ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第19話 戦支度

 金田さんが尾張に出発した日から13日間、つーくんが再出発してから6日間が過ぎたその日、暦は7月に入った。

 

 織田信長の美濃侵攻まで1ヶ月を切った事になる。

 

 

「にゃはははは♪ つ~るりん♪」

 

 

 綺麗に改修された屋敷の中庭に、瑠依ちゃんの愉快な笑い声が響いている。

 

 

「にゃはは♪ つ~るりん、つるつるりん♪」

 

 

「るいちゃん言い過ぎ……アハハハッ♪」

 

 

 必死に笑いを堪えていた優理も、ついに我慢の限界に達したようだ。腹筋を崩壊させながら、涙を流して笑っている。

 

 

「よっ、おまたせ~」

 伊藤さんが中庭に隣接した広間に現れた。

 

 

「先輩~、この子達どうにかしてくださいよ……さすがの自分も傷つくッス」

 

 その広間では、優理と瑠依ちゃんに苛められている【つるりん金田さん】が泣きそうな顔で伊藤さんに訴えている。

 

 

「優理も瑠依も笑ったらダメだぞ、金田くんは皆の為に命を捨てる覚悟で頑張ってくれたんだ! だから笑ったらダメ!」

 

 

 伊藤さんは2人にビシっと言うと、金田さんに向き合った。

 

 この数日間で、いつのまにか唯ちゃんと瑠依ちゃんの事も名前で呼び捨てにするようになった伊藤さん。瑠依ちゃんはどうもそれが嬉しくてたまらない様子だ。

 

 

「ホントご苦労様でした! 金田くん凄いね! ほんと凄いよ!」

 伊藤さんはそう言って金田さんの肩をポンポンと叩く。

 

 

「やめて下さいよ、自分は先輩の凄さを改めて実感してきたっす」

 

 

 金田さんが言うには、織田信長とその家臣の微妙なバランスを見極め、交渉をスムーズに運ぶ秘策を伊藤さんから授かったらしく、その秘策通りに事が運んで見事に成功したらしい。

 

 伊藤さんは織田家主従の微妙な関係性を見事に予見し、織田信長という人の性格まで見て来たかのように的中させたそうだ。

 

「何となくは理解してたつもりだったんですけどね、あそこまで具体的に的中しちゃうと……もう神様かと思うくらいっす」

 

 金田さんは、織田家の小牧山城で行われたやり取りを細かく報告していた。

 

 報告を聞き終えた伊藤さんは、大きく頷くと、唐突に武士語で大きな声を出した。

 

「金田健二郎、大義であった!」

 

「ハハッ!」

 金田さんも合わせて、床に両手を付いて頭を下げる。

 

「褒美を取らそう!」

 伊藤さんはそう言うと、まだ必死に笑いを堪えている瑠依ちゃんと優理のほうを見た。

 

 

「瑠依! 優理! 金田健二郎の肩を揉んで差し上げろ」

 

 

『は~い♪』

 

 

(あ~、なるほどね)

 

 なんで金田さんの報告の場にこの子達が呼ばれていたのかを理解した。

 

 

「にゃはは♪ 近くで見ると迫力ありますよ! つるりんさん♪」

 

 瑠依ちゃんは肩を揉みながら金田さんの坊主頭を弄り倒すつもりのようだ。

 

「もう、るいちゃん!? まじめにや……プッ……アハハハハッ♪ ダメ無理! アハハハハッ♪」

 

 瑠依ちゃんが金田さんの頭をナデナデし始めると、優理はついに堪えきれずに本日2度目の腹筋崩壊に陥った。

 

 そんな様子を、伊藤さんは優しい目で見守っている。

 

 

「あ、殿もやってほしいですよね? 頭剃ります?」

 伊藤さんが意地悪な笑みを此方に向けてきた。

 

 

「頷いちゃいそうですよそれ、割と冗談になってませんから」

 冗談なのは分かっているが、現状の金田さんは羨ましい限りだ。ああなるなら、坊主頭も悪くないと思ってしまう。

 

