ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第8話 追跡

 説明の前半部分は、今まで説明された事のおさらい程度。後半部分は、これからの事についてだった。

 

 

 まず、現在地について。

 

 ここは優理たちの時代でいう【岐阜県北部】に該当するらしい。この時代では【飛騨】という国名で、山を南に下ればすぐに【美濃】という国に入るそうだ。【飛騨】は人口の少ない山岳地帯で、人目に付かずにタイムズゲートを開くには好都合との事。

 

 地理の授業もあまり得意ではなかったが、流石にこれは理解できた。何故なら、飛騨は俺の地元だからだ。

 

 

 次に、年代。

 西暦で1567年との事。

 

 この1567年という数字は、俺が学校で習った年号に近しいものは無かった気がする。それ以上の説明は無かった。

 

 

 次に、俺達の事、これにはちょっと驚いた。

 

 タイムズゲートを利用して転送された先では、何故か年を取らないそうだ。身体的な成長は、トレーニングによる成長はあっても、加齢による成長はしないらしい。これは人間だけでなく、植物や動物を転送した場合でも同じで、ケガや病気をすればもちろん治ったりするが、成長や老化といった種類の事が殆ど起こらないそうだ。

 

 原因は、未解明らしい。

 

 

 次に、今後に行動について。

 

 現地点には既に先行してスタッフが転送されており、半径5kmまでは人家が無い事が確認されている。

 

 ここから少し山間を抜けた目立たない場所に、期間限定で簡易キャンプが設置されているが、それは4日後に解体となる。サポートの子達は簡易キャンプの解体後、すぐに元の時代に戻るらしい。

 

 その間、簡易キャンプにいれば寝る場所の心配はなさそうだ。

 

 しかし、半径5km圏内を一歩でも踏み出した場合、簡易キャンプに戻る事は認められておらず、そこから先は全て自己責任で行動しなければならない。

 

 支給品は、この時代に適した服装と、この時代の単位で500文という通貨、それと携行食5日分が手渡されるとの事だ。まだ数日、優理と過ごせるかもしれないと思って安心した。

 

 

 次に、このヒストリーの終了について。

 

 4日後にスタッフとサポートの女の子は元の時代に転送されていく。その後、ゲートは一度閉じられる。ゲートは閉じるが監視は出来ているそうで、この中の誰かが大きな変革を引き起こせた場合、ゲートを解放してその時点での生存者を元の時代に回収するとの事だ。回収方法は様々だが、あまり気を使わずに強引に回収する可能性が高いと告げられた。

 

 

 逆に、変革を引き起こす者が出なかった場合。

 

 ここの地点の年代にして1618年、1月1日を持って生存者を回収するとの事。50年も与えられているだ。しかも歳を取らないのであれば、時間はたっぷりとあるように感じた。

 

 次に、監視方法と歴史の変革について。

 

 この時代の監視は直接的なリアルタイムではなく、ある程度の変革が発生する事で生じる「時空の歪み」のような物を感知する事で、間接的に行われるとの事。その歪みを感知し、その事象を確認し、選考委員がそれを変革と認めるかどうかの投票が行われる。

 

 ここで認められれば、ゲームチェンジャーだ。

 

 

 最後に、回収される「元いた時代」について。

 

これが、衝撃的だった。俺は、よく考えれば当たり前の事に気付いていなかった。むしろこの説明は、その「当たり前」よりは俺に希望をくれる物だった。

 

 この地点と、元いた時代では、時間の経過が恐ろしく違うそうだ。過去の実例を挙げると、最も誤差が生じたケースで、転送先で120年の経過が、元の時代ではわずか95日間だったそうだ。

 

 今回はリミットが50年。早ければ1ヶ月、遅くても1年くらいで戻れる事になるらしい。

 

 リアルタイムで50年も経ってしまったら。俺が戻る頃には、優理はもう67歳だ。いい人と結婚して、孫までいるかもしれない。今の優理と会えないなんて辛すぎるから、この説明は俺を救ってくれた。

