訓練用グラウンドでは二人の武芸者が向き合っていた。
青石錬金鋼の剣をもつレイフォンと白金錬金鋼の片刃剣をもつキャロル。
グラウンドの隅から第17小隊の面々がその光景を固唾を飲んで見守っている。
いったいどちらが強いのか?
二人の本当の実力はどれほどか?
ニーナの視線は期待に輝いており、シャーニッドも表情はゆるめだが目は二人から離さない。
フェリはいつもの無表情だがどこか興味深そうな視線を向けている。
ハーレイは二人の傑出した武芸者に自分の整備した錬金鋼がどれほど役に立つのかと緊張していた。
まずキャロルが動いた。
爆発音のような踏み込み。
神速の移動法からの斬撃。
ニーナを倒し、対抗試合で小隊員を瞬殺した技だ。
レイフォンは冷静に一歩踏み込み、間合いを外されたキャロルの斬撃を剣で受け止める。
「まさか踏み込むとはな」
ニーナが感嘆の声を上げた。
普通なら避けるか、間合いを離すかだろう。
それをレイフォンは踏み込むことでキャロルの斬撃が本来の威力を発揮する間合いから一歩接近しその威力を半減させた。
並の胆力と技量ではないとニーナは改めてレイフォンの実力を感じ取る。
初太刀を防がれたキャロルは、特に動揺することもなく流れるような歩法で間合いを変えてさらに斬撃を加える。
レイフォンはそれを剣で受ける。
片手で剣をもっていたレイフォンは少し顔をゆがめて、すぐに両手持ちに切り替えた。
予想以上に一撃の重さが厄介だった。
片手では防御をはじかれてしまいそうだと感じた。
キャロルは舞を踊るような軽やかな動きでレイフォンが両手でなければ防げないと感じさせる斬撃を何度も繰り出す。
キャロルは斬撃の瞬間は必ず両手で剣をもっている。
一撃に確実な威力を込める戦い方だとレイフォンは分析した。
そしてそれは正しい。
キャロルはこう習っている。
「我が流派の基本は斬撃だ。そしてその奥義もまたただ一撃の斬撃なのだ」
斬撃に特化した剣術流派。
渾身の斬撃。
必殺の斬撃こそがキャロルの武芸の基本であり、その究極の完成形なのだ。
数度のキャロルの攻撃を受けきったレイフォンは感心したように口を開いた。
「すごいね。この連続攻撃を受けきれる武芸者はたぶんツェルニにはいない」
まずキャロルの速度に対応できない。
対応できたとしてその威力を防げない。
一撃二撃と防げても次第に武器を持つ手が持たなくなり武器をはじき飛ばされるだろう。
レイフォンとて内力系活剄で肉体を強化していなければ、つまり油断していれば一撃で剣をはじかれたかもしれない。
ツェルニにはいない。
そう言ったがグレンダンでもおそらくこの連撃を完全に防げる武芸者は少ないだろう。
速さと威力。
確かにこれだけの実力があるのならば故郷でも有望視されるだろうと納得した。
全力を出せば汚染獣の頑丈な外皮さえ斬り裂くだろう。
しかしレイフォンの賛辞にキャロルは不機嫌な顔をした。
「目の前に涼しい顔で防ぎきった人がいるけど」
そう言われて苦笑した。
キャロルが言うほど余裕があったわけではない。
油断もあった。
キャロル相手にどれほど実力を出せばいいかという迷いもあった。
それにしてもかつて天剣をこの手に握ったものが危うく剣をはじかれるところだったのだ。
そんなことができる武芸者はおそらくツェルニでは彼女だけだ。
彼女を傷つけずに無力化する。
レイフォンはそのつもりでこの模擬戦を引き受けたが、それが非常に困難であるということも理解した。
油断すれば彼女の牙は容赦なく自分を引き裂くだろう。
そういう怖さと迫力がある。
真剣に自分と向かい合ってくれている武芸者にこれ以上の余計な手加減は失礼になるだろう。
レイフォンは意識を切り替えた。
目の前の少女は自分の親しい女の子ではなく。
自分と対等にすら戦える武芸者なのだと言い聞かせた。
「じゃあ、僕もいくよ」
防戦一方だったレイフォンが踏み込んだ。
「すごいな」
「ああ、すげぇな」
ニーナが興奮したように呟くと、どこか気の抜けたような口調でシャーニッドが同意した。
「槍殻都市グレンダン最強の十二人の一人だった人物と、闘争都市アスラで英雄ともてはやされた人物です。この程度なら驚くほどではないでしょう」
「いや、驚くよ。武芸者じゃない僕でもすごいってのがわかるもの」
フェリの冷たい言葉にハーレイがもはや目が追いつかないのか二人の姿を追うのを諦めて、座り込んでいた。
「というかあんなすごい戦い方して錬金鋼が持つかな? さすがにあんなすごい戦い方は想定してないよ」
「錬金鋼が持たなくなったら終わりか」
「そうなるんじゃないかな?」
ニーナの問いに『今後はもっと錬金鋼に強度を持たせた方が』と思考に没頭しかけたハーレイが答える。
二人の戦いは一言で言えば高速の剣撃戦だった。
グラウンド中を飛びまわり、ニーナたちの目ですらとらえられない速度で攻防入れ替わりつつ武器を打ち合わせている。
剄技ではなく、剣技の戦い。
いったいどれほどの内力系活剄を使えばあれほどの動きができるのかニーナには想像もつかない。
内力系活剄を使えば、武芸者はその身体能力を飛躍的に向上できる。
それは武芸者の身体の鍛え方にもよるし、内力系活剄の熟練度にもよるし、なにより剄の量にもよって違う。
二人はどれほどの鍛錬をしてきたのだろう。
自分はどれだけ鍛錬すればあの領域に上れるのだろう。
もともとこの模擬戦はキャロルが望んだものだ。
そして小隊の仲間が見ることも望んだ。
理由は簡単だった。
「私が全力で挑めるのはおそらくこの都市ではレイフォンだけです。そしてレイフォンの実力を引き出せるのも私だけでしょう。お互いに互いの実力を知ることになりますし、それを見れば隊長たちにも私たちという存在が理解出来るはずです」
本来の実力を知れば、どう動かせばいいか隊長として考えるきっかけにもなる。
しかし。
こんな奴らをどう指揮しろというのだ?
