■1567年 7月27日 飛騨国
大原村 姉小路軍
「申し上げます、姉小路頼綱様、着陣なされました!」
山深い大原の地に、飛騨守護の軍勢600が到着した。知らせを受けた石島は、義兄として慕う義父を迎えるため陣を出る。
煌びやかな軍足を纏う兵団の先頭に、大柄な騎馬に跨った頼綱を見た。
「義兄上様(あにうえさま)! ご助力感謝いたします!」
馬上から石島を見下ろす形になった頼綱は、あえて馬から降りる事はせず、そのまま馬上から声をかけた。
「なんの、義弟(おとうと)の頼みだ、して伊藤殿は?」
頼綱の知る限り、石島家の面々は戦を経験した事が無い。この戦で戦闘があるとすれば、質量共に姉小路軍が戦力のほぼ全てになると睨んでいる。
とはいえ総大将は目の前の石島である。
人柄は申し分ないが、その柔らかい物腰で総大将が務まるとは、到底思えないでいた。
「はい、既に大原の兵を率いて国境の砦の調略に当たっております」
「なに!? 大原の兵でだと?」
頼綱は愕然とした。
平時の調略とあればそれでも構わないが、戦時の調略となれば話が違ってくる。圧倒的兵数を以て対象に挑み、その圧力を以て交渉を有利に進めるのが基本だ。
「我らも参ろう!」
「はい!」
頼綱は石島を促し、すぐさま出陣の合図を執り行わせた。
<ドンッ ドンッ>
<ドンッ ドンッ>
太鼓が打ち鳴らされ、僅か10名程の供回りを連れた石島が陣を発つ。
(伊藤殿も所詮は実戦を知らぬ男か……)
頼綱の頭には、良くない予感ばかりが浮かび上がる。
(斎藤に義理立てする手筈も残さなくてはいかんか)
尾張の織田信長が動いたという知らせは無い。この出陣が石島の独り相撲に終わった場合、姉小路としては隣接する斉藤に対して義理を立てる手段を残さなくてはならなくなる。
「陽……すまぬ、兄の人を見る目の無さよ」
頼綱は1人呟くと、ひとまずは石島の総大将に従って兵を進めた。姉小路の兵は丸一日歩いて大原まで到着したのだが、休む間もなく再開された進軍に、少しばかり士気を落としている。
(負けるぞ……このままでは負ける)
頼綱は伊藤を買被った己を恥じていた。
妹のように可愛がった養女と、その夫である石島。展開によってはこの2人を同時に失う事になりかねない。そんな予感に苛まれ、浮かない顔で馬を進めた。
■1567年 7月27日 美濃国
郡上八幡城 遠藤家
作家司馬遼太郎に「日本で最も美しい山城」と評される【郡上八幡城(ぐじょうはちまんじょう)】だが、この当時は砦を多少改築した程度の簡素な城である。
この日、郡上一帯の領主である遠藤慶隆は、数日前から収まりが付かない城下の混乱に頭を悩ませていた。
「流言(りゅうげん)の出所はまだわからんのか!」
郡上八幡の城下ではとある噂話が飛び交い、城下から逃れる商人が後を絶たない。ついにその日の朝になると、城の警備に当たっていた兵までが脱走を始めたのだ。
遠藤の家臣が現状の報告を行う。
「ハッ……恐らく織田の手の者、しかしながらすべてを流言と受け取るのは危険かと」
遠藤慶隆は露骨に嫌な顔をした。
実はこの領主、家臣達との関係が上手くいっていない。
その原因は遠藤家の過去と本人の若さにある。
今年でまだ17歳の若い当主には、父の代で併合した東氏の家臣団を含む猛者達を纏める力は無く、配下の勢力には隙あらば遠藤氏に取って代ろうという野心を露骨に示す連中までいる。
流言の出所など、想像するだけでいくつも心当たりがあるのだ。
