
―人殺しに意味なんてない―
『墓場』を出て、廊下を歩きながら殺人鬼宗像形が思考することは湯前音目がなぜ殺されたのか。
では無論ない。
人を見れば殺したくなる宗像形にとって、人を殺す理由などはどうでもいい。
(思考し、考えるべきは湯前音目がどうやって殺されたのか、だ。二年十三組・十三組の十三人・湯前音目・検体名『宙ぶらりん(フリーワールド)』。あの子の実力は同じ十三組の十三人であるこの僕がよく知っている。間違っても殺されるような子じゃなかったし、間違いで殺されるような子でもなかった。さっきはあの子を殺せる人間が箱庭学園に20人はいるようなことを言ったけれど、それは実力が上だという意味で殺しきれるかと言えばそうじゃない。あの子を殺しきることが出来る人間なんてこの箱庭学園にはいないのかも知れないな。人間であるなら誰であろうと殺せる、人殺しの鬼であるこの僕を除いては)
――だからといって、僕が殺したわけじゃない。
そう、思考を打ち切って殺人鬼宗像形は黙々と足を動かし歩くことに集中し始める。
気が付けば匂いもだいぶ強くなってきていた。この分なら遠からず、犯人にまでたどり着けそうだ。
歩くことに飽きないように。生きることに飽きないように。殺人鬼宗像形は取り留めもなく差し障りもない後輩との会話を回想しながら足を動かし続ける。
回想開始
あれはそう、ある日一緒に将棋をうっていた時のことだった。
「『人を殺すことに意味などない』。ふむ、よくある題目でよく聞く台詞ではあるが、どうだろうか宗像先輩殿。我らのような存在からすれば否定したくなる類の名言ではないかな」
つけっぱなしのテレビ。BGMとして流れていた音声を聞き流していただけの筈なのに、なぜだか俳優の誰かが言ったその言葉にその後輩は食いついた。
おそらくは大した理由もなく。ただ、なんとなくに。
「人を殺すことに意味がないとするならば、人を殺すことしかできない人間にもまた意味などないのか?そういうことになるであろう。随分と残酷なことを言うではないか。目的を持たぬ人間。意志の欠片も持ち合わせぬ人間。それ以上に、意味のない人間などはもはや人間ではあるまい。それはただの人形だ。死んでいないだけで生きてはいない。生きているだけで死ぬことすらできない。生きることも死ぬことも何の意味すらない。それはもはや地獄という言葉ですら語りつくせぬ奈落であろうよ」
これだからこの後輩は恐ろしいと宗像形はそう思った。
なんとなくに漏らした言葉が何故か重く。奇妙で異常だ。
そして何より人を殺すことしかできない殺人鬼である自分に、宗像形に向ける言葉ではない。
聞けば、この後輩は誰に対してもこの調子なのだという。
あの暴君に対してさえ、この類の戯言を平気の沙汰で言ってのける。
誰かを立てることもなければ、誰かを慮ることもない。傲慢不遜にもほどがある。
「故に、我は思うのだ。人を殺すことに意味などない。確かにそれは一つの真理なのかも知れぬ。しかし、人が死ぬことに意味はあると。人殺しには意味などないが、人死には意味があると。死して得られるものは何もないが死んで繋げるものはあり、死んだからこそ輝くものも数多あろう。芸術家然り、小説家然り、武人然りな。故にこの世に犬死などという死はなく。あらゆる死には意味がある。否、死んでからこそ意味がある。己の生を後世に継ぐことこそ人生の本番であろうよ。死の前の生など死んだあとに比べればあまりにも短い。人生は死んでからが本番だ」
ぱちん。と、将棋の駒を打つ音が部屋に響いた。
どうやらこれまでの口上の全てはこの一手を考える間の時間稼ぎであったらしい。
