翌日、伊藤さんは朝から起きて、それぞれと会話する程に回復していた。一安心といったところか。
一つ不満があるとすれば、常にベッタリと優理が付き添っている事だが、伊藤さんが元気になるまでは仕方がないと思う事にする。
朝食後、金田さんと伊藤さんは何やらずっと話し込んでおり、やっぱりあの2人は俺達の中心人物だと実感している。年齢も、知識も、考えている事も、行動力も、全てにおいてあの2人がずば抜けているのは間違いない。
「オッケーっす、うんうん、それが実現したら……よし!」
金田さんは勢いよく立ち上がるとみんなの方へ体を向けた。
「ちょっち! みんな、今日は屋敷に行くんだろうけど、俺は別行動を取るわ、悪いけどよろしくね!」
「どこ行くんですか?」
唯ちゃんが不思議そうに尋ねた時には、金田さんは既に携行食の入った袋を肩に掛けていた。
「郡上八幡♪」
昨日行くはずだった目的地だ。皆の注目が金田さんに集まると、金田さんは少し恥ずかしそうにしていた。
「あー、まってまって、色々聞くのは野暮ってもんだぜ?」
西洋人のような身振りで「すぐに戻ってくるさ!」なんて言いながらカッコつけた。
「はい、いってらっしゃーい」
瑠依ちゃんの言葉は【興味ありませんが何か?】という翻訳が付きそうな感じで、聞いているコッチはまた金田さんが灰になるのではないかと心配する程だった。
「るいちゃ~ん、そりゃねーよぉ」
おどけた金田さんに、何かを思い出したようにスタスタと近寄る瑠依ちゃん。
「ちょうどよかったです! 変態さん、コレ!」
瑠依ちゃんの手には、余った修験者の服を切り刻んで作った【お守りらしき物】が握られている。
「ちょ、るいちゃん、こんな……」
その【お守りらしき物】を手渡され、感動の渦に飲み込まれそうな金田さんに、瑠依ちゃんの言葉が続いた。
「変態さん、お守りって知ってますか!? 上手に作れなかったんですよね伊藤さんにあげるお守り……なので買ってきてください、これ見本です! たぶん【神社】ってゆう場所で売ってますから!」
「ブッ」
つーくんが耐えかねて吹き出すのと同時に、金田さんには悪いと思いながらも、俺も吹き出してしまった。
「ふふふっ♪」
唯ちゃんが笑うと、釣られて優理も美紀さんも笑っていた。
何故に皆が笑っているのか理解出来てない瑠依ちゃんは、やっぱりちょっと子供なのか、どうやら天然なのか。
「じゃぁ変態さん! お願いしますね!」
瑠依ちゃんの言葉は、灰になった金田さんは届かないだろう。固まったまましばらく動かなかった。
「金田くん、よかったね! 女の子のお手製お守りなんてそうそうないよ?」
伊藤さんも笑を堪えながら金田さんを弄っている。
「ちっきしょ~~~! 行ってくるっす!」
金田さんはクルっと振り向くと、その俊足を発揮して猛スピードで山を下って行った。
「金田くんってホント面白いよね」
言いながら立ち上がった伊藤さんを、優理がそっと支えている。
「飯も食ったし、ちょっと寝るわ」
伊藤さんの動きを見る限り、別に支えなど必要なさそうに見える。本人もそのつもりなんだろうが、どうしても優理がくっついて回っている感じで、伊藤さんもそれを拒否していないだけなのだろう。
小屋の入口までくると、美紀さんのほうを振り返った。
「あー、美紀ちゃん、シャワーって使える?」
「はい! ばっちりです!」
美紀さんはそう言うと、伊藤さんと優理の所まで行く。
