キャロルと不器用騎士   作:へびひこ

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第十五話 熱愛報道

 

『レイフォン・アルセイフとキャロル・ブラウニング。第17小隊の期待の新人コンビ、二人は私生活でもあつあつのパートナーであった!』

 

 これは、なに?

 キャロルは友人が満面の笑みでさしだした週刊誌を半眼で読み、ため息をついた。

 

 それには数日前二人が路上で抱き合っていたことや、入学直後あたりから二人で良く会っていること、レイフォンのデビュー戦であった対抗試合で試合終了後に二人で会っていたことなどが書き連ねられており、いったいどこで調べたのかとあきれ果てた。

 

「で、実際の所はどうなの?」

 

 週間ルックンのアルバイト記者ミィフィ・ロッテンは笑顔で追求してきた。

 キャロルは雑誌から視線をあげて目を輝かしている友人を見る。

 そこには好奇心が魂から輝いていた。

 

 記者ってたぶんミィフィには天職だよね。

 キャロルはいろいろと納得した。

 

 教室の雰囲気がおかしいことには気がついていたが、小隊に参加したあたりから注目を浴びるのには慣れてしまいとくに気にとめなかった。

 しかし昼休みにミィフィに腕を掴まれて強引に連行された喫茶店で、注目を浴びることになった元凶の記事を見せられた。

 

 なんと、レイフォンと自分が恋仲であることが半ば事実としてツェルニ中に認知されているらしい。

 

 人目がある中で男女が抱き合っていれば、そういう噂も起きる。

 しかも二人とも有名人となればなおのこと。

 

 うかつだったのだろう。

 もっと人目を気にするべきだったのだろう。

 そうしていればこのような事実無根の記事を書かれることもなかったのだろうから。

 

「ねぇ、友人として気になるだけなの。記事にしたりしないから教えてよぉ」

 

 そう好奇心を全身で溢れさせている友人に迫られ、キャロルは再びため息をついた。

 

「私はレイフォンの恋人じゃないよ」

「ちがうの?」

「ちがいます」

「じゃあこの記事に書いてあることはうそ?」

「それはおおむね事実だね」

 

 ミィフィの目がなにか言いたげに細められた。

 

「毎日のように会ったりしたんだよね」

「相談に乗っていただけだし、毎日というわけでもないけど」

「デビュー戦のあと会ったのは?」

「話すことがあったから」

「路上で抱き合っていたのは?」

「……別に抱き合っていたわけじゃないんだけどなぁ」

 

 泣いているレイフォンを慰めていただけだ。

 しかし男の子が人前で泣いて女の子に慰められるなど周囲に知られたら恥ずかしいだろう。レイフォンのことを思うと公言しない方がいい気がした。

 

「ねぇ私、思うんだけどさ」

 

 ミィフィはなにやら深刻そうに口を開いた。

 

「キャロってレイとんのことをどう思っているの?」

「友人だね」

 

 即答する。

 今のところそれ以外にない。

 ミィフィは小さく首を振った。

 まるで頭痛をこらえるかのように。

 

「友人として忠告するけどさ。普通ただの男女の友人が抱き合ったりしないと思うの。しかも衆人環視の場で」

 

 それを言われるとキャロルは弱い。

 確かに常識的に考えて、あきらかに普通の友人の範囲から外れる接触状態だ。

 精神的に数歩後退したキャロルにミィフィは追い打ちをかける。

 

「傍目に見てもキャロはレイとんと仲良すぎ、親しすぎ、あれで普通の友人ですっていわれても誰も信じない。実際この記事が出る前から結構噂になっていたんだよ?」

 

 知らなかった。

 ミィフィが言うには女子生徒の間では二人がつきあっているのではないかという噂が結構以前からあったらしい。

 

「そんな噂があったから、たぶん二人が一緒の時はそれとなく記者が尾行していたりしたのかも」

 

 自分とレイフォンの二人に気がつかれずに尾行するとしたらそれはどれだけ追跡スキルの高い記者なのか。

 きっと一流武芸者レベルだろう。

 

 周囲から見て、自分たちはどうやら恋人同士に見えるらしい。

 確かに親しい。

 クラスも一緒。小隊も一緒。

 何かにつけて相談に乗っているし、一緒に出かけたこともある。

 

 それがただの友人か?

 確かに親しすぎる。

 

 自分としては初めてできた異性の友人を大事にしていただけだが、周囲からはそうは見えない。

 そもそも自分が友人というものをもったことがなかったと知っているのは親しい人間以外にはいない。

 さらに人付き合いの経験が浅く、苦手であることを知っているのは限られている。

 

 なら誤解されても仕方ない。

 誤解されるような行動を自分がしているというのならそういうことになる。

 そして目の前の友人の目から見て、自分は誤解されるような行動をしていたらしい。

 

 ならどうすればいいか?

 レイフォンと距離を置いた方がいいのか。

 距離を置くにしてもどのくらい離せばいい?

 会わないようにするのは、無理だろう。クラスも小隊も一緒なのだから嫌でも顔を合わせる。

 では会話をしない?

 でもいきなり話さなくなるのは不自然ではないだろうか?

 今まで普通に話していたのに。

 

「私は……どうしたらいいのでしょうか?」

 

 思わず途方に暮れて呟いていた。

 それを見たミィフィはどこか納得したような、疲れたような顔をして口を開いた。

 

「とりあえず今まで通りでいいんじゃないかな。記事が出たからって付き合い方を変えたりしたらきっとレイとんが傷つくよ」

「レイフォンが?」

 

 なぜ?

