ゲームチェンジャー   作:のなもちとちみ

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第3話 お説教と偽巨乳

《ピピピピッ》

 

 伊藤さんの一言と、ほぼ同時だった。

 

 電子音に続いて機械音が響く。

 

 

 《カシャ》

 

 扉のロックが解除された音がする。

 

 

 《ガシュウゥゥゥゥ》

 

 

 入口の扉がゆっくりと開いた。

 

 

 

「皆さん! 300年ぶりです!」

 元気よく入って来たのは偽巨乳だ。

 

 

「おぉ、優理ちゃーん♪」

 だらしのない声を上げたのは中村さんだった。俺の倍近い年齢の中年男性の猫なで声に、同じ男として嫌悪感を抱かずにはいられない。

 

 

「300年ぶりかー、相変わらずお美しい」

 金田さんも続いてだらしのない声を上げる。

 

 

(ナイスタイミング! 今ちょっと怖かった!)

 

 さっきの伊藤さんの凄味、もしかしたらアレは、覇王色の覇気だったかもしれない。

 

(この人はなんだか普通じゃないよな)

 

 

 このタイミングで偽巨乳が入ってこなかったら、けちょんけちょんに説教されていた可能性もある。

 

 

「改めまして! 佐川優理です♪ 宜しくお願いします♪」

 偽巨乳に挨拶に、中村さんと金田さんは顔も声もだらしなく返事をした。伊藤さんは、コーヒーを飲みながら片手を少し上げ「よっ」と簡単に済ませている。

 

 

「それでは、明日からのスケジュールについて説明しますね」

 

 

(明日から? ふざけるなよっ)

 

 俺は一息ついて、自分の言いたい事をしっかりと確認してから言葉を発した。

 

「ちょっと待って! 挨拶とか今後の事とかどうでもいい! まずは俺にしっかり説明してくれ!」

 

 言ってやった感はあったが、ちょっと大きな声を出し過ぎたかな、と反省した。偽巨乳は、まるで先生に叱られている子供のような顔で、伊藤さんに助けを求めている。

 

 

「あ……伊藤さん、あの……」

 

 

 伊藤さんは軽くため息をつく。

 

「説明はしたよ、4人で色々と話たし」

 

 そう言って俺の顔を見ると、言葉を続けた。

 

「でも、それと納得がいくかどうかは別だと思うよ」

 

 

(そうだよ!)

 

 伊藤さんの援護をもらった俺は元気が出た。逆に、伊藤さんから援護が貰えなかった偽巨乳は元気を失ったようだ。

 

 

「納得なんて出来るわけないですよ!」

 

 俺は一歩前に出る。

 

「直接しっかり説明してくれ!」

 

 そこから30分近くかけて、おれは偽巨乳の説明に聞き入った。

 

 

 説明を聞いた結果、さっき伊藤さんと中村さんがしてくれた説明がほぼ全てだった。という事実を知るだけだった。

 

 全員がテーブルを囲んで座っている。

 

 俺の言葉を待っているのだろう。待たれても困る、そもそも納得するつもりなんて無い。

 

 

(まぢでわっかんねぇ、やっぱ帰ろう)

 

「佐川さん、悪いけど俺帰るわ」

 

 やろうとしている事は命がけらしい。別に死にたくないってわけでもないけど、命がけで何かに取り組むとか面倒すぎる。

 

 

「困りました……途中棄権はさっきの広間でしか認められていませんので……」

 

 

 俺は立ち上がり、テーブルに「ドンッ」と手を付いついた。

 

「そんな事、そっちの都合だろ! 説明もなしに連れて来ておいて、今更それはねーよ!」

 

 もう全部が嫌だった。

 

 帰ったところで何も変わらないだろうが、自分の理解が及ばない状況に、だだひたすら我慢がならなかった。

 

 

 困り果てた偽巨乳を見かねてなのか、俺がテーブルに勢いよく手をついたのが気に入らなかったのか、それともさっきの「一緒にすんじゃねーよ」の続きなのか。またもや怖いオーラを発している伊藤さんが口を開いた。

 

「石島洋太郎くん、君、死にたいなら戦国時代で死になよ」

 

 

「え?」

 

 覇王色の覇気に備えて身を固くしていた俺は、想像していた切り口と大分違ったので少し戸惑っていた。

 

 

「元の場所に戻るべきじゃないわ、人様に迷惑かけたり、傷つけたりしようとする輩は、どうぞ戦国時代へお行きになってお好きな死に方をお選びください」

 

 冷たかった。発された言葉じゃなくて、その声が、ものすごい冷たかった気がする。

 

 だから、ちょっと腹が立ってしまった。

 

(何言ってんだよこの人!)