「その手じゃ、頭洗うのとか無理でしょ? お手伝いしますよ♪」
「え? あー、そうか、なんも考えてなかったわ」
伊藤さんは包帯グルグル巻きの自分の両手を見てため息を付いた。
「それなら私がお手伝います」
優理は、わざわざ伊藤さんの腕に手を添えてそんな事を言った。
その瞬間、美紀さんの顔が意地悪な笑みを浮かべる。
「そっかー、残念、裸のお付き合いも悪くないと思ったんだけどなぁ、一緒にシャワールームだもんね、優理に譲るかな」
「へ?」
優理の頭に「?」が浮かぶ。それは一瞬の事で、すぐに耳まで真っ赤になった。
「いやいや、いいよいいよ、よく考えたら腕もこんなだしさ、シャワーはもうちょっと良くなってからにする!」
そう言って小屋に逃げ込んだ伊藤さんを追うように、美紀さんが小屋に入って行く。
「別に恥ずかしがる事もないでしょ、怪我人なんだし! それに接合部もそろそろ洗わないといけないので、とりあえずシャワールームに行ってください!」
「瑠依も~! 瑠依もお世話する!」
「こら瑠依ちゃん! まちなさーい!」
唯ちゃんは瑠依ちゃんを追って小屋に入って行く。
「え? ちょっと! なんで私最後なの!?」
優理も慌てて小屋に飛び込んで行った。
「いやー、相変わらずすげーな」
つーくんが若干呆れた感じで感想を述べる。
「ホントだよね、爪の垢って効くのかな?効くなら是非とも頂きたいくらいだよね」
これは半分くらい本気だ。
あのモテっぷりの半分、いや、四分の一でも効果があるのなら、爪の垢でも飲めるかもしれない。
「ほんと、頭の回転と人の好さ、それにあのモテっぷりまで効果が出るなら爪ごと飲んじゃうわ」
つーくんは言いながら身支度を始めた。
今日は色々と持って帰って来たいので、大き目の袋をいくつか用意しているのだ。
伊藤さんは結局、左腕の傷を接合した箇所だけを洗い流す程度で済ませたそうだ。
アイドル顔負けのあの4人にもみくちゃにされながらシャワーなんて、何万円払ったら実現するだろうか、いや、何十万でも足りないかもしれない。
(名誉の負傷なら俺も……)
などと不埒な考えはどうにか捨て、周囲に気を配りながら歩く。
先頭はつーくん、瑠依ちゃんと唯ちゃん、それと伊藤さんに説得された優理がその後に続き、最後尾に俺がいる。
つーくんは誰とでも仲が良い。偏りなく接しているし、会話量だけで言えば男4人の中では一番女の子と話しているかもしれない。
道中、優理と瑠依ちゃんの話題はずっと伊藤さんと美紀さんについてだった。伊藤さんと2人きりで残してきた事に対する不安だろう。
嫌でも耳に入ってくる2人の会話で、気になる箇所があった。
「だからね? るいちゃんはちょっと離れ過ぎだって、美紀ねぇはちょっと近いんじゃないかな? 私はちょうどいいでしょ!」
「えー、優理先輩と私ちょっとしか変わらいじゃないですか!」
「アハハッ♪ そのちょっとの差が違うのよお嬢ちゃん♪」
「む~、そんな事言ったら唯先輩と石島さんも歳近くないですか?」
「あー、そうかも? でも唯は多分、ふにゃふにゃした人が好みなんだよ、本人が硬いからさ♪」
「にゃはは♪ 石島さんは確かにふにゃふにゃしてる感じですよね! 伊藤さんは固い感じします!」
(おいおい、年齢的に俺の方が硬いぞ! きっとたぶん!)
気になったのは硬さどうこうではない。おそらく年齢の話をしていたのだろうけど。
美紀さんと伊藤さんがちょっと近い?
俺と唯ちゃんが近い?
優理と伊藤さんはちょうどいい?
