ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第9話 因果応報

 翌朝、かなり頑張って早起きした。理由は簡単、伊藤さんが出発する前に話を聞きたかったからだ。

 

 昨日、優理が逃走劇を展開している間に、薄情な何人かは伊藤さんを追うように出発してしまった。生還者コンビと、大森さんだ。

 

「おはようございます、石島さん」

 

 簡易キャンプ一帯は深い霧に包まれている。朝靄の中から優しい声をかけてくれたのは、唯ちゃんだった。

 

 

「おはよう」

 

 

 どうも照れくさいというか、自分に好意を寄せてくれていると分かっている子と、普通に話すのは難しい。受け入れる気があるなら別だけど。流石に、優理の友達に手を出せるほどクズじゃない。

 

 

 挨拶がてら、何かいろいろと話かけてくると思っていたけれど。意外にも唯ちゃんはさっさと行ってしまった。

 

 

(ん……諦められたかな?)

 

 

 俺の優理への態度を見ていたら、そうなってもおかしくない。優理という存在が無ければ、どう考えても唯ちゃんだ。俺にはもったいないレベルで普通に可愛い。貧乳は可愛さと差引してお釣りがくるレベルだし問題ない。

 

 

(俺……最低だなほんと)

 

 優理という存在が無ければ、とか、そんな事を考えた自分が情けなくなって、簡易キャンプの中央に設置されているテーブルに両肘をついて項垂れていた。

 

「お、石島ちゃん早いっすね」

 

 金田さんだ。

 

「あ、はい、伊藤さんを逃がさないようにと思って!」

 

 すると返事は金田さんからではなく、真後ろから降ってきた。

 

 

「誰が逃げるって?」

 

 すごく驚いた。

 

 俺の真後ろに伊藤さんが立っていた。

 

 俺達3人は、朝靄のかかる中、テーブルを囲んで携行食を取り出す。朝食を取ろうという事になり、他愛もない会話に花が咲いた。俺は伊藤さんと話がしたかった。優理の事ではなく、今後の事について伊藤さんの考えを少しでも聞いておきたかったのだ。

 

 優理の事は、昨日の一件の影響か、一晩明けたら驚くほどスッキリしてしまった。伊藤さんに背負われていた、あの幸せそうな寝顔が、俺の心に強い意志をくれたようだ。

 

「伊藤さん、やっぱり京都に行くんですか?」

 

 とにかく話題を今後の事にセッティングして、伊藤さんに喋って貰いたかった。

 

 

「行かないかな~。時間も食料もロスったし、とりあえず稲葉山にって感じだね」

 

 

「じゃあ一緒っすね!」

 

 金田さんが嬉しそうな反応を見せる。もちろん俺も嬉しい。

 

「それにしても石島くん、1日でずいぶんいい顔するようになったね」

 

 

 伊藤さんは俺を見て「凛々しくなったな、なんかあったの?」と楽しそうに聞いてきた。

 

 

 あるにはあったが、言いたくなかった。

 

(半分はあなたのせいですよ伊藤さん)

 

 

 そんな俺の心境を察したのか、はたまた本気なのか、金田さんは右手の甲を左頬に当て、妙なオカマ口調で怖い事を言い出した。

 

「石島ちゃん、気を付けた方がいいわよ、伊藤さんコッチかもしれないから」

 

 小声ではあったが、あえて伊藤さんに聞こえるように言った。

 

「え? まじですか?」

 

 ここは一応、冗談って事で受け取っておこうと思った。

 

 

「ほっほーぅ」

 

 伊藤さんは優しい笑顔でテーブルの上に身を乗り出すと、金田さんと、何故か俺も、二人とも腕を掴まれた。

 

「知ったからには、きっちり相手してもらいますよ?」

 

 目を細めて俺達を見た。

 

 

「ええええ?」

「んなっ!?」

 

 

 俺は慌ててのけ反って身構えてしまった。

 

 《ドサッ》

 

 金田さんはのけ反りすぎて、椅子から落ちて派手に引っくり返った。

 

「せせ、せ、先輩! いくら先輩を尊敬しててもそれは無理っす! 勘弁してください!」

 

 引っくり返っている金田さんの所へ、伊藤さんがゆっくりと歩いてく。尻もちを付いた状態のまま、後ずさりする金田さん。

 

 見下ろす状態の伊藤さんは、いつもより妙に優しい口調で言う。

 

「いやぁ、最初は皆、無理って思うんだよ、でも、すぐ慣れるさ、慣れたら良いよ? 最高だよ?」

 

 

(おおおちょっと、朝からなにこれ!?)

