おおみそか
おーみそかー。
おー味噌か。
とか、言ってみたり。
―君臨者―
箱庭学園には都城王土という男がいる。
三年十三組。十三組の十三人所属。
検体名『創帝(クリエイト)』。
実質、十三組の十三人の指揮権を握る黒い包帯名瀬夭歌ですら扱いきれない『暴君』。
彼は傲慢に過ぎていて、誰かを慮るとか、立てるという言葉の意味も知らずに、見ず知らずの他人でさえ自分のために生まれてきたのだと信じて疑わないほどの自己中心的な考えを持ってこの箱庭学園に2年もの間文字通り君臨し続けていた。
他人の気持ちがわからず。空気も読めない。
社会を生きる上では致命的な欠陥を抱えていると言える友人を前に他人の気持ちが読めて空気を解読することのできる行橋未造 ― 三年十三組。十三組の十三人。検体名『狭き門(ラビットラビリンス)』。 ― 行橋未造は言った。
「朱雀からあった連絡だけど、どうするんだ?なんだか地上(うえ)では大変なことになっているみたいだけどさ」
「どうするもこうするもないな。真庭朱雀は確かに偉大なる俺の視界に入ることを許せる程度の人間だが、だからと言って王(おれ)自身が出向く理由にはならんだろう」
「相変わらずで何よりだよ王土。けど、少しは恥を忍んで僕たち(せんぱい)を頼ってきた後輩の気持ちを考えてあげてもいいんじゃないかな?」
それがどういう意味の言葉だったのかは行橋未造が付けている仮面のせいで窺い知れることは出来ないが、ともかくとして暴君王土に苦言を呈することのできる人間は箱庭学園内に彼一人だけだろう。
「他人の気持ちを理解しろ?いいぞ。その提言を許そう。だが、相変わらずおかしなことを言うな行橋。何故偉大なる王たる俺が下々の者の意思など組んでやらねばならんのだ?王(おれ)の身体は俺だけの物で王(おれ)は俺だけの為にしか動かない」
「本当に、相変わらずで何よりだよ。本当に王土は何も変わらない。今も昔もね」
「当然だ。何があったところで、何を知ったところで、俺は王(おれ)の在り方を見失わない」
――いや、違う。
と、行橋未造は時計台の最下層。地下十三階から箱庭学園の頂点に君臨する愛すべき友人を見ながらそう思う。
――あの後輩。朱雀と出会い王土は変わった。どう変わったかと言えば、さらに傲慢に。
さらに自己中心的な性格に変わった。人間としてはマイナス成長だけれど、支配者としては偉大なる一歩だ。
なにがこの愛すべき友人を変えたのか。
その答えは簡単だった。あの後輩と出会い何かがあって、何かを知ったのだろう。
この成長を友人として悲しむべきか臣下として喜ぶべきかわからない行橋未造は曖昧な表情を仮面の下で浮かべたまま床を見た。
そこには自分たち、行橋未造と暴君王土に向けて両手両足をつけている―いわゆる土下座の姿勢をしている―男の姿があった。
いや、少し前まで男がいた。と、言った方がいいのかもしれない。
「ところで王土。この人をどうするの?」
「どうするもないだろう。流石にこのままにしておくには不愉快だ。早々にこの場から除けろ。偉大なる俺の城をこれ以上汚さぬようにな」
「除けろって、手伝ってはくれないんだね。まったく君ってやつは本当に人使いが荒いや。まったく。本当にまったく。僕は何度君の前でまったくとため息をつかなきゃいけないんだろうね。こうなっちゃあ都城王土の真骨頂その①『言葉の重み』も効かないんだから気を付けるようにって僕は常日頃から言っていたじゃあないか」
――虐げるのはいい。けれど、虐殺はだめだって。
そう苦言を呈す行橋未造に対し暴君王土は
「いや、すまんな」
欠片の誠意や悲観なくそう言って
「偉大なる俺はまさか人間がこれほど簡単に死ぬなどとは知らなかった」
そう言った。
両手両膝を付いた土下座の姿勢のままの絶命。
額が割れ漏れ出した血液と脳漿がまじりあった液体が床一面に広がっている。
壮絶な死に方だった。
どうすれば人はこのように死ねるのだろうか。