(いいなぁ……)

 

 男の欲望とは実に素直なものだと身を持って体感中だ。

 

 

「にゃはは♪ つ~るりん♪ つるつるピかりん♪」

 

「ダメだって! アハハハハッ♪ お腹いたいアハハハッ! やめてアハハハッ♪」

 

 つるりん金田さんの頭で遊んでいる瑠依ちゃんと、その横で転げまわっている優理。床を転がりまわる優理の着物は思いっきり捲れあがり、綺麗な太ももが容赦なく俺の視線を奪っていく。

 

 つるりん金田さんの視線も同様に、優理に注がれていた。

 

 

(幸せそうだなぁ~金田さん)

 

 そんな俺達を余所に、伊藤さんは廊下に出ると中庭に向って叫んだ。

 

 

「十五!」

 

 

「ハッ! お呼びで!」

 

 伊藤さんの呼び声に、何処からともなく疾風のように十五さんが飛び出してきた。

 

 

「明朝出立する、仕度を急げ!」

 

「ハッ!」

 

 十五さんはまた風のように何処かへ消えて行った。

 

 明日の朝、伊藤さんはここを出て姉小路さんの所で本格的な同盟交渉に挑む。滞在は数日、長ければ7月中旬に入るかもしれない。

 

 とにかくこの同盟を成功させなければ、俺達に未来は無い。織田信長さんと約束してしまっているのだ、飛騨守護の援軍と、それを活用する俺達の郡上進軍を。

 

 

「金田くん、しばらく屋敷を頼むね! 俺今からちょいと四衛門さんの所に行ってくる」

 

「了解っす!」

 

 

 伊藤さんが広間を離れるのと同時に、つるりん金田さんへのご褒美タイムも終了のようだ。

 

 優理と瑠依ちゃんは「それじゃお仕事してきます!」と言い残し、美紀さんが忙しそうに走り回っている炊事場へ向かった。

 

 

「石島ちゃん俺、鼻血出てない? 大丈夫?」

 

 つるりん金田さんはまだお花畑から出れていないようだが、どうにか平常心に戻ろうと努力している様子で、なんだかとても面白い。

 

 

「大丈夫ですよ? それより金田さん」

 

 俺は金田さんの近くに移動して座ると、金田さんに頭を下げた。

 

 

「危険なお役目、有難う御座いました!」

 

 頭を丸めて白装束を纏っての交渉、一歩間違えればバッサリ斬られていた可能性も低くないのだ。

 

 

「そうでもしねぇとさ、なかなか信長様に取次いでもらえなくってね」

 

 髪の毛が無くなった金田さんの表情は、少し引き締ったように感じる。本当に命を懸けて戦ってきたんだろうと実感できる程に、男前になって帰ってきてくれた。

 

 

「これから先、命懸けで行動しないと駄目な場面は沢山ありそうですね」

 

 黙って頷く金田さんに、俺が今思っている不安を聞いてもらう。

 

「伊藤さんと離れるの不安なんですよね、これまでずっと一緒にいてくれたから」

 

 伊藤さんだけではなく全員と離れ、たった1人で行動している金田さんとつーくんに比べたら、実に情けない話ではあるのだが。

 

 俺をじっと見たまま無言だった金田さんが、突然身を乗り出してきた。

 

 

「いやぁあ~、殿! いいですね! 成長しました!」

 

 金田さんは俺の肩をバシバシと叩きながら言葉を続けた。

 

「自分の不安を口にするのは勇気のいる事、それを出来たのがまず成長の証!」

 

 そして俺の顔を覗き込むようにしながら。

 

「しかもその不安、自分のだけじゃないでしょ、女の子達が思ってる不安だよね? 口にはしないだろうけどたぶん……全員不安なんだと思うよぉ~、伊藤先輩と離れるのはさ」

 

 

 そう、俺の心配もそこだったりした。金田さんはとても満足そうに言葉を続ける。

 

「そこまで考えて、言葉を選んで話せるなんてさ、殿も段々と男前になってきたっすね!」

 