俺自身24歳にもなって、17歳の優理に対して恋心を抱いているわけで、もしかしたらロリコンなのかもしれないと思っていたのだが。 もうちょっと大人になってしまえば、7つ下なんて別に珍しい話でもないし、それでいいと思っていた。
でも、伊藤さんと優理は18も離れているわけで、優理の人生まるまる1個分離れている事になる。
美紀さんと伊藤さんでも9離れている。この2人は並んでいるとすごくお似合いな雰囲気なのだが、それでも9離れているわけで、どう考えても近いわけではない。
斜面を下りながらその部分に食いついて聞いてみるのも違う気がしたので、屋敷に到着してからゆっくり聞く事にした。
「え~~~! 信じられない!」
屋敷についた俺達は、屋敷内の探検もそこそこに昼食を取りながら、男女の恋愛や結婚に関しての年齢が話題になった。
俺達の時代では比較的近い年齢で結婚する事が多い。女性が年上の事も珍しくないという話をしたときだ。
「なーい、年下とか絶対無理、無いわー」
「変わった趣味をお持ちの時代なんですね、ふふふっ♪」
「じゃぁ瑠依、石島さんの時代だったら伊藤さんがパパでも不思議じゃないって事ですよね?」
結婚する年齢についても話題になった。伊藤さんが35歳なので、15歳の瑠依ちゃんが娘でも不思議ではないのだ。
つーくんはこの話題に興味深々だ。
「じゃーさ、俺とかよーくんはハッキリ言って全然魅力的じゃないって事だよね?」
(そんな事ハッキリ言わせなくていいよ……)
唯ちゃんが真面目に回答する。
「魅力的じゃないって言うと少し違うと思いますけど、男性としての器とか、頼りがいとか、包容力とか、その辺りはたぶん30代以降の男性のほうがグっと深みが増すと言いますか……難しいですね」
「グっと深みが増すかぁ……伊藤さんは確かに、うんうん、深いね! 金田先輩は……まぁ、俺達に比べたらだいぶ深いか、そうだよなぁ~、俺とかよーくん浅いもんなぁ」
つーくんは天を仰ぐように空を見ている。
「おいおい、巻き込むなって」
俺は勢いで突っ込みを入れてみたものの、確かに自分自身とても浅い人間だと思う。
「アハハハッ♪」
優理が楽しそうに笑いながら「るいちゃん、男性陣の深さを表現してください!」と、何か冗談を振った。
「了解であります優理先輩!」
瑠依ちゃんはパッっと立ち上がる。
「伊藤さんはですね、頭の先から足の先まで、それはそれは優しく温かく包んでくれる深さと愛情があるのです」
冗談の始まりにしては、今の一言はたぶん本気なんだろう。優理もうんうんと頷いている。
「変態さんはですね、ちょっと嫌らしい包み方な気もしますが、しっかりと受け止めてくれるだけの器はあると思います」
瑠依ちゃんは自分の胸をトンッっと叩く感じで言った。確かに、困ったときはしっかりと受け止めてくれるだけの度量はある人だと思う。
2位通過は伊達じゃないだろう。
「須藤さんはですね、膝くらいまでですね! 膝です膝、全然浅いですよ? 子供用プールです」
「おー、子供用プールじゃ平岡さんにちょうどいいね!?」
「ぶはっ」
俺はたまらず吹き出してしまった。
「アハハハッ♪」
「ふふっ♪」
「こらー! 誰が上手いコト言えって言いました!? だいたい瑠依は子供用プールじゃ全然ダメですよ! 今度水着姿見せてあげますからね! 覚悟しといてくださいよ!?」
(おおお、それ、興味そそられるでござる!)
俺達の笑を余所に、瑠依ちゃんは俺の深さの解説に移る。
「石島さんはですね、足の裏ですね、靴底くらいまで! 水たまりですね、水たまり!」
(水たまりって、しかも解説1行かよ!)