 

 何を反論すべきかを考える余裕など有りはしない。俺の口は怒りに任せて勝手に言葉を選んだ。

 

 

「俺は! 誰も傷つけようとしていません!」

 

 かなりムキになっている自分に気付いた。どうせ俺が死んだって、家族はそれほど悲しまないだろう。

 

「こんな俺が死んだところで、悲しむ人もいませんし!」

 

 伊藤さんに向かって言ってみたけど、反応したのは中村さんだった。

 

 

「そんなわけないだろ!」

 

 中村さんは、今にも殴りかかって来そうな勢いで怒鳴った。

 

「子供が死んで悲しくない親がいるわけない!」

 何か過去にトラウマでもあるのかと思ったが、今の俺にそんな事は関係が無い。

 

 

「中村さん、ねぇ、落ち着こう? ね?」

 そんな中村さんの怒気を鎮めようと、偽巨乳が駆け寄る。

 

(何を平凡な事ぬかしてんだこのオッサン!)

 

 色々な思いが交錯して、抑えようもなく怒りが沸いてきたが、この場の空気と俺の怒りは、伊藤さんによって一瞬で冷却される事になった。

 

 

「おっさん、うるさいよ、黙っててくんない?」

 

 

「え……」

 

 伊藤さんの言葉に思わず声を漏らしたのは、偽巨乳だった。完全に目が泳いでいる。言われた中村さん本人は、伊藤さんの凄味に押し負けて反論できずにいた。

 

 

(でた、覇王色か!)

 

 怒気を発していた中村さんを一蹴した伊藤さんは、俺に向きなおると言葉を続ける。

 

 

「あのさ、石島洋太郎くん、ちょっとは考えてみようか」

 

 

(完全にバカにされてんな)

 

 そう思ったけれど、俺も反論できそうにない。

 

 

「傷つけようとしてないとか自信満々に言っちゃってるけどさ、それ大きな間違いだから」

 

 そう言い切ると、さっきまでそれほど話すほうではなかった伊藤さんが、ずいぶんと饒舌に語り始めた。

 

「君がトラックに轢かれて死にました、すると誰が大変な思いをするのか、考えてみなよ」

 

 

 最初に浮かんだのは両親の顔だった。中村さんが言うように、悲しむのだろうか。

 

 ところが。

 

 

「自分でトラックに飛び込むんだ、君の家族が悲しいなんてのはどうでもいい話さ」

 

 

(え?)

 

 どうでもいい、とはずいぶんな言い方だと思った。

 

 

「どうでもいって、そりゃ言い過ぎじゃないっすか?」

 

 ここで金田さんが口を挟むが、伊藤さんは返事はおろか顔さえむけなかった。

 

 

「24歳の青年を、轢き殺してしまった運転手さんはどうなりますか?」

 

 

(運転手……)

 

 

「目の前に飛び込んでこられる映像は一生トラウマだろうな」

 

 中村さんが感想を述べた。そんな中村さんを、伊藤さんは睨むようにチラ見する。

 

「すまん、黙っとくよ……」

 

 

 この二人、年齢は一回り違うのに、完全に上下関係が逆転している様子である。言おうとした事を中村さんに言われたからなのか、少し考えてから伊藤さんは付け足した。

 

「轢いた時の感覚、握ったハンドルから伝わってくる衝撃」

 

 想像したら、なんだかちょっとゾっとする。

 

「その運転手さん、いい歳まで運転手一筋で他の事なんて出来やしないのに、君のせいで運転恐怖症だよ、困ったね」

 

 伊藤さんはそのまま続ける。

 

「運転手さんが仕事が出来なくなって、ご家族は大変だ、まだ高校生の御嬢さんがいるのに、大学進学はもう絶望的だね」

 

(え、運転手さんの事知ってるのか?)

 

「それだけじゃない、運ぶ予定だった積荷がすごく重要で、届かなかったせいで設立したばかりのベンチャー企業が倒産だよ、莫大な借金を抱えてね」

 

(あのトラックの積み荷、そんなに重要だったのか?)