こんな死に方は男が額を割り脳が床に直接ぶつかるまで暴君王土に自ら頭を下げ続けない限り、ありえない。
そんな変死体を前に暴君王土は常日頃から変わらぬ尊大な態度で首を傾げた。
本当に、この男は目の前で死んでいる男に対し思うことがないらしい。
「ところで行橋よ。はたしてこいつは何者であったのだろうな。偉大なる俺の城に挨拶もなく土足で侵入してきたものだから、ついうっかり百万回ほど頭を下げるよう命じたが。名くらいは聞いておくべきだったな」
「へえ、珍しいこともあるものだね。王土。どうしたんだい?見知らぬ他人でさえ自分のために生まれてきたのだと信じて疑わない夜郎自大な君が誰かに興味を持つなんて」
「別にこの男自身に興味があるわけではない。ただ偉大なる俺が初めて殺した人間だ。名くらいなら覚えて置いても損はないかと、そう気まぐれを起こしただけに過ぎん」
死んでいる。この男がどうこうじゃなく。自分が殺した初めての人間だから興味がわいた。
なんて、なんて身勝手な好奇心だろう。
暴君は虐げた民のことを死んですらも気に掛けることはなく。
民草はこれ以降、死を持ってすら王の気を引くことすらできない。
そんな圧政と暴政に満ちた『暴君』都城王土の王国(せかい)の在り方が垣間見えた。
「本当にその在り方は変わらないね。初めて出会ったその時から、君は君自身のことしか考えてないや」
「当然だ。偉大なる俺は偉大なる王(おれ)のことを愛している。偉大なる王(おれ)を愛している偉大なる俺すら、愛している」
そういって暴君は王座から立ちあがる。いい加減に立ち込めてきた不快な匂いに我慢が効かなくなったのか、一度ここから立ち去るようだ。
「では行橋。それを片付けておけよ」
「はいはい。わかったよ。ついでにこのことを名瀬に伝えておくけどいいよね?」
「よきにはからえ」
こうして箱庭学園の王もまたこの物語に登場することとなる。
しかし、その代償は決して軽くはなかった。
王の圧政により絶命した一人の男。
袖が根元から切り落とされ、全身に鎖が巻かれていて、忍どころか逆に目立ってしまっていて、目新しいことこの上ない忍び装束を着た忍。
真庭忍軍十二頭領が一人。真庭白鷺。『逆さ喋りの白鷺』は数百年前と同じように、真庭忍軍の実質的なトップ。頭領のなかの頭領。真庭鳳凰ですら理解することが出来ないと言われたその驚異的な忍法。
真庭忍法――『逆鱗さがし』を発動する前に人知れず消えていった。
こうして真庭忍軍最大の謎と言われる真庭白鷺が扱う忍法。
真庭忍法『逆鱗さがし』は闇の中に消えていく。
―愛と正義と仲間にかけて勝利を誓おう―
「悪とは何か。善とは何か。区別することの出来ぬこの時代において、私はそれでも信ずることの出来る道を歩いてきた」
真庭忍軍十二頭領が一人。真庭虫組真庭蝶々。
無重の蝶々を目の前にその生徒は誰に憚ることもなく。恐れることもせずにそう言った。
戦乱の世を駆け抜けた旧世紀の達人を前にその余裕。
無論、それがその生徒が目の前の忍。無重の蝶々の身体的特徴をあげつらい甘く見ていたからというわけではない。
十三組の十三人の統括である黒い包帯名瀬夭歌からの連絡。
ある後輩に敵対する者たち。
そんな敵がこの学園のどこかに居る。つまりは―――――――――――――――――――――仲間がピンチだ。
そんな状況下において、彼の前に敵が現れたとするのなら誰であろうと、どんな奴であろうとも、彼の態度は一切合財変わることはなかっただろう。
それほどまでに彼には信ずるべきものがあり、彼という人物像を作るうえでの揺るぎない根底が据えられていた。
そんな彼を前に無重の蝶々は嬉しそうに笑った。
その小さな体躯に良く似合うカラカラとした楽しそうな声色だった。
「いいねえ。俺もいろんな奴と会ってきたが、いろんな奴と戦ってきたが、アンタみたいな奴と仕合うのが一番楽しい。今回、俺達十二頭領が使われるこんな結果になっちまって情けない限りだったんだが、アンタとこうして出会えたことは幸運だったよ」
