キャロルと不器用騎士   作:へびひこ

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第二話 ツェルニの友人

 

 入学式が乱闘騒ぎで中止になり、キャロルは教室に向かった。

 先ほどの少年のことが少し気になる。

 生徒会の役員に連れて行かれたようだったが、だいじょうぶだろうか?

 彼が乱闘をおこしたわけではなく、むしろそれを周囲に被害を出さないうちに鎮圧したのだから処分などということはないと思うのだが。

 

 ふと自分が見ず知らずの他人の心配をしていることに不思議な気分になる。

 はっきりいえば彼が処分を受けようと、仮に退学になろうと関係ないはずだ。

 なのに少し気にかかる。

 

 あの藍色の目が記憶に刻みつけられていた。

 どこか暗く、なにかに迷い屈託しているような目。

 あれはなんだったのだろう。

 

 キャロルはそんなことを気にしながら席に着いた。

 教室の中には武芸科もいれば一般教養科もいる。異なる制服の学生が同じ教室にいる光景はキャロルには不思議に思えた。

 武芸科なら武芸科で一般科は一般科で分けて授業をすれば良いのではないかと思うが、もしかしたらこれはツェルニがむやみに武芸者と一般人との間に壁を作らないという意思表示なのかもしれないと考え直した。

 複数の好奇の視線を感じるが、わずらわしいので無視しているとやがて教室が騒がしくなった。

 

 一人の男子生徒が入ってきたのだ。

 先ほどの一人で武芸科二人を鎮圧した少年だった。ただし今度は武芸科の制服を着ている。

 三人の少女たちに囲まれて、おどおどしている姿に先ほどの凄みはどこにもない。

 

 どうにも彼も武芸と日常で落差の激しい人物のようだ。

 自分が武芸以外の日常のことに割とうといという自覚があるのでキャロルは少し親近感を感じた。

 

 あとで彼と話をしてみようか?

 それはいい考えのような気がした。

 なぜ一般教養科だったのか、それがなぜ武芸科の制服を着ているのか。

 その理由も聞けるかもしれない。

 

 キャロルは困惑していた。

 例の彼に話しかけてみようと昼食時に声をかけたら、なぜか三人娘もやってきて彼共々一緒に喫茶店で昼食を取ることになった。

 

 味がしない。

 

 サンドイッチを口に運びながら味がまったく感じられないことに戦慄する。

 自分はなぜここまで緊張しているのだろう。

 たかがクラスメイトに昼食に誘われただけだ。

 ただそれだけなのだ。

 

 お互い自己紹介しながら和やかな昼食。

 そのはずなのだが、キャロルはまったく食事の味がわからないほど緊張していた。

 気のせいかお腹のあたりが重苦しい。

 

 彼はレイフォン・アルセイフ。

 元々は一般教養科として入学したそうだが、あの騒動で生徒会長から武芸科への転科を命令されてしまったらしい。

 見た目普通、よく見ればそれなりに整った顔。

 けれどいまは女の子に囲まれての食事ということでキャロル以上に緊張し、おろおろしている。

 

 レイフォンを囲む三人娘。

 おとなしいメイシェン・トリンデン。

 すっきりした印象のナルキ・ゲルニ。

 よくしゃべるミィフィ・ロッテン。

 

 なんでもあの騒動でメイシェンがレイフォンに助けられたらしい。

 そのお礼を兼ねての食事会なのだろう。

 なぜ自分も同席しているのかキャロルは首をかしげるがナルキが「あなたも彼らを止めようとしてくれただろう」と一言で理由付けしてしまった。

 レイフォンに一歩遅れてなにもできずに終わったが、ナルキはキャロルが素早く暴れている生徒を押さえるために動いていたことを見ていたそうだ。

 

 なんというか意外に目敏い女性だと思ったら将来は警察官志望なのだそうだ。

 きっと向いているだろうと確信した。

 キャロルと同じ武芸科の一年でこの場ではキャロルと彼女、あと急遽転科となったレイフォンが武芸科生徒と言うことになる。

 

「キャロは物静かなタイプなのね」

 

 ミィフィにまじまじと顔を覗き込まれてキャロルはなんと答えていいか返答に困ったが、見栄を張っても仕方がないと正直に答えた。

 

「いままで友人というものがいなかったので、どうしたらいいのかわからないのです」

「意外だな。キャロは男女問わず人気がありそうなタイプに見えるが」

「そうだよね。可愛いし、なんとなく親しみやすそうな気がするし」

 

 ナルキとメイシェンも意外だという。

 しかし『キャロ』という愛称は確定なのだろうか?

