色々な意味で熱い時間を過ごした俺は、そのまま陽を連れ、伊藤さんが借りている屋敷に戻った。一足先に十三くんから知らせを受けていた伊藤さんは、女の子達を出店へと向かわせると、俺と陽を屋敷に迎えてくれた。
伊藤さんは俺達2人の前で床に両手を付く。
「それでは今後は奥方様とお呼び出来るよう……せねばなりませんな」
そう言って陽を笑顔で迎え入れてくれた。そしてすぐに俺と陽を連れ、桜洞城に向った。
桜洞の城では、既に華やかな宴の支度が整っていて、陽は女中さんに連れられて着替えに向かう。
「では、洋太郎さま、後程」
「ああ、また後で!」
後先考えずに事に及んでしまったが、変な条件じゃなければ即断で飲んでしまえと言ったのは伊藤さんだ。
きっとどうにかしてくれるだろう。
「殿、どんな顔で優理と唯に会うかは考えておいた方がいいですよ」
真面目な顔でそんな事を言われた俺は、ここへきてようやく、心に焦りが出始めた。
到着した広間は煌びやかな装飾に彩られ、そこには宴の御膳が並べられている。その上座、中央の上段に頼綱さんが鎮座していた。
「伊藤殿、来ると思うておりましたぞ」
頼綱さんが満足そうに伊藤さん語りかけた。
伊藤さんは頼綱さんの前まで進んで床に胡坐をかくと、両手を付いて口を開いた。
「此度の差配、誠にお見事で御座いました、されど、かような真似は二度となさりませぬ様、お願いを申し上げます」
「ふふふ、気に食わぬか?」
伊藤さんに言葉を返す頼綱さんの表情は、まさに切れ者な感じがした。横で突っ立っているのも違う気がしたので、俺は伊藤さんの隣に胡坐をかいた。
「左様、気に食わぬと申せばその事」
伊藤さんは頭を上げ、正面から頼綱さんを見つめる。
(え? ええ? なんか険悪?)
「左様か、我が養女の決死の想いを踏みにじると申すか」
2人の切れ者はその視線を激しく交差させ、言葉尻がきつい物に変わってきた。
(やばい? もしかしてやばい?)
俺の鼓動が跳ね上がる。
「左にあらず」
伊藤さんは一息ついてから言葉を続けた。
「若い2人を湯治場で遇わせるとは、何とも奇策、この伊藤、完全に出し抜かれました」
そこまで言うと、ニヤリと笑う。
「ハッハッハ! この頼綱、伊藤殿を出し抜いたか! ハッハッハ♪」
自綱さんは声を上げて満足そうに笑った。笑い終わるの待って伊藤さんが再び頭を下げる。
「誠、目出度き義(よし)なれど、当家は盛大なる宴を催せるほどの余裕が御座りませぬ」
「心配などいらぬであろう、故にこうして用意させてあるのだ」
宴を用意してくれた頼綱さんに対し、伊藤さんは再び顔を上げると、その体からあの覇気のような物を放出させはじめた。
「当家は小身なれど姉小路に臣従する身では御座いませぬ、いかに頼綱様のご養女を迎えるとは言え、桜洞の城に置いて祝言を上げる訳には参りませぬ」
伊藤さんの言葉に、頼綱さんの眉がピクリと上がる。
「今宵の宴は我らへ対する歓迎の宴として有難く頂戴するとし、お陽様にはこのまま桜洞にご滞在頂きます。我らは明日、大原に戻り次第、即座にお迎えを寄こしましょう」
そこまで言ってニヤリと笑い、更に言葉を続けた。
「祝言は大原にて質素に執り行います。それが石島の身の丈、そのような弱小石島にご養女を頂ける事、恐悦至極に存じます」
再び、今度は更に深く頭を下げた。
一瞬、俺に合図をしたように感じたので、俺も両手を付いて頭を下げる。
「したり! 流石は伊藤殿よ、してやられたわ!」
頼綱さんは悔しそうにしながらも、また楽しそうに笑う。
ひとしきり笑うと、家来の方に「今宵は歓迎の宴といたす、そのように差配しなおせ!」と申しつけた。
家来の方は少々困ったような顔をしたが、伊藤さんが「ご苦労をおかけします」と笑顔で語りかけると、苦笑しながら頷いてくれた。
頼綱さんは家来の方が去るのを待って、俺に向きなおった。
「洋太郎殿、陽は養女ではあるが、俺の妹のような物だ」
そう言って立ち上がると、俺の目の前まで来て座りなおした。
「これからは兄と思うてくだされ、陽をお頼み致しますぞ、洋太郎殿!」
俺の手を取ってニッコリと笑ってくれた。
「は、は、はい!」
俺はどうしたらいいのかわからない。
「ふ、不束者では御座いますが宜しくお願い致します!」
「ブッ……ギャハハハ♪ 不束者って……ギャハハハ」
「ハッハッハ、洋太郎殿は面白きお人よ、陽も幸せであろう! ハッハッハ♪」
伊藤さんの爆笑と頼綱さんの笑い声が響く広間で、俺は自分の置かれた状況を理解する事が出来ないでいた。
その後、俺と伊藤さんと頼綱さんの3人で酒を酌み交わしながら、今後の織田家との関係性について話をしていたのだが、俺はまったく集中できないでいる。
(俺……結婚したのか? いや、これからするのか?)