そういって。無重の蝶々は構えを取る。
無重の蝶々が取ったその構えは柔道や空手。ボクシングやムエタイなど現存する現代の武術の構えとは明らかに趣を別にしていた。
無重の蝶々が扱う技は歴史とともに忘れ去られた古武術。ですらない。
その拳法は所謂、武術や武道というものとは起原を別にするものであった。
その拳法の名は『真庭拳法』
初代真庭蝶々が完成させ。無重の男が蝶々の名継ぐまでの気の遠くなるような長い年月脈々と真庭の里に受け継がれ。研ぎ澄まされてきた拳法。
かつて戦国最強と謳われた虚刀流と二度に渡り戦いを繰り広げた。
紛れもなく戦国時代の五指に入る流派の一つである。
「さあ、名乗りな若造」
不敵に笑う真庭蝶々を前に対峙した生徒も笑う。無敵に笑う。
名乗る名などあったかと考えて、無論あったのだと思い出す。
「義をみてせざるは勇なきなり」
彼は口癖と共にその名を高らかに謳い上げる。
「糸島軍規。それが仲間のピンチは見逃せぬ私の名だ」
三年十三組。十三組の十三人。裏の六人(プラスシックス)リーダー。
『黒い包帯』名瀬夭歌が十三組の十三人を支配し、『暴君』都城王土が箱庭学園に君臨するものならば、彼は仲間の敵を前に表立つもの。
検体名『死番中(デスウォッチ)』
『義勇死人』糸島軍規。
それが糸島軍規の前に冠されるべき二つ名だった。
「真庭。真庭蝶々とかいったか。奇しくも私の仲間と同じ苗字のお前に対し私は戦いにくくはあるが戦おう。仲間のために戦い抜くことをここに誓おう。友情という言葉にかけて」
そう言いながら、糸島軍規は構えを取ることはしなかった。
着ている和服の袖をあわせ手を隠し、背後の壁に背を預ける自然体。
「なるほどな、俺の前で構えを取らなかったのはあんたで二人目だ」
無重の蝶々の頬に嫌な汗が流れる。いやなことを思い出したと、苦笑する。
自然体。
武道の最果て。境地どころか極致でなお足りぬ道のりの先で会得することの出来るその構えを扱う武人に無重の蝶々は昔一度だけ出会ったことがある。
死に際にて出会い。仕合ったことがある。そして、殺されたことがある。
「(あいつは確か、その構えを虚刀流―無花果とか呼んでいたか)」
もし目の前の男があの武人と同じ高みに居るとするのなら残念ながら勝てないのだろうなと、迷いなく断言できた。
あんな者に。あんな物に。あんなモノに。勝てる筈がないのだ。
事実。戦乱の時代においてその武人に真っ向勝負を挑んで勝てる人間はただの1人もいなかった。
勝負すら、成立はしなかった。
この時代においても恐らくはその武人に勝てる存在は存在しない。
悪人であれ。善人であれ。通常(ノーマル)であれ。特別(スペシャル)であれ。異常(アブノーマル)であれ。まだ見ぬ過負荷(マイナス)であれ。人間であれ。人外であれ。
誰も勝てない。そう断言できた。
敵が強ければ強くなる。
敵が多ければ多いほど強くなる。
敵の能力が高ければ高いほど強くなる。
死ぬことすら許されないほどの強さを持っている。
全力を出すことも許されないほどに強すぎた。
「(そんな奴に誰が勝てるか)」
そう吐き捨てて。だからこそ無重の蝶々は確信することが出来た。
死の間際の記憶を思い出し、冷静に敵を観察することが出来た。
自然体。
その構えを完全に扱うことの出来るあれほどの最強が、そうそう物語(せかい)に登場するわけがない。
だから
「あんたはそれほど強くはない」
「へえ、言ってくれるじゃないか」
その言葉を挑発だと受け取って糸島軍規は深く笑った。
身じろぎひとつせず。自然に笑った。
「確かに私は弱いかもしれない。しかし、友のため、友情のために戦う私が強くないはずがない。簡単に倒せると思われては困る」
「そうだな。訂正しよう。あんたはそこそこには強いんだろう。だがな、俺には勝てない。それが何故だかわかるか、」