 

 

 金田さんは完全に固まってしまった。蛇に睨まれたカエルとはこの事か。

 

 このまま進むと、腐女子の喜びそうな展開か?と思ったが、そんな事にはならかった。腐女子の皆様で期待してしまった人がいたら、俺から謝りたい。

 

 

「ギャハハハ♪ ばーか、俺をからかうとは100年早いわ♪」

 

 

 伊藤さんは楽しそうにテーブルに戻ると俺に向って言った。

 

「金田くんと、とかないない、それなら切腹するね、切腹! ギャハハハ♪」

 

(じょ、冗談か……焦った……)

 

 

 俺も一瞬焦っただけに、迫られていた金田さんは今どんな心境なのだろうか。

 

 

「んんんんもおおおお、先輩、今のはダメっす! やったらダメな冗談っす!」

 

 

 そう言いながらお尻を叩いて砂埃を払うと、またテーブルに戻った。

 

 

「え? 誰が冗談って言った?」

 

 伊藤さんが、急に真顔で答えた。

 

 

「え……?」

 席に着いた直後の金田さんが、再び固まった。

 

 

 

 

――しばし沈黙。

 

 

 

 

「ま、冗談だけどね~! ギャハハハ♪」

 

 

(やっぱり冗談か……ふぅ)

 

 

「やられたっす、二段構えで完全にやられたっす、降参っす、ごめんなさい、勘弁して下さい」

 ややフテくされながら、金田さんから降伏宣言が発せられた。

 

 

「よいぞよいぞ♪」

 

 伊藤さんは本当に楽しそうに、金田さんをお殿様風にペシペシ叩きながらいじめていた。これから命がけで戦国時代に挑むような、そんな人達の風景には見えなかった。

 

 

 朝食を取りながら、思い出したように金田さんのジョークを問い詰めた。

 

「だいだい金田くんさ、なんでそんな話になったのよ」

 

(けっこう根に持つタイプか……な?)

 

「だって先輩、瑠依ちゃんに迫られて断れるとか、男としておかしいっすよ? 自分だったら断るほうが難しいっす」

 

(あ、そうか、あの時の会話は瑠依ちゃんの事か)

 

 転送の前に二人が交わしていた会話の真相が見えてきた。

 

 

「あのね、俺らの時代じゃ女子高生だぞ? 捕まっちゃうぞ、逮捕だタイホ!」

 

 そう言った伊藤さんの目には、そんな理由以上の優しい温もりが感じられた。

 

 

「冗談きついっす、どうせ『俺はこれから死ぬかもしれない人間だから』とか考えちゃってるんっすよね、そんくらいはこの金田健二でもお見通しっす!」

 

 

 言いながら、金田さんは朝食の残った最後の一欠けらを口に入れ、ろくに噛まずに飲み込んだ。

 

「先輩、もうちょっと手加減してくれねーと、男前すぎて勝負になんねーっすよ」

 

 

 いつものニヤけ顔ではなかった。本気でそう思っているのだろう。

 

「しょんべん垂れてくるっす」

 

 そのままトイレに行ってしまった。

 

 

「金田くんてホント面白いよね」

 

 そう言った伊藤さんは何故か、金田さんではなく朝靄のかかる空を見上げていた。

 

 

「なんだか朝から楽しそうですね♪」

 

 声をかけたのは唯ちゃんだった。

 

 俺にではなく、伊藤さんに。

 

 

「ん、おはよう唯ちゃん」

 

 優しく挨拶をする伊藤さんが、右手に持っていた携行食をテーブルに降ろすと、そのまま無言でゆっくり立ち上がる。

 

「いいよ、大丈夫、なんも言わなくていい、大丈夫、ちょっとあっち行こうか」

 

 唯ちゃんは頷いて、伊藤さんに誘導されていく。俺の座っている場所から、唯ちゃんの表情は見えなかったけど、きっと何かあるんだろう。

 

 

「石島くんごめん、ちょっと行ってくるね」

 伊藤さんはそう言い残し、唯ちゃんと一緒に朝靄のかかる森の中へ入ってしまった。

 

 

「ありゃ? 先輩は?」

 

 戻ってきた金田さんは周囲を見回していた。

 

