キャロルと不器用騎士   作:へびひこ

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第二十二話 我が都市を救うために

 実況を担当する生徒の意外そうな叫びが響く。

 

『おおっと!! これは予想外の展開だ! 今まで第十七小隊の攻略法として鉄板だった方法をあえて無視して第十小隊と第十七小隊のエースたちとの正面決戦!! これは第十小隊の自信の表れか!?』

 

 試合会場にその叫びが響き渡り、観客である生徒たちがどよめく。

 ある意味当然かもしれない。今まで第十七小隊に勝つためには二人のエース。レイフォンとキャロルをいかに戦力として無力化してフラッグもしくはニーナを狙う展開が多かった。極端な場合ほぼ全戦力をニーナに叩きつけてきた試合もある。

 

 それらの戦法で各小隊は第十七小隊から勝ちを拾ってきたのだ。第十七小隊の攻略法としてもはや定番となっていた。試合の見所はその思惑をいかに第十七小隊の隊長であるニーナがいち早く看破し正しく対処することでその思惑を阻むかという隊長としての指揮能力が最大の見所になってきていた。

 

 エースに対してエースで挑むというある意味普通の展開は第十七小隊に対してもちいた試合はそれこそ最初のうちだけだ。すぐに各小隊は『それでは勝てない』と事実上第十七小隊のエースに対して普通に勝つという選択肢は捨ててきたのだ。

 

 久し振りに実現したエース同士の激突に観客がどよめき歓声をあげるのも仕方がない。

 

 

 キャロルの前には豪奢な金髪をした美しい女性が突撃槍を構えて立っている。第十小隊の副隊長ダルシェナ・シェ・マテルナだ。

 その攻撃力、突破力には定評があり彼女の突撃を止められる者などいないと評判の第十小隊のエース。

 おそらくレイフォンの元には第十小隊の隊長自らが挑んでいるのだろう。

 

 承諾した以上は命令は遂行する。それはキャロルにとって当たり前のことだ。

 あとのことはすべて任せろとカリアンも請けおってくれた。

 自分がここで期待されていることは一つだけ、でもそれでも困ることがある。キャロルはこの『命令』をどのように実現したらよいか実はわからなかったのだ。

 

「一騎打ちを望みたい。受けてもらえるな?」

「はい。頼まれましたからね」

 

 そう答えるとダルシェナは少し複雑そうに笑った。

 

「期待している……私たちではなくお前たちがツェルニを守れる実力があるという事を証明して見せろ!」

 

 そう叫び大型の突撃槍を構えて突進する。その勢いと速度、気迫は並の武芸者ならば何人立ちふさがろうと蹴散らすと全身で主張していた。

 

 少しだけキャロルは感心した。

 確かにこの突撃ならば、大抵の相手には負けないだろうと。

 

 そして思った。

 また面倒な事になった気がする……と。

 

 

 

 

「俺はお前達の本当の実力が知りたい。だから頼む。俺に見せてくれ。そして信じさせてくれ。お前達がツェルニを守れる人物だと」

 

 真摯な態度で向き合い。そう頭を下げた先輩の姿が忘れられない。

 

 第十小隊小隊長ディン・ディー。戦闘能力よりもむしろその頭脳をこそ評価されているタイプの武芸者だ。あのカリアンが認める頭脳というのだから並ではないのだろう。

 その戦闘能力も低くはない。むしろツェルニでは上位だろう。でなければ小隊長などつとまらない。

 

 試合の前日にわざわざ会いに来た彼はそう言ってキャロルとレイフォンに頭を下げたのだ。

 本当の実力を知りたい。そして信じたい。ツェルニを守る実力があると。

 その言葉には誠実さとなによりツェルニを想う心で満たされていた。

 

 すぐにキャロルはカリアンに面会して事態を告げた。

 自分たちで決められることではない。なにしろ自分たちに枷をつけたのは生徒会長である彼なのだから。

 

 それを聞いた彼は若干困ったように笑いながらも「潮時か」とため息をつくように言葉を吐き出した。

 

「君たちの実力が疑われ始めている」

 

 そうカリアンは語る。

 

 つまり実力を隠しているのではないかと気づいた者たちが出始めたのだ。主に小隊長や各隊のエース級。ツェルニの実力者たちはレイフォンとキャロルに不審を抱いた。

 