 

「私は故郷では少し特殊な立場にいたので、対等な友人というのがいなかったのです」

「いいところのお嬢様とか?」

「いえ、どちらかといえば『英雄』というのが近いです」

 

 ミィフィの言葉に少し自虐的に笑う。

 

 英雄には違いない。

 たった一人で汚染獣を倒せる。

 たった一人で百人からの敵都市の武芸者を蹴散らせる。

 今から振り返れば自分はあの都市の人間にとっては実に便利な駒だっただろう。

 

「英雄? なにかしたのか?」

「汚染獣を一人で殺したとか他にもいろいろ」

「うっそー!?」

 

 ミィフィたちが目を丸くする。

 レイフォンも驚いたような顔をしている。

 

「そんなわけで故郷の都市では私を尊敬してくれる人は大勢いましたが対等な友人などいませんでした。両親はこのままでは私の成長によくないと学園都市への留学を決めたらしいのですが、正直なにをどうしたらいいのかわかりません」

「つまりキャロはツェルニに友人をつくりに来たのか?」

「そう言われています。友人をつくれ、人間関係を学べ。そう言われて送り出されましたが、正直どうしたら良いのか」

 

 ため息をつく。

 ふとレイフォンの目がどこか同情するような羨むようなどこか屈折した感情を浮かべていた。

 

「それならもうだいじょうぶじゃん」

 

 ミィフィが輝かんばかりの笑顔で手を叩いた。

 

「もう私たち友達でしょ?」

 

 その言葉にかすかに苦笑にしてナルキとメイシェンが肯く。

 

「友達ですか」

 

 三人の顔を見て、少しだけ考える。

 

 これが友達なのだろうか。

 会ったばかりで、互いのことはまだほとんどなにも知らなくて。

 それでも一緒に食事をする。

 

 これが友達。

 いや、これから友達になるのだろうか。

 

 注文した唐揚げを軽く口に放り込む。

 油っぽく安っぽい唐揚げがなぜかおいしく感じられた。

 

「あ、キャロがようやく笑った」

 

 ミィフィがそう笑う。

 

「やはり美人はどんな表情をしても絵になるな、男だったら一発だろう」

 

 ナルキがどこか羨ましそうにつぶやき、メイシェンも同意するようにため息をつく。

 そしてレイフォンは不意打ちで視界に飛び込んできたキャロルのはにかむような笑顔に顔を真っ赤にして下を向いてしまっていた。

 

 気がつけばお腹の不快な重苦しさはさっぱり消えてなくなっていた。

 初めての同世代のお友達。

 キャロルは三人娘の話に自分なりにがんばって答えながら、入学早々友人ができたことを喜んでいた。

 

 そんな四人の女の子に囲まれてレイフォンは遠慮して自分は席を立った方がいいのか、それとも会話に加わるべきかと真剣に悩んでいた。

 

 友達ができた。

 それも女の子と男の子両方だ。

 ミィフィたち三人娘は同じ都市出身の幼なじみらしく息の合ったところを見せるがけして排他的ではなく、自分という異分子を陽気に受け入れてくれた。

 

 レイフォンも次第に会話に加わり、というよりもミィフィやナルキに質問攻めをくらって会話の中心に引きずり込まれ、いろいろと話した。

 

 彼はどうも武芸者として生きるのに積極的ではないように感じた。

 武芸科に転科させられたのも不満そうだった。

 ため息をついて自らの状況に嘆く様子は武芸科二人をあっという間に鎮圧した勇壮さは欠片もなく、ただただ悩み悔やむ一少年という印象だった。

 

 レイフォンは機関掃除のアルバイトをするといっていたが、自分もなにかアルバイトをやった方がいいのだろうか?

