対抗試合の終了後、すぐに着替えて出てきたレイフォンと合流して少し歩いた。
対抗試合の余韻でかすかに残る熱気を感じ、ときおり向けられる好奇の視線にレイフォンはくすぐったそうな顔をする。
二人は人影のまばらな公園でゆっくりと向き合った。
「まずは勝利おめでとう。大活躍だったね」
「あれでよかったのか、まだ自信がないんだけどね」
キャロルの賛辞にレイフォンは頭をかいた。
なんでもあのあとニーナ・アントークがかなり不機嫌になりなにか言われる前に逃げてきたらしい。
きっと今頃はレイフォンを探して走り回っているだろう。
日頃の訓練ではレイフォンは普通の学園武芸者レベル。はっきりいえばニーナ・アントークのレベルに合わせていた。
それがいざ試合になったら彼女をはるかに超える実力で小隊員を三人も瞬殺したのだ。言いたいこと聞きたいことが山ほどあるだろう。
「生徒会長の望みは都市戦に勝ってツェルニの存続を守ること。それさえしっかりこなせばレイフォンが武芸以外の生き方を探そうが干渉はしないよ」
だからそのための実力があることを見せつけたのは間違いではなかったとキャロルは考える。
あれだけの実力がある武芸者に『武芸以外の生き方を見つけるなんて言っている暇があったら鍛錬しろ』などといえる武芸者が果たしてこの都市にいるだろうか?
自分よりはるかに格上の相手に『もっと努力しろ』『余計なことをしている暇はない』などといえるだろうか?
そんなことを言えば自分たちこそもっと努力しなければならないと反論されるだけだ。
「そんなに上手くいくかなぁ」
キャロルの考えを聞いてもレイフォンは自信が持てない。
「結果さえ出せば一生徒が将来を模索するのを干渉する気はない。そう生徒会長自身が言っていたからだいじょうぶだと思うけど」
レイフォンが微妙な顔をした。
少しためらったあと口を開く。
「もしかして生徒会長と話したの?」
「家が隣だったから夕食に招待されたよ」
「それだけ?」
心配そうにこちらの瞳を覗き込む。
胸の中の迷いもすべて見透かされるようでキャロルは視線を落とした。
「私のことを知ったらしくて、それで私にも協力して欲しいという話だった」
「……あの陰険眼鏡!」
普段温厚なレイフォンらしからぬ言葉遣いでレイフォンはカリアンを罵った。
「誤解しないで、私はそれに関しては悩んでいないから」
「でも、あいつに利用されるなんて」
どうもレイフォンはカリアンのことがあまり好きではないらしい。
彼が受けた仕打ちを思えば当然かとキャロルは納得した。
「武芸科の生徒ならどのみち都市戦には出なければならない。私にとってはあまり変わりはないからね。多少所属都市のために働くぐらいならたいした手間でもないよ」
もともと一般科として入学したレイフォンとは立場が違うのだと。
それでもレイフォンは少し腹立たしそうな顔をしていた。
自分だけでなく友人までカリアンに利用されるのが気にくわないのだろう。
「私は彼を特別嫌ってはいない。確かにレイフォンに関しては強引なやり方だったけど、一般人である彼が都市を守りたいと思ったら強い武芸者に頼るのは当然のことだからね」
レイフォンはそう言われて初めて気がついたような顔をした。
「生徒会長は一般人なんだよ。どれだけ都市を守りたいと願っても、例えこの都市の支配者として君臨しても実際に自分の手で守ることはできない。どうしても頼りになる武芸者を探してその力を借りるしかない。それがレイフォンであり私だった」
だから仕方がないのだと。
武芸者は一般人を守る者であり、一般人は武芸者を頼る。
それは普通のことだから。
「キャロが納得しているなら……」
レイフォンは必ずしも納得していない表情でキャロルの意思を尊重した。
キャロルは緊張のあまり唾を飲み込んだ。まるで喉が裂けるかのように痛んだ気がした。
身体がこわばって指先の感覚が感じられない。
怖い。
嫌われるのが、拒絶されるのが怖い。
それでも。
言うべきか、言わなければならないだろう。
これを隠してレイフォンのそばで笑っていられるほど自分は器用ではないのだから。