「ブッ! 水たまり!! ギャハハハハ」
「アハハハッ♪」
「ふふっ♪」
ただ、笑われるだけで、つーくんのような上手い返しも思い浮かばず。そうして弄られながら昼食の時間を過ごす。
その後も結婚と年齢の話題が続いた。この年頃の女の子が恋愛や結婚の事を話始めると、ホントによくしゃべる。
優理達の時代、女性の結婚は20代後半から30代前半にする事が多く、相手の男性は40代~50代が多いそうだ。
実際、美紀さんのお父様は今年で69歳だそうで、お母さんは53歳だそうだ。
唯ちゃんのお父様、阿武室長は58歳、お母様は49歳との事。
「唯の好みはお母さんに似たんじゃない? 年が近い人が好きって所だけさ、室長と石島さんは全然まったくコレっぽっちも似てないけどね」
そんな風に俺を弄ってくる可愛い天使に、俺は何気ない一言をかけた。
「優理のトコはどうなの?」
軽い気持ちで質問してみたのだが、これは後で反省する事になる。
営業の研修で習ったと思う。
ご家族の話題というのは、共通点を見出すと一気に距離が近くなる必殺技クラスの話題だが、その反面、デリケートな部分に踏み込んでしまう可能性がある危険な話題でもあるので、切り出すタイミングや切り口には十分注意する事。
俺の言葉に、優理は一瞬下を向き。瑠依ちゃんはほっぺたを膨らませて俺を睨むように直視し。唯ちゃんは困った顔を俺に向けるとゆっくりと首を横に振った。
沈黙を破ったのは優理だ。
「もう、大丈夫だよ!ごめんね気つかわせちゃってさ、でもちょっと説明はキツイかな、唯に任せるよ」
優理は立ち上がると、とても自然な優しい笑みを俺に向けた。
「ごめんね石島さん♪ るいちゃん、あっちの部屋見にいこっ」
そう言って瑠依ちゃんの手を引っ張って探検しに行った。優理の背中を見送った唯ちゃんは、小さくため息をつく。
「簡単に言いますね、優理のお母様は優理が3歳の時にご病気でお亡くなりに、お父様は優理が5歳の時にお仕事中の事故でお亡くなりに、その後はうちで一緒に生活しています、私と優理は本当の姉妹のような物です」
それだけ言うと、優理と瑠依ちゃんが行った方へ足早に向かった。
「よーくん、やっちゃった感あるよね」
つーくんが少しニヤニヤしている。
「ホントだよね、あーあ」
「でもさ、このタイミングでよかったかもしれないよ、もっとシリアスな場面だったらアウトだったかもしれないしさ」
俺は肩を落としていたが、つーくんに励まされてどうにか立ち上がった。
昼食の後、俺達はそれぞれ色々な物を荷物に纏め、帰路についた。金銀、銭、金属類はこれだけでけっこうな重量になる。
帰りの登りは大変だ。
「うて~! ダダダダーン! すっすめ~~~♪」
屋敷から持ってきた鉄砲を担いでいる瑠依ちゃんは、絶好調でご機嫌だ。
1人でぴょんぴょん飛び回るように斜面を行ったり来たりしているのだが、よく考えると瑠依ちゃんの身体能力もかなりの物だと思われる。
簡易キャンプに到着すると、外のテーブルでは伊藤さんが1人で端末と睨めっこしていた。端末にこの時代の細かい情報は入っていないのに、何をしているのかと思って聞いてみたら。
「ん? メモ」
その一言しか返ってこなかった。
右手の骨折で文字が書けないからなのだろうか、端末に付いているキーボードを老人のように1本の指でゆっくり操作してる。
「でわ! 女の子はこれからシャワータイムなので覗き見しないように!」
美紀さんの宣言で皆が小屋に入って行く中、瑠依ちゃんだけ「伊藤さんは来てもいいですよ~」なんて言いながら女神様に連行されていく。
