ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第1幕 GAME4 【戦国デビュー】
第18話 伊藤の権謀術数


■1567年6月 尾張国

   小牧山城 織田家

 

 

 木下藤吉郎の活躍で墨俣の地に出城を築き、美濃攻略の足掛かりとしていた織田信長は、堅城稲葉山の攻略に頭を悩ませていた。

 

 墨俣から稲葉山までは目と鼻の先と言っても過言ではなく、中美濃方面も信長の勢力圏内に入っている事から、残すは稲葉山城を起点とする西美濃だけである。

 

 しかし稲葉山の周辺には美濃三人衆やその他重臣が治める地が手付かずで残っており、うかつに手を出せないままで歳月を重ねている。

 

 

 小牧山城に本拠地を移し、いよいよ美濃への侵攻が間近に迫る中、織田信長の元へ珍客が現れていた。

 

 

 その男は、頭を丸めて白装束を纏ってやって来たのだ。

 

 

「――どこの誰じゃ、死ぬ気で来た戯けは」

 

 ドカドカと必要以上の足音を立てて歩くのは、織田家筆頭家老の柴田勝家【しばたかついえ】である。ここ数年、織田家の主要な戦で常に最前線に立ち、その剛勇は近隣諸国にも伝わる程になっている。

 

「なんでも飛騨のウシジマとか、イシジマとか申しておりましたが……」

 

 柴田勝家の横を歩くのは、滝川一益【たきがわかずます】という飄々とした男で、その足音は柴田勝家とは対照的でほぼ無音のままに床を進む。

 

 二人の男が大広間に到着すると、上段上座に鎮座している織田信長の目の前に、丸坊主の大男が白装束で平伏していた。

 

 

「ごめん」

 柴田勝家は一声かけて広間に入る。

 

 切れ長の目をギラリと光らせた織田信長が口を開く。

「権六、遅い」

 

「申し訳ございませぬ」

 柴田勝家は重臣が居並ぶ席の最上座に着く。

 

 

 丸坊主の男は、信長の言葉に緊張を隠せない様子であった。

 

「ははは、そう硬くなられるな、取って食うたりはせぬ」

 

 丸坊主の男に声をかけたのは温和な表情の男で、丹羽長秀【にわながひで】という。座席順では柴田勝家よりも若干下座である。

 

 その丹羽長秀に、信長が声をかけた。

 

「五郎左」

 言葉の少ない主の意図をくみ取る事、これは当時の織田家重臣にとっては戦働きよりも重要な事柄であった。

 

「ハッ」

 

 丹羽長秀は信長に軽く頭を下げると、丸坊主の男に向きなおった。

 

「金田殿、お待たせ致しました、ご用件をお話しくだされ」

 

 

(うおおおおお、緊張するぅぅぅ)

 

 金田は憧れの武将達に囲まれているのだ。

 

 

「上総介様にお会い出来、恐悦至極に存じます! 恐れながら申し上げます、我が主、石島洋太郎、先日飛騨美濃国境の大原にて目出度くお家再興と相成り」

 

 金田はそのまま一気に言葉を走らせた。

 

「美濃郡上は遠藤慶隆殿、飛騨桜洞は飛騨守護姉小路良頼殿、飛騨大野は内ヶ島氏理殿、其々より安堵の義を賜り、飛騨より郡上への関所、並びに大原一帯を預かり統べる事を承認頂きました」

 

 一気に言い終えた金田は、平服したまま沈黙する。

 

 織田信長は無言のまま、金田の丸坊主頭を凝視していた。しばらくの沈黙の後、丹羽長秀が口を開く。

 

「大原など聞いたことも無い、周辺の諸勢力にしてみれば取るに足らぬという事であろう、金田殿、その程度の事を申しにわざわざ尾張まで参られた訳ではあるまい」

 

 

「ハッ」

 

 一言返事を返すのみで、金田は平伏したまま無言でいる。

 

 

 焦れた柴田勝家が声を荒げた。

 

「えええい! 我らとて暇ではないのだ! 用件があるなばさっさと申せ!」

 

 勝家の怒気に晒され、金田の体は緊張で硬くなった。

 

 

 それでも金田は無言を貫く。

 

(先輩……もう駄目っす、言っちゃうかもっす)

 

 金田は平伏したまま硬く目を閉じ、冷や汗が床に落ちる程に緊張している。

 

 

「チッ」

 

 自分の怒気にも屈しない丸坊主に、柴田勝家は諦めるように小さく舌打ちした。

 

 

 その舌打ちを合図にするかのように、信長が口を開く。

 

 

「申せ」

 

(キターーー! 先輩すげぇ!!)

 

「ハッ、恐れながら!」

 

 金田は少し顔を上げ、言い間違いの無いようにしながらも、なるべく早口で言葉を並べる。

 

 

「織田家の美濃侵攻に合せ、我らは北より郡上へ侵入致します、手勢は少数ではありますが、既に姉小路良頼殿より、我らの初陣にはご嫡子頼綱殿を大将とするご助力を頂ける手筈となっております」

 

 

「ほう、飛騨守護とそこまで昵懇か」

 

 ここでようやく、織田信長は興味を示すような素振りを見せ始めた。

 

(先輩、来ました、乗ってきたっす!)