「それと頼まれたことがあるんだ。むしろこっちが向こうの本命かも」
「他にもなにか?」
「私にレイフォンの精神面のケアをして欲しいって」
よく意味がわからなかったのかレイフォンは微妙な表情でキャロルの顔を覗き込んだ。
「どういうこと?」
「私にレイフォンが前向きに戦うように誘導しろということだと思う」
レイフォンの顔色が変わった。
怒り出す直前のような。叫び出す寸前のような顔だった。
けれど一つ息を吐くと、レイフォンは少しだけ落ち着いたように力なく呟いた。
「それで最近キャロは元気がなかったのか」
力なく肯く。
レイフォンが本当は戦いを望まないことを知っていて、戦うように誘導する。
カリアン・ロスはそれをキャロルに望んでいる。
「そんなこといまさら気にする必要もないのに」
驚いて顔を上げるとレイフォンは穏やかに微笑んでいた。
「だって武芸者として戦いながらでも武芸者以外の生き方も探せると言ったのはキャロだよ? いまさら戦うななんて言われても困るよ。もうやっちゃったし」
武芸者としての義務は果たす。都市戦でも勝って見せよう。
けれど自分は武芸者以外の道も探す。今はまだなにもわからないけれどきっと探してみせる。
レイフォンはそう力強く宣言した。
「だからキャロが気にする必要なんてなにもないんだよ」
そう微笑むレイフォンの笑顔に身体中に温かい安堵が広がっていった。
そんなキャロルにレイフォンは今度は少しぎこちなく笑った。
「今度は僕の番だね」
レイフォンは語った。
自分がグレンダンで十二人しかいない天剣授受者であったこと。
それはグレンダンの最高位の武芸者であること。
そして自分はそんな立場を利用して賭け試合で金を稼いでいたこと。
天剣授受者の肩書きを持って出場する賭け試合は通常よりはるかに報酬が良かったと。
そしてそれをグレンダンの孤児たちを救うために使っていたこと。
「僕は孤児だったから、それでも僕は武芸者だったから他の子供たちよりも優遇されていた。だから僕は仲間のためになにかやりたかったんだ」
けれどそれも長くは続かなかった。
非合法の賭け試合に出場していることをとある武芸者に知られ脅迫を受けた。
「彼は僕に御前試合で負けろと言ってきた。負けて自分に天剣を譲れと」
天剣になる方法は女王の開催する御前試合で女王に認められること。そして天剣を倒すこと。
彼はレイフォンに八百長を強要した。
そしてレイフォンはその試合でその武芸者を殺そうとしたと。
彼を殺して口を封じてしまえば、すべて上手くいくと信じて。
「でも殺せなかった。そのあと彼の告発で僕はグレンダンを追われた」
それが自分がここに来た理由だと。
故郷から追放に近い扱いを受けて、天剣も剥奪され、名誉もなにもかも失い。人々の罵声を受けてツェルニに来たのだと。
引き止めてくれたのはほんのわずかだったと自嘲した。
「僕を軽蔑するかな?」
そういったレイフォンはすべてを諦めたようなどこか投げやりな顔をしていた。
嫌われても仕方がない。
そう思っていた。
けれどどこかで彼女ならばこんな自分でも許してくれるのではないかという期待もあった。
だから話してみようと思った。
判決を待つかのようにレイフォンは緊張した。
ぺちりと軽くキャロルはレイフォンの頬を両手で叩いた。
キャロルの手に頬を挟まれてレイフォンは呆然としている。
「あなたは馬鹿ですか?」
「へ?」
「なぜ脅迫されたときに、その姑息な卑怯者のことを女王に訴えなかったのです?」
冷静にこちらを責め立てる口調にレイフォンは狼狽した。
「だって、僕は闇試合で」
「だからといってあなたはグレンダン最高峰の十二人の一人だったのでしょう? 女王の性格は知りませんがそんな重要な立場に立っているレイフォンと脅迫でもしなければ天剣になれもしない卑怯者と女王がどちらを重要視すると思うのです?」
レイフォンは訳がわからないように目を白黒させた。
