キャロルと不器用騎士   作:へびひこ

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第十話 少年の想い

 

 休日のツェルニの街並みはたまの休日を有意義に過ごそうと考える学生たちがそれぞれの余暇を楽しんでいた。

 対抗試合の時のように人混みでごった返すというほどではない。

 どこかのんびりとした空気の中でほどよい人並みで街が動いている。

 行き交う人々が思い思いの休日を過ごしているのが一目見ただけでわかる。

 

 急ぎ足でどこかへ行こうとしている人はなにか予定があるのだろうか。

 女生徒が集まってお店の品揃えを見て騒いでいる。

 友人たちとショッピングだろう。

 男子生徒が一人缶コーヒーを飲みながら周囲を眺めている。

 ただ目的もなくぶらついているのだろうか。

 

 最近友人に教えてもらった喫茶店にやや急ぎ足で向かうキャロルは窓越しに彼がすでに待っていることに若干驚いた。

 これでも時間に余裕を持たせてきたつもりなのだ。

 少年もこちらに気がついたのか軽く手を振って見せた。

 待たされた不快感など感じさせない笑顔だった。

 入店して声をかける。

 

「お待たせ、レイフォン。これでも早く来たつもりなんだけど」

 

 ノースリーブのワンピースに薄地の上着を羽織ったキャロルは少しすまなそうな様子だった。

 そんな彼女に着慣れたシャツにスラックスという気軽な格好のレイフォンは笑顔で気にすることはないと告げる。

 

「僕が少し早く来すぎたんだ。部屋にいても落ち着かなくて」

 

 そういって苦笑する。

 

「私も、男の子と出かけるなんて初めてだから落ち着かなかった」

 

 お互いに苦笑しあうと店を出る。

 自然にレイフォンの隣を歩くキャロルを見て、レイフォンは口ごもった。

 

「あの、その……私服姿を見るのは初めてだけど、よく似合っているよ」

「ありがとう。私はあんまり服はもっていないの。センスがないから実家では母任せだった」

「そんなことはないと思うけど」

 

 普段と違うキャロルを見下ろしてレイフォンは頬を赤くさせる。

 

「僕もあまりファッションとか気にしたことがないから……変じゃないかな?」

「だいじょうぶだよ。レイフォンはいつも通りだから」

 

 その言葉は褒め言葉なのかどうかと思案する顔でレイフォンは少し沈黙した。

 

「さあ、行こう? 一日は短いんだから!」

 

 楽しそうなキャロルの顔を見ていると些細なことはどうでも良くなってレイフォンはキャロルと一緒に歩き出した。

 

 

 

 

 数日前。

 

「お願いがあるんだ!」

 

 いつになく気合いの入った声に目の前の友人たちは目を丸くする。

 

「なんだ? 金でもなくなったか? レイとんなら少しぐらいは貸してもいいが」

 

 ナルキが冗談っぽく話し出す。

 放課後行きつけの喫茶店に呼び出され、いきなり頭を下げられて少女たちは困惑していた。

 

 ナルキ・ゲルニ。

 ミィフィ・ロッテン。

 メイシェン・トリンデン。

 

 レイフォンの数少ない友人たちだ。

 入学式で暴れる武芸科生徒を鎮圧し、その後小隊に加入して大活躍したレイフォンはややクラスメイトから距離を取られていた。

 別に避けられているわけではないが、突然現れたスターにどういう態度で接したらいいかわからないというのがクラスメイトたちの素直な心情だったろう。

 

「……なにか困ったことでもあったの?」

 

 メイシェンが心配そうな声を出す。

 

「もしかして小隊がらみの話? だったら私たちよりもキャロの方がいいんじゃないかな?」

 

 ミィフィはメニューを眺めながら気軽な声を出す。

 キャロルが第17小隊に加入したのはもうみんな知っている。

 周囲の反応は『まあ順当だろう』というものだった。武芸科生徒ならば一年の武芸科でキャロルの実力が傑出していると評価されているのを知っているし、一般生徒もそれを伝え聞いている。

 レイフォンのように活躍するのではないかという声と、さすがにそこまでは無理でも数年後は小隊の中枢メンバーになっているだろうとかいろいろ噂されている。

 

