ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第2話 一緒にすんじゃねーよ

 まったく意味がわからなかった。突然に選考会とか開会式とか言われ、割り振られた番号通りに整列させられた。

 

 選考会とやらの定員は本来は40名だそうだが、今回は35名。実際この場にいるのは32名で、3名ほど到着が遅れているとの事。

 

 とにかく不思議なのは、俺以外は全員がこの状況を受け入れている事だ。俺一人だけ、挙動不審になってオロオロしている。

 

(なんだよこの状況……)

 

 自分の心配をしているのは俺だけで、他の皆はある事に夢中だった。手元に配られた資料に見入っているだ。

 

 本当によくわからない。

 

 

――歴代ゲームチェンジャーの偉業

 

 そう題された配られた資料をペラペラと開いてみたが、まったく意味が分からない。じっくり読んでいないので詳細は不明だが歴代ゲームチェンジャーとやらの紹介ページを見る限り、どうやら本当にゲームのようだ。

 

 それぞれのページの見出しを見てみると。

 

 ・エジプト文明で議員制度の導入に成功

 ・劉備の大陸統一から漢王朝の復興に貢献

 ・コロンブスよりも早くアメリカ大陸を発見

 ・イスパニア海軍の敗戦を阻止

 ・西郷隆盛の九州統一に軍師として貢献

 ・アヘン戦争に勝利し清国の東南アジア進出に貢献

 ・ライト兄弟よりも早く有人飛行を実現

 ・古代ローマ帝国で生命保険業を開業

 

 などなど、あまり歴史が得意ではない俺でも「そりゃねーだろ」と思うような内容が記載されている。しかも、西郷隆盛の所以外は、ゲームチェンジャーが日本人ではなかった。

 

 

 資料の何処かに、この資料の制作元が記載されていないかを探してみる。

 

 

(これか……【ゲネシスファクトリー】……知らないな)

 

 他にも探してみたが、それっぽい記載は見当たらない。

 

 それ以上、意味不明な資料をじっくり読んでいられるほど、俺は平常心を保てていない。とにかくあの偽巨乳美女を探そうと思った。

 

 

 並んでいる列の中に、あのワンピースは見当たらない。どうも偽巨乳美女は参加者ではないようだ。列に並んだ人以外にも、運営側なのか何なのか、資料を配っていた人達が数名いた。

 

(あいつらに聞いてみるか)

 

 まずはこの状況を理解したかった。人間という物は、理解できない状況に置かれると不安でどうしようもなくなるんだと痛感している。

 

 資料を配っていた人に話を聞こうと思って一歩踏み出すと、タイミングよく、また照明が落とされた。

 

 

 《ドンッ》

 

 

『それではこれより、班分けを発表しまーす』

 

 

(あ、この声!)

 

 広間全体に響くスピーカーから発される声に、聞き覚えがあった。

 

(偽巨乳美女!)

 

 

『わたくし、班分けの司会を務めさせていただきます、佐川優理と申します』

 

 

(さがわ、ゆうり……か)

 

 

『まだ新人ですが精一杯努めますので、皆様宜しくお願いいたします♪』

 

 

(説明させなきゃ!)

 

 と思ってみたものの、この状況で大声が出せるほど、俺は凛とした性格を持ち合わせていない。小心者なので、とりあえず偽巨乳美女がここにいるって事と、名前を知れたって事で満足するわけだ。

 

 

『照明が燈りましたら、自分の番号が書かれているボードの前にお集まりください♪』

 

 

 《バンッ》

 

 

 照明が燈った。

 

「いちいち付けたり消したりすんなや……ったく」

 

 俺の後ろで待機していた金髪の男が、なんだか楽しそうに苦情を言ってのける。そんなに大きな声じゃなかったけど、静まりかえった広場では皆に届いてしまった。

 

 すると、あちこちから「そーだそーだ」とかガヤガヤと援護する声が聞こえてきた。でも、どれも本気で怒っている声ではないとすぐにわかった。

 

(なんでこの状況で、そんな……冗談ぽい事が言えるんだよ)

 

 

『ちょっとした演出です! 文句言わない~』

 

 佐川優理のおどけた声に、ハハハッっと乾いた笑いが広場を包む。和やかなムードで班分けが進行していく。

 

 

(なんなの! まじでナンナノ!)