 

「設立間もないベンチャー企業とはいえ、従業員は5人、その家族も含めて20名近い人が君のせいで収入を失うんだ」

 

(この人、何を……)

 

「さらには、その企業の社長をやってた人、借金を苦に自殺だ、だけど保証人はそれじゃ救われない、借金を肩代わりだよ可哀相に」

 

コーヒーを口に運び、さらに続ける。

 

「大変だよ、沢山の人達を傷付け、悲しませ、人生を狂わせたんだ、君は」

 

 

(俺が何をしたって? 俺は自殺できたの?)

 

 

「ま、ここまで俺の勝手な想像ね?」

 伊藤さんはそう言って、コーヒーカップをテーブルに置いた。

 

 硬く張りつめた空気が緩んだ気がする。

 

「えー、なんだぁ、びっくりしちゃったよ!」

 真っ先に反応したのは、やっぱり偽巨乳だ。

 

 そんな偽巨乳の驚きを無視するように、伊藤さんは俺に向きなおると言葉を続けた。

 

「だからさ、ここまで考えて、それでも他人に迷惑かけないってなら、どうぞ戻って死んでください」

 

 ここで、黙って話を聞いていた金田さんが口を挟んだ。

 

「これから死ぬって時にそこまで考えるんすかねぇ」

 

 

(そうだよ、そんな冷静な分析できっこない)

 

 

 金田さんの質問に、伊藤さんはウンウンと頷いて。

 

「出来ないと思うよ~。だからさ、戻って死ぬって言うなら」

 

(言うなら……なんだよ)

 

「俺が阻止するから、迷惑をかけられる他人代表としてね」

 

 

「他人代表って……ぷぷっ」

 

 空気読め!って言いたくなるよなタイミングで、偽巨乳が吹いた。

 

 

「そりゃそうだろ、石島くんの人生の主人公は石島くんだからさ、俺達はその他大勢の他人さん連合だよ」

 

 

「あ、運転手さんと同じ立場って事っすね、そんじゃ自分は他人Bって感じっす」

 

 

「Bってなんだ?」

 

 本気でわかってない中村さんを見て、伊藤さんも偽巨乳も、金田さんも笑っていた。

 

 空気なんて読む必要はなかったらしい。俺が思ってるほど、この場の空気は悪くなかったようだ。

 

 

「だけどさ、石島洋太郎くん」

 

 さっきと打って変わって、伊藤さんは優しい表情で、優しい声で語りかけてきた。

 

 

「ここにいる3人にしてみたらさ」

 

 ここまで言って一瞬止まると、人数を数えるように指を回す。

 

「あー、優理ちゃんも入れて4人か」

 

 偽巨乳を入れた人数に言い直した。

 

「君にとっては他人かもしれないけどさ、こっちの4人にとって、君は他人Aとかじゃ済まないからよろしくね?」

 

 

(どうゆうこと?)

 

 金田さんも続いた。

 

「そうっすね、石島ちゃんって名前あるし!」

 

 

 偽巨乳は笑顔でウンウンと頷き終わると、伊藤さんに向きなおる。

 

「今わたし抜きましたよね? わざとですか? その手のイジメはけっこうグサっとくるのでやめてください」

 ずいぶんと楽しそうに、ニコニコしながら伊藤さんに絡み始めている。

 

 

 中村さんは、【B】を理解する前に出現した【A】に戸惑っていた。

 

 

 その後、俺は泣いた。

 

 嬉しかったわけじゃない。たぶん、悔しかったんだ。

 

 伊藤さんの深さが。

 

 偽巨乳の素直さが。

 

 金田さんの陽気さが。

 

 中村さんの実直さが。

 

 結局4人に励まされ、勇気づけられ、なんやかんやと話しているうちに、何故か選考会に挑む事になってしまった。その日は、リビングに併設された各自に割り当てられた部屋に入って就寝した。

 

 

 一夜明け、俺達は選考会に向けた講義を受けている。最初の講義は、当時の文化や習慣についてだ。これから二日間、当時の政治の事や謀略についてや、武芸のお稽古まで目白押しとなる。

 

【人は生まれながらにして知ることを欲する】

 

 なんてよく言ったもんだ。新しい知識は勇気をくれる。

 

 

(やり直すにはいい機会かもしれない)

 

 

 そう思っているうちに、あっとゆうまにお昼休憩になった。

 

 

「おっ昼~♪ ごっは~ん♪」

 

 新しい知識を植え付けられて頭がパンパンだというのに、偽巨乳はすっかりご機嫌だ。

 

 

