ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第15話 チャンス到来!?

 伊藤さんと優理は勿論だが、着替えを持って行った美紀さんも戻って来ていない。

 

(美紀さんもいれば安心か……)

 

 

 作業を始めてから2時間程だろうか、俺達は6人分の墓を掘り、ご遺体を中に入れて土をかぶせた。

 

(大丈夫かなぁ、伊藤さん)

 

 遅いのには理由がある、それは俺も理解している。何故着替えを持って行く役目を美紀さんが実行したのかと言うと、同時に治療をするためなのだ。

 

 着替えと一緒に未来の救急BOXを持って向かった美紀さんが、伊藤さんの治療に当たっているのだと思う。

 

 気付いたら夕方に近くなっていて、お昼を食べていないのでお腹が減ってきた。

 

 

 

「これなんかどーかな?」

 

 瑠依ちゃんが手にしていたのは、銀色の板である。金田さんとつーくんが製水機を設置した時に、貯水タンクのカバーを取り外した物で、ちょうど6枚だ。

 

 

「いいね! それにしよう!」

 

 つーくんがその板を1枚預かると、少し土を盛っては上に突き立てた。

 

「あー、名前! 書いた方がいいか」

 

 そう言ったつーくんは何かを考えるようにしてから、瑠依ちゃんを見た。

 

「平岡さん、おおもりさんって【大きい】に【木が三つの森】で大森さん?」

 

 つーくんの言葉に、瑠依ちゃんは頭に「?」を浮かべている。

 

(平岡さん!? 瑠依ちゃんの名字?)

 

 つーくんの問に答えたのは唯ちゃんだった。

 

「はい、その大森さんです」

 そう答えた直後、瑠依ちゃんを見て「ふふふっ♪」と笑っている。

 

「なんですか!? えー、なんか瑠依笑われてます? 唯先輩今のなんですか? 須藤さんもっかい言ってください!」

 

「なんでもない! 平岡さん気にしないで♪」

 

 つーくんは瑠依ちゃんを軽く躱すと、未来のマジックペンを手にして固まった。

 

「阿武さんて確か……字、上手だったよね?」

 

 そう言うと板とペンを唯ちゃんに渡す。

 

 唯ちゃんは笑顔でそれを受け取ると、とても綺麗な字で「大森さん」と縦書きに記した。

 

 

「墓標っぽくなったな~」

 

 金田さんが感心の声を上げた。

 

 

 その時、優理達が戻ってきた。

 

 

「ただいま~♪」

 

 優理はなんだか元気そうで、服はここに来た時の服装ではなく、Tシャツに短パンというラフな格好だ。

 

(おおお、いい……私服って感じだ)

 

 

 手には大きくやたらと重そうな袋がぶら下げられていて、たぶん着替えた服とかが入っているのだろう。

 

 

 少し遅れて伊藤さんと美紀さんも現れた。その姿を見た瑠依ちゃんが駆け出す。

 

「伊藤さん!? どうしたんですか!?」

 

 

 どうしたもこうしたもない、怪我をしているのだ。当たり前だと思う。あれだけ激闘で怪我で済んでいる事が、奇跡と言っても過言じゃないくらいだ。ちょっとぎこちない歩き方なのは、見た感じ左足を負傷しているのだろうか。

 

 

 それ以上に問題は上半身にありそうだ。

 

 右腕は骨折した人のように、布で首からぶら下げていて。左腕は肌が見えない程に全体が包帯でぐるぐる巻きになっている。

 

 戦闘中に左のアバラを抑えていたのは、おそらく肋骨が折れていたのだろう。腹から胸のあたりまで包帯グルグル巻きで、脇腹をかばうようにコルセットまで装着されていた。

 

 そんな状況では上着を着る事も出来なかったのだろう。マントのように両肩に引っ掛ける程度だ。

 

 額に巻かれた包帯は、左目から左耳にもかぶっており。見えているのは右目、右耳、口、鼻、首と胸部くらいだ。

 

 本当に満身創痍な状況で戦ってくれたのが伝わってくる。それだけ多くのダメージを蓄積している状況で、よく滝まで歩けたものだ。

 

 

 伊藤さんは自力で歩いているが、その横に美紀さんがピッタリと寄り添うように歩いてる。

 

 

「先輩、ボロボロっすね」

 