 

「故に、姉小路殿の援兵を以て我らは大原より南下し郡上を牽制致します、更には美濃三人衆が織田方に御味方となれば稲葉山城は裸も同然かと!」

 

 美濃三人衆という言葉を聞いた瞬間、信長の表情は一遍、目を細めて金田を値踏みするような雰囲気を出し始める。

 

 

「誰の策ぞ」

 

(予想通りっちゃ予想通りだけど、短いなぁこの人の言葉は……しくじるなよ俺)

 

 信長の返答は金田の範疇ではあったが、白装束を纏っての使者となれば、一歩間違えればその場で切り殺されても文句は言えない。

 

 

「我が主を支える重臣がおりますれば」

 

 

「うぬではないな」

 

 

「ハッ」

 

 短いやり取りの後、信長は少し考えるように思案を巡らすと。

 

 

〈パチッ〉

 

 自らの膝を叩き、一言だけ問いかける。

 

 

 

「いつじゃ」

 

 

 

(いつ……なんのいつだよ、くそう)

 

 

 金田は思案に時間が掛る事を恐れている。それは信長が最も嫌う事だと、金田が思っているからだ。その時、柴田勝家が半身乗り出して声を上げた。

 

「お待ちくだされ!」

 

 

(柴田さんナイス! ちょっと時間稼いで!)

 

 金田にとっては助け舟となった。

 

 

 信長は返事をしないものの、鋭い眼光を柴田勝家に向けた。

 

「そのような美味い話、安易に信じてはなりませんぞ!」

 

 

「ふん、どこが美味い話なものかっ」

 

 信長はそう言い捨てると、珍しく長い言葉を発した。

 

「協力する見返りに郡上を寄こせと申すのであろう、大きく出たものよ……よいわ、くれてやる」

 

 

(おおおお、ちょっと先輩! きたっす!)

 

 金田は歓喜の雄叫びをあげたい心境を必死で堪えている。

 

 美濃攻略に力を貸すから郡上の支配を認めて欲しい。という事であれば、単に織田家にとって美味い話という訳ではなくなる。

 

「左様ならば納得で御座る」

 

 柴田勝家は乗り出した半身を戻しながら「それ相応の働きがあればな」と付け足すと、そのまま口を閉じた。

 

 

「して」

 

 信長は再度、金田に向って短い言葉を発し、そのままじっと金田を見つめる。

 

(して……って、さっきの【いつじゃ】の続きか)

 

 

「ハッ、夏頃には!」

 

「頃とはいつじゃ」

 

 金田の言葉に対する信長の返答は早い、迅速と言えるほどの速度で言葉を突き返してくる。

 

 

(先輩はホントすげぇや)

 

 

「ハッ、7月下旬には!」

 

 金田の言葉受け、信長はスッと立ち上がる。

 

「猿!」

 

「ハッ!」

 

 信長の声に素早く反応したのは、居並ぶ家臣団の中では下座の方にいる小柄な男、名を木下藤吉郎という。

 

 

「7月中にどうにかいたせ!」

 

 

「ハッ! しからばゴメン!」

 

 木下藤吉郎は返答するなり、駆け足で走り去っていく。その姿を目で追う事なく、続けて滝川一益へ檄を飛ばした。

 

 

「一益! 北勢を抑えておけ!」

 

 

「ハッ! これにて蟹江に戻りまする!」

 

 

 滝川一益は「ごめん」と居並ぶ重臣に声をかけ、足早に広間を出た。

 

 

 信長はそのまま広間の中央付近まで歩き、金田のすぐ目の前で足を止めた。

 

(ぐああああ、緊張するなぁ)

 

「五郎左、抱えよ」

 

 

「ハッ、いかほどで」

 

 

「五百貫」

 

 

 信長の言葉に、家臣団がざわついた。しかし、信長の決定に文句を言うような者は一人もいない。

 

「五百貫にて、承知致しました、住まいは小牧山でよろしいですな」

 

 信長は丹羽長秀の言葉に無言で小さく頷くと、その場を去ろうとする。

 

 

「お待ちください!」

 

 声を上げたのは金田である。

 

「人質とあらば、役不足なれど某が務める事に何ら不服は御座りませぬ! されど、お召し抱え頂くとあれば、首尾良く美濃攻略が相成った後、稲葉山にてお願い申し上げます!」

 

 金田は床に頭を付けて懇願した。

 

「ほう、立身の機会を逃すか」

 

 真上に近い位置から坊主頭を見下ろす信長は、この男を少しばかり買被っていたかもしれないと思い始めていた。

 

 

「左にあらず! 織田家はまだまだ大きくなると思うておりますれば、今しばらく主に義理立て致した後、稲葉山にてお仕えしても立身の機会は無数にあるかと!」

 

 

「ふん、織田は大きゅうなるか」

 

