めだかなボックス~風紀委員会活動記録~   作:白白明け

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第序章―始まりのエピローグ編―ENDING

―なければ―

 

 

かつてこの世界に神と呼ばれた忍がいた。

いや、神と呼ばれる忍ならば真庭忍軍の歴史の中に数人はいたが、かの男のような男は、間違いなくこの男一人だった。

停滞と束縛。連戦と冷戦。

怨敵たる相生忍軍との戦いが不毛と思えるほどに繰り返され、このままいけば両里とも疲弊し滅亡するのを待つだけだった現状をその男は打破せしめた。

歴史を変え。伝統を変え。里の頭領という考え方を根底から覆すことによって里を救った。

一つの里に十二の頭領。一つの組織に十二の長。

ともすれば相生忍軍がなにもせずとも真庭の里が滅びていたかもしれない改革。

その改革により、結果として真庭は栄え。相生は滅んだ。

 

ある者は彼を神と称え。ある者は神と呼び畏れた。

 

真庭忍軍十二頭領。その実質的な統括。真庭忍軍十二頭領が一人。真庭鳳凰。

またの名を『神の鳳凰』

 

真庭忍軍歴代最高の忍にして、真庭の里を滅ぼし死んでいった男である。

 

 

回想開始。

 

 

「神。神?神か~。うん、お前がどういう風にすごいのか。あの真庭にして尊敬せずにはいられないなと言うほどの実力をどこに秘めているのか、私にはちょっとわからないけれど。わかっていることもある。お前は名瀬ちゃんの敵だな」

 

「ふむ、名瀬。という人物がどのような者であるのか、残念ながらも我は知らんのだが、我が敵対しているものは朱雀の名をかんむりするものであるはずだ。我が名瀬なる者の敵であるという図式は成り立たんのではないか?」

 

「いいやなるね。なっちゃうね。なぜなら名瀬ちゃんと真庭は友達で、私と名瀬ちゃんは親友だ。真庭と私も決して知らない仲じゃない。親友の友達の敵は敵なのだ。だから私にはお前を倒す義理がある」

 

「倒す。我を倒すというか。この我を誰であるかを知りながらそれでも倒すと」

 

「おうともさ!二年十三組。十三組の十三人。可愛い名瀬ちゃんの可愛い大親友。『指切り骨折り(ベストペイン)』古賀いたみは親友の友達のために戦うのだ!」

 

 

回想終了。

 

 

この会話は『暴君』による開戦号砲のほんの三十四秒前に交わされたものである。

そして三十四秒後。現実は皮肉を当座の花として、狂おしき事実を持って飛来する。

ほんの三十四秒。

一時間が六十分で。六十分が三千六百秒である世界で暮している人間なら一瞬と呼んでもいい時間。

その一瞬が命運を分けた。

古賀いたみの命運でも真庭鳳凰の命運でもなく。真庭朱雀の命運を分けた。

 

 

「おお。遅かったではないか。待っていたぞ、我が末裔よ」

 

 

真庭鳳凰は笑いながら言う。

 

 

「古賀、いたみ?」

 

 

真庭朱雀は笑えなかった。

 

 

「え?なにあれ?うそ?うそだよね?古賀ちゃん?」

 

 

名瀬夭歌は泣いていた。

 

 

それだけのことだった。

 

 

あと三十四秒早ければ。

勿体ぶったりしなければ。早く部屋を出ていれば。別件など頼まなければ。驚愕などしなければ。連絡など取らなければ。語ることなどしなければ。足がもっと早ければ。一分が六十秒でなければ。足など引っ張らずにいられれば。気遣いなど見せなければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なけれな。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。なければ。

 

こんなことには、ならなかった。

 

崩れる。世界が崩れる。物語が崩れていく。

伏線が。予定が。道筋が。見えていたエンドが流転して食道から逆流してエピローグへと戻ろうとするけれど喉を上ることが出来なくてこれ以上語る言葉はありえなく戻り落ちて胃液に浸りぐずぐずじゅぶじゅぶ溶け出して言葉は解体されて消化がしやすくなっていき甘言はブドウ糖に苦言はにがりの味がして最後にはきれいさっぱり消化された。

 

世界が終わるこの場所で君はなぜだか泣いていた私はそれが許せなかった。

 

正義も。何も。尊敬も。少女の流した涙には到底届くものではなく。

 