 

 本当に発狂しそうなくらい不安なのに、大人しく班分けされて誘導に従っている俺は、根っから小心者なんだろう。よくも自分から命を絶とうなどと思い、実行に移せたものだと我ながら感心する。

 

 今更だけど気付いた事は、参加者として班分けされている人間は全員が男だって事だ。

 

 

『はい! それでは皆様に試験概要を発表しまーす』

 

 

 偽巨乳美女【佐川優理】は、俺と話していた時とずいぶんキャラが違うように感じる。

 

 

(ちっくしょう、誰に聞いたらいーんだよ)

 

 

 班分けに使用されたボードが突如発光し、各班のボードからは幾つかの立体映像が飛び出した。

 

「おおう、すっげぇ!」

 

「どーなってんだこりゃ」

 

「科学技術は進んだんだなぁ」

 

「あれ? いまココって何年なんだ?」

 

「ずいぶん綺麗に映るもんだなコレ」

 

「これで裸ギャル映したらリアルだよな!」

 

「一つの映写機から立体映像とは.……」

 

 各班からドっと感嘆の声が上がった。

 

 俺も当然びっくりしているのだが、それ以上にこの状況が気になって仕方ない。

 

 

『徳、知、武、謀』

 

 

 それぞれの立体映像は、偽巨乳美女が読み上げた漢字を浮かび上がらせていた。

 

 

『今回のヒストリーに重要なカテゴリーを4文字で表してみました!』

 

 立体映像とは思えない程、物体がそこにあるようにしか見えないクオリティーだ。

 

『続いて、今回、見事に合格したゲームチェンジャー候補者の方々に……! 挑んでもらうヒストリーを発表します!』

 

 

 《ブウウウウウウウウウゥゥウウウウ》

 

 

 すごい音だった。

 

 モーター音に近いけど、それよりもう少し上品というか、粗さが無い感じ。

 

 

《シュウウウウウウウウウゥゥゥウゥ》

 

 

 数秒すると音は鳴りやみ、さっきまで普通だった広間の天井が、ちょうど半球型のモニターになっていた。

 

 

(え? いつの間に!?)

 

 驚いたのはもちろん、俺だけじゃない。あちこちから驚きの声が上がったが、それ以上に、映し出された映像に歓喜の雄叫びが上がっていた。

 

 

「きたーーー!」

 

「待ってました!」

 

 ワイワイガヤガヤと広場が騒々しくなった。

 

 

(これって……なに?)

 

 映し出されていたのは、日本の武者らしい人たち。鎧を身に着け槍を持ち、ある者は騎馬と思われる小さ目の馬に跨り。ある者は軽装な鎧に刀や弓を持ち、カラフルな登り旗を背負って戦っている映像だった。

 

 特に歓声が上がったのは、鉄砲隊と思われる集団が一斉射撃をする映像だった。

 

 

「ほら! きたろコレ!」

 

「まちがいねぇ! 戦国時代っしょ!」

 

「こりゃ死んでも悔いねぇ! ラッキーだぜ♪」

 

「江戸がよかったなぁ……幕末とか」

 

「俺は源平合戦がよかったけど、まぁ仕方ないっか」

 

 

 モニターの映像を見た感想を、それぞれが勝手に口にしている。

 

 

(いやいやいや、なにが良い? え? どうなるのこれ!)

 

 俺にはさっぱり、どうにもこうにも理解不能なだけだ。

 

 

『はいはーい、お静かに』

 

 偽巨乳美女の声で広間にまた静寂が戻る。

 

『もうお分かりですね? 今回挑んでもらうヒストリーは……』

 

『日本の戦国時代です!』

 

 《オオオオオオォォォォ》

 

 広間は大盛り上がりだ。まるでサッカー日本代表が得点を決めたかのような、そんな歓声に包まれた。

 

 

『実際にゲームチェンジャー候補者として転送されるのは』

 

 偽巨乳美女が説明を開始すると、再び広間に静寂が戻る。

 

『選考会で優秀と認められた15名です』

 

 

 ほんの少し、またザワザワとした。

 

 

『その15名の方には、改めて正式なゲームチェンジャー候補者としてヒストリーに挑んで頂きます』

 