 金田さんが心配そうに声をかける。

 

 

「ボロボロとか言うなよ、負けたみたいじゃんか!」

 

 伊藤さんは明るかった。本当にボロボロの見た目になっているが、明るい声で応対してくれていた。

 

 駆け寄った瑠依ちゃんは本当に心配そうに、泣きそうな顔で寄り添って歩いている。伊藤さん達がテーブルまで到着すると、美紀さんが俺に問いかけた。

 

「どこに作ったの?」

 

 

(山賊達の墓の事か)

 

 

 6人の墓はこのキャンプから北側、少し斜面を登ると、また下りになる。その斜面を下りると少し平らな場所があり、そこに6人分の墓を作った事を伝えた。

 

 少し離れていないと落ち着かない気がしたからだ。その分、遺体を運ぶのは苦労した。

 

 

 歩くのが多少つらそうな伊藤さんは、とりあえずベンチに腰かけている。美紀さんは俺の説明を聞くと、伊藤さんの所へ戻る。

 

「あのね、伊藤さん」

 

 そう言って話始める美紀さんは、伊藤さんの正面でしゃがみ込み、伊藤さんより低い目線で、伊藤さんの膝に手を置いている。

 

(ボケ老人に話しかけてるみたいだな)

 

 

 そんな風に見えるくらい、美紀さんは丁寧に言葉を選びながら語りかけていた。

 

 

「よいしょっと」

 

 優理は手に持っていた袋を小屋横にある処分用の箱にぶち込むと、大きなため息を付いた。

 

 何かに呆れているとか、そうゆう種類のため息じゃない。自らのストレスを解放するような、痛みや辛さを吐き出すような、そんなため息だった。

 

 

「いや、今いくよ、ありがとう美紀ちゃん」

 

 伊藤さんは辛そうだ。骨が折れたり、打ち身や刀傷があるのだろう。となれば、熱が出ていてもおかしくない。

 

 

 美紀さんは伊藤さんに頷くと「優理」とだけ、優理を呼んだ。

 

 優理は美紀さんとアイコンタクトを取るようにしながら伊藤さんに駆け寄ると、美紀さんと同じような体勢になる。

 

「伊藤さん、ちょっとだけだよ? すぐ戻って休むんだよ? いい?」

 

 心から心配しているんだろう。なんだか本当におじいちゃんに話しかけているようで、少しだけ可笑しかった。

 

 

 伊藤さんは少し辛そうにしながらも、誰の手も借りずにベンチから立ち上がる。

 

「あのね、要介護のお爺さんじゃないんだから、大丈夫です! それにね、寝る前になんか食わせろ、腹減って死ぬってば」

 

 そう言って美紀さんと優理の間を抜け、俺達が作った墓へ向って歩き出す。

 

 楽に歩ける状態じゃないのは、誰が見ても明らかだ。体も相当辛いはずだ。それでも伊藤さんは「大丈夫」と言って聞かない。

 

 美紀さんも優理も、あの瑠依ちゃんでさえ、どう接したらいいのか分からず、ずいぶんと困惑している様子だ。

 

 

「みんな、お墓、大変だったでしょ、ありがとね!」

 

 

 自分で歩くと言って補助を断っていた伊藤さんだが、その姿はフラフラと危なっかしい。

 

 

 たまらず金田さんが駆け寄った。

 

「まったく~、フラフラじゃないですかおじいちゃん!」

 

 

 大人の男が負傷して、歩くのも辛い状況なのに、強がって一人で大丈夫だと言っている。

 

 この状況はもしかしたら、女の子達には理解が難しいのかもしれない。男ならこんな時、真面目に心配されればされるほど、プライドが邪魔して大丈夫だと言ってしまうものだ。

 

 

 つーくんも伊藤さんに駆け寄る。

 

「おじいちゃん! お墓参りですか? 一緒に行きましょう!」

 

 

 つーくんと金田さんは、伊藤さんには触れないものの、いつ転んでも助けられる距離を保って歩き出した。俺も続けて駆け寄った。

 

「おじいちゃん、よかったらオンブしましょうか!?」

 

 

 俺は駆け寄ると、伊藤さんの目の前に回りこみ、背を向けてひざまずいた。

 

 

「ブッ」

 つーくんがちょっと、吹き出した。

 

 

「くっそ~~~~ぉ」

 伊藤さんは悔しそうに声を漏らした直後。

 