「・・・」
「戦う覚悟が違うからだ。あんたは俺を倒すと言った。だが俺はあんたを殺すと言おう。これで俺とあんたの差は歴然だ。死合いをする覚悟が足りねえ、出直してきな。若造!」
言い終わり、無重の蝶々が糸島軍規に向かい駆けた。
その起動はあまりに速く。重力を縛られていないかの如くに疾かった。
これこそ真庭蝶々が『無重の蝶々』と呼ばれる所以。
真庭忍法―『足軽』
彼の動きは重力を無視できる。
だが、しかし。
そんな動きも。そんな速度も。そんな忍法も。糸島軍規に届くことはなかった。
何が起きたかわからない。
何をされたかも不明なまま。気が付けば自身の体の中で動く心臓の音しか聞こえない。
それほど静かに決着はつけられた。
描写することも難しいほどあっけない無重の蝶々の敗北だった。
「ば、馬鹿なあ。いま、一体、何が起きたんだ」
「これが理解できないなら、決まりだな。この勝負は私の勝ちだ。真庭蝶々。お前の敗因は迂闊にも私より先に動いたことだ」
「先に動いた。それだけのことで、それだけのことで!俺とあんたの戦闘経験の差が埋まるはずがないだろうが!いや、それ以前にこんな現象を起こせるはずがねえ!普通じゃねえ。異常にも限度がある。あんた、あんたは一体俺の体に何をしやがった」
「私が強いのではなく、自分が弱くなったと考えるわけか。なるほど、つまりは本当にこの現象が理解できていないってわけだ。ならばこの戦い。私の勝利は必然だった。お前は戦闘の達人である故にこういうあいまいなものが物語(せかい)にあるということをしらなかった」
それもまたお前の敗因の一つ。
「こういうもの?」
「そうだ。どれほど敵が強大だろうと。どれほど自分が弱かろうと。瀕死の重傷を負っていようと。恋人を人質に取られようと。敵がかつての友であろうと。魔王が復活しようと。敵の戦闘力がこちらの百万倍だろうと。愛と正義と友情さえあれば大概のことは何とかなるものだ」
人はそれをご都合主義と呼ぶ。
「マジ、かよぉ」
一世紀をかけ研ぎ澄まされた技術と重力を無視する忍法を使う武術の達人。
真庭蝶々。無重の蝶々はこうしてありふれた言葉を前に無残にも敗れた。
しかし、この戦いを見ていたものならば彼が弱かったから負けたなどと言えるものは1人もいない。
糸島軍規。
十三人の十三組の中でも異常性という点で見るならばあの『暴君』すらも置き去りにするトップランナー達『裏の六人(プラスシックス)』。
そのリーダーを務める『死番中(デスウォッチ)』『義勇死人』糸島軍規がトテモオモシロクトンデモナカッタだけ、なのだから。
―超人―
朧な殺人鬼『枯れた樹海』宗像形による殺し過ぎる殺人忍者『砂漠の喰鮫』の殺害。
君臨する暴君『創帝』都城王土による正体不明の忍者『逆さ喋りの白鷺』の虐殺。
義勇死人『死番虫』糸島軍規による武術を極めた忍者『無重の蝶々』の撃破。
その報を受けた黒い包帯名瀬夭歌は隣で椅子に座りながら同じように携帯端末を手にしている最後の血脈真庭朱雀にその旨を伝えた。
ちなみにその報というのは勿論彼ら自身から伝えられたものではなく、別のルート(箱庭学園理事会傘下の部署の人間)から伝えられたものである。
「なんかよー。流石っていうかよー。いや、流石なんだけどさ。統括の俺としちゃ誇らしくすらあるんだけどよ。けどさ、流石に事件発生から15分で3人ってのは・・・。いや、うん。これ以上はやめとくわ」
不自然な部分で会話を終わらせた名瀬夭歌を横目で見ながら真庭朱雀は安堵したような落胆したような、何とも言えない表情をしながら苦笑い。
そして言った。
「お前のそういうところ。我は好きだよ」
真庭朱雀の人間性。それをここで改めて語るとしよう。
温故知新。
先人を敬い教えに倣って生きてきた真庭朱雀という人間が絶対視するものとは歴史であり、過去であり、先人たちに他ならない。