 俺も釣られて見回してみると、起きて来たサポートの子達や、候補者達が朝食の支度に取り掛かっている。仕度と言っても、携行食を広げる程度だが。

 

 俺は金田さんがトイレに行っている間の事を説明した。

 

「やっぱり敵わないですかね」

 苦笑交じりに呟いてみる。

 

「それはちげぇな石島ちゃん」

 金田さんはそこまで言うと、テーブルに着き、少し考えてから口を開いた。

 

「その感じ、多分だけどさ、そうゆう時は【相談】だな」

 

(相談……か)

 

 黙っている俺に、金田さんは続ける。

 

「石島ちゃんはホント、イケメンなのにもったいねーな、女心がわかってないとゆーかさ」

 ニヤニヤしながら俺を観察するようにした。

 

 

(んな事言われてもなぁ……)

 

 

「女は喋る事で安心を得る生き物なんだぜ?話を聞いて貰えるだけでも十分なのさ」

 辺りを見回す金田さんは、誰かがいない事を確認しているように、また小声で。

 

「まぁ先輩の場合、それ以上の安心ってゆうかさ、なんかアドバイスとゆうか、そんなん貰えそうだけどね」

 

 

 同感だ。

 

(ホント、俺も伊藤さんに色々相談してみるかな……)

 

 

「確かにそうですね、伊藤さんは特別な感じがします」

 

(優理の事は相談できそうもないけど)

 

 なんて思いながら、俺も最後の一欠けらを口に放り込んだ。

 

 

「ったく、ホントわかってるか? 大丈夫か?」

 分かっているつもりながら、金田さんの問の意味までは理解できずにいると。

 

「相談相手ってな、一番落ちやすい相手なんだぜ?」

 いつも以上のニヤケ顔で、そんな誰でも知っている事を言う。

 

 

(唯ちゃんに関しては、そのほうが楽かな)

 

 

 不思議な味の一欠けらを、飲み込んでから答える。

 

「それくらい知ってますよ」

 なんだかちょっと子供扱いされた気がしてならなかった。

 

「だめだ、分かってねぇ、石島ちゃん、もっと先まで考えを巡らせようぜ、じゃないとこの先、命がいくつあっても足りねぇよ?」

 ニヤケ顔が消えた。

 

 

「先まで……ですか?」

 ホントに分からなかった。

 

 

「言わすのか、まぁ言わせるよね、そうだよね」

 軽いため息をつく金田さんは、またニヤケ顔に戻ると。

 

「さて、ここで問題です!」

 

(クイズかよっ)

 

 何か企んでいるというか、そんなニヤケ顔でクイズを出題してきた。

 

「優理ちゃんが先輩の事で相談している相手は誰でしょうか!?」

 

 

(優理が相談……?)

 

「んぁ! ちょっと! 金田さん!?」

 

 

 それから1時間ほど経つと、簡易キャンプは残っている候補者と、サポートの子達が集まっていた。特に何をするでもないが、思い思いに過ごしている。

 

 美紀さんと優理と瑠依ちゃんは、まだ小屋から出てきていなかった。

 

 金田さんはあの後「イケメン相手にバラしちゃうなんて、俺は男前だな! あひゃひゃひゃひゃ」なんて言いながら席を立つと、「ま、フェアにいこうやイケメン!」そう言って朝靄の中に消えて行った。

 

(フェアにいこうも何も、あと二日でお別れじゃないか)

 

 

 伊藤さんと金田さんが戻ってきたのは、朝靄が晴れてからだった。

 

「ありがとうございました!」

 

 元気よく伊藤さんにお辞儀をした唯ちゃんは、俺をチラッと見ると優しく微笑んだ。

 

(お?)

 

 微笑んだけど別に声をかけてくるでもなく、そのまま別のサポートの子と合流し、朝食を取り始めた。

 

 

「まったく、隅に置けないねうちの相棒も」

 

「や、やめてよ、おはよう!」

 

「おはよう!」

 

 朝食を済ませたつーくんが隣に来た。戻ってきた金田さんもテーブルに着く。

 

「さて、ちょっと真面目に話しますか、先輩も混ざってもらってもいいすか?」

 

 唯ちゃんを見送った伊藤さんは、小さく頷いてテーブルに着く。

 

 

「む? 断る理由などござりませぬ」

 

 何故か武士語になり始めた伊藤さんも参加してくれた。

 