「若いモンにの世話にはならん! わしゃ一人でゆくのじゃ!」

 

 

 そう言ってさっきより元気に歩き出した。

 

 

「なーんだ、ちゃんと歩けるじゃないっすか!」

 

 金田さんは嬉しそうに言うと、伊藤さんにバレないように美紀さんと優理の所へゆっくりと近づいた。

 

 

「反対側は少し下り斜面だからさ、歩けないだろうから助けてあげてね♪」

 

 金田さんは小声でそう伝えると、伊藤さんを追いかけた。

 

「おじいちゃーん、そんなに張り切ったら危ないっすよ~」

 

 フラフラしながらもどうにか斜面を登る伊藤さんを、俺達は感謝の眼差しで見守りながらお墓へ向かっている。

 

 

「おじいちゃん、もうちょっと頑張れ!」

 

「そこ、木の根があるから気を付けてくださいね!」

 

 俺とつーくんは伊藤さんを先導するように声をかけながら、先に斜面を登りきった。

 

「お前ら、治ったら覚悟しとけよ?」

 

 

「ふふふっ♪」

 

 伊藤さんのすぐ後ろで唯ちゃんが楽しそうに笑う。

 

「伊藤さーん、ホントに大丈夫なんですか? 瑠依が手繋いであげますよー?」

 

 瑠依ちゃんはピョンピョンと飛び回るような動作で、伊藤さんの周囲をくるくると回りながら器用に斜面を登ってくる。

 

 

「瑠依~、邪魔でしょ、どきなさ~い」

 

 唯ちゃんの後ろから美紀さんも追いついてきた。

 

 

 優理は金田さんと一緒にアッというまに斜面を登りきっていた。

 

 

「あそこっす」

 

 金田さんは、墓の位置を指示して優理に伝えている。登ってしまえばもう見える位置だ。普通に下って行けば2分もあれば十分な距離である。

 

 

「先に行っててくれますか?」

 

 優理は笑顔で金田さんにそう言うと、登ってくる伊藤さんを待った。

 

 

「了解っす」

 

 頷いた金田さんは、俺とつーくんに目配せすると、そのまま斜面を駆け下りて行った。

 

 

 目配せの意味は分かった。

 

 

 つーくんもその意味を理解したのだろう、唯ちゃんに何かを伝えると。

 

「よぅぅし! 競争だ! よーーーーい!」

 ちょっと大きな声を出した。

 

「負けないですよっ!石島さん!」

 唯ちゃんも少し大き目の声を出す。

 

 俺は一瞬迷ったけど「ようし! 見てろよ!」と気合を入れ、なるべく自然に唯ちゃんとつーくんに並ぶ。

 

 その直後、目標が釣れた。この競争の狙いが何なのか、俺は察知する事が出来たのだ。

 

「まって! 瑠依も~!」

 

 瑠依ちゃんが到着する直前。

 

「どん!」

 言うなり、いきなり走り出すつーくん。

 

「あ! ずるい!」

 唯ちゃんも走り出す。

 

「卑怯だぞ剛左衛門!」

 俺も走り出した。

 

「ズルーイ!」

 瑠依ちゃんも慌てて追いかけてくる。

 

 緩やかな斜面を駆け下りながら、見ないようにしようと思っていたけれど。どうしても気になって振り返ってしまった。

 

 

 キャンプ側の斜面を登りきった伊藤さんを出迎える優理は、しんどそうな顔の伊藤さんを突然抱きしめたのだ。

 

(見なきゃよかった……)

 

 伊藤さんの後ろから登ってきた美紀さんは、その様子をただ見ている。抱き着いた優理は何かをしきりに訴えているようだった。

 

 その優理に、伊藤さんが渋々頷いているのが分かる。

 

 伊藤さんの反応に、美紀さんは満足そうな笑みを浮かべると、優理と2人で伊藤さんを補助しながらゆっくりと斜面を下り始めた。

 

 

 伊藤さんが墓に到着した時、空は綺麗なオレンジ色をしていた。墓の前に立ち尽くしている伊藤さんを囲むように、皆は少し下がって沈黙している。

 

 

「あっ!」

 声を上げたのは俺だ。思い出したんだ、つーくんが持っていた板の事を。

 

 

「つーくん、板! 板! 墓標!」

 