 

 

 質問タイムが設けられたが、俺は特に聞く事がなかった。

 過去に受けた説明と、今回の最終説明で十分だったからだ。

 

 とはいえ15名もいると、いくつかの質問がなされた。他の候補者からの質問の中には「聞かなくてもわかるだろ!」と思う質問も散見された。与えられた情報から、自分で答えを導き出す。

 ちょっと前までの俺に、そんな力は無かったと思う。

 

 伊藤さんや、金田さんの影響を受け、俺も少しは思慮深くなったのかもしれない。

 

 一つだけ、面白い質問があった。

 

それは「この時代で子供を作る事ができるか?」という質問だった。

 

 

 結論、答えは「ノー」だ。

 

 

 転送先で細かい実験が出来ていないので明確な答えは無いそうだが。男女共に、転送された者の精子や卵子については、年を取ったり成長したりしない俺達本人と同じように、それが出来ないのではないか。というのが有力な説になっているとの事。

 

 

 気付けば、一つも質問をしなかったのは5人だけだった。

 

 俺とつーくん。

 金田さん、伊藤さん。

 

 そしてもう一人、あの嫌なやつ。大森さんだ。

 

 

 一度、候補者として転送を経験しているはずの生還者の質問は、この時代で生き抜く上で欲しい情報を取ろうとするものだった。しかし、それは変革を起こすのに必要となる情報の部類に入るそうで、回答は与えられなかった。

 

 一通りの質問が終わると、簡易キャンプへの移動が行われた。

 

 

 まだ日も高くなりきらない午前中。季節は春なのだろうか、過ごしやすい陽気だった。

 

 簡易キャンプでは、15個の候補者用のテントが設置されていた。サポートの子は、急造されたとみられる少し大きめの小屋に泊まるようだ。

 

 

 候補者15名は支給品を受け取ると、一度テントに入り、着替えを行った。

 

 粗末な服だ、コンセプトは「修験者」らしい。

 

 俺にはその「修験者」とやらが何なのか分からなかったが、時代劇に出てくる「山伏」のような雰囲気の見た目になった。

 

 

 候補者は既に、何処へいって誰の家来になろうとか、誰に接触してみようとか、最初の目標についての話に花を咲かせている。

 

 

「金田さんはどーするんですか?」

 

 この戦国マニアの目標は、すごく気になる所だった。

 

「ふふふ、聞いちゃう? 俺に聞いちゃう? まぁ聞きたまえ」

 

 両目をギラつかせた金田さんの話が長くなりそうな気がしたので、ここは聞いておかないと駄目だと思った。なので俺はつーくんを連れて来て、横に座らせてから、金田先生の講義を受ける。

 

 

「いま、この年代のこの場所では、大きな事件がある!」

 

 おれもつーくんも、正直歴史は詳しくない。

 二人ともつばを飲み込むようにして聞き入る。

 

「織田信長が、美濃へ進出して稲葉山城を落としたのがこの年だ」

 

(織田……信長……か)

 

「それが8月だからさ、今が春だとすると数ヶ月後だ、そして場所はここから近い、二日もあれば行ける距離なわけよ」

 

 それが何を意味するのかまでは、今の俺には理解が出来てない。反応したのはつーくんだった。

 

「んじゃ、稲葉山攻略に一役買えれば、織田家に入りこめるかもしれないって話ですね!」

 

 つーくんの反応に、金田さんは満足そうな顔で頷いた。

 

「けっこう急ですね、一役買うって簡単なんですか?」

 俺は間抜けな質問をしたのかもしれない。

 

 俺のその質問に答えてくれたのは、つーくんだった。

 

「よーくん、そりゃ簡単じゃないけどさ、変革を望むならまず、出世して力をつけないといけない」

 

 とても当たり前な事を言われたと思ったけど、すぐにそれは浅はかだったと知る。よーくんの言葉を補足した金田さんの説明に、すごく納得させられたからだ。

 