 俺とつーくん、テーブルを挟んで伊藤さんと金田さん。4人で今後の作戦会議が始まった。

 

 

 今後と言っても、遠い先の事は誰にもわからないので、まずは稲葉山城に近い【井ノ口】という町に行く事に決まった。俺達の時代では【岐阜市】のあたりらしい。

 

「え? 先に言ってくださいよ、だったらもっと簡単に理解できたのに」

 

 稲葉山城というのは、ようするに岐阜城だそうだ。

 

 

「――ここまではいいっすね、で、こっからが大事っす。変革について、受けた説明をどう理解して、俺達はどんな変革を目指すべきかって話っす」

 

 話を続ける金田さんの表情は、2位通過の凛々しい物に変わっていた。

 

 

 3人で色々と思う所を出し合ったが、伊藤さんだけ黙ってそれを聞いている。つーくんは、そんな伊藤さんに少々不満そうではあったが、俺と金田さんは全く気にしていない。参加してくれている以上、最後には思っている事を言ってくれるだろう。タイミングは任せる事にした。

 

 

 信じていい人だ。この人が考えている事や、やる事は意味不明な事が多いが、意味不明なのは、俺の考えが伊藤さんの考えに遠く及んでいないからなのだと思っている。

 

(たまにホントに分からない事もあるけど、爆笑とか、ルービックキューブとか……)

 

 

 それは置いといて、ここまでハッキリと負けを認めるのも、伊藤さんが相手ならば清々しい。追いつけるか分からないが、いつか追いつきたいと思う。

 

 

 3人の会話が行き詰った。

 

 それは【最も単純に最短距離で歴史の変革を狙った場合】について、つーくんが出した仮定に対して結論が出てこないのだ。

 

 その仮定とは【今すぐ尾張へ向かい、後の豊臣秀吉である木下藤吉郎を殺害したら、歴史の大きな変革になるのではないか】という物だ。

 

 現時点での木下藤吉郎は、身分がそれほど高くないらしく、家来も少なく警護もさほど厳重ではないだろう。殺害という手法にはかなり抵抗があるけれど、やるやらないは別にして、可能性だけの話としては十分にありうる。

 

 

 伊藤さんをチラ見してみる。

 

 

 黙ったまま口を開く様子がない。

 

 

 金田さんを見てみる。

 

(あれ? 金田さん答えにたどり着いた?)

 

 

 俺と目が合って、ニヤリと笑ったのだ。

 

 

 でも何も言わない。その意図を俺はすぐに理解した。

 

(さっき言われたんだ、もっと考えろって)

 

 

 つーくんもまだ、考える事を辞めていない様子だ。俺もまだ考えてみよう。

 

 

(変革の条件か……)

 

 

「あっ」

 

 つーくんが声を上げ、伊藤さんと金田さんを交互に見る。

 

「なーんだ、お二人揃ってとっくに気付いてるって感じですね」

 

 

 そんなつーくんに、金田さんがドヤ顔を見せる。

 

「その通りだよ3位通過くん、これくらいは自分で気付かないとね、ですよね1位通過先輩」

 変な呼び名になったつーくんは、別に悔しがるそぶりもなく。

 

「ですよね、流石です、2位通過先輩」

 そう言って、また何かを考え始める。

 

(乗るのね、これ乗るんだ)

 

 

 こちらも変な呼び名になった伊藤さんは。

 「左様、精進いたせ」

 まだ武士語がブームらしく、ウンウンと頷いていた。

 

(なんか危機感沸いてこないな~)

 

 このテーブルには1位~3位の通過者が揃っている。候補者最強の組み合わせだ。

 

(俺、ちょっとレベルが違うのかな……)

 

 この3人の余裕たっぷりな感じに、少しだけ自分に不安を感じてしまった。

 

 

 ま、そうは言っても俺だってそこまでバカじゃない。いや、バカかもしれないけど。それでもつーくんが相棒に選んでくれた男だ。趣味だけじゃない、ちゃんと能力や人となりまで見てくれての選択のはずだ。

 

「んー。先輩はもう、その先の解説までたどり着いてる感じっすね、結論出たって顔してますよ」

 

 金田さんが隣に座る伊藤さんの顔を覗き込む。

 

 

「あ、そう? って、やっと気付いたか、しゃべっていい?」

 

 どうやら、解説を求められるまで待っていたようだ。伊藤さんの解説を聞くのが一番早いのは分かっている。俺の思考回路では、伊藤さんの考えている場所にたどり着くのに何日かかるかわからない。

 

 ついに伊藤さんが口を開こうとしている。

 

 金田さんは俺に「いい?」と、口には出さずに目で聞いてきた。もう、いいも悪いも無い、俺は頷いた。

 

 

「むっ? たわけめ、ようやく気づきおったか、申してもよいのか?」

 

(え? 武士語に言い直した!!)

