キャロルと不器用騎士   作:へびひこ

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第十二話 エース

 

 アナウンスの声が興奮を帯びて高まる。

 はるか前方ではレイフォンが敵小隊員と接触、戦いを開始している。

 事情は聞いている。

 レイフォンは全力を出すことを生徒会長カリアン・ロスから禁じられている。

 それをやれば試合にならなくなるという理由でだ。

 この対抗試合は小隊が互いに競い合い自らを高めていく意味合いもある。

 圧倒的な戦力差で蹂躙するような試合内容は生徒会長も武芸科の代表でもある武芸長も望まない。

 故にレイフォンが敵小隊員二人と接触したあとじりじりと引きつけられ放されていくのもやむを得ない。

 彼らはレイフォンとまともに戦おうとはせずに、足止めに徹しているようだ。

 そして少しずつレイフォンをこちらから引きずり出していく。

 見事な手腕だと感心した。

 

『隊長、二人が隊長のもとに、もう一人が隊長たちを迂回してフラッグへ向かいます』

 

 第17小隊の念威繰者フェリ・ロスから淡々と戦況の変化を告げられる。

 

「シャーニッドに任せられるか?」

『仕留めてやると言っています』

「なら任せる」

 

 大丈夫だ。

 戦況はおおかた『彼女』の読み通りに動いている。

 

『彼女』がおよそ現状の第17小隊攻略法としては正攻法と称した戦法だ。

 複数の陽動でレイフォンを足止め、しかる後に隊長である自分か、あるいはフラッグを狙う。

 今回防衛側で戦う第17小隊に勝つには自分を倒すか、フラッグを撃破する。

 そのためには最大戦力たるレイフォン・アルセイフを倒せずともこちらの指揮下から無力化し、フラッグを狙うことでシャーニッド・エリプトンを引きはがす。

 残るのは目標である自分と、加入したばかりの一年生。

 今頃第14小隊の隊長シン・カイハーンはしてやったりとほくそ笑んでいるだろう。

 シャーニッドが自分の護衛に動けばフラッグを落とす。

 彼がフラッグの防衛のために動かなければ。

 

「ニーナ! 悪いが勝たせてもらう!」

 

 シンがもう一人小隊員を連れて自分に向かってくる。

 彼らが自分を倒す。それで彼らの勝利が決まる。

 シンは手練れだ。

 ニーナでも一騎打ちでは勝てないかもしれない。

 二対一ならなおさらだ。

 

 彼らの作戦は間違っていない。

 彼らの持つ情報から作戦を立てるとしたらそれが最善手だと『彼女』が認め、ニーナも納得した。

 だが、彼らは間違っている。

 第17小隊の戦力を間違えている。

 ニーナは余裕をもって笑った。

 両腕の鉄鞭を構えながら、そばにいるもう一人に声をかける。

 

「やれ、キャロル」

 

 横に控えていた少女が爆発音のような音を立てて加速した。

 ニーナの視界に黄金の髪がきらめくのが見えた。

 シンと共にこちらに向かってきた小隊員が吹き飛ばされる。

 なるほど、自分はアレにやられたのかとかつての敗北を思い出した。

 神速の踏み込みからの斬撃。

 あれを初見でかわせるものなどツェルニにはいない。

 レイフォンならもしかしたらかわせるかもしれないが。

 一瞬で仲間を倒されたシンの顔が驚愕で染まる。

 いつもの穏やかな表情など欠片も見せない黄金の髪の少女は舞うように片手で剣を振るった。

 白金錬金鋼の片刃剣から放たれた剄の衝撃波がシンを襲う。

 シンの身体が宙を舞い。地面に叩きつけられた。

 

 第14小隊隊長の戦闘不能が確認され、戦闘終了のサイレンが鳴り響く。

 アナウンスがうるさいぐらいに第17小隊の勝利を連呼する。

 

「よくやった。キャロル」

「はい、がんばってみました」

 

 笑顔で互いの片手を打ち合わせる。

 

『すごい! すごいぞ第17小隊! 前回鮮烈なデビュー戦を飾ったレイフォン・アルセイフを彷彿させるようなもう一人の一年生エース! 第14小隊の隊長シン・カイハーンをものともしませんでした!』

 

 アナウンスが絶叫するようにその名を叫ぶ。

 

『教師陣の推薦を受けて小隊入りした期待の新人キャロル・ブラウニング! レイフォン・アルセイフ対策をしてきた第14小隊も思わぬ伏兵の前に敗れさったぁ!』

 

 はにかむように笑うキャロルの頭をニーナは乱暴に撫でた。

 

 今回の配置、作戦は『彼女』の助言があった。

 ニーナは当初キャロルをレイフォンと組ませて戦わせるつもりだった。

 二人の戦闘力ならいいコンビネーションを発揮出来るのではないかと考えたのだ。

 