 期待が裏切られた訳ではないと感じた信長は、異質な者に見える目の前の坊主頭の男を、手元に置きたいという欲求が沸き始めた。

 

 

「なります! なって頂かなくては困ります!」

 

 金田は必死だった。仕官の誘いを断っているのだ、この場で斬られてもおかしくない。

 

 

「ハッハッハッハ! 困るか、そうか、ハッハッハ!」

 

 信長は大きな口を開けて派手に笑うと「五郎左、今のは無じゃ」と言い捨てて広間を出て行った。

 

 取り残された金田に、丹羽長秀が優しい目で声をかける。

 

「金田殿、好きにせよという事です、今宵はお泊りになられるのが宜しいとは思いますが、明日には出立頂いて結構で御座いますぞ」

 

 

(……しょんべんチビるかと思ったぜ)

 

「あ、有難うございます!」

 金田は深々と丹羽長秀に平伏した。

 

「知らせは密にな、それがしが受ける、心得られよ」

 

「ハッ!」

 金田は居並ぶ重臣達に深々と礼をし、退出していった。

 

 

「確かに、あの男の申す通りに事が運べば、稲葉山は裸も同然だな」

 

 金田の去った後、丹羽長秀の言葉に数名の重臣が頷いていた。

 

 

 

 

■1567年6月 飛騨国

   桜洞城 姉小路家

 

 

「――なるほど、して須藤とやら……ご主君はいったいどんな手を使ってそれほど明確に上総介との約定を取り付けたのじゃ」

 

 飛騨の山深い地にあって、この桜洞城は驚く程に煌びやかな造りと装飾が施されている。

 

 京都の足利幕府に掛け合い、飛騨守護職に認めさせるのに相応の苦労をしてきた姉小路良頼は、その守護職に恥ずかしくない応接が出来るよう、桜洞城の広間には京の職人に作らせた装飾を惜しむことなく投じたのだ。

 

 そのためか軍事拠点としての機能は持ち合わせておらず、姉小路家の威信を示す迎賓館のような使い方がなされている。

 

 

「はい、我が主を支える重臣がおりますので」

 

 

 姉小路良頼にしてみれば、織田信長という存在は驚異でしかない。足利将軍家の縁戚にあたる今川義元を討ち、その後数年で美濃の半分を手中に収めてしまった男である。

 

 美濃と国境を接する飛騨にとって、織田信長とはいずれ戦うか、友好的な関係を構築するかの二択を迫られているだ。

 

 

「そうかそうか、会うてみたいの、のう頼綱」

 

 

 姉小路良頼は平静を装い、呑気な雰囲気で嫡子である自綱に語りかけているが、元は飛騨の小豪族である三木氏を名門姉小路の名跡を継がせ飛騨守護にまで押し上げた人物である。

 

 その事を、須藤はよく聞かされていたので油断はない。逆に、その油断のない須藤に対し、嫡子である姉小路頼綱は警戒心を抱いている。

 

 

「はい父上、出来れば石島の当主殿にも一度はお会いしたいと」

 

 

(やっぱりそう来たか、伊藤先輩やっぱすげぇな)

 

 頼綱の言葉にゆったりと頷いている良頼に、須藤は一つの提案を持ちかけた。

 

「実はその重臣、先日大原にて狼藉を働いていた山賊共をたった一人討ち平らげまして」

 

「ほう、そのご重臣、名はなんと申される」

 

 たった一人で山賊共を討ったという話に、頼綱が興味を示した。

 

 

「伊藤様と申します、されどその折りに受けた刀傷が思いの外深く、桜洞の湯にて湯治をさせて頂けないかと申しておりまして、如何で御座いましょうか」

 

 桜洞は現代でいう下呂温泉が近く、湯治場が点在する温泉地帯である。姉小路の膝元である湯治場に来ると言うのであれば、なんら警戒する事なく会う事が出来る。むしろそこで捕える事も、討ち取る事さえ出来るのだ。

 

 

「須藤殿、その山賊とはもしや鬼熊ではないか?」

 頼綱はその山賊に少々の心当たりがある。数ヶ月前から桜洞近辺にも度々出没し、商人や修験者を襲っては金品の強奪や人さらいまで、悪逆非道の振舞いで警戒されている山賊でがいるのだ。

 

 

「さぁ、名前までは存じませぬが、大層大振りな槍を操る剛腕で御座いました」

 

 頼綱は「左様か」と言って少し考えてから、鬼熊について話し出した。

 

「一月程前にな、我が家臣の下人が襲われての、流石に見て見ぬ振りは出来ぬとその家臣に兵三十人を帯同させ向かわせた事があるのだが」

 

 

(もしかして……あいつ等の事かもしれない)

 

 須藤は予想外の展開に若干の冷や汗をかきながらも、これは好転する可能性が高い事も感じ取っていた。

 

 

「しかしな、鬼熊とその一の子分である銀蔵という者、その二名が大層な剛の者だそうでな、帯同させた兵の半数が討死し、残りも大半が負傷して這う這うの体で逃げ帰ってきたのよ」

 

 

「銀蔵……そやつらです! 他に3名程おりました!」

 

 須藤は確信できるだけの情報を手に入れた。

 

 簡易キャンプにて伊藤が討った山賊は、この桜洞にも頻繁に出没していたようだ。

 

「鬼熊という山賊は、鉄芯の入った槍を振るってはおりませんでしたか? 伊藤様もあの槍には大変ご苦労をなされました」

 

 

「おう、それじゃ! 話を聞いている限りそのようだな」

 

 

 ここで良頼が口を開く。

 

 

「そのような剛の者をたった一人で討ち取るとは、石島の重臣伊藤とやらは恐ろしく腕が立つ者なのだな」

 

 

(意外な方向からビックチャンス! ここで勝負決めちゃおう!)