 言いながら立ち上がった金田さん。

 

 

「ま、それはさておき、いっかい簡易キャンプに行ってシャワー浴びてくるわ」

 

 広間から出て行こうとしていた。

 

「はい! 長旅お疲れ様でした!」

 

 

 これからの事とか、金田さんとも沢山話はしたかったけど。お疲れだろうから、今日はゆっくり過ごしてもらう事にした。

 

 夕方には伊藤さんの出発準備で女の子達が慌ただしく走り回っている。特に大変そうだったのが、お供をする3名分を含めた4名分の着替えと、道中の為の食料。

 

 背負って行くのも大変そうな大きな荷物が2つも出来てしまったのだ。その大きな荷物を前に、唯ちゃんが少し困った顔をしていたのだが、そこに現れた金田さんが「大丈夫っしょ」と言いながら中庭に出た。

 

「十三ちゃん! 十五ちゃん! ちょっと来て!」

 

『ハッ! 只今!』

 

 

 2人は颯爽と現れて、中庭に膝をついた。

 

 

 十三さんは今年で19歳になったそうだ。十五さんは今年で16歳。お栄ちゃんが13歳だから、ちょうど綺麗に3つ差が続いている事になる。

 

 

(フレッシュな感じするわ~)

 

 

 十三さんと十五さんは、金田さんの指示で荷物を担ぎ上げる。俺達が思っている程、その荷物は大変ではなかったようだ。

 

「この程度であればご心配には及びません」

 

 十三さんが丁寧に答えている間、俺もちょっと背負ってみようと思って荷物に手をかけたのだが。

 

(うわっ! これかなり重いじゃん!)

 

 ずっしりとした重みに、荷物にかけた手をコッソリ引っ込めるしかなくなってしまった。

 

 

――明朝

 

 まだ朝日が昇り始めたばかりの時間、伊藤さん一行は出発の為に屋敷の門前に集合していた。挨拶に来たのは俺達、四衛門さん、お栄ちゃんの友達。十三さんと十五さんのお友達は、見送りと警護を兼ねてどうやら途中まで同行するらしい。

 

 美紀さんからお栄ちゃんに色々と注意事項が説明されている。

 

 お栄ちゃんはその一つ一つにしっかりと頷き、ハキハキとした返事で答えていた。

 

 

(ホント、しっかり者だな)

 

 

 いよいよ出発するという時、優理が伊藤さんの正面に回る。

 

「伊藤さん! アレ見て下さい!」

 

 

 優理が指さした左前方の山の山頂付近、俺達がいた簡易キャンプの方向だ。俺も、当然のように他の皆も釣られてその方向を凝視する。

 

 けれども、何も見当たらない。

 

 

(ん??)

 

 何もないのを確認し、視線を優理に戻す直前。

 

「おっと……」

 

 伊藤さんが少し驚いた声を上げた。

 

 視線を戻した俺の目に飛び込んできたのは、伊藤さんの真正面から飛び込み、その胸に顔を埋めるようにして抱き着いている優理の姿だった。

 

 

(わざわざ隙を作って飛び込んだのね……萌える事するね~)

 

 やっぱり何度見ても胸はチクリと痛むが、最近はもう慣れた。

 

 

 数秒後、優理を邪魔するかのように、瑠依ちゃんも負けじと伊藤さんに飛びついた。ちょっと前までならここでギャーギャー騒ぎ出しそうな瑠依ちゃんと優理だったが、今日は無言で伊藤さんにくっついている。

 

 伊藤さんは2人の頭をポンポンしながら、唯ちゃんと美紀さんの方を見た。

 

「唯もおいで、美紀ちゃんも」

 

 伊藤さんは、自分にくっついてる瑠依ちゃんと優理をそのままに、手を広げて唯ちゃんと美紀さんを軽く抱きしめるようにした。

 

 

「留守をお願いね♪」

 

 美紀さんと唯ちゃんが黙って頷く。

 

「そろそろ出るね」

 