 その実力を疑ったと言うよりも、実力を出し切っていないという事を感じ始めたのだ。

 ある程度の実力があり、冷静に観察していればいずれは出る疑惑だった。

 

 レイフォンもキャロルもその戦闘能力は傑出している。だが演技上手な人間ではない。

 二人が試合においてまるで手が出せないように膠着状態に陥ってもどこか違和感が出てしまう。

 

 強いていえば追い詰められたものの必死さがない。なんとしても勝とうとする執念が薄い。

 

 冷静に観察していれば素人でもわかる。事実カリアンは早い時期から二人に演技の才がないと苦笑したものだ。

 

 そしてついに小隊長たちは集まって話し合うほどになった。あの二人はもしかして実力を出し切っていないのではないか。だとしたらなぜだと。

 

 出てきた結論は簡単だ。やる気がないのかあるいは上から止められているか。おおよそこの二つしかない。

 

 そして武芸科の責任者である武芸長ヴァンゼ・ハルディに尋ねた。というより真実を明かせと詰め寄った。

 

 やる気がないのならば仕方がない。それは個人の問題であとはやる気を出すように説得するぐらいだ。

 だがもし上からの命令で実力が押さえられているとしたらどういう事か。それはあの二人にとって屈辱ではないのか? 実力があるのにそれを振るえない。中途半端な試合しか出来ない。我が身に置き換えれば憤りしかわかない。

 

 さすがの剛胆なヴァンゼも往生した。なにしろ小隊長のほぼ全員が詰め寄ってきているのだ。これでなお事実を隠せばどうなるのか。考えるだけでうんざりする未来しか思い浮かばない。

 

「確かにあの二人には事情があって全力を出させていない」

 

 もはや認めるしかなかった。その上で口止めする。詳しいことはあとで生徒会長から説明があるとさりげなく責任を友人に押しつけた。なによりも実際にあの二人を勧誘し、小隊員にした上でさらに実力に枷をはめた。すべて実行者はカリアンだ。彼はせいぜいそれを追認したにすぎない。罪悪感はまったくわかなかった。

 

 すべての黒幕扱いされたカリアンは事実なだけに怒るようなことはせずにむしろ困った。

 彼としてはもう少しもつと考えていたのだ。だがツェルニの強者たちは敏感に二人の異質さを嗅ぎ分けて見せた。

 

「予想以上にツェルニの武芸者の質が良かったと喜ぶべきか……都市戦までは隠したかったが」

 

 だがばれてしまったならもう隠すのは不利益しか生まない。

 出来れば都市戦前にあの二人に頼り切りになる風潮を生む土台を造りたくなかった。

 

 だがここで隠せばどうなるか。まず自分と武芸長ヴァンゼの二人に不満と不信を持つだろう。そしてそれはその手駒となり唯々諾々と従っているレイフォンとキャロルにも向くことになる。

 

 都市戦で最大戦力たる二人を武芸科の戦力の中核メンバーが信頼しないという状況になりかねない。それでもあの二人ならなんとかするかも知れない。けれどその時点でツェルニの武芸科はばらばらになるだろう。信頼が失われ自信が失われ、自分たちがいなくてもあの二人が戦えばいいとやる気を失う。もはや瓦解状態だ。

 

 それでもし何かの事情で二人が戦えなくなったりいなくなったりしたらどうする?

 キャロルほどの武芸者だ。理由をつけて呼び戻すことは十分ありえる。彼女が六年間ツェルニで過ごせる保証は実はない。途中で呼び戻される可能性の方が高いだろうとカリアンは見ている。

 

『十分に学生生活を楽しんだだろうからもう戻ってこい』

 

 その一言で彼女の学生生活は終わる。向こうの都市から見ればキャロル・ブラウニングにツェルニ卒業という経歴は必要ではないのだ。

 

 おそらく二年か三年程度が限界だろう。故郷の都市も当然のように都市戦、しかも学園都市のようなゲームのような都市戦とは違う本物の『戦争』がある。

 

 キャロルほどの武芸者を外で遊ばせておくのはもったいないと誰もが思うだろう。

 戦争の周期は二年に一度、六年間不在ならば三回もの戦争に参加出来なくなる計算になる。アスラに他に人がいないとも思えないが、遊ばせておく理由もまたないだろう。

 

 学園都市の武芸者の質は全体的に低い。大人やベテランがいないのだから当然だ。彼女ほどの武芸者をそんな成長が望みにくい環境に放り込んだまま放置するとは思えない。少なくともカリアンが都市上層部ならそう考える。

 

 レイフォンも同じだ。故郷を追放されたに等しい扱いだが、なにかの事情で赦免される可能性もある。グレンダンといえども最強の称号に等しい『天剣』を手にできるほどの武芸者は貴重なはずだ。

 

 あるいはキャロルが都市に帰るときに一緒についていくと言いだすかも知れない。

 彼がキャロル・ブラウニングに特別な感情を抱いているのは明白に思える。彼女がいなくなったツェルニに彼を引き止めるものが果たしてあるだろうか?

