なんやかんやあって幼馴染の執事を再びすることになった少年、綾崎ハヤテ。そしてなんやかんやあって上司でもある執事、マキナと戦うことになり、勝利しなければクビという何だかよくわからない展開になってしまった。これは、少年の明日をかけた青春執事物語である。
この生活にも慣れてきた。執事としての業務をこなしつつ、夜に訓練をする。ボロボロになった体を一晩で癒しつつ、朝早くに起きて、業務を行う。これだけ聞くと大変でハードなように感じるかもしれないけど実際はそこまででもない。勿論、肉体的疲労はとんでもない。一日で全てが回復するというわけでもないし、だから前日の疲れが翌日に持ち越すというのもザラだ。しかしながら、僕の精神面はどうかと言われると非常に楽なのだ。今までの仕事と違い、お金だけが目的ではない。親のためでもなく、僕のためではなく、誰かのために働く。昔の僕は勤労意欲が無かった訳ではないが、それでも現状と比べるとやる気がなかったのではないかと思うようになってきた。
僕の現状報告のようなものはこれくらいでいいだろう。というよりも現実逃避のために過去を振り返っていたのだがそれも限界に近づいてきた。ざっくりいうと僕は今、あの立派な屋敷の中ではなく、コンクリートとビルの間に囲まれた公園にいるのだ。これである程度は察してほしいのだがそれでもあえて言うと、追い出された。お前の仕事ねーからみたいな感じで。
働き始めてから一週間で僕は職を失っていしまったのだ。これは僕の中では前代未聞である。僕本人としては全力で取り組んだしこのような結果になってしまって非常に残念に思っている。後悔も勿論ある。だけれども不満はなかった。僕がただ条件を満たせなかっただけだから。マキナさんの指令を守れなかっただけなのだから。
さかのぼると二時間前だろうか、例の訓練場での出来事だ。
いつものように殴り合いという名の訓練を行っていた。勿論、僕は彼に攻撃するどころか彼の攻撃を捌けない状況にあった。素早過ぎ且つ、重過ぎるその攻撃に僕は成す術を持っていなかったのだ。いや、この表現は適切ではない。彼の攻撃はある程度見切っている。さすがに一週間近く戦っていると、目も慣れて相手の癖も分かるようになってきたのだ。にもかかわらず時々僕はなんで殴られたかがわからない時があるのだ。最初は死角から攻撃されたのかと考えた。当たり前の考えだ。相手の裏をかいて、しかも強力なダメージを与えるには死角を取るのは当然のはずだ。だからこそ僕は心構えを決めたのだ。常に死角からの攻撃を想像して対峙していた。しかし、そんな考えも虚しく僕は再び宙を舞ってしまうのだ。それも、どこから攻撃されたかわからないのだ。いや、普通に考えれば自分の痛い場所こそが攻撃されている訳なのだが特にこれといったダメージを認識できないのだ。攻撃を受けた直後は、だ。立ち上がりファイティングポーズをとる寸前に、赤い血が見えてノックアウト。僕の体は仰向けになっているのだった。
何分か休んで意識が戻るとマキナさんは僕にいつも言うのだ。
「いい加減に学習しろ。オマエの目で捉えられない一撃を防げるわけがないだろ。まずは見ることから始めろ」
何度も何度もそんなことを言われた。だけれども言われたところで実践できるはずもなく、僕はいつも地に沈められていた。言いわけではないけれど、少しは具体的に言ってほしい。どうやればいいかわからないと何にもできないじゃないか。
一回、あなたの言っている意味を教えてくれと質問したら、自分で考えろと一蹴されてしまった。一貫してこの対応を取られてしまうと、まあなんていうか余計混乱するというかなんていうか。
そして今日、いつものように不可思議な攻撃を一回受けると宣告されたのだ。
「この程度のことを捌けないのならオマエは必要ない。言っただろ、出来ないのなら殺すと。その期限は今日までだ。あれは脅しじゃなくて本気だ」
そのまま無機質な声で僕に告げる。
「だけど死体の掃除っていうのはめんどくさいものだ。オレの自由な時間を奪ってまでしたくはない。それに肉片を見ていると思い出しちゃうんだ。ハンバーガーにも肉が入っているって。人の肉じゃないことはわかっていても食いにくいだろ? だから出ていけ。死にたくないのなら出ていけ」
