■西暦1567年 飛騨国
山岳地帯 簡易キャンプ
「よくそこまで考えが回るものね」
関心の声を上げたのは美紀さんだった。
「さっすが先輩っす、目の前がスッキリした感じっす」
デコピン伊藤さんは、自身が仮定した【ゲームチェンジ】に伴う危険性について、中断していた解説を再開し、一通り話し終えた所だ。
「うむ、ゆえに各々方、歴史の変革には十二分なる慎重さを持って当たるように、よいな?」
解説中は普通だったくせに、終わると再び武士語に戻った。
この武士語、つーくんは大好きなようで、喜んで乗っかる。
「して殿、殿は、いったいどの時期を変革のポイントと捉えておられるのですか?」
(つーくんって、面白いな)
そんな余裕たっぷりな相棒を、頼もしく思う。
「ぽい!? ぽいんととな!? それは何じゃ剛左衛門!」
(ごうざえもんっっ)
俺は笑が込み上げてきた。
「あひゃひゃひゃ」
金田さんは手を叩いて大爆笑していた。
「え? あ、なんていうんだろう、変革の……好機!?」
「ふむ、それは某にもわからぬ」
(それがしっっ)
「あひゃひゃひゃ」
つーくんとデコピン伊藤さんの武士語寸劇は、何故かとにかく大真面目で、見ているこっちはただただ面白かった。
「クスクス」
唯ちゃんも笑っていた。
「伊藤さん変! アハハッ♪」
優理も笑っていた。
「俺達の知らない方向に歴史が動かないようにしておくのも、ゲームチェンジャーになるには大事な要素って事っすね!」
金田さんがまとめる。
デコピン伊藤さんは、そんな金田さんを見て。
「正直に言うとさ、一応考えてるポイントはあってさ」
そう真面目な感じで切り出す。
「俺はそのタイミン《ピュイピュイピュイピュイピュイ》
(な、なに?)
《ピュイピュイピュイピュイピュイ》
警報にかき消されて聞こえなかったし、多分、伊藤さんも最後まで言っていないと思う。
「優理! 瑠依! 緊急回線準備! 先行スタッフに連絡を取れ!」
『はいっ!』
美紀さんの反応はすごく早い。こうゆう人を「危機管理能力が高い」と言うのかもしれない。
「明日香! 更紗! 時空域測定!」
「はい! やってます!」
二人の子は、美紀さんの指示の前にやるべき事を察知して動いていた。
(かっこいいなぁ)
俺はそんな感じで他人事のように眺めていたが、候補者の中にはこの警報に慌てている人もいる。それでも当然のように、俺の周りの3人は余裕たっぷりだ。
《ピュイピュイピュイピュイピュイ》
「瑞穂! 佳織! 唯! 万一に備えて転送準備急げっ!」
『はい!』
警報は鳴りやまない。
しばらくして、明日香ちゃんが叫んだ。
「時空域干渉レベル2! 肥大しています!」
「レベル2……!? そんな…ゲート肥大? なんで……更紗!」
直後、更紗ちゃんが悲鳴に近い声を上げる。
「少し待ってください! 計測完了まで残り8秒!」
「6!」
「5!」
「4っ」
「3」
「にぃ」
「い……ち?」
カウントダウンする更紗ちゃんの顔が、徐々に青ざめていくのがわかった。
「更紗!」
美紀さんが叫ぶ。
「は、はい! ゲート周辺に別の時空域が発生中です! このままではゲートごと融合します!」
「別の時空域!? なんで……」
美紀さんの顔も青ざめている。
《ピュイピュイピュイピュイピュイ》
「これって、大変なんすかね?」
小声で尋ねた金田さんに、伊藤さんは特に興味が無さそうな感じに返答した。
「だろうねぇ、忙しそうだし」
そこまで言うと、チラッと金田さんのほう見た。
「なんかさ」
そう続けた伊藤さんは、金田さんに向って。
「これって【武田信玄が動いたぞ~!】って感じだよね」
なんて笑いながら、俺には分からない冗談を言ったようだ。金田さんの表情はパッっと明るくなった。