 

 伊藤さんのその言葉に、女の子達は名残惜しそうに少しずつ離れていく。優理は最後まで張り付いていたが、伊藤さんからのハグをもらってようやく離れる事が出来たようだ。

 

 その様子を見ていた金田さんが、かなり小声で耳打ちしてきた。

「なんか最近の先輩、お父さんって感じだよね」

 

「ですね」

 

 俺は一言だけ返すと、歩き始めた伊藤さん達の背中をじっと見つめている。

 

 金田さんの言う通り、伊藤さんは女の子達を本当に優しく包み込み、まるでお父さんのような存在感を漂わせている。女の子達はそれぞれ、多かれ少なかれ恋愛感情を抱いているのだろうが、伊藤さんの方は全く判らない。

 

 伊藤さん一行が山道を曲がり、その姿が見えなくなった頃。

 

 

 優理が屋敷へ駆け込む。それを追うようにして唯ちゃんも、そして瑠依ちゃんと美紀さんも続いて行った。

 

 俺からは少し離れた位置だったのでよく見えなかったけど、どうやら瑠依ちゃんは泣いている感じがした。

 

 

「ギリギリ泣かずに見送れたって感じか……ま、よく頑張ったでしょ」

 

 そんな独り言を残し、金田さんも屋敷に入って行く。

 

「それでは殿様、私どもも失礼致します」

 

 四衛門さんとお栄ちゃんのお友達が俺に一礼し、村の方へ戻って行った。

 

 

 辺りは深い緑一色だ。夏本番だというのに俺のいた時代のような、あの茹だるような暑さはなく、木々の合間を抜けてくる風が本当に心地よかった。

 

 

「よし!」

 

 何に対しての気合なのか、自分でもよく分からないけど、俺は気合を入れてから屋敷の門をくぐった。

 

 

 

 

 翌日、【戦仕度(いくさじたく)】のために金田さんが尾張から呼び寄せた商人さんが到着した。

 

「いやー、よくお似合いですな」

 

 俺は今、商人さんが連れてきた鎧職人さんに甲冑を試着させてもらっている。

 

「伊藤屋さん、こっちの甲冑だといか程でしょう?」

 

 

 金田さんが商人さんに、俺が試着中の甲冑の値段を聞いている。この商人さんは尾張で商売をされている【伊藤屋】さんという豪商のご主人で、わざわざご主人自らが足を運んでくれたと言う。

 

「金田様やご家中の方々の甲冑までお世話させて頂けるのであれば、殿様の分は寄贈させて頂きます」

 

 その言葉に、金田さんが確認を入れる。

 

「本当にいいんですか? 何度も言いましたけど、支払が出来るのは秋以降ですよ?」

 

 金田さんの言葉に、伊藤屋のご主人は満足そうに頷くだけだった。

 

 

 支払が秋になると言うのは、あくまで見込みである。全部が上手くいって、俺達が郡上の支配権を持つ事が出来れば、秋には年貢が治められて収入が見込めるのであって、上手くいかなければ全く支払えないだろう。

 

 

 伊藤屋のご主人は帳簿を眺めながら。

 

「素槍15本、甲冑15領、打ち刀15本、四方竹弓15本、弓矢300本、草鞋50足……」

 

 帳簿に記載された品々を読み上げ始めた。他にも、食料、陣を形成するための陣幕や板や杭、生活の為の陣笠や寝起きに使う物等、武器や防具意外にも用意する物が多すぎて正直驚いていた。

 

 俺が想像していた量を遥かに上回る品数になっている。

 

 

(戦をするって大変なんだなぁ)

 

 

 一通り読み上げ終わると、伊藤屋のご主人が満面の笑みで俺に話しかけてきた。

 

「丹羽長秀様より内密なお達しがありましてな、石島様には便宜を図るようにと言われておりますので、ご要望があれば何なりと申し付けて下さい」

 

 伊藤家のご主人は「実はですな」と言葉を続ける。

 

「只今申し上げた品々、お支払は済んでございます」

 