数日前から飛び交う流言は、美濃三人衆が既に織田方に内通しているという内容だった。そうなってしまえば斉藤家が終わる事など、城下の少年でさえ分かっている。
さらにその流言には尾ひれが付き、ついには再興を援助した石島家が織田に付き、姉小路の援軍を引き連れて攻めてくるという内容に発展したのだ。
(美濃三人衆が寝返るわけなどない……)
ましてや、織田と国境を接していない石島が織田に付く場合、完全に孤立してしまう危険性がある。
(それほど馬鹿な連中とも思えん)
目の前にいるこの家臣は、つい前日「石島が本当に兵を挙げれば一大事だ」と諌言してきたばかりである。
「噂を聞きつけて態々弁明にくる石島を疑うと申すか、金田とやらは頭を丸めて来たのだぞ」
二日前、石島再興の折りに使者として訪れた金田という男が再び訪れ、噂話の弁明に来たばかりである。
万が一にも流言の通りになるとすれば、その前に頂戴した品々は必ずお返しすると言い切り、「斬るならば今この場でお斬りくだされ!」と大見栄を切ったのだ。
要するに、金田を信じるのであれば、先だって石島家当主と姉小路頼綱の養女の婚儀に進呈した祝いの品を返してこない以上、石島は裏切らないという事になる。
「ですが……あの坊主頭の申す事、信用なさるおつもりですか?」
「その方、流言の出所を掴めぬ故、そのような事を申しておるのではあるまいな」
「け、決してそのような」
項垂れる家臣に対する遠藤の指摘は、当たらずも遠からずである。この家臣、流言をどうにか食い止めようと、日夜必死に関所や番所、果ては飲み屋に至るまでとにかく足を運んだのだ。
それでも止まない流言に、半ば言い訳で「流言ではないかもしれない」と言ったに過ぎない。
「よい、下がれ!」
「ハッ」
その時、廊下をドタバタと走る音が聞こえると、その音は一気に広間まで突き抜けてきた。
「も、も、申し上げます!」
「なんじゃ騒々しい」
遠藤の頭に嫌な予感がよぎる。
「別府四郎殿が挙兵、ご謀反! 北は鶴佐、下津原、吉田の砦が同調! 吉田川流域は既に別府四郎殿の手に落ちております!」
「なんじゃと! 別府のクソじじいめ!」
遠藤は勢いよく立ち上がる。
「陣触れじゃ!」
家臣に兵を集めるように指示すると、自身も仕度を整えるために自室に戻る。ほら貝が鳴り響き、郡上八幡一帯に住む家中の面々に陣触れが発せられた事が伝わっていく。
自室に戻った遠藤は不機嫌なまま、侍女達に戦の用意をするように命じた。
「殿、此度はいかがされたのです」
遠藤の妻が若い夫を心配しながら、侍女達に的確な指示を出すと、侍女達が遠藤の上着を脱がせ、新しい戦用の服に着替えさせていく。
「別府のクソじじいが兵を挙げおった、そのほうの父上から何の知らせも無いのか?」
遠藤は着替えさせられながら、妻に尋ねた。
遠藤の妻は美濃三人衆の1人【安藤守就(あんどうもりなり)】の娘である。
「何を申されます、流言飛語など信じてはなりませぬ」
この妻は遠藤より若干年上であり、若く気苦労の多い主人をよく支えていた。
「もしも父上が裏切るような事があれば、斉藤は終いでございましょう」
確かに妻の言う通りだが、飛び交う流言に別府の挙兵、こうなると美濃三人衆が織田に寝返る可能性を無視できなくなってくる。
「美濃三人衆が後ろ盾であれば安藤殿から知らせがあるはず、そうではないのか? だとすれば……」
用意された【湯漬(ゆづ)け】を口の中に掻きこむと、想像力を働かせる。
(飛騨の助力で石島が動く可能性があるのか? 別府のじじい、まさか石島が後ろ盾か?)