なるほど確かに聞き入ってしまっていた宗像形には対局初めに決めた長考禁止の制約を口に出すことは出来なかった。
まったくこの後輩はどこまでも狡猾だと、半ば呆れながらに宗像形は駒を動かした。
「だからこそ、我は貴方を尊敬している。全ての人間に死を齎すことのできる存在である貴方に。殺人鬼、などという既に時代錯誤な存在である貴方を尊敬せずにはいられない」
「宗像先輩殿」
「貴方はまさしく万人にとっての無謬の光であったのだ」
「しかし、そんな光すらも」
「彼らには届かない」
回想終了
―戦う理由はいりません―
気が付けば宗像形は目的の場所にたどり着いていた。そこは『墓場』だった。
どうやら自分は地下9階をぐるぐると回っていただけだったようだと宗像形は嘆息する。
ああ、やっぱりとそう思う気持ちがないでもない。やはりここで、ここだった。
此処よりも死臭が濃い場所なんて箱庭学園にはないだろう。ならばやはりここに湯前音目を殺した犯人はいるのだろう。
無論、それは宗像形自身ではなくそれ以外の湯前音目を殺しうる存在。
宗像形以外の殺人鬼。
そしてその男は言うまでもなくそこに居た。
「ずっと不安に思っていたんだ。どうにもあの後輩と出会って以来、僕の根底が揺らいでしまっている気がしていたんだ。まるで名前の前につけるべき二つ名が現れたり消えたりしているような、そんな危うさだった」
その男の服装は奇抜に過ぎていた。今までどうして見逃していたのか宗像形にはわからない。
最初、宗像形が男を見つけられなかった理由。それはひとえに男の職業が起因していた。
湯前音目を殺害した男はそう、忍者だった。
袖が根元から切り落とされ、全身に鎖が巻かれていて、忍どころか逆に目立ってしまっていて、目新しいことこの上ない忍装束。
そしてなにより垂らした前髪の間から覗く鋭い眼光が特徴的な男だった。
「けれど、これで得心できた。あの後輩風に言うのなら先人の教えというものを学んだ。なるほど確かにこれはすごい。そして酷い匂いだ。死臭もここまでくれば香しい。ふん、まったく困った後輩だ。至高の頂を引っ張り出して比べるな。敵うなんて口が裂けても言えないじゃないか」
『墓場』の中の墓場に置かれた墓石に宗像形以上に馴染むこの男は、つまりは殺人鬼宗像形以上に殺人に愛されているということで。尊敬にも似た何かを感じずにはいられない。
殺人という題目ある一定の極致に行きついてしまった男。
「君を知っているあの後輩の視点からすれば僕如きは殺人鬼にすら見えなかったんだね。悲しいな。いや嬉しいのかもしれない。だからこそ彼は僕と遊んでくれた。君のおかげでね。だから、名前を聞かせてくれないかな」
「わたしの名前ですか?」
「ああ、僕は君の名前が知りたいんだ」
「わたしの名前は真庭喰鮫と申します。貴方のお名前もお聞きしてもいいですか」
「勿論だ。僕の名前は宗像形。殺人鬼だ」
「ああ、それはとても奇遇ですね。奇遇ですね。奇遇ですね。わたしも大体同じような存在です。まさかこんな時代に同族と巡り合えるとは、もしかしたらわたしとあなたは最高の友達同士になれるのかもしれません」
「気が合うね。僕も今そう思ったところだよ。もしかしたら君は僕の初めての友達になれるかもしれない。だから―――」
――――殺す――――
その一言を言うまでもなく会話は既に終わり。どちらからともなく殺し合いが始まった。
それはまるで舞台のようで、決まり事であるかのように、同時に互いに凶器をその手に握り。
殺人を、開始する。
「ああ、楽しいですね。楽しいですね。楽しいですね。人殺し」