 

 

「ぶっ! 言い直しましたね?! あひゃひゃひゃ!」

 

「アハハハッ!」

 

 笑いは、このテーブルには収まらなかった。

 

「ブフッ」

 

 所々で、釣られて吹き出す音が聞こえる。クスクスと堪えながら笑う女の子の声もする。

 

 

 それはそうだ。このテーブルでの会議は、この簡易キャンプ中の注目を一身に集めているのだから。

 

「あーもうやめやめ、普通に話しますごめんなさい」

 そんな伊藤さんの言葉に、笑の輪が広がっていった。

 

 

「……で、真面目に話すけどさ……」

 

伊藤さんが話始めると、ピーンと張りつめた静寂が戻る。

 

 

(これ、カリスマってやつかな)

 

 

「先輩、カリスマすぎっす」

 金田さんが小声で呟く。

 

 

(言わなくてよかった……)

 

 

「ゲームチェンジャーに認定されるには、大きな変革が必要だ、ゲームチェンジャーに認定される出来事を仮に【ゲームチェンジ】と呼ぶとしよう」

 

 

 そう切り出すと話を続けた。

 

「その【ゲームチェンジ】は誰が決めるのか、説明にあったでしょ、選考委員が投票で決定するって」

 

 もう、簡易キャンプ全体が聞き入っている。

 

「てことはさ、選考委員が「そんなの面白くない!」とか思っちゃったら、それは【ゲームチェンジ】に該当しないと思うんだよね」

 

(そうか、確かにそうだ)

 

「で、ここまでは分かってたでしょ? 金田くんと須藤くん」

 

(そ、そうか、そうだよね)

 

金田さんとつーくんは、黙って伊藤さんに頷いていた。

 

 

 金田さんとつーくんが望んでいたのは、この続きだ。

 

「歴史上重要な人物をどうにかしたところで【ゲームチェンジ】は発生しない事になる、でもこの議題の怖さはそこじゃないんだよね、本質的にもっと重要な問題がある」

 

 皆が聞き入る中、伊藤さんの視線が小屋の方に移った。

 

 俺も釣られて見てしまう。

 

 

 そこには、優理が入口から出た所で立っていた。

 

 

 視線は、完全に伊藤さんに行っている。俺は伊藤さんのすぐ近くにいるから、俺を見ている可能性もゼロではないはずだけれど、そうではない事がハッキリわかるくらい、伊藤さんを見ていた。

 

 

 

「おはよう、優理、よく寝れたかな?」

 

 

(こ、この「優しさ爆発スマイル」と戦うのはやっぱり無理か?)

 

 

 昨日の事なんて全く気にしていない、そんな笑顔でちょっと遠目から優理に声をかけた。

 

 

 優理の事を心配していたのは伊藤さんだけじゃない。俺も当然心配したし、今このキャンプに残っている人は全員、優理の捜索に少なからず参加した人たちばかりだ。

 

 でも、誰も優理に声をかけなかった。そんな野暮な事するようなバカは、一人もいない。

 

 

「おはよう、伊藤さん……」

 俯きながら答えた優理を見て、伊藤さんがテーブルを離れる。

 

「みんな、ちょっとごめんね」

 別に全員に向けて話してたわけではないが、全員が聞いていたからなのだろう。話を中断するため、この場の全員に謝罪。

 

 伊藤さんはそのまま優理の所まで歩くと、右手を優理の頭の方へ差し出した。

 

 

(ナデナデしちゃうの!? イイコイイコしちゃうの!? それはずるい!)

 

 

 そんな事されたら、もう完全に勝負がついてしまう。

 

 

(終わったか、やっぱり完全敗北なのか……)

 

 

 

その時だった。

 

 

 

〈ピシッ〉

 

 

 

 可愛い衝撃音が小さく響く。

 

 

「イタッ!?」

 

 一瞬、この場の全員が何が起きたのか理解不能だった。

 

 

 当の優理は、額を抑えて目を丸くしている。

 

 

(デコピンしたのかよ!)