「先輩!? いける口じゃないっすか! まさにそんな感じっすね!」
そこまで言うと、何かを思い出したように。
「てか、なんで今まで黙ってたんすか! かなりいける口っすよね!?」
真面目にびっくりしている様子で、伊藤さんに食いついていた。
《ピュイピュイピュイピュイピュイ》
「美紀ねぇ! だめ! つながらない! もうコッチにいないみたい!」
小屋から飛び出してきた瑠依ちゃんが叫んだ。
「いない? なんで!?」
美紀さんは数秒考えたが、すぐに結論に達したようだ。この速さ、俺もこんな風に高速回転で考えを巡らせたい物だと、妙に感心していた。
《ピュイピュイピュイピュイピュイ》
《パーッ パーッ パーッ パーッ》
甲高い警報に、何か別の音が混じった。
ほぼ同時に明日香ちゃんが叫ぶ。
「さらにゲート肥大! レベル3に到達します! このまま融合したらトンネル化します!」
明日香ちゃんの叫びを聞いた美紀さんは、自らの端末を起動した。
「更紗! 融合までの時間は!?」
端末を操作しながら美紀さんが問いかける。
「約900秒を表示していますが正確には測れません! 測定レベルMAXですが最大誤差150秒程かと思います!」
更紗ちゃんの返答も迅速で、このやり取りは聞いてて気持ちがいい。
《ピュイピュイピュイピュイピュイ》
《パーッ パーッ パーッ パーッ》
「どうにか10分以上、ありそうだな」
美紀さんは苦しそうな表情を見せると、端末を忙しそうに操作し始めた。
《パルパルパルパルパルパルパルパル》
美紀さんの端末が今まで聞いたことの無い音を発した。
「こいっ……頼む……こいっ!」
美紀さんは端末に向って祈るように声をかけている。
《ピュイピュイピュイピュイピュイ》
《パーッ パーッ パーッ パーッ》
「こりゃただ事じゃねーっすね」
この緊迫感に、流石の金田さんも表情を硬くした。
「にしてもコレ煩いね、もうわかったっての」
ひたすら鳴りやまない警報に、伊藤さんがケチをつけてみる。
<ピー ピピピピピピ>
「きたっ!」
美紀さんの端末からあの施設のドアが開くときのような音がすると、美紀さんが歓喜の混ざった声を上げた。
『――ガーガー……ピピッ「リンク完了、こちら最高管制室、現状報告は不要! ケースレッド発令中! 繰り返す! ケースレッド発令中!」』
「うそでしょっ!??」
端末から発された声に、美紀さんの顔から血の気が引いていくのが伝わってきた。
「瑠依! 明日香! 更紗! 優理!」
『はい!』
俺達にはよく分からない、この緊迫した状況に、瑠依ちゃんは少し泣きそうな顔で応答していた。
(優理は……)
小屋から飛び出してきた優理は、その表情に緊張の色を見せてはいたものの、なにか使命感のような物に取りつかれている感じがした。
「私の端末以外は全て転送準備を開始! 急げよっ!」
『はい!』
『……「サポートリーダー、応答願います!」』
美紀さんの端末から声がする。
「はい! サポートリーダー栗原です!」
美紀さんは端末に話しかけている。
「あれって、元の時代と話してるんっすかね?」
ちょっと緊張の面持ちの金田さんが、見れば分かりそうな事を言う。
(らしくないな、そうに決まってるじゃん)
そう思ったけど、伊藤さんと金田さんの会話は、俺の脳内とは少し次元が違う。
「だと思うよ、リンクしたとかなんとか言ってたし、コッチとアッチの時間経過の差が今は無いんじゃないかな」
(そうか、時間の経過に差があったら、会話なんて出来るはずがないんだ)
つーくんも二人の会話に混ざる。
「問題は全員を転送できるかどうかって話ですよね」
(え?)