「やべっ! 忘れてた!」

 

 つーくんは全力で斜面を駆け上り、また戻ってきた時には完全に息が上がっていた。

 

 

「なにもそんなに全力で走らんでも」

 

 苦笑する伊藤さんに、つーくんは首を振って「いやいや、ハァハァ、いやいや」それだけ言って1枚の板を差し出した。

 

 そこには、達筆で【大森さん】と縦書きに記してある。

 

 だが、伊藤さんはそれを受け取れない。右手は首からぶら下がり、左手は手先まで包帯でグルグルだからだ。

 

 

「おー、すごいじゃん、誰が書いたの?」

 

 つーくんはまだ息が荒い。

 

「ハァハァ、んぐ、阿武さんです」

 

 この斜面をアホみたいに全力で往復したつーくんは、本気で息が上がってしまったようだ。

 

「てか剛左衛門、けっこうバカでしょ?」

 

 伊藤さんが笑いながら突っ込んだ。

 

「あひゃひゃひゃ」

 

 金田さんの笑声を追うように、皆も笑っていた。

 

 

 さっきまで、生死をかけた壮絶な戦いがあって、目の前にはその戦いの敵が眠っている。冷静に考えたら怖い話だけど、俺達は、今、下を向いてしまったら立ち直れないだろう。

 

 

(伊藤さんが前を向いている以上、俺達が下を向く訳にはいかないよな)

 

 

 強くならないと駄目だ。じゃないと、大切な人を守れない。

 

 

 俺はつーくんが持っていた残りの5枚を預かると、1枚を唯ちゃんに手渡した。

 

「唯ちゃん字上手だから書いてっ」

 

「はいっ♪」

 

 唯ちゃんは本当にいつも笑顔で、気持ちの良い受け答えをしてくれる。

 

 

 しんきち、いなすけ、しょうきち、ぎんぞう。漢字が分からなかったけど、そこは金田さんからのアドバイスで切り抜けた。

 

「この当時はね、漢字はけっこう勝手に書いちゃうんだよ、聞いた名前のまま思い浮かんだ漢字で大丈夫っす!」

 

 真吉さん、稲助さん、正吉さん、銀蔵さん、次々と達筆で記していく唯ちゃん。

 

 

 出来上がった墓標は、俺と金田さん、それから息上がりつーくんの3人で墓の盛り土に付き立てられていく。

 

 

 そこで伊藤さんが呟いた。

 

「いっけね、親分の名前聞き忘れたや」

 

 そう言って親分の墓の前にしゃがみ込む伊藤さん。

 

「あんた……名前くらいあるだろ……」

 

 そう言って、少し寂しそうにした。

 

 

「じゃぁ、【親分さん】って書いておきますね♪」

 唯ちゃんは達筆で記すと、その板を優理に手渡す。

 

 板を受け取った優理は伊藤さんの隣で同じ体制を取ると、必殺【天使のスマイル】で語りかけた。

 

「これっ♪ 私立てちゃうよ?」

 

 伊藤さんはしばらく無反応のまま、じっと墓を眺めている。オレンジ色に染まった空は俺達の心を柔らかく包み込む。

 伊藤さんも優理も、周りの俺達も、虫の音も、鳥の声も、淡いセピア色に染まったような感じがした。

 

 

〈ぐぎゅるるるる〉

 

 

 誰かのお腹が派手に鳴いた。

 

「ブッ」

 

 つーくんが耐え切れずに吹き出した。

 

みんなの視線が瑠依ちゃんに注がれる。

 

 

「……ごめんなさい、瑠依お腹減ったかも!」

 

 

「あひゃひゃひゃ! そりゃそうだ! あひゃひゃひゃ」

 

 金田さんの奇妙な笑い声も、聞き慣れれば心地よい。皆も釣られて笑っていると、伊藤さんがゆっくりと立ち上がる。

 

 

「さって、戻ってペットに餌やらないとな」

 

 

 優理は返事を貰えないまま、親分の墓に墓標を付き立てた。

 

「戻ろっ」

 

 伊藤さんの腕に優しく触れ、帰り道へと誘導していく。

 

 

 簡易キャンプに戻ると、全員の注目を集めたのは【待機拠点】からの戦利品だ。山賊達の登場で忘れ去られていたが、実は俺達、すごい物を発見して戻ってきたのだ。

 