そんな彼らが敗れた。
無論、真庭朱雀としても自分の先輩達を甘く見ていたつもりはない。しかし、心のどこかでは彼等でも先人たちにはかなわないとそう思ってはいた。
だからこそ、この連戦連勝は喜ぶべきことだと分かってはいても素直に喜ぶことは出来ない。
自分が信じていたものが否定されたような気分。決していい気分ではない。
たった15分の間に三人。
いや。
「四人だ。名瀬。今、我のような恰好をした不審者を倒したと冥利から連絡があった。奴としても今回の件の黒幕に気が付いたらしい。奴はそちらに向かうそうだ。頼りになる。いや、厄介そうなお供を連れてな」
学園始まって以来の『モンスターチャイルド』雲仙冥利による変態忍者『冥途の蝙蝠』の捕縛。
「厄介そうなお供って、誰だよ」
「お前も名前くらいなら聞いたことがあるだろう。黒神めだか。今代の生徒会長だ」
「あー、うん。名前くらいなら聞いたことあるかなー。むしろ名前しか聞いたことないかもなー。どんな顔をしてんだろうなー。きっと俺とは似ても似つかない美少女なんだろうなー。しっかし、おいおい。大丈夫なのかよ、それ。生徒会と風紀委員会って言ったら今をときめく絶賛敵対中の間柄じゃなかったのかよ。そこん所どうなんだよ。風紀委員会の裏番さんとしてはよー」
「その言い方はやめろ。裏も表もありはせん。風紀委員会のトップはあくまで冥利だ。我はただの日陰者だよ。しかし、まあ、面倒なことになっている冥利を知ればこの立場もなかなかに悪くはないか。あの冥利に無理やり付いていける。それだけで黒神めだかがどういう人間なのか大概わかるか」
そう言って携帯端末をズボンのポケットにしまう真庭朱雀。
椅子を横に回転させ名瀬夭歌の方を向く。椅子の腕置きにひじを立て薄く笑った。
「それで名瀬よ。これからの我々の行動だが」
そこまで言って言葉が止まる。携帯端末の着信音が鳴った。
言葉を遮られた真庭朱雀はバツが悪そうにしながら携帯端末を開き、送られてきた情報を見てすぐに表情を変えた。
「先の言葉は訂正しよう。どうやら我は黒神めだかという人間を欠片も理解していなかったらしい」
「どうしたんだよ。俺には似ても似つかねーどこかの美少女さんが問題児に乳でも揉まれて大人げなくもキレたりしたのか?」
「いや、そうであるならばよかったのだがな。我も冥利にはほとほと困らされている身だ。よい薬になるだろう」
そこで言葉を切るところを見ると、どうやらそうではないらしい。
「名瀬よ。どうやら我らが倒すべき仇敵は既に三人ほどらしい」
「どういうことだ?ほかの十三組の十三人の誰かが敵を倒したっていう連絡が入ったのか?」
「いや。連絡は冥利からだ。黒神めだかが新たに敵を倒したらしい」
真庭朱雀の言葉を聞き、ありえないと、そう思いながら名瀬夭歌は頭の中を整理する。
さっき真庭朱雀の携帯端末に雲仙冥利からの連絡があってまだ5分も経っていない。
その間に新たに1人を撃破。あの暴君や殺人鬼。義勇死人でさえ15分かかった相手を3分の1以下の時間で倒す。
ありえない、としか言えない。異常事態にもほどがある。
生徒会長黒神めだか。
『超人』黒神めだか。
「とんでもないとか聞いてたけどよ。そこまでなのかよ」
寒気を覚えながらそう言う名瀬夭顔シミ一つないきれいな肌は、続いた真庭朱雀の一言で鳥肌を立てることになる。
「聞いていなかったのか名瀬よ。我は敵が後3人だと言ったのだ」
「つまりは、黒神めだかは5分の間に5人の敵をさながら瞬間芸の如くに撃破したそうだ」
「は?」
この瞬間、黒神めだかという一人の女生徒の存在が十三組の十三人の統括である名瀬夭歌の想像の範疇を超える。
5人を5分で。
つまりは1人を1分で。
乱世を文字通り駆け抜けた歴戦の猛者である真庭忍軍の忍をさながら瞬間芸の如くに撃破。
そんなことがはたして人間に可能なのか。
『超人』黒神めだか。
彼女は果たして人間なのか。