伊藤さんは黙って頷く。
《ピュイピュイピュイピュイピュイ》
《パーッ パーッ パーッ パーッ》
「――――そんな事……出来ません!」
こっちの会話に気を取られていて、美紀さんと端末の会話をちゃんと聞いていなかった。
『・・・「美紀、つらいのは分かる! でもやらないと駄目だ!」・・・』
「兄様、でも……」
いつの間にか、美紀さんはお兄さんと話をしていたようだ。
『・・・「かわれ……美紀! 迷うな! サポート8名と候補者8名を帰還させろ、それでいい!」・・・』
端末の中の声が別の男性の物に変わった。
「お父様……出来ません、そんな……」
『・・・「甘えるな! その地点をトンネルで繋ぐわ」ピッピー・・・・ガーガー・・・』
言葉が途中で切れた。美紀さんが慌てて端末を再操作する。
『・・・ピッピー・・・ガガ・・・「リンク完了、回線不安定です、サポートリーダーへ通告します! ケースレッド発令中、時空域切除まで残り800秒!」・・・』
再度接続されたと思われる先から、なんだか緊迫した状況が伝えられる。
「くっ……」
美紀さんの拳は固く握られている。
『・・・「美紀、良く聞け」・・・』
端末の中身は、美紀さんが「お父様」と呼んでいた声の主に戻った。
『・・・「これは時空域最高管制室の副官として、緊急事態条項第8条3項に基づき下す命令だ、サポート8名と候補者8名を帰還させろ、候補者の選択は選考上位を優先、いいな、急げ」・・・』
この状況を聞いていれば、バカでもなんとなくわかるだろう。今まさに、急いで帰らないといけない状況で。でも、全員は帰れないって事。
(どうなっちゃうのこれ……)
「明日香! ちょっと来てくれ!」
美紀さんは、明日香ちゃんを呼んだ。明日香ちゃんは、比較的美紀さんと歳の近い女性だろう。たぶん、俺と同じくらいか。
なにか小声で話している。
明日香ちゃんは一瞬、唇を噛んで表情を歪め、次の瞬間には美紀さんを強く抱きしめていた。
「美紀ならそう言うと思ったよ……何年一緒にいると思ってんの? わかった、その決断の辛さ、覚悟の重さ、私も逆の立場で背負う!」
「有難う、明日香……」
二人の瞳は潤んでいた。
美紀さんは端末を手に取りなおすと、凛と透き通った声で呼びかけた。
「サポートリーダーより時空域最高管制室へ! 阿武室長! 応答願います!」
『・・・「阿武だ、すまんな、719号のトンネル化は阻止せねばならんのだ」・・・』
今度の男性の声は太く優しかった。
「わかっています、予定通り時空域を切除してください」
そこまで言うと、明日香ちゃんと目を合わせ、互いに頷きあった。
「室長、申し訳ございません」
『・・・「なんだ」・・・』
「緊急事態条項第12条1項【偶発的事由よる不可避な緊急時における自己判断の鉄則】に則り、ジャパンゲート第719号サポートリーダーの権限を以って【ケースパープル】を発令、以後の指揮系統を栗原美紀が統括します!」
俺には何の事かさっぱり分からなかった。
少しの間を置いて端末から返答がされる。
『・・・「確かに偶発的事由による不可避な緊急時だ、我々管制室に拒否権はない、以後の事は任せよう、但し、ここまでゲート肥大が進むと当然だが強制回収は出来ん、状況は変わらんぞ」・・・』
「わかっています、転送の受け入れだけお願いします」
『・・・「わかった」・・・』
端末の中の男性が、俺にはよくわからないナンタラカンタラの鉄則で【ケースパープル】がナンタラを了承したようだ。
(阿武室長って……唯ちゃんのパパだったりするのかな?)