「僕は荒事が苦手なんだ。湯前さんのことは残念だったけど、だからと言っても本当は君とは戦いたくないんだ。だから殺す」
人殺しに意味などない。しかし、人が死ぬことには意味がある。
人が死ぬためには人に殺されなければならない。そうしなければ惰性のような、プロローグのような生が永らく続くこととなる。80年。下手をすれば100数年の長きに渡り。
「嬉しいですね。楽しいですね。感激ですね。聞けば聞くほど貴方の話には心打たれます。そうです、その通りなのですね。わたしに殺されなくても勝手に死ぬような人間は殺されても文句は言えません。まさしく人は死ぬために生きているのですから」
ぶつかり合う金属音が空中に響き渡る。
殺人忍者真庭喰鮫が手にしている武器。否、凶器。
それは真庭忍者ならば誰もが体に巻きつけている鎖だった。
腰に差した刀に繋がる鎖を手に持ち、自由自在に操り全方位に無慈悲な破壊を振りまくそのさまを見てかつての人々は彼をこう呼んだ。
『鎖縛の喰鮫』と。
真庭忍軍の歴史を観ても身を守るべき防具をここまで破壊的な凶器として使用した真庭忍者は後にも先にも真庭喰鮫ただ一人。
これぞ忍法――『渦刀』
「人は愚かですね。悲しいほどに狂おしいほどに愚かなのですね。どれほど愛と平和と秩序を叫んだところで人は受け入れてはくれません。そのくせ優しさばかりを欲しがります。ふざけないでいただきたい。そんなに安楽の中で生きたいのなら、死ぬぐらいの努力はして頂きたいものですね」
「『人は死ぬために生きている』。君の言葉は正しいようにも聞こえる。僕の後輩も似たようなことを言っていたよ。けれど、僕はあえて君たちの言葉に異を唱えよう」
対し、朧な殺人鬼宗像形が手にしている凶器。
それは無数の刀と無数の槍と無数の剣と無数の矛と無数の斧と無数の鎌と無数の銃と二丁のガトリング砲と一丁のロケット砲と八つの手榴弾と二振りの鎖鎌だった。
全身凶器の暗器使い。全方位に悍ましい殺人を振りまくそのさまを見て人々は彼をこう呼んだ。
『枯れた樹海(ラストカーペット)』と。
人を見れば殺さずにはいられない。
あらゆる現象が殺人に通じる常識はずれの殺人鬼。歴代の十三組の十三人(サーティーンパーティー)においても人を殺す術で宗像形に並ぶ者はいない。
「人は殺されるために生きているんじゃない。僕たちが殺すために生きているだけだ。人殺しに意味はない?かまわないよ。全て殺せれば、それでいい。僕は殺す。誰であろうと殺す。女だろうと赤子だろうと老若男女問わずに問答無用に殺しつくす。だから・・・それが嫌なら黙って抵抗しろ」
「ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ」
宗像形の言葉に鎖縛の喰鮫は感嘆の雄たけびをもらす。
「いいですね!いいですね!いいですねぇ!あなたは最高ですね!そうです!その通りですね!貴方の言葉は一言一句すべてが素晴らしいですね!その素晴らしさに悶えてしまいますね!殺人に意味などいりません!戦う意味などないのです!戦う理由など考えるだけで無駄なこと!戦う理由を考えなければいけないくらいなら最初から戦わなければいいのです!」
身を捩りながら殺意と殺気を振りまきながら殺人忍者真庭喰鮫は高らかに哄笑する。
鎖の速度は加速し、宗像形の全身に仕込まれた凶器を弾き飛ばしていく。
「そうすればですね!そうすればですね!そうすればですね!かつて初代が夢見たとおりに!この世界から争いはなくなることでしょう!真庭喰鮫の名がようやく現実主義者と呼ばれるのですね!涙を流しながら人を殺し続けたくのいちの思いがようやく報われるのですね!」