「おひょ~~~、すごい! こりゃいい!」

 

 金田さんが変な雄叫びを上げた原因は、大量のインスタント食品。

 

 今後の事を考えれば、簡単に手を付けるべきではないが、今日は特別という事になった。それぞれ好きな物が入っている小箱を選ぶと、思い思いバラバラとテーブルに着く。

 

 未来の不思議な小箱に付いているロックを解除すると、その箱からは蒸気が沸き立ち、30秒もすると出来上がるらしい。

 

 俺は何やらハンバーガーに近いサンドと、コーンスープが付いてるような絵の箱を選んだ。

 

 30秒後に対面した箱の中身は、あっつあつのホッカホカ、この時代に来てから初めて口にする温かい食事に、胃の辺りがジュワーっとなる気がした。

 

 

 

「はいっ♪ あーん♪」

 

 さっきからずっと、瑠依ちゃんが伊藤さんの口にグラタンのような物を突っ込もうとしてる。

 

 

「アーンじゃなくて、いいってば大丈夫だって! 瑠依ちゃんお腹減ってるんでしょ? 自分で食べなってば!」

 

 伊藤さんはその都度どうにか撃退を試みるが、ろくに身動きが取れない体ではどうにもならない。

 

 

 食べ物を粗末にしたらダメだと思っているのか、口元までくれば渋々と開いて受け入れている。

 

 

「あ~♪ 瑠依、なんかこれハマりそう♪ はいっ♪ あーン♪」

 

 両手が動かせない以上、どうせ自分では食べれない伊藤さんは、途中から観念したように食べているが。

 

(おいおい、どんなペースで食わせるんだよ)

 

 

 瑠依ちゃんは、とにかく食べさせるのが楽しいようで、伊藤さんが飲み込む前にもう次の一口を口元まで運んでいる。

 

 それでも伊藤さんは相変わらず、瑠依ちゃんにベタ甘だ。まだ噛んでる途中なのにどうにか飲み込むと、次の一口を受け入れている。

 

「瑠依~、あんま調子に乗るなよ~」

 

 一応、瑠依ちゃんをけん制する美紀さんではあるが、その様子を楽しそうに見ているのは間違いない。

 

 

 さっきお墓の所で伊藤さんが「ペットに餌をやる」なんて言ってたけど、立場は完全に逆になってしまっている。

 

 

 瑠依ちゃんは優理の2つ下、ようするに15歳。そんな15歳の少女に、次々と口の中に食料を詰め込まれていく35歳のおっさん。

 

 これで伊藤さんが嬉しそうに食べてたら嫌悪感を抱く所だった。伊藤さんはベタ甘ではあるが、決して嬉しそうではない。

 

 瑠依ちゃんの手にしているグラタン風の何かは、量的にはそれほど多くない1人前だろう。

女の子が一人で食べても物足りない程度の器に見える。

 

 最初の方こそ次々と口を開いていた伊藤さんは、器の中身が半分になる前にはそのペースを落とし、包帯でグルグルの左手を顔の前に上げては「ストップ」の意思表示をし始めた。

 

 

「えー、まだ全然食べてないじゃないですか」

 

 瑠依ちゃんはほっぺたを膨らませ、唇を尖らせながら残念がっている。

 

 

 俺のいるテーブルには、金田さんと美紀さんが着いている。金田さんは伊藤さんの様子を見ながら、かなり小声で美紀さんに尋ねた。

 

「伊藤先輩、けっこう血ぃ流したっぽい?」

 

美紀さんは少し考えるようにしてから。

 

「左腕の刀傷……」

 

 そう言って、チラっと伊藤さんを見ると、またこちらに向きなおって小声で話す。

 

「深くはないのですが、かなり広いのでそれなりに出血したと思います」

 

 

 出血量が把握出来ないのは、浴びた返り血が多すぎたせいだろう。美紀さんは伊藤さんの症状を少し説明してくれた。

 

 刀傷は肩から手首にかけて、かなり長い距離をザックリいっているらしく、出血量が見当つかないとの事。

 

(左腕をぶら下げていたのは、あながちウソでもなかったのか)

 