広間では忙しそうに女中さん達が動き回り、白を基調としたおめでたい雰囲気の装飾を取り外しながら、質素な物に取り換えていく。
(貰ってくださいと言われた陽を抱いちゃったし、違うとは言えないしなぁ)
走馬灯のように、優理や唯ちゃんの顔が想い浮かんでくる。
(若気の至りでしたゴメンなさい!なんて言い訳無理だよなぁ)
実際、陽とは初対面だったし、いきなりそんな行為に及んだ俺が悪いと言えばその通りなのだが。
(優理も唯ちゃんも捨てがたいけど、陽もけっこう美人だし、なにより巨乳だしな)
湯治場の一角での陽を思い出す。あの様子、どうも初体験では無さそうだが、経験が多そうでもなかった。
清楚な美人を連想させる陽の容姿からはかけ離れた、甘美に乱れる姿は思い出すだけで興奮してしまう。
宴が本格的に始まると、踊りだす人が出てきたりするほど賑やかだった。そんな賑やかな宴の中、俺の隣に座る陽は、終始笑顔で俺に酒を勧めたり、食事を勧めたりしてくれている。
(苦労が多かったんだろうな)
とても細やかな気配りの出来るいい子だ。
(幸せにしてあげないと駄目だよな)
美味しい料理を堪能しんながら、俺は新たな想いを抱き始めていた。
「いやいや、今宵は実に愉快である」
頼綱さんは本当に楽しそうにしている。
「洋太郎殿が俺を兄と思うてくれるのであれば、俺は伊藤殿を兄と呼ぼう!」
酔っぱらっているせいもあるだろうが、本気で伊藤さんに心酔しているようだ。
(伊藤さんはやっぱりすごいな)
「兄と御呼びになるのは遠慮頂きたい、頼綱様が弟では、我が主まで弟になってしまいます」
伊藤さんと頼綱さんの周りには、頼綱さんの家臣さんが集まっていて、2人の会話にドっと笑が上がる。
料理も無くなってくる頃、伊藤さんが頼綱さんに何か挨拶をしているのが目に入った。頼綱さんは名残惜しそうに伊藤さんの手を取って挨拶を返している。
「洋太郎さま? 今宵はお泊りになられますか?」
陽の顔は「泊まってほしい」と書いてあるよな表情だ。返答に困っていると、伊藤さんが俺の所へやって来た。
「殿、今宵は桜洞にお泊りください、明日の仕度は某にお任せあれ」
俺はもうだいぶ、酔っぱらっている。
「はい、お任せします!」
なんの仕度かサッパリだったが、とりあえずお願いする事にした。
「では、お陽殿、宜しくお願い致します」
伊藤さんは笑顔で陽に声をかけると、陽も笑顔を返した。
その陽の目に、少し涙が浮かんでいるように見えたので、俺は真面目に嫉妬した。
「伊藤さん? 陽にまでちょっかい出さないでくださいね?」
「まぁ、洋太郎さま? 妬いておられるですか?」
陽はなんだか嬉しそうな顔をしている。伊藤さんもニヤリと笑うと「心配いりませんよ♪」と言いながら立ち上がる。
「それでは、明日お迎えに上がりますので、今宵はごゆるりと」
背を向けた伊藤さんを、陽は軽く頭を下げて見送った。
「なーんか2人、前から知り合いな感じじゃない?」
少しふてくされた俺の質問に、陽は笑顔でさらっと答える。
「ええ、毎朝ここへいらしてますから」
「あー、そりゃそうか」
宴が終わると、俺の為に用意された部屋へ案内された。その部屋には畳が敷いてあり、板の間しかない大原の屋敷とは格が違う感じだ。
陽を抱き、その後もまた湯に漬かり、そのままの流れで宴を楽しみ、今日はとんでもなく充実した1日だった。
「失礼致します」
知らない女性の声がした。
