キャロルと不器用騎士   作:へびひこ

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第二十一話 フェリと

 

「あの時言ったことは気にしないでください。たいして意味のないただの愚痴ですから」

 

 朝登校しようとしたキャロルを待ち構えていたかのようにさえぎってフェリはそう告げた。

 マンションの玄関口で目を白黒させながらキャロルはそんなフェリに目を向ける。

 いつもと変わらない制服姿にどこか不本意そうなへの字口。かなり不機嫌そうだった。少なくともすすんで後悔から謝罪に来たという雰囲気ではない。

 

「なにかあったのですか?」

「しらないのですか?」

 

 聞き返されたが特に心当たりはない。

 フェリはひどく重たいため息を吐くと事情を説明しはじめた。

 

「昨日隊長が私の所に来ました」

 

 話を聞くとニーナはフェリと自分がトラブルでも起こしたのかもしれないと心配してフェリに事情を聞きに行ったらしい。すげなく追い返したらしいが。

 

「うっとうしいことこの上ないので問題を解決してしまうことにしました。あなたも変に気に病んでびくびくしないでください。私は気にしてません」

 

 問題が解決されるまできっとあのやる気のみなぎっている隊長はつきまとうにちがいないのだからとうっとうしそうに首を振る。

 どうやら自分がニーナに軽くもらした言葉で迷惑をかけたらしい。

 

「すみません。隊長に少し愚痴をいってしまって」

「気をつけてください。あれはお節介でうっとうしい人間なのですから」

 

 心底うんざりしたらしい。ニーナはいったいなにを言ったのだろうと恐ろしくなった。

 話はそれだけですとフェリは身を翻して去って行こうとした。慌ててその後を追いかける。

 

「なにか用ですか?」

「ついでですから一緒に学校に行きませんか?」

 

 勇気を出してそう提案する。思わず緊張して背筋が伸びていた。

 そんな後輩の様子になにを物好きなといいたげな目でフェリは一睨みする。が、結局は「かまいません」と鷹揚に承諾した。特に断る理由もなかった。

 

 キャロルはどこか不機嫌そうな彼女の隣を歩き、そして言葉に詰まった。

 

 なにを話していいかわからない。

 

 もともと自分から会話を振るという行為が苦手だ。ミィフィたちとだって大抵彼女たちの会話に乗っかる形でなんとか参加できている。

 メイシェンは引っ込み思案を恥じ、そんな自分と親しく話してくれるキャロルに感謝している節があるがキャロルはメイシェンを笑うことなど出来はしない。自分だって同類に近いのだから。むしろキャロルの方が感謝したい。実際親しい友人はミィフィたち三人娘しかいないのだ。

 

「あの時言ったことは本心です」

 

 唐突にフェリが口を開いた。

 

『私はあなたが羨ましい。できればあなたのようになりたかった』

 

 誰からも心配されて愛されている。

 自分にはそんな人はいない。

 

 なにを言ったらいいのか言葉が浮かばない。そんなに恵まれてばかりではないと言えばいいのだろうか? それで彼女は納得するのだろうか。

 悶々と思考する。こうして考えすぎるから他人と話すのが苦手なのだと本人は気がつかない。

 

「私はあなたが羨ましかった。今でもそう思います。けれどあなたに当たるのはただの八つ当たりだったと反省してもいます。人が自分と違うのは当然のことなのですから」

 

 フェリはキャロルに視線を向けてかすかに頭を下げた。

 

「あなたがあれほど思い悩むとは思いませんでした。正直意外です。あなたはもっと物事に動じない強い人だと思っていました」

 

 だからといって八つ当たりしていいというわけではありませんがと続ける。

 心底自分の醜態を悔いている様だった。眉を寄せて今にも呪詛を吐きそうな目をする。

 

「醜態でした。いくらストレスがたまっていたとはいえ、この私があんな愚劣な……」

 

 よほど自分の行為を見苦しいものととらえているのか、フェリは怒りさえにじませて震えた。

 そこまでの事とは思わないのだが、どうもフェリ的には自尊心の許さない愚行だったらしい。

 