言い返したかった。好き勝手言われて怒らないほど僕は大人ではなかった。だけど、そうすることが出来なかったのは彼の殺気が凄まじかったからだ。イメージをさせられたのだ。自分が目の前にいる化け物に補色される図を、逃れることのできない明確な死を想像してしまったのだ。
恐怖で僕の体は固まってしまい、彼がこの部屋から出るまでは動かすことが出来なかった。
そして、今に至る。僕は一人で公園に佇んでいたのだ。
彼女には申し訳ないと思っている。本当なら死んでもあそこにへばりつかないといけなかったのに、僕は逃げ出してしまったのだ。また、彼女を置いて行ってしまったのだ。
でも、僕が悪いのは明確だけど、それでも一つ言いたいのだ。アーたんはもう一人じゃなくて、僕なんていらなかったんじゃなかったって。あの夜、僕たちが会わなかったのなら彼女は僕のこと思い出すことなく、過去を振り返ることなく明るく希望に満ちた未来だけを見ることが出来たんじゃないかと、思ってしまうのだ。
結局は彼女にとって僕はいらない存在だったんじゃないか。
そう考えると僕って、
「疫病神かもしれないな……」
白い息と共に吐き出した呟きは、誰にも聞かれることもなく、夜の公園の中に消えていった。
「お兄さんは疫病神なんですか?」
消えていったはずだった。
「………え?」
思わず聞き返す。振り向くとそこには少女が立っていた。現代の日本には似つかわしくない和服を着ている、黒髪の美少女がそこにいた。
「お兄さんは疫病神なんですか?」
もう一度問いかけられる。僕は独り言を聞かれていたことを恥ずかしく思うよりも先に、僕の戯言を真面目な顔で聞き返す彼女のことを不思議に思った。
「どうだろう。そうなのかもしれない。不幸になっちゃうんだよ。周りの人が。何をやっても裏目に出ちゃうんだ」
愚痴を零したって、現実は変わらない事は十二分に理解している。
それでも楽にはなれる。
現実には戻れる。
呆然としていた頭に酸素が入る気がして、ようやく地に足がついたかのような錯覚を覚えた。
そして、無意識に礼を言おうとした、その時だ。
僕の体は右へと傾いていた。
何故そのような事をしたかなんて分からないし、どうして目の前の少女の無垢な瞳が攻撃的な目の色に変わったかも理解出来ない。
ただ一つ分かるのは、僕の直感が働いて回避行動をしたということだけだった。
「本来なら、神という物に逆らうというのは間違っています。良い神サマも、悪い神サマも、居るだけで人々の役に立っていますから……」
少女はそう良い、着物の裾からお札のようなモノを取り出して僕に突きつけた。
「けれど貴方は違う…。神サマの名前を語って悪事を働こうとする唯の悪霊。よりにもよって私の大切な人に姿を似せるなんて、許せないわ……」
僕はこの話の展開に着いていけているのだろうか。疫病神だと愚痴を零したら、神を語る悪霊だと勘違いされたらしい。しかも僕の姿は少女の大切な人、恋人なのだろうか、とにかく少女の怒りの琴線触れる位の人物に僕が似ているらしい。
「えーっと……。僕は神でも悪霊でもないよ。唯の人間だからさ。ね、その物騒な物を仕舞おうよ。とりあえず話そうか。人は対話して争いを無くすことが出来るんだから」
弁解をすると尚更目つきが険しくなっていった。
「貴方の低俗な考えには賛成出来ないわ。所詮、人に擬態しているだけの霊が何を言っているのでしょうか。罪の意識さえも忘れてしまう下級の霊なのに何故、自己を保っているか不思議で堪らないわ?」
うん。火に油を注いでしまったみたいだ。親の仇のように僕を見るのは止めてほしい。
「よほど前世が不幸だったのでしょうね。強過ぎる負の念が自分を神サマだと錯覚させてしまう…。哀れなのは霊の才能が一切無いという事ね。それなのに意思だけは強いから具現化してしまう。自我までも持ってしまう。……不幸に愛されているのね、可哀想に」
なんでだろう、否定する気が全く起きない。客観的に見ると僕の人生は不幸の連続だろう。むしろ幸運であった事なんて数少ない。
なんかそう振り返ってみると、あのクリスマスイブの日に僕は本当に死んだんじゃないかって思い始めてきた。僕は現世に漂う亡霊なのかもしれない。