「どうやら我は行動を急がねばならぬようだな」
そう言って真庭朱雀は椅子から立ち上がり『 』。を後にする。
しばらくの間呆然としていた名瀬夭歌はこの後、慌てて真庭朱雀の後を追うことになる。
頭脳労働が専門の彼女が一人でいるところを襲われてはたまらない。
頼れる戦闘担当のもう一人の親友は少しばかりお使いに出てしまっているのだから、非常事態宣言中である箱庭学園の中に居る間は真庭朱雀の傍を離れるわけにはいかなかった。
―勝てない敵―
真庭忍軍十二頭領が一人。『首狩りの蟷螂』。黒神めだかに爪を剥がされリタイア。
真庭忍軍十二頭領が一人。『読み調べの川獺』。黒神めだかに後頭部を殴打されリタイア。
真庭忍軍十二頭領が一人。『増殖の人鳥』。黒神めだかに運命を変えられリタイア。
真庭忍軍十二頭領が一人。『巻き戻しの鴛鴦』。黒神めだかに身ぐるみを剥がされリタイア。
真庭忍軍十二頭領が一人。『長寿の海亀』。黒神めだかに正面から挑むが真っ向から負けリアイア。
現状。残る敵は三人。
忍ばない忍。『不忍』の男。
命を結ぶ忍。『神』の二つ名を持つ男。
刀を持たない剣士。戦国時代における『日本最強』の男。
真庭朱雀を含め十三組の十三人の全員。そして雲仙冥利を率いる風紀委員会や黒神めだかが率いる生徒会役員たち全員がおよそ知りえない情報ではあるが、最後の敵として残ったこの三人は他の十人とは次元が違う。
真庭忍軍十二頭領が一人。真庭蝶々の回想に出てきた『前日本最強』ほどでは無いにしても階級(レベル)というものが隔絶はしていた。
少なくても三人が三人とも一人で一国一城を落とせるかもしれないくらいには、強い。
故にいくら特別(スペシャル)や異常(アブノーマル)な生徒たちが集う箱庭学園だとしても、一学園である箱庭学園では、彼ら三人を相手に立ちまわれるはずもない。
例えば『超人』黒神めだかが『日本最強』に挑んだとしてもその間に『不忍』と『神』が別の場所で学園を崩壊させるだろう。
もしも『モンスターチャイルド』雲仙冥利が風紀委員会を率いて『神』に挑んだとしても他の何処かで『日本最強』と『不忍』が学園を倒壊させるだろう。
あるいは『十三組の十四人目』真庭朱雀を含む十三組の十三人が奇跡的に共闘し『不忍』に挑んだとしてもそれ以外の所で『神』と『日本最強』が学園を陥落するだろう。
対戦相手と決闘の場がどのように変化したところで勝敗がどう転ぶかは決まっている。
『不忍』『神』『日本最強』
この三人が敵にまわっている。その時点でこの学園の壊滅は決定していた。
いや、一つだけ。道は一つだけあるにはある。
単純明快で簡潔な簡単すぎてもはや答えとすらいえない答えが、あるにはある。
今現在、辛うじてではありながら箱庭学園の『生徒会』と『風紀委員会』は共闘している。
その同盟に『十三組の十三人』も咬めばいい。
つまりは『生徒会』『風紀委員会』『十三組の十三人』による三国同盟。
これが成し遂げられるとするのなら、箱庭学園に未来はある。
しかしながら、言うまでもなく、そんなものはありえないことだった。
ただでさえ辛うじてで共闘をしている『生徒会』と『風紀委員会』の中に内輪もめがいつ勃発してもおかしくないほどに個人の個性が強い『十三組の十三組』が入ればそれはもう敵が滅ぼすまでもなく箱庭学園は壊滅するだろう。
理屈ではなく。
感情論でもなく。
無理なものは無理なのだ。
みんなが仲良く手を取り合って学園の敵に挑むというどこの学校でもできることが此処箱庭学園では行えない。
むしろそういう『奴ら』を倒すためにこの学園は作られたのだから。
故にこの戦い。
本来ならありえもしない対戦カード。
尾張時代の英雄達バーサス箱庭学園というこの戦争の敗者は始まる前から決まっていた。
いや、決められていた。
箱庭学園前風紀委員長。
時宮天使。
優しい正義を掲げた一人の女の思惑通りに、そうなる。
――――――――――――――――筈だった。