「はい! ど、どうぞ」
俺はちょっとびっくりして返事をした。
襖が静かに開くと、廊下に傅いて蝋燭を持っている女の子がいて、その横から白く薄い和装を纏った陽が姿を見せる。
「さがってよい」
陽の言葉に、蝋燭を持った女の子は無言で頭を下げ、足早に去って行った。
「陽……」
蝋燭の灯りしかない薄暗い部屋で、陽はとても美しく。
「洋太郎さま」
酒で火照った俺の体は、どうしようもなく陽を求めた。
充実した1日は、まだもう少しの充実感を増す事になる。
■同刻 飛騨国
桜洞城下 仮屋敷
「な……? へ?」
桜洞城下の出店で想い想いの品々を手に入れた面々は、伊藤の報告に面食らっていた。
「そんな……」
その中では特に、唯が表情を曇らせていた。
「ゴメン! 俺の考えが甘かった! 完全にしてやられたよ……」
伊藤は唯に向って両手を付いて謝る。伊藤の謝罪を受けた唯は、大きなため息をつく。
「伊藤さん? 一つだけ質問があります」
「はい! なんでしょう!」
唯は優しい笑顔を作ると、伊藤に一つの質問を投げかけた。
「石島さんのお気持ちも、そのお陽さんのお気持ちも、間違いないのですね?」
伊藤は気まずそうにしながらも、唯を正面から見つめる。
「そう、だから文句のつけようが無くなったって感じ」
「そうですか、なら良かったです♪」
唯は心の底からそう思えた。
「唯先輩! まだ諦めるのは早いですよ! この時代は側室制度があるんですから!」
「そくしつ?」
瑠依が側室の説明をしかけたとき、それを伊藤が遮る。
「ちょっとまった、ごめんね、実は急がないと駄目なんだわ」
何を急ぐのか気になった面々は、伊藤の言葉に耳を傾ける。
「綱義は急いで大原に戻ってこの事を伝えてほしい。質素でいいから祝言を開かないといけなんだ……手配は四衛門さんに指南してもらいながらお願いね、物品の購入に関しては金田くんに一任するって伝えておいて」
「は! かしこまりました!」
もう日が落ちていたが、この夜は月明かりが眩しい程であったため、綱義は夜間強行をするつもりだ。
「お栄ちゃんとお末ちゃんは帰り仕度を初めてください、明朝ここを発ちます」
「はい!」
「えー? もう帰るんですか!?」
瑠依が不満そうな声を上げる。
「だって瑠依、まだ伊藤さんと2人っきりで温泉に入ってないですよ?」
ほっぺたを膨らませて怒っているが、その訴えを聞く気など伊藤には無い。
「ごめんね瑠依、湯治場にはまた来よう」
「やった♪ なら今回は我慢します! 今度は【2人】で来てくれるって言いましたからね!?」
瑠依の無理やりな約束に美紀が突っ込みを入れた。
「言ってないだろ」
言いながら伊藤に視線を向けた美紀は、この後の予定に関する不安を述べた。
「急いで戻って祝言の準備開始、お陽さんをお迎えに1日、大原に到着するのにもう1日、もし途中で空白の日数が出たら祝言を上げている時間なんてあるんですか?」
伊藤は頷いて美紀をまっすぐ見返す。
「そう、かなり厳しいスケジュールになる、なるべく質素に簡略化しないと軍備が間に合わない、ハッキリ言って祝言なんてやってる場合じゃないんだよね」
伊藤は、何故わざわざ大原に戻って祝言を上げるのかを説明した。
「流石は伊藤様じゃ」
綱忠が関心の声を上げる。
「ホント、伊藤さんの頭の構造ってどうなってるの?」
美紀も関心しながら綱忠に同意を示した。