ああ、と殺人忍者真庭喰鮫は殺人鬼宗像形を見ながら嘆息し。
「わたしは貴方に出会うために生き返ったのかもしれませんね。いえ、」
鎖縛と無数の刀が交差する。鎖縛と無数の矛が交差する。鎖縛と無数の剣が交差する。鎖縛と無数の斧が交差する。鎖縛と無数の鎌が交差する。鎖縛と無数の銃が交差する。鎖縛と無数のガトリング弾が交差する。鎖縛の一発のロケット弾が交差する。鎖縛と八つの爆発が交差する。鎖縛と二振りの鎖鎌が交差する。
殺人鬼宗像形の全身に無数に仕込まれた暗器が徐々に数を減らしていく。
その現象が、その事実が、遠くない未来の死を暗示していた。
その中で走馬燈を垣間見る。死の淵で人は過去を幻視する。
(思えば物心がついた時からそうだった。人を殺さずにはいられなかった)
(頭を砕いても死んでしまう。首を絞めても死んでしまう。胸を刺しても死んでしまう。腹を捥いでも死んでしまう)
(なんなんだこれは。こんな生き物。殺さずにいる方が難しい)
(か弱くかすかで。儚く頼りない生き物)
(こんな生き物殺さずにはいられない)
(こんな、こんな、こんな、こんな、こんな、こんな――――――――――――――――――――――――こんな生き物を救済するために彼女は人生を棒に振ったのですね)
「これで最後ですね」
鎖縛に弾かれて殺人鬼宗像形は最後の暗器を取りこぼす。
「ああ、けれど。殺人(ぼく)はまだまだ終わらない」
そして、誰もが抱いた予想通りに真庭喰鮫は絶命した。
全ての暗器(おもり)を脱ぎ去った宗像形は最後に残った全身(ぶき)を使って真庭喰鮫を瞬殺する。
全身凶器の殺人鬼宗像形。
全身が凶器。
歴代の十三組の十三人(サーティーンパーティー)の中で最も人を殺す術に長けた。
歴代最速の男。
殺人忍者真庭喰鮫と殺人鬼宗像形。二人の身体は交差して。真庭喰鮫が倒れた。
それだけのことだった。
宗像形は弾丸すら弾き返す速度で蠢く鎖縛の全てを避け切って、真庭喰鮫の身体を手刀で切り裂いた。
それだけのことだった。
その切り裂いた場所は図らずも数百年前に真庭喰鮫の致命傷となった傷と重なる。
真庭喰鮫の胴体から十文字の鮮血が、噴出した。
「わたしは貴方に殺されるために生まれてきたのかもしれませんね」
それが、真庭喰鮫が遺した最後の言葉だった。
そういって満足そうに笑いながら殺された真庭喰鮫。
そんな真庭喰鮫を看取りながら宗像形は思うのだ。
「いや、僕は君を殺せなかった。君のそれはもはや自殺だよ」
宗像形と真庭喰鮫。
枯れた樹海と鎖縛の喰鮫。
殺人鬼と殺人忍者。
殺さない殺人鬼と殺し過ぎた殺人鬼の戦いは、戦う理由もなく起きた争いは、この殺し合いを起こした当事者たちの意に反して誰も殺害されることなく終わることとなる。
この戦いで確かに人殺しは何も生むことはなかった。
しかし、人死には、真庭喰鮫の死は宗像形に何らかの意味を生み出すことになる。
当人である殺人鬼宗像形を含めた全員がそのことを知ることになるのは、今から約一週間後。
箱庭学園生徒会と十三組の十三人が対峙する時のことであるのだが。
それはまた次回のお話だ。
―えーん。死んじゃうよー―
宗像形は後ろに気配を感じ。振り返ることなく言った。
「やはり、生きていたんだね。無論、僕はわかっていたよ。よもや君が腹に大穴を空けられた程度で死ぬはずがないからね。湯前音目」
「わーい宗像さんがわたしを助けに来てくれた嬉しいよ(棒読み)怖かったよー(棒読み)死ぬかと思ったー(棒読み)」
「相変わらず、心にもないことを君は言うね。君を殺す方法は焼殺くらいしかないくせに」
「えーん(棒読み)そんなことされたら死んじゃうよー(棒読み)」