「天剣授受者という最強の武芸者をわずかでも大事に思うなら女王はそんな事件は全力でもみ消したでしょう。あるいは女王が潔癖な人物だとしてもすべては孤児たちを救いたかったゆえの行動でどのような責めも負うと潔く罪を認めればけして悪い扱いはされなかったでしょう」
「そんなことをしたらお金が」
「レイフォンが罪に問われたら、せめてもの慈悲を願って以後孤児たちへの支援を女王に頼めば良いのです。場合によっては天剣を返上すると言ってもいい。自分は責任を負う。その代わり孤児たちへの支援を願う。よほど薄情な女王でなければ、孤児政策を考え直すでしょう」
そんなことは考えもつかなかった。
レイフォンは呆気にとられたようにキャロルの顔を見つめていた。
「私が言いたいのはそのぐらいかな。まったくあなたはどうしようもない馬鹿なのですか?」
「キャロは、僕を軽蔑しないの?」
おそるおそるレイフォンが問いかけてくる。
その問いになにを馬鹿げたことをとキャロルの目が据わった。
「なにを軽蔑しろと? 言っておきますがうちの都市では賭け試合なんて普通におこなわれていました。さっきの試合でも私はレイフォンの小隊に賭けて大もうけしましたよ。なにか問題がありますか?」
絶句したレイフォンに少しきつすぎかなと反省したキャロルは優しく微笑みかけた。
「人によってはレイフォンの行為を責めるかもしれません。武芸は神聖なものだ。賭け事なんてもってのほかだという風に。でも私はこう教わっています『力は使う者の心次第だ』と、レイフォンは孤児たちを助けたかったのでしょう? 仲間の力になりたかったのでしょう? だったらその心だけはけして恥じてはいけません。その心だけは間違いなく尊くて美しいものだと私が認めます」
相変わらずレイフォンの顔を両手で挟んだままで彼の藍色の瞳を覗き見、一言一言刻みつけるように告げる。
「背を伸ばしなさい。胸を張りなさい。世の中の誰が責めても自分は仲間のために戦ったのだと誇りを持って歩きなさい。例え間違った方法であったとしても自分なりに戦ったのだと前を向き続けなさい」
レイフォンの目が見開かれ、その瞳が揺れた。
涙がゆっくりと流れ落ちた。
「誰かに責められて辛い目に遭ったら私のところに来なさい。慰めるぐらいなら私がしてあげます。私はあなたが仲間のために戦ったのだと認めます。その心が尊いものであるのだとあなたに何度でも言い聞かせてあげます」
レイフォンは言葉も無くただ自分が涙を流していることに呆然とした。
そんな言葉、誰も言ってくれなかった。
自分は卑怯者で、天剣の名を汚した愚か者で、孤児院の仲間たちの期待を踏みにじった裏切り者だったはずだ。
それを目の前の少女は真剣な表情で『仲間のために戦ったあなたは尊いのだ』と言う。
唯一レイフォンをかばってくれた幼なじみの少女の面影が脳裏に思い浮かぶ。
レイフォンに向けられる憎悪や嫌悪に真っ向から立ち向かってくれた。自分が孤児院の仲間のために戦ったのだと理解してくれた。
彼女は幼い頃からずっと一緒の兄妹のようなものだった。
だからわかってくれる、かばってくれるのだと思った。
けれどこのツェルニに来て知り合ったばかりの少女が彼女と同じようなことを言う。
そして自分に胸を張れと。
仲間のために戦った自分に誇りを持てと言ってくれた。
胸が熱かった。
こらえきれないほどに胸が熱く、言葉が出なかった。
ただ涙が止めどもなく流れた。
悔しかった。悲しかった。辛かった。どこかで自分は世の中にいてはいけない人間なんだと自暴自棄にもなりかけた。
目の前の少女はただ武芸から逃げようとしていた自分の価値観をひっくり返した。
武芸をやりながらでも武芸以外の生き方を探せると。
そしてまたレイフォンの胸の奥にこびりついていた暗いものを引っぺがしひっくり返して見せた。
例え間違っていたにしても、あなたは仲間のために戦ったのだと。
それを認めると。
他の誰に責められても何度でも言ってやると。
『その心は尊いのだ』と。
仲間のために、孤児院の仲間のためにと必死になったあの頃の自分。
誰にも認められず。蔑まれた自分を。
間違ってはいても仲間のために戦ったのだと。
その心は尊いのだと。
そう認めてくれた。
うれしい?