だから私は挑むのだ。敵わぬと知りながらもみっともなくあがいて。

 

もはや戻るものでないと知りながら。

 

過去を破り。先人を侮辱する結果になろうとも、今を生きる友の涙を止めるために。

 

「真庭、鳳凰。よくも名瀬を泣かせたな」

 

ブツンと切れた。◆◆◆◆を真庭朱雀としていたモノが切れた。

二年十三組。十三組の十三人(サーティーンパーティー)。『検体名』十三組の十四人目(サーティーンオーバー)。『最後の血統』真庭朱雀改め。

 

『最後の決闘(ラストバトル)』◆◆◆◆。

 

いざ、尋常に勝負。

 

 

 

―◆◆◆◆―

 

 

 

「真庭忍法――手裏剣砲」

 

初手、口火を切ったのは◆◆◆◆だった。

◆◆◆◆の喉を通り、口内から飛び出すものは幾つもの黒く無骨な苦無。

勢いをつけ、真庭鳳凰に向け発射される。

苦無を吐き出すという、驚愕の攻撃法。

不意を衝く。

その一点においてこの攻撃は限りなく有効に働いた。

対応させずに反撃を許さない初手殺し。

しかし、それもこの忍法の元々の持ち主を知る真庭鳳凰では通じない。

 

「我は常々思っておったよ。蝙蝠の奴はなぜ手裏剣や苦無を投げるのに吐き出すなどという面倒な手間をかけておるのだろうと、な」

 

真庭鳳凰が腕を一度、振る。

それだけで夥しい数の手裏剣が◆◆◆◆に向かって放たれた。

この技術に名前はない。それほどまでに、真庭鳳凰にとっては当たり前の技術だった。

 

初手、真庭忍法――手裏剣砲。無効。

 

神の鳳凰。その名に一切の偽りも誇張もなし。

紛れもなく彼は最高の忍。

しかし、◆◆◆◆。真庭朱雀を名乗るこの者もまた、この時代の最後まで生き抜いてきた忍。

 

苦無の全てを打ち落とし、なおも数を減らすことなく自らに向かってくる手裏剣を前に◆◆◆◆は動じることなく次なる忍法を発動する。

 

「真庭忍法――運命崩し」

 

そう呟いた瞬間、手裏剣は偶然軌道をそらし、たまたま◆◆◆◆の身を掠ることもなく、すべてが外れた。

勿論それは真庭鳳凰が目算を誤ったからではない。

真庭忍法――運命崩し。かつてその時代の運命に愛された一人の忍が扱った忍法。

確率変動。外れるという概念の高い飛び道具は、決して身には届かない。

 

「『運命崩し』か。よもや人鳥の他にその忍法を扱えるものがいようとは、いや、ありえんことではないな。時代が変われば愛される個性もまた変わるのが道理」

 

真庭鳳凰は楽しそうに笑いながら。

 

「しかし、その強力な忍法にも弱点がある。投げて当らんのなら直接殴ればよいだけであろう」

 

繰り出される手刀。それを止める運命を、残念ながら『運命崩し』は持ち得ない。

 

二手、真庭忍法――運命崩し。無効。

 

一歩で半畳を詰め、二歩目で八畳を詰める鳳凰の歩法。

その足さばきの前では距離などあってないが如し。

しかし、今はそれが◆◆◆◆にとっては都合がいい。

近づいてくれるのならば、発動できる忍法もある。

 

「真庭忍法――爪合わせ」

 

◆◆◆◆の爪が、目視できるほどの速さで伸びていく。それもただ伸びているだけではなく、厚く、硬く、刃のような鋭さ。

戦国の世において『首狩り』の二つ名で呼ばれた忍が得意とした忍法。

◆◆◆◆は半身を下げ、すり足で効き足を半歩後ろへ運ぶ。

そして、迫りくる鳳凰に対し一息の内に左腕を直線状に伸ばした。

貫手と呼ばれるその技法は、真庭忍法爪合わせと合わせれば剛槍の一突きに匹敵する。

 

「見事、などとは口が裂けても言えぬな。脇が甘いぞ」

 