 

「え!?」

 

「ちょ!? まじっすか!?」

 

 俺と金田さんは驚きの声を上げた。

 

 

「へぇ、手前も詳細までは存じ上げませんが、恐らく小折様からの援助かと」

 

 

「こおりさま?」

 俺には全く心当たりの無い名前だった。

 

「か~っ、丹羽様の根回しだなぁ、生駒様か」

 金田さんは1人で納得したようだ。

 

 伊藤家のご主人が鎧職人さん達を引き連れて尾張に向うと、入れ違うようにやって来た積荷が運び込まれ、夕方には帳簿に記載されていた大量の品々が屋敷に納品された。

 

 

「すご~い♪ これ全部もらっちゃったんですか?」

 

 瑠依ちゃんの歓声に金田さんが答えた。

 

「いやいや、無言の圧力だよこれは……しっかり働かないと命は無いと思わないとイカンくなったな」

 

 唯ちゃんと優理は届けられた品々を楽しそうに物色中だ。

 

 そんな中、美紀さんが難しい顔で俺を呼んだ。皆から少し離れた場所に移動すると、本題に入る。

 

「石島さん、気付いてます?」

 

「はい」

 

 

 そう、実は俺もすごく心配な事がある。恐らく、美紀さんの心配も同じ中身だろう。

 

 

「須藤さん、遅いですね……」

 

「はい……明日の朝まで戻らなかったら村の人たちに要請して捜索隊を出しましょう」

 

 

飛騨白川まではそう遠くないのだが。8日が経つにもかかわらず、つーくんが戻らないのだ。

 

 

 

 

――夜になって、金田さんも一緒に頭を抱えている。

 

「持って行った携行食は4日分、すでに倍の日数が経過か」

 

 金田さんが難しい顔で思案中だ。

 

 

 空は白み始め、鳥の鳴き声が聞こえ始めた。もうすぐ夜が明ける。

 

 

 つーくんが戻らないとおかしい事実を、俺と美紀さんと金田さんだけで共有している。余り他に心配を広げても事態は好転しないからだ。

 

 

  <ズズズズ>

 

      <ズズズズ>

 

 

「ん?」

 

 俺は何かの音に気付いた。

 

 

 重たい何かが、地面をずっているような。

 

 

 

  <ズズズズ>

 

      <ズズズズ>

 

 

「ほら、この音、金田さん聞こえました?」

 

 

「ん? 音? んーーー、わからんな」

 

 

 俺達は耳を澄ませる。

 

 

 

  <ズズズズ>

 

      <ズズズズ>

 

 

 

「死体を運んでいるのかしら」

 

 美紀さんがとても怖い事を言い出した。

 

 

「死体って、発想が怖いですよ、重い何かだと思うんですけど」

 

 

 

  <ズズズズ>

 

      <ズズズズ>

 

 

 金田さんにもようやく音が聞こえたようだ。要するに、音は少しずつ近くに来ている。

 

 

「ちょっと見てくるかな、念のため武器は持っておこう」

 

 そう言って、金田さんは伊藤家さんが持って来てくれた日本刀を手に、屋敷の外へ出た。俺と美紀さんも外庭に出て、門の所にいる金田さんを見る事が出来る位置に陣取った。

 

 

「あれ? ごうざえもん!!」

 

 金田さんが突然走り出した。

 

「え? あれ? 金田先輩? 頭どうしたんですか!?」

 

 つーくんの声も聞こえた。

 

 

「こら! 変な言い方すんな! 頭は正常だ!」

 

 

「美紀さん、行こう!」

 

 まだ薄暗い中、俺と美紀さんも屋敷の外へ飛び出した。

 

 

「あれ? 皆起きてたんですか? なんだ~、先に呼びに来ればよかった……」

 

 つーくんはそう言うと、そのまま地面に引っくり返った。

 

 

「剛左衛門! 何かあったのか!?」

 

 金田さんと美紀さんが心配して駆け寄る。

 

 