俺とつーくんは伊藤さんのいるテーブルに着いた。
「瑠依ちゃんっていつも楽しそうですよね、あんくらい楽な気持ちでいられたらいいよね」
俺の言葉につーくんも頷く。
「平岡さんは人生楽しんでるって感じするよね、俺達も負けないくらい楽しまないとな」
俺とつーくんは、帰りの道中で鉄砲を担いでご機嫌だった瑠依ちゃんの、その子供っぽさや可愛さについてを伊藤さんに話した。
そんな俺達をチラっと見た伊藤さんはクスッと笑う。
「お前らホントわかってねーな」
ニヤニヤしながらまた端末に視線を戻し、そのまま何も言わなくなってしまった。何を分かっていないのか、気になったので尋ねてみると。
「瑠依ちゃんがそうゆう無駄なアホをやるときは、その前になんかあった時だよ、自分にじゃなくて誰かにさ、小さい事かもしれないけど、なんかあったろ?」
「あ……」
つーくんが思わず声を漏らす。
(優理の事……というか俺の質問の事)
伊藤さんは、また俺とつーくんを交互にチラ見してから。
「別にそれが何なのかなんて俺は聞かないけどね? あの子はアレで精一杯、空気が軽くなるように頑張ってるんだよ、あの小さな体でさ」
言い終わるとまた端末に目を落とし、メモとやらの記載を続けた。
その日、夜遅くになってから金田さんが戻って来た。伊藤さんと優理以外は集まっていたが、優理に支えられて小屋から出てきた伊藤さんがテーブルに着くのを待つ。
「お待たせ! 金田くん! 本当にご苦労様!」
伊藤さんはテーブルに着くなり、金田さんに向って深々と頭を下げた。
「なな、なーに言ってるんですか先輩! やめてください!」
金田さんは伊藤さんの用事で郡上へ行ってきたのだ、その結果報告が始まろうとしている。
「おほん!えー、わたくし金田健二、伊藤先輩からのお役目、無事に果たして参りました!」
「お~」
とは言ったものの、何のお役目なのか伊藤さん以外誰も知らない。伊藤さんは金田さんの報告に対して、まだ無反応だ。
数秒の沈黙を経て。
「して、首尾は」
伊藤さんは突然武士語になる。
金田さんも武士語に乗ってきた。
「はっ、郡上八幡にて遠藤慶隆殿に謁見、飛騨大原村にての石島家再興にご支援を賜る約条を取り付けてまいりました!」
(え? 石島家最高!? 絶好調?)
「でかした! して、大原の年寄共は?」
「はっ、年寄のみならず、若衆に至るまで石島の家を再興する事に対して歓迎の意を表すと共に、屋敷修繕、また今後の普役、軍役についても協力すると申しております!」
「い~、よしっ! 金田くんやったね! さいっこう!」
伊藤さんは動かない左腕で小さくガッツポーズを決めると、皆んなの方を見る。
「俺は会ってないんだけどね、金田くんから報告もらったんだよ、大原村のお婆ちゃんが言うには、亡くなった石島のご当主の、その先代に似ているんだってさ、石島くんが!」
伊藤さんは金田さんが何をしてきたのか説明してくれた。
大原村のお婆さんは、俺を石島家の先代にソックリだと言うらしい。石島家が途絶えてからの大原村は、野党や山賊から村を守ってくれる存在がいなくて困っているのだとか。
この2点から、伊藤さんは俺を石島家の当主に据え、大原村を守る存在にしてしまおうと考えたそうだ。
大原村の人も、俺達も、俺と石島家に血縁関係があるなんて思っていない。見た目が似ている事もあって血縁など大きな問題ではないらしく、大事なのは実利があるかどうかだそうだ。
俺達がいる事で、村の治安が少しでも良くなってくれるなら俺も嬉しいし、それで村の人が喜んでくれるなら嬉しいと思う。