鳳凰は鋭き爪に触れることなく自分の掌と◆◆◆◆の掌を合わせるように流すと、そのまま傍から見ると握手でもしているような気軽さで◆◆◆◆の腕をからめ捕る。

その動きは奇妙奇天烈に過ぎていて、あらゆる武術の動きを無視するものであったが、◆◆◆◆にとってはよく知るものだった。

鳳凰が使った技術は真庭拳法。戦国時代よりも少し前、まだ戦国が戦国時代と呼ばれる前の時代に一人の忍が拳法という名の忍法として完成させた忍法を超える拳法。

その拳法自体は◆◆◆◆が真庭朱雀として受け継ぐモノの1つだが、その技量の差は明らかだった。

 

三手、四手、真庭忍法――爪合わせ。真庭拳法。共に無効。

 

鳳凰にからめ捕られた左腕がミシミシと音を立てる。

激痛、鈍痛が左腕から左半身にかけて染みわたっていく。左腕が、折られる。

そこからの◆◆◆◆の行動の速さは称賛に値するものであった。

からめ捕られていない方の腕、右腕を自分の胸元に突っ込むとそこから長いひも状の物を引っ張り出す。

それはまるで体型を変えるサラシのように◆◆◆◆の身体に巻きつけられていた革のベルト。

それを手首を微動させることで風切り音を鳴らしながら

 

「真庭忍法――永劫鞭」

 

途端、革ベルトは意志を持つ蛇のようにのた打ち回り、鳳凰を襲った。

流石の鳳凰も絡めていた腕を離し、距離を取る。

 

真庭忍法永劫鞭。それはかつて鳳凰を庇い、不忍に挑み、恋仲であった男を想いながら死んでいった薄幸のくのいちが扱った忍法。

本来は二本の多支鞭を使用する忍法。ただ一本の革ベルトでは真価の半分も発揮することが出来ない、だからこそバツンという音とともにベルトは手刀によって切断される。

 

五手、真庭忍法――永劫鞭。無効。

 

くつくつくつと、鳳凰は忍び笑う。

 

「いやはや、今のはなかなかに驚いた。よもやお前がそのようなものまで受け継いでいようとは、いったいどういう経緯なのであろうな。いや、無論けちをつけるつもりはないぞ。むしろ良いよい。それ位でなければ、不遇に過ぎる」

 

すでに繰り出された五つの忍法。その全てを受け切りながら、難なく笑うその男を前に◆◆◆◆は屈辱を歯で食いしばる。

わかっていたことだった。理解していたことだったが、この男。強すぎる。

◆◆◆◆は鳳凰に対して効果がないであろう忍法を含めれば既に受け継いできた十二の忍法の半分以上を消費している。

 

六手、真庭忍法――骨肉細工。

七手、真庭忍法――巻菱指弾。

八手、真庭忍法――狂犬発動。

 

全て無効。

 

神。十二頭領の頂点。朱雀の原型。戦国最強の忍。命を結ぶもの。

この男の冠する二つ名に比べれば、自分はとるに足らぬもの。そんなことは解っている。それでも、傍目に映る彼女の姿。

古賀いたみに駆け寄り、逃げることも忘れて泣き続けている。

ならば、引くわけには、いかなかった。

 

そんな思いを◆◆◆◆から感じ取った真庭鳳凰は疑問を口にする。

 

「解せんな。何故退かぬ。何故媚びぬ。お前が真に忍であるのなら、こういう時にどういう手段を取るべきか理解しているはずであろう」

 

真に忍であるのなら。

 

「臆面もなく泣きわめき許しを乞え。友を見捨てて逃げ続けろ。そして背後から我を刺せ。我ら忍者は、卑怯卑劣が売りであろう」

 

・・・。

・・・・。

・・・・・。

・・・・・・・・。

 

「それが、忍であるのなら、我は、いや、私は忍でなくていい」

 

◆◆◆◆が言ったその言葉を聞いて、驚いたのは誰だっただろう。

真庭鳳凰か、名瀬夭歌か、それとも真庭朱雀か、もしくは◆◆◆◆自身か。

 

どちらにせよ、もはや◆◆◆◆にはどうでもいいことだった。

そうだ。確かに◆◆◆◆は忍になりたかった。だからこそ真庭朱雀を名乗り生き続けてきた。

かつてこの国の闇に生き。影として生き。暗躍していた者たち。

人ならざる力を持ちながらも、その者達が歴史という霧の中に消えて行ってから既に数世紀が立とうとも、すでにその血が数百倍に薄まり、途絶えてしまっていたとしても、忍らしく生き、忍らしく死にたかった。