 恐らく、銀蔵が投げた刀が当たった時に出来た傷だろう。刀傷に関しては、未来の応急処置セットで接合してあるので、今後に感染症等がなければ問題ないそうだ。

 俺の時代から300年後には、広い切り傷を処置するのに縫合ではなく接合という手法がある事に感心する。どんな接合なのかまでは知らないが、ほとんど傷が残らないらしい。

 

 他にも細かい刀傷や打撲、打ち身は多々あるが、応急処置がしてあるのですぐに治るだろうとの事。

 

 少しだけ長引くのは骨折だそうだ。未来の応急処置セットでは、主に外傷に対する処置しか出来ないらしい。

 骨折に対する処置は、飲み薬で完治を早める事が出来るそうだが、応急処置としては骨折部を正しい位置に戻す事と、その箇所にプロテクターを当てて固定する程度の物になる。

 

 幸い、伊藤さんの骨折部にズレはなく、プロテクターを装着するだけで済んだそうだ。あとは飲み薬をちゃんと飲んでいれば、2週間もすれば完治するだろうとの事。

 

 

「とりあえず問題は【出血】ってわけか」

 

 金田さんは難しそうな顔で伊藤さんの様子を観察している。伊藤さん本人もその事を理解しているのだろうか、かなり頑張って食べているように見えた。

 

 

「伊藤さん、自分で分かってるぽいですよね」

 

 俺の言葉に、金田さんは小さく頷いた。

 

 

 一度は止めた瑠依ちゃんのグラタン攻撃を、また受け入れ始めたのだ。

 

(とにかく食べて、回復しようとしてるんだろうな)

 

 

 視線を少しずらすと、インスタント食品の入った大箱の所で、唯ちゃんと優理とつーくんがしゃがみ込んでいる。あーでもないこーでもないと相談している様子だ。

 

(なにやってんだろ?)

 

 

「伊藤さん以外は全員、今夜はテントで寝る感じだなぁ、看病は美紀ちゃんか優理ちゃんかね?ま、お任せするっす」

 

 俺がよそ見をしていると、金田さんが今夜の事について美紀さんにお願いしている。

 

「そうですね、わかりました」

 

 

(全員テント? 看病?……そうだよな)

 

 俺は無言のまま頷いた。

 

 

 特に医学を学んだわけではないが、大体想像がつく。あれだけ怪我をしていれば、夜寝る時はかなりキツイはずだ。

 

 熱は出るだろうし、あちこち痛いだろう。周りに俺達がいたら、痛いのも痛いと言えないかもしれない。

 

 それで伊藤さんが「テントで寝る」とか言い出しても困る。まさか恩人を、大怪我を負った恩人をテントに寝かせておく訳にはいかない。

 

 看病は美紀さんか優理で、決まりだろう。瑠依ちゃんは危なっかしくて側に置いておけないし、唯ちゃんにはそんな瑠依ちゃんの監視役をやってもらうのが理想的だ。

 

 そして、金田さんが外で寝てくれれば、室内の伊藤さんはイビキに悩まされる事なく寝れるはずである。

 

 

(金田さんの隣のテントは嫌だなぁ)

 

 

 金田さんの隣は伊藤さんのテントだから、俺が入る心配はなさそうだけど。

 

 

「おっけ~♪」

 

 つーくんの快諾する声が聞こえる。優理と唯ちゃん、それとつーくんの3人は、そのまま近くのテーブルに着くと、インスタント食品のロックを外し始める。

 

 そして、出来上がった物の中から、少しずつを別の容器に移し替えていた。その作業が終わると、つーくんと唯ちゃんはそのまま食事をとり始める。

 

 優理は、唯ちゃんとつーくんから分けて貰った食品が入っている容器と、自分が解凍した食料を伊藤さんのいるテーブルに運んだ。

 

 

「るいちゃん、伊藤さん怪我してるんだからね? グラタンばっかり食べさせたらダメでしょ」

 

 優理の運んだ食料は、なるべく消化の良さそうな物や、栄養価の高い物が中心になっている様子だった。今夜、体調を崩す可能性を十分に考慮している感じだ。

 

 そのメニューは小箱1個を開けただけでは揃わない種類。

 

 つーくんと唯ちゃんと3人で相談し、伊藤さんのメニューに合せて自分達が食べる食料を選んだようだ。

 

 

(なんかすごいな、俺なんて何も考えずに好きなの食べちゃったよ)

 

 本気で自分が情けなくなった。

 

