ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第13話 生きる術

 朝靄はすっかりと晴れ、気温も多少上がり、清々しい朝になった。続々と起きて来た面々と入れ替わるように、伊藤さんが小屋に入る。

 

「昨日全然寝れなかったんだって!」

 

 美紀さんのその言葉に「へ~」としか答えようがないよく寝た組の面々。暖かい陽気だ。

 

 美紀さんから支給された未来の歯ブラシを使いながら、こんなトラブルにならずに戦国時代に挑んでいたら、当然のように歯ブラシなんて物は存在しなかった事に気付く。

 

 時間の経過と共に、誰からでもなくテーブルに集まって話をしていると、ようやく優理が起きてきた。

 

「優理、おはよ~」

 

 唯ちゃんの挨拶を追いかけるように、皆からも挨拶が飛ぶ。

 

 優理は一つ一つ丁寧に返しているが、どうにも半分寝ている頭では歯切れが悪く、それがまたとても可愛かった。

 

(やっぱいいわぁ~、ホント最高)

 

 寝ボケ優理を眺めながら朝食を口に放り込んでいると、金田さんとつーくん、そして美紀さんの間で何かが決まったらしい。

 

 

 金田さんが立ちあがると、会議に入れない組に向って声をかけた。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」

 

 そう言うと、美紀さんをチラっと見て「30分くらいでつくかね?」と問いかける。

 

 

「はい、それくらいで大丈夫だと思います」

 

 答えると、昨日俺と一緒に見ていたリストに目線を落とした。

 

「装置を幾つか持ち帰るとなれば、帰りは1時間近くかかるかもしれません」

 

 

「えー、どこ行くんですかー」

 

 瑠依ちゃんが不満そうだ。

 

 

 美紀さんは不満そうな瑠依ちゃんを「伊藤さんいるからいいでしょ」と宥めながら、俺にもわかるように説明してくれた。

 

「先行スタッフの待機拠点に行くのよ、警報と同時に転送していったようなので、もしかしたら長期滞在用の備品が残されたままかもしれないの」

 

(長期滞在用か……それは確かにほしい)

 

 美紀さんは、俺に向って歩きながら言葉を続ける。

 

「ホントはね、石島さんにも来てほしいんだけど、こっちを放っておくわけにはいかないし」

 

 俺の目の前まで来ると、拳で俺の胸を軽く突いた。

 

「伊藤さんが起きるまで男性はお一人ですが、女の子達を頼みますねっ!」

 

 そう言ってつーくんと金田さんを引き連れ、3人で先行スタッフの待機拠点とやらに向うため、山の中へ入っていった。

 

 

(頼りにされた! なんか嬉しい!)

 

 素直に嬉しい自分は、単純でバカなんだなと思ったけど、嬉しい物は嬉しいのだ、仕方がない。1人で喜んでいた俺の顔を覗き込むように、ニコニコ笑顔の唯ちゃんが俺に声をかけてきた。

 

「頼りにされてるって事ですよ? わかってます?」

 

「お、おう、大丈夫!」

 

(何をすればいいのだろうか……)

 

 何をすべきか、何もすべきではないのか、よく分からない。

 

 俺はちょっと考え込んだ。

 

「そんなに難しく考えなくていいんじゃないかな?」

 

 気遣ってくれたのか、優理の優しい言葉に勇気づけられる。

 

 

(優しいな、俺の天使ちゃん)

 

 

 優しい俺の天使ちゃんの言葉は続く。

 

 

「だってさ? 伊藤さんが起きるまでって言ってたし、本当に困ったら伊藤さん起こしちゃえばいいよね?」

 

(…………グサッ)

 

 

悪気は無いんだろうと思う。そうだろうけど、なんかグサっとくる一言だ。

 

 

「確かにそうですね、困った時に起こして怒るような人じゃないと思いますし」

 

(唯ちゃん、そうゆう事じゃなくて……)

 

 

 でも、きっと、それは正解だ。何が起こるか分からないけど、本当に困る事態が発生したら俺でも伊藤さんを起こしに行く。

 

 俺に任せるなんて、俺でも怖くて出来ない。

 

 何も答えが出ないまま、とりあえず座って待つ事にした。

 

 

 

「ねーねー、唯先輩っ」

 

 瑠依ちゃんが何かを唯ちゃんに確認しているようだ。

 

 

「ん? いいんじゃないかしら、さっき石島さん達もクッション使ってたみたいだし」

 

 

「ホント? やった~♪」

 

(この子の感情は全身から出るんだな)

 

 体全部を使って喜びを表現した瑠依ちゃん。

 

「伊藤さん寝てるし、暇すぎて暇すぎて暇死する所でした!」

 

 そう言ってテーブルに付くと、その上に「トンッ」と小さい箱を置いた。

 

「トランプしよっ♪♪」

 

 

 300年後でもトランプが存在するって事に感動したし、ババ抜きとか7並べとか、基本的な遊びも変わっていない事にとても安心した。

 

 違うとすればトランプの素材。斜めから見ても図柄が見えないのだ。しかも、それは手札の時だけ。触れている間だけそうなっているぽいのだが、温度なのか、水分なのか、何で調整しているのかはサッパリ分からない。

 

(スマホに貼る【覗き見防止シール】みたいなものか)

 