 武芸者として武芸科に入学したためかなりの奨学金が出ており、実家からの仕送りもあってお金には困っていない。

 けれどアルバイトをすればそこでも他人と接する機会が増えるだろう。

 キャロルに課せられた使命である『人間関係を学ぶ』ためにはアルバイトというのもいい方法だと思った。

 

 ツェルニでは学生の就労が認められている。

 才能があり気合いの入った学生は自ら起業してしまうほどだ。

 なにかしらお店をもってみるのもおもしろいかもしれない。

 

 どうせ武芸科の授業なんて、故郷でやってきた修行の復習程度でしかないらしい。

 事前に故郷で学園都市に留学経験のある武芸者に聞いてみたが『ちょっとした学生気分を味わえる程度のもの』と言われた。

 

 留学先のレベルに過度の期待はするな。

 しょせん学生が運営する都市だ。

 教師も熟練の大人がいない。すべて生徒たちがおこなっている。

 だからおまえが学園都市に行っても武芸に関しては学べることはほとんどないだろうと。

 むしろキャロルの実力なら講師を任されるかもしれないと留学経験のある彼は言っていた。

 

 キャロルは武芸者として自分はすでに一流に近いと自負している。

 けれど最強などではない。

 

 実際故郷でも状況を限定されれば勝てない強者も多くいた。

 キャロルの強さは莫大な剄と、それを操るセンスだ。

 常人ではありえないほどの剄で肉体を強化し、卓越した速さと威力を武器に戦う。

 

 純粋な戦闘技術ならキャロルを上回る者も故郷には結構いた。

 彼らもキャロルの素質と努力を認め、『じきに追い越していくだろう』と認めてくれたが、それは現時点の純粋な戦闘技術ではまだまだ上達の余地があるということなのだ。

 

 キャロルは自分の力を高めることをごく当然の行動と受け止めている。

 強くなければ、死ぬからだ。

 生き残りたいなら強くならなければならない。

 弱い武芸者など、戦場に出たら死ぬだけなのだから。

 

 レイフォンはどうだろう?

 あの時一瞬で二人を無力化した動きから見てかなりの技量を持つだろう。

 けれどあれが本気とは限らない。

 いやまずありえない。

 おそらく周囲に被害を出さないように精一杯加減したはずだ。

 本気で暴れ回ればあの時の比ではない戦闘力を見せるだろう。

 

「今度機会があれば模擬戦をして欲しいかも……」

 

 キャロルの勘では、なかなかいい戦いができそうな気がする。

 故郷の大人たちにさえレイフォンは引けを取らない気がした。

 

 ツェルニでの住処になるマンションを外から眺めてキャロルは一人満足していた。

 なかなか趣味の良いマンションだ。

 真新しい壁は綺麗で周囲の清掃も行き届いている。

 立地も良いし、広さもなかなかだ。

 それに外観の趣味が良い。聞けばセキュリティーもしっかりしているらしい。

 娘の一人暮らしを心配した両親がかなりの額の仕送りをくれるので結構な高級マンションが借りられた。

 今日からここが私の家だ。

 

 マンションを正面から眺めてこれからの学生生活を想像していると不意にやや険のある声がかかった。

 

「なにを人の家の前でニヤニヤしているのです? 邪魔です」

 

 振り返ると銀髪の少女がいた。

 背丈はキャロルと同じぐらい。

 整った容姿とやや無表情じみた表情のせいで人形じみた美しさが感じられる。

 その雰囲気にキャロルはふと母の面影を感じた。

 

「すみません。今日からここに住むことになる新入生のキャロル・ブラウニングです」

「ああ、新入生ですか。新しい生活でも想像していましたか? 楽しそうで結構なことですね」

 

 無表情でぶっきらぼうだが不思議と嫌な気がしない。

 

「あの、ひょっとして念威繰者の方ですか?」

「……そうですがそれがなんです?」

 

 武芸科の制服。

 けれどもどう見ても武器を振るうには向かない小柄な身体。

 見覚えのある感情の欠落した無表情に、言動。

 やっぱりと納得した。

 

 武芸者の中でも特殊な存在。

 念威繰者。

 剄の代わりに念威という力を用い。情報の伝達などをおこなう戦場の伝令、情報収集役だ。

 戦場の有利不利を決定づける存在とも言われるほど重要な存在でもあり、念威繰者の実力次第で不利な戦局もひっくり返ることをキャロルは経験で知っている。

 