 

とおい時代の彼らのように。

 

やる気がなくとも。生きがいがなくとも。目的がなくとも。使命がなくとも。それでも里のために戦い続けた忍のように。

正義のために。平和のために。秩序のために。他人を殺し。仲間を殺し。自分を殺し続けた忍のように。

才能というものを知りながら。生まれながらにその身に過ぎる不遇を抱え。それでも努力を諦めなかった忍のように。

他人を理解できず。他人に理解されず。ただ一人で生きていて。ただ一人で死んでいきながら。それでも次代を紡いだ忍のように。

似合いもしないのに悪ぶって。友のために、仲間のために生き続けた忍のように。

 

彼らのように、なりたかった。

決して地面に這いつくばり謝りながら、腹の中ではせせら笑うような。

友を見捨てることを良しとして、厚顔無恥に生きられるような。

卑怯卑劣の言葉に逃げるだけの忍に、なりたかった、わけじゃあない。

 

「私は彼らのようになりたかった。真庭鳳凰。それがお前の本心なら。真庭朱雀がどうであれ、私はお前に恋い焦がれたことなど一度もなかったよ」

 

真庭鳳凰がどれだけ優れた忍であろうと、そうはなりたくはない。

◆◆◆◆の言ったその言葉を聞いた瞬間、真庭鳳凰は初めて驚きの表情をみせる。

閉じられていた眼が薄く、開かれた。

 

「・・・我のようにはなりたくない、か。いやはや、これはどういうことなのであろうな。どれほど情に厚かろうと、どれほど仲間を愛していようと、しめるべき所はしめ、里のために、真庭の一族のために生きる。それが我ら真庭忍軍の筈だ。それは狂犬の存在が証明している。そうだというのになぜ、一族の申し子たるお前がそれを否定する。そんなことは不可能なはずなのに。お前は本当に真庭朱雀か?」

 

◆◆◆◆は答えない。真庭朱雀は答えられない。

鳳凰が言った単純な疑問に、二人は答えるすべを持たない。

 

鳳凰はそんな様子を見てすべてを理解した。その恐るべき慧眼を持って、舞台裏の事情さえ、理解した。

 

「そうか、そういうことか。なるほどな、いやはや、得心が言った。くく、くはは、くはははは」

 

鳳凰は笑う。忍び笑うわけでもなく、ただ笑う。

楽しそうに、面白そうに、愉快そうに、しかし怒りを込めて悲しげに笑った。

 

「我と狂犬が死に際に残した種は、真庭の血は、既に絶えていたというわけか。お前は『真庭朱雀』にあらず、文字通り『真庭朱雀』の名を受け継いだものに過ぎぬと、そういうわけか」

 

それならばそのような体をしているのも当然。鳳凰はそう言い、再び目を閉じる。

もはや目の前に居る存在など、見るに値しないとでも言いたげに。

 

「しかし、解せんな。ならばなぜ、お前は真庭朱雀を名乗っている」

 

最後の血統。真庭朱雀。

最後の決闘。◆◆◆◆。

二人は確かに、別人だった。

しかし、

 

「知っているからだ。真庭朱雀を」

 

◆◆◆◆は思い出す。それは遠い過去、見たこともない先人たちの記憶。

ではなく。ただ一人、出会ったことのある本当の忍。

 

「真庭朱雀。彼は今世紀まで確かに存在した。真庭狂犬というくのいちが紡ぎ、お前が結んだ命は確かに、数百年の長きに渡り脈々と受け継がれ続けていた」

 

この国が法治国家。この世は治世と呼ばれる時代になり、その血が数十倍に薄まっていようとも。

受け継がれてきた、最後の血統書『真庭朱雀』

だからこそ、無駄ではなかったのだと◆◆◆◆は鳳凰にそう言った。

しかし、

 

「ほんの十年前の話だ。あまりにも悲運にあまりにも不運に、あらゆる悪運に見舞われながら彼は死んだ」

 

もしも彼が真庭人鳥のように歴史に愛された忍であったのなら、こんなことにはならなかった。

 

「それが、数百年続いた真庭の血の終焉だった。最後の血統が絶え、戦国の世はその時本当の意味での終わりを迎えた。終わりの上に重ねられたエピローグ」

 

どこにだってある。ありふれた物語のエンディング。

 