姉小路とあくまでも対等な関係を構築する為には、どうあっても桜洞で祝言を上げる訳にはいかないのだ。その所為で時間を失おうとも、財を失おうとも、姉小路に臣従する形を取る訳にはいかない。
「とにかく、急いで色々しないといけないの」
そう言って面々の顔を見回す。
「だから、温泉入るなら今日までだよ? お栄ちゃん! いこう!」
言うなり立ち上がって温泉に向かう伊藤。
「あ、はい、お待ちください! 兄様、留守をお願い致します!」
栄は傍らに用意してあった荷物を抱えると、足早に伊藤を追う。
「ええええ~~~、伊藤さんの準備はしてあったんだ!? さすがお栄ちゃん! お末ちゃん、準備できた?」
優理は慌てて自分の荷物を漁り始める。
「はい、ただいま!」
「たいへんだ~! いっそげ~」
瑠依も自分の荷物をひっくり返す勢いで準備を始める。
「ったく、要領が良くないな」
そう言って立ち上がった美紀は、既に準備万端整った荷物を小脇に抱えていた。
「ふふっ♪ そこが可愛いんじゃないですか?でも……」
美紀と同様、唯が整った荷物を小脇に抱えて笑うと、言葉を続ける。
「準備が遅い優理と、もう準備が終わってる私、伊藤さんはどちらが好みかな? ふふっ♪」
少し意地悪な笑みを浮かべていた。
「はい?!…えーー! ちょっと唯! ショックだからって伊藤さんを口説くのはダメだよ!?」
「え? 唯先輩まで?? 瑠依の勝ち目がどんどん無くなるじゃないですか!」
準備を終えた優理と瑠依が草履を突っかけながら唯に文句を言う。
「お待たせしました!」
お末が自分の着替えを抱えてやって来た。
「しゅっぱーつ♪」
瑠依の掛け声で5人が屋敷を出る。
この日、伊藤の計らいで栄と末も面々と共に湯に漬かった。伊藤は遅れて5人が到着するや、早々に湯を上がると「ゆっくりしておいで」と言い残して屋敷に戻ってしまったのだ。
「どーれどれ、ほほー、さすが美紀ねぇ」
「ふっ、まだまだ瑠依には負けないな」
女だけになった湯治場では、瑠依と美紀が乳比べの真っ最中だ。
「ちょっと失礼♪」
「きゃっ!? ゆ、優理さま?」
栄の両胸を後ろから鷲掴みにした優理は、2度程揉んで解放する。
「うーん、まずいな……」
両の掌に残った栄の胸の感覚を頼りに、自分の胸に両手を当てて考え事をしている。
「ふふっ♪ お栄ちゃんに追い抜かれそう?」
「あー、唯に言われたくないな、唯はもうお栄ちゃんに抜かれてるよ多分!」
笑った唯への仕返しに、意地悪を言った。
「あら? 最近私の胸触ったっけ? 絶賛成長中なんだぞ?」
ニヤリと笑顔でやり返した唯に、優理が襲い掛かる。
「なに~!? もませろ~♪」
バシャバシャと湯をまき散らし、面々は思い出に残る湯治場を堪能しながら夜を過ごしていた。
■1567年 7月下旬 飛騨国
大原村 石島屋敷
陽をお迎えに行く【嫁迎えの義】とやらを行う2名の役は、大原兄弟が請け負ってくれ、昨日出発した大原兄弟は、先程の知らせではもうだいぶ近くまで来ていると言う。
宴のあった日の翌日、伊藤さんは女の子達と一緒に一足先に大原に戻り、少し遅れて俺も、十五くんと30名の新兵さんに守られながら大原に向った。
俺が大原に着いた時には、女の子達は揃って簡易キャンプへの移動が言い渡され、お栄ちゃんとお末ちゃんしか残っていなかった。
それから4日が経つが、俺は未だに優理とも唯ちゃんとも顔を合わせていない。