 シールが貼ってあるようには見えなかったし、薄さも俺の知っているプラスチックトランプとほぼ同じだ。

 

 

 なんやかんやと2時間くらい遊んでいると、ホクホクの笑顔で美紀さんが戻ってきた。その手にあったのは、俺達に支給された物と同じ麻袋。袋がパンパンになっている様子から、けっこうな量が入っていると思われる。

 

 それともう一つ、小さ目のジュラルミンケースみたいな箱があった。美紀さんは、袋とケースをテーブルに置くと、ケースを開いた。

 

 

「安全性はこれで格段に向上するわ」

 

 

 そう言いながら開いたケースを操作すると、ソーラーパネルが飛び出し、ケース中央に立ち上がるように小さなモニターが出現した。それが何かの説明を受ける前に、遅れていた金田さんとつーくんが戻ってくる。

 

 金田さんは、金田さんの身長よりも長いく、横幅もそこそこある円柱状の何かを肩に担ぎ。つーくんは四角い大きな箱を抱え、前がほとんど見えない状態で歩いている。

 

 美紀さんは、金田さんとつーくんの運んできた物体を指さすと。

 

 

「喜べ! これでシャワーを浴びれる!」

 

 美紀さんの声に、女の子が歓喜の声を上げた。

 

 

 美紀さんが持ってきたケースは、先行スタッフが簡易キャンプを囲むように半径5km圏内に約80個設置した【行動抑制型危険回避システム】と呼ばれる物の操作端末だそうだ。

 

 人を含む大型の哺乳類が本能的に嫌がる超音波を、持続的に発生させる装置らしい。

 

 約80個設置してある機器の消費電力は極めて少なく、ソーラー式で自動充電されるので、一度設置すると半永久的に稼働するそうだ。

 

 超音波程度の物なので、強い目的意識を持った人間の行動を抑え込むのは難しいが、そうでない人間の行動はその超音波でほぼ100%に近いレベルで阻害出来るという。

 

 

 そして、金田さんとつーくんが抱えて運んで来た物体。

 

 これは小屋に接続する形で使用する物で、待機拠点とやらの小屋から取り外して来たらしく。物体の名前は【循環分離型製水機】で、ろ過と電気分解を併用する形で雨水や河川の水を飲用水に作り替える事が出来るらしい。現在、小屋の貯水タンクはその大きさから比べたら「ほぼカラっぽ」の状況である。一応、8人で使えばそれなりに持つ量ではあるが、シャワーを浴びれるほどの余裕はない。

 

 

 美紀さんが危険回避システムの起動を完了、金田さんとつーくんが製水機の設置を完了する。

 

 

「お昼の前に第2便いっちゃいましょうか」

 

 つーくんの提案に、今度は俺達も同行を許された。周囲の安全性が確保されたからだろう。簡易キャンプには金田さんが残り、あとは全員で待機拠点へ向かう。

 

 

「ピクニックみたいで楽しい~♪」

 

 元々、山育ちの俺には特に珍しい物はない。女の子達にとっては珍しい物だらけなようで、ちょっと歩くとすぐに立ち止まって「あっ!」とか「あれ! 見てみて!」とか、ずいぶんと楽しそうにご機嫌だ。

 

 

 ゲートが繋がった段階では、細かい年代や季節までは不明のようで、最初に来る先行スタッフさんとやらは様々な準備をしてこっちに転送されたようだ。

 

 待機拠点で得た収穫。

 

 丸っこい万能電池4個。

 IHコンロのような、電気加熱機。

 その加熱機で使用する鍋のような器が4個。

 ステンレスのような物質で出来たバケツ2個。

 

 未使用の防寒着や毛布まで確保できた。

 

 小屋は俺達のキャンプにある物より小さく、つい先日まで先行スタッフさんが滞在していたであろう生活感があり、ずいぶんと散らかっていた。唯ちゃんと瑠依ちゃんがせっせと片付けをしてくれたので、帰る時にはキッチリ整頓されていたけど。

 

 一時間くらい滞在していただろうか。

 

 俺達が簡易キャンプに戻った頃には伊藤さんも目を覚まし、金田さんとテーブルで話し込んでいた。

 

 

「おかえり~」

 

 伊藤さんは皆を出迎えると、美紀さんを手まねきする。

 

 見ると、伊藤さんの横では金田さんが怪訝そうな顔で危険回避システムのモニターと睨めっこしているのだ。

 

 

「美紀ちゃん、これずっと警報出てるわ」

 

 伊藤さんが指さす先には、金田さんが睨みつけているモニターがある。

 

 

「っ!?」

 

 美紀さんが金田さんの所に駆け寄った。

 

 

「いやね、皆が待機拠点に行ってるから出てる警報かと思ってたんすけど、どうも違うっぽいんすよね」

 

 金田さんの言葉が聞こえた時、つーくんは持っていた手荷物を別のテーブルに置くと、すぐに近づいてモニターを覗き込んだ。モニターの前に陣取った美紀さんに、伊藤さんが自分自身の現状を伝える。

 

「一応ね、金田くんからこのシステムの事とか、持ってきた物については聞いたんだ、だから説明はいらない、状況だけ教えて」

 

 

 美紀さんは伊藤さんの言葉に頷きながら端末を操作し、モニターの表示を切り替えた。

 

「6人…こっちに向っている……?」

 

 美紀さんの呟いた言葉に、簡易キャンプに緊張が走る。

 

(誰かがここに接近してるって事?)

