ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第14話 届かなくても

 親分の持つ槍は、伊藤さんが奪った槍とは見るからに違う。長さはもちろん、重さや強度にも大きな差がありそうだ。

 

「もう一度だけ言う、俺の子分になれ」

 

 今度は全身から殺気を放出しながら降伏を促した。

 

「冗談きついって大将」

 

 伊藤さんは講義で習ったように槍を構えると。

 

「そこはさ?【子分にして下さい】の間違いじゃねーの?」

 

 

 俺から見えるのは伊藤さんの背中だけだ。けど、今の伊藤さんの雰囲気、たぶん笑顔で言ってのけたに違いない。

 

 

「死にてぇなら仕方ねーな」

 

 親分は腰を沈めて槍を引き付ける。その動きに合わせるように、伊藤さんの腰も少し沈む。

 

 

「死ねやぁああああ!」

 

 怒号と共に繰り出した親分の槍は、同時に後方へ飛び退いた伊藤さんには届かない。

 

 

「まだだぁぁ!」

 

 親分は槍の柄の末端を握ると、重そうな槍を片手でグルリと大回転させた。

 その大振りを見逃さなかった伊藤さんは、一気に距離を詰める。穂先が届かない距離まで接近し、槍の柄を受けなが、一気に懐に飛び込むつもりなのだろう。

 

 

〈ゴッ〉

 

 大振りに回された槍の柄を、槍を縦に持って受けながら、前進する予定だった筈だ。

 

 しかし、伊藤さんの体は大きく吹き飛んだ。

 

 

(嘘だろ……? とんでもねぇパワーだな)

 

 金田さんは割とやせ形だが、伊藤さんは至って普通の体型だ。

あの身長なら、70Kg前後はあると思われる。

 

 その伊藤さんが、まるで子供のように吹き飛んだのだ。

 

 

「いてて、鉄槍か」

 

 伊藤さんが手にしていた槍は、親分の攻撃を受けた箇所で真っ二つに折れていた。

 

 親分の槍が、柄の部分まで全て鉄で出来ている槍だとすれば、あの速度と鉄の重さがあれば考えられる破壊力ではあるが、それを片手でグルリと回せる親分の腕力に驚愕する。

 

 伊藤さんを弾き飛ばした槍は、そのまま親分に操られるようにして弧を描き、伊藤さんの脳天へ振り下ろされる。

 

 

 

《ズドーーン》

 

 

 槍で地面を叩いたような音ではなかった。

 

 まるで交通事故が起きたような、爆発音のような衝撃が伝わってくる。

 

 振り下ろされる槍をどうにか避けた伊藤さんは、急いで親分から離れた。

 

 

「器用な事するじゃねーか、あんなに手応えがねぇのは初めてだぜ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた親分は、その巨体に似合わない俊敏な動きで伊藤さんとの距離を縮める。

 

 槍の届く範囲に入ると、まるで地面ごと削り取るように槍を振り回す。

 

 

(ヤバイのか!?)

 

 あの重さ、あの速度で振りぬかれる槍の穂先に少しでも触れれば、大けがじゃ済まないダメージを受けるだろう。

 

 サッカーのフェイントで経験しているから、後方や側面に逃れる事の難しさはよくわかる。人間の体の構造上、最も素早い反応が取れるのは前方だ。

 

 伊藤さんは、その事を知っているのか、避ける方向に前方を選択。穂先にはかすりもしなかったが、鉄製の柄をもろにくらって吹き飛んだ。

 

 

《ガッシャーン》

 

 

 伊藤さんは4mほど飛び、テーブルをなぎ倒しながら落下した。

 

 

「んぅ、いってぇぇ……」

 

 

 テーブルを押しのけながら伊藤さんが起き上がる。

 

 

「ほう、起き上がるか、ますます惜しい」

 

 

「タフなのが自慢でね」

 

 折れた槍の先半分を右手に持って立ち上がる。

 

 