『・・・「ふざけるな! 美紀! ケースパープルなど認めんぞ!」・・・』
美紀さんのお父様が端末の中から叫ぶ。
「お父様、申し訳ありません、ケースパープルの拒否権はそちらには帰属しておりません、時間もありませんので、ご一任ください」
強い口調で言うと、お父様の返事を待つことなく。
「兄様、信じています」
そう端末に語りかけた。
美紀さんの言葉には、何か強烈な決意が込められている気がする。
『・・・「美紀くん、阿武だ」・・・』
端末の中身は、再び阿武室長に変わった。
「はい、室長」
『・・・「これ以上、ゲートに不可はかけられん、転送を考えるならばこの通信が最後だ」・・・』
「はい」
『・・・「これは室長としてではない、一人の父親として頼む、本人の意思を尊重してやってくれ」・・・』
「大丈夫です、私にとっても愛する妹だと思っていますから」
『・・・「すまない、では、幸運を祈る」・・・ピピピピ・・・・』
なんだか、死に別れする二人の挨拶のような気がして、心の中がざわついた。
端末との会話を終えた美紀さんは、全員を集めた。
「細かい説明をしている時間が無くて申し訳ありません、間もなく現地点とゲネシスファクトリーの時空域接続が切断されます」
警報音は美紀さんの指示で停止され、簡易キャンプは静寂を取り戻していた。
「最終説明にもあった通り、一度切断したゲートと同じ地点への再接続は、理論上は可能ですが実現した事がありません」
候補者の誰かが声を上げた。
「戻れないってことか? 元の時代に戻れなくなるのか?」
美紀さんは本当に申し訳なさそうに答える。
「はい、この時代に残れば、戻れる可能性は極めて低くなると思って頂いて結構です、それは同時に、変革を起こしてもゲームチェンジャーに認定される事も無くなるという事です」
(ちょ……それじゃ何のためにココに来たのかわからないじゃないか)
もう少し詳細説明を聞きたい所ではあったが、とにかく時間が無いらしい。
「すぐに返答をお願いします、戻りたい候補者を優先して転送します、名乗り出て下さい」
数秒の沈黙が訪れた後、誰かがボソっと呟いた。
「候補者は上位から転送されるんだろ、そしたら俺達は残るしかないじゃないか」
そんな声に、伊藤さんが答える。
「戻りたい人は名乗り出ろって言われたろ、聞いてたか?」
すると、別の候補者が右手を上げた。
「お、俺……戻ろうかな」
刹那。
「明日香っ!」
美紀さんが叫ぶように明日香ちゃんを呼んだ。
泣いていた。
「お別れじゃないんだから! 泣かないでよ!」
明日香ちゃんも泣きながら叫ぶと、戻ると言った候補者に接近し腕を掴み、皆がいる場所から少し離れた場所に引っ張っていった。
「美紀、待ってるからね!」
言うなり、美紀さんの返答を待つ事無く。
《ィィィィィィリリリリリリー》
一人の候補者と共に、渦巻き状の何かに吸い込まれていった。
そんなやり取りを見ていた伊藤さんが、小声で呟いた。
「やるねぇ、大したもんだ」
全員が戻れるわけじゃないって事、この場の全員が理解している。だから、誰が帰るとか、ここに残るとか、もう少し何かあると思っていたのだけれど。
「俺も戻る!」
また一人、候補者が前に出てた。
「ゲームチェンジャーに認定さ―――『瑞穂っ!』
その候補者が何か言いかけたが、その言葉は美紀さんの叫び声にかき消された。
「はいっ!」
瑞穂ちゃんもその候補者の腕を掴むと、離れた場所に移動。
《ィィィィリリリリリリー》
有無を言わさず、そのまま転送されていった。こうなると、その場の雰囲気は一気に【戻る】に傾く。
「俺も!」
「戻る! 戻してくれ!」
「更紗、端末貸して!」
美紀さんの指示に更紗ちゃんは黙って頷くと、二人の候補者を集めて一人に端末を手渡し「ここを!」と言って押す様に促した。
更紗ちゃんがその二人から離れるのと同時に。
《ィィィィリリリリリリー》
二人の候補者が転送されていく。
(俺は……俺は……)
悩んでいる俺の近くで、伊藤さんが「はいはーい」と右手を上げた。
「俺は絶対に残るよ? 理由は言う時間なさそうだけど、とにかく絶対に戻らないので、そこんとこよろしくぅ~♪」
言いながら、チラッと金田さんとつーくんを見た気がする。
その直後、つーくんが俺に語りかけてきた。
「ゲームチェンジャーになれないんじゃ、意味ねーな」
俺は黙って頷く。
つーくんが言葉を続けた。
「俺は戻らないよ、この時代で生きていく覚悟を決めたんだ、でさ? もうゲームチェンジャーとか関係ないならさ」
そう言って俺の肩をポンポンと叩く。
「君みたいな頼りない相棒いらないんだよね、足手まといなだけ、俺は好きに生きるからさ、コンビ解消ね!」
(え……足手まといって、なんだよそれ!)