「仕事を辞めた後、じっくり考えましたがやはりあの行為は見苦しかった。あなたには迷惑をかけてしまいました。人に頼まれたとはいえあなたを巻き込んだのは私であるのに」

 

 いいえ、気にしていません。だから気にしないでください。

 そう言うのが適切であるだろうとわかっていた。けれどキャロルはその言葉を口にする事ができなかった。

 胸の内にある重く暗いものがざわめく。それはフェリにあの言葉をかけられてからずっとキャロルの胸にたまっているネガティブな感情だった。

 

「フェリ先輩は私が羨ましいですか?」

「そう言っているでしょう?」

 

 不思議そうにそう問い返される。

 

「便利な戦力、便利な手駒。どこに行ってもそんな扱いをされる。それほど羨むものでしょうか?」

 

 キャロルは自虐的な笑みを浮かべた。そのらしくない暗さにフェリは思わず目を見張る。

 

 そういえばと思わずにはいられない。確かに目の前の後輩は人に恵まれてはいる。けれどその立場はどうか。故郷では英雄扱い、それは裏を返せば都市の都合の良い戦力としてみられたということだろう。汚染獣、戦争、強い武芸者を都市は歓迎する。そして利用するのだ。都市と都市に住む人間を守るために。

 

 そしてツェルニに来てどうだったかわざわざ思い返すまでもない。彼女をツェルニを守る戦力として利用しようとしたのは自分の兄カリアンだ。

 その妹が、事情をすべて知っている自分がなにも知らぬ顔で彼女に言ったのだ。

 

「おまえは恵まれている」と。

 

 戦力に数えられているのはフェリも一緒だが、なにしろ首謀者の妹だ。兄と一緒くたに恨まれても本来文句は言えないとフェリは思う。兄は兄、自分は知らない。そんな顔を出来るほど面の皮は厚くないつもりだ。

 いまさらながら自己嫌悪で死にそうだ。出来れば過去に戻ってあの時の自分を拉致して余計なことを言わせないようにしたい。

 

 暗い空気をまとって顔を伏せたフェリにキャロルも言葉が過ぎたと感じて落ち込んだ。なんで自分はこうダメなのだろう。不快にさせるつもりはなかったのに。

 

「……ごめんなさい、言い過ぎました。忘れてくれれば嬉しいです」

「いえ、そうですね。あなたを便利な手駒にしているのは私の兄ですね。あなたが怒るのも当然です」

 

 胸の内で兄を罵倒しながらフェリはまた頭を下げた。彼女は彼女の目的があって学園都市に来たのだ。表面上従順に従っているが、それはカリアンの目的に共感したわけではないだろう。都市の最高責任者の命令に逆らえるはずもないのだ。内心がどうあろうとも従わざるを得ない。

 そう考えれば彼女も自分と同じように不本意な学園生活を送っているのだ。

 

「あなたも苦労しているのですね」

 

 フェリは重苦しい空気のなかでしみじみと呟いた。同類だと思うと何故か以前よりも彼女が身近に感じられる。同族意識というものかもしれない。

 女二人で朝の通学中から暗い空気を振りまいてお互い申し訳なさそうな顔をしている。幸福というものが人間の周りを飛びまわっているとしたら自分たちの周辺からは一匹残らず逃げ去っているだろう。

 

「やめましょう。朝から気が滅入ってきました……とにかくお互いがんばるとしましょう」

 

 それはフェリの精一杯の励ましと和解のサインだった。それに気がついたキャロルはこの人も不器用そうではあるなと同類を見た様な気持ちで彼女に同意した。

 

「お互いいろいろ大変そうですけど、がんばりましょう」

「ええ、そういえばまだアルバイトは探すつもりですか?」

「フェリ先輩も?」

「今度はもう少しまともなところを探します」

「店長さん。いい人だったんですけどね」

 

 変なセンスとオカマ言葉の人だったが、店長はいい人で店のスタッフも親切だった。あれで制服がもう少しおとなしければずっと働いてもいいと思ったかもしれない。

 

『また助っ人で来てちょうだい。なんならずっと働いてもいいから』

 