 

 俺も不安になって、荷物を別テーブルに置いて伊藤さん達が集まっているテーブルに向おうとした。その時、唯ちゃんと瑠依ちゃんの不安そうな顔が目に入る。優理は何か真剣な面持ちだ。

 

 

(ここは優しく声をかけて、安心させてあげるのが大人の役目だよな)

 

「大丈夫、心配ないよ」

 

 声をかけた俺の顔を覗き込む唯ちゃん。

 

 

(やっぱ唯ちゃんは唯ちゃんで可愛いなぁ)

 

 緊張した状況とはかけ離れた俺の心の声は、自分自身の緊張を解こうとする為にあえてそうしている。と、言い訳を考える俺。

 

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 相変わらずどうしようもない俺の後ろから、優理が声をかけると、そのまま唯ちゃんと瑠依ちゃんの手を握った。唯ちゃんも瑠依ちゃんも、無言で優理の手を握り返す。

 

 

「伊藤さん達がどうにかしてくれる、絶対、大丈夫」

 

 自分の両脇に立つ2人を励ます優理は、何故か少しだけ大人になったように見える。

 

(そう、優理の言う通りだ)

 

 優理の言う【伊藤さん達】の中に、自分が入っていない現状が情けなくて泣けてくる。

 

(情けないけど、そこは信じるしかない)

 

 

 俺達には見守る事しか出来ないのだろうか。

 

 

「だいぶ見やすい表示になったな、美紀ちゃん、コレがこの場所で合ってるよね?」

 

 伊藤さんがモニターを指さしながら確認している。

 

「はい、このキャンプへの広い道はありません、細い獣道程度の道順を的確に進んできます」

 

 

「なんでだ?」

 

 つーくんが呟く。

 

 

「このシステム、ちゃんと動いてるんすか?」

 

 金田さんもちょっと不安そうだ。

 

 

 俺達がこの時代に来てから、この時代の人間とはまだ接触していない。

 

「村上さんとか、大森さんとかが戻ってきてるんじゃないですか?」

 不安に支配された瑠依ちゃんから、楽観的予測が口にされる。声は少し、震えていた。

 

 美紀さんが首を横に振る。

 

 

(そうだよな、それは無い)

 

 瑠依ちゃんの予測は残念ながら当たらないだろう。ルール上、先に出発した3名は、ここに戻ればゲームチェンジャーになる資格を失う事になるからだ。元の時代との接続が切れているとは知らない3人が、ここに戻ってくる事は考えにくい。

 

 

(俺もこれくらいは考えられるようになった)

 

 必要なのは、これ以上の考えかもしれないが、今は緊張が優先して考えが廻らない。

 

 

「山の向こう側に用事があるとか?」

 

 つーくんが接近中の6人が所持している目的を予想する。

 

 美紀さんは首を横に振ると説明をくれた。

 

「峠を越えるルートはこの地点より約4km南側に確立されています、5km圏内には入りますが、この場所へ向かってくる事はまずありえません」

 

 

 ここで、伊藤さんがようやく口を開いた。

 

「強い目的や意思があるんでしょ? それが分かれば十分さ、大体想像つく」

 

 そう言うと、つーくんに指示を出した。

 

「須藤くん、武器になりそうな物かき集めて」

 

 

「え!? ちょっとまって下さい、まだ危険な存在と決まったわけでは……」

 

 美紀さんが驚きの声をあげる。

 

 

(武器!?)

 

 

 伊藤さんの言葉に、見ているこっちの4人も体を強張らせる。

 

 

「了解です! 木の棒とかしかないと思いますけど」

 

 つーくんは頷くとテーブルを離れ、辺りで武器になりそうな物を拾い始める。

 

 

「危険な存在だったら……やるしかないっすよね」

 

 金田さんの顔が急に引き締る。

 

 

「その為に何時間も話したろう……俺は覚悟決めてある、あとはお前らだ、けど無理強いはしないよ」

 

 伊藤さんは金田さんの肩をポンと叩くと、自身も武器になるものを求めて小屋へ向かう。

 

「遅かれ早かれってヤツだと思ってるよ俺は、ちょっと予想以上に早いタイミングだってだけで、それ以外は特に不都合ないさ」

 

 伊藤さんのその独り言に、なぜか徒ならぬ殺気が込められているような迫力を感じた。

 

「30分程度で目視できる距離に入ります!」

 

 つーくんと伊藤さんに聞こえる声で叫んだ美紀さんは、モニターについた端末操作を一旦やめると、俺達の方へ向き直った。

 

「石島さん、その子達をお願いね」

 

 

 何やら意味深な事を言うと、金田さんと共に伊藤さんの所へ向かう。

 

 

「美紀ねぇ!」

 

 今にも泣きだしそうな瑠依ちゃんが叫んだ。

 

 

「瑠依、もう子供じゃないんだからピシッとしなさい!」

 

 女神様の表情はいつになく硬く、我儘な妹系天使もそれ以上の言葉は飲み込むしかなかった。

 

 

 どこで拾ってきたのか、つーくんは野球のバットくらいの棒を3本程、それ以上の長さの棒を2本抱えて戻ってきた。戻って来るなり、その棒をバチバチとぶつけ合い、武器として通用するかどうか強度を確かめている。