つーくんはそのまま金田さんの所へ行く。
「金田先輩もどうせ戻るつもりないんでしょ?」
もう、俺には、背を向けていた。
「ぉ、よく分かったね、俺は戻るつもりなんてこれっぽっちもねぇよ? あひゃひゃひゃ♪」
全員が緊迫してる状況で、なんでそんなに余裕なのだろう。
伊藤さんは金田さんとつーくんを両脇に抱えて肩を組む。
「はい、これで3人、もう出発しちゃった3人を含めて6人!」
美紀さんをじっと見つめて言葉を続ける。
「そこにもう一人いるみたいだし? 全部で7人、これで解決じゃん! ささ、転送しちゃいなって♪」
(解決? 何が解決?)
「まったく……貴方たちにはかないません……」
美紀さんは涙をぬぐうと、苦笑の混じった笑みを浮かべた。
更紗ちゃんを呼んで自分の端末を手渡す美紀さん。
「更紗、佳織、唯、優理、瑠依、あちらの3人を除く、残りの候補者5名と一緒にお家に戻ってください」
すっかり霧も晴れ、キラキラと光る太陽に照らされた美紀さんの笑顔は、天使というより女神様って感じがした。
「美紀ねぇ、そんなの嫌だよ!」
瑠依ちゃんがぐちゃぐちゃに泣いていた。
「シャキッとしろ! 私はコッチで待ってるから、ちゃんと迎えにきてくれよ?」
そう言って、瑠依ちゃんの頭をクシャクシャと無造作に撫でた。
「美紀ねぇ、絶対、パパにお願いして、絶対、絶対、迎えにくるから!」
唯ちゃんもボロボロに泣いている。
「それでいい、それが唯の出来る事だ!」
女の子達の会話が続く。
そんな涙ながらの別れの挨拶を遮るように。
《ッッツツー ッッツツー》
あの警報が鳴り響く。
「さ、リミットだ、皆、元気で!」
女の子達は、ぐしゃぐしゃに泣きながら転送ボタンを押す。
《ィィィィィィリリリリリー》
候補者と共に、次々と転送されてく。
俺の目の前には、何故か涙を流していない優理がいた。
「それじゃ、転送するね」
(優理……?)
当たり前だが、戻れた方がいいに決まっている。
つーくんとのお別れも、あんな感じではもう気にならない。裏切られるって事に関しては、初体験って訳でもないし、心を凍らせて客観的になってしまえば、案外楽に受け入れられる。
伊藤さんも、金田さんもいるんだ。美紀さんもあの切れる頭ならきっと大丈夫。つーくんも、俺なんかいないほうが伸び伸びやれるんだろう。
俺に向って、優理がニッコリ微笑んだ。
「石島さん、ありがとうね、また、いつか」
その言葉を理解出来なかった。
優理の心境が分からない。
なんでこの瞬間、お別れのこの瞬間。
伊藤さんをチラリとも見ないのか。
「優理! おまえ!」
美紀さんが叫ぶや、こちらに向って走り出そうとしているのが視界に入った。
優理が端末のボタンに手をかける。
<パシッ>
優理の手から、端末が弾け飛ぶように弧を描いて宙を舞う。
犯人は俺。
直感とゆうか、無意識というか。
その直後。
《ィィィィィィリリリリリリ》
端末は誰もいない空間に渦を作ると、そのまま地面に落下した。
「なんだ……バレちゃったか」
肩を落とした優理が呟いた。
直感ではあるけれど、優理は俺1人だけを転送しようとしていたのだと思う。
「ふざけんな! 優理を置いて1人で帰ったら、一生後悔する所だったろ!」
俺は、すごく怒っていた。何に怒っているのか、自分でもよく分からないけど。
優理は俯いて肩を落とし、何も言わない。
転がっていた端末を金田さんが拾い上げて美紀さんに問う。
「時間切れっすかね? まだっすかね?」
《ッッツツー ッッツツー》
端末は、まだ警報を鳴らしている。
「転送準備にかかる時間を考えたら、もう無理ですね」
美紀さんはそう言いながら首を振った。
「いやぁ、石島くんやるねぇ、その【直感を信じる】って大事だよ」
伊藤さんが頭の後ろに手を組み、こちらに向ってペタペタと歩いてくる。
「でも危なかったね、優理が帰還するつもりだったらさ、君はとんでもない事をしちゃう所だったよ」
歩いてきた伊藤さんは、俺ではなく優理に向き合うと、両肩に手をかける。
「後悔しても知らんよ?」
「うん、いいよ」
優理の頬は若干火照り、潤んだ瞳で伊藤さんを見上げていた。
(うわ……この展開はそのまま……?)