「ねぇ、佐川さんて元からこんなキャラだったの?」

 

 用意された弁当をツツキながら、あの時は大人びた雰囲気だった偽巨乳を想像してみた。

 

 

「石島さんの時は特別です♪」

 

 特別って言葉に反応したのは中村さんと金田さんだったが、やーのやーのとくだらない会話に、俺は興味が無かった。

 

 チヤホヤされて喜んでいる偽巨乳が言うには、俺のデータを見て短時間で落とす方法を考えた所、ちょっと大人っぽい巨乳が効果覿面と判断しただけだそうだ。どんなデータが蓄積されているのか、あの端末の中身が気になって仕方がない。

 

「モデルは美紀姉ぇです♪」

 

 まだゆっくりと話した事はないが、別班のサポート係の子をお手本にしたらしい。それにしても、してやられた気分だ。

 

 

「佐川さん、見てたよね? 俺が轢かれそうになるとこ、あのトラックどうやってすり抜けたの?」

 

 ずっと引っかかっていた疑問だ。偽巨乳は恐らく、あの現場の唯一の目撃者である。

 

「ん? ふひふへへはんはひはへんほ?」

 チキンを頬張りながら何か言っているが、全く理解不能だ。

 

(子供かっ)

 

 呆れると同時に。

 

(でたな! 必殺「天使のモグモグ」!)

 

 

 その可愛さに言葉が詰る。

 

 どうやってモグモグ語を理解したのか、通訳してくれた上に、真相予想まで付けてくれたのは伊藤さんだった。

 

「【すり抜けてなんかいませんよ】ってさ、ABSが稼働して避けれただけじゃないの?」

 

 

「ABS……?」

 聞いたことはある。

 

(なんだっけそれ)

 

 

「アンチロック・ブレーキ・システム ね」

 俺の疑問に答えたのは中村さんだった。

 

 

「へー、中村さん車に詳しいんですか?」

 

 たまには褒めてあげようと思って、中村さんに質問をしたのが間違いだった。休憩時間が終わるまで長々と聞かされた車の話は、午後の講義が終わった後もひたすら続いた。

 

 興味の無い話題なのに愛想よく相槌を打ってしまう俺の弱さが、人生をつまらなくしている原因なのではと思い始めるほどに。とにかく中村さんの話はつまらなかった。

 

 

 その日の夕食後、会話の中心は珍しく金田さんだった。実は金田さん、自称ではあるが戦国時代マニアらしく、誰が何処でどうなったとか、色々と話してくれていた。

 

 俺は登場人物の名前さえほとんど分からない状況で、中村さんはメモまで取りながら聞いている。伊藤さんは、キッチンで煙草を楽しんでいるようだ。

 

 戦国時代の話に興味がないのだろうか。

 

 金田さんの話は、織田信長の生涯についてに移っていた。どうやら戦国時代に行くことになりそうなので、聞いておいて損はないはずである。中村さんの話に比べれば、何十倍も面白く聞けた。

 

 が、それにしても難しい。俺の隣で聞いていた偽巨乳は「へー」とか「え、すごい!」とかいちいち反応していた。

 

 

――2時間ほど経過していた。

 

 話し通した金田さんが、シャワーを浴びに自室へ戻ると、伊藤さんが入れ替わるようにリビングに現れた。いつの間にか自室に入っていたようだ。

 

 普段のスーツ姿ではなく、一応用意されていた寝間着っぽい緩めの服に着替え、並んで座っている俺と偽巨乳に声をかけた。

 

 

「てか昨日も思ったんだけどさ、ココのシャワーすっげぇよね」

 

 子供の様に目をキラキラさせ、両手で状況を再現する。

 

「両側からこうさ! びゅわ~! ってさ!」

 

 どうやら本気でシャワーに感動している様子だった。

 

 

(いい大人だろうっ! 子供かっ!)