 

 

 程なくして伊藤さん達もつーくんに合流。キャンプの中央地点に集めた物を出し合っていアレコレ作戦会議を始める。会議はひと段落ついたのだろう、伊藤さんが俺に向って指示を出した。

 

「石島くん、人数負けで侮られるのも厄介だからさ、最初だけここにいて欲しいんだ、でもヤバくなったら小屋に隠れてて」

 

(隠れているなんて……)

 

 ホっとするやら、情けないやら、色々な思いが沸いてきた。けど、そんな思いを整理する間も、口にする間もなく、伊藤さんが言葉を続ける。

 

 

「もしさ、俺に何かあったら後は宜しくね♪」

 

 

(嘘だろ? いや、本気で言ってるなこれ)

 

 声や口調は妙に明るかったから、冗談と取れなくもない。

 

 それでも、伊藤さんの決意というか、覚悟のような物を感じ取れた。理屈ではなく、直感だと思う。

 

 

 俺が無言で伊藤さんに頷いた時、優理が一歩二歩と伊藤さんの方へ足を踏み出した。

 

 優理の手を俺が掴んで引き留める。

 

「離して……」

 

 俺にしては珍しく、強い口調で引き留める。

 

「男の覚悟が見えないのか、邪魔するなよ」

 

 それでも優理は止まろうとしない。もう、引き留めている俺を見る事さえしない。

 

「離してよ……」

 

 声に涙が混じっているのを感じた。そんな俺達の様子に伊藤さんが気付く。

 

 

「優理、それ以上こっちに来ないでくれるかな」

 

 伊藤さんはそれだけ言うと背を向けた。

 

「覚悟ってモンは言うほど簡単じゃないんだよね、それ以上近くに来られたら揺らいじゃうからさ、そこらへんで我慢しといて」

 

 その言葉を残し、伊藤さんは5人が来るであろう方向へ歩き出し、金田さんに声をかける。

 

 

「先に目視したいから、そこで見張っとくわ」

 

 金田さんは黙って頷くと、ゆっくり俺の方へやって来た。

 

 

「石島ちゃん、頼むね! 優理ちゃん、大丈夫だって! 先輩を信じろ!」

 

 そう言って女の子達を小屋へ誘導し、無理やりにでも中に入らせた。優理も、瑠依ちゃんも、両目いっぱいに涙を溜めているのが分かる。

 

 俺は小屋の入口に立ち、中の様子と外の様子を両方確認出来る位置を選んだ。小屋に入ったとたん、瑠依ちゃんはメソメソと泣き出したようだ。

 

 

「そうゆう場所に来たんだよ、後悔はないはずでしょ」

 

 唯ちゃんの言葉に泣きながら頷く瑠依ちゃん。

 

「でもね、でもね、グスッ」

 

 

 もうただの駄々っ子だ。

 

 優理は小屋の窓に張り付き、外の様子を凝視している。

 

 

 いざとなれば、小屋に立て篭もって戦うくらいの覚悟はしておこうと思った。

 

(3年間も自室に篭ってたんだ、この頑丈な小屋に立て篭もるくらいどうってことない!)

 

 自分に与えられたあの子達の安全確保という役目に、全力で挑む決意を固めた。

 

 

「じゃ、そのタイミングが来なかったら?」

 

 もう少し皆の考え方を確認しておきたくて金田さんの所にいくと、美紀さんが何か質問しているのが聞こえてきた。

 

 

「それはわかんねっす、でも先輩がやるって言うんだから、たぶんやるっす」

 

 金田さんの答えを、つーくんが補足するように口を開く。

 

 

「それか、そんな出番がないくらい俺達の圧勝!って事になるといいですね」

 

 つーくんの回答が心強かったのか、美紀さんはしっかり頷く。

 

 

 そこへ、伊藤さんが戻ってきた。

 

「いやー、予想通りっちゃ予想通りなんだけど、当たって欲しくない予想だったわ」

 

 そう言うと、バットサイズの木の棒を左手に持つ。

 

 

 俺も、金田さんも、つーくんも、美紀さんも、伊藤さんの次の言葉を待っている。

 

 

「えっとね」

 

 棒の重さを確かめるように、両手に持って構えると2度振る。

 

〈ブンッ〉

 

   〈ブンッ〉

 

 

 バットサイズの棒が空を切る音。伊藤さんのその姿勢、スイング、野球バッターその物だ。

 

「あ、話すけど、話したら美紀ちゃんは小屋にすぐ入ってね」

 

 そう言って棒を地に置くと、続きを話しだす。

 

「6人のうち5人は山賊風で、お世辞にも行儀が良さそうには見えない連中、1人はその山賊風な連中に拘束されてるぽい修験者」

 

 

「え?」

 

(捕まってるって事?)

 

 声を出したのは俺だけで、他の3人は口を一文字引き締めて続きを待つ。

 

 

「縄で縛られて、刀を突き付けられて、道案内させられてるぽいね、ありゃ大森くんだわ」

 

(あの嫌なヤツ……捕まったのか)

 

 

「くっ……先行スタッフがいれば……」

 

 美紀さんの話では、先行スタッフは安全確保のため最新式の護身銃を常備しているという。しかし、その銃は先行スタッフと共に元の時代に戻ってしまった。

 

 

「さ、美紀ちゃんは小屋ね、ちゃんと自分の役割を果たす事! よろしくぅ!」

 

 伊藤さんは、そのまま金田さんとつーくんを正面から見つめると。

 

「是非も無し……だな! この時代で生きる術、俺は今日、ここで身に着けるよ」

 

 

(生きる術?)