ニーナの偽らざる心境であった。
二人は強い。
それこそ一人で小隊を全滅させるぐらい余裕だろう。
けれどそれは生徒会長や武芸長に止められているためできない。
それにニーナも二人の戦力だけをあてにして勝ちたいわけではない。
具体的にはレイフォンは小隊員三人程度、キャロルは二人程度に抑えるように言われているらしい。
それでも彼らは強すぎるのだ。
実力を抑えた彼らを指揮し、もし劣勢になった瞬間自分が思うことはおそらく『彼らが本気を出してくれれば』だろう。
それが簡単に想像できてしまう。
小隊員を三人瞬殺したレイフォン。
向かってきた小隊員を瞬殺し、小隊長を一撃で戦闘不能にしたキャロル。
この二人の実力なら、本気さえ出せば対抗試合など問題にならない。
けれどそれはできない。
二人の力だけ利用して自分は無力なままでいることにはやはり耐えられない。
今は無理でもいずれ十分に戦える実力を得たい。
それに対抗試合は小隊がお互いの実力を確認し、さらに切磋琢磨する場だ。
実力の傑出した個人が蹂躙して勝つという方法は問題がある。
それでは対抗試合の意義が失われる。
「遠いな……」
ニーナはぽつりと呟いた。
かつて最強の称号を得た武芸者のなんと遠いことか。
それでも自分は努力するしかない。
ツェルニを守るために、自分も強くなりこの二人を隊長として使いこなす。
やはり遠い。
ニーナはわずかに影の差した表情で自嘲した。
自分はレイフォンをどう思っているのか?
あるいは自分はレイフォンに何を望むのか?
友人だろうか、あるいは対等な武芸者だろうか、もしかしたら恋人という立場を望むだろうか?
シャーニッドのアドバイスを受けたキャロルが考え続けていたことだった。
レイフォンは友人だ。
初めてできた同年代の友人の一人だ。
そして今回の模擬戦を望んだ。
ニーナに説明した理由は嘘ではない。
そういう目的もある。
お互いの実力を理解し、自分たちの実力を小隊の仲間に周知させる。
必要なことだと思う。
今はお互いに漠然と相手の実力が傑出していると理解しているだけであり、小隊の仲間も学生武芸者のレベルではないと感じているに過ぎない。
それではいずれ本当に戦う必要ができたときに仲間たちは自分たちを理解出来ない。その行動が納得できず無茶と見る。
それでは自分たちの行動が制限されすぎる。
本当に必要なときには全力が振るえるように。
今から実力を知ってもらうべきだ。
さいわいにもお互いに全力に近い実力で戦える武芸者がいる。
ならばやるべきだと。
そしてかなうことならこの戦いで自分にとってレイフォン・アルセイフがどんな存在なのか知りたい。
自分は不器用だ。
特に同年代の対人関係はもはやなにをしていいのか理解出来ないレベルだ。
だから戦ってみようと思った。
その中でわかることもあるのではないかと考えた。
そしてレイフォン・アルセイフは自分がどれだけ斬りかかってもけして斬ることのできない壁のような感触を得た。
そしてレイフォンの剣を受け止め、避けていくうちにレイフォンがわずかだが手加減していることを悟った。
自分ではレイフォンを本気にはできない。
一瞬怒りが心を満たした。自分の胸にある誇りが凶暴な叫びを上げた。
けれどすぐに納得した。
高速移動術をおそらく見ただけで模倣してしまったらしいレイフォンと高速戦闘を繰り広げているうちに彼の目を見てしまった。
それはとても楽しそうで、優しい目だった。
お互いにもてる限りの技量で剣を振るい。相手の剣をさばく。
楽しい。
それがすごく楽しいのだとキャロルは気がついた。
この都市に来てからキャロルが全力で戦える相手はいなかった。
今も全力の剄は振るえない。それは錬金鋼が持たない。
それに都市内でそんな威力の攻撃を繰り出したら被害が相当なものになる。
それはできない。
それでももてる技量のすべてを叩きつける相手がいる。
それをさばき続けられる相手がいる。
それが嬉しく、楽しかった。
授業中頭を抱えながら必死に授業内容を理解しようとするレイフォン。
気の抜けたような顔で愚痴を言い、相談してくるレイフォン。
