都市の外、都市のエアフィルターによってかろうじて汚染物質から守られているエリアで戦いがおこなわれていた。
目の前で巨大な化け物が暴れ狂う。
長い首をくねらせ、ワイヤーに絡め取られた翼はそれを引き千切らんと動かしている。
物語に出てくる竜のような姿の化け物。
数十人の大人の武芸者たちが包囲して化け物の動きを封じ、攻撃を加えていた。
ワイヤーが打ち込まれ、身動きを封じられながらもなお暴れる。
闘争都市アスラの武芸者たちが決死の覚悟で動きを止め、対汚染獣用のワイヤーを打ち込んで汚染獣から飛行能力を奪った。
そして今は遠距離からの攻撃で汚染獣の気を引き、その隙を突いて接近戦を挑みダメージを蓄積させている。
すごいと思った。
みんなすごいと素直に思えた。
キャロル・ブラウニングは後方から大人たちの活躍を見て目を輝かせていた。
あの中には父もいる。
父はとても強い。
父の仲間たちもすごく強い。
きっと汚染獣なんてあっという間に倒してしまうと信じていた。
戦場に出るのだからと武器である
そう思えるぐらい安全な後方に彼女たちは置かれていた。
周囲には幼さの残る武芸者の子供たちが汚染獣との戦いを見学していた。緊張に身を固め、それぞれの表情で汚染獣と戦う大人たちを見つめている。
いつかは自分たちが戦うことになるのだと誰しも理解していた。
そのための武芸者であり、その義務があるからこそ武芸者は都市に手厚く保護され優遇されている。
闘争都市アスラを治めるのは優秀な武芸者から選ばれた人物たちであり、また武芸者であるというだけで生活に不自由することはまずない。
それは目の前の脅威に対抗する戦力であるからだ。
汚染獣。
ごく希に都市を襲撃する人類の天敵。
汚染物質で生物がろくに生きられなくなった世界に生きる化け物たち。
その巨大な体躯、強力な力は並の人間では相手にもならない。
熟練の武芸者たちが戦術を練り、罠にはめてようやくまともに渡り合えるほどの脅威だ。
武芸者がいなければ、都市は守れない。
敵は汚染獣だけではない。
他の都市とおこなわれる戦争でも武芸者は重要な戦力だ。
生まれながらに剄という普通の人間にはない特殊な力を持つ武芸者たち。
彼らは都市の戦力であり、都市の住民を守る守護者であった。
突如目の前の戦況が激変した。
汚染獣の動きを阻害していたワイヤーがちぎれたのだ。
行動の自由を得た汚染獣は、周囲の武芸者を吹き飛ばし不遜にも自分の身体に傷をつけた小さな不埒者たちに制裁を加えるかのように暴れ狂った。
前線が、崩れた。
すぐ側にいた観戦組の監督である大人が叫んだ。
「おまえたちは都市に戻れ! 見学は終わりだ!」
しかし子供たちの動きは鈍い。
目の前の汚染獣の迫力に飲まれて身動きがとれない者が大半だった。
そんな子供を殴り飛ばして正気に戻し、大人の武芸者は怒鳴った。
「逃げろ! 死にたいのか!」
その剣幕にようやく自分たちが足手まといになりかねないと理解した子供たちが都市方向に走り出す。
しかしキャロルは動けなかった。
目が離せない。
人が、とても強いはずの武芸者がまるで人形をはじき飛ばすように吹き飛ばされている。
死んだ。
死んだのか?
みんな死ぬのか?
あの化け物に殺されるのか?
父は?
父はどこだ?