「殿! 殿~!」
遠藤の戦仕度が終わろうとしている頃、ドタバタとやってきたのは先程流言の報告に来ていた家臣だ。
「い、石島より書状が!」
その家臣は、部屋の前まで来るや書状が届いたと叫んだ。
「……!!??」
遠藤は無言のまま、家臣からそれをむしり取る様に奪うと、急いで目を通す。
「お、おのれ……おのれぇえええええ!」
遠藤は怒り、書状を持つ手がわなわなと震えだす。そのまま家臣に向きなおると、矢継ぎ早に命令を下した。
「関の父上に援軍を乞え! うぬが直接行くのだ! この書状を持っていけ、関の父上にお見せするのだ!」
「ハッ!」
「おのれ石島……!」
興奮で息が上がった遠藤を、妻が鎮める。
遠藤が受け取った書状は、石島家臣伊藤修一郎からの物で、概ね内容は以下の通り。
一、受けたご恩は返し難いが、これも乱世の慣わしと大目に見てもらえると助かる
一、先だって金田某がお約束した通り、婚儀の際に頂戴した金品はお返しする事にする
一、お返しする金品は、受取に参られた別府様にお渡ししたので受け取ってほしい
一、流言飛語にご苦労の様子であるが噂ではなく本当の話だ、出所は当家なので間違いない
一、これより郡上八幡城を頂戴しに参るので、出来れば宴の用意をしておいてほしい
一、もし城を捨ててお逃げになるのであれば、掃除くらいはして行ってもらいたい
石島臣下 伊藤修一郎
その日の夜、手紙を受け取った【長井道利(ながいみちとし)】は激高していた。
既に老人の域に達しようとしている長井は、遠藤慶隆の父が戦死した後、その妻である遠藤慶隆の母を貰い受け、郡上遠藤氏の後見約を引き受けている斎藤家の重臣である。
この老人、元は関城の城主であったが、前年に居城を織田方に攻め落とされ、現在は関城から長良川を挟んだ北側に移り、大矢田一帯を支配しながら織田に抵抗を続けているのだ。
「すぐに出せる兵はいか程か!」
「ハッ! 八百程!」
「ようし、儂も行こう、目に物見せてくれようぞ!」
7月27日、夜、長井道利は手勢約900騎を率いて長良川沿いを北上、翌28日早朝には郡上に到着していた。
「父上! 御自らご助力とは忝(かたじけ)い!」
「なんの、イシジマだかウシジマだか知らんが、目に物見せてくれようと勇んで参ったわ」
郡上八幡は流言飛語の影響もあり、あまり多くの兵が集まらなかったが、それでも約700騎を集めるに至った。長井の手勢を合わせれば1600騎の軍勢となる。
「敵はいか程か」
城の広間では軍議が開かれており、遅れて到着した長井が敵の情報を求めている。
「ハッ、別府四郎の手勢に二百、姉小路頼綱の手勢に大よそ六百、石島洋太郎の手勢は多く見積もって百、合わせても一千騎に届かぬ数でございます」
「はん! たかが百騎の手勢も用意できんような石島の下人に……これほどまでに扱き下ろされるとはな、捉えて指を一本ずつ切り落としてくれよう!」
長井はわざわざ持ってきた伊藤の書簡を握り潰し、その老体に血をたぎらせていた。
■1567年 7月28日昼 美濃国
郡上八幡東北東 吉田川東岸 石島軍
俺達の進軍は、一切の抵抗を受ける事無くココまで進んだ。別府さんが抑えた地域に入ると、別府さんの手配で道案内まで付くという状況にで悠々と進むことが出来た。
(合戦って感じしないなぁ)
これらは全て、伊藤マジックによるものだ。
俺と陽が祝言を上げた22日の三日前の19日、伊藤さん達が湯治場から戻ったその日のうちに、伊藤さんと金田さんは郡上に入ったらしい。