ツェルニの町中を二人で歩き回り、はしゃぎまわる自分を優しそうに楽しそうに眺めるレイフォン。
そしてお互いの技量を持って剣をあわせられるレイフォン。
そうか、私はレイフォンといると『楽しい』のだ。
彼を眺めているのが楽しい。
彼と話しているのが楽しい。
彼と一緒にいるのが楽しい。
彼と戦えるのが楽しい。
それはとても幸福なことのような気がした。
「レイフォン。あなたは私よりも強い」
「いや、そうでもないよ。キャロの速さに追いつくのだってぎりぎりだ」
そう速さでは自分はレイフォンに勝る。
それでも。
「剣技ではあなたの方が上だよね」
レイフォンは困ったような顔をした。
手を抜いていると責められたと思ったのかもしれない。
「それでも私はあなたと戦えて楽しかった。レイフォンはどうかな?」
レイフォンは少しだけ考え込んだ。
「そうだね。こんなに遠慮無く身体を動かしたのは久し振りだから、僕も楽しかったかもしれない」
「私は楽しかった。あなたといると楽しいことばかりだからとても嬉しい」
白金錬金鋼の片刃剣はすでにかなり損傷している。
もともと強度よりも剄の扱いを重視してもらった剣だ。
これほど打ち合うことなど想定していない。
今度はもっと強度のある剣に調整してもらおうと決めた。
「錬金鋼がそろそろ限界かな。最後に一撃勝負といきましょう」
返事を待たずに剄を練り、白金錬金鋼の片刃剣に剄をまとわせる。
レイフォンも無言で青石錬金鋼の剣に剄を通す。
彼の剣もあちこち損傷している。
こちらほどひどくはないがこれ以上戦い続けるのはお互いに意味がない。
実力はわかった。
技量で自分はレイフォンに及ばない。
勝てるのは速さぐらいだ。
レイフォンがその気ならば、おそらく勝負はもうついていただろう。
自分では勝てない。
不思議とその事実が楽しかった。
グレンダン最強の一人は、やはりすごいのだと。
『外力系衝剄』
身体強化などに使われる身体の内部で剄を扱う技術である『内力系活剄』に対して、身体の外に放出して攻撃などに使われる剄技はそう呼ばれる。
キャロルの斬撃が最も高い威力を出すのは外力系衝剄による斬撃だ。
レイフォンならば大丈夫だろうと確信できる。
なので錬金鋼がもつ限りの剄を込めて、一撃必殺の斬撃を繰り出す。
外力系衝剄剣技『雷刃』
白金錬金鋼の剣を覆うように剄による刃が形成される。
莫大な剄によって作られた刀身をもってキャロルはレイフォンに基本にして奥義たる斬撃を叩き込んだ。
神速の踏み込みから繰り出される斬撃。
レイフォンは刀身にこちらも莫大な剄を送り込みキャロルを迎え撃った。
二人の剣が交差し、お互いの錬金鋼がさらに損傷する。
そのとき二人にとって予想外のことが起きた。
今までのダメージの積み重ねか、この一撃に耐えきれずにキャロルの片手剣が砕け散った。
レイフォンの目に焦りが浮かぶ。
レイフォンの青石錬金鋼の剣は莫大な剄を内包したままキャロルの身体に叩き込まれた。
小柄なキャロルの身体が吹き飛ばされる。
まるで風に煽られた木の葉のように小さなキャロルの身体が宙を舞いグラウンドに落下した。
レイフォンは真っ青になった。
あれだけの剄を込めた一撃を受けたら、どれほどのダメージを負うかわからない。
ツェルニの武芸者の錬金鋼には安全装置がかけられており相手を傷つけることはないという触れ込みだが、そんなものはレイフォンやキャロルほどの技量と剄の持ち主から見たらなんの意味もない。
寸前で振り切らずに剣を止めたがその衝撃波だけでも人が殺せる威力だっただろう。
「キャロ!」
レイフォンは剣を投げ捨ててキャロルの元へ走った。
その胸にどす黒い後悔が重くのしかかっていた。
もしキャロルが怪我をしたら、もしキャロルが死んでしまったら。
そんな考えが頭をよぎっただけでレイフォンは絶望しそうになる。
グラウンドに倒れたキャロルを抱きしめて、レイフォンは錯乱したようにキャロルの名前を呼び続けた。
キャロルではレイフォンに勝てません。
レイフォンって剄量では天剣トップクラスで、サイハーデン流の免許皆伝みたいなもので、あげく他の天剣の技も使えるという戦闘チートですからね。