「母が念威繰者なんです。母に印象が似ていたからもしかしてと思いました」

 

 少しだけ銀髪の少女は言葉に迷ったようだった。

 

「では、あなたも念威繰者ですか?」

「いえ私は武芸者です」

「そうは見えませんね」

「よく言われます」

 

 苦笑する。

 実際外見だけでキャロルを実力のある武芸者と認識できる者は皆無といっていい。

 むしろ外見だけなら念威繰者といわれた方が周囲は納得できるという評価だった。

 あまり感情的にならないところも感情の欠落しがちな念威繰者の特徴に合うし、なにより武器を振るうよりも後方にあって情報のやりとりをする方が向いているように見えるそうだ。

 

 念威繰者は莫大な情報を取り扱うため頭が良い。

 そしてあまりに莫大な情報を処理し続けるために感情表現が希薄になりがちだった。

 キャロルの母もその傾向が見られ、周囲に『美人だがまるで人形のようだ』と陰口をたたかれていた。

 

 だからといって念威繰者に感情がないわけではなく。

 普通の人間と同じように怒り泣き喜ぶ。

 ただその表現が少し苦手なだけなのだ。

 母も感情表現が苦手だったが、内面の感情は豊かだった。

 だから目の前の無表情な少女に対してもキャロルは普通に応対した。

 無表情に見えても、心の中では普通に感情があるのだとわかっているから。

 

「あなたは変わった人ですね」

「そうですか?」

 

 そんなキャロルに少し戸惑ったように銀髪の少女はじっとこちらを見つめる。

 

「ここに住むのでしたね。ならこれからはご近所です。私は二年のフェリ・ロスです。ここには兄と二人で住んでいます」

「よろしくお願いします。フェリ先輩」

「こちらこそよろしく。あなたも武芸科のようですね」

 

 自分の制服を見下ろして肯定する。

 

「ええ、そうですね。ところでフェリ先輩から見てツェルニの武芸者はどんな感じですか?」

 

 念威繰者ならば後方から武芸者の動きを見る。

 そのぶん客観的に武芸者の実力を評価できると思って問いかけたが、その質問にフェリ・ロスは少しだけ口元をつり上げた。

 

「最低ですね」

「……最低ですか?」

「実力もない。頼りにもならない。あんな武芸者たちならいなくても同じです」

 

 そこまでひどいのか。

 学園都市のレベルに期待はするなと言われてはいたけれど。

 念威繰者からしてみれば自分たちがどれほど必死になって情報を回しても前線に立つ武芸者が頼りないのでは腹が立つのだろう。

 

 念威繰者が頭脳ならば武芸者は手足だ。

 頭脳がどれだけ優れていても弱い手足では勝てない。

 弱い武芸者は念威繰者から見たら嫌悪どころか憎悪の対象にもなり得るかもしれないとふと思った。

 

「あなたはぜひこの都市のろくでなしどもとはちがうということを期待しています……無理でしょうが」

 

 くるりと長い銀髪をなびかせてフェリ・ロスはマンションの中に入ってしまった。

 どうやら欠片も武芸者に期待する気が無いらしい。

 それほどツェルニの武芸者の質がひどいということなのだろう。

 

「学ぶこと、あるといいなぁ」

 

 武芸科の先行きに不安を感じつつ、キャロルも部屋に入っていった。

 なんとロス家の隣の部屋だった。

 

 仲良くできればいいな。

 銀色の髪の少女を思い浮かべてキャロルはそんなことを考えていた。

 どことなく母の面影を感じる先輩。

 ふと涙がにじんできて、慌てて頭の中の母の姿を追い払う。

 

 初日からホームシックでは先が思いやられる。

 引っ越し業者によってしっかりとコーディネイトされた部屋に入り、ふとこれから先のツェルニでの生活に不安を感じるキャロルだった。

 




フェリ大好きなへびひこです。

男主人公だったらヒロイン確定は間違いないでしょう。
今作ではお友達になれたら嬉しいなと思っています。

キャロルもフェリもお友達少ないですし。
相性も良さそうに思いますし。

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