物思いにふけっていても仕方がないので、外に出てみようと思い門に向うと、門の外には花嫁を一目見ようと大勢の人が集まっていた。
(いや~、いよいよ実感が沸いてきたな)
まさかこの時代で結婚する事になるとは思わなかった。相手が優理だったらもっと嬉しかったのかもしれないけど、今の俺の心の中は陽でいっぱいだ。
村と屋敷の中間地点では、30名の新兵さん達が居住する小屋が立ち並び、その建設の為に郡上からやって来た大工さんや、その人たちを目当てにした商人さんまで集り、大原は今までにない賑わいを見せている。
「見えて来たぞ!」
「おお~~~」
門の外で歓声が上がった。
俺は四衛門さんに着せられた装束を身に纏い、輿に揺られてくるであろう陽を待っている。
祝言の取り仕切りは四衛門さんと、その奥様でお末ちゃんとお栄ちゃんのお母さんである「おきつ」さんが頑張ってくれていた。
俺は祝言を前にして、陽を迎えられる喜びとは別に、寂しさも感じている。
女の子達は皆、簡易キャンプで待機だ。
金田さんは織田信長さんとの最終調整のために尾張に向ってしまっている。
つーくんは姉小路さんの所へお礼を述べる事と、正式な援軍要請に向い。
伊藤さんは「戦場の下見に行く」と言って郡上に向った。1つ救いだったのは、この婚姻は石島の家にとって大変良い事だと言ってくれた事だ。
(伊藤さんがそう言ってくれなかったら、正直つらかったな)
「お下がりくだされ!」
門の外で綱義くんの声が響く。
「おお、花嫁様じゃ!」
「おお~」
今日は7月22日、俺と陽の結婚記念日になるのだ。侍女に手を取られながら、陽が門をくぐってきた。
「洋太郎さま」
「ようこそ、陽」
白無垢を纏った陽はとても美しく、俺の胸は大いに高鳴った。
祝言と言っても、本当に質素な物だった。形式だけの三々九度を執り行い、多少の料理が出される。
伊藤さんが頼綱さんに言った「石島の身の丈」という言葉が、妙に突き刺さっていた。
(もっといい物を食べさせてあげられるように、頑張ろう!)
決意を固め、祝言の義を終え、おきつさんが用意してくれた床へ向かう。四衛門さんの計らいで、お栄ちゃんとお末ちゃんは今日は実家にお泊りだそうだ。
当然、俺と陽は熱い夜を過ごしたわけだが、祝言の義は次の日も続いた。
翌日の義は、村の人たちが次々と祝いの言葉を述べにやってくる。中には祝いの品を置いて行く人もいて、広間は物であふれかえってしまった。
今日の俺と陽の役目は、やって来る1人1人に笑顔で答える事だ。陽もニコやかに村の人たちに応対してくれている。
(いい奥さんだな、うん)
夕方になると、意外な人からの祝いの品が届けられた。
「遠藤慶隆が家臣、鷲見弥平治と申します」
(うわ、遠藤さんからお祝いきちゃった……気まずいなぁ)
遠藤さんからは米10表と、高価な刀が届けられた。
その日の夜、お栄ちゃんが戻ってきてくれて、俺達2人に手料理を出してくれた。
「明日からはわたくしもお手伝いさせてくださいね」
陽が優しくお栄ちゃんに微笑んでくれた。
「と、と、とんでもございません! 奥方様にそのような」
恐縮しているお栄ちゃんに、俺は声をかけた。
「お栄ちゃん、それが石島の身の丈なんだよ、陽にも何かさせてあげてほしい」
俺の言葉の意図を、お栄ちゃんはすぐに感じ取ってくれたようだ。にっこり微笑んで「では、明日の昼餉から一緒にお願いします♪」と元気よく答えてくれた。
(頭のいい子だ、伊藤さんに鍛えられたか?)