「いや、できればキャロには内緒でお願いしたいんだ」

「内緒? キャロにか? 悪いがレイとんとは友達だがキャロも友達だ。場合によっては断るぞ」

 

 ナルキが生真面目に答える。

 

「まぁまぁ、ナッキ。話だけでも聞いてみようよ。さぁ話してみなよ。悪いようにはしないから」

 

 ミィフィが好奇心に目を輝かせる。

 キャロルには内緒という一点が好奇心を刺激したらしい。

 そんなミィフィを感心しないというような顔でナルキが肩をすくめ、メイシェンがミィフィの袖をくいくいと引っ張って抗議の意を示す。

 

「実は……」

 

 レイフォンの話は簡単だった。

 キャロルにはなにかと世話になっている。

 その恩返しがしたいと思うのだが、なにをしたらいいのかわからない。

 

「どうしたらいいだろう?」

 

 その言葉にナルキとミィフィは顔を見合わせ、ほんの少しメイシェンの顔色をうかがう。

 二人の視線に気がついたメイシェンは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 レイフォンはまったく気がつかない。

 

「やっぱり贈り物とかかな? でもなにが好きなのか知らないし、いきなり贈り物なんかされても迷惑なんじゃないかなと思うし」

「あーとりあえず落ち着け、レイとん」

 

 もはや頭の中が回転しすぎて熱を発していそうなレイフォンをナルキが適当になだめる。

 

「話はだいたいわかった。レイとんはキャロに日頃の感謝をしたいんだな?」

「あくまで感謝だけ? 他にもあったりしない?」

「え? お礼をしたいだけだけど、やっぱりダメかな?」

 

 ナルキとミィフィに詰め寄られてレイフォンは困惑する。

 

 日頃相談に乗ってもらっただけではなく。自分の過去も受け入れてくれた。

 しかも小隊内のトラブルもどうやらキャロルが解決してくれたらしい。

 あのあとニーナが自分の態度とレイフォンに向けた言葉を詫びて、改めて第17小隊の力になってくれとレイフォンに頭を下げた。

 レイフォンとしてはわかってもらえたのなら特に問題はない。

 むしろ生徒会長命令で小隊に放り込まれたレイフォンとしてはニーナが受け入れてくれるというのなら非常にありがたい話だ。

 

 キャロルは文句を言われたら辞めてやると言えばいいと主張したが自分の立場で小隊を辞められるとは思えない。

 あの生徒会長が許すはずがないとレイフォンは思っていた。

 

 そんなわけで多大な恩があるキャロルにレイフォンはいまさらながら自分はキャロルを頼るだけで彼女のためになにかしたことがないことに気がついて愕然とした。

 さんざん一人で頭を抱えたが、やはりない知恵は絞れない。

 誰かに相談しようにも、一番の相談相手はキャロルだ。

 キャロルのことをキャロルに相談する。

 それはまずいだろうと考える程度の常識はレイフォンにもある。

 かくして数少ない友人であり、キャロルと同じ女性でもあるミィフィたちに相談しようと決めたのだが。

 

 メイシェンは下を向いて沈黙し。

 ミィフィとナルキは困った奴だと言いたげな目でレイフォンを見ている。

 なぜか責められている気がして落ち着かない。

 

「まぁ……レイとんだからな」

「レイとんだしねぇ……」

 

 ナルキとミィフィに呆れられている気がする。

 よりによってメイの前で他の女へのお礼の仕方など聞いてくれるな。

 ナルキの唇がかすかに動き、その音をレイフォンは敏感に聞き分けた。

 優秀な武芸者であるレイフォンには造作もないことだが、意味がわからない。

 なぜメイシェンの前でキャロルにお礼をする話をしてはいけないのか?