 

 俺には何の事かさっぱり分からなかった。

 

 

 伊藤さんのその言葉に、美紀さんが苦い顔をする。

 

「すいません、伊藤さん」

 

 深々とお辞儀をし、小屋に駆け込んだ。

 

 

(???……なに??)

 

 

 つーくんは、伊藤さんをじっと見つめている。同じように伊藤さんを見つめている金田さんが、つーくんより先に口を開いた。

 

「自分、小心者なんで、頭で分かってても体が動くか正直言うとわかんねぇっす、でも……」

 

(弱気な金田さんなんて珍しいな)

 

 金田さんの弱気な発言を、俺は初めて聞いた。

 

 

「いーんだよ、自分のペースで、これが生きる術になる人間と、そうでない人間がいる、金田くんがどっちかなんてまだ分からない」

 

 金田さんの肩をポンポンと叩きながら、俺には理解できない会話が続いている。すると、つーくんが一歩前に出る。

 

「自分には、必要な力です……どう考えても、自分には必要な生きる術です」

 

 

「ったく、剛左衛門は不器用な生き方を選ぶねぇ」

 

 伊藤さんは苦笑で答えた。

 

「それでも、金田先輩と同じです……分かっていても、出来るかどうか……」

 

 

 伊藤さんは、右手で金田さんの肩を、左手でつーくんの肩を握る。

 

「ホントはさ! そんな生きる術は持たないでほしいってのが俺の思い! でもさ、俺1人だけそれを持っても、皆を守る自信がない!」

 

 そう言って一瞬、金田さんを強く抱きしめ、すぐにつーくんを強く抱きしめ、続けて2人の肩に軽く拳を当てた。

 

「頼りにしてるぜ? ま、任せるよ、命がけだから自己責任、むしろ俺がダメだった時はさ、戦うより降参したほうが良いって可能性もあるわけで」

 

 そこまで言うと、今度は俺に向き合う。

 

「どんな選択でも、自分を信じて選ぶ事! 頼むよ石島くん」

 

 

 俺が返事をしようと思ったその時、伊藤さんの後方から人影が現れた。

 

 

「やぁ~っと着いたか、嘘だったらぶっ殺してやろうと思ってたのにな」

 

 やや小柄な男が3人、手にはそれぞれ刀や槍を持っている。薄汚れた服は、簡易な胴丸やすね当てを着ているせいで裸に見えるほどだ。

 

(講義の時間に習ったな、あれは足軽なんかが着用する簡易的な鎧だ……)

 

 

 その3人に遅れる事数秒、縄で縛られた大森さんと、その縄を持つそこそこ体格のいい男。そしてその男の横に、それ以上の体格をした男が立派な槍を片手に現れた。

 

 

「おいデク! 女が見当たらねェ」

 

 一番大きな男がそう言うと、大森さんが焦ったように話始める。

 

 

「あ、あの小屋の中ですよ! 隠れてんだ!」

 

 

 大男は先に現れた3人のうち、細身で目つきの悪い男に声をかける。

 

「庄吉っ! 小屋の中、見えるか?」

 

 

 目つきの悪い男は目をさらに細める。

 

「なんだあの窓、格子も戸板も付いてネェな……ああ、見えるぜ、こっちを見てやがる」

 

 

(……優理か?)

 

 俺は小屋を振り返ると、優理が窓越しに此方を見つめている。

 

 

 庄吉は小屋から目を離す事なく、大男に報告を飛ばす。

 

「けど親分! このデク嘘つきやがった! ちーとも上玉じゃねーよ!」

 

 

「……まぁ、売れねぇ程でもねーだろ」

 

 

 親分の言葉に、庄吉また目を細める。

 

「お、もう一人、こっちもひでぇ不細工だな、親分! 全然ダメだ、話になんねぇよ」

 

 

 庄吉の報告に、親分は大森さんに槍の穂先を向けた。

 

「ふざけやがって……おいデク、貴様ここで死ね」

 

 

「ままま、ま、待て、そんなはずはない!」

 

 大森さんは慌てて、矢継ぎ早に言葉を並べる。

 

 

「おい! 石島! あれ佐川と栗原だろ!?」

 

(言えるかよそんな事)

 

 俺は質問に答えずにじっと身構えた。

 

 

「なんだよ! 無視かよ! 佐川と栗原だあれは! 不細工なわけがねーだろ! とびっきりの上玉だ!」

 

 

 大森さんの必死の訴えに、親分が再び庄吉を見ると、報告を促す。

 

「どんな女だ」

 

「へっぇ」

 

 庄吉は再度、目を細める。

 

 

「そうですな……二人とも、どっちも全体的に整ってはいるんですがね、顎が細くて顔が小さい、そのくせ目玉ばかりが大きくて、鼻筋が通っていて、眉も細くて長い、唇は厚くて、開いたら器ごと飲み込みそうだ、ありゃどんなにお世辞を言っても醜女(しこめ)ですぜ」

 

 庄吉はずいぶんと目が良いのだろう。

 

 

(え? ちゃんと見えてる?)