 つーくんの見た目は特別な外傷はなさそうだ。荷物はビールケースくらい大きさの木箱が1つ。

 

「いやぁ、コレが運べなくて死ぬかと思いました……」

 

 つーくんは木箱をペチペチ叩いて「これ、運ぶの手伝ってください」と言いながら、どうにかこうにか立ち上がった。

 

 

 なんだかボロボロで疲れ切ったつーくんに荷物を持たせるのも悪いので、俺が変わりに運ぼうと思い、木箱に手を賭ける。

 

「つーくんいいって、こんなの俺が運ぶからだいじょ……!? え?……なにこれ!?」

 

 

 木箱はピクリとも動かない。良く見ると、屋敷の前の通りには木箱をずっと引きずってきたであろう線が、かなり遠くまで続いている。

 

 

 つーくんはニヤっと笑うと、疲れ果てたドヤ顔を見せてくれた。

 

「それココまで運んで来たんだぜ?俺すごいっしょ!」

 

 

「何が入ってんの?」

 俺が尋ねるのと、金田さんが木箱を開き始めるのはほぼ同時だった。

 

 

「見たらわかりますよ、まぁそれ、金(きん)ですけどね」

 

 

「え?」

 

 

「うわぅ、こりゃすげぇ」

 

 金田さんが驚いたのは無理もない。

 

 

 木箱の中には、拳サイズから少し小さ目の金まで、不格好でサイズもバラバラな金塊が無造作にぎっしり詰まっているのだ。

 

 

「とりあえず運んだらちょっと寝させてもらってもいいですか? もうヘトヘトで……」

 

 

「須藤さんはもう大丈夫です、後は金田さんと石島さんで運ぶので、先にお休みになってください」

 

 美紀さんが優しく背中を押し、ボロボロなつーくんを屋敷に誘導していった。門をくぐる直前、つーくんが「事情は明日ね!おやすみ~」と声をかけてくれた。

 

 

「さぁ~って、殿、運んじゃいますか!」

 

 何重にも補強された木箱は、中身が入っていなくてもけっこうな重さがありそうだ。

 

「金田さん、無理してぎっくり腰とかならないで下さいね?」

 

 

 屋敷の門までは10mもないが、この距離を進むのにずいぶん時間が掛った。俺と金田さんは終始冗談を言いながら運んでいたのだが、そうでもしないと辛くて投げ出したくなるような重さだった。

 

 

「こんなもん、どうやって白川から運んできたんだろ」

 

 つーくんの意外な怪力っぷりに、ただただ脱帽するしかない。

 

 

 その日、俺達はずいぶんと寝坊した。昼過ぎにはつーくんを残して起きていたが、特にこれと言って急ぎの仕事もなく、まったりと過ごしていた。

 

 

 夕方近くになってつーくんが起きてくると、白川でのやり取りについて報告がなされた。

 

 

「それでまぁ、意地になって運んで来たわけですよ」

 

 白川の内ヶ島さんとの交渉は、そこそこ上手くいったそうだ。

 

 石島家再興と大原の統治に関しては、特に利害は無いので承諾してくれた。今後の友好関係については「宜しく頼む」と言われただけで、それ以上の明確な返答は得られなかったものの、その裏には【面倒な事には関わりたくない】という保守的な思いが見え隠れする感じだったとか。

 

 要するに【喧嘩をするつもりは無いけど、特別仲良くするつもりも無い】という事なのだろうが、それを口に出してしまえば喧嘩になりかねない。

 

 そこで彼らなりに一計を案じたといった所か。

 

 それが、帰り際に「友好の証としてお受け取り下さい」と用意されたあの木箱。大きさはビールケースくらいなので運べない物ではないが、内ヶ島の方々はつーくんが1人で来たのを知りながら、それを渡したのだ。

 

 重そうにしていると「まさか友好の証を置いて行く等とは申されますまいな」とニヤニヤしながら言われたそうで。

 

 

 友好の証にしては高価過ぎるが、そもそもくれる気なんて無かったんだろうと思う。

 