「苦しまずに逝かせて挙げたいけど、その具現化した状態では出来そうにありませんね」
凄い嬉しそうだった。苦しませる気が満々の笑みだった。
「貴方はやってはいけない事をしたのです。せめて他の姿なら、同情もしたかもしれないのに……」
そう言った刹那、五枚の札が僕に投げられた。
先程の時のような不意打ちでは無いため、キチンと目視し、効率的に交わす。
「だから僕は人間だって……!!!」
説明しようと口を開いたら、目の前に札が。
一瞬、それは煌めいて、やがては爆発する。
間一髪で手を交差して顔を守ることは出来たが、手はもう使い物にはならないだろう。小規模とはいえ爆風を浴びたのだ。火傷を負っているのは必然だろう。無理すれば動かせなくも無いのだが、この後の事を考えると無茶をするのは不適格と言えるだろう。
この後っていったって何もすることなんてないけど。でも、死にたくはない。
安心するその数瞬に、札が投げられる。
僕はそれをまたも視認して回避する。右に、左に、体を揺さぶり、最後の一枚は右へと飛びやり過ごす。
全力で跳躍したため受け身を取る。否、取ろうとした。
僕の本能が告げたのだ。転がるな、と。
自分の直感を信じてほぼ死に体の両の手を地面に突っ張って、前方へと勢いを無視し、逆立ちの体制を取る。その時に肘の関節がピキッと音を立てたのだが痛いなんて思っている場合では無い。地面に手を張った時の勢いで小石が弾け飛び、それが数十センチ先の地面に落ちて弾け飛んだのだ。もしも、もしも僕が体を庇うために受け身をしていたら、その時はこの小石と同じ運命を辿っていただろう。そのイフを考えただけで背筋がゾッとする。
逆立ちから直立の姿勢へと戻し、驚きの表情を浮かべる少女に問いかける。
「僕は悪霊じゃないよ。霊でもない」
自信は全くないけれど、それを言葉にして出した時に体が軽くなる。肉体が囁いているのだ。お前はここに居ると、確かに在るのだと。
「唯の、不幸の神様に愛されているだけの人間だよ」
僕は基本的には神という存在を信じてはいないが、というよりも信じたくないのだが、それでも偶に思う時がある。
僕は呪われているのではないかと。
不幸の神に祝福されたのではないかと。
「だから、話し合おう。戦う理由なんてないんだ」
「変なことを言わないで……。貴方は人間じゃないの、人間であるはずがないのよ…」
残念な答えが帰ってきた。
元々、僕がこの場所で生き抜くには三つしか選択肢がなかったのだ。戦闘での勝利、戦闘での逃走、そして、戦闘そのものをなかった事にする説得。
勝利なんてそもそも論外だ。実力とかじゃなくて女を、それも子供を殴る事なんて出来やしない。色々と法に触れそうな事はやってきたけど、僕自身は真っ当に真面目に生きてきたのだ。ここでそれを捻じ曲げるなんて僕の人生を変えた人物に失礼だ。
逃げるというのも論外だ。最初はそれを選択しようとしたが、少女は強い。背中を向けると文字通り、死が僕を襲うだろう。
そして説得。このお互いのすれ違いを解いてこの戦いをなかったことにするということだ。
本来ならば戦う前にするべきことなのだが、それも失敗した。しかし、戦いの最中でも出来ないことはない。
そう思い試したものの返答はノー。
僕の言うことに耳を傾ける気は一切ないようだ。
さて、どうしようか。
「私の攻撃をことごとく避けるなんてあり得ないわ…」
ーーー目の他の器官を使っているみたい……
僕の体に、電流が走り抜けた。
マキナさんの言っている事がようやく理解出来たのだ。単純で、説明されても恐らくは分からないだろう。だから彼は具体的な説明を僕にしなかったのだ。
「ありがとう」
「……えっ?」
無意識に礼を言っていた。きっと笑顔も浮かべていた。
公園の時計を見上げると時間は午後の十時過ぎ。まだ、今日は終わってはいない。
「もう一度言うよ。僕は、人間だ」
「本当ならば使いたくないのですが……」
「だから、もう止めて欲しいんだ」
「でも……許せない」
「お願いだから、話を……!!」
少女は札を手元に集めて、何かを呟いた。
直感的にヤバイと思った。何かを出そうとしている。それを出されたら、僕は死んでしまう。
何かしなければいけないと思った。
ーーー何を?