夕餉の後片付けが終わると、お栄ちゃんは今日も実家で泊まると言って帰ってしまった。
いつも賑やかだったこの屋敷に、俺と陽しかいない。昨日はすぐに床に入って熱い夜を過ごしてしまったので、あまり実感しなかったのだが、今日はなんだか無性に寂しく感じる。
「殿、お酒をお召になりますか?」
陽が笑顔で問いかけてくれた次の瞬間。
<ドカドカドカドカドカ>
屋敷の入口のほうから大勢の人が駆けこんでくる音が響いた。
「!!???」
陽が驚いて俺に身を寄せてくる。
「下がって!」
俺は咄嗟に、遠藤さんから贈られた太刀を左手に持ち、いつでも刀身を抜けるように右手を構えた。
<ドカドカドカドカ>
足音は声を上げる事無く、俺達が食事をしていた部屋を取り囲む。
(囲まれた……)
食事をしているこの部屋は炊事場に近く、部屋の四方が襖になっており、どこからでも入れてしまう。
俺は陽を誘導するのうに、共に部屋の中央に移動して身構えた。
相手は何人いるだろうか、足音の数からして10人どころではない。
(まずいよ……)
俺は心の中で伊藤さんに助けを求めていた。
部屋を囲んだ足音は、その後静まり返っている。陽は俺の着物を強く掴んだ。
「大丈夫!」
俺が小声で陽を励ました次の瞬間。
『ご結婚! おめでとうございまーーす!!』
声と同時に全方位の襖が一斉に開けられた。
「えええ?!! なに!?」
もうおしっこちびる寸前だった俺は、この状況が全く理解できないでいる。
俺は全方位を囲まれていた。
伊藤さん、金田さん、つーくん、美紀さん、優理、唯ちゃん、瑠依ちゃん。
綱義くんと綱忠くん、お栄ちゃんとお末ちゃん、四衛門さんおきつさん。
それだけじゃない、なんと頼綱さんの姿まである。
「ふふふふ、洋太郎さまは良いご家来をお持ちですね」
そう言って立ち上がった陽は、するするっと伊藤さんと頼綱さんの間に入ってこちらを振り返った。
「え? へ? なになに?」
完全にパニック状態の俺を余所に、瑠依ちゃんが掛け声をかけた。
「せーのっ♪」
(んなっ!?)
<バッサーーー>
<パラパラパラ>
未来から一緒に来た面々が投げつけたのは、白米だった。
「未来風ライスシャワーだ! 思い知ったか! ぎゃはは」
つーくんが楽しそうに笑っている。
未来のシャワーの勢いよろしく、盛大に俺に米が投げつけられたようだ。
「よ~し、サプライズ成功だね♪」
優理が楽しそうに言いながら、天使のガッツポーズを決める。
「あ……うん、やられた」
さっきまですごい寂しかったせいもあって、俺は自分でも気づかないうちに泣いていた。
「あひゃひゃひゃひゃ♪ 殿泣いてるじゃないっすか! あひゃひゃひゃ♪」
「くっそぉぉぉ、このためにわざわざ皆で屋敷を離れたんですか!?」
俺は泣きながら訴えた。
「ギャハハ♪ 違うよ違う、本当に用事はあったんだけどさ、どうせ屋敷を離れるならサプライズを用意しようって話になっただけ!」
伊藤さんだ、きっとこの人が首謀者に違いない。
「なんだよもう、陽も知ってたの?」
俺はもうボロボロ泣いて涙が止まらない。
「はい♪ さぷらいずというのは胸が高鳴りますね!」
陽は17歳の女の子らしく、目をキラキラさせて元気よく頷いた。
「はっはっは、洋太郎殿、よき男泣きですな」
陽が俺の所に来て寄り添い「本当に良きご家来をお持ちです」と言って、その目から涙を流し、一緒に泣いてくれた。
「陽さん陽さん♪ 殿の事は後でいいので! コレですコレ! 大事なんですこれ!」
瑠依ちゃんが陽の手を引いて縁側まで連れていく。
「よ~し! お前たち私に譲れよ?」
「ダメに決まってるじゃないですか!」
美紀さんと優理が競うように中庭に出る。
「ほらほら、お栄ちゃんもお末ちゃんも行きましょう♪」
唯ちゃんが2人を誘って中庭に下りた。
「後ろを向いてですね、こうやって上にぽ~んて投げて下さい、ぽ~んって」
瑠依ちゃんが動作付きの解説で投げ方を教えているのは、お手製ブーケらしい。
「はい♪」
陽は何が起こるのかわからないまま、笑顔でブーケを受け取った。
「よ~~~し、瑠依が取るからね!」
瑠依ちゃんも中庭に降り立つ。
「何が始まるのだ?」
不思議そうに女の子達を眺める頼綱さんに、伊藤さんが笑顔で答える。
「戦(いくさ)ですよ、女の戦です」
(ブーケトスは女の戦か、言いえて妙とはこの事か!)