 

 しかも調べた限りアスラはそれこそレイフォンにとっては理想の場所だろう。

 あそこではレイフォンの過去の罪などおそらく罪にもならない。なにしろ賭け試合自体が合法な都市だ。レイフォンがアスラで必要以上に責められるとは考えにくい。

 しかも実力主義の都市。レイフォンほどの実力者なら歓迎されるだろう。さらにあそこは武芸者であっても戦わないものは戦わなくてもいいという常識外れな法がある。武芸者以外の道を探していたレイフォンにとってまさに望みうる限りの条件を備えた新天地だ。

 

 仮にレイフォンがキャロルの婿としてアスラに行けば、たとえ戦わなくてもその血筋だけで歓迎されるだろう。強い武芸者同士の子はやはり強い武芸者の素質を受け継ぎやすい。彼の種だけでも十分アスラにとっては利益になる。

 

 今回勝利しても次で惨敗しては意味がない。いや次にはまだ二人はいるかも知れない。あるいは勝つかもしれない。しかしその次はいない可能性が高い。

 

 カリアンの計画では今回勝利したならば二人にはツェルニの武芸者の質の向上に尽力してもらうつもりだった。だがその二人が信頼されていないのでは話にならない。

 

「潮時か……上手くやらなければならないな」

 

 彼らの実力を認めさせつつ、それに依存しないでむしろ追いつく勢いで士気を保つ必要がある。実際に追いつけるとはカリアンは思っていない。そう思える武芸科生徒も少ないだろう。

 だが少しでも近づこう。自分を高めようという姿勢をもってくれるだけで十分だ。次やその次の都市戦ではそうして努力した武芸者たちが活躍してくれるだろう。

 

 なのでカリアンは二人に頼んだ。

 

「君たちの実力の片鱗でもいい。見せてやってくれ。そして君たち二人がツェルニの主力なのだと誰の目にもはっきりさせてくれ。あとの面倒ごとはすべて私がなんとかする」

 

 二人はまた面倒になると言いたげな顔をしたが引き受けてくれた。

 なんともお人好しだと思える。それにつけ込んでいる自分は外道のたぐいか。妹に嫌われても仕方がない。

 

「彼らには恩しかない……なにかしら恩返しがしたいものだが、私に出来ることがあるのか?」

 

 なにもありはしないだろう。ツェルニの生徒会長と言ってもただそれだけの男にすぎない。

 アスラと交渉してキャロルが無事卒業するまで手出しさせないようになど出来ない。グレンダンと交渉してレイフォンが無事故郷に帰れるよう道をつくってやることなど不可能だ。

 

「無力だな。私は……」

 

 苦笑さえ浮かばない。自分を嘲笑う気力さえわかない。

 ツェルニを守りたいと願っても自分ではなにも出来ずに他人を利用し、その相手にまともな謝礼すら渡せない。

 

 せめて自分がこのツェルニにいる間はこの手で守ってやるぐらいしか出来ない。しかもそれもあとわずか、今年だけの話だ。カリアンは六年生。今年いっぱいで卒業しツェルニを離れる人間だ。せめて物わかりが良く二人に配慮してくれる後継者でも見つけないことには顔向けさえ出来ない。

 

「私はあまりにも非力すぎる……」

 

 無力を嘆くなら力を、才を磨かなければならないだろう。だがそれもおそらく間に合うまい。あの二人にはたぶんなにもしてやれない。

 その事実がカリアンにはただ悲しかった。

 

 

 

 

 ダルシェナの突撃にキャロルは少し驚いたものの脅威とは思わなかった。

 するりと差しだした手からすり抜ける木の葉のような歩法で彼女の真横をすり抜けざまに一撃入れる。

 

「くっ!!」

 