「石島くん小屋に入って! 金田くんと須藤くんは少し離れて! 手を出さないでね!」

 

 

 伊藤さんは此方を見る事無く声を上げた。親分は特に息を荒げるでもなく、一歩、また伊藤さんに接近する。

 

 伊藤さんの指示通り、金田さんが伊藤さんと親分から距離を取る。

 

「石島ちゃん、入ったら美紀ちゃんを手伝って!」

 

 そう言って俺に小屋に入るよう促した。

 

 つーくんは木の棒を片手に、一定距離を保ちながら隙を伺っている感じだ。

 

 

「そろそろ終わりにしようか」

 

 親分はその一言を終えると、立て続けに槍を繰り出す。伊藤さんは見事としか言いようがない、一定距離を保ちながら全てを避けきった。だが、伊藤さんは既に肩で息をしている。

 

 

「グハハハ! 息があがってるなデカイの!」

 

 小屋に入った俺は、窓を開けると顔を出した。窓の高さは地面からだいぶ高く、槍でも投げ込まれない限りは安全だ。

 

 窓から身を乗り出す様に状況を見つめる俺は、背中の辺りの服を掴まれた。同じく窓から状況を見ていた優理だ。

 

(そうだよ、俺がしっかりしないと!)

 

 室内を見ると、うずくまる瑠依ちゃんを唯ちゃんが抱きしめるようにしている。美紀さんは、何故か台所にいるようだ。

 

 

《ズドーン》

 

 

 またさっきの爆発音のような、槍で地面を叩き壊すような音がした。伊藤さんはもうフラ付いてる。山賊達の返り血なのか、伊藤さん本人の流血なのか区別がつかない。

 

 全身血まみれで、かなり苦しそうだ。

 

 

「グハハハハ! よくやったよデカイの! 俺の槍を受けて無事なわけがねぇ」

 

 

 良く見ると、伊藤さんの左腕はダランと垂れ下がり、右手には武器を持たず、左の脇腹より少し上あたりを押さえている。

 

(槍で吹っ飛ばされた時に折れたのか!?)

 

 

「終わりだ!!」

 

 

 親分が一歩踏み込んだ瞬間、さっきまで垂れ下がっていた左手が突然親分に向けられ、何かを投げたようだ。

 

 親分の動きが停止した。

 

 次の瞬間、伊藤さんは壊れたベンチの部材を両手で持つと、親分目がけて振り込む。

 

 狙いは、槍を持つ手だった。ベンチが当たる音と、親分の叫びがほぼ同時にあがる。

 

「あがっ!!……て、殺す!」

 

 その目には、べっとりと血が付いている。

 

 伊藤さんは左の拳の中に血を溜める為、わざと左手をぶら下げていたようだ。そして、ある程度たまった血の塊を親分の目に投げたらしい。

 

 親分が鬼の形相とでも言うのか、恐ろしい表情に変わった。しかし、鉄の槍は一度地に落ち、親分の右手の指があらぬ方向を向いている。

 

 伊藤さんは既に落ちた槍を拾うと、小屋の方に向って思い切り投げ飛ばした。

 

 

 投げ飛ばしたと言っても、伊藤さんと小屋までの距離はもう5mあるかないか程度だ。鉄製の槍は重く、最後は転がるようにして小屋に当たって止まった。

 

 

「グハハハ、懸命だな、ありゃお前さんにゃ重くて使えんだろうよ」

 

 折れた右手の指を半ば強引に元の方向に戻すと、今の一撃でほぼ力を使い果たした伊藤さんに歩み寄る。

 

 

(助けないと……)

 

 金田さんも、つーくんも、まだ動かない。

 

 殴りかかる体制に見えた親分に、伊藤さんが身を躱す体制に入ったが、親分はそこから右足を綺麗に振りぬいた。

 

 

 親分の蹴りに、伊藤さんは小屋のすぐ横まで弾かれて倒れる。

 

 

「さて、次はどいつだ?」

 親分が金田さんとつーくんを睨む。

 