 

 須藤は思い描いていた展開とは違う状況ながら、ここが勝負所と踏んでいる。

 

 

「ハッ、腕が立つばかりでなく、頭のほうも大層回るお人で御座います、名を伊藤修一郎様と申します」

 

 その名は当然、知られていない。

 

「湯治場の使用をご承認頂ければ、直にでも戻って伊藤様を連れてまいりますので、湯治場にて御ゆるりとお話しされるのがよろしいかと」

 

 

 須藤のその言葉に、頼綱は伊藤に会いたいという感情を抑える事が難しくなっていた。

 

「父上、小身の石島家とはいえご重臣とあらば丁重にお迎えせねばなりますまい、織田との橋渡しになるやもしれませぬ」

 

 

 姉小路頼綱は、妻に斉藤道三の娘を貰い受けている。その関係上、こじつけてしまえば織田信長とは義兄弟という関係になるのだ。

 

 

「うむ、湯治場にてゆるりと話が出来れば心の内も聞けよう、上総介との渡し役になると言うのであればそれも良い、石島の一件は頼綱に任せようではないか」

 

 

(来た! これでミッションコンプリート!)

 

 須藤に与えられた役目は、両家の窓口を頼綱と伊藤に定め、温泉で一緒に過ごせるように手配する事にあったのだ。

 

 

「ハッ、では須藤殿、これよりは不詳、この頼綱が石島家との折衝を取り仕切ります」

 

 頼綱は須藤に軽く一礼した。

 

「ご厚遇、恐縮至極に存じます!」

 

 須藤も深々と両名に平伏した。

 

 

「では、伊藤殿にお待ちしておりますとお伝えくだされ」

 

 頼綱は笑顔でそう言うと、桜洞城門まで須藤に付き添い、その帰りを見送った。

 

 

 湯治場にて裸の付き合いとなれば、その距離は一気に縮まる。

 

 小身の石島が、姉小路の援軍を取り付けれるほどの友好的な関係を短期間で構築するというのは、使者の往来や貢物の進呈では絶対に不可能な領域だ。

 

(やりました! 裸の付き合い大作戦、スタートですよ先輩!)

 

 須藤は満足気に、足早に帰路を急いだ。

 

 

■1567年 6月下旬 飛騨国

   大原村 石島屋敷

 

 

 金田さんが出発したその日から、俺達は石島のお屋敷で大掃除に精を出している。

 

 

 金田さんに遅れる事3日、今度はつーくんが飛騨の一番偉い人、姉小路さんの所に使者として出発していった。2人の事はとても心配ではあったが、伊藤さんと入念な打ち合わせがあったと言うから、信頼して待つしかない。

 

 

 屋敷のほうは、村の人たちが大勢手伝いに来てくれたお蔭で、5日目にはボロボロだった屋敷は改修作業がほぼ終わり、見違える程に綺麗になった。

 

 

 屋敷の裏手はすぐに斜面になっており、木々に覆われた山腹が迫ってくる。深い緑に包まれて沢山の木陰が出来ており、一汗かいた後に休む場所はいくらでもあった。

 

 この現場は今、石島家の当主として俺が仕切っていて、さっき昼の休憩を全員に伝え終わった所だ。

 

 

 村の女性達を取り仕切り、炊事場で大量の赤米を炊いて握り飯を大量生産してくれた美紀さんは、そこかしこに腰かけて休んでいる男連中に配り始めている。

 

 

 

「殿さま~」

 

 後方から小さな女の子が声をかけてきた。

 

 

「あ、はい! どうしましたか?」

 

 

 俺は腰を落とし、その子と目線を合わせて返事を返す。正直なところ、まだ「殿」と呼ばれる事には慣れていない。

 

 

「十五の兄様を見かけませんでしたか? てて様が探しておるのです」

 

 

 この子が言う【十五の兄様】とは、この村で一番裕福な農家の15男で、その名もズバリな十五【じゅうご】だ。15男とはまた随分と子沢山なお家だが、当然ながらお母様はお一人ではない。

 

 そして【てて様】というのは、この子のお父さんで、その裕福な農家のご当主にあたる人、お名前は【四衛門】というお爺さんだ。

 

 この子はその家の末っ子で【お末(おすえ)】ちゎん。10歳の可愛らしい女の子だ。

 

 