「おい! 君もはやく逃げるんだ!」
身体が熱い。
燃えさかるような熱がキャロルの身体を焦がした。
呼吸が荒くなる。
莫大な熱が身体中を駆け巡り今にも身体が爆発しそうだった。
ついに耐えきれなくなってキャロルは地面に突っ伏した。
「だいじょうぶか! すぐに都市に連れて行ってやる! だいじょうぶだ。必ず俺たちが守ってやる!」
大人たちは恐怖のあまり動けなくなったと考えて近づいてきた。
しかし次の瞬間彼らはすさまじい圧力を叩きつけられ吹き飛ばされた。
幼い少女の身体からありえないほど莫大な剄が漏れている。
それは物理的な破壊力さえもって周囲を荒れ狂った。
「なんて剄だ!?」
「驚くのは後だ! なんとか落ち着かせて都市に待避させろ!」
周囲の声も少女には届かない。
父が死ぬ。
みんな死ぬ。
優しくて、厳しくて、大好きな父が死ぬ。
まるで虫けらのように蹂躙されて死ぬ。
少女の幼い精神はその光景を、父の死を幻視して狂った。
錬金鋼を手に少女が駈ける。
まるで大地を爆破するような勢いで少女が走る。
少女の踏みしめた大地が轟音を立てる。
少女の身体が宙を舞った。
「レストレーション」
うめくような声。少女の手の錬金鋼が剣に姿を変える。
莫大な剄が込められた剣を手に少女は敵に襲いかかる。
その光景に周囲の武芸者たちは目を見張った。
まるで流星が汚染獣に落ちていったような錯覚さえ感じた。
見たこともない莫大な剄がそう錯覚させた。
白銀の剣から剄の刃がのびた。
汚染獣の巨体に見劣りしない剄の大剣。
汚染獣がすさまじいエネルギーに脅威を感じたか少女の方を向いた。
少女は一切かまわずに突進。
一閃。
汚染獣の首を斬り落とした。
周囲の人間は目を疑った。
あれほど頑丈な汚染獣の皮膚が、あれほど太い汚染獣の首が、まるで紙を裂くかのように幼い少女の一太刀で斬り落とされた。
なによりあのすさまじい剄。
この場にいる誰もあれほどの剄は出せない。
誰かが叫んだ。
「その錬金鋼を捨てろ! それはもうもたない!」
少女はその言葉に従ったのか、あるいは手が滑ったのか周囲の人間には判別のつかない動作で剣が手からこぼれ落ちた。
少女の手から離れた白金錬金鋼の剣が剄の過負荷に耐えきれずに爆発する。
その爆風に少女の小さな身体が吹き飛ばされた。
我に返った武芸者の一人がその身体を空中で受け止めて着地する。
「運の良い子だな。まるで無傷だ」
そう周囲に話しかけると武芸者たちに笑いが起こった。
「どこの子だ?」
「汚染獣の首を一撃で斬り落とすとは、将来が楽しみじゃないか」
すべての力を使い果たしたのか、眠るように意識を失った少女。その周囲に武芸者たちが集まる。
すでに汚染獣は完全に生命活動を停止しており、武芸者たちの顔には安堵と隠しきれない好奇心があった。
観戦組の子供が戦場に乱入したのは問題だ。だがここはなにより実力重視結果重視の闘争都市アスラだ。見事汚染獣にとどめを刺した少女にはそれにふさわしい賞賛が与えられるべきなのだ。
結果さえ出せば多少の命令無視など問題にならない。
ましてやこの場合危機にあった仲間を身を挺して救ったのだ。責めるわけにはいかない。
なにより彼女の行動の原因は自分たちが弱かったことにあるのだから。
それが闘争都市アスラの考え方だった。
「コンラッド、君の娘はすごいな。君よりも強いんじゃないか?」
「まだまだ未熟だ。自分の剄に振り回されるようではな」
少女の父親はどこか憮然とした表情をしながらも、武芸者たちに囲まれて眠る娘を愛おしそうに見つめていた。
これがキャロル・ブラウニングが英雄となった日だった。
世界はすでに人類を拒絶していた。
大地は荒廃し、そこには植物も動物たちの姿もない。美しい大自然など資料映像でしか残されていない。
荒廃した大地だけがただ広がる。
そこにあるのは汚染物質と呼ばれる目に見えない有害物質。
汚染物質が充満する世界で人類は生きていくことはできなかった。
生身で汚染物質に触れれば苦しみもがきながら絶命する。
いまだに人類が生き残っているのは
エアフィルターによって汚染物質から守られ、自由に移動できる足でもって危険を避けてくれる自立型移動都市。
都市によって守られた人類は、都市というゆりかごの中で生き続けることができた。
しかしその都市も汚染獣に襲われてはひとたまりもない。
その汚染獣から都市を守るのが武芸者といわれる生まれながらに『剄』というエネルギー回路を持って生まれた特殊な人類『武芸者』である。
学園都市ツェルニ。
学生たちが集まり、学生によって運営される都市。