 ダルシェナが苦悶に顔を歪めた。

 そして自分の左腕を見る。まるで斬り落とされたように感触がない。ただ力なくぶらりと垂れ下がったままぴくりとも動かない。いったいどんな技を食らったのかすらわからなかった。

 

「腕が斬り落とされたかと思ったが……今の一撃はなんだ」

「本来は相手を無力化するための技です。衝撃を通して身体を麻痺させます」

 

 その説明にダルシェナは納得より屈辱を感じた。

 

「なぜ左腕を狙った。その技なら一撃で私を戦闘不能に出来たはずだ!」

 

 キャロルは困った。実力を見せろと言われたがさてどうすればいいのだろう。どこまでやってよいのだろう? 圧倒的実力で瞬殺する? それでいいのだろうか。

 

 キャロルも馬鹿ではない。馬鹿ではないが基本的にキャロルの周囲にいた人間はわざわざ見せつけなくてもキャロルの実力を理解出来る者ばかりだったのだ。いまさら未熟な学生武芸者にもわかるように実力を披露しろと言われても困る。

 技術で圧倒するには未熟すぎる。力でねじ伏せるには弱すぎる。どれだけ圧倒的な勝利を得ても実力の片鱗すら見せられないだろう。

 

 だからまず左腕を奪った。

 我ながら性格が悪いと思う。きっとこの試合のあとでこの人からはとんでもなく嫌われるだろうと思うと憂鬱になる。

 

 武芸者はたとえ獲物が片手武器であっても全身でバランスを取って動く。片腕が突然失われたに等しい状況になれば実力は半減するだろう。片腕の感覚を奪われてなお身体のバランスを崩さず戦えるほどツェルニの武芸者の質が高いとはキャロルは思わない。

 

「あなたは私の実力が知りたいのでしょう? なら一撃でなにもわからないまま終わったら困ると思っただけです」

 

 まるでいつでも倒せるとでも言わんばかりの態度だった。

 わざと傲慢な態度を取ってみた。内心で彼女にひたすら謝罪しながら。

 

 案の定ダルシェナは屈辱と怒りで顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけた。おまえなど敵ではないと言っているようなものだ。それは怒るだろう。キャロルは泣きたくなった。なぜ自分はこんな事を引き受けたのだろう。どう考えても貧乏くじだ。彼女はきっと今後自分を毛嫌いするだろう。

 

「余裕のつもりか?」

「だから言っています。実力が見たいのでしょう? 相手をしてあげますからかかってきてください」

 

 どこまでも傲慢に見下すようにキャロルは言い放った。人形のような美貌の中で瞳がまるで相手を侮蔑するように輝く。今の彼女はおそらく今までの生涯で一番その演技力を輝かせているという確信がある。意外に弱者を踏みにじる悪役に適性があったのだろうか。だとしたら嫌な自分を発見した気分だ。

 

 しかし内心ではひたすらこの先輩に謝っていた。あとで事情を話して謝罪しに行こうと心に決めた。ただこのときにこの女性相手に実力を見せつける方法がひらめいた。もしかしたらこれならいけるかも知れない。思わずうっすらと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 ダルシェナは今度こそ怒りに身体が震えた。

 傲慢といってよい台詞はなんとか許容できた。それだけの実力がある。

 

 だがその後のこちらを見下した瞳、そしてうっすらと浮かべたまるで人形が笑ったような笑みがひどく気に障った。彼女から見たら自分は敵にすらなれない弱者なのだと思い知らされた。そして可愛い顔をしてひどい性格をしているとも胸中で悪態をつく。

 

 だがダルシェナも第十小隊の副隊長を務める小隊のエースだ。今の一瞬の交差でわかってしまった。互いの実力差はそれこそ大人と子供ほど、いやそれ以上かも知れないと。

 少なくとも自分の動きでは彼女をとらえられない。そしてこれまでの試合を見る限り彼女の本領は高速の斬撃だ。あの動きから放たれる斬撃。かわせる自信など持てない。現にいつ技を繰り出したかもわからないレベルで左腕を無力化されている。

 

「ディンの言っていたことは正しかったか……確かに実力は本物だ」

 

 性格は悪いがなと内心つけ足す。

 だが武芸者としては別に珍しい性格ではない。実力主義の武芸者には自分より実力の劣る者に興味を持てない、あるいは軽蔑さえする者もいる。

 