 

「イテテ……アバラ折れたかな」

 左脇辺りを抑えながら、伊藤さんが立ちあがった。

 

 伊藤さんはもう、窓から見ている俺達の目の前だ。いつの間にか優理の隣で美紀さんも外の様子を見ていた。

 

 

「しぶとい野郎だ、とかく、まずはデカイの、お前からだ」

 

 立ち上がった伊藤さんに、親分がまた襲い掛かった。伊藤さんはどうにか躱すも、その背を小屋の壁に付ける状態まで追い詰められてしまったようだ。

 

 もう、俺達には伊藤さんの姿が見えない。窓の外、目の前にいる山賊の親分は、俺達を見てニヤリと笑った。

 

 その時、何故か両手にキッチングローブをハメた美紀さんが俺と優理を押しのけた。

 

「どいてっ!」

 

 

 親分が拾ったベンチの部材を片手に、伊藤さんに向けて大きく振りかぶった。

 

「先にあの世にいってろや、デカイの」

 

 

(ヤバイ!!!)

 

 

 その時。

 

 

「親分さん!」

 

 美紀さんが叫んだ。

 

 

 一瞬、親分がコッチを見る。

 

 美紀さんは、窓を利用して親分から見えない位置に、両手で鍋を抱えていた。待機拠点から持ってきたあの鍋である。

 

「これあげるっ!!」

 

 鍋には濛々と湯気を立てる熱湯が入っていて。

 

 

〈バシャ〉

 

 

 窓から身を乗り出す様に、外の親分に向ってぶっかけたのだ。

 

 グツグツと煮え立った熱湯は、親分の顔面に直撃すると真っ白な湯気を発した。

 

 

「ぐううううううああああっっ!!」

 

 親分はたまらず叫び声をあげた。

 

 熱湯だ、転げまわって熱がると思ったけど、親分は軽く腰を折って後ずさりし、小屋から離れて顔面を抑えている。

 

 熱がっているだけで倒れる気配はない。

 

 さっき金田さんに【中で美紀さんを手伝え】と言われたのに、俺は見るのに夢中で何も手伝えていなかった。

 

 

 だが、状況はそれで十分だったようだ。

 

 

 俺達の視界の下から「アチチッ」と伊藤さんの声がした。その声の主はすぐに親分に向って駆け出す。

 

 いつの間に用意したのだろうか、小屋に備え付けてあった調理包丁を懐から取り出すと、走りながら安全ケースを取り外した。

 

 

「んぐぐうぐ」

 

 親分がどうにか目を開けた時には、既に遅かった。

 

 懐に飛び込んだ伊藤さんは、調理包丁で親分の喉を真一文字に切り裂く。

 熱湯を浴び、喉を切り裂かれた親分はそれでも倒れず、大量の血を流しながら伊藤さんの首を両手で掴んだ。

 

 

「グッ」

 

 伊藤さんは苦しげな表情になったが、右手に掴んだ調理包丁を親分の首元に突き立てる。

 

 

〈シュウウウウウウウ〉

 

 

(これは……エグいな……)

 

 少し離れた小屋まで、親分の血が吹き出す音が聞こえてきた。

 

 

〈ドサッ〉

 

 

 喉を切り裂かれていた親分は声を出す事もなく、そのまま直立の体勢で後ろに倒れた。伊藤さんは、倒れた親分の足元で尻もちを付き、全身血まみれになっている。

 

 

 その様子を見ていた優理は、腰を抜かしたようにその場に崩れ落ち、放心状態になった。

 

「優理を頼む」

 

 美紀さんは、そう言い残して外に出る。俺は優理を心配しながらも、不安そうにこちらを見ていた唯ちゃんに気付く。

 

「大丈夫、終わったよ、伊藤さんがやってくれた」

 

 唯ちゃんは黙って頷くと、また強く瑠依ちゃんを抱きしめた。

 

 