 

 心の中で突っ込んでみたが、その気持ちは分からなくもない。確かにシャワーがすごい。ここが未来だと信じさせてくれる数少ないアイテムの一つに、間違いなく【シャワー】を上げる事ができる。

 

 

「なんですか『びゅわ~』って、アハハハッ♪」

 

 伊藤さんのコミカルな動作に、偽巨乳はたまらず笑い転げた。ちょっと悔しかったけど、とても楽しそうな「天使の笑顔」にドキドキしてしまう。

 

 

「それにしてもさ、ベッドルーム何にもなくて暇だよね」

 

 湯上り伊藤さんは、言いながらキッチンの方へ向かうと、備え付けの戸棚をゴソゴソと物色し始めた。

 

「おっ」

 

 何かを手に取ると今度はリビングの中央へ移動し、そのままソファーに寝ころぶ。その手の中でカチカチと音を立てていたのは、暇つぶし用に置かれているルービックキューブだった。

 

「こんなん出来るヤツの気がしれん」

 楽しそうに言いながら、小さな四角系の物体と戯れている。

 

 そんな伊藤さんを眺めている偽巨乳の瞳は、これぞまさしく【熱い視線】ってヤツで、妙に色っぽく見えた。別にヤキモチを焼くような間柄ではないのだが、どことなく胸がチクっとした。

 

 

 興味をこちらに引き戻そうと、会話を作る努力をしてみる。

 

「佐川さん結構ちゃんと聞いてたよね、金田先生の話」

 偽巨乳は視線を俺に移すと、優しい笑顔で答えてくれた。

 

 

「ん? 一応は勉強してあるしね、知らないエピソードとか聞けて面白かったよ?」

 そういって右手でピースサインを作って微笑んだ。

 

(や、やっぱ可愛いな……)

 

 必殺「天使のピースサイン」に心を奪われながら、どうにか平常心を保ち会話を続ける。

 

「それ、金田さんに言ったら泣いて喜ぶよきっと」

 

 そこそこいい感じに、軽い笑いが漏れる会話を始める事ができた。別に口説きたいとか、そうゆう感情はまだない。俺にとって本物の、リアル女の子と話をするのは久しぶりで楽しかったし。

 

 

 なにより可愛いし。

 

 

「えー、やだなー、泣かれたらちょっとメンドクサイから言わないでおこーっと♪」

 

(コイツ……)

 

【自分がかなり可愛い】と自覚しているんじゃないだろうか。ころころと変わる表情は、どれも魅力的で、見せ方を知っているのではないかと疑いたくなる。

 

 男を口説く訓練でもしてあるのかと思えるほどに、俺の心は容赦なく引きずり込まれっぱなしである。男を惑わすの魔性か、それともとびっきり上等な美女か。

 

 心にグサっと刺さるような、そんな魅力を放出しておきながら。不思議なことに、わざとらしさは微塵も感じない。実際、偽巨乳の視線や行動は、隙だらけでとても訓練を受けてきたようには思えなかった。

 

 今も、そう。

 

 たった二言の俺との会話を終えると、偽巨乳の視線は再び、あのソファーに釘付けになっている。

 

(分かりやすいなぁ)

 

 悔しいけど、伊藤さんと張り合っても勝てる気がしないのは事実。若さとイケメンっぷりじゃ負けてないと思うけど、人として、大人の男として、総合的には勝てない自信がある。

 

「伊藤さんは15名の候補に残りそうだよね」

 ちょっと小声で、偽巨乳に話しかけてみる。

 

「うん……残るよ、絶対」

 偽巨乳も、ちょっと小声で返事をする。

 

 ただし、ソファーでルービックキューブと格闘する伊藤さんを見つめたまま、こちらを向かずに頷いていた。

 

 

 翌日は朝から武芸の稽古が始まったのだが、とくに大変だったのが馬術だ。新しい居住スペースからさらに上層階に、室内ではあるがまるで牧場のような区画があった。そこで実際に馬に乗るわけだが、初体験の乗馬は想像以上に大変で、なかなか上手く出来ない。

 

 

 午前中に、遅れていた3名が最終的には不参加になった事が伝えられた。

 

 パッカパッカと馬に揺られながら、気になった事がある。ゲームチェンジャー候補15名に選ばれなかった場合、残った人間はどうなるのだろうか。元の時代に無事に帰してもらえるのだろうか。

 

 今は今でけっこう楽しくて、別に帰りたいとか思っているわけではないけれど、疑問に思い始めたら気になって仕方がない。

 

 

 この疑問が解決したのは、その日のお昼休みだった。

 

「あれ、この説明忘れてた? ごめーん」

 

(クッ……必殺「天使の舌ペロ」かっ)

 

 両手を顔の前で拝むように合わせ、ペロっと舌を出して謝られてはもう何も言えない。

 

 可愛い女は、それだけで世の中を渡っていけると聞いた事があるが、それは本当だと痛烈に実感している。

 

「えっとえっと、ちょっと待ってくださいね」

 