 

(なんのこっちゃ……? 早く話を聞かなきゃやばい)

 

 この先、どう考えても「楽な方向」に進まないって事は間違いないだろう。なるべく早く詳しい話を聞いて、辞退しないと面倒な事になるに決まっている。

 

 

『選考会は、ボードから出力されている徳、知、武、謀といった、乱世を生きるには欠かせないカテゴリーで競われます』

 

 なんやかんやと説明が続く。要するに、その乱世に欠かせない能力とやらを身に着け、試験に挑めって話だった。その試験は班毎に行われるらしい。

 

 

(めんどくせー、てかトイレ行きたい)

 

 

 長かった偽巨乳美女の説明が終わり、30分ほど自由行動が宣言された。自由と言っても、広間と各自の部屋は扉1枚で仕切られた直結で、それ以外の場所は立ち入り禁止になっている。行く場所なんて特になかった。

 

 でもトイレに行きたい気持ちでいっぱいだったから、勇気を振り絞ってトイレの場所を聞いた。

 

 もらった答えはろくでもなかった。

 

「あ? そんなん自分の部屋にあるだろ」

 

 なるべく人の好さそうなお兄さんを選んだつもりだったが。

 

(うわ、最悪だわコイツ)

 

 意外な対応に腹が立ったが、文句を言えない俺。

 

「すいません、ありがとうございます」

 

(それが分かってたら聞かないっての)

 

 

 どの部屋の入口も同じに見えたものだから、自分が転送されてきた部屋の区別などつくわけがない。わりとどうでもいい話だったら、ここで諦めるところだけど、トイレを諦めるわけにはいかなかった。

 

 

(この際、もう誰の部屋でもいーか)

 

 他人の部屋でもかまわずトイレに入る覚悟を決めて、部屋の入り口が並んでいる壁面に向かって歩き出す。

 

 

「お、32番さんどうしたの? 困り事?」

 

 優しい声をかけてくれたのは、同じ班になったお兄さんだった。

 

 他人の部屋でも構わず入る覚悟は決まっていたものの。怖い人だったら嫌だから、なるべく優しそうな人の部屋を、とか、結局そんな小心者全開だった俺は、かなり挙動不審に見えたのだろう。

 

「あの、自分の部屋って何処見たら区別つきますか?」

 

 

 同じ班とはいえ、まだ会話もした事がない。それに、見た目からして年上だろう。失礼ながらろくな挨拶もせず、目的の質問だけぶつけてしまった。

 

 

「あー、そっか、さっきココ来たばっかりか」

 

 納得するようにウンウンと頷きながら。

 

「ま、ちょっと難しいだろうからさ、えーっと……」

 

 

 お兄さんは入口が並んだ壁面を眺め、何かを数えるような雰囲気を出していた。

 

「あそこだ、32番さんの部屋」

 

 

 お兄さんが指さした部屋、そこが俺の部屋らしい。

 

 

「ありがとうございます!」

(もれるーーーーー!)

 

 お礼もそこそこに、急いで部屋に戻ってトイレに駆け込み、溜まったそれを解放しながら、一つ気付いた事があった。

 

 

(人に親切にされたの何年振りだろ)

 

 3年間引きこもっていた俺には当たり前の話かもしれないが、よく考えてみると、もっと前から他人に親切にされた記憶が無い。

 

(同じ班だし、あとでちゃんとお礼言わなきゃかな)

 

 

 面倒な事はお断りと思いながらも、徐々にこの場所のペースに巻き込まれている自分がいた。

 

 

『それでは、4日後の選考会へ向けて、これから3日間は班別に行動して頂きます』

 

 自由行動時間が終了し、偽巨乳美女からの案内が再開される。

 

『各班にはわたくし佐川を含めまして、それぞれ担当の女性サポートが付いて、選考会まで共に生活致しますので、皆さんどうぞ宜しくお願い致します♪』

 

 どんな子が付くのか気になる男たちは、当然のようにザワザワしはじめた。

 

『あ、ほとんどの方がココへ転送された時の担当ですよ♪ 班分けは担当毎に行われていますので!』

 

 

(俺の班の担当は佐川優理か、よし、文句言ってやろう!)