そんな言葉では足りない。
天剣に任命されたときの充足感など比べものにならない。
身体も心も剄ではないなにか不思議なエネルギーで満たされたような気分だ。
今なら孤児院の仲間たちに会って自分がなにを考えてあんな事をしたのか、しっかりと話すことさえできそうだ。
かつての自分はそんなことさえできなかった。
孤児院の子供たちの裏切り者を見るような目がつらくて逃げ出した。
例え裏切り者と蔑まれても、失望されても自分は彼らのためになにかしたかった。
彼らのために戦ったのだ。
独善かもしれない。
自分の独りよがりな考えかもしれない。
けして許してはもらえないかもしれない。
それでも今度手紙を書いてみようと思った。
読んでもらえないかもしれない。
破り捨てられてしまうかもしれない。
それでも自分がなにを考えてあんな事をしたのかきちんと伝えたいと初めて思えた。
彼女はすごい。
どんな困難も彼女にかかれば吹き飛ばしてしまうようなエネルギーがある。
それはきっと心の強さなのだろう。
彼女は強い。
きっと自分よりはるかに強いのだ。
小さな身体で胸を張り、こちらをじっと見つめている。
蒼い瞳はまるでどこまでも深く自分を包み込むような慈愛に溢れていた。
ああ、病気で寝込んだとき。
幼なじみのリーリンがこんな目をしていた。
最後までグレンダンで自分の味方だったリーリン。
彼女は外見は似ていないけれど、自分を守りただ一人味方してくれた幼なじみを思わせた。
ただ涙を流す自分を優しく抱きしめて、彼女はささやき続けた。
「胸を張って前を向いて生きなさい。そうすれば次はきっともっと上手くやれるはずです」
ああ、次こそはきっと。
次こそは失敗しない。
大切なものを守ってみせる。
きっと、きっと。
涙を流すレイフォンをキャロルは優しく抱きしめた。
昔母が泣いている自分にしてくれたように。
感情を浮かべるのが苦手な母がこれ以上ない優しい表情と口調で幼いキャロルを抱きしめて、何度も言ってくれた。
『胸を張りなさい。前を向いて生きなさい。私はあなたが尊い心を持つ強い子だと知っています。だから何度でも泣きなさい。そのたびに私はあなたが尊い心を持つ強い子だと言い聞かせてあげます』
涙を流すレイフォンに少しだけ憐憫の情がわく。
彼は、こんな言葉をかけてくれる相手がいなかったのかと。
『レイフォン君の精神面のケアをお願いしたい』
カリアン・ロスの言葉が思い出される。
いいだろう。
引き受けよう。
こんなに頼りなく、心のもろい彼を一人で放っておくことなんていまさらできない。
自分にできる範囲で彼のサポートをしよう。
対人関係などろくにわからない自分がどこまで出来るのか自信が無いが、愚痴を聞いてあげるだけでもきっと違うだろう。
強いくせに、弱くて不器用な少年。
これからもきっと悩み迷い、時に泣くかもしれない。
自分がそばにいてほんの少しでも力になれるなら、それもいい。
だいじょうぶ、きっとできる。
今はそう信じよう。
桜の花びらにも似た薄紅色の念威端子が空を舞った。
「お母さんに甘える息子といった感じですね」
自分より小さな女の子にすがりつくように泣くレイフォンの姿にそう呟く。
フェリは離れた場所から念威端子でレイフォンとキャロルの様子を盗み見ていた。
喫茶店の屋外席で紅茶を飲みながら堂々と覗きをおこなっていた。
まるで褒められることが楽しみといった風情でうきうきと外へ出て行ったレイフォンの様子が気になって念威端子を一つつけておいたが、なんとも妙なものを見てしまった。
「彼女が彼が変わった原因ですか」
当初小隊入りしたレイフォンはまるでやる気がなかった。
最初の模擬戦であきらかに手を抜いてニーナに敗北し、訓練もどこか上の空で受けていた。しまいには訓練をサボってもいた。
最初は彼も自分と同じなのだと思った。
あの兄に無理矢理武芸科に入れられ、本当は武芸などしたくないのに強要されている。
密かに共感していた想いは突然裏切られることになる。