 例の端末を忙しく操作しながら、説明資料を探している様子だ。

 

 

 この魔性の偽巨乳は、昨晩はあれだけ伊藤さんに熱い視線を送っておきながら、今日の馬術の講義中はもちろん、昼休憩も俺と過ごしている。伊藤さんは、別の班の人と楽しそうに昼食中だ。

 

(伊藤さんは社交的なんだな……)

 

 伊藤さんの姿を目で追いながら、偽巨乳の説明が始まるのを待つ。

 

「あった! これ見てください」

 

 偽巨乳が立体映像混じりの資料を展開しながら、俺が投げ掛けた疑問についての説明を開始する。

 

 説明を聞いた結果、戻れないって話だ。戻るのにかかる費用を、俺たちは持っていないからだ。なので、まずは候補者になるために何度も選考会を受けるしかない。

 

 今回選考会に参加している32名のうち、8名は前回やそれ以前から選考に参加している人たちだそうだ。

 

 最多の人で、今回で6回目になるらしい。

 

(ここにいる全員、戻れない事まで了承してココに来ているのか)

 

 そんな事を考えつつも、目の前にいる天使の美しさに見とれながら昼食を取った。

 

 

 元の時代に戻るには、ゲームチェンジャーとして莫大な賞金を獲得しないといけない。戻ろうとするならば、まずはゲームチェンジャー候補者になる事が第一条件になってくる。

 

 大きな変革を作れなかったら、それが死に直結するわけではないという事もわかった。転送された時代から戻ってくる事も出来るらしい。今回は不参加が決定した遅れていたという3名が、それに該当するそうだ。戻ってまた参加する予定だったが、メディカルチェックの結果しばらく入院になったらしい。

 

 

 午後も少し馬に乗り、その後は剣術や槍術、さらに弓術まで基礎を学んだが、数時間で出来る事など限られていた。

 

 タイムスリップした先で特殊な能力が与えられて、一気に出世してドーンと派手に歴史を変えてしまう。なんて事にはならなそうな雰囲気だ。

 

 ホントに、一人の人間として。ちっぽけな存在として戦国時代に飛び、歴史の変革に挑むらしい。

 

(なんのために?)

 

 そうだ、そもそもコレ、誰がなんの目的でやっているのだろう。

 

 

――夜になって、自室に戻る寸前の偽巨乳にチラっと聞いてみた。

 

「それ、けっこう疑問なんですけど、誰も知らないんですよね」

 

 本当に知らない様子だった。誰も知らない物は、いくら考えても正しい答えは出てこないだろう。

 

 たまたま通りかかった伊藤さんに、偽巨乳が今のやり取りを説明し意見を求めてみた。

 

 

「答えの出ない事で悩む時間ほど、贅沢な時間はないけどね、同時に無駄な時間だね」

 

 

「???」

 

 偽巨乳は首を傾げた。頭の上に「?」が見えるくらい、不思議そうな顔をしている。伊藤さんは背中で挨拶すると、そのまま自室に戻ってしまった。

 

「じゃ、おやすみ~」

 

 

「おやすみなさい!」

 

 俺も自室向かって歩き出す。まだ頭に「?」が出ている偽巨乳を放置して、俺も寝る事にした。

 

 

「え? なんで? えー、おやすみなさーい」

 

 不満そうな偽巨乳の挨拶を心地よく聞きながら自室の扉を開ける。明日はいよいよ、講義の最終日である。

 

 

 講義の最終日は、初日と二日目の復習から始まり、最後の課題は夕食後、各班のリビングにてディスカッション形式で行われている。

 

 

 が、空気が重かった。

 

 

【チームで一名を選び、候補者として推薦】

 

 15名の候補者のうち、8名はこの推挙で決まるという事だ。立候補か、無記名投票か、それとも別の方法か。考えただけで、決めるのは気が引ける内容だ。中村さんが、かなり遠回しに「自分を推薦してほしい」雰囲気は出していたけれど、当然ながら会話は進まなかった。

 

 重苦しい静寂を破ったのは偽巨乳。

 

「ねぇ、一つ気になってる事があるんだけど、いい?」

 右手を小さく上げて発言した。

 

 司会進行は自然な流れで中村さんがやってくれている。

「ああ、どうぞ」

 

 

「この中で、候補者になりたくないって人いる? 命がけだからさ、やっぱり無理強いはしたくないんだ」

 

 

(こんな所に連れて来ておいて何を……)