 

 

『それでは各班、割り当てられた居住区へ移動をお願いします!』

 

 

 自由行動時間中にいくつか分かった事がある。もちろんトイレだけじゃなく、情報収集をしたのだ。

 

 まず、班は全部で8個、各5名が割り当てられている事。今回は総参加者が35名なので、4名の班が5個あるという事。更に、3名の到着が遅れているため、実際に5名いる班は現在存在しない事。

 

 要するに8班、各4名の総勢32名がいて、俺はその32番目らしい。

 

 俺の所属は第6班。部屋を教えてくれたお兄さんは、伊藤さん。とびっきりではないものの、割とイケメンの部類に入る人種だ。特筆すべきは、とにかく優しそうな表情で「良い人」オーラが出まくっている。

 

 その上、素敵なメガネ男子ときたもんだ。スーツを着ているが、全くチャラくない、大人スーツだ。そこそこイケメンで、優しそうで良い人そうで、メガネ男子で大人スーツ。

 

 これで二人っきりの時にちょっと強引に、しかも壁ドンで迫られたら、メガネ&スーツが好き女子は100%落ちるだろう。別にメガネ&スーツが好きじゃなくても、彼氏のいない女子ならばだいたい落ちる気もするけど。

 

 そんな伊藤さんと挨拶は済ませたけど、まだそれほど打ち解けてはいない。他の二人ともまだ会話も出来ていないまま、居住区とやらへ向かっている。

 

 

 俺たちは【6】と表示された扉の前に立った。重厚な扉を抜けると、居住場所とやらに入れるらしい。扉は自動で開き、俺たちは順番に中へと足を踏み入れる。

 

 

 《プシューゥゥゥゥ》

 

 扉が大げさな音を出して閉まった。

 

 

 

 《バンッ》

 

 照明が燈る。

 

 

(お、いいね、広いじゃん)

 

 小学校の教室くらいの広さがあるリビングに入った。色合いやデザインは相変わらず無機質な白を基調としており、一瞬の静寂が白い世界に反射する。

 

 各自に割り当てられているであろう寝室に続く扉は、それぞれ色やデザインが異なっていて区別のつきやすい物だった。家具はどれも高級そうで、なんだかウキウキしてしまう。

 

 

 先頭を歩いていた小太りの中年が、部屋に入るなり声を上げた。

 

「ほぉ~、こりゃ広いな」

 どこから見ても普通のおっさんである。

 

 続いて、2番目を歩いていた金髪の男が口を開いた。

「ほんじゃ、ま、自己紹介でもしますか」

 

 そんなわけで、それぞれの自己紹介タイムが始まろうとしている。男4人で自己紹介タイムは、どうもむさ苦しい雰囲気だ。どこかの研修にでも来たような気分になった。

 

 でも、この時間が俺にとっては重要な意味を持つ事になりそうだと感じている。自己紹介タイムでは、氏名年齢に加えて【なぜ参加すると決めたのか】を発表するというルールになったからだ。その理由をちゃんと聞いていれば、そもそもコレが、ココが、何なのかわかるかもしれない。

 

 

 周囲の雰囲気を見ればわかる。

 

 何も知らないのは俺だけなのだ。

 

 リビングのテーブルを囲むように座り、ほんの少しの照れくさい間が発生する。

 

「あ、ごめんごめん、その前にさ、ちょっといいかな?」

 自己紹介を最初に始める予定だった伊藤さんが、別の話題を切り出した。

 

「優理ちゃんから頼まれててさ、石島くんだっけ? 君に色々説明しないとなんだよね」

 佐川優理の名前に、自然と椅子から立ち上がってしまった。

 

 

「あいつを知ってるんですか!? どこにいますか!?」

 

 

「取りあえず落ち着こう、な?」

 

 伊藤さんは困り顔で「まぁまぁ」と俺をなだめる。

 

 

(落ち着いていられるかよっ)

 

 別に伊藤さんが悪いわけじゃないから、なんだか申し訳ないような気もしたけど、我慢が出来なかった。

 

「落ち着いていられません! あいつは何処なんですか!?」

 

 

 問い詰めてみたものの、今の居場所までは伊藤さんもわからないそうだ。俺は諦めて、伊藤さんの説明を聞く事を了承する。

 