「さて、と。まったく、あいつも何を考えてるんだ。引退したジジイを引っ張り出すなんてなあ。俺が黒神に任せておけば大丈夫だって言っても聞きやしねえ。俺が動かなくたって黒神が何とかするだろうによ」
ここに来て。一人の男が動き出す。
これは姿も見せずに全ての局面を裏から操り続けた時宮天使にとってたった一つだけの計算違い。
彼女の考えでは彼が動き出すことなどないはずだった。
なぜなら彼は自分と同じでその身に受けていたその任をすでに信頼できる後輩に預けていたはずだから。
その後輩から直接助力を頼まれでもしない限り表舞台に立つことなどありえない。
そして彼の異常(アブノーマル)の性質上。そんなことはありえない。
その筈だった。
しかし、男は1人動き出す。
歴史から姿を消した者たちの記憶を記録し続けているが故に物忘れをしない性質のとある後輩からの連絡を受けて動き出す。
重い腰を上げ。ぶつくさと文句を言いながらも、いつも通りの気さくな笑みを浮かべたままでその足取りは迷うことなく戦場へと向かっていく。
「けどまあ、あいつには、あいつと雲仙が喧嘩したときに『なんかあったら俺に頼れ』って言ったしなあ」
たった一人で千人の兵に匹敵する。
たった一人で軍隊を敵に回して戦える。
たった一人で一勢力を築ける男。
前箱庭学園生徒会長『知られざる英雄(ミスターアンノウン)』日之影空洞。
「可愛い後輩に嘘をつくなんて、英雄としてありえないよな」
この箱庭学園最強が向かう先は日本最強。
この戦い。この戦争で後に最も苛烈を極めたと言われることとなる最強対最強の戦いの火ぶたが、日の当たらない日陰の何処かで切って落とされようとしていた。
こうしてある者の思い通りに形作られた舞台に全てのカードが出揃った。
箱庭学園生徒会。箱庭学園風紀委員会。十三組の十三人。過去の英雄達。
『超人』『モンスターチャイルド』『暴君』『殺人鬼』『義勇死人』『十三組の十四人目』『番犬』『鉄拳』『指切り骨折り』『黒い包帯』『英雄』『不忍』『神』『日本最強』
現在の箱庭学園オールスターと呼ぶべき者たち。
たった一人の女の手によって巻き起こされた戦いに、この全員が一堂に会し、戦いはようやくのクライマックスへと突入する。
―開戦の号砲を―
「気に入らんな」
『暴君』は額に手を当て、嘆くようにそう呟いた。
「気に入らん」
大切なことだから二度言った。
『暴君』。都城王土がいる場所は箱庭学園の全域が見渡せて彼自身がよく自分の現身たる太陽を出迎えるために赴く場所。箱庭学園の敷地内に聳え立つ最も高い建物。時計塔。
その最上部。屋上だった。
屋上に立つ人間は都城王土ただ一人。しかし彼は明確に有るものを見上げながら喋っていた。
「誰の許しを得て王(おれ)を見下している」
見上げる視線。その先をたどれば、なるほど、確かに一人の男が『暴君』を見下ろしていた。
当然のように空中に直立している男の確かさは不確かなものではあったが、プライドの高い『暴君』からすればたとえそれが幻であろうとも自分を見下ろす存在は許しがたいものであった。
だからこそ自然に。淀みなく。言葉を紡いだ。
「平伏せ《・・・》」
その一言が、人知れず学園中を巻き込み巻き起こっているこの戦争。
最後の三連戦。
その戦いの開戦の号砲だった。
同年同月同日同時同分同秒。
箱庭学園における異なる三つの場所。
時計塔最上部。『 』。三年校舎連絡口。
それぞれの場所で。それぞれの者が。それぞれの敵と相対する時。ある者は笑い。ある者は嘆いた。
世界に中心という概念があるなら、この瞬間。ここ箱庭学園が中心だった。
いや、爆心地。だった。
その爆心地の発信源。そこでこの戦争の首謀者はようやく短い台詞を一言、呟いた。
「雲仙君。真庭君。僕は君たちを信じているよ」
戦いが始まった。
大晦日。
おおみそか。
おおさかかー。
大阪かー。
これは微妙。