「石島さん、私は大丈夫、ごめん、伊藤さんのトコに行ってあげて、私……足が動かない……」

 

 絞り出したような声で、優理が伊藤さんの心配をしている。

 

 

「ああ、大丈夫、ちょっと行ってくるね」

 

 俺は優理の肩に軽く手を置いて励ますと、美紀さんを追うように外に出た。

 

 息絶えた親分の傍らに、伊藤さんがしゃがみ込んでいて、その横には金田さんとつーくんが立ち尽くしている。

 

 3人に会話は無かった。

 

 

 美紀さんも俺も、小屋と伊藤さん達との中間くらいの所で立ち止まり、それ以上近づくのを躊躇っている。

 

 

 しばらくして、金田さんが口を開いた。

 

「先輩、自分……」

 

「いいよ、いい、もう終わった」

 

 金田さんの言葉を遮るように言った伊藤さんは「ハズレたけどカッコよかったぜ?」と笑いながら立ち上がった。

 

 つーくんが一歩前にでる。

 

「伊藤さん! ありがとう御座います! あと、ほんと申し訳ありませんでした!」

 

 言いながら直角にお辞儀をした。

 

「なーに言ってんの、危なかったとこ助けられたよ、ナイスだったぜ剛左衛門」

 

 伊藤さんは言い終わると、美紀さんの方を見る。

 

「美紀ちゃん、この下の滝あるじゃん? あそこ行って水浴びしてくるわ」

 

 伊藤さんは、あえて明るくしているのだろう。全身血まみれの自分を滑稽な動きでアピールしていた。

 

 

「すいません、まだ水の補充が出来てなくて……」

 

 美紀さんはシャワーがまだ使えるようになっていない事を謝罪しているらしい。確かに、ここにいる全員の命を守ってくれたヒーローに、シャワーの一つも提供出来ないなんて、ひどい話だ。

 

 

「いーよ大丈夫、この状況で小屋とかシャワールームとか入れないし、気にしないで!」

 

 それだけ言うと山賊達が来た方へ向かって歩き出した。

 

「まって!!!」

 

 

 俺と美紀さんの後方から、優理が呼び止めた。

 

 

「ん? どこもいかねーよ、水浴びしたら戻ってくるって」

 

 一応、たぶん、笑顔で答えたと思う。顔中血だらけの伊藤さんの表情は、イマイチつかめなかった。

 

 

「そうゆう事じゃない! そんな事、もう心配してない!」

 

 優理にしては、珍しく凛とした大きな声を出している。

 

 伊藤さんは、一応振り返ってこちらに体を向ける。背中までぐっしょり血に染まっているが、前はそれ以上だ。

 

「まぁ、ほら、話は後でもいいかな? 乾く前に流したいんだ」

 

 その言葉に、優理は何も言わない。

 

 代わりに、ゆっくりと伊藤さんに向って歩き始めた。

 

 

 

『くるなっ!』

 

 

 

 今まで伊藤さんが発した声の中で、一番大きかったと思う。それは、すごい威圧感だった。肌に感じる波動のような、そんな大声だ。

 

 優理は一瞬、体をピクッっとさせて静止するも、ぐっと堪えるようにまた歩き始める。

 

 

「来ちゃダメだ! 美紀ちゃん止めて!」

 

 

 その声にハッっとなった美紀さんが、優理を後ろから抱きしめるように食い止める。

 

 

「じゃ、行ってくるから!」

 

 

 伊藤さんはすぐに背を向けると、そのまま速足で歩き始めた。

 

 直後、優理が叫んだ。

 

『なんでもそうやって一人で抱え込む気!?』

 

 

 その言葉に、伊藤さんだけでなく。

 

 美紀さんも、金田さんも、つーくんも、何かに叩かれたような反応を示した。一瞬緩んだ美紀さんの束縛を解いた優理は、一直線に伊藤さんに突進する。

 

 途中、地面に血の海を作って絶命している親分や、その他の山賊達の亡骸(なきがら)の間を走り抜け。

 