「おすえちゃん、さっき厠(かわや)のほうで十三のお兄さんと一緒にお仕事をしていたよ」

 

 

 15男がいるのだから、当然その前もいる。

 

 しかし残念な事に、長男から11男までは戦や病気で既にお亡くなりになっており、一家の大黒柱は12男の【十二(じゅうに)】さんだ。

 

 その【十二】さんは畑仕事が優先なので、【十三】さんと【十五】さんが力仕事のお手伝いに来てくれている。【十四】さんは生まれつき両目が見えなかった為、お寺に入っているそうだ。

 

 

「有難うございます!」

 

 おすえちゃんはペコっと頭を下げると、厠のほうへ向かった。

 

(10歳ってあんなにしっかりしてる物なのかなぁ)

 

 俺は、自分や弟や妹が10歳だった頃を振り返ってみるが、ランドセルを背負った自分達の姿と、今のお末ちゃんの後ろ姿はどうにも比較しようがない。

 

(超大家族だからかなぁ)

 

 お末ちゃんの上には15人のお兄さんと、9人のお姉さんがいるわけだから、お末ちゃんを入れると全部で25人兄弟とは恐れ入った。

 

 

 昼休憩が終わろうとしている時、つーくんが戻ってきたと知らされた。俺は急いで屋敷の奥、俺達の居室が並ぶ廊下の手前にある広間へ向かった。

 

 広間には瑠依ちゃん、優理、美紀さん、つーくんが座っており、俺は入るなり少し大きな声で「お帰り!」とつーくんの帰還を歓迎した。

 

「只今戻りました!」

 

 つーくんは胡坐をかいたまま、両の拳を床につけて俺に対して頭を下げる。

 

 

「まったく、やめてよもう」

 俺は笑いながらつーくんの目の前に胡坐をかく。

 

 

「だって、殿だもの! 失礼のないようにしないとね、それに普段からやっておかないとさ? いざって時にボロが出ても困るし」

 

 つーくんがニコニコしながら言うと、美紀さんも同意するように頷いて口を開いた。

 

「そうですよ、なるべく武士語も使わないと♪」

 

 そんな事を言う美紀さんは、なんだかとても妖艶な雰囲気だ。女の子は全員、この時代の服に着替えて生活している。金田さんが郡上で買って送ってくれた物や、この村で調達した物しかないので、然程高価な着物ではない。

 

 薄い生地で作られた質素な和装は、美紀さんの大人の色気を増幅させている。その他の3人は、どう見ても夏祭りに出かけた浴衣の女の子にしか見えない。

 

 ただ、瑠依ちゃんと優理は活発に動き回るので、肌蹴た着物から飛び出す生足、特に太ももには目が釘付けになる。

 

 

「お、剛左衛門! おかえり!」

 

 伊藤さんが広間に到着した。

 

 相変わらず右手は首からぶら下がっているが、左手の傷はほぼ完治した様子だ。

 

 

 伊藤さんの着座を待って、つーくんから報告があった。

 

 名目上、飛騨のトップである【姉小路(あねがこうじ)】さんとの交渉、第一段階は見事にクリア。

 

 伊藤さんの狙い通り、飛騨守護姉小路さんのご当主【良頼(よしより)】さんではなく、ご嫡男の【頼綱(よりつな)】さんが全権を持って交渉相手になってくれる事が決まったそうだ。

 

 成功の要因があの山賊達だった事には、伊藤さんを含めて全員が驚いた。つーくんは伊藤さんに向きなおって報告を締めくくる。

 

「頼綱様から、伊藤さんに「お待ちしております」と伝えてくれと言われて来ました、本当に行くんですか?」

 

 伊藤さんは大きく頷いた。

 

「そりゃ行くさ、金田くんが戻ったらね」

 

 伊藤さんの返事につーくんも大きく頷くと、「じゃ、俺はもうひとっ走りしてきますね」と言いながらすっと立ち上がる。

 

 ちょうどそのタイミングで唯ちゃんが広間に入って来た。

 

「須藤さん、準備出来ました」

 

 唯ちゃんはつーくんの為の準備をしてきたのだ。

 

 

「戻ってきて早々で申し訳ない」

 

 伊藤さんがつーくんに謝罪しているのは、周辺の諸勢力との交渉スケジュールが突然過密日程になった事に対する物だ。とはいえ、別に伊藤さんが悪いわけではない。

 

 気候が春っぽかったので、俺達は勝手に春だと思い込んでいた。ところが、簡易キャンプが山の上なのと、そもそもこの時代はプチ氷河期に該当しており、全体的に気温が低い事を計算に入れてなかったのだ。

 

 事実、もう6月の下旬である。織田信長の稲葉山城攻略まで2ヶ月を切っているのだ。

 

 

「大丈夫ですよ! 栗原さんの特製おにぎりも食べたし元気いっぱいです! 行ってきます!」

 

 つーくんは唯ちゃんが用意した荷物を背負うと、足早に出て行った。

 

 次の目的地は、現在の飛騨白川郷。

 俺達の時代では観光地になっている白川郷も、この当時は単なる陸の孤島でしかない。

 

 その陸の孤島でしかないはずの白川では、金の鉱脈が発見されてから、鉱山を中心に賑わいを見せているというのだ。

 

 その地を支配する【内ヶ島(うちがしま)】さんとの交渉になる。内ヶ島さんが俺達を認めてくれれば、俺達は誰に脅かされる事もなく、名実共に大原で独り立ちが出来るのだ。

 

 

さっきからずっと不思議そうな顔で伊藤さんを見ていた優理が、ついに口を開いた。

 

「ところで伊藤さん、行くって、何処へ行くんですか?」

 

 

(あ、姉小路さんが「お待ちしてます」って事は、姉小路さんのトコかな?)