 そうして、自己紹介タイムの前に、伊藤さんから現状についての説明会が行われた。伊藤さんが主に説明し、たまに中年男が口を挟んでくる。俺の質問に中年男が答えたり、伊藤さんが答えたり。金髪男も知らない事が多かったようで、途中から質問に参加したりしていた。

 

 なんとなく、わかってきた。

 

 でも、理解は出来なかった。理解できないというか、信じられなかった。

 

 俺たちは今、タイムスリップして数百年後の未来にいる。

 そこではタイムマシンみたいな物があり、過去から参加者を連れてきている。参加者は、選考会でゲームチェンジャー候補者に選ばれると、歴史上重要なポイントに飛ばされる。飛ばされた先で、大きな歴史的変革を起こすと、ゲームチェンジャーと認定されて莫大な賞金が授与される。

 

 本当にゲームのような話だった。タイムスリップについても、いくつかの説明をもらえた。タイムスリップで心配されていた、タイムパラドックスが発生しない方法が発見されたそうだ。結果的に、過去の事象をどんなに変えても、現在には何の影響も及ぼさない。とはいえ仮想空間ではないので、タイムスリップ先で死亡した場合は当然戻ってこれない。

 

 

(もし本当だとしたら、佐川優理は未来人って事か?)

 

 タイムスリップの方式にも手法が何通りかあって、どうのこうのと説明をしてくれたけど、俺には理解不能だった。そんな説明を聞いただけで、それを他人に伝える力をもった伊藤さんという人は、たぶん頭がいいのだろう。

 

 

「ちょと、頭が混乱中ですスイマセン……」

 

 

 一気に受けた説明に、俺は混乱というより、納得がいかない思いで腹立たしくなった。

 

 

「ま、難しい話はココまでにしよか」

 

 伊藤さんはそう言って中村さんに自己紹介をするように求めた。

 

 それから2時間ほどかけて、自己紹介や簡単な質問がなされたり、話を聞いたり、話したり、皆がお互いの事を知ることができた。

 

 

 中年男は、中村さん47歳独身。

 普通のサラリーマンが嫌になって【現実から逃げる】ために参加したとの事だった。モテないオーラ満開なものの、モテないキャラを楽しくプラスに演じられる大人の男だ。

 

 

 金髪男は、金田さん31歳独身。

 金髪なのは強がっているだけで、実は根っからの小心者だそうだ。退屈な日々に嫌気がさしたらしい。参加の目的は【莫大な賞金】がお目当て。本当に明るく陽気な人で、自分が小心者であることさえ笑いに変えてしまえる人だ。

 

 

 伊藤さんは、35歳、バツイチらしい。

 参加理由は【面白そうだったから】というなんとも軽いノリである。友達も少ないし、家族もいないらしい。なんだか仙人のような、生きている目線が他人とは違う雰囲気だった。

 

 

「でよ? 石島ちゃんはこれからどうすんだ?」

 

 

 金髪の金田さんが質問してきた。

 当然、俺の自己紹介も終わっていた。名前や年齢。簡単な経歴。

 

 

 それと。

 

 死のうとしていた事。

 

 死ねなかった事。

 

 佐川優理から何の説明も受ける事が出来ないままに、ここへ来た事。

 

 

「説明受けてないんじゃな、今からやめるってのもアリじゃねーか?」

 

 

(そう…やめちゃおうか)

 

 俺の感情は【不安】や【恐怖】といった種類の物から、【怒り】に近い物へと変化し始めている。考え込んで答えない俺に、金田さんはさらに続けた。

 

 

「だいたいさ、前の人で時間使っちゃったからあなたには説明する時間がありません! とか、そりゃクレーム付けていいレベルだぜ?」

 

 

(ほんと、そんな勝手な理由で俺は説明を受けれなかったんだ)

 

 すると、キッチンでコーヒーを入れてきた伊藤さんが、思い出したようにつぶやいた。

 

 

「ん? あー、ごめん、その前の人って俺だ、たぶん」

 

 

『え?』

 

 俺と金田さんの「え?」がシンクロした。

 

 

 そんな俺と金田さんの反応をよそに。

 

「どうぞっ」

 

 俺と金田さんの前に入れたてのコーヒーを置くと、自分の分と中村さんの分を取りにキッチンへ戻っていった。

 