 

 血まみれの伊藤さんの背中に、無言で飛びついた。

 

 

「なんでだよ、なんで来ちゃうんだよ……」

 

 優理は伊藤さんの問に答える事なく、ただ無言のまま背中にしがみ付いている。

 

「血まみれじゃねーか……バカ者」

 

 背中に抱き着いた優理は、腕や体や顔と言わず、接触している面が完全に血まみれになっている。

 

 

「イヤダヨ……」

 

 優理の小さい声が、静寂の中に響く。

 

「もうこれ以上、遠くに行っちゃ嫌だよ……」

 

 

「大丈夫、何処にも行かないってば」

 

 伊藤さんの優しい声が、なんだかとても悲しそうに聞こえる。優理は、その言葉を聞いてさらに強く、伊藤さんを抱きしめたようだ。

 

 優理の衣服に染み込んだ血が、優理の左ひじからポタポタと垂れる。少しの沈黙の後、まるで怒っているような調子で優理が口を開く。

 

「届かなくてもいいんだよ! 私の気持ちなんか届かなくてもいいんだよ……でも!」

 

 そこまで言って一旦伊藤さんを離すと、今度は正面に回りこんだ。

 

 

「一人で抱えないで! 遠くに行かないでよ!」

 

 声に涙が混じり始めているのが分かる。

 

「突き放さないでよ……お願い」

 

 最後はもう、完全に泣いていた。

 

 

「ったく、これは必要な覚悟なの、生きる術なの、だから大丈夫、何処にも行かないし、突き放したりもしない」

 

 伊藤さんはそう言って、歩き出そうとした。

 

 

「ウソっ! そんなのウソ!」

 

 両目から大量の涙を流す優理は、すれ違う伊藤さんの正面から飛び込んで抱き着いた。

 

 衣服に染み込んだ血が、嫌な音を立てる。

 

 

「言ってたもん! 人を殺さなくても変革は起こせるって! 言ってたもん!」

 

 泣きながら叫ぶ優理の声、小屋から出てきた唯ちゃんと瑠依ちゃんも、ただ無言でそれを聞いていた。

 

 

「いっぱいお金稼いで、いっぱい病院とか学校を作るって言ってたもん!」

 

(伊藤さん、そんな事考えたんだ……)

 

「天下人と対等に渡り合える財力と人望を集めてみせるって言ってたもん! 人を殺すのが生きる術なんて言ってなかったよ!?」

 

 きっと、優理が逃走劇を繰り広げたあの日の夜に2人で話した内容だろう。優理が泣きながら訴えているのは、この時代に取り残されるという事故が起きる前の話だ。

 

 そして、あの日、優理が伊藤さんを追ったりしなければ、伊藤さんは今頃京都に向って旅をしているはずだったろう。そして、俺達がこんな状況になっているとも知らず、理想を追い求める戦国ライフを満喫していく事になったかもしれない。

 

 伊藤さんは、優理の両肩と掴むと、自分から引き離すようにした。

 

「ったく、勝手に追ってくるわ、帰らねえわ、来るなって言ってるのにこっち来るわ」

 

 そう言いながら、優理と同じ目線まで腰を落とすと、血まみれの顔で、同じく血まみれの優理の顔を覗き込むようにした。

 

「あのね、優理にこんなふうに血を触って欲しくなかったから来るなって言ったの、突き放したわけじゃないの」

 

 優しく諭すように言葉を続ける。

 

「それにね、俺はやらされてる訳でも、義務でやってる訳でもないの、皆を守りたいから戦ったの、俺の意思、俺が守りたいから勝手に守らせてもらったの! それだけ!」

 

 

 伊藤さんの言葉に、しばらく俯いたままの優理だった、大き首を振ってその言葉を否定しているようだった。

 

 

「違う! 違う! 違う! ごまかさないでよ!」

 

何度も、何度も首を振りながら食って掛かった。

 