 

 俺もその詳細を知らないでいる。

 

 

 伊藤さんはちょっとニヤっと破顔した。

 

「えっとね、温泉♪」

 

 たぶん、「えー!? ずるーい!」とか、「瑠依も行く!」とか、そんな声が出るのを予想していたんだと思う。俺も当然、そんな反応がある物だとばかり思っていたのだが。

 

 

「???……おん……せん?」

 優理は首を傾げ、頭の上に「?」を出したまま止まってしまった。

 

 美紀さんも小声で「おんせん……おんせん……?」と、繰り返し呟いている。

 

 唯ちゃんも頭の上に「?」が飛び出しているし、同じく「?」を頭に付けた瑠依ちゃんが伊藤さんに質問をぶつけた。

 

「なんだか知りませんけど、瑠依は一緒に行けたりします?」

 

 

「え?」

 俺は思わず声が出てしまった。

 

(温泉が分からないのか、テレビとか温泉とかドラマとか、300年後には意外な物が無いんだなぁ)

 

 伊藤さんも本気で驚いているようだ。

 

「あれ!? なになに!? 温泉が何だか分からないとか、そんな感じ? 真面目に!?」

 

 女の子4人は揃って頷いている。

 

「しょうがないな、ま、最初は誰も連れていけないけどね」

 

 

 瑠依ちゃんが残念そうに項垂れた。

 

 美紀さんと優理は心配そうに「そこは安全なのか」とか、「遠いのか」とか、伊藤さんに質問攻めが始まってしまった。

 

 

「わかったわかった、落ち着いたら呼ぶよ、どうせ一回は殿にも来てもらわないといけないからさ、その時一緒においで!」

 

 

「やった~♪」

 

 瑠依ちゃんは無条件に喜んでいるが、優理は最初から付き添いで行けない事にご不満の様子だし、美紀さんも同様に着いて行きたいオーラが全開だ。

 

(俺もそのうち行くのか、心の準備だけはしておこう)

 

 

 行くのは当然、温泉に入りにではないだろう。石島家の当主として、姉小路さんにご挨拶に行くわけだ。

 

 

 その夜、俺と伊藤さんは女の子達に隠れてコッソリと酒盛りを始めた。話があったのは事実だが、どうせならお酒を飲もうとなった。なぜ隠れて飲むかと言うと、伊藤さんの怪我が完治するまで、美紀さんと優理がお酒を許さないからだ。

 

 隠れまでして飲んでいるそのお酒は、そこまでして飲む程の物ではなく、ハッキリ言って不味い。農家の方から分けて貰ったのだが、濁り酒は雑な味で飲み心地ものど越しも良くない。

 

 それでも男2人でコッソリ飲むという事に、何か友情のような物を感じる。

 

 

「それにしても、よく考え付きましたよね」

 

 俺はその不味いお酒を飲みながら、今回の各勢力との交渉についての話を始めた。

 

 

 当初、全てが予定通りであれば、まだ金田さんは出発してない事になる。

 

 本来の順序で言えば

 

【周辺勢力と友好的な関係の構築】

 

【織田家に対して協力姿勢を示す】

 

【姉小路から援軍の約束を取付ける】

 

【織田家に対し軍事支援を約束する】

 

【織田家から郡上の支配権を取付ける】

 

 

 この順序で3ヶ月ほどかけて物事を運ぶ予定だったのだが、時間が無かったので全てを同時進行にしたのだ。

 

 実際にはまだ話が纏まっていない部分についても、既に纏まっている事にして各勢力との対話を始める。かなり危険な賭けではあるが、織田の美濃侵攻というこのチャンスを逃すと、次はいつになるか分からないのだ。

 

 とはいえ、いくら金田さんが上手くやっても、実際に俺達が兵を動かす事が出来なければ、姉小路さんの援軍を借りる事が出来なければ、郡上の支配など認めて貰えるわけげない。

 

「考え付く以上に、実行するほうが大変さ、言うは易しって言うじゃん」

 

 伊藤さんはだいぶ動くようになった左手で酒を煽りながら、決意に満ちた光をその両目に浮かべている。

 

「すいません、俺は何も出来なくて」

 

 金田さんは命がけで織田家に行っている。おそらく今回のミッションで一番危険度の高い仕事だろう。それに比べたら、俺の仕事なんてちょろいものだ。

 

 