 自分だって人の事はあまり言えない。あきらかに自分より弱い人物が身の程知らずにも挑戦してきたら返り討ちにした上で『この身の程知らずが』と罵声の一つも浴びせるかも知れない。そういう意味ではまるで自分の姿を鏡で見せられるようでますます不快だった。

 

 それにダルシェナは元々この少女が好きではなかった。

 ダルシェナ自身はもう友人とは思っていないと公言しているがそれでも元は仲間だった男がなにかとこの少女の世話を焼いているという噂を聞いたからだ。

 自分たちを裏切った男が気に入り熱心に世話をする少女。ダルシェナとしてはそれだけでこの人形みたいな女が気に入らない。

 

 それでもダルシェナは確かに目の前の少女とレイフォン・アルセイフの実力が高いことを認めていた。その実力を押さえているのではないかという疑惑も持った。

 

 だがそれでも自分たちこそがツェルニを守るのだと思いたかった。それが三人(・・)の誓いだったのだから。

 

「私はしょせんここまでの女だったか……」

 

 もはや勝てないだろうとわかっている。左腕の感覚がない。これでは突撃槍の威力は半減する。片手でも操れるが感覚がないというのが厄介だ。身体に違和感を覚える。いつも通りの動きはもはや出来ないだろう。

 

 おまけに全力の突撃、全力の刺突を容易くかわされたのだ。それ以下の実力でどうにか出来る相手ではない。

 万全の状態でもおそらく手も足も出まい。小隊すべてで囲んでようやく勝負になるかという所か、あるいはあの動きで翻弄されたら小隊ごと全滅しかねない。

 

「よく見ていてください。あなたがこれから身につけるべき技術の一つでしょうから」

「なに?」

 

 なんのことだと問い返す暇などなかった。

 地面が爆発するような音を立て、直後に身体に激痛が走る。一瞬の浮遊感を感じ背中から地面に叩きつけられた。

 

 一瞬。

 本当に一瞬だが見えた。

 

 まるで人形のような少女の踏み込み。

 とても力があるようには見えない小柄な少女の突撃から繰り出される剣撃が。

 

「見えましたか?」

「……ああ、美しかったな」

 

 場違いな言葉かも知れないがダルシェナにはそうとしか表現出来ない。地面に仰向けに転がりながら先ほどの光景を思い起こして陶然とする。

 目の前の少女はどうにも虫が好かない要素が多すぎるがあれは素直に美しいと称えることが出来た。

 

 あれは美しかった。芸術だと言われたらいくらでも値段をつけてしまいそうな一撃だった。

 余計な力などない自然体からの渾身の踏み込み、神速と言っていい速度で接近してその勢いのまま斬り裂く。

 そこには無駄などどこにもない。すべての動作に意味があり、その力はただ一点に収束されて最大の威力を発揮する。その動きは自然であり流れるように無理も無駄もない。

 

 いったいどれほどの修行をすればあの動きが出来るのか、もし許されるなら頭を下げて教えを請いたいほどだ。だがまずこの女に頭を下げるなど自分には不可能だし、彼女も受け入れないだろうが。

 

 まるですべての動作が一つであるかのような突撃の理想型に思える。もしあの動きを自分が出来たならばどれほどの実力を発揮出来るだろう。

 

「私にも出来るだろうか?」

「きっと出来るでしょう。そもそも似たようなことはすでに出来ているではないですか」

「そうか、そうなのか」

 

 その言葉で察した。

 あれは自分の未熟な突撃をより磨き上げた一つの形なのだと。

 

 そして少しだけ目の前の少女の評価を変えた。おそらく未熟な自分にわざわざあの技の完成形の一端を見せてくれたのだ。意外に親切な女なのかも知れない。あるいはお節介なのか。

 

 あの男が世話を焼く理由が少しわかった気がする。きっとあの男もこの女のこういう気遣いにやられたのだろう。あるいは惚れているかも知れないと思うと無性にそれをネタにあの男をからかってやりたくなる。

 

 しかしなんと頂の遠いことか。しかし自分はそれをほんの少しでも登っているのだ。ならば登り続ければいい。努力し続ければいずれ頂点も見えるだろう。

 

「感謝する。私の負けだ」

 

 そろそろまぶたが重い。ダメージが大きすぎて身体が耐えられないのだろう。言葉を交わせるだけの余裕があった事こそ信じられない。いや、そう手加減されたのか。

 