毎年各都市からの留学生を受け入れ、ここで学び、卒業して自分たちの生まれ育った都市へ帰って行くという特殊な都市。
同じような学園都市は他にも多数存在しており学園都市同士の戦争、都市戦もある。
その入学式に若干緊張した表情の少女がいた。
十五歳になったキャロル・ブラウニングだ。
講堂に集められた新入生の列に並び、前方で新入生の入学を歓迎するという趣旨の演説をしている上級生を眺めている。
腰までかかる明るい金色の髪。
白い肌は緊張のせいか頬がうっすらと赤く染まっている。
身長が周囲の女生徒より頭一つ分低く、華奢な四肢と相まって幼く見えた。
ツェルニ武芸科の制服を着ているが着慣れていないためか、若干不似合いに見えた。
すぐ隣が一般科の生徒であり、妙にこちらを気にして先ほどから数人がちらちらと見てくる。
理由はだいたいわかるのでキャロルは気にしなかった。
彼女は武芸者に見えないのだ。
小柄で筋肉もそれほど目だたない。
武器をふるって戦うよりもむしろ紅茶でも飲みながら読書でもしていそうな深窓のお嬢様に見える。
武芸科の女生徒たちと比べればあきらかに体格で見劣りする。
キャロル・ブラウニングは『世間勉強』のために学園都市ツェルニに留学した。半ば親の強制だった。
彼女は出身都市では有名な存在だ。
もはや英雄といっていい。
十歳で汚染獣を倒し、都市戦やその後の汚染獣との戦いでも活躍している。
もはや同年代では彼女に勝てる者は存在せず。ベテランの武芸者たちでさえ彼女に勝てる者は希であった。
闘争都市アスラ。
その名の通り戦いを尊ぶ都市において強いということはそれだけで尊敬の対象であった。
故にキャロルには彼女を慕う人間は多くいても対等な友人などはいなかった。
娘の人間関係を見て危機感をもった両親がこのままでは歪んだ大人になりかねないと都市上層部にかけあって学園都市への留学を認めさせた。
上層部も一般人も都市最大戦力の一人といっても過言ではないキャロル・ブラウニングの都市外への留学には否定的であったが、彼女の今までの功績を考えれば数年の留学くらいは認めないわけにもいかずに渋々認めた。
キャロル自身は『友人をつくってこい。人間関係を学べ』と言われて送り出されたが、いったいなにをどうすれば良いのかわからずに入学式で緊張している有様だった。
ここできちんとやっていけるだろうか?
故郷ではそれなりの実力者だという自負があるけど、ここではどうだろう?
いや、そもそも友人なんてどうやってつくったらいいのだろうか?
人間関係って誰に教われば良いんですか?
一人で前途多難な未来図を想像してすっかり萎縮していた。
不意に気配が乱れた。
すぐ近くで争いの気配を感じてキャロルは視線を向ける。
右手が腰のあたりをさまよう。
舌打ちしかけた。
学園都市の規則で新入生はしばらくの期間錬金鋼の所持が認められなかったのだ。
二人の武芸者が争っている。
手に錬金鋼を握り、それを武器に復元して睨みあっている。
新入生のはずなのに錬金鋼を持っている。
規則違反だ。
止めなければ。
ここには一般人がいる。
一般人が武芸者同士の争いに巻き込まれたら、最悪命がない。
キャロルは駆け出し、そして止まった。
いままさに激突しようとした二人の武芸科の少年はたった一人の少年にたたき伏せられた。
大人が子供をあしらうようなものだった。
圧倒的実力差で錬金鋼ももたない少年に二人の武芸科の少年はのされていた。
一般教養科の制服を身につけたやや眠たげな目をした少年。
どこか後悔するように茶色の髪を乱暴にかき上げてため息をついている。その藍色の瞳がこちらを向いた。
一瞬お互いの視線が合う。
藍色の瞳に若干の好奇心が浮かんでいたように見えたがすぐにそれは消えて視線をそらされた。
不思議な目。
実力はありそうだ。それに自信をもっていそうだ。
なのにまるでそれを煩わしく思っているように感じた。
まるで嫌なことを見られたと言いたげな目。
実力を隠したかったのか。
あるいは武芸者であることを隠したかったのか。
一般教養科の制服を着ているということは、多いにありそうな話だ。
でもどうして。
あれだけの実力があるのに。
その自負もあるだろうに。
不思議な人だ。
それがキャロル・ブラウニングとレイフォン・アルセイフの出会いだった。
どうもにじファンから移転してきたへびひこです。
『キャロルと不器用騎士』を掲載させてもらいました。
原作はなんだかもはや学園都市なんて舞台を飛び越えて、世界を救うためにがんばっていますが。
この作品では基本的に世界を救うなんてだいそれた事を考えずにツェルニを守るために戦いながら、恋愛モノを書いていけたらいいなと思います。