 到底運べない物を渡し、今回の友好の件については石島家側が進物を置いて帰ったという形にする事で、白紙にしてしまおうと思ったに違いない。

 

 

「鍛えておいて良かったと思いましたよホント」

 

 つーくんは、あの日から必死にトレーニングを積んでいる。あの日とは、伊藤さんが山賊を打ち負かしたあの日だ。トレーニングの理由は色々あるだろうが、公言していたのは「親分の鉄槍は自分が使います!」だ。

 

 あの重い槍を自在に操るため、つーくんは日々トレーニングに励んできた。それが意外な形で役に立ってしまった。

 

 しかし、進物をしっかり受け取れた以上、今回の交渉は対外的には【上手くいった】と言い切れる。

 

 

 内ヶ島の人たちはさぞ悔しがっているだろうが、友好関係を結ぶと言って木箱いっぱいの金までプレゼントしてしまったのだ。

 

 今更「やっぱり返せ、仲良くなんて出来ない!」なんて言えるわけがない。

 

 

「あひゃひゃひゃ♪ 剛左衛門お手柄だったすね! あひゃひゃひゃ♪」

 

 

 思わぬ収穫で、俺達は潤う事になった。

 

 この金の使い道については、伊藤さんの戻りを待ってから決める事になったが、金田さんの目算では今回買い込んだ備品や食料の代金を払ってもお釣りが来るのではないかとの事。

 

 

「じゃ~あとは、伊藤さんを待つのみですね!」

 

 美紀さんは何だかちょっと嬉しそうだ。他の事の心配をせず、伊藤さんの事だけを考えてよくなったからだろうか。

 

 

 優理達が炊事場で夕餉の仕度を始めてくれている。つーくんが戻った事で、美紀さんの心配事も1つ減った。美紀さんの言う通り、あとは伊藤さんからの知らせを待つだけとなったのだ。

 

「ですね、じゃ、金田さん、行きますか」

 

「ハッ!」

 俺の声掛けに、金田さんはわざとらしく手をついて返事をした。

 

「もう、やめて下さいって」

 俺は苦笑しながら席を立つ。

 

「あれれ?どっかいくの?」

 つーくんが不思議そうな顔をしている。

 

 

 俺と金田さん、それから美紀さんの3人で、今日決めた事がある。

 

 

 金田さんが説明してくれた。

 

「ここの領主になったわけだし? 1日1回くらいはちゃんと見回りしないとね!」

 

「そゆこと♪」

 俺の相槌を合図にするかのように、金田さんも席を立つ。

 

 釣られるようにつーくんも席を立つ。

 

「なるほど!」

 そう言うと走って広間を出た。しばらくして戻ってくると、その右手にはあの重い槍を握っている。

 

 

「行こう! 俺もついて行く♪」

 

 

 こうして、何もない日の見回りは俺達の日課になっていった。

 

 

 その日から、雨が降っても欠かさずに見回りを行った。特に事件なんてなかったけど、村の人達は俺達の姿を見ると遠くからでも手を振ってくれたり、いつも歓迎してくれた。

 

 

 

 

――伊藤さんが出発して今日で10日目になる。

 

 昨日あたりから瑠依ちゃんがブーブー言い始めた。なかなか知らせが来ないので、優理も心配な様子だ。

 

 俺達の見回り中の話題は、女の子達の話題が多い。普段は皆一緒にいるので、男だけになる機会としてこの見回りタイムは貴重な時間だ。

 

 今日の話題は、お栄ちゃんとお末ちゃんだった。

 

 金田さんは尾張に行っていたので、四衛門さんと伊藤さんの細かいやり取りをつい先日まで知らないでいた。お末ちゃんが何故に石島家の屋敷で働いているのかを、十三さんと十五さんとお栄ちゃんが何故に伊藤さんに付き添っているのかを、詳しくしらなかったのだ。

 

 

「お栄ちゃんとお末ちゃんって、南端の家の奥さんの妹さんでしょ?」

 

 