「はい! そうゆうのは後でやってください!」
美紀さんが伊藤さんの手を押しのけて、強引に二人の間に割って入る。
「まったく、あんた達二人が残るんだったら私と伊藤さんで戻れたよ! ね?!」
美紀さんは俺と優理を交互に見ながら、冗談とも本気とも取れる事を伊藤さんに振った。
「あひゃひゃひゃ、自分と剛左衛門はどうあっても居残りらしいっす、あひゃひゃひゃ!」
「美紀ちゃん、俺は帰らないってば」
伊藤さんはなんだか不満気だった。
「まったく、一芝居打ったのにダメだったかぁ、よーくん残るなら最初から言ってよね、無駄な芝居しちゃったじゃんかよ」
(芝居……?)
「剛左衛門は男前だったっす! ね、先輩!」
金田さんはニヤニヤ顔で伊藤さんに同意を求めながら。
「まさに【恋はいつでもハリケーン】ってヤツっすね、優理ちゃんも、石島ちゃんも!あひゃひゃひゃ♪」
なんだかとても楽しそうにしていた。
――もうお昼くらいだろうか。
すっかり日も高くなり、多少汗ばむような陽気になった。あの直後から、伊藤さんと金田さんは一時間近く二人で話し込んでいる。わざわざ俺達から離れ、会話が聞こえない距離でだ。
「剛左衛門! こっちに来るっす!」
かなり遠目から、金田さんがつーくんを呼ぶ。
「およ? んじゃちょっと行ってくるわ」
つーくんは俺に軽く手を振りながら、小走りに金田さんの所へ向かった。
色々と話した結果、俺とつーくんのコンビは結局【解消】された。あの時のつーくんの言葉は芝居だった。俺を迷いなく元のあの施設に帰らせるために、一芝居打ってくれたらしが、俺はそれを無駄にしてしまったのだ。
つーくんは俺に何度も謝罪した、俺もつーくんに何度も謝罪し、仲直りできた。だけど今後は、俺達二人が良ければそれでいいという訳にはいかない。美紀さんと優理もいる。特に俺は、優理をほっといて戦国時代に飛び込んで行くなんて絶対に嫌だ。
つーくんもそれを理解してくれていた。だから、これからはコンビではなく【仲間として皆と共に力を合わせていこう】と決まった。
優理は美紀さんに呼ばれて、30分近く正座でお説教を受けていた。お説教が終わった後の美紀さんは凄く印象的だった。散々叱りまくったくせに、優理を包み込むように抱きしめ。
「正直、心細かったから助かるよ・・・」
俺は聞こえなかったフリをしたけれど、そんな弱音を吐いた美紀さんが急に可愛く思えて仕方なかった。
しばらくすると。
「イタタタ~、足しびれちゃったよ」
つーくんに取り残されていた俺の所へ、優理がやってきた。
そして、遠くで会議をしている伊藤さん達を眺めながら。
「ちょっとカッコよかったゾ」
ほんの少しの間を置いて。
「さっきの石島さん」
(キターーーーーーーーーーーー!)