「必要な覚悟じゃない! 守りたい訳じゃない! 必要な生きる術でもない!」

 

 そこまで言うと、すでに血まみれになった両手で、伊藤さんの両頬を挟むように触った。

 

 

「ごめんね……私が残っちゃったからだよね」

 

 優理は肩を震わせて泣いていた。

 

「私が残ろうとしたせいで、石島さんまで残っちゃったから」

 

 頬にあった手は、伊藤さんの胸に下り、しがみ付くように体を預けて泣きだした。

 

「そのせいで唯ちゃんと瑠依ちゃんまで戻って来ちゃって……」

 

 

「だからだよね……ホントは必要なかった覚悟まで決めさせてさ」

 

 その通りかもしれない。昨日、伊藤さんの目が真っ赤だったのはその覚悟のせいだろうか。

 

 優理と俺と、唯ちゃんと瑠依ちゃん。この4人がいなければ、頭のいい4人だけなら色々な事が出来ただろうと思う。

 

 今回も逃げるなり、待ち伏せするなり、もっと色んな策が練れたはずだ。足手まとい4人を守りながらでは、人を殺す覚悟をしないといけないのかもしれないと、俺でもなんとなく分かった。

 

 

「伊藤さんはさ? 優しいよ……きっと誰よりも優しい、そんな伊藤さんにこんな事させちゃって……ゴメンね」

 

 

 優理は血に染まった手で、同じく血に染まった伊藤さんの手を握る。少し泣くのも落ち着いてきた様子だ。

 

 

「私の想いは……届かなくてもいいんだ、でもお願い」

 

 もう、何度目だろう、また伊藤さんに抱き着いた。

 

 でも分かる気がする。

 本当に優しい人だ、その人がこんな風に人を殺める覚悟を決め、俺達を守ってくれた。

 

 きっと今、伊藤さんの心は深く抉れている事だろう。癒してあげたいと言うか、少しでも埋めてあげたいと言うか。

 

 なんとなく、優理の気持ちは理解できる。

 

 

「お願いだから、少しでいいから、あなたの為に何かさせて」

 

 その優理の声は、優しく、強く、きっと伊藤さんの胸にも響いただろう。

 

「もっと心に寄り添わせてほしい、痛みを私にも感じさせて? 苦しみを一緒に背負いたい、悲しみを……癒したいの」

 

 伊藤さんは背中しか見えない。

 

 けど、何故だろう、優理の言葉に泣いているような気がした。

 

 2人のやり取りを見守る俺達には、言葉をかける隙間が無い。それは、この空間が異常すぎる所為もある。

 

 血に染まったご遺体が、大森さんを含めて6人分。そして、真っ赤に返り血を浴びた伊藤さんと、その伊藤さんに何度も抱き着いては、同じように血まみれになった優理。

 

 

「あのな? 優理、ひとつだけ、なんか勘違いしてるみたいだから言っとくわ」

 

 

 ようやく、伊藤さんが口を開いた。

 

 

「誰が届いてないって言った? んな事、一回も一言も言ってねーぞ?」

 

 

(ええええ! 今このタイミングですか!?)

 

 

 微妙な言葉ではある。

 聞く人間によっては色々な解釈が出来そうな。伊藤さんらしい【ズルい】言葉だと思うけど。

 

 言われた優理の表情は、血まみれでよく見えないながらも、両目いっぱいに感動の涙を浮かべているように見える。

 

 

 再び伊藤さんに飛びつこうとした優理を、伊藤さんが静止した。

 

 

「でもな! こんな血まみれでラブシーンは無いっしょ! もう乾いてきた! 滝にいくぞ~!」

 

 ちょっとおどけた感じで、上手く誤魔化した雰囲気もあった。

 

 

「うんっ♪!」

 

 

 小走りに滝に向う2人。優理はすごく自然に伊藤さんの右手を掴んでいた。

 

(仲良く手繋いで滝へ~って、あー、終わったか)

 

 