伊藤さんは金田さんを連れて郡上中の商店を回り、色々な物を注文しては「23日に取りにくるから宜しく頼む」と言って、気前よく前払いで支払を済ませて回ったそうだ。
座で組織された商人の間で、そんな気前のいい客はすぐに評判になる。
金田さんは翌日すぐに尾張へ向かい、その日のうちに小牧山で丹羽長秀さんに出陣の日程を告げると、とんぼ返りで郡上へ。
金田さんが郡上に到着したのは22日の昼、ヘトヘトの金田さんはそのまま宿でぶっ倒れたらしいが、丹羽さんとやり取りを聞いた伊藤さんは作戦の決行を決意。
伊藤さんは単身大原に戻ると、姉小路さんから譲り受けた新兵さん達30人に、それぞれ単独行動の上でその日のうちに郡上へ入るよう命令し、伊藤さん自身も郡上へ戻る。
翌23日、商品の受け取りの日、伊藤さんは商店で品を受け取るとそれを新兵さんに持たせ、自身は次の商店に向う。
座を通して評判になっていた伊藤さんは、行く先々で「そんなに大量に買ってどうするのか?」と尋ねられたそうだ。普通ならそこで【噂話】を吹き込んでしまいそうだが、伊藤さんはあえて「それは申せません」と笑顔で躱し続けたらしい。
それでも、一番おしゃべりそうな呉服屋の女将さんにだけ、【噂話:美濃三人衆が織田方に寝返った】を吹き込むと、きつく口止めし、「逃げる時はコレを使ってください」と、口止め料まで払ったそうだ。
たった1人である。
その女将さんにしてみれば、商人仲間が口を揃えて「教えてくれなかった」と言う【評判の客が買い溜めしている理由】を、自分1人だけが知っている事になる。口止め料もあり、その【理由】を呉服屋の女将は信じて疑わなかったはずだ。
そして、元々おしゃべりな性分であれば、黙ってはいられないだろう。
しかし、商人仲間の誰もが教えてもらえなかったその客から、自分だけが「教えてもらった」等と言っては誰も信じてはくれないし、口止め料まで貰ってしまっている。
それでも誰かに話したい女将さんの口からは「旅の人から聞いた話だけど」と噂話の出所が変わってしまうのだ。
伊藤さんは更に、これまたお喋りが好きそうな饅頭屋の親父にも別の【噂話:美濃三人衆が寝返れば、石島が兵を挙げるだろう】を吹き込んでおいた。
美濃三人衆が裏切らない限り、この噂話は予想の範疇を出ない、単なるヨタ話しで終わるのだが、事実であると信じて疑わない呉服屋の女将さんが発した【美濃三人衆が織田方に寝返った】という噂話が数日で広がりを見せると、その尾ひれとなって急速に現実味を帯びてくる。
後はもう、放って置けばいいだけだ。人の口に戸は立てられないと言う。
その種まきを完了させた23日、商店で品物を受け取った新兵さん達は、その日のうちにそれを俺の屋敷に運び込み、祝いの品だと言って広間に置いて行ったそうだ。
(確かに、知らない人が多かったから変だと思ったんだよね)
翌々日の25日、金田さんは「噂話を聞きつけた」と郡上八幡城を訪問、改めて剃り丸めた頭で謝罪。その間、伊藤さんは予てから遠藤さんとの不仲が問題になっていた別府さんと密談。
別府さんに対して「噂話が本当になったらどうするか」と尋ねたそうだ。別府さんは「先立つ物があれば遠藤と戦いたい」と打ち明けたそうで、翌26日、祝言の時に遠藤さんから届けられた祝いの品は、そっくりそのまま別府さんの屋敷に運び込まれた。
そして昨日、7月27日。
伊藤さんは新兵さん30騎を連れて先駆けると、これに別府さんが呼応。伊藤さんは山間の砦を次々と周り、「織田に降伏するか逃げるかしたほうがいい」と説得して回った。