 さっぱり理解出来ないで不思議がるレイフォンを見て二人はため息をついた。

 

「まぁ、まだ勝ち目がないと決まったわけじゃないからそう気落ちするな、メイっち」

「そ、そんなのじゃないよ……」

 

 ミィフィに肩を叩かれてメイシェンがか細い声で抗議する。

 

「まぁ、真面目な話。それほど難しく考える必要はないだろう。一緒に遊びにでも行って帰り際になにか手頃なプレゼントでも一緒に買って贈れば十分だろう」

「どこに行けばいいんだろう?」

「本気で聞いているのか? ……本気なんだなレイとん。すまない私が悪かった。まさかここまでとは思わなかった」

 

 ナルキになぜか謝られてしまった。

 どこか不憫な子という感じに見られている気がする。

 

「まぁ、ここは私に任せなさい。私はメイっちの親友だが、キャロも大事な友人だからね。基本中立で行くつもりだから」

 

 意味がわからない。

 だがそんな困惑顔のレイフォンなどまったく気にせずにミィフィは胸を張った。

 

「レイとんに女性のエスコートの仕方をしっかり伝授してあげよう!」

 

 まるで熟練武芸者が秘伝の奥義を伝授しようというような力強い威圧感に思わずレイフォンは姿勢を正した。

 

 

 

 

 そんなことがあったとは知らないキャロルはレイフォン任せのお出かけを気楽に楽しんでいた。

 映画館で映画を鑑賞し、そのあとは様々なお店を二人で冷やかして回る。

 レイフォンが映画館で睡魔と必死に死闘を繰り広げたことも、道を歩いていてもキャロルの反応を伺い、背に汗をかくほど緊張していたことも知らない。

 同年代の友人と出かけたことのないキャロルは、なにもかも新鮮で楽しかった。

 見る者の心が温かくなるような幸せそうな笑みを浮かべてキャロルはレイフォンを連れ回していた。

 そんなキャロルの笑顔に目が離せなくなり、腕を掴まれて引っ張られると真っ赤になってしまうレイフォンの態度のおかしさなんて彼女はまるで気がつかなかった。

 レイフォンは対抗試合以来有名人だ。

 ときおり好奇の視線が注がれるが二人を見ると微笑ましそうな顔をするか、今にも天を呪いそうな顔をして舌打ちするか、周囲の反応は様々だった。

 周囲からは初々しいカップルと見られていることなどもちろんキャロルは気がつかない。

 そもそも異性と一緒にお出かけするということが世間一般ではデートということすら認識していなかった。

 初めての友人とのお出かけで浮かれている上に、そういう経験がまるでないキャロルはレイフォンでさえ唖然とさせられるほどの鈍感ぶりを発揮した。

 

 

 

 

「レイフォン! あれ可愛いよ!」

 

 すっかり浮かれて舞い上がっているキャロルを眺めてレイフォンは密かに安堵していた。

 どうやら喜んでもらえたようだ。

 映画は女性が好みそうなドラマにした。

 レイフォンはあくびを噛み殺し、睡魔に耐えるだけの内容だったがキャロルは興味深そうに見つめていた。

 その後の気軽に街を散策するという行動も、内心退屈させてしまうのではないかと心配だったがキャロルは大喜びだ。

 ちょっとした発見をレイフォンに報告してレイフォンの返答を聞き出して嬉しそうな顔をしている。

 子供っぽいところもあるんだな。

 しっかりしたところしか今まで見ていなかったが、意外に子供っぽい無邪気な一面もあるようだ。

 レイフォンはその笑顔を見るたびに胸の動機を隠して平静を装うのに苦労した。

 可愛いなぁ。

 思えばレイフォンは今まで同年代の女性との付き合いがあまりなかった。

 強いていえば幼なじみのリーリン・マーフェスという存在がいるが、彼女との関係は家族や兄妹といったもので異性という感じはあまりしない。

 少なくともリーリンに異性を感じたことはあまりない。

 目の前の異性以外の何者でもない少女。

 彼女が浮かべる世界中で一番幸福そうな笑顔を向けられると心臓が跳ね回り頬が熱くなる。

 ゆったりとしたワンピースの胸元に視線を向けるとその感触を想像しそうになり、ふとすでにそれを知っていることに驚愕した。

 彼女に抱きしめられ、泣いたのだ。

 彼女の柔らかさ、暖かさは忘れられない。

 ……小柄だけど意外に胸はあるな。

 

「どうしたの?」

 

 そんなことを考えているとキャロルが不思議そうな表情でこちらの顔を覗き込んできた。

 近い!

 そう悲鳴を上げたくなった。

 少しこちらが近寄れば唇が触れあってしまいそうな距離だ。

 唇?

 グレンダンを出る前に一度だけ交わされた幼なじみとの口づけの柔らかく温かい感触を思いだしてレイフォンは多いに慌てた。

 なんで彼女はこうも無防備なのだろう?