 よく考えたら、あれだけお腹を鳴らして「お腹減ったかも!」と言っていた瑠依ちゃんも伊藤さんに食べさせるばかりで、自分はまだ一口くらいしか食べていない。

 

 

(みんな、伊藤さん優先なんだな)

 

 

「ちょうどいいのさ」

 

 俺が何を考えていたのか察知したのだろうか、金田さんが背中から声をかけてきた。

 

「7人全員が気を使っちゃったら、伊藤さんが先にまいっちゃうって!」

 

 

 そう言いいながら、楽しそうに伊藤さんを眺めている。

 

「今は彼らに任せとけばいいって♪」

 

 そうかもしれない。気付いた時、気付いた人がしっかり伊藤さんを見ていればいい。

 

 

「そうですね、皆で世話したら逆に大変ですよね」

 

 俺は半笑で答えると、自分の食事の後片付けを始めた。

 

 

 伊藤さんは、今度は優理の「あ~ん♪」を受けている。

 

(必殺【姉妹天使のダブルあ~ん♪】さくれつぅ!)

 

 

 本当に。

 

 

 

 心の底から。

 

 

 

 羨ましすぎる。

 

 

(いいなー、伊藤さん)

 

 

 優理の「あ~ん♪」は瑠依ちゃんのそれとは全く違う。少し辛そうな伊藤さんが飲み込むの待ってから、次の一口を選ぶのだ。

 

 その上、「これでいい?」とか、飲み込んだ後は「どお?」とか、「おいしい?」とか、いちいち細かいやり取りがある。

 

 なんだか新婚さんのような雰囲気だ。

 

 瑠依ちゃんはそれを見ながら悔しそうにグラタンを頬張っている。

 

 

 極め付けは、カボチャのスープだ。レンゲのような物ですくったアツアツホッカホカのスープを、優理が「ふーふー」してから伊藤さんの口に運んでいる。

 

 

(ぐあああああああああああ!)

 

 

 俺の心は悶絶中だ。

 

 

(羨ましすしぎて、うらやま死する!)

 

 

 そんな羨ましい食事を終えると、顔色の優れない伊藤さんは優理に誘導され、小屋のベッドで横になったようだ。

 

 

「よーくん、よーくんちょっと」

 

 唯ちゃんと食事をしていたつーくんに手招きされた。

 

 そこへ行くたつーくんの隣に座らされ、ほぼ正面で食事をしていた唯ちゃんが、スープの入ったレンゲを「ふーふー」し、俺に向って「あ~ん♪」してきた。

 

 俺は一瞬、固まった。

 

(え? いいの? え?)

 

 そんな戸惑いも、俺の頼りない自制心も、唯ちゃんの笑顔で吹き飛ばされる。

 

「いっただっきまーす♪」

 

 俺の開いた口に、唯ちゃんの「ふーふー」したスープが注ぎ込まれた。

 

 温かいそのスープは。

 

 いや、熱い、「ふーふー」してもらったのに熱い。

 

 熱い? いや、痛い!?!?!?!

 

 

 

 

(辛い!!!!!!!!)

 

 

 

思った時にはもう、飲み込んでしまった。

 

 

「Ю☆○ИяфガッДИ!!!」

 

 

 

「ギャハハハハハ! よーくんそれタバスコ! ギャハハハ!」

 

「ププ……アハハハ♪」

 

 

 悶絶している俺を余所に、つーくんは大爆笑。唯ちゃんは珍しく、口を開けて涙を浮かべて笑っている。俺は胃までタバスコに襲われて火を噴きそうな状況だ。

 

 

「……ぐ……くっそう」

 

 どうにか呼吸を整える。

 

 

「ふふふっ♪ 石島さん?」

 

 唯ちゃんが悶える俺の顔を覗き込むように、可愛い顔を近づけてきた。

 

 

(かわいい! 許してしまう!)