そもそも、城下と離れた山間の砦では限られた情報しか入ってこない上に、その実態をその目で見る事が出来ない。
入り込んだ噂話に翻弄されまくっていたそうだ。
そして何より、あえて「石島に降伏しろ」と言わない辺りが、逼迫した状況を演出したと思う。
そんな伊藤マジックに守られ、俺達は今日、ついに郡上八幡城の東北東、歩いて1時間もかからない距離まで接近しているのだ。
そして極め付けは、伊藤さんが送った書状。正に挑発文といった感じだが、まんまと大魚が釣れた。
織田信長さんの美濃侵攻に少しでも貢献しようと思えば、郡上で遠藤さんの相手をするだけでは物足りない。生粋の斉藤家臣である長井さんを一本釣り出来れば、胸を張って貢献したと言って良いはずだ。
夏らしい日差しを浴びながら、俺はここ数日でようやく着慣れた甲冑をガシャガシャと揺らしながら席についた。郡上八幡付近まで接近した物の、郡上八幡一帯には長井さんや遠藤さんの家紋が付いたのぼり旗が悠然と立ち並んでいる。
「いや~、見てきました? いま行ってきましたけど多いっすねぇ」
俺に続いて金田さんが本陣に戻ってきた。
これで全員だ。俺は今、総大将の立場なので上座にいる。
伊藤さんと頼綱さんが両側に、続くように金田さんとつーくん、綱義くんと綱忠くん、末席に別府さんが来てくれていた。
全員が着座すると、頼綱さんが口を開く。
「伊藤殿、御見それ致しました!」
昨日からずっと浮かない顔をしていた自綱さんが、突然改まって伊藤さんに頭を下げた。
(うわ? え? なに?)
俺にはさっぱり理由が分からなかったが、伊藤さんはそれを見て優しく微笑むだけだった。
(この2人、なにかあったのかな?)
頭を上げた頼綱さんが少し興奮気味に言葉を並べる。
「正直に申しますとこの頼綱、伊藤殿がまさかここまで鮮やかな戦差配(いくささはい)をなされるとは思うておりませなんだ」
頼綱さんの目はキラキラと輝き、伊藤さんへの心酔を更に深めたように見える。
「虚を実とし、実を虚とする、斯様(かよう)な戦差配は今孔明と評されても過言ではありませんぞ」
頼綱さんはだいぶ興奮中だ。
「やめてくださいよ、大げさですって」
伊藤さんは特に誇る事も無く、ただ淡々と現状の説明に移る。
「関の長井さんが釣れたから作戦は大成功なんですけど」
そこまで言うと、広げられたポスターサイズの地図を見ながら少し考え、僅かな間を置いて言葉を続けた。
「問題はその長井さんと遠藤さんの両軍勢、下手すりゃ両方同時に戦う事になるからさ、どうやってたら勝てるかって話なんだよね」
その言葉に、頼綱さんは高揚収まりきらない様子で答えた。
「我が手勢、何なりとお使い下され。ここまでに至る差配をされたのは伊藤殿だ、決戦に及ぶとあらば、その采配も伊藤殿にお任せするより他にない!」
頼綱さんの言う通り、ここまでの状況を作り出した伊藤さんに最後まで決めきってもらうしかない。
「いやいや、天才じゃないからさ、皆の意見が欲しいんだよね、三人寄ればナンタラって言うじゃん?」
伊藤さんは甲冑の着心地を少し苦しそうにしながら言葉を続ける。
「ホント時間なくてさ、この先の事まで全然考えてなかったんですよね、昨日くらいから考えようとしてるんだけど……ゆっくり考える時間もなくてね」
ここまで考えてくれただけでも凄いと思う。それに、確かに伊藤さんは暇な時間が皆無だ。次々と俺の所に舞い込んでくる報告を実に迅速に処理してくれている。