「しかし、いつの時代だろうとそういう状況を利用して、己の欲を満たそうとする者達が現れる。そいつらは往々にして、『神』の紛い物を作り出す」

 

『真庭朱雀』の中に流れていた『真庭鳳凰』の血。

『神』と呼ばれた忍の血。

 

「それが、私だ」

 

『神』真庭鳳凰の血を受け継いだ『最後の血統』真庭朱雀から造られた『最後の決闘』◆◆◆◆。

それが彼女。

 

「人が人を模造する。そのようなことが可能なのか?」

 

「クローン技術ははるか昔から存在する。確か戦国の世にも、簡易的にだが人格の模造に成功した刀が存在したはずだぞ。それに前例が、なかったわけじゃなかったからな。米国にあるER3システムにおいて『最強の赤』を金型に『橙なる種』の製造が成されたようになあ。私はその模倣にすぎない」

 

造られた命。与えられた記憶。与えられた力。

◆◆◆◆の全ては借物に過ぎない。

だからこそ、◆◆◆◆は名瀬夭歌を見捨てることが出来なかった。

自分でつくった友達を見捨てることなんてできなかった。

偽物の自分のことすらも、友と呼んでくれるのならなおさらに。

 

「なるほどな、だからこその我とお前の明確な違いか。お前の存在は真庭朱雀が終わったからこそ、始まった命というわけなのだな」

 

真庭朱雀という人間を生んだ。真庭鳳凰という始まりの命と。

真庭朱雀という人間が生まれ。生きて。死んだからこそ生まれた命。

終わりから始まった命。本来なら始めから終わっていたはずの命。

◆◆◆◆(始まりのエピローグ)。

 

「そういうことだ。それでお前は私をどうする。私が真庭朱雀でないと知ってもなお、戦うか」

 

拳を交え、忍術を交えることで◆◆◆◆は既に理解している。

真庭鳳凰に真庭朱雀を殺すつもりはない。あれだけの実力差を見せつけられればわかる。

殺すつもりならいつだって殺せたはずだ。だからこそこの戦いはただの手合せに過ぎなかった。

真庭鳳凰は一族の末裔たる真庭朱雀の実力を測りたかったのだ。

そのために神と呼ばれた忍は時宮天使に使われることを、良しとした。

 

「・・・我にはもはや、お前と戦う理由はないな。我も忍だ。無益な殺生は好まんし、いくらお前が我と狂犬が産んだ『真庭朱雀』の死によって生を受けた存在だとしても、そんな理由で、そんな逆恨みのような理由で戦えるほどに、我は人間ではない」

 

そう言って真庭鳳凰は背を向けた。欠片の足音も鳴らさない忍び足でその場を後にする。

 

真庭鳳凰対真庭朱雀改め◆◆◆◆。結果、真庭鳳凰の棄権による◆◆◆◆の不戦勝。

 

こうして、戦いは終わる。

だが、すべてが終わったわけではない。この戦いを仕組んだ黒幕のこともある。

そして今なすべきことは明白だった。

 

「名瀬よ、今すぐに古賀いたみを軍艦塔(ゴーストバベル)に運ぶぞ。あそこには恐るべき変態がいる」

 

「へ、変態?どうして動けない古賀ちゃんを変態の所へ運ばなきゃいけないんだよ!見損なったぞ!まにわにん」

 

いや、確かにあの男は恐るべき変態だが変態なだけじゃない。あの男の解析(アブノーマル)とお前の改造(アブノーマル)をあわせれば死人であろうと生き返る。―――と、◆◆◆◆が言った瞬間、名瀬夭歌は見た。◆◆◆◆の腹を何かが突き破るのを。

 

「がっ・・は・・・」

 

「などと、言えるほどに我は人間が出来ておらん」

 

それは真庭鳳凰の手刀だった。

油断さえしていなければ、などとは言わない。その気になれば◆◆◆◆など瞬殺できる。それが神と呼ばれた男の真の実力。

 

「安心するがいい。我はお前の苦悶を、苦闘を、献身を、何より身を挺して仲間を守った心意気を決して忘れはせん。だからこそ、お前の守りたかった者は決して殺さぬと約束しよう」

 

だから、安らかに死んで行け。

 

「真庭忍法――断罪円」

 

真庭鳳凰の言葉と共に、真庭朱雀でさえ受け継ぐことの出来なかった詳細不明の忍法が◆◆◆◆の全てを焼き消した。

 