 

「人を羨むのは良くありませんよ? ましてや相手は恩人ですからね?」

 

 ニコニコしながらそう言うと、「はいっ♪」と今度は水を差しだしてくれた。

 

 

(そんなに羨ましそうな顔してたかなぁ)

 

 なんて思ったのだが、その心の声がつーくんに聞こえたらしい。

 

「よーくん、口開けて見てたよ? ブッ……ギャハハハ」

 

 つーくんの思い出し笑に釣られて、唯ちゃんもいつもの感じで「ふふっ♪」と上品に笑っている。俺も笑ってごまかす以外になかった。

 

 

 みんなの後片付けが終わると、金田さんから今晩は伊藤さん以外全員がテントで寝るように指示が出た。すでに小屋で休んでいる伊藤さんの看病は、美紀さんと優理が交替で受け持つ事で話が進んだのだが。

 

 

「なんでですか!? 瑠依は!? ずるいよー」

 

 予想通りの不満が寄せられた。

 

 

 伊藤さんの容態について、あまり詳しく知らないからなのだろう。その説明をしようと美紀さんが声をかける。

 

 

「あのな、瑠依」

 

 

 その時、瑠依ちゃんはちょっと涙目になっていた。

 

(確かに、心配する想いは本物だもんな、悔しいよな)

 

 俺のそんな思いを裏切るように、瑠依ちゃんからどんでもない発言が飛び出した。

 

 

「わかってますよ! 今晩はチャンスですから! 美紀ねぇと優理先輩だけいい事しようって話ですよね? 瑠依はまだ子供扱いされてるって事ですよね?」

 

 

『へ?』

 

 

 全員の頭に「?」マークが飛び出した。

 

 

「伊藤さんのお怪我は知ってます、さっきご飯食べさせながらよ~~く分かりました!」

 

 何を言っているのかサッパリだった。

 

 

「確かにひどいお怪我です、お蔭で身動き取れないじゃないですか伊藤さん!」

 

 

 言いながらズンズンと歩いて美紀さんと優理の前まで行く。

 

 

「だから今夜はチャンスですよね!? それくらい瑠依にもわかりますよ」

 

 

(なんか発言の方向が怪しい)

 

 俺だけじゃない、他の皆も思っただろう。

 

 特に、瑠依ちゃんの伊藤さんに対する特別な想いを知っている女の子と、俺は。

 

 

 瑠依ちゃんは言葉を止めなかった。

 

「だって伊藤さん、怪我してるの上半身だけじゃないすか、まさにチャンス到来って感じなのに、瑠依はのけ者ですか!?」

 

 両目は涙目で、本気で怒っている様子で、ほっぺたを膨らませている。

 

(思ってたよりずっと子供なんだな)

 

「アハハハハッ♪ るいちゃん、なに言ってんの? アハハハッ♪」

 

 優理はお腹を抱えて笑い出した。

 

 

「はぁ……瑠依? お前のその中途半端な知識、どこで身に着けたんだ?」

 

 美紀さんは頭を抱えていた。

 

「なーんで笑うんですかぁ!? もおおぉぉ」

 とうとう瑠依ちゃんは泣き出してしまった。

 

「るいちゃん泣いてるっっ♪ アハハハハハ♪」

 優理は笑いが止まらず、大爆笑で涙を流している。

 

「瑠依ちゃん?もうちょっと大人になってからそうゆう事考えましょうか」

 唯ちゃんが大真面目にそんな事を言って、瑠依ちゃんを慰めはじめた。

 

 

「もう大人だもん! やり方も知ってるもん!エーン」

 とんでも無い事を叫びながら、唯ちゃんにスリスリして泣いている姿はどうみても子供だ。

 

 

(ちょっとなんか気まずい……)

 

 

 この手の話、男はちょっと苦手だったりする。その雰囲気の中、金田さんが声を発した。

 

「自分、水汲みに行ってくるっす! 伊藤先輩が起きたら温かいシャワー浴びれるように!」

 

 言うなりバケツに駆け寄った。2個あるバケツのうち、もう1個はつーくんが掴む。

 

 

「そーですね、シャワーくらいあったほうが、ね? いい事も……ほら、ね?」

 

 意地悪いニヤケ顔で言うと、金田さんと一緒に猛ダッシュで水汲みの沢に向って行った。

 

 

(イカーン、取り残された!)

 

 思った瞬間、美紀さんと目が合ってしまっていた。

 

 

「な、な、なんか、アレですよね?」

 

 よく分からないまま、そんな事を言っている俺。

 

 

「それは……石島さんの心がアレだからだと思うぞ」

 美紀さんは相変わらず、けっこうキツイ事を言う。

 

 

「タハハ……そうですね、ちょっと散歩してきまーす」

 散歩と言いながら、俺は全速力で逃げ出していた。

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