 南端の家とは、四衛門さんの御嬢さんが嫁いだお家だ。今年で21歳になる若奥様だが、奥様と言っても農家なのでセレブ感は皆無である。

 

 金田さんの言う南端の家がどの家を指すのか、つーくんはすぐに理解したらしい。

 

「そうなんですよね、あの2人も絶対ちょー美人になりますよね? 俺めっちゃタイプですもん、作太郎さんちの奥さん」

 

 作太郎さんとは、南端の家のご主人だ。

 

「あ~、作太郎さんの奥さんか、確かに美人だよね! へ~、つーくんのタイプはあんな感じなんだ♪」

 

「わからなくもねぇな! いい女だ! あひゃひゃ♪」

 

 

「つーくん、お末ちゃんをお嫁にもらったらいいんじゃない?」

 

 俺は伊藤さんに言われた事をそのままつーくんに突き付けてみた。

 

 

「ん~、最低でもあと5年は待たないと駄目でしょ」

 

 半分くらい冗談だったのだが、割と真面目な返答が来てしまった。

 

 その様子に金田さんがニヤニヤしながら。

 

「お栄ちゃんはもう駄目そうだよね、伊藤先輩の虜になって帰ってきそうだよな! あひゃひゃひゃ♪」

 

 

 温泉で10日以上を一緒に過ごした男女が、どんな関係になるかなんて想像したら恐ろしい。なんせお栄ちゃんはまだ13歳、数え年らしいので、俺達の時代の計算で言うならまだ12歳だ。

 

 

「兄貴が2人も付いてるからな、そうそう手はだせねぇか」

 金田さんはどうもロリコンなのだろうか。

 

「いや~、わかんないですよ? 兄貴達が進めるかもしれないじゃないですか、妹が伊藤さんの側に仕える事になったら安泰かもしれないじゃないですし」

 

 つーくんがちょっと怖い事を言う。別にそれがいけない事ってわけでもないけど、なんかちょっと否定したくなった。

 

「んー、でも伊藤さんが拒むんじゃない? だって瑠依ちゃんを断ったり、あんだけベタ惚れな優理にさえ手出してないぽいじゃん」

 

(手出されてたら困るんだけど)

 

 自分て言っておきながら、想像したらちょっと落ち込んだ。

 

 

「え? 石島ちゃん知らないの? まぢで!?」

 ワンテンポ遅れて金田さんが驚いてみせた。

 

「知らないって、何をですか?」

 なんだか胸騒ぎがする。

 

「あれ? よーくん本気で知らないの?」

 

 

(嘘だ……やめてくれ……)

 

 

「ま、今のは忘れてくれ!」

 そう言って金田さんが急に早足になった。

 

「待たれよ! 金田殿! お待ちを!」

 武士語になったつーくんも足早に金田さんを追いかけ始める。

 

 

「ちょっとおおおお! 気になって夜しか寝れなくなるじゃないか!」

 俺は冗談で誤魔化しながら後を追ったが、内心は心臓がバクバクだ。

 

 俺が追いかけると、金田さんに追いついたつーくん、そして金田さんが同時にこっちを振り返る。

 

 

 

「なんてな! うっそぴょ~ん! あひゃひゃひゃひゃ♪」

 

 

「ギャハハハハ♪ 本気で焦ってるし♪ 心配ないって! ギャハハハ♪」

 

 

(カッチーン)

 

 完全にからかわれた。

 

「おのれ等! 無礼であろう! 覚悟致せ!」

 

 

 俺は槍を抱えて2人を追う。

 

 

「ひえ~、殿! お許しを~ギャハハハ」

 

「あひゃひゃひゃ♪ 無礼討ちされる! あひゃひゃひゃ」

 

(こんな平和な村で、あんな事件が起きるなんて、この時は誰も想像していなかった)

 

 なんて言いたくなるシーンだが、本当に何も起きない平和な村だ。

 

 

(伊藤さん、まだかなぁ)

 

 俺は2人を追いかけながら、伊藤さんの帰りを心待ちにしていた。

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