 

「あざーーっす」

 

 金田さんがコーヒーに手を付けながら、キッチンにいる伊藤さんに届くように、大きな声で訊ねる。

 

「伊藤さん、けっこうゴネたんすか?」

 言いながら半笑いだった金田さんは、伊藤さんの返事を待たず。

 

「自分はけっこうゴネましたけどねっ」

 と、ニヤニヤしながら継ぎ足した。

 

 

(そうだよな……素直に来るほうがどうかしてるよ)

 

 

 伊藤さんからコーヒーを受け取った中村さんも、会話に参加してくる。

 

「順番に転送されてるみたいだからな、伊藤くんの次に、一日あけて石島ちゃんが来たね、ギリギリだったけど」

 

 手にしたコーヒーカップを品定めするように、色々な方向から眺めながら状況を説明してくれた。現実から逃げるために来たという中村さんは、どうやらこのメンバーでは最初に来たらしい。

 

 実際に付帯されている番号は「9番」とかなり若い。

 

 

「中村さんはすんなりOKしたんすか?」

 俺の聞きたい事は、だいたい金田さんが質問してくれるので楽だった。

 

「俺はだいたい3時間くらいかな、話を聞いてから決断するまでの時間な」

 

(ウソだろ、おれ3分くらいだったぞ)

 3時間という余裕に驚いたのは、俺だけだったようだ。

 

「自分も同じくらいっすねー」

 金田さんは、納得だと言うように相槌を打っている。

 

「ま、こっちに来るまでは信じてなかったけどな」

 まだコーヒーカップが気になるらしい中村さんは、そう言いながら指でコツコツとカップを突き始めた。

 

 

「砂糖とミルク、いる?」

 一人で重たい空気を発していた俺に、伊藤さんが優しい声で砂糖とミルクを勧めてくれた。

 

 

(この人はどうして来たんだろう)

 

 俺から見たら、他の二人にくらべてずいぶんと立派に見える。

 

 見た目は20代に見えるけど、35歳ってだけあっていい感じに落ち着いているし。若い見た目で、きっとモテると思う。さえない中年のオッサンと、いい歳して金髪のあんちゃんとは大違いだ。

 

 

「伊藤さんは、なんで参加したんですか?」

 

 もらった砂糖とミルクをかき混ぜながら、気になって仕方がないこの人の話を【もっと詳しく聞いてみたい】という衝動に駆られた。

 

 

「んー、さっきも言ったけど面白そうだったからなんだけど」

 そう言ってコーヒーを一口、口に運ぶと続きを話し出す。

 

「特に金持ちになりたいとか、有名になりたいとか、何がほしいとか、何処に行きたいとか、そうゆうのが一切無かったんだよね」

 中村さんも金田さんも、黙って伊藤さんの話に耳を傾けていた。どうやらこの二人にしてみても、気になる存在は伊藤さんのようだ。

 

「簡単に言うと理由がなかったんだよね、生きる理由ってゆうのかな、そんなだから面白そうなこの話に乗っただけかな」

 軽い理由だ、そしてその軽い理由を本当に軽い言葉で表現する。疑問とか、疑念とか、そういった感情を全く持っていない様子だった。

 

 

 でも、よく考えたら理由については俺もほとんど同じだ。

 

 つまらなくて、面白くなくて、めんどくさかったから。人生をやめる選択をした。

 

 そんな状況だったから、偽巨乳美女に「行こう」とか言われて思わず了承してしまった。

 

 

「俺も同じようなもんです」

 ポツリと呟いてみる。

 

 

 さっき、自分が死のうとしてた事を話した後、3人揃ってその事には触れてこなかった。きっと気を使ってくれているのだろう、と思っていたのだが。

 

 

――――少し沈黙が流れた。

 

 

さっきまで優しさ満開だった伊藤さんから、ちょっと怖いオーラが沸き出した。

 

「おい」

 

 いきなり乱暴な呼び方をされて少し驚いたが、こちらが反応する前に伊藤さんの言葉が続いた。 

 

 

「一緒にすんじゃねーよ」

 

 

 口調はそれほど汚くないのに、肌に感じとれるほどの威圧を受けた気がした。

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