少女を止めなくてはいけない。
どうやって?
駆け寄って、意識を落とせばいい……!!
ーーー出来るのか?
やるしかない。僕は、屋敷に戻らないといけない。
ーーーじゃあ、やってみせろ。
やってみせる。やってのける。道を、切り開く。
その時、突然脳裏によぎったイメージ。それは幼い彼女の笑顔だった。
ああ、僕は今でも彼女に惹かれている。
彼女の事を思うと何でも出来る気がする。
光の速さを超える事も、時間を止める事だって……!!
黄金の光が、駆け抜ける。少女の元へと駆け抜ける。
それは僕だ。
疾風よりも、もっと速く、駆け抜ける。
瞬きも出来ないであろう区切られた時間。刹那という表現すらも適切ではない超越した時間。
その「時」は、僕一人のものだった。
僕は、戻ってきた。
この屋敷へと。
ボロボロの服と体。煌びやかな屋敷とは対照的な姿で、僕は戻ってきた。
速さを超えた速さをした代償なのかわからないが、神経が全てプチプチ言うほど磨耗している。
僕が使ったアレは何なのかなんて分からない。それに、もう使えるイメージが湧かない。使いたくも、ない。
既に日常となっている屋敷の廊下を歩く。今更なのだが、この屋敷は十年前のあの場所と同じような内装をしていた。案外、屋敷とはみんなそんなものかもしれないけど。
ただ、安心したのは不気味な気配が無いことだ。僕はきっと霊感なんてないけれど、断言出来る。ここは、健全な場所だと。
そして、幼い頃と同じで、人の気配というものが全くしない。アーたんとマキナさん以外でここにいる人間も見たこともない。三人で、いや僕が来るまでは二人でここで暮らしていたのだ。
けれど、僕が来た。
約束と贖罪をするために、ここに来た。
彼女のそばにいなければ、きっとそれは出来やしない。
他の気持ちもあるけれど、その気持ちは押し殺した。
きっとその想いを出してしまったら、十年前のようになってしまうから。
コツコツ。僕の靴の音だけが響き渡る。
不安定なリズムを刻んで、訓練室へと足が向かう。
ドアの前で目を閉じて深呼吸。覚悟を決めて、扉を開けた。
「遅かったじゃないか」
そこにいたのは、執事服を着たマキナさん。顔に剛毅で、不敵な笑みを浮かべていた。
「色々とあったんです。本当に、色々とね」
少女と戦っていただけど、それは言えなかった。それで、こんなボロボロになったなんて、恥ずかしくて言えなかった。
「じゃあ、始めるか」
「はい。お願いします」
こうして、試験の夜は訪れた。
第一の試練の幕が、今ここに開こうとしている。
遅くなってすみません。
言い訳をさせて貰えるなら忙しくて寝る以外の楽しみをすることが出来なかったんです。だから許してください。
あと、本編に伏線貼りまくってます。私自身が忘れそうな程伏線貼ってます。とにかく完結を目指したいですね。
P.S.一年位前に書いたなのはの黒歴史のSSがこのSSよりもアクセスあってクッソワロタ……ワロタ。。。