 いつかこの身で実現させてみせる。

 あの美しい突撃を。

 

 そう決意してダルシェナは意識を失った。

 

 

 

 

 それからさほど時間が経つこともなく第十七小隊の勝利が告げられた。

 

 第十小隊の小隊長ディン・ディーがレイフォン・アルセイフに敗れたのだ。二人の小隊員を巧みに指揮し、自身はワイヤー型の錬金鋼を操り前衛をサポートしてレイフォンに挑んだ。

 他の小隊員はニーナとシャーニッドの足止めに徹した。勝利を望んだというよりもただ最強と名高い第十七小隊のエースたちに挑戦したとしか思えないその姿に会場はおおいに盛り上がった。

 

 しばらくは様子を見るように攻撃を受け流していたレイフォンだがキャロルの勝利を知った瞬間に攻勢に出た。

 瞬く間に二人の小隊員が斬られ戦闘不能。ディン・ディーのワイヤーもまるでどう動くか予測出来るかのような正確さで斬り捨てられ、ディン・ディーも一刀のもと斬り捨てられた。

 

 それを一カ所に集まって観戦していた各小隊長はそれぞれに納得の表情を見せた。

 

「これでは勝負になっていない」

 

 そう嘆くように呟くほどだ。

 

 素人目には最強と名高いエースたち相手に善戦したように見えたかもしれないが、レイフォン・アルセイフはあきらかにキャロル・ブラウニングが勝つまで待っていた。いつでも勝てるのに待つ余裕があったのだ。

 

 自身に置き換えれば三対一の防戦一方でなんとか味方の救援を待つので精一杯だっただろうと思える。それほどの攻勢を涼しい顔で受け流し続けたのだ。実力差ははっきりしている。

 

「これではっきりした。あの二人はツェルニ、学生武芸者のレベルじゃない。生徒会長の言うように一都市で最強に名を連ねることの出来る一流だ」

 

 すでに小隊長たちはカリアン・ロスから二人のおおまかな戦歴と評価は聞いている。

 戦争経験者。汚染獣を単身撃破する実力者。故郷で将来を期待された天才。本来ならば学園都市に来る人材ではないだろうと思うが、戦闘ばかりに突出し人生経験が足りていないという評価になるほどと肯く。

 つまりあの二人は戦闘技術を学びに来たのではなく学生生活を送るために来たのだと。詳しいことはさすがに生徒会長も把握していないと言っていたがその話だけでもとてもではないが自分たちの及ぶ相手ではないと思えた。

 

 ダルシェナをまるで敵にもしなかったキャロル・ブラウニング。

 ディン・ディーの指揮する小隊員二人を含む三人を無造作に斬り捨てたレイフォン・アルセイフ。

 

「心強い味方と思いたいが……俺たちの無力さを痛感させられるのがつらいな」

「一層励む必要がありそうだ。ツェルニにはあの二人しかいないなどと言われては生徒会長の言うように笑いものになるだけだろう」

 

 小隊長たちは一層心を引き締めなければならないと決意した。

 若干その視線に嫉妬と羨望が混じるのは仕方がないだろう。あれほどの実力を自分がもっていたならば。そう思わないものはこの中にはいなかった。

 

 あの二人を上手く使いこなせれば、勝てるかも知れない。

 

 小隊長たちは期待の視線を二人に送る。能力も十分、人格もおそらく聞き知った限りでは問題ない。十分敬意を払うに値する武芸者だ。

 幸いニーナ・アントークもずいぶん成長した。あの二人の指揮を任せても問題はないだろう。

 

「勝つぞ」

 

 誰からともなくそんな力強い声が起こる。

 皆笑顔を浮かべて視線を合わせ、より一層の努力を誓い合って歩き始めた。

 

 

 

 

「ようディンいい格好だな。実に似合っている。いい色男ぶりだ」

「ふん、貴様こそいい格好だったそうだな。狙撃手が拳銃両手に白兵戦をやるとは実に無様だ。それもみっともなく逃げ惑いながらな」

 

 病室のベッドで横になっているディン・ディーの元にシャーニッドがノックもなしに個室に踏み込みへらへらと嫌味を飛ばす。するとディンも鼻で笑いながら無様を晒したかつての友を嘲笑う。

 