 

 今更、勝手な話だと思った。そんな事を思うなら、最初から連れて来なければいい。

 

 

――しばし沈黙が訪れた。

 

 

「おーい」

 伊藤さんが、俺を呼ぶ。

 

「優理ちゃん、石島くんに言ってるんだよ? こっちの3人はさ、そんなリスクは承知の上で、自分の意思でここに来てるんだし」

 

 伊藤さんの言葉に、偽巨乳はちょっと涙目になる。

「そうゆうわけ……じゃ……、いや、そうです、ごめんなさい!!」

 

 椅子に座ったままの態勢ではあったが、精一杯頭を下げて俺に謝罪した。

 

 

「いや、いいよ、大丈夫」

 思いがけない真面目な謝罪に、こっちが恐縮してしまった。

 

 こういう時、中村さんと金田さんは本当に頼りない。沈黙を破ったのは、やはり伊藤さんだった。

 

「石島くんがいいなら、いいけどさ」

 

 伊藤さんは少し考えてから、偽巨乳に向きなおると意外な質問を投げ掛けた。

 

「優理ちゃん、そろそろ教えてよ」

 

 

(教える?……なにを?)

 

 伊藤さんが何を言っているのか、俺はよくわからなかった。当然、中村さんも金田さんもわかっていない様子だ。

 

 伊藤さんの言葉に、偽巨乳が急に緊張したのが伝わってくる。頭を下げた態勢のまま、微動だにしない。動かない偽巨乳に向って、伊藤さんの言葉が続く。

 

「サポートしてくれてる女の子達って何者なの? 何を抱えてるの? それって言える事? 言えない事?」

 

 

 それでも、偽巨乳は固まったまま動かない。堪え兼ねた中村さんが割って入り、伊藤さんに突っかかる。

 

「ちょっとまって、どうゆうこと?」

 

 

 伊藤さんは答えず、じっと偽巨乳を見つめていた。

 また、沈黙が訪れた。

 

(何かあるって事か……)

 

 その沈黙は暗に、彼女達に何かしらの事情がある事を物語っている。

 

 

「伊藤さん、なんか気になる事でもあるんっすか?」

 

 伊藤さんは、金田さんの問にも答えない。

 

(伊藤さん、何に気付いたんだろう……)

 

 固まったまま動かない偽巨乳に、何も隠し事が無いとは思えない。それは金田さんも感じているだろうし、中村さんも当然同じだろう。

 

 

「いや、悪かった、いいや、大丈夫」

 

 沈黙を破り、伊藤さんがこの話題の収拾に回ろうとした。自分で振っておいて、とは思ったが、ここは話題を変えるのが正解だとも思う。

 

 すごい気にはなったけど、このままでは偽巨乳が可哀相に思えたし、この沈黙はちょっと辛かった。俺は伊藤さんの意図に沿う形で、話題を戻そうとした。

 

「俺は大丈夫なんで、普通に候補者の選考試験も受けたいと思ってますから」

 

 

「まって……!」

 

 偽巨乳はもうすでに泣いており、声は震えていた。

 

「言うね……言える……範囲の、事は」

 

 何か、どことなく、決意のような物を感じる言い回しだ。少しの沈黙が流れた。

 

 それでもなかなか切り出せない偽巨乳の、すすり泣く声だけが響いている。これほど決意を込めないと言えないような事が、いったい何なのか俺は知りたい。

 

 普段は偽巨乳にベタ甘の中村さんも、金田さんも、それについては聞きたいようで「ゆっくりでいいぞ」なんて言いながら、話すのを促していた。

 

 

 人間とは、なんでこうも違うのだろうか。伊藤さんはいつもいつも、俺や中村さんや金田さんとは反応が違う。

 

「いや、君が話そうと思った範囲の半分くらいでいいよ」

 

 なんだか抽象的な言い回しではあったけど、意味は理解できた。

 

 

 その伊藤さんの言葉を受け、偽巨乳は嗚咽を漏らすほどに、更に泣き始めた。この反応は、もう明らかにおかしかった。

 

(なんだよ……いったい)

 

 その時、俺の頭にはあの資料の制作元が浮かび上がった。

 

(ゲネシスファクトリー……)

 

 

 それを口にすべきか否か、俺は迷うばかりで沈黙を続けていた。

 偽巨乳が少し落ち着くのを待って、伊藤さんが続ける。

 

「やっぱりやめよう、そんな決意は持つべきじゃない」

 