 しかしキャロルは反対した。

 敵はおそらくレイフォンを警戒している。

 初戦であれだけの実力を見せた武芸者を警戒しないわけがないと。

 ならば敵はどうするか。

 全力でレイフォンをつぶしにかかるか、あるいは最低限の戦力で足止めしてその隙に勝利条件を満たすだろうと。

 レイフォンを倒すのにはあきらかに戦力を消耗する。現実的なのは後者だ。

 つまり隊長の撃破かフラッグの破壊。

 故にこちらはレイフォンをおとりとして敵の戦力を引きつけ、敵がフラッグを狙うようならシャーニッドによる狙撃で撃破。

 隊長を狙うようならば護衛として自分をそばに置けばいいと。

 

 そして対抗試合はキャロルの想定したとおりに動き、終了した。

 第17小隊の勝利という結果で。

 

 よい部下を持った。

 自分よりよほど優れた隊長にもなれるだろう。

 だから学ばせてもらう。

 そうニーナは開き直っていた。

 ツェルニを守るために。

 そのためには自分のちっぽけなプライドなどたいした意味はない。

 彼女の力と知恵を借り、そこから自分は学び強くなっていく。大切なものを守るためならばプライドぐらい切り捨てられる。

 ぐちゃぐちゃになった髪を手で直しながら憮然とした顔をする少女を見て、ニーナは笑った。

 

「これからもよろしく頼むぞ!」

 

 黄金の髪をぐちゃぐちゃにされた少女は少しふくれっ面だったが素直に『はい』と応じた。

 

 

 

 

「いや、実に見事なデビュー戦だったね。推薦した教師たちも驚いていたよ」

 

 夜にロス家に招かれてキャロルは機嫌のよいカリアンの笑顔にどこか落ち着かない気分になった。

 別にカリアンが苦手なわけではない。

 むしろツェルニではごく自然に話せる人物だ。

 なぜだろうと考え込むと。

 自分とカリアンの関係が友人とか先輩後輩というよりも上司と部下の立場に近いせいかと思い至った。

 

 生徒会長の手下たる自分に少しばかりなぜこうなったかと不満も感じるが、カリアンは上司としては話がわかり、有能な人物だ。

 おかげで話しやすく。特に応対に困ることもない。

 対等の友人こそいなかったが、上下関係は故郷でもごく当たり前にあった。

 なのでカリアンを上司と考えて向かい合うと他の人たちとは違って落ち着いた態度で話せる自分がいる。

 しかし今日はなぜか落ち着かない。

 なぜだろうとカリアンを見るとその目が笑っていないことに気がついた。

 

「もしかしてやりすぎましたか?」

 

 その可能性に思い至って尋ねるとカリアンは視線を若干緩めた。

 

「多少ね。仮にも小隊長を一撃で倒したのは……責める気はないが次からはもう少し相手の顔も立てて欲しいね。まぁ、彼も一撃で部下をやられて動揺したところをやられたようだから納得のしようもあっただろうがね」

「フラッグを狙う敵がいました。時間をかけるわけにはいかなかったのです」

「戦術的に間違ってはいない。それはわかっている。フラッグの防衛にシャーニッド・エリプトンを残しているとはいえ、彼が確実に敵を押さえるという保証はない。君の行動は第17小隊の隊員としては最善のものだ」

 

 そう認めながらもカリアンは続ける。

 

「しかしだ。君やレイフォン君にはできればもっと広い視野で考え、行動して欲しい。それだけの影響力が君たちにはあるのだからね」

「負けていた方が良かったと?」

「場合によっては対抗試合で負けてもかまわない。本番は都市戦だ。対抗試合で負けることで戦力の向上、はっきり言ってしまえば他の小隊の士気が上がるならばそちらの方がツェルニの利益になる」

「勝ちすぎるなと?」

「予想以上に反響が大きくなりすぎた。第17小隊の二人の一年生エースはもうツェルニの話題を独占していると言っていい」

 

 あまりそれを歓迎していない口調でそう告げる。

 

「それが武芸科の士気向上に役立つうちはいい。けれど君たちが勝ち続け、他の武芸科や小隊の人間が君たちには勝てないのだと萎縮されては困る」

 

 そうなればそれは士気の低下につながり、やがては第17小隊への不満となるだろう。

 戦力が均等ではない。

 あきらかに第17小隊だけが強すぎると。

 

「面倒な話ですね」

「面倒な話だ。だが無視はできない。私は都市戦では君とレイフォン君は共に動くべきだと思っている。おそらく二人が組めば敵を蹴散らすのも容易ではないかな?」

「単独でもある程度の敵ならば可能ですが」

「私としては君たちを第17小隊で使いたい。今のところ君たちのような傑出した実力を受け入れる余地がある小隊が他にない。レイフォン君や君についていける武芸者はおそらくツェルニにいない」

「都市戦は私たち二人を決死隊として特攻させるつもりですか」

「見事敵陣を食い破ってくれると期待しているよ」

 

 そうにこやかに笑う。

 キャロルとしては面倒きわまりない。

 実力は発揮して欲しい。ただし他の武芸科や小隊の意欲を削いでは困る。

 適当に負ける必要があるだろう。

 現在最強の小隊は第1小隊となっている。

 少なくともそこと互角かあるいはそれよりも一段下の戦果をあげるくらいがちょうどいいだろうか?