伊藤さんの言葉に、つーくんが答えた。
「伊藤様の中で、どのような結果を思い描いておられるのですか?」
特に間を置く事無く伊藤さんが答える。
「理想はもちろん、郡上八幡の奪取だけど……」
そこまで言うと、何かを考え始めた。
(確かに、無理にそこを目指す必要もないかも知れないんだ)
織田信長さんが美濃攻略を成功させれば、俺達はスペシャルな後ろ盾を持つ事が出来る。約束通りになれば、別に自分達で奪取しなくとも、郡上八幡は俺達の物になるのだ。
「戦わないってのもアリですよね?」
俺の意見に、伊藤さん以外の全員が目を丸くして驚いた。それぞれ顔には「ここまで来ておいて何を」と書いてある感じがする。
伊藤さんがポンと手を叩いた。
「そう、戦う必要はないんです、戦わない必要もないけど、戦う必要もない」
そう言ってつーくんを見据える。
「俺の描いている理想は【時間稼ぎ】なんだよね」
伊藤さんの想いは、俺の考えていた事と同じだった。違うとしたら、伊藤さんはどうしたらそれが実現するか、瞬時に考え出してしまう事だ
伊藤マジックがこれほど綺麗に決まり、敵の目の前まで来ちゃうとどしても闘争本能が目覚め始める。
だけど、別に戦う必要なんて無いのだ。
織田信長さんに認められる要件は既に満たしている。稲葉山城の支援者である長井さんを完全に引き付けているのだ。
伊藤さんが言うには、長井さんが郡上に入った事で斎藤さんの完敗は避けられない状況になったらしい。もし現段階で美濃三人衆が寝返りの約束まで至っていなかった場合、俺達の行動がその後押しになる可能性もあるとか。
そうなればますますお手柄だ。わざわざ殺し合いをする必要は無い。
「あと2週間か」
金田さんが呟くが、全員がよく分からないような顔をしている。俺とつーくんは、もちろん何の2週間なのかが分からないし、頼綱さんや大原兄弟は、週という単位が分からないようだ。
「よし!」
伊藤さんが膝を叩いて立ち上がった。
「今から15日間、どうにか耐えましょう!」
そう言った伊藤さんから、其々に指示が出た。俺達が今いる場所のすぐ南側、この山を簡易的なお城にしてしまおうと言い出した。夜間行軍してきた長井さんの兵が休んでいる今が絶好の機会だとか。
伊藤さんが選んだのは稚児山という山の麓続きで、それほど高くはないが、斜面はけっこう急な峰だ。川沿いで姉小路さんの隊が待機しながら、大原の人たちと別府さんの兵、それから地元の人たちを雇って防御施設を構築しようと言うのだ。
「付城(つけじろ)っすか、なるほど!」
金田さんが立ちあがると「地元の男連中かき集めてくるっす!」と走り去っていった。
「剛左衛門、十三、十五、殿と一緒に峰に上がってきてほしいんだ、木を少し切るだけで見晴らしがよくなる場所を探してきてほしい、出来れば郡上八幡城が見えるほうがいいな」
「よし、参ろう!」
「ハッ!」
俺の一声で3人が立ち上がった。
「別府殿、米俵10表を追加でお渡し致しますので、山間に逃げ込んだ守備兵さん達の再雇用をお願いします!」
「かしこまった!」
別府さんも立ち上がる。
「頼綱様、襲来に備えて陣を張りましょう、付城が出来るまで川沿いで食い止めねばなりません」
言いながら地図のある地点を指した。
付城を作ろうとしている地点のすぐ西側、吉田川東岸の最南端に位置する地点だ。
「よかろう、この地に陣を構え、付城の完成を待つとしよう!」
頼綱さんと伊藤さんは互いに頷き合った。
ここへ来て、いよいよ合戦に来たんだという実感が沸き始めていた。