 

 

 もちろん、十分に手加減したと思われる。

 

 

「いったぁ~~~~~、何するんですか!? 寝起きですよこっちは、ね・お・き!」

 

 

 自分の額に両手を重ね、痛がる優理。その目は、必要以上に涙を浮かべている。

 

 

「ほら、まずは皆さんに「ゴメンナサイ」しなさい、話はそれからです」

 

 

(まるで先生と生徒だなこりゃ)

 

 

「ふふふっ」

 

 笑ったのは唯ちゃんだ。俺と同じ感想でも持ったのだろうか。

 

「もう、唯ぃ~、笑うなし」

 

 口を尖らせて文句を言う優理。

 

 

 

〈ピシッ〉

 

 

 今度は側頭部にデコピンが飛んだ。

 

「イダッ! いたあぁぁぁぁい、もう! 暴力反対~! やめてください泣きますよ!? いたたたー」

 

 

「ほら、ごめんなさいする!」

 

 

 伊藤先生に叱られて、デコピンが着弾した側頭部をさすりながら、優理が皆の方を向いて改まった。

 

 

「みなさん! 昨日は、本当に申し訳ありませんでした!」

 

 綺麗な角度でピシっとお辞儀をして謝罪した。

 

 

「あらあら、そもそも原因はどちら様でしたっけ~? ねぇ皆さん♪」

 

 小屋から出てくるなり、ずいぶん楽しそうな声を上げたのは美紀さんだ。

 

(え? お、俺か?)

 と思ったけど、残念ながら俺は、蚊帳の外だった。

 

 

 美紀さんはそのまま優理と伊藤さんの所まで行くと「あれ? 伊藤さん頭にゴミ付いてるよ」そう言って伊藤さんに「ちょっとちょっと」と、少し屈むように促した。

 

 

「ん?」

 

 

 伊藤さんは素直に少しだけ屈む。

 

 

 

 次の瞬間。

 

 

 

〈バチッ!〉

 

 

 美紀さんの右手から、強烈なデコピンが炸裂した。

 

 

 

「ぐおいでえぇぇぇ!? 俺なの!? そうなの? イッテーぇぇぇ」

 

 

 いい大人が、美女のデコピンをまともに食らって悶絶している。

 

 

「私の可愛い妹達を泣かせた罰です♪」

 

 言ってる内容と、口調や表情がだいぶかけ離れている。美紀さんは何故だかとても楽しそうだ。

 

「ほらほら、優理も一発いれたれ! 仕返し仕返し♪」

 

 美紀さんが優理をけしかける。

 

 

「やれやれ~!」

 

 

「やっちまえ優理ちゃん♪」

 

 

「避けるなよメガネ~!」

 

 1位通過の化け物に対するデコピンの刑に、簡易キャンプは大盛り上がりになってしまった。

 

 

「ちょっと、なんで伊藤さんが! なんで!?」

 けしかける声援をやめさせようと、あたふたとする瑠依ちゃん。

 

「よぉ~し!」

 腕まくりをする優理。

 

 

「な、おま、手加減しろよ? しろよ? な?」

 そのデコピンを大人しく受けようとする伊藤さん。

 

 

 

〈ピシィィィ〉

 

 

 美紀さんのデコピン程ではなかったが、そこそこいい音がした。しかも、美紀さんのデコピンと同じ個所に命中したようだ。

 

 

「いでぇぇ……んん」

 伊藤さんは両手で額を抑えると、そのまましゃがみこんだ。

 

 

 デコピンを連続で受けた事がある人間にしかわからないだろう。あれは同じ個所で受けると、痛さが何倍にも増するのだ。

 

(うわ、痛そう~)

 

 と思いながらも、気付いたら俺も笑っていた。

 

 簡易キャンプはヤンやヤンやの大騒ぎだ。悶絶する伊藤さんの横では、優理が勝利のポーズで声援に応えている。

 

 

「もぉぉぉぉぉ、伊藤さん大丈夫ですか?」

 瑠依ちゃんが伊藤さんに駆け寄る。

 

「大丈夫! だいじょぶう!」

 伊藤さんは額を抑えながら立ち上がる。

 

 

「あら? 全然大丈夫みたいだね、なら、瑠依、お前も一発! 入・れ・た・れ♪」

 