「そう……出世するには、だ。組織の急拡大でもないと、新参者にチャンスは来ねぇ、となると、絶賛急拡大中で、今後もドデカくなる織田家以外に考えらねぇって事!」

 

 

(なるほど、急拡大か)

 

「それにこの場所、飛騨なら好都合だ、一日二日歩けば美濃に入れる! まずは美濃に入って、稲葉山の城下町へ行く所からだな」

 

 

(美濃へ、稲葉山の城下町へ……か、よし)

 

 

「金田さん、俺達も一緒に行っていいですか?」

 俺よりも早く、つーくんが金田さんに同行を申し入れる。

 

「そりゃ歓迎さ、てか皆そうだと思うぞ?この年代、ココからスタートなら、どう考えても織田家に仕官できるかどうかだ」

 

 そんな話をしているところへ、修験者の服に着替えた伊藤さんがやってきた。全員同じ格好をしているとはいえ、普段スーツ姿の伊藤さんの変貌っぷりに笑が出た。

 

 

「笑うなって! まぁ、俺は人に笑うなとか言えないか」

 

 そういって頭をポリポリとする仕草は、本当に35歳とは思えない可愛さがある。

 

 

「先輩! 先輩はどうするんすか? これから!」

 

 金田さんは美濃に行って稲葉山。

 俺達もそうだが、どうやらほとんどの参加者がそのつもりらしい。

 

 

「俺? 俺はね、とりあえず」

 

 

 簡易キャンプはそれほど広くない。俺達の会話は勿論、他の候補者やサポートの子達に届く距離だ。あちらこちらの会話も、当然ながら俺達に届いている。

 

 この状況で、伊藤さんの行動が宣言されようとしているのだ。ほぼ、全員の耳がダンボのように大きくなっているだろう。

 

 そして、さっきまでガシャガシャと会話や物音がしていた簡易キャンプに静寂が走る。

 

 聞こえてくるのは鳥の声だけだった。

 

 

「ちょ、静まりすぎじゃね?」

 

 伊藤さんが半笑になるが、誰も何も言わない。伊藤さんのこれからの予定を、聞き逃すまいと無言でいる。

 

「まぁ隠す事でもないし、いいけどっ」

 

 もう全員が聞き耳ではなく、顔も体も伊藤さんに向けていた。

 

「もらった食料が5日分じゃさ、ココでのんびりしちゃったら遠くに行けないからね」

 

 そう言って、伊藤さんは携行食の入った袋を肩に担ぐ。

 

「まず、お金を稼ごうと思うんだ、商売はなにより人口が多くないと勝ち目がない!」

 

 そう言って、支給された500文が入った麻袋を、一度ふわっと放り上げて、落ちてきた所をパシッっと掴んだ。

 

「これっぽっちじゃさ、なんもできないし」

 

 掴んだ麻袋を懐に入れると、今度は右手を大きく上げる。

 

「んなわけで、俺、京都いくわ、んじゃね!」

 

 

(京都か……って、え?)

 

 

 俺もだが、全員が理解出来ていなかった。

 

 京都に行く事を、ではない。

 

 最後の「んじゃね!」を、だ。

 

 

 伊藤さんは怪訝な顔をしたが、「まぁいっか♪」と笑顔に戻る。

 

「おのおのがた! 命あらばまた会おうぞ! わーっはっは!」

 言い終わると同時にくるりと背を向け。

 

「なんちゃって! ばいび~♪」

 そのまま後ろ手にヒラヒラと手を振って歩き始めた。

 

 

(え? 行っちゃうの?)