 あの試合からもう一日が過ぎている。

 ダルシェナもまだこの病院のベッドの上だ。別に重体というわけではない。ただの検査入院だ。明日か明後日には帰宅出来るだろう。強いて言えば遠慮なしに食らったおかげで打撲気味らしい。ディンも同様だ。二人とも痛みが思いのほかひどいので念のため検査してもらっている。都市戦も近い時期に負傷を長引かせるわけにはいかない。どうやら第十七小隊のエースは二人そろって力加減を間違えたようだ。

 

「けっ……銃衝術も知らないのかよ? 達人が使う技だぜ。かっこいいだろう?」

「おまえはただ格好つけたいだけだろう。格好をつけるのと格好いいのは別の話だ。阿呆が」

 

 嫌味を応酬し合いながらも口元には互いに笑みを浮かべている。

 

「で、どうだった?」

「あれは俺たちとは次元が違う。それがよく理解出来た。ああいうのが世界に選ばれた存在というのかもしれない」

「それはおめでとう。身の程を知る男ディン・ディーってか? クソ食らえだな」

 

 シャーニッドはそう顔をしかめた。

 

「あいつらがいくら強くてもしょせん二人だ。二人で都市戦は戦えない。誰かがあいつらと一緒に駆けてやらなくちゃいけない。誰かがあいつらが安心して前へ突っ走れるように後方を守らなくちゃいけない」

 

 真剣な眼差しがぶつかり合う。

 

「ディン。おまえがやらないで誰がやるんだ?」

「ふん、貴様に言われるまでもない。主役は譲ったが戦いを放棄するわけではない」

 

 珍しく真顔で問うシャーニッドにディンは負けじと言い返す。事実そのつもりだ。あの二人を戦力として最大活用するためにはどう動けばいいのか。すでにディンの中にはいくつか案がある。

 

「……俺はもう少しで道を踏み外すところだった。そんなときに希望を見た。しかも同時期に二人だ。まるで過去の俺たちを見ている気分だった」

「そうかい」

 

 なにをやらかそうとしていたのかなどと問わない。シャーニッドはただ肯いて先をうながした。

 

「俺が無理をする必要はないのだと悟った。もしかしたらこの二人は希望になり得るかも知れないと見守り続け、挑むことで試した。結果は期待以上だ」

「そりゃめでたいな」

「ああ、だが同時にこうも思った。あれほどの力が俺にあったならばと」

 

 ディンは少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 

「なあシャーニッド。俺はやはり力が足りなかったのか? おまえに見限られるほどに」

「おまえほど優秀な奴なんざいないさ。俺がおまえの元を離れたのはただの俺のわがままだ」

 

 互いに視線を交わし。その瞳の奥まで見通そうという視線がぶつかり合う。

 わずかにディンの目が細められる。彼は自分の目になにを見たのかと少し不安になるが表情には出さない。むしろ不敵に笑ってみせるのがシャーニッド・エリプトンという男だ。

 

 ディンはその旧友の笑みに釣られるように微笑を浮かべて話題を変えた。

 

「そうか……いつか、そうだな都市戦が終わったら三人で祝杯でもあげるか」

 

 気が早いとシャーニッドは笑わない。むしろ勝つつもりで挑むくらいでちょうどいいと考える。負ければ都市が滅ぶと悲壮な覚悟を固めるぐらいなら勝ってすべてを奪い取ってやると物語の海賊のように勇ましく獲物に食らいつく方が好みだ。

 

「シェーナが承知するかね?」

「あいつも和解のきっかけをつかめずに苛立っていただけだ。今のおまえは隊長の夢を叶えるためにもっともいい位置にいる。シェーナも理解してくれるさ」

「隊長か……」

 

 ディン・ディー。ダルシェナ・シェ・マテルナ。シャーニッド・エリプトンは共に一人の隊長の下に集った同志だった。

 一緒にこのツェルニを守ろうと誓い合った仲間だった。

 

 しかしその隊長がツェルニを卒業していなくなりシャーニッドが理由も告げずに去ることで三人の関係は終わった。

 ダルシェナはシャーニッドを裏切り者と蔑み。ディンも親友であり同志と信じた男の突然の心変わりが理解出来なかった。

 

 だがその男がまるで運命とでもいうように新しくツェルニに現れた若い英雄たちのそばにいる。この男がそばについているのならばあの二人が道を間違うことはないとディンは信じられる。

 

「その時は理由を話してもらえるか?」

 