「なーに言ってんの、石島ちゃん大好評だよ? 知らない?」

 

 

「え? 誰にです?」

 

 伊藤さんが言うには、俺は村の人たちから大好評らしい。

 俺は何も特別な事はしてないのだが、それが彼らには大変に好印象だったようだ。

 

 

 やった事は、重い荷物を一緒に運んだり、一緒に泥まみれになって、一緒に小川に洗いに行ったり。

 

(だいたい、あの婆さん適当すぎるんだよな)

 

 俺は最初に出会ったあのお婆さんを思い出し、なんだか可笑しくなった。

 

 村の年寄衆に言わせると、俺と石島家の先々代は全然似ていないらしい。それでも年寄衆、若衆をはじめ、村の人は全員揃って俺を石島家の当主として迎え入れてくれた。

 

 

 とにかく皆の話を聞き、一緒に汗を流し、笑顔でいる事が大事だと思った。

 

 

 物思いにふけっていると、伊藤さんが恐ろしい事を言い始める。

 

 

「殿、お末ちゃんをどう思います? なんか四衛門さんがお末を殿の嫁にするとか言い出したんだけどさ」

 

 

「え? ちょっとちょっと! 勘弁してくださいよ!」

 

 流石に10歳の少女相手に、どう思うとか言われても困る。

 

 

「いやさ、一応断ったんだよ? いずれ名のある方のご息女を正室に迎えたいから、遠慮してほしいって頼んだのさ」

 

 伊藤さんは言葉を続ける。

 

「そしたらさ、妾でもいいからお側で使ってやってくんねーかとか言い出すんだよね」

 

 

 俺はたまらず伊藤さんの顔を覗き込んだ。

 

 別にニヤニヤとしている訳ではないが、ちょっと遠い目をしている。伊藤さんがこんな顔をする時は、その先にある何かを見据えている時だ。

 

「言って下さいよ、俺の意見はその後で言いますから」

 

 俺は御猪口に残った酒を一口に飲み干すと、伊藤さんの言葉を待った。

 

 

「四衛門さん、自分の死んだ後の事を心配し始めているんだよね」

 

 伊藤さんは言いながら、俺の御猪口に酒を注いでくれた。俺は「すいません」と言いながらそれを受け、伊藤さんの続きを待つ。

 

「お末ちゃんの上にもう一人いるんだよね、その上からはもう嫁いでるから心配ないんだけどさ」

 

伊藤さんは左手の御猪口を口に運び、残った酒を一口に飲み干す。

 

「お末ちゃんと、3個上のお栄ちゃん、それと十三くんと十五くん、この4人の就職先をどうにかしてほしいってお願いされてんだよね、四衛門さんにさ」

 

 この辺りの農家は土地がそれほど大きくない。その為、分割しての相続は現実的ではないだろう。

 

 そうなると、今の畑仕事の主役である十二さんが、このまま行くと田畑を相続する事になる。

 

 そうなってしまえば、十三さんと十五さんは、一生肩身の狭い想いをしながら兄の下働きになる。それが嫌なら家を出て行くしかない。

 

 

 そんな状況下で兄弟が喧嘩にならないよう、子供を作りまくった父親としての配慮なのだろうか。しかし就職先をどうにかしてほしいと言われても、紹介できる先なんて俺達には無い。

 

 

「全員さ、うちで雇ってもいいと思ってるんだよね」

 

 そう言う伊藤さんの左手に持たれた御猪口に酒を注ぐ。

 

 月明かりに照らされた木々が揺れる。

 

 屋敷の場所は簡易キャンプよりもだいぶ低いからだろうか、簡易キャンプよりもいくらか温かい。むしろ、少し生熱い、湿度が高くてあまり気持ちのいい陽気とは言えない。

 

 返事をしない俺に、伊藤さんは言葉を続けた。

 

 

「だからさ、殿がお末ちゃんを側に置くならそれでもいいし、置かないなら別にそれでもいい、ただ4人全員をうちで雇うのに関しては同意してもらいたいんだよね」

 

 

 伊藤さんがそう言うのであれば、反対する理由など一つもない。

 

「反対なんてしませんよ、ただ、10歳の子を俺の妾にしようとか考えないでくださいね?」

 

「ギャハハ♪ 悪い悪い♪ そんじゃ決まりね!」

 

 伊藤さんは御猪口を一口で空ける。

 

「温泉には十三くんと十五くん、それからお栄ちゃんを連れていく、お末ちゃんはしばらく面倒見ててあげて♪」

 

 この決定にも特に異存はない。

 

 

十三さんも十五さんも、実はけっこう腕が立つ。村を自衛するため、村の若者に声をかけては武芸の稽古を独自にやっているのだ。伊藤さんの護衛を頼むとしたら、今の村ではこの兄弟以上の存在はいない。

 

 

 そんな男が3人で、しかも敵国になるかもしれない相手の膝元に数日間滞在するのだ。お世話係が当然必要になるだろうが、お栄ちゃんはあのしっかりしたお末ちゃんのお姉さんだ、年齢も3個上なら13歳。お末ちゃん以上のしっかり者であれば、安心して任せられる。