 期限が終わるときにそう笑顔で誘ってくれた店長。本当にいい人だと思う。あれで制服さえもう少しまともならとキャロルは残念がった。正直アレは恥ずかしすぎて羞恥心ががりがりと音を立てて削れていくのが聞こえてくるようだった。体力的にはまったく問題ないが精神的疲労がひどいことになる職場なのが本当に残念だ。

 

「今度はアルバイト経験ありになりますから条件が少しよくなるはずです」

「短期ですけど経験者には違いないですね。でもそれって同じような職種じゃないと意味がないのでは?」

 

 またウェイトレスをやるのかと問われてフェリはかすかに頬を引きつらせた。正直ウェイトレスはもういやだ。自分には向かないと痛感している。なぜ仕事で笑顔を振りまかなければならないのだろう。食事をしたければ食べればよい。休憩するのならば多いに休め。ほら自分が笑顔になる必要性はない。

 

「まぁ時間はあります。検討しましょう」

「そうですね。時間はありますし」

 

 なにせ六年間通うのだ。時間などいくらでもあるだろう。フェリも先輩とは言えまだ二年生だ。卒業までいくらでも時間がある。

 気がかりと言えばもうすぐ都市戦が始まるらしいことだろう。対抗試合もそのためにやっているのだから。

 

「都市戦が始まったら忙しくなりますかね?」

「さぁ、私は知りません。都市に出会ったら戦えばいいのではないのですか? 私はそれ以上する気はありません」

 

 さすがにフェリも都市戦には詳しくないらしい。前回の都市戦を経験していないのだから当然かもしれないが。

 そのあたりはカリアンかニーナに聞くべきだろう。カリアンは最高学年で都市の責任者、ニーナは前回の都市戦の経験者だ。きっと詳しいだろう。

 

「あなたは都市戦に不安はないのですか? それともどうでもいいのですか?」

 

 あまりに平然としていたためにフェリにはそれが自信なのかそれとも無関心なのかわかりかねたようだった。

 

「レイフォンと私がいてフェリ先輩が情報をくれるなら負けはしないでしょう。私並みの実力者が向こうにいれば別ですけど。数は互角なのですから破格の個人戦力を持つツェルニが普通に有利です」

 

 都市戦は軽く聞いた限りではフラッグを落とせば勝利らしい。レイフォンと自分なら障害を蹴散らしてまっすぐフラッグを落とすことも出来るだろう。罠や敵の情報はフェリがいれば問題ないはずだとキャロルは考えている。

 

 汚染獣を倒すよりかは数百の学生武芸者の方が気楽だ。

 数の暴力という言葉はあるが、突き抜け過ぎた戦力は頭数を意味のないものにしてしまいかねない。数の暴力とは最低限の質で追いすがっていなければ成り立たないと思う。汚染獣戦で未熟な学生武芸者がどの程度役に立つかと想像すれば汚染獣に傷一ついれられずに蹂躙される様子しか思い浮かばない。キャロルには納得できる話だ。

 ましてや都市戦は二人だけで戦うわけではない。極端な話ツェルニの他の武芸科生徒をすべて防衛につけて敵の侵入を防ぎ、レイフォンとキャロルの二人を突貫させれば勝ててしまうだろう。

 

 そんな話をかいつまんでするとフェリはかすかに笑ったようだった。

 

「レイフォンとあなたは汚染獣並みですか」

「その気になれば大怪獣並みに暴れ回れますよ。たぶん」

 

 きっと二人に突撃されたら大怪獣に強襲されたようなものだろう。迎撃しようにも軽く蹴散らされ、学生武芸者のなかでエースと誇る腕自慢が次々に宙を舞う光景はパニックすらおこしかねない。

 カリアンにはそれを期待されているのだろうが、相手の都市には気の毒なことだろう。大怪獣を二匹放り込まれただけで負けてしまったらきっと納得できないに違いない。

 

 そこまでやって良いのだろうかと不安に思う。

 対抗試合に注文はつけられたが都市戦で手加減してくれとはまだ言われていない。そしてたぶん言われない気がする。

 少なくとも最初の一戦は『勝ってくれ』としか言われないだろう。そこでやりすぎだと判断すれば第二戦からは『もう少し控えめにお願いするよ』と言われるかもしれないが。

 