 

 表現はイマイチだが、優理の事を言ってるのは間違いなさそうだ。庄吉の報告を受けた親分は「なんだそりゃ! とんでもねぇ醜女じゃねーか!」と口にしてガッカリした様子だ。

 

 

「カーーッ、デクに騙された!」

 

 庄吉に横にいる二人が声を上げる。

 

 

「ううううるせぇ! 黙れ信吉! 稲助!」

 

 親分が吠えると、2人はピタリと止まる。

 

 

「ちょっと待てよ! 騙してなんかない!」

 慌てる大森さんに、親分が怖い顔で言った。

 

「まぁどっちでもいい、仲間を売るような輩、一味に加える気なんざ元々ねーからよ……テメエみたいな輩を一味に加えちまったら、次に売られるのは俺達だからな」

 

 

いい終わると「銀蔵!」とだけ言って俺達の方に向きなおった。

 

 

「なんだよ! 案内したら一味に入れてくれるって言ってたじゃねーか! ふざけんな! 約束やぶグッ・・・・ぼ」

 

(!!!!!!!)

 

 

 俺の体は硬直した。

 

 金田さんも、つーくんも、一歩後ずさりしたようだ。

 

 

「やってくれるねぇ……アイツ」

 金田さんが拳を強く握りしめ呟く。

 

 

 つーくんは何も言わない。けど、その手にはバットサイズの棒が握りしめられている。

 

 大森さんは、縄を持っていた男に後ろから刀を刺され、みぞおちの辺りから剣先が貫通していた。

 

〈ドサッ〉

 

 

「あーあ、殺しちまいやがった、ガッハッハ」

 

 親分が豪快に笑う。

 

「親分がヤレと言うたのだろう、クックック」

 

 縄を持った男は、絶命したであろう大森さんから刀を引き抜くと、ベッタリと付いた血糊を振り払うように刀を一振りした。

 

「いやぁ、俺は「銀蔵」と呼んだだけだ、何も言っちゃいねぇよ、ガッハッハ」

 

 

「どちらでもよいが、クックック」

 

 銀蔵は、たった今、一人の人間を殺したとは思えない笑みを浮かべている。

 

(狂ってる、こいつら狂ってやがる!)

 

 

 

 その間、伊藤さんは俺達の最前線にいる。腕を組み、大股に立ち、大森さんが刺されたシーンでも微動だにしていない。

 

 その伊藤さんが、ひとつ大きなため息を付く。

 

 

「茶番は終わったか? 悪いがそんなんじゃビビらねーよ、美的感覚のズレに関しちゃ正直ビビったけどね」

 

 

 そう言って、足元に転がっていたバットサイズの棒を左手に持った。

 

 

「ギィヘッヘッヘ! そんな棒っ切れでやる気かい!? 冗談はよせや!」

 

 前にいる3人、庄吉、信吉、稲助が手にしている武器を構えて一歩前に出る。

 

 

「おうおう、バカ共、そのデカイの殺すなよ、労働力になる男は金山に売り飛ばすからよ」

 

 親分の声に、3人は薄気味悪い笑みを浮かべて頷いた。

 

 

(確かに、あいつらと比べると伊藤さんて大きいよな)

 

 

 この時代の日本人男性の平均身長が160cmに満たない為だろう。俺でさえ山賊連中より目線は高かった。金田さんは180cm近くあるので、当然大男に映るだろうし。つーくんと伊藤さんは殆ど変らない。金田さんより少し低いくらいなので、175前後だと思う。

 

(俺を含めて、こっちはデカイの4人か)

 

 丸腰の喧嘩なら、体格差でどうにかなる可能性もある。けど、相手は本物の武器を手にしているのだ。

 

 

 伊藤さんは、左手に持った棒を左肩に担ぐ。

 

「殺す気が無いとか有るとか、それはコッチには関係のない都合ってやつだからさ、気にしないからそのつもりで」

 

 そう言って、前の3人に向って一歩踏み出す。

 

「それに分かってると思うけど一応確認ね、お前らが手にしてるのは脅しの道具じゃない、人の命を奪う道具だ、あってるか?」

 

 

「ギィヘッヘッヘ、何言ってんだデカイの、恐怖で頭が壊れたか? ギィッヘッヘ」

 

 不快な笑い声の持ち主、稲助と呼ばれた小男が一歩前にでる。

 

「悪く思うなよデカイの!」

 

 奇声をあげて伊藤さんに躍り掛かった。

 

 稲助は両手で構えた日本刀を振りかざし、伊藤さんに向って突進してくる。

 

(来る!)