 内心が顔に出ていたのか、ミィフィは露骨に呆れた顔をした。

 

「だってレイとんはきっとキャロのことが好きだよ」

 

 当たり前のように言われた台詞が理解出来ずにキャロルは無表情に沈黙して、子供のように首をかしげてしまった。

 それを見たミィフィはさらに重いため息をついた。

 

 

 

 

 レイフォンが私のことを好き。

 つまり異性として好意を持っている。

 

 そうなのだろうか?

 確かにレイフォンと自分は親しい。

 好意を向けられているのもわかる。

 けれどそれは友人としてだと思っていた。けれど違うという。

 レイフォンの好意は一人の男性としてキャロル・ブラウニングという女性に向けたものなのだと。

 

 そんなことをいきなり言われても困る。

 

 そもそも友人を作りに来た学園都市で、いきなり恋人なんて出来てもどうしたらいいかわからない。

 いや、まだ恋人ではないだろう。

 たぶん。

 

 けれどレイフォンが自分を想っているのなら、それに対してどうすべきかさっぱりわからない。

 受け入れる?

 どうやって?

 拒絶する?

 なんで?

 思考がぐるぐる回り、だんだん気持ち悪くなってくる。

 

 そもそも自分はレイフォンをどう思っているのだろう?

 友人であると以前は即答できた。

 けれど異性として想われていると知った今では、そう答えられない。

 なんて答えていいかわからない。

 

 レイフォンは大切な友人だ。

 それは変わらない。

 

 けれどレイフォンの想いは『友情』ではなく『恋慕』であり『愛情』であるのだろう。

 自分はレイフォンに『友情』より深い感情を持っているだろうか?

 

 嫌いではない。

 むしろ好意を持っている。

 そうでなければここまで世話を焼いたりしなかった。

 

 では自分はレイフォンと恋人になる事を望むだろうか?

 

 誰よりも強く、そして脆い男性。

 側にいて支えなければ崩れてしまいそうな危うさとはかなさ。

 利害など考えずにいつの間にか側にいて支えてきた。

 それが当たり前のように。

 

 利害。

 それを考えると、おそらく利益はある。

 レイフォンはグレンダンで頂点に君臨した武芸者の一人だ。

 彼を故郷に連れ帰れば実力主義の故郷は歓迎するだろう。

 武芸者として生きることを拒否したとしても、その血筋は歓迎される。

 つまりアスラで英雄扱いされた自分と、グレンダン最強との間に生まれた子供はおそらく二人の才能を受け継ぐだろう。

 レイフォンが戦う必要はほとんどない。

 彼の血筋だけでも、十分故郷に貢献できるのだから。

 

 けれど、そんな打算でレイフォンを受け入れたくはない。

 レイフォンもそんなことを考えているはずがない。

 自分と結ばれれば、卒業後はアスラに行ける。そこならば武芸者以外の生き方も容認される。

 まさかあのレイフォンがそんなことを考えて自分に近づこうとしているとは思えない。

 

 そもそも本当にレイフォンはこんな自分に好意を持っているのだろうか?

 

 確かに見た目は良いらしい。

 武芸者としての実力もそこそこだ。

 けれどそんなことでレイフォンが相手に選ぶだろうか?

 

 外見ならフェリ・ロスなど自分より上がいる。

 武芸者としての実力ならグレンダンにならおそらくいるのだろう。いないと考えるのはうぬぼれが過ぎる。

 他にもレイフォンの周囲に女性は割と多い。

 ミィフィ、ナルキ、メイシェン、フェリ、ニーナ。

 それぞれ個性的で魅力的な女性たちだ。

 他にも小隊のエースとして活躍したレイフォンを慕う女生徒は多い。

 

 その中でなぜ私、キャロル・ブラウニングなのだろう。

 なにかの間違いじゃないのか?

 

 いや、仮にレイフォンが本当に私を想っていてくれたとして自分はどうすべきなのだろう?

 

 さっぱりわからない。

 

 どんな顔をしてレイフォンに会えばいいのかもわからなかったから、午後の授業にも出ず。小隊の練習にも顔を出さずにぶらついていた。

 どのくらい歩いたのか。そもそもどこを歩いたのかさえ記憶にない。

 誰かに声をかけられた気もするが、返事もしなかった。

 ただただ思考の深みに身を置き、歩き続けた。

 

 気がつくと身体が冷えていた。

 

「雨?」

 

 見上げるといつの間にか暗くなった空から雨が降りそそいでいた。

 エアフィルター越しの雨。

 濡れて熱を奪われた身体が冷えていく。

 

 私はいったいなにをやっているのだろう?

 

 気がつけば周囲に人気はなく。ただ雨音だけが耳に響く。

 帰ろう。

 とぼとぼと歩き始めると。

 不意に目の前に誰かが立っていた。

 

 たれめがちの目を見開いてこちらを見ている。

 右手の傘を差しだして、雨を遮ってくれた。

 

「まったく、なにやっているんだよ。まるで迷子の子猫のようだぜ」

 

 そう言ってシャーニッドはキャロルの頭を撫でた。

 大きな手のぬくもりと、こちらを見つめる穏やかな瞳にキャロルはなぜか泣きたくなった。

 




 ハーメルンでの初更新。
 前話でにじファン投稿分は終わりです。

 久し振りに書けました。
 最近調子悪かったですからね。

 熱愛報道!
 注目の一年生二人が往来で抱き合っていたら目立つと思うのですがどうでしょうね。

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