てっきり、また伊藤さんの事について何か言うのかと思いきや。俺をカッコいいだなんて言い出した。
この際、カッコいいの前に付いた【ちょっと】は聞こえなかった事にしてしまおう。
「そお?」
出来るだけ平常心で答える俺。
優理は、平常心を装った俺の顔を小さく指さし、ニコニコしながら。
「鼻の穴広がってるよ?」
舞い上がって浮かれきった俺の心を完全に見抜く。
「嬉しいんだ!? ふふっ♪ 可愛いとこあるですね♪」
可愛く笑ってくれた。
(うわっ……もう、ガバっと行きたい……)
そんな幸せ満開の俺を邪魔するかのように、謎の会議を終えた3人がこちらに向って歩き始める。
「あ、あのさ」
伊藤さん達が会話の聞こえる範囲に入る前に、何かを言っておきたかった。
「ん?」
話す事を何も考えていなかった俺は、必殺【天使の「ん?」】に打ちのめされ、頭が真っ白(真っピンク)になってしまい。モジモジして言葉を選べぬまま、伊藤さん達が到着。
小屋の辺りでゴソゴソと荷物を漁っていた美紀さんも、その手を止めて俺達の近くに来た。
「さて、これからの事なんだけどさ」
伊藤さんが話し始めたその時。
「――へぎゃっ!」
「――いでっ」
俺の後方から、何かに潰された蛙のような声がした。
「うそでしょ……?」
美紀さんの声に俺も慌てて振り返る。
そこには、地べたに女の子座りしたままの唯ちゃんと、その唯ちゃんの傍らには仰向けに引っくり返ったまま、逆さまに俺達を見つめる瑠依ちゃんの姿があった。
「ははは……た、ただいま」
思わず注目の的になった事にやや焦り気味の唯ちゃん。
瑠依ちゃんは、ガバッっと起き上がると、美紀さんに向けて突進した。
伊藤さんは「あちゃ~」という声と共に、手を額に当てて空を仰いでいた。
「やり直しっすね、会議」
そんな伊藤さんの横で、金田さんも困り顔をしていた。
「どっ!? え……? お前らなんで!?」
ラグビータックルのように美紀さんに飛びつくと、そのまま泣きじゃくる瑠依ちゃん。高速回転頭脳の美紀さんでさえ、この状況を理解出来ずにいた。
唯ちゃんは立ち上がって、膝やお尻についた砂埃を払いながら冷静だった。
「すいません、お迎えに来れたわけじゃないんです」
言いながらゆっくりと優理に向って歩き出す。
二人が改めてお迎えに来た訳じゃないのは、何となく理解できる。服装も髪型も、さっき転送される前と同じだし、なんとなくだけど【すぐに戻ってきた感】が満載だ。
唯ちゃんは、優理の目の前で立ち止まる。
「唯……」
優理は小さくもらすと、その場で立ち上がって唯ちゃんと向き合った。
直後。
《バチッッ》
唯ちゃんの平手打ちが、優理の左頬を弾き飛ばした。
結構、いや、かなり、本気の平手打ち。優理はその場に立ちすくんだまま、言葉もなく、動かない。
(あわわわわ、なになに!?)
俺はただ茫然としていた。視界の隅には、握った手を震わせている唯ちゃんが映っている。
その二人の様子に、泣いてた瑠依ちゃんはピタリと泣き止んだ。まさに泣く子も黙るって感じだ。見かねた美紀さんが声をかけようとしたが、伊藤さんが美紀さんの前に手を出して静止する。
(え? なんで止めるの? この二人やばくない!? 止めなくていいの?)
俺は本当に慌てている。女の子が女の子を本気で平手打ちするのなんて初めて見た。
「ごめん……唯、ごめん」
ようやく、優理が口を開いた。
小声で謝罪したようだった。
「……ゴメンじゃないよ! バカ優理っ!」
唯ちゃんは、両目からポロポロと雫を流していた。
「何考えてんのよ! こんなの絶対許さない!」
そう怒鳴りながら優理の両肩を掴んだ。
「それ、さっき美紀ねぇにも言われた、いっぱい怒られたよ」
左頬を赤く腫らしながら、明らかに【作り笑い】で優理が答える。
「……バカ。……ゆうりのバカ……」
怒鳴ってた勢いは何処へやら、急に弱弱しい声になってしまった。急にションボリした感じの唯ちゃんは、掴んだ優理の両肩を引き寄せ、抱きしめた。
「優理のいない世界なんて……考えられないよ……この裏切り者……」
その言葉に誘発されるかのように、優理の両目からも次々と雫が零れ落ちる。
「ごめんじゃ済まないよね、ホントだね、ごめん……唯、ごめんね、ごめんね」
二人はお互いの存在を確かめるように肩を抱き合いながら、しばらく泣いていた。