 

 金田さんもつーくんも、もちろん俺も、軽く身構えるような体制を取る。

 先頭の伊藤さんは左足を上げ、体を右に捩じると、上げた左足を勢い良く前に踏み出した。

 

〈ビュ〉

 

 その体制から、まさに野球にピッチャーのように何かを投げたのだ。

 

 

〈ガッ〉

 

その何かは見事に稲助の頭部に命中。稲助は気を失うように速度を落とすと、両膝を地に付いた。

 

 その時、伊藤さんは既に走り出している。投げた物が稲助に命中するかどうかは気にしていなかった様子だ。

 

 稲助が膝を付いた時には、伊藤さんはもう稲助のすぐ横まで到達していた。左手に持った棒をバットの様に構えると、走ってきた勢いを乗せたまま思い切り振りぬいた。

 

〈ブンッ〉

 

   〈ガツッ〉

 

頭部を打ち抜かれるような形になった稲助は、そのまま人形のように地面に叩きつけられた。

 

 

「ぐらぁぁぁ!」

 

 

 その事態に、待機していた2名のうち、信吉と呼ばれていた男が伊藤さんに襲い掛かる。

 

 信吉は構えた槍を伊藤さんに繰り出すが、伊藤さんはコレを見事に躱すと、槍の柄を右の脇腹に掴む。

 

「もう始まってるんだよ、命のやり取り、後悔すんなよ?」

 

 伊藤さんのその台詞に、信吉の表情に恐怖の色が浮かぶ。

 

 次の瞬間、信吉と組みあう形になった伊藤さんに、庄吉が襲い掛かる。

 

「シャァアアアア!!」

 

 距離にして3mあるかないか。伊藤さんの左側面を取った庄吉は、勝利を確信したかのような奇声を上げた。

 

(まずい!)

 

 俺達は一瞬、伊藤さんのピンチを想像した。

 

 この瞬間、一番冷静なのは伊藤さんだった。左手に持った木の棒を庄吉の足元めがけ、横に回転させながら投げ込む。襲い掛かった庄吉は、棒に足を取られて派手に転んだのだ。

 

 次の瞬間、伊藤さんは目の前で転んだ庄吉には目もくれず、逆に庄吉に目が行っていた信吉との距離を一気に詰めると、その胸倉を両手で掴む。

 

「ひっぃ」

 

 恐怖にゆがむ信吉の顔面に、伊藤さんは斜め上から強烈な頭突きをお見舞いした。信吉は顔面を両手で押さえると悶絶して地面に倒れこんだ。

 

 

 伊藤さんの手には、信吉が手放した槍が握られていた。

 

 そしてその槍の穂先は伊藤さんに操られ、転んだその場で立ち上がった庄吉の胸部を一突きにしたのだ。

 

 

 

「グフッ……ゲッ」

 

 

(あ……)

 

 生々しい絵図だ、俺は声も出ない。庄吉は口から大量の血を吐きだすと、そのまま倒れて動かなくなった。

 

「でえめえええええええ!!」

 

 その時、ようやく起き上がった最初の相手、稲助が再び襲いかかろうとした。

 

 しかし、稲助は最初に頭を打ち抜かれたダメージだろうか、足元がフラ付いてマトモに立っていられない状況だった。それを見た金田さんが、自身の身長よりも長い棒を片手に走った。

 

 

「おおおおおおおおお!」

 

 

 気合と共に、長い棒をまるで剣道の竹刀のように背負うと、無理やりスイカ割の様に上から振り下ろす。金田さんに操られる長い棒は綺麗な曲線を描き、稲助の頭部めがけて振り下ろされる。

 

 

 しかし、僅かに届かなかった。

 

 

 

〈グシャ〉

 

 

 

 棒が地面を叩いた音とほぼ同時に、全く違う嫌な音がした。

 

 

 金田さんに気を取られていた稲助は、真後ろから伊藤さんの槍を受けたのだ。

 

 槍は稲助の腹部を貫通している。

 

 

 稲助は叫び声をあげる事もなく、鼻、耳、目、口、全てから血を流しながら倒れた。

 

 

「銀蔵!!」

 

 稲助が倒れこんだ直後、山賊の親分が野太い声で叫んだ。

 

 

「承知」

 

 

 言うのと動きはほぼ同時、銀蔵の動きは早かった。さっきの3人とは比べ物にならない。

 

 

 銀蔵は腰に差してあった刀を引き抜くと、一瞬にして伊藤さんとの距離を縮めた。

 

 

「がああああああ」

 

 銀蔵が襲い掛かる直前、頭突きを食らった信吉が飛び跳ねるように伊藤さんにしがみ付く。

 

 

「チッ」

 

 伊藤さんの舌うちが聞こえた気がした。

 

 信吉に掴まれた伊藤さんは倒れこむような体制で左足を振りぬくが、それは銀蔵が飛び込んでくる間合いにはずいぶんと早かった。

 

 ところが、まったく届かなかった伊藤さんの回し蹴りに、何故か銀蔵の速度が緩む。

 

 それを見たつーくんが走り出した。

 

 動きが緩やかになった銀蔵は、それでも止まる事はなく、伊藤さんめがけて刀を振り下ろす体制に入る。

 

 直後、今度は銀蔵の胴体が後方に弾かれた。

 

 つーくんの投げたバットサイズの棒が見事に命中したのだ。

 

 

「グッ」

 

 銀蔵はそのまま数歩後ろに飛び退くと、しきりに顔を拭っている。伊藤さんの蹴りは当てる為ではなく、地面の砂を蹴り上げる為の物だったようだ。

 

 まともに砂を被った銀蔵が動きを急に鈍らせたのを、つーくんが見逃さなかったのだろう。

 

 

(凄い連携だな!)