 そう言って、一度キッチンに行くと、何かを持ってすぐに戻ってきた。伊藤さんが手にしていたのは、俺の時代にもある普通のキッチンペーパーだ。顔をぐしゃぐしゃにして泣いている偽巨乳のために持ってきたらしい。

 

「大丈夫、泣くなっ」

 

 そう偽巨乳に声をかけると。

 

「なーに突っ立ってんだよっ」

 

 偽巨乳の傍らに立って慰める係をしていた中村さんに、半分笑いながらキッチンペーパーをロールごと丸々放り投げた。

 

「言い方が悪かったね……ごめん、別に疑っているわけじゃないよ? ただ、もし共有できる部分があるとしたら、教えてほしかっただけ、でもやっぱりやめとこっか」

 

 優しい声でそう語りかけると、元いた自分の席に戻った。

 

 

 直後、金田さんが突然立ち上がる。

 

「やっべえええええ、先輩! 男前っす」

 

 そう興奮気味に言うと、突然叫びだした。

 

 

 

 

 

「惚れてまうやろぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

(おいおい……)

 

 

 完全に、空気を読み違えていると思う。待っていたのは当然ながら、痛い程に寒い沈黙である。

 

「あれ?」

 

 滑った事実をどうにか受け入れた金田さんは、そのまま着席する。顔に「ごめん」って書いてあるように見えた。

 

 

 沈黙を打開する役はもう、伊藤さんだと思っている俺は、本当に自分が頼りない。しかし、予想に反して沈黙を破ったのは偽巨乳だった。

 ぐしゃぐしゃの状態で泣きながら、金田さんに向かって叫んだのだ。

 

 

「がべだざんどばがー!」

 

 偽巨乳の鼻水が飛び散った。

 

 

 とても可愛い女の子のこの醜態を、どう収拾してあげたらいいのかなんて、俺にはわからなかったし。モテない中村さんにも当然わからないはずだ。

 

 今の叫びはたぶん【金田さんのバカー!】だろう。それは全員がわかったようだ。

 

 偽巨乳はこの状況の所為か、飛び散った鼻水の所為か、はたまた伊藤さん質問のせいか。とうとう声を上げて、子どものようにわーわー大泣きし始めた。

 

 

「優理ちゃん、大丈夫だからね?」

 

 

(変態中年め!)

 

 偽巨乳を慰めるふりをしながら肩や背中をさすっている中村さんが羨ましい。

 

(……俺と交代しろ! 代われ!)

 

 俺の心に沸いた邪な欲望を掻き消してくれたのは、伊藤さんの大爆笑だった。なにが可笑しかったのか、一人でゲラゲラと笑ってお腹を抱えている。

 

 

「泣きすぎだって! お腹いてぇえギャハハハハ!!」

 

 伊藤さんはまだ笑っている。俺と金田さんはその状況を口を開けて見ているだけだ。

 

 

「笑わないでくだざいおー、だっでぇ……」

 

 もう収拾がつかない状態になっている。

 

「なんでかでだざんが言っちゃぶんでずが~」

 

 

(ガキだなこりゃ、完全にガキだ)

 

 

 部屋中に響く偽巨乳の鳴き声と、いいオッサンの大爆笑。

 

「鼻水飛ばしてやんの! ギャハハハ」

 本当に可笑しそうに大笑いしていた。

 

 

 可愛い女の子が顔面をぐしゃぐしゃにして泣いて。つまらないギャクにキレて怒って鼻水を飛ばした。それを憧れの人に目撃されて大笑いされるという状況、想像しただけで可哀相になってきた。

 

「だいたい金田くんさ、惚れてまうやろって、ここ300年後で通じてないからっ」

 そう言って、またゲラゲラと一人で笑う伊藤さん。

 

 

「あー、そうっすね、自分のギャグはもう遺跡発掘レベルっすね」

 

(なにその例えわかりにくっ)

 

 金田さんは陽気で明るいが、ギャグのセンスは理解しかねる。

 

 ようやく笑いの収まった伊藤さんは、金田さんをからかいながら席を立つ。改めて中村さんの傍らに置いてあったキッチンペーパーを手に取ると、偽巨乳に優しく声をかけた。

 

「可愛いお顔が台無しだぞ、シャワーでも浴びておいで」

 

 まるで子供をあやす様な言い回しで偽巨乳を促すと、テーブルに飛び散った鼻水を掃除し始めた。

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