 その問いがディンから投げかけられることはこの病室に来ると決めたときに覚悟していたが、やはり内心動揺してしまう。なにを言っているのかわからないととぼけることも出来る。だがそれではこの場に来た意味がないとシャーニッドはまだはっきりと形にならない気持ちをこぼす。

 

「さてな……どうなんだろうな。俺も迷っている。腹の中に貯め込んでいても意味はない。いっそぶちまけてしまった方がいい結果になるかも知れないと」

「なら言って欲しい。俺は結局わからなかった。おまえがただ心変わりしたとも思えない。なにか理由があったはずなんだ」

 

 シャーニッドの脳裏に浮かぶのはかつて想いを寄せた女性ではなかった。その事が意外でありごく当然のことかも知れないと受け入れられた。

 

 柔らかな手触りのいい金色の髪をした少女。思わず母にすがる息子のように甘えて頼ってしまいたくなる雰囲気を持つまだ心の幼い少女。アンバランスで頼りになるのか頼りないのか、賢いのか馬鹿なのか今ひとつ判断しかねるところがある。

 

 自分が恋い焦がれた女性とはまるで違う。けれど不思議と目が追っていることに気がつくことがある。あの小柄な身体を思う存分抱きしめたいと想いを募らせる夜もなかったとは言えない。

 

 そもそも彼女にえらそうなことを言った自分がいつまでもびくびくして二の足を踏んでいるのもみっともない。

 

「俺は臆病者だからな。もう少し待ってくれないか」

「……ふん、いつまでもは待たないぞ」

 

 その言葉を最後にシャーニッドは病室から去った。

 互いに別れの挨拶などしない。

 

 この男との間にそんなものは必要ないのだから。

 不思議と気持ちが昔に戻った気がする。三人で駆け抜けて戦ったあの頃に。

 

「過去を恨んでも呪っても仕方がない……確かにその通りだ。俺もそろそろガキじゃない。前を向かなければいけないのかもしれないな」

 

 ぽつりと呟く。

 まったくあの小娘はこうして自分の心に潜り込んでくるのだからタチが悪い。

 将来は悪女になるんじゃないか? 少し心配だ。

 

 どうも最近レイフォンとの仲がいまいちしっくりいかなくなってきたらしい。あの馬鹿が女を放り出して訓練ばかりに明け暮れているせいだと容易に想像がつく。しかも訓練相手もまた別の女だ。あの幼い少女は自分の心を持てあまし理解出来ずに悶々と不満ばかりためているのだろう。

 

「さて、どうしてくれようか」

 

 不敵に笑う。このまま手をこまねいているようならあの幼く、これから大輪の花を鮮やかに咲かせるだろう少女にあの男はふさわしくない。

 

 その時は横から花嫁をかっさらう悪党のように奪い取ってしまえばいい。

 

「しっかりしろよレイフォン。そうでないと可愛いお姫さまが悪い男に食べられちゃうぞ」

 

 露悪的に口元を歪めてシャーニッドは笑った。

 




久し振りの更新です。皆さんお元気ですか?

なんだか文章が長くなる癖がついたようです。一万二千文字。七千文字くらいを目安に書いているつもりなのだけど。

シャーニッドに焦点を当てた以上ディン・ディーのイベントは外せないとねじ込みました。
初期ではこのイベントはなかったことにされるはずだったのですが、シャーニッドを語るのにディン・ディーは必要だろうと。

うちのディンは綺麗なディン。
無理する必要なく勝てる可能性があるなら危険な薬物なんて使わないよね普通。
原作では『自分の力で』ツェルニを救いたいと暴走した気もするのですが、この作品では新たに現れた英雄に主役の座を明け渡す覚悟で勝負を挑みました。

原作と違って最初から圧倒的実力を示しましたし。しかも二人だし。

ディンが剄脈加速薬に手を出すイベントにすると、物語が一気に深刻になりそうなのでなんとかそれに手を出さない理由をひねり出しました。説得力があるかどうかちょっと不安。原作のディンはかなり思い詰めている雰囲気でしたからねぇ。

そして一部に二人の実力と戦歴の一部が開示。もちろんレイフォンの過去の汚点なんて話しません。
カリアンがそんな不利益にしかならないことするわけがない。ゴルネオはなにか言いたげだったかも知れませんが。

今回の話も書き方を少し変えるだけでバッドエンドを連想させるものになりかけたので、慌てて修正。
僕はハッピーエンドが大好きです。

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