俺は伊藤さんの解説に妙な納得をしている。
自綱さんは分かったような、分からないような、そんな表情で現状を眺めていた。
「では……いきますよ」
陽が中庭に背を向けた。
「何なのですか?」
質問したお栄ちゃんに、唯ちゃんが答える。
「あれを受け取ると、次の花嫁はその人になるっていう占いみたいなものです♪」
優理も続く。
「あれ取って伊藤さんの花嫁になるんだ♪」
その優理の台詞に、俺はもう何かを言える立場ではなくなってしまった。
(うーむ、やっぱり超絶可愛いんだよなぁ)
挙式の真っ最中だというのに、俺の思考回路は本当にどうしようもない。
「えいっ」
陽は目を瞑ると、思いきり良くブーケを投げ飛ばした。
綺麗な弧を描いて宙を舞うブーケ。
この瞬間、女の子達にはスローモーションで時間が流れているに違いない。
真っ先に飛び出した優理と競り合い、美紀さんが体を寄せてブーケに手を伸ばす。お互いにバランスを崩し、ブーケは2人の手をすり抜けるが、唯ちゃんと瑠依ちゃんは完全に出遅れて届きそうもない。
「まだまだぁぁぁ~」
「っっえい!」
信じられない態勢から、美紀さんが再び跳ねると、それに優理も着いて行く。
弧を描いたブーケが下りに入った時、その落下地点に向けて唯ちゃんも瑠依ちゃんも飛び込んで行く。
四人がぶつかるようにブーケに手を伸ばすと、各々の手に弾かれたブーケはそこから更に弧を描くようにして飛んだ。
飛んだ先にはお末ちぇんがいた。
「とっ? わっ!?」
球技なんてやらないこの時代、飛んでくる物を掴む事なんてほとんどないだろう。飛んできたブーケでジャグリングするかのようになったお末ちゃんは、そのままブーケを飛ばしてしまった。
ブーケの飛んだ先にいたのはお栄ちゃんだ。
全員の視線がブーケに集まる中。それはお栄ちゃんの両手にすっぽりと収まったのだ。
「こっ! このお花! 受け取ったらすぐに誰の花嫁になりたいか願わないといけないとか、ありますか!?」
しっかり者のお栄ちゃんが、珍しく慌てている姿がとても可愛い。
「ん~、どうなんだろ、全然知らないや」
伊藤さんが「サッパリ分からない」と言いながら金田さんを見る。
「え? 自分が知ってるわけないっす!」
バトンを回す様につーくんを見た。
「俺達の時代では押し花にして額に入れたり、ブリザードフラワーにしてケースに入れたりしてますね」
「お~、そうなんだ!」
俺はつーくんの意外な物知りに驚きの声を上げてみたが、お栄ちゃん本人は頭から「?」を噴出させている。
「ぶり? ぶりざー……?」
「へ~、保存するんですね」
唯ちゃんが少し驚いた様子だ。
「あっ」
伊藤さんが思い出したような声を上げ、何かに気付いたらしい。
「頼綱様、お持ち帰り頂きたい品があるのです、少々重いので外のご家来衆にお預けしておきますね」
「いやいや、お気遣いなど頂かなくとも、陽のこのような幸せそうな顔を見れただけで十分でございます」
嘘ではないだろう、頼綱さんは本当に満足そうだった。
「そうは参りません、ご足労を頂いた以上、返礼は受け取って頂きます」
笑顔でそう言うと、大原兄弟を伴って別室に向う。
「律儀なお人じゃ」
頼綱さんは苦笑しながら俺を見た。
もう涙も止まり、心も落ち着いた俺は、微笑んで頼綱さんに頷き返した。
「お栄ちゃん、好きな人っている?」
「え!?」
瑠依ちゃんの質問に、お栄ちゃんが一瞬固まる。
「それね、好きな人のお家の前にコッソリ置いてくるんだよ♪ あなたの花嫁になりたいです! って願いを込めてね♪」
(へ~、それ面白い)