 

「分かりました、ひとまず屋敷で働いてもらいましょう」

 

 

 俺はそう返答し、伊藤さんの御猪口に酒を注いだ。

 

 

「殿、十三くんと十五くん、いい目をしてるからさ、きっといい武将になるよ」

 

 言いながら俺の御猪口に酒を注いでくれる。

 

 

「【殿】ってなんか照れますね、特に伊藤さんから言われると変な感じです」

 

 伊藤さんの言う通り、あの2人はきっといい武将になる。

 

 

(なんとなく、直感てやつかな)

 

 

 そして、あの2人は俺達にとって、俺達の石島家にとって最初の家臣になるのだ。

 

 

「そろそろ金田くんも戻ってくるだろうし、そしたら俺はしばらく離れちゃうからさ、今までのおさらい、話しとくね」

 

 伊藤さんは改まって、今まで考えてきた事、何処までを考え、どう判断してここまでに至ったのかを話してくれた。

 

 

 正直、その話は俺の脳みその次元を遥かに超え、聞きながら驚くばかりだった。

 

 

 伊藤さんの予測では、転送にはある一定のルールがあるはずとの事。

 

 サポートの子達が持っていた端末1台で同時に転送できる人数は2名まで。

 

 確かに、一番初めに優理に会った時、俺は優理と同時にあの施設に転送されたようだったし、他の候補者も担当サポートと同時転送であの施設に飛んだそうだ。

 

 次に、転送に使われる方式。タイムズトンネルはその名の通り、トンネルなので同時に大人数でも通れる可能性がある事。

 

 最初にあの施設に行くときはトンネルだったので、候補者と担当サポートは同時に転送できたんだろう。逆に、この時代に来る時に使っていたタイムズゲートは、制限があって1名づつしか転送できない可能性が高い。

 

 確かに、この時代に来る時は1名づつの転送ですごく時間がかかった気がする。

 

 何かのトラブルで沢山の人が一斉に戻った時は、ゲートが肥大しているとか言っていたので、トンネルに近い状況だったのではないかとの事だ。

 

 

 そして、伊藤さんが戻らないと言った理由。

 理論上可能でありながら、実現した事が無いという同じ時代への再接続について。

 

 そもそも再接続が同じポイントに出来ないって話ではなく、過去に繋がるポイントその物がほぼランダムな可能性が高いそうだ。

 

 実際、候補者はあの施設に連れて行かれる前段階では、歴史の変革に挑むという説明は受けていたが、どの時代に飛ぶかは知らされていなかったし、質問をしてもその点については回答が得られなかったらしい。

 

 候補者を集めている段階では、まだ接続がされておらず、接続がされてみない事にはどの時代かさえもわかったのではないか。接続し、先行スタッフが接続先の調査をして、初めてどの時代のどの場所なのかが判明するのではないか。

 

 伊藤さんはこのような判断の元、元の時代に戻らないと決めたらしい。あの時、一度戻ってもう一度ゲームチェンジャーに挑戦したとしても、全然違う時代で挑戦する事になる可能性が高いと思ったそうだ。

 

 誰かをこの時代に置き去りにし、全然違う時代でゲームチェンジャーに挑戦する事に意欲が沸かなかった事と、二度と来れないこの魅力的な時代を生きてみたいという欲求が、残る決断を後押ししたと言う。

 

 

 そして、端末の定員、トンネルとゲートの違い、その場の人数、美紀さんの性格、美紀さんと明日香ちゃんのやり取り、明日香ちゃんの行動、それらを総合的に判断して【美紀さんが残る「決断」】をしたと確信したらしい。

 

 金田さんとつーくんも、端末の定員とその場の人数については理解していたようで、伊藤さんの合図に覚悟を決めてくれたそうだ。

 

 俺の頭の中とは次元の違う話の終盤、伊藤さんはしきりに明日香ちゃんを褒めていた。

 

 

「大親友を置き去りにして、あの場の雰囲気を【戻る】ほうへ傾ける役割……かなり辛かったと思うよ」

 

 そう言って、伊藤さんにしては珍しく、目に涙を浮かべるほどだった。

 

 

 確かにそうだ、明日香ちゃんがあんな風に戻っていなかったら、美紀さんを置いて帰るという事実をサポートの子達はすんなり受け入れなかったかもしれない。

 

 そしてあの勇気ある行動が、伊藤さんを突き動かし。伊藤さんに触発されて金田さんとつーくんが動いた。結果的に、戻れる人数は定員いっぱいまで戻れる方向になったんだ。

 

 にも関わらず、現実の裏にあったそれぞれの覚悟を、二人のバカは蹴ってしまった。伊藤さんへの想いからココに残った優理。優理への想いからココに残った俺。

 

 結局、俺達2人は更に唯ちゃんと瑠依ちゃんを巻き込み、伊藤さん達のお荷物になってしまっている。

 

 

(明日香ちゃんの覚悟まで踏みにじっちゃってたんだな……)

 

 

 俺は今更ながら激しく反省した。

 

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