「あの兄が敵に容赦するなどありえません。勝つために確実な方法を選ぶ人です」

 

 フェリがそう断言する。

 すなわち大怪獣襲来による蹂躙戦がおこなわれる可能性は極めて高い。と実の妹が保証した。

 

「そうなったらいよいよあなたはツェルニの英雄ですね」

「いやなことをいわないでください。これ以上目立つのはイヤです」

 

 キャロルは眉を寄せて抗議した。自分はこのツェルニに人間関係を学ぶために来たのだ。断じて名を売り有名になるためではない。

 もはや手遅れのような気もする。最初からもっと上手く実力と経歴を隠すべきだったのだろう。そう後悔してももうどうしようもない。

 書類に余計なことを書いた都市上層部とそれを目敏く見つけたカリアンとなにも考えずに故郷の戦歴を語ってしまった自分が恨めしい。

 

「なんならすべてレイフォンに押しつけてしまえばいいじゃないですか。あれはあなたより強いのでしょう?」

 

 フェリはそううっすらと笑う。キャロルとしてはそれも悪い気がする。

 でも最近のレイフォンの態度を思うにそれぐらいしてもかまわない気にもなった。

 そういえばレイフォンと遊びに行ったのはあれが最初で最後だ。それからはまったく誘われていない。どういう事だろう?

 

「レイフォンは……最近訓練が楽しそうですね」

「弟子をとって浮かれているのでしょう。師匠気取りでいいご身分ですね」

 

 どこかほの暗いモノを感じさせるキャロルをおもしろがるようにフェリの口調に笑みが含まれる。本当にこの後輩は見ているだけならおもしろい。

 確かに後進の指導はやりがいのある仕事だと聞いたことはあるが、それにかまけて友達をないがしろにするのはどうだろう。もし自分がレイフォンの恋人だったらひっぱたくくらいしても誰も責めない気がする。

 

「フェリ先輩……」

「なんです?」

「なんだか無性にレイフォンを殴りたくなりました」

「……そうですか」

 

 おとなしそうな顔に物騒な笑顔を浮かべる。

 そんな様子に少し引いたフェリをみてキャロルは頭の片隅でふとした疑問がわく。

 

 フェリ先輩と自分ははたして友達なのだろうか?

 

 仲がよいといえば悪くはないと答える。

 付き合いがあるかといえばそれなりに。

 共通の話題もあるといえばある。アルバイトに誘ってくれる程度には親しいのだろう。たぶん。

 

 でもここで「私たちは友達ですよね?」などと聞いたらあの馬鹿を見るような目で一撫でされたあと『なにをくだらないことをいっているんだ』と呆れられそうだ。

 でも実際どう思われているのか非常に気になる。

 

 どうする? どうする? と悩む。

 

「あの馬鹿はがつんとやらないときっとわからないでしょう。がんばることです」

「あ……はい、そうですね」

 

 世間話をしながら並んで歩く二人は普通に友人同士に見えた。

 

 

 

 

 そして小隊内の人間関係のトラブルに悩んでいた小隊長が仲良く登校するフェリとキャロルの姿を目撃して自分の苦悩はなんだったのかと落ち込むことになる。

 

「まぁ、女なんてそんなものだ。あまり深刻にならない方がいいぞ」

「私も女なのだが……」

 

 シャーニッドのアドバイスに憮然とするニーナだった。

 




当初は親友を想定していたのに、どこかつかずはなれずなキャロルとフェリです。

友情を結んだわけではなく。面倒ごとを避けるための関係修復。
打算的です。物語にいやな現実を持ち込んだ気分です。

キャロルには親友がいないのですよね。
こう、女の子が主人公の小説なら同性の親友がいてなにかとバックアップしてくれたり引っかき回したりというのは定番なのではと最近思いましたが。
そういうキャラがいません。強いていえばミィフィか?

フェリは一歩離れたところで無言で見ているイメージです。そばに立っていろいろ世話してくれるには友好値が足りません。序盤の選択肢できっとミスしました。

そしてレイフォンに対する不満が徐々にキャロルのなかでつもっています。

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