 そう尋ねるとカリアンは満足そうに肯いた。

 

「そうしてくれると嬉しい。ニーナ君には私から話しておこう」

「いえ、隊長にはこういう後ろ暗い話は向かないと思います。また反発されますよ」

 

 八百長をやれと言われているにひとしい提案をされればニーナの性格では反発するだろう。

 それは生徒会長への不満になり、それがきっかけでまた小隊内の雰囲気が悪くなる可能性を指摘した。

 

「ではどうするのかな?」

「放っておいても他の小隊も馬鹿ではないでしょう。次からはレイフォンと私を対象にした対策を組むはずです。その結果としての敗北であれば仕方がないかと」

「勝てるかな?」

「弱点を突けば、第17小隊に勝つことは他の小隊でも可能です」

「その弱点を聞いてもいいかな」

「対抗試合では隊長が戦闘不能になれば敗北が決まります。レイフォンも私も倒す必要はないのです」

 

 今回の試合のように足止めに徹し、徐々にニーナから引きはがして本命がニーナ・アントークを強襲する。

 それだけで勝ててしまう。

 むろんレイフォンや自分が十分に手加減していることが前提だが。

 カリアンは納得したように一つ肯いたあと少し考え込んだ。

 

「そういう負け方をしたあとニーナ君は大丈夫かな?」

「わかりません。自分が小隊の弱点と認識されていることに気がつけば、あるいは荒れるかもしれません」

 

 ニーナ・アントークの実力はツェルニでは上位のものだ。

 だがレイフォンのように三人の小隊員を一蹴するような実力はない。

 自分のように小隊長を一撃で戦闘不能に追い込むことも不可能だ。

 ならば複数の実力者で包囲してしまえばニーナ・アントークには勝てる。そしてそれは第17小隊への勝利につながるのだ。

 他の小隊がそれに気がつかないはずがない。

 

「そのときはまた君に頼むことになるかもしれないね」

「私が引き受けたのはレイフォンの精神面のケアです。隊長のケアまで含まれているのでは話が違います」

「そう言わずに頼むよ。こういうことを頼めるのは第17小隊では君だけだからね」

 

 ニーナは潔癖すぎる。後ろ暗い話は嫌うだろう。

 シャーニッドはやる気に欠ける。自分から厄介ごとを背負い込むことはしないだろう。

 フェリも同じだ。彼女にしてみれば小隊で念威繰者として働いているだけでも感謝しろという態度だろう。

 レイフォンは強さでは傑出するが、こういった配慮のできる性格ではない。彼は不器用な人間だ。こんな話をされても困るだけだろう。

 

 キャロル・ブラウニングだけが十分な戦闘力を持ちながら、後ろ暗い話も受け入れられる度量を持ち、また周囲に対する配慮もできる人間なのだとカリアンは評価した。

 

「持ちあげて見せても調子に乗るような人間ではないですよ」

「わかっているよ。そういう人間だからこそ信頼していろいろ頼んでいるんじゃないか」

 

 キャロルはため息をついた。

 もはや自分は完全に目の前の青年の手駒らしい。

 今まで黙ってソファーで求人情報誌を熱心に読んでいたフェリが少しからかうように声をかけてきた。

 

「おめでとうございます。これであなたは腹黒生徒会長の腹心ですね。いっそ権力とかお金とかいろいろ要求したらどうです? 大抵のことはなんとかなるのではないですか?」

「権力なんてどうしろというのです? そもそも謝礼なんて受け取ったらますます深みにはまるではないですか、いやですよ私は」

「そうとも、軽率に形に残るものを送ったら明るみに出たとき言い逃れが出来ないじゃないか。こういうことは信頼だけあればいいのだよ」

 

 どす黒い政治信条を語る生徒会長をフェリとキャロルが冷めた視線で見つめる。

 

「こういう人間が偉くなるなんて世の中間違っています」

「協力はしますけど、別に心から信頼したり尊敬したりはしていないですからそこの所は勘違いしないでくださいね。迷惑です」

 

 妹と年少の協力者に悪党を見るような目で切り捨てられてカリアンは少しだけ傷ついた。

 

「今のは一般論であって別に私に後ろ暗いところがあるというわけではないよ。そこの所は勘違いしないでくれるかな」

 

 カリアンが背筋を伸ばし真面目な顔で主張するが二人の少女は取り合わない。

 

「ここはいいと思いませんか? 初心者歓迎でしかも時給が良いです」

「待ってくださいフェリ先輩。小さく資格持ち優遇と書いてあります。きっと本心では資格持ちしか雇わない気です」

 

 いつの間にかキャロルも一緒になってフェリと求人情報誌を読んで意見交換している。

 無視される形になったカリアンは小さく肩を落とした。

 

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