それを、ただ村単位だけでやったのでは効果が薄いと考えた伊藤さんは、郡上の実力者である【遠藤慶隆(えんどうよしたか)】という人にその援助を頼んだ。
その援助を乞う使者になったのが金田さんという訳だ。直接交渉を担当したのは金田さんという事になる。
「先輩の言う通りにやっただけっす」
そう言って謙遜していたが、言われた通りにやるって事もなかなか簡単ではないと思う。
結果的に、すぐ南に位置する郡上の最有力者のお墨付きで、俺は大原村の外れにある屋敷に当主として入る。そして今後は大原村を管理運営する零細企業の【社長】になるそうだ。
伊藤さんはすぐに立ち上がると。
「健二郎、剛左衛門、忙しくなるぞ~」
そう言って1人で小屋に入って行った。
「応!」
金田さんとつーくんも続く。
40分くらいだろうか、金田さんが出てきた。
「石島の殿、俺は今日は早く寝るっす、明日は大忙しっす!」
そう言うと、テントに入ってしまった。
それから少し遅れてつーくんが出てくる。
「殿、伊藤様がお話しがあると、ささ小屋へ」
「やめてよ殿って……なんか恥ずかしいってば」
その言葉に笑顔だけを返したつーくんは、俺を小屋へ誘導するとそのままテントに入ってしまった。
「伊藤さん、入りますね」
俺は小屋に入ると、伊藤さんと二人っきりで1時間近く話をした。
明日、金田さんは尾張に向って出発して【織田信長】に会いに行くそうだ。用件は、織田の美濃攻略に際して石島家が飛騨美濃国境の大原にて、飛騨から郡上に対する支援を遮断する事を約束する。
同時に、つーくんは飛騨の諸豪族に対して石島の家を再興する事に関して理解と協力を求める使者として回るそうだ。出来れば、軍事的支援を取り付ける約束をするという大役になると言う。
この2つが成功した場合、さらに織田家に対して交渉が始まる。
美濃への進攻に先立ち、歩調を合わせるように飛騨の諸豪族から軍事的支援を獲得した俺達が、郡上に侵攻。南から墨俣を経て稲葉山へ向かう織田軍と、北から俺達が郡上に侵入する。
美濃を治める斉藤氏は既にその力を大きく減退させており、南北からの侵攻に対して抵抗らいし抵抗が出来なくなるはずなんだとか。
史実では、郡上の遠藤慶隆は織田信長の美濃攻略後、降参してその配下に加わり、郡上の統治を任される立場になるそうだが、俺達がそれに取って代ろうという訳だ。
「再興に援助してもらいながら、なんだか申し訳ないですね」
俺のその言葉に、伊藤さんは大きく頷いた。
「でもね、遠藤慶隆さんの奥さん、美濃三人衆って言われてる安藤さんの御嬢さんなんだよね、まぁそっちは安藤さん自身が織田に寝返っちゃうから問題ないんだけど……」
少し間を置いてから、言葉を続ける。
「遠藤さんね、お父さんを亡くして後を継いだのが若くてさ、遠藤さんのお母さん、その後斉藤家の重臣さんと再婚してね、重臣さんが遠藤さんの後見役になってるんだよ」
(いやー、難しい)
「ま、要するにさ、遠藤さんは斉藤家重臣の義理の息子って事さ」
(それならわかる!)
「なるほど、それじゃ遠藤さん、ストレートに織田に寝返るわけにもいかないって事ですね」
伊藤さんは大きく頷いた。
「そ、だからこそチャンス! 俺達はなんのシガラミも無いからさ、早いうちに織田に通じて手柄を立てようって事!」
結構な急展開になる予感がする話だ。
石島の家を再興し、そのまま郡上を治める立場まで一気に駆け上がろうとしている。
(気合入れないとな……頑張ろう!)
「伊藤さん、俺なんでもしますから! 言ってくださいね!」
気合を入れてテントに戻るが、興奮してなかなか寝付けなかった。