 

 

「先輩!!!」

 

 金田さんが立ちあがって叫んだ。

 

 伊藤さんが立ち止り、顔を此方へ向ける。

 

 

「自分! 織田家に仕官して絶対に出世してみせるっす!」

 

 そう言って、例のあの、右手の親指を立てるポーズを見せた。

 

 あれだけ一緒に過ごしていたのに、少しも伊藤さんに依存していない金田さんが、すごく頼もしく見えた。

 

 

「おう! ま、俺の事は気にせずがんばれ!」

 

 その言葉だけを残すと、スタスタと足早に歩きだす。

 

 

 その直後、悲鳴に近い叫び声が上がった。

 

「まってよ!!!」

 

 優理ではない、るいちゃんだ。

 

「そんなに急いで行くことないじゃん!!!」

 

 既に泣いていた。可愛い両目からは止めどなく涙があふれ、両の拳は固く握られている。

 

 

「あ~、瑠依ちゃん! 生きて戻れたらお土産持っていくから、いい子にしてるんだぞー!」

 

(完全に子ども扱いされてるね……)

 

 

 伊藤さんの行動に衝撃を受けているのあh瑠依ちゃんだけではないだろう。

 皆が、あと3日くらいはここで一緒に過ごせると思っていたはずだ。稲葉山までは2日もあれば到着するようだし。ここで3日過ごしても、食料事情的には十分だったからだ。

 

 でも、京都となれば話は別だろう。5日分の食糧でも心もとない。途中で500文も底をつくかもしれない。

 

 

「最寄じゃなくて京を選択か、流石だな」

 

 大森さんの独り言を掻き消すように、瑠依ちゃんのわんわん泣く声が簡易キャンプに響いていた。

 

 俺はただ、じっと伊藤さんの背中を見送っている。この山の中では、10分もしないうちに伊藤さんの背中は見えなくなってしまった。

 それでも伊藤さんが去った方を見つめていた俺の肩にに、つーくんが軽く手を置いて励ましてくれた。

 

「どんな風に成功を収めるか楽しみだね、俺達も負けてらんないな!」

 

 そう言うと、俺の肩をポンポンと叩き。

 

「まぁ、今日はしっかり打ち合わせしよう」

 

 そう言って簡易キャンプの中央に俺を連れ戻した。

 

 

 

 携行食を一つ取り出し、昼食を済ませる。携行食は元いた時代から搬入したようだ、この時代には絶対にありえないような真空パックのような方式が用いられている。

 

 瑠依ちゃんは、まだひっくひっくと背中を震わせていたが、女の子達に励まされてどうにか泣き止んだようだ。

 

 そんな中、候補者の一人が立ち上がった。

 

「こりゃ余裕こいてらんねーな、行き先変更だ、なぁヨシオ」

 すると、もう一人が頷いて立ち上がる。

 

「んだな、とりあえず稲葉山! とか言ってられねえな」

 そう言って立ち上がると、携行食の入った袋を担ぎあげた。

 

「んじゃ俺達も行きますわ、俺達の目的地も一応言っとくぜ」

 ヨシオと呼ばれた人は、一歩前に出ると、金田さんに向き合った。

 

「あんたらも、俺らも、お互いに上手く仕官できたら、ぶつかるね」

 

(ぶつかる? 何に?)

 

 

 その言葉を聞いて、金田さんの右眉が引き攣った気がする。

 

 ヨシオと呼ばれた人の相方さん、確か村上さんだったと思う、この人も一歩前に出る。そして、二人は肩を組むと、こう告げた。

 

「俺達の行き先は、甲斐だ、武田に仕官しようと思っている」

 

 この二人は、俺と同じ推薦で通過した二人、あの生還者コンビだ。

 

 

 二人は気になる存在だったが、俺の視線はその二人の向こう側に奪われていた。

 

 

 膝を抱えて小さくうずくまり、小刻みに肩を震わせている優理から目が離せなくなっていた。

 

 声も上げず、ただ、ただ、耐えていた。

 

 その姿に、俺の胸は何かに突き刺されたような痛みを覚えた。

 

 

(なんだよ……ホント、バカじゃねーの!?)