 リーリンもそうだったが、彼女の場合は一緒に住む家族だったから妙に意識することはなかった。

 けれどこの小柄な少女は家族ではない。初めての異性の友達だ。

 

「いや、な、なんでもないよ」

 

 そういうと小首をかしげてキャロルが顔を離す。

 ほっと息をつく。

 正直、彼女に密着されて彼女の身体の感触や体温を感じたり、彼女の吐息を感じたり、彼女の香りが鼻をくすぐったりすると理性が飛びそうになる。

 その場で彼女を抱きしめて、その感触を思う存分味わってみたくなる。

 いきなりそんなことをしたら痴漢か変態だ。

 間違いなく嫌われる。

 二度と話しかけてもらえなくなる。

 近づくことさえできなくなるだろう。

 レイフォンとしては男性の本能からくるであろう誘惑に理性を総動員して必死に防戦しているのだが、困ったことに彼女はそんな男心を理解してくれない。

 欲望が加速しそうなことばかりしてくる。

 気軽に腕をつかんでくる。

 かと思えば手を握ってくる。

 なんの警戒もなく顔を近づける。

 商品を見るときなどほとんど身体が密着するような体勢になったこともあった。

 

「もうこれって誘惑されていると思っても不思議じゃないよね」

 

 小声でぼやいた。

 けれど彼女は本当に無邪気に笑い。楽しそうにレイフォンを連れて歩く。

 その姿にどこか記憶を刺激されるものがあったのだがようやくレイフォンは思いついた。

 

「昔のリーリンみたいなんだ」

 

 まだ男女の差などなかった頃の幼なじみ。

 お互い幼かったあの頃。

 リーリンは無邪気に笑い。そして無邪気にレイフォンに抱きついていた。

 歳をとるごとにそういった行動はしなくなり、ある程度の距離感を取るようになっていったが、今のキャロルは幼い頃のリーリンを連想させた。

 男女がつきあうということの意味も知らなかった頃の幼なじみ。

 不意にキャロルは誰にたいしてもこうなのかと想像して胸の奥に暗い感情が重苦しく感じられた。

 

「キャロはいつも男の人とこうして歩いているのかな?」

「初めてだって言わなかったっけ?」

 

 若干とげのある口調に心底不思議そうな声が返ってくる。

 不意にレイフォンは死にたくなった。

 自分はなんてことを口走っているんだ。

 彼女は今日最初にそういったじゃないか、『男の人と出かけるなんて初めて』だと。

 それを彼女が他の男に同じような態度で接するところを想像して勝手に嫉妬して、しかもその感情を相手にぶつけるなんて!

 

「いや、うん。そうだったね……」

 

 だめだ。上手いごまかし方もわからない。

 

「変なレイフォン」

 

 そう言って彼女は楽しそうに笑った。

 

 ああ、彼女は。

 たぶん、いやきっと。

 すごく鈍感で、そのくせ無意識に男を魅了する小悪魔みたいな存在なんだ。

 

 レイフォンは楽しそうなキャロルの笑顔に惹きつけられるものを感じつつ、冷静な部分でそう思った。

 とんでもない女の子だ。

 とうてい自分の手に負えない。

 けれどどうしても惹かれてしまう。

 どうしても頼ってしまう。

 そしてどうしようもないほどに彼女の笑顔を見ることが幸福に感じられる。

 

 だめだ。

 これはきっと。

 自分は恋をしたのだろう。

 この天使の輪っかと翼を持っていそうな外見で、無自覚な小悪魔の尻尾を隠しもっていそうな女の子に。

 

 キャロル・ブラウニング。

 頼りになって、頭が良くて、強くて。

 子供っぽくて、どこか幼くて、無自覚にこちらの心をかきみだす。

 

 こんな女の子は初めてだ。

 どうしたらいいんだろう?

 リーリンなら、なにか良いアドバイスをくれるだろうか?

 これは本当に恋なのか。

 恋だとしたらどうしたら良いのか。

 こんな事を聞けるのはレイフォンには故郷の幼なじみ以外にはちょっと思いつかなかった。

 




原作レイフォンなら軽く流しそうですが、うちのレイフォンは意識しまくりです。
そしてキャロルはまったく意識していません。
お友達とのお出かけを純真に楽しんでいます。

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