 

真庭鳳凰対◆◆◆◆。真庭鳳凰の反則により◆◆◆◆の勝利。

同時に◆◆◆◆。死亡。

 

 

人類史における最後の忍は、こうして姿を消した。

 

 

 

―優しい正義―

 

 

 

箱庭学園で行われたこの戦いは、戦争はこうして終わりを告げる。

結果だけ出れば十三戦十三勝。完全勝利と言ってもいい。

無論、戦いの代価として被害は出た。倒壊した時計塔。そして真庭朱雀と呼ばれた彼女の死。

箱庭学園を一学園としてみるのならば、看過は出来ない大きすぎる代価だ。

そんな惨状。悲劇を生んだ張本人の前に風紀委員長雲仙冥利と生徒会長黒神めだかは居た。

場所は箱庭学園特別練2F。前風紀委員室。そこにこの戦いの首謀者。時宮天使はいた。

彼女は笑いながら、微笑みながら、笑顔で風紀委員会の業務に励んでいた。

 

雲仙冥利は目を疑う。一面に広がるこの光景は、まるで一年前の風紀委員会だ。

呼子笛。吉野ヶ里。国東。探せば見知った顔も見つけることが出来る。無論、自分自身や同僚の姿もある。

懐かしさがこみ上げる。

時間旅行(タイムスリップ)でもしたかのような錯覚に陥りながら、いやと雲仙冥利は首を振った。

これは時宮天使の異常(アブノーマル)。思い出を思い出す。記憶を記録し再生する。自分はおろか他人の記憶さえ支配し抱え込む異常性。

『走馬塔(ドラマチックレコード)』

 

こういうことか、と黒神めだかは目の前に広がる光景を目の当たりにして時宮天使の持つ異常(アブノーマル)の本質を理解する。

 

「思い出すことに特化した異常性。敵に過去の敵を幻視させることがこの異常(アブノーマル)、走馬塔(ドラマチックレコード)の力だと思っていたが勘違いだったようだ。この暖かさこそが本質なのか」

 

暖かさ。そして温(ぬる)さ。時宮天使の傍に居れば思い出すのは時宮天使が思い描く、そして雲仙冥利や真庭朱雀を含めた誰もが幸せだった時代の思い出だけだ。過ぎ去ってしまったあの幸福な瞬間を永遠と繰り返し思い出し続ける。どんな激務の最中であろうと、誰かを粛正していた時だとしても、頭の中を占めるものは誰もが笑っていたあの時の気持ち。幸福だけだ。

だから、何も辛くない。辛いと感じることすらできない幸福さ。

 

「この異常(アブノーマル)は誰に対してもやさしくて、あまりにも他人を思いやり、だからこそ人間を馬鹿にしている。こんなものは幸せなんかじゃない。もはやマイナスだ」

 

「そうさ黒神。だからこそ、だからこそ俺と朱雀は時宮先輩に反旗を翻した。他の同僚や泣いて行かないでくれと言う先輩を振り切って、同調した極僅かな仲間と一緒に東練の果てに陣取った」

 

そして戦った。かつての仲間と尊敬していた先輩と。戦い戦い戦い。そして勝った。

やさしすぎた聖女(おんな)はこうしてモンスターと忍者にその優しさを全て仇で返される形で殺された。

 

強大だった彼ら前風紀委員会。しかし彼らは確かに正義だった故に彼らを縛る鎖(ルール)が無数にあった。侵せない違反が山ほどあった。それが戦いにおいてどれほどの不利かを知りながらも、彼らは、彼女は善であったからその不利を受け入れるしかなかった。

 

そんな弱みに付け込んでまでも雲仙冥利たちは勝利するしかなかった。

 

「気づいちまったからな。あの夢心地の中で「ああ、これは夢だ」ってな。なにも悲しくねえ。なににもイラつかねえ。正義であるはずの俺達のなのに、悪に対しての怒りもねえ。先輩の正義は優しすぎて、やらなすぎた。戦うはずの俺たちが残らず腑抜けになっちまうぐらいにな」

 

戦うことへの否定。争うことへの疑問。

『そんな辛いことはしなくていい。みんなで一緒に笑っていようよ。僕が思い出させてあげるから。幸せを。幸福を。それしか思い出さないでいいんだよ』

 