ある日からレイフォンは突然今までのやる気のなさが嘘のように真面目に訓練をこなすようになった。
相変わらず手を抜いていそうだったが、訓練では上手くニーナに合わせて拙いながらも連携らしきものを完成させつつあった。
ああ、この人は兄の言いなりになる程度の人だったのかと内心失望していたが先日のキャロル・ブラウニングを招かれた夕食で驚くべき事を聞いた。
彼を変えたのが彼女だと。
そして彼女も単身汚染獣と戦える優れた武芸者だというのだ。
ただの隣人と特に興味もなかった少女がレイフォンを変え、兄に頭を下げさせた。
しかも彼女は武芸者をやりながらそれ以外の生き方を探すという主張をしてそれを兄に認めさせた。
そんな発想は自分にはなかった。
ただ念威繰者として扱われる自分が嫌で、念威繰者以外の自分になりたかった。
だから一般科に入学した。
それも兄によって武芸課へ転科させられてしまい兄を恨んだが、よく思い出せば兄は武芸以外やってはいけないとは一言も言っていない。
『義務を果たせば一生徒が将来を模索するのに干渉はしない』
あの時兄はあきらかに自分のことを見ていた。
都市戦でツェルニを勝利に導くという義務さえ果たすなら念威繰者以外の道を探すことを邪魔はしない。
そういうことだろう。
あの兄らしいとは思う。
自分の目的に協力してくれるのならそれ以外には関知しない。
レイフォンは彼女にそう説得されてやる気を出したのだろう。
つまりとっとと勝利して、他人に文句を言わせずに自分のやりたいことをやる。
実力を見せつけるというのも一つの方法なのかと盗み聞いていて目から鱗が落ちる思いだった。
今まで実力は隠すべきだとばかり思い込んでいた。
実力を知られれば期待される。余計な責任が生じる。
けれど彼女は逆のことを言う。
実力の差を見せつけろ。
そうすれば好きなことをやっていても誰も文句は言えなくなると。
確かにこの都市で自分に念威能力を教えられる者がどれだけいるだろう?
上級生の念威繰者だって自分は力尽くで押さえつける自信がある。
ツェルニ程度のレベルで学べる念威能力なら故郷ですでに身につけた。
それ以上のことだって片手間で学べるだろう。
実力を隠しているから隊長などが口うるさく訓練しろという。
実力の差を見せつけたらどうなるか? あのやる気ばかりみなぎっている隊長もなにも言えなくなるのではないか?
「一考の価値がありますね」
フェリは少しだけ口元をほころばせた。
どうやらあの新入生とはよく話した方がいいらしい。役に立つ知識をまだ持っているかもしれない。
さいわい同じマンションの住人だ。接触する機会などいくらでもあるだろう。
レイフォンの過去話については特に感じる部分がなかった。
強いていえばキャロル・ブラウニングの言葉に密かに肯いていた。
「本当に馬鹿なのでしょうか、彼は?」
聞けば十二人しかいない最高峰の武芸者であったという。だとしたらもっとやりようがあったはずだ。
そんな立場なら当然権力もあり、味方もいただろう。
衆人環視の元で口封じなどあきらかに馬鹿のやることだ。
「もっともあまり吹聴していい話ではなさそうですね。隊長あたりはうるさそうです」
あの正義感とやる気の塊の隊長はきっとレイフォンを責めるだろう。
もしそうなったらレイフォンはどう動くだろう。
また彼女に泣きつくだろうか?
だとしたら彼女はどう彼に入れ知恵するだろう。
話を聞く限り殴られておとなしくしているような気弱な少女ではない。
殴られたら相手を噛み殺しかねない。そんな過激な面があるように思える。
「……少しおもしろくなりそうですね」
おもしろい人間がいる。
フェリはキャロル・ブラウニングが今後なにをしでかすのか多いに楽しみにしようと思った。
実際なんでレイフォンは天剣という立場をもっと上手く使わなかったのでしょう?
もし天剣であるレイフォンが孤児政策の不備を指摘していたら、あるいはレイフォンが資金を稼ぐ必要もなく状況は改善されたかもしれないと思うのですが。
そうなっていたら物語がはじまらないのですけどね。