 

 

 俺は無意識のうちに叫んでいた。

 

「あああああ! もう! ばっかじゃねーの!」

 

 

 一瞬、自分達に言われたのかと驚いた生還者コンビだったが。その言葉は自分達ではなく、優理に向けられた言葉だという事にすぐに気付いてくれたようだ。

 

 

「ったく、青春ごっこかよ」

 

 そうボヤきながらも、二人は俺と優理の間からどいてくれた。

 

 俺と優理の間に、障害物は何もない。

 

 

 

 

 一瞬、迷った。次に取る行動を、どうするべきか。

 

(考えるな! 感じろ!)

 

 どこかで拾ってきたような台詞で自分を叱咤し、優理の所へ駆け寄った。

 

 

「なにやってんだよ! いくぞ!」

 

 もう、怒鳴り気味だった。言うなり強引に優理の手首を掴んで、立ち上がらせる。

 

 

「イタッ!? 何すんのよ!」

 

 優理にしてみれば、いまある感情の置き場が無いのだろう。俺の手を無理やり振り払うと、食って掛かってきた。

 

「石島さんには関係ないでしょ! 「いくぞ」ってなに!? 何様!?」

 

 投げかけられた「関係ない」とか「何様」って言葉にちょっと傷ついたけど。言いながらボロボロと涙をこぼしている天使に、俺は言葉を失ってしまった。

 

 

 

優理の声は震えていた。

 

「お願い……余計な事……しないでよ……」

 

 そのまま両手で顔を抑えると、また地面に丸くなり、動かなくなってしまった。

 

(困った……)

 

 伊藤さんがいたらきっと、どうにでも助け舟を出してくれるのだろう。でも、もう、いない。

 

 となると、栗原美紀さんに助けてもらいたい。

 

 ところが、栗原美紀さんは何かの箱に腰掛け、腕を組み、俺たちを見つめたまま動かないでいる。事の行方を見守っているようだ。

 

 次の瞬間。

 

 

「どいてっ!」

 

 突然立ち上がった優理に弾き飛ばされると、俺は地べたに尻もちを付いて引っくり返った。視界には、木々に囲まれた狭い空が映る。

 

 

「優理! まてっ!」

 

 栗原美紀さんの声が聞こえる。

 

「ゆうり~!」

 

 阿武唯の声が聞こえる。

 

 

 俺も慌てて優理の飛び出していった方向を探す。

 

 (追って行くのか……)

 

 伊藤さんも、そんなに遠くへは行っていないはずだ。走ったら追いつけるかもしれない。

 

 

「明日香! 唯! 更紗! 必ず5キロ圏内で食い止めろ!」

 

『はい!』

 

「優理の身体能力は十分頭に入ってるな!? いけっ!」

 

『はい!』

 

 三人の女の子が優理の後を追う。

 

 

「瑠依! 緊急回線開けっ! 急げよっ!」

 

 さっきまでわんわん泣いていた瑠依ちゃんも即座に反応した。

 

「あ、はぃっ!」

 

 

「瑞穂! 佳織! 緊急回線が開き次第、先行スタッフに状況を連絡! 連携して優理の確保に全力を上げろ!」

 

『はい!』

 

 瑠依ちゃんと、その他2名の女の子が小屋に駆け込んだ。

 

 

「候補者の皆さん、私からお願いがあります!」

 

 栗原美紀さんは俺達に向きなおる。

 

「5キロ圏内を出た場合、私たちも戻る事を許されません、どうか、あのバカを……優理を止めて下さいお願いします!」

 

 最後のほうは、少しだけ声が震えたいた。

 

「そんな大げさな事か? スタッフさんとやらに応援も頼んでるし、今3人も追って行ったじゃねーか」

 

 興味のなさそうな言葉を投げ返したのは大森さんだった。

 

 

「はい、他の子ならそれでいいんです、ただ……」

 

 栗原美紀さんは一瞬、言葉を詰まらせる。

 