 

 俺は見ている事しか出来ない。

 

 銀蔵の初撃が失敗に終わったのを確認した信吉は、一度伊藤さんから離れて体制を立て直そうと、屍になった庄吉の手から刀を取り伊藤さんに向けて構える。

 

 信吉の手は震えていた。遠目に見ても判別が出来るほど、刀の先はガクガクと左右に揺れている。

 

 

「信吉ぃぃ! 憶すな!」

 

 親分の野太い声が信吉を叱咤する。

 

 目に入った砂がどうにか落ち着いた銀蔵も、改めて刀を構える。

 

 

「庄吉さんと稲助さんね、忘れないよ、俺にとって一人目と二人目だ」

 

 伊藤さんはそう言うと、信吉を無視するように銀蔵に向い言葉を続ける。

 

 

「光栄に思え、お前らはその他大勢じゃない、記念すべき最初の犠牲者だ」

 

 

(迫力がすげぇ……あれホントに伊藤さん?)

 

 今までも凄味程度の物は感じてきたけど、今のはそれとレベルが違う。まさに覇王色の覇気といった感じだろうか、相当な手練れと思われる銀蔵がじりじりと後退している。

 

 

「銀蔵! それ以上下がったら殺すぞ!」

 

 親分の罵声が飛んだ。

 

 刹那、動き出したのは銀蔵でも信吉でもなく、伊藤さんだった。

 さっきまで向き合っていた銀蔵から一転、刀を構えて震えていた信吉に数歩寄ると、槍の柄の末端を持つようにして横に大きく振り回した。

 

 その穂先は、信吉に当たるか、当たらないかの距離だ。

 

「ひぃぃぃぃい」

 

 軽く後ろに飛び退くか、思い切ってしゃがみ込んでしまえば避けれるであろう穂先を、信吉は避ける事が出来ない。恐怖の為に両足が動かないのだろう。

 

 どうにか上半身をのけ反らせて直撃は避けたものの。

 

〈カッ〉

 

 

 乾いた音と共に、信吉の右手首から先が、刀を握ったまま宙を舞った。

 

「あああああがががが」

 

 

 信吉の右手から噴水のうよに血が吹き上がる。

 

 

〈グシャ〉

 

 

(嘘だろ……そこまでしなくても……)

 

 

 吹き上がる信吉の血を大量に浴びながら、伊藤さんはその左胸を槍で一突きにした。

 

 

(どうしちゃったんだよ伊藤さん……)

 

 

 真っ赤に染まった伊藤さんは銀蔵と再び向き合う。

 

「感謝してるよ、どうしても必要な覚悟だったんだ、お前ら相手なら遠慮なくやれるわ」

 

 

「銀蔵ぉぉぉぉ!!」

 

 親分の雄叫びに銀蔵が反応した。

 

 手に持った刀を勢いよく伊藤さん目がけて投げ込むと、自身の腰にあったもう1本の小ぶりな刀を抜いて突進する。

 

 大きく避けて体制が崩れれば危険な状況だが、避けなければ飛んでくる刀の餌食となる。

 

 伊藤さんは少しだけ身を捻る、大げさには避けなかった。刀はどうにか後方に流れたが、確実に何処かに当たったと思われる。

 

 だが、体制の崩れていない槍を相手に、脇差程度のリーチでは銀蔵が圧倒的に不利だった。

 

 伊藤さんが冷静に繰り出した一撃は銀蔵の左胸に突き立ち背中に貫通、伊藤さんがその穂先を引き抜くと、胸部から噴水のように血が噴き出した。

 

 伊藤さんの修験者の服は、もう赤染めのような状況になっている。

 

 

「やるじゃねーか、デカイだけじゃねーようだな」

 

 ここでようやく親分が一歩踏み出してきた。

 

 

「俺の子分にならねーか、そしたらよ、ここの男も女も、お前に任せるさ、何もしねえ」

 

 

 親分の体格は、背丈こそ伊藤さんとほぼ同等か少し高い程度だが。横幅は伊藤さんの倍くらいある巨漢だ。

 

「どうだ、助かるんだよ、お前も、お前の仲間もだ」

 

 

 これだけ伊藤さんが奮戦しても、親分は余裕たっぷりだ。

 

 親分と対峙した伊藤さんがこちらへ向かって叫ぶ。

 

「石島くん、小屋に! 金田くん須藤くん! 下手に突っかからないようにね!」

 

 それだけ言うと、親分と無言のにらみ合いに入る。隙を見せたら危ない状況なのだろう。

 

 小屋に向うのを躊躇している俺の所へ、金田さんとつーくんがやってきた。2人とも表情が硬い。

 

 そんな2人に、俺は無意識のうちに問いかけていた。

 

「伊藤さん……どうしちゃったの?」

 

 

 答えたのはつーくんだ。

 

「この時代を生き抜くのに必要な事、生きる術になる物、そして、皆を守るために絶対に必要な覚悟、それがさ……」

 

 

 そこまで言うと、伊藤さんの周囲に血まみれで倒れている山賊達を見回し、再び俺に向き合い言葉を続けた。

 

 

「それがさ、人を殺す覚悟なんだよ、この時代、人を殺さないといけない場面なんて山ほどあるはずなんだ、それを生きる術にしている人間だって沢山いる時代だからね」

 

(人殺しが生きる術?)

 

 俺とつーくんの会話を聞いていた金田さんが、今度は短いほうの木の棒を持ちながら、俺の目を見て口を開いた。

 

「ま、平和な時代に育った俺達にゃさ、死ぬ覚悟より難しいかもって話よ」

 

 俺達3人が見守る中、ついに親分が動き出そうとしている。

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