 またもや美紀さんがけしかける。

 

 

「な……ちょっ!?」

 まだ片手を額に当てている伊藤さんは少し後ずさりする。

 

「え? え?」

 状況を理解出来ていない瑠依ちゃん。

 

 

「泣かされたんだろ~! やっちゃえよ♪」

 

「るい~! ふぁいとぉ♪」

 声援にはサポートの子達の声まで混ざり始める。

 

 

「ん? じゃぁ~仕方ないね!」

 やけくそ気味の瑠依ちゃんも腕まくりをする。

 

「何だかみんな楽しそうだし! わっかんないけどいっくよぉ!」

 

(いいなぁ、俺もあの3人からだったらデコピン大歓迎なんだけどなぁ)

 

「お、おのれぇ、因果応報とはこの事かっ」

 

 伊藤さんは諦めて腰を屈める。

 

「もはやこれまで、好きにいたせっ!」

 武士語で言いながら腰を屈め、瑠依ちゃんがデコピンしやすい高さまで頭を下げてあげているだ。

 

 

(子供扱いしてるだけだとは思うけど、伊藤さん瑠依ちゃんにベタ甘だな……)

 

 

「ふっふっふ……念仏は唱え終わったか? ゆくぞ♪」

 

 どこで覚えたのか、瑠依ちゃんも妙に時代劇風な台詞を口にすると、デコピン発射体制に入った。俺の妹もあれくらい可愛かったら、ベタ甘な兄になってしまうだろうと思う。

 

(まぁ、仕方ないか)

 

 

 

 

<ピッ>

 

 

 

 

 瑠依ちゃんのデコピンは、これ以上ないくらい可愛く不発に終わった。

 

 

 盛り上がったデコピンの刑も一旦終演となり、美紀さんが全員に昨日の件について礼を述べた。もちろん、優理も改めて全員にお礼を述べる。

 

 

 特にかしこまった重苦しい空気ではなく、優しく温かい気持ちで優理の謝罪やお礼を聞けたのは、伊藤さんと美紀さんのお蔭だと思う。

 

 瑠依ちゃんは、不発に終わったデコピンを「もっかい! ねっ!? お願いもっかい~♪」と伊藤さんにおねだりしていた。

 

 状況次第じゃ、とんでもなくエロいお願いだ。

 

(いいなー、俺もあんなモテ大人になりたいなぁ)

 

 瑠依ちゃんは、デコピンなんて事をやったのが人生初だったそうで「次は上手にするからっ!」と目からキラキラビームを発射しながらお願いしていたが。

 

「上手にならんでいい! もうおしまい!」

 

 伊藤さんは全力で拒否していた。

 

 

 2発の強烈なデコピン+不発1発を食らった伊藤さんの額は、しばらく赤くなっていた。

 

 自分でけしかけたくせに、そんな伊藤さんの額を必要以上に心配していた美紀さん。どうも、美紀さんの行動も怪しい。

 

 そういうのはどちらかと言うと、女の子のほうが敏感に感じるんだろうと思う。伊藤さんの額を気にする美紀さんに纏わりつき、絶対に二人だけにしない瑠依ちゃんには感服した。

 

(その調子で優理の監視もお願いしまっす!)

 

 俺は心の中で精一杯、瑠依ちゃんに声援を送っていた。

 

 

 美紀さんと瑠依ちゃんが伊藤さんに纏わりついている間、俺は幸せ真っ盛りだった。

 

 昨日、捜索中に間抜けにも落下して負傷した左足。別に大したことは無い。普通に歩けるし、歩く程度なら特に痛みもない。

 

 けれども、昨日の泣き過ぎのせいか、少し腫れぼったい目の天使が、俺を必要以上に心配してくれて、何度も何度も謝っている。

 

「ごめんね、ほんとにごめんね」

 

 

「大丈夫だってば! そんなに何回も謝らなくていいって♪」

 

 優理はぶるんぶるんと首を横に振る。

 

 

「ひどい事も言っちゃったし……ケガまでさせちゃってさ……」

 

 

 そう言うと、俺の手軽くを握る。

 

「ごめんね、ほんとにごめんね……」

 

 ちょっと涙声で謝罪し、そのまま俯いて何も言わなくなってしまった。俺の手を軽く握ったままで。

 

 優理の手は柔らかく、温かく、なんだか俺まで少し、涙ぐんでしまった。

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