「へ~、そりゃ面白いな!」
金田さんが興味を示す様に反応した。
(相変わらず被るね、言わなくてよかった)
「でもね、もう相手に気持ち伝えたいなら、そのまま持って行って渡すのもありなんだよ♪」
「気持ち!? そ、そんな恐れ多い事は出来ません」
「ほっほっほ、若いもんはいいですな」
四衛門さんが「ゆこうかの」とおきつさんに声をかけ、俺と陽に丁寧に挨拶を済ませて自宅に戻って行った。
「では、戻って仕度をして参りましょう、外で家臣を待たせておりますので、これにて御免」
頼綱さんは、陽の所へ来て「幸せにな」と言い残して帰って行った。
「お栄ちゃん? 別に好きな人がいないならお部屋に飾っておいてもいんだよ!」
「そうそう、飾っておいたほうがいいよきっと!」
優理と瑠依ちゃんがお栄ちゃんに纏わりつき始めた。さっきのお栄ちゃんの台詞が気になったのだろう。
【そんな恐れ多い事は出来ません】
この台詞でもう、大体の予想はつくからだ。第一候補は伊藤さんだろう、二週間も一緒に温泉で過ごしたのだ。
もしかしたらもう、そうゆう関係になっているのかもしれない。
その時、門の方から伊藤さんの声がした。
「そそ、だから明日は頼むよ」
「ハッ」
外で頼綱さんのご家来衆にお土産を渡し、頼綱さんとの挨拶を済ませて来たであろう伊藤さんが、大原兄弟に何やら指示を出しながら戻ってきた。
「ありゃ? まだ皆ここにいたの?」
お栄ちゃんは手にしたブーケのやり場を、未だに思案している。優理と瑠依ちゃんがしきりに「部屋に飾れ」と説得中だ。
「ん?」
美紀さんが地面に屈んだ。
月明かりと蝋燭の灯りで足元はよく見えなかったが、美紀さんの足元にはブーケから外れた花が一輪、誰に踏まれる事も無く綺麗に残っていた。
美紀さんはそれを拾うと、縁側に上がる。
右手の指先で花を持ち、額に付けるようにして何か念を込めるような、香りを楽しむような仕草を見せた。
「今日は遅いのでもう休みましょう、ハイ、伊藤さんコレあげる♪」
「んが!」
「ちょ! 美紀ねぇ!」
変な声を上げた瑠依ちゃんと、美紀さんを呼ぶ優理。
2人の反応を不思議そうに見ていた伊藤さんは、特に気に留める様子もなく美紀さんから花を受け取った。
「ん? 人に花を貰うなんて何年振りだ? まぁ頂くよありがと♪」
伊藤さんはそのまま「ほんじゃ明日ね! 俺はもう寝るわ~」と自室に向う。
「お栄ちゃん! 1本頂戴! お願いっ!!」
「瑠依も瑠依も! 1本! お願い!」
優理と瑠依ちゃんはお栄ちゃんに懇願し、ブーケから花を1本づつ分けて貰うと、急いで伊藤さんを追った。
「ふふふっ♪」
楽しそうに笑う唯ちゃん。
「ふふ、賑やかで楽しいお屋敷なのですね♪」
陽は、同世代のこの子達と上手くやっていけるだろうか。本当に皆、いい子達だ、きっと大丈夫だろう。
「俺達も休もうか」
「はい♪」
俺はその前にと思って皆の方に向きなおる。
「みんな、サプライズほんとにびっくりした! ありがとね! これからも宜しくお願いします!」
しっかりとお礼を言っておくことにした。
「これからもサプライズね! 了解♪」
美紀さんがニヤっと笑う。
「え? そっちじゃなくてですよ!?」
「あひゃひゃひゃひゃ♪ こちらこそ宜しくお願いします! 奥方様も!」
金田さんは笑いながら、俺達に向けて一礼してくれた。
「はい♪ おやすみなさいませ」
陽の一礼に、ここに残った一同が同様にして応える。
織田信長さんの美濃侵攻がいよいよに迫る中、この屋敷は新しい住人を迎え、一層の繁栄を予感させていた。