「外敵がいない世界でなら、そんな世界もよかったのかも知れねえが、そうもいかねえ。先輩の異常性が届かない位置から箱庭学園を攻撃してくる奴は大勢いた。だから、だから、俺たちがあの温もりに包まれて戦えなくなるわけにはいかなかった」

 

だからこそ戦った。戦うために戦った。箱庭学園を守るために箱庭学園を守る彼らと戦った。

不毛にして不条理な戦い。その名を残さないほどに無常で無慈悲な内乱。

その戦いの首謀者が彼女、時宮天使が特に手をかけ、馬鹿な子ほど可愛いと愛していた二人であったことは何の皮肉か。

 

結局彼女は終戦間際において目の前に現れた二人に対し一切の抵抗をすることもなく殺される。

彼女のアイデンティティーの全てを否定され。

誰かに優しくされることの出来ない誰かに優しくされるだけのただの美少女に堕されて。

時宮天使は人間的に、死んだのだった。

 

そんな話を聞いた黒神めだかは小さく頷くと、手に持った扇子を広げ微笑んだ。

 

「なるほどな、それが貴様がルールを異常なまでに守らせる理由であり、やり過ぎの正義は彼女の反面教師の結果であるわけか。守るための破壊。守るための束縛。守るために檻の中に閉じ込める。その考えの全てを肯定するわけではないが、何だ貴様、意外といい奴じゃないか」

 

その扇子には何故だか慈愛の二文字が書かれていた。

 

「ケッ、やめろよ。俺をそんな風にみるんじゃねえ。そんなんじゃねえよ。そんなんじゃ」

 

こんなもん、ただの自己満足の罪滅ぼしだ。と、そう呟いて雲仙冥利は革張りのソファーに座り転寝をする彼女に近づいて、肩をたたいた。

 

「おい、先輩。天使先輩。いい加減、その痛ましい夢から覚めてください」

 

「ん、んん~。ああ、雲仙君。おはよ~。どうしたんだい?僕になにかようなのかい?」

 

「用って、あんたなあ。寝るのはいいが夢は見るなってあれほど、ああ、まあいいか。どうです天使先輩。これから朱雀も誘って久しぶりに三人で、焼肉でも喰いに行きませんか?」

 

こうして箱庭学園で巻き起こった戦争は終わる。一人の美少女の夢が終わるのと同時に。

 

 

End

 

 

 

―■ ■ ■ ■―

 

 

箱庭学園の何処か。夢に取り残された者が一人、ただそこに立っていた。

そして突然現れた何者かがその者の腹部を手刀で貫きとおす。

 

「真庭忍法――その蜩(ひぐらし)」

 

「・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・ククッ、ハッ」

 

腹部を貫かれた忍は笑う。自分を殺した者を見て。自分が殺したものを見て。

自分が消し積みにしたはずのその姿を見て、思い出す。

彼があるいは彼女が言っていた言葉を。

 

『しかし、いつの時代だろうとそういう状況を利用して、己の欲を満たそうとする者達(・・)が現れる。そいつら(・・・・)は往々にして、『神』の紛い物を作り出す』

 

その意味を知る。

 

「・・死したものが、生き返る。・・・この時代において、それすら前例が、・・・あるのだな」

 

「・・・」

「・・・・・」

「・・・・・・・・」

 

 

この世界には闇がある。

英雄譚が英雄の死を持って終えようと終わらない悪夢がそこある。

 

真庭朱雀。本名不詳。性別不詳。年齢不詳。

箱庭学園風紀委員会所属。十三組の十三人所属。

検体名『サーティーン・オバー』

 

実験名『特異性人間構造研究(ウルトラヒューマノイドドグマ)』。

通称・天才製造(フラスコ)計画。

 

その計画の狂おしくも卑下すべき成功例。

造られた天才(アブノーマル)にして製造され続けている量産型(アブノーマル)。

 

 

真庭朱雀。本名◆◆◆◆。彼、あるいは彼女はこの日検体名『十三組の十四人目(サーティーン・オバー)』から『十三組の十五人目(サーティーン・オバー)』。

№14から№15へとその名を変えた。

 

 

 

Sinned

 

 

 




終った・・・
終りましたよハイ。
ストック全部を出し切ったんで、ここから先の更新は絶望的です。

なので、最後に一言言っておきましょう。俺たちの戦いはこれからだ!!と。


いや、ホントすいません。<(_ _)>
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