「優理の身体能力はズバ抜けています、あの子達じゃたぶん追いつけない……」

 

 言いながら悔しそうだった。

 

 

「よっしゃ! 任せろ! 俊足の金田って呼ばれてたんだ!」

 

 言うなり金田さんは走り出していた。

 

(行動力あるな~、はえ~)

 

 

「おい、お前が余計な事したんじゃねーのか、お前いけよ」

 

 生還者コンビの言葉でハッっとなった。

 

 

(そうだよ、行かなきゃ)

 

 俺は返事もせずに走り出した。

 

(行けとか言っちゃったの俺だ)

 

 

 金田さんはホントに早い、俊足は嘘じゃない感じだ。見える背中はどんどん小さくなっていく。

 

 

(バカなのかな俺、なにやってんだよ俺!)

 

 

 5キロ圏内、それがどのくらいの距離なのかんなんて、こんな山の中じゃさっぱり分からなかった。

 

 

(たぶん金田さんもわかってねーぞ)

 とはいえ、優理を見捨てるなんて事は絶対に出来ない。

 

 

 どこをどう逃げたのか、俺達の追跡は失敗に終わった。夕刻まで探し続けたが、誰も優理の姿を発見する事が出来なかったのだ。

 

 

 金田さんは伊藤さんに追いついて、この件を伝えたらしい。

 かといって伊藤さんは戻ってくるでもなく、何かをぶつぶつ言いながらそのまま京都へ向かったそうだ。

 

(薄情者め、いい人そうな顔してその程度かよっ)

 

 夜間捜索は危険なので、一旦簡易キャンプに集められた。俺はもっと探したかったが、完全に負傷していた。けもの道を通って探し回っていたら、そのまま沢に落ちた。2メートルくらいの高さから落ちたと思う。

 

 小一時間その場にうずくまって痛みが引くのを待ち、どうにか歩き出した所で、同じく捜索に出ていた栗原美紀さんに拾われた。肩を貸してもらって簡易キャンプまで戻ったのだが、帰りの道中で散々な言われようだった。

 

 どうにか戻ってきた俺は、けが人として早々に自分のテントへ押し込められ、自分の無力さに腹が立って涙を流していた。

 

「優理……」

 

 

 小屋では忙しく、無線のような物でスタッフさんとのやり取りが続いていた。もう、すでに深夜だ。

 

 

 誰もが疲労の色を見せ始めている時。

 

 

 大騒ぎしたのがバカらしいほど、事態はあっさり解決した。

 

 

「シーッ」

 

 突然戻ってきた伊藤さんは、優理を背負っていた。

 

「昨日、寝てないんでしょこの子、わんわん泣いてそのまま寝ちゃったよ」

 

 

 背中の優理を起こさないよう、小声で栗原美紀さんに状況を説明していた。俺もテントから顔を出して、その様子を眺めている。捜索に出た面々も続々と集まって、優理の無事に安堵していた。

 

「皆、優理への文句は明日にしよう、こんな可愛い寝顔見せられちゃ起こす気になれん」

 栗原美紀さんの苦笑交じりの提案に、みんな無言でうなずいていた。

 

 

 優理を小屋に寝かしつけた伊藤さんは、栗原美紀さんと金田さんに事情を説明。その後、金田さんは俺にもちゃんと教えてくれた。

 

 優理が京都への経路に先回りすると踏んだ伊藤さんは、5キロ圏内から出る前に優理に接触するため、優理が通るであろう先回りのルートへ針路を変更したそうだ。

 

 そして途中で優理と接触、5キロ圏内ギリギリの所で優理を止めるのに成功するも、その場で散々に泣かれ、罵られ続けて夜になったそうだ。

 

 どんな会話がされたのか、気にならないと言えば嘘になるが。

 

 

 伊藤さんの背に揺られ眠っていた天使の表情は、とても幸せそうに見えたから、今回はそれが最善の結果だと思う事にした。

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