 別に、仕方がないような気がしてきた。

 

 

 優理の事はすごい好きだけど、今の伊藤さんと優理を見ていたら応援したくなってきてしまった。

 

 そんな目で2人を見ていたら、突然立ち止まって振り返った。

 

「美紀ちゃーん! 着替え持って来て! 滝に!」

 

 それだけ言い残して2人で去って行った。

 

 

 頼まれた美紀さんが大きくため息をつく。

 

「これってタイミング難しくないですか!? 行ったらラブシーンの真っ最中とか絶対見たくないんですけど!」

 

 

 その美紀さんの言葉に金田さんが反応した。

 

「自分がもっていこっか?」

 

 

 多分、なんの下心もな無い、親切心から出た言葉だろう。そんな金田さんを灰にしたのは瑠依ちゃんだった。

 

 

「変態さん! 優理先輩の着替えを覗く気ですね!?」

 

 

「んなっ!?」

 

 金田さん、どうも瑠依ちゃんの変態扱いに固まる習性があるらしい。

 

 

「あのさっ!」

 俺の声に、皆がこちらを見た。

 

 別にすごく深い考えがあるわけじゃないんだけど。思った事を言うべきだと感じたんだ。伊藤さんに言われた「自分を信じて選択する」ってやつかもしれない。

 

「伊藤さんと優理が戻ってきたときに、山賊達や大森さんの無残な姿を見ないで済むようにしよう!」

 

 これだけ言い切った。

 

 人の屍に触った事はない。正直、触りたいとも思わない。

 

 けど、そんなの、伊藤さんが決めた覚悟や、実行してくれた覚悟に比べたらどうと言う事はない。

 

 

 唯ちゃんが賛同の声を上げてくれた。

 

「そうですよね、優理が血まみれになってまで伊藤さんの心を癒したのに、私たちが何もしないって訳にはいきませんね!」

 

(唯ちゃんって、たまに核心を突くような事言うね)

 

 本当に言う通りだ、あのまま伊藤さんを一人で行かせて、一人で寂しく水浴びさせていたら、俺達はきっと後悔したに違いない。

 

 

「よし! お墓作ろう!」

 

 つーくんが言った。

 

 

「作業道具ならいっぱいある!」

 

 瑠依ちゃんが小屋裏の物置を指さして叫んだ。

 

 

「そんじゃ、先輩が戻ってきたら手を合わせられるくらいにしときますか!?」

 

 金田さんが腕まくりしながら少し大きな声を出した。

 

 

『お~♪』

 

 

 結局、2人の着替えは予定通り美紀さんが持っていく事になった。唯ちゃんと瑠依ちゃんは、バケツを抱えて少し上の沢まで水汲みだ。小さい体で黙々と、何往復も水を運んでいる。

 

 俺を含めた男連中は、とにかく大きい穴を6個掘らないといけない。

 

 未来のスコップは高性能でモリモリ掘れたが、6個は結構大変だった。なにより、その穴にご遺体を運ぶのがもっと大変だった

俺も、金田さんもつーくんも、手足はけっこう血だらけになり。唯ちゃんたちが持って来てくれた水を使って、地面や衣服やテーブルやベンチに付いた血を洗い流していた。

 

 

 自分の手に付いた血を洗いながら思う。

 

 

(そうさ、優理に負けてられないな)

 

 

 すっかり日も高くなり、お昼はとっくに過ぎている時間だろう。温かい日を浴びながら、俺は独り言を呟いていた。

 

 

「【届かなくても】……か、そうだよな」

 

 

 

 

想う人のために 何が出来るか

 

想う人の心に どれだけ寄り添えるか

 

想う人の痛みを どれだけ感じ取れるか

 

想う人の苦しみを どれだけ背負えるか

 

想う人の悲しみを どれだけ癒せるか

 

お願いだから 突き放さないで

 

お願いだから 一人で背負わないで

 